ルルルルルッ、ルルルルルッ、ルルル、カチャッ
「はい、もしもし・・・」
『あ、シンちゃん? あたしー。今日帰れないから先に寝ちゃっててー』
「わかりましたミサトさん」
電話の向こうのミサトさんは、いつもの明るい調子で用件だけ言うと電話を切った。
「誰からだったのよ」
ちょうど風呂からあがったばかりのアスカが、頭にタオルを巻いて体はバスタオル一枚の姿で現れた。
「ミサトさん。今日ミサトさん、帰ってこないって」
僕は、目のやり場に困った。
「そう」
アスカは頷くと、そのままの格好で僕の横をすり抜け、
冷蔵庫から牛乳を取りだし、腰に手をあてひとしきり飲み、そして言った。
「じゃあ、今夜はふたりっきりね」
そうだけど、別に今までも何度かあったことだから、それには気をとめない。
「そうだね」
簡単に応えると、するべき事に頭を向ける。
「ミサトさんの分の料理、仕舞っとかなきゃ」
ちゃんととっておかないとね。
料理にラップを掛け、冷蔵庫にしまっていると、
「ほらぁ、あんたもとっとと風呂入ってきなさいよ」
アスカのいらついた声が聞こえた。
「え、でも片付けまだ終わってないよ」
なにいらいらしてるんだろ。僕、何かまずいこと言ったかな。
「そんなの何時だって出来るでしょう。それより汗臭いのが問題なのよ。レディーの前なんだから、気を使いなさいよ」
「そんなに汗臭いかなぁ」
自分の腕を臭ってみる。
別に臭わないけど、アスカが言うならそうなのかな。
「そうよ!プンプン臭うわ。さっさと入ってきなさい!」
「分かったよ。入ってくるよ」
なんだか納得いかないけど、
アスカにだけは、嫌われたくない。
だから僕は、アスカの言葉に従った。
アスカに嫌われたくない・・・・か、
どうしてそう思ったんだろう。
僕は人と接するのが苦手だ。
何か言うことで、僕は嫌われるんじゃないか。
そんな風に思ってる。
だから、人の言うことにはなんでも従ってきた。
でも、アスカは、そんな僕がなんだか嫌みたいだ。
どうしてだろう。
そういえばこの前ミサトさんが、
「そうやって、人の顔色ばかり気にするからよ」
って言ってたっけ。
うん、そうかもしれない。僕は、人に嫌われるのが恐いから。
でも、それでアスカに嫌われるんなら、それは、止めないといけないんだろうな。
アスカに嫌われたくない。
どうしてか解らないけど、そう思う。
強く強く、そう思う。
だから、
とりあえず、汗の臭いをとらなくっちゃ。
「ふーぅ。入ってきたよ」
僕はアスカに声をかけた。
「そう。ちゃんと洗ってきた?」
アスカ、こっち向いてくれないや。
「うん、もう汗臭くないと思うよ」
しっかり洗ったから。
「そう、今度から気をつけるのよ」
あれ、なんだか、元気が無いような気がするけど、
「うん、気をつけるよ」
どうしたんだろう、アスカ。
アスカの様子がいつもと違うから、僕は気になって声をかけようとしたけど、
なんて言ったら良いのか分からなくて、結局、
「さてと、洗い物しないと」
と言って、その場から逃げ出した。
アスカ、どうしたんだろう。
さっきは元気良かったのに、今はなんだか元気が無い。
僕、何か変なこと言ったかな。
顔色を見るのは止めようと思ったけど、こればっかりは止められないよ。
だって、アスカに嫌われたくないから。
嫌われたくないのに、嫌われそうな事するって、なんか変だな。
どういうことなんだろう。
よく解らない。
でも、
アスカに嫌われたくない。
それだけは確かなんだ。
食器を全て片付けると、
「終わったの?」
と、アスカの声が聞こえた。
「うん、終わったよ」
アスカは僕の方を見てくれない。
「こっち来なさいよ」
どうしたんだろう。いつもと違う。
僕は言われるままにアスカの方へ向かった。
「ここに座って」
やっぱり僕のほうは見ないで、自分の座っている直ぐ右を叩いてみせるアスカ。
僕はそこに腰をおろした。
でも、本当にどうしたんだろう、アスカ。
僕は、堪えきれなくなって、遂にその疑問を口にした。
「どうしたの?」
アスカは、ちらりとこっちを見て、
「なんでもないわ」
と、寂しそうに言った。
「そう?」
そんな風に言われたら、ますます気になっちゃうよ。
「気になる?」
アスカは、突然ぼくの方に向いて、僕の眼を見つめてきた。
「う、うん」
「そうやって、人の顔色ばかり気にするからよ」
「え、」
ミサトさんと同じ言葉。
「人は、アンタが思ってるほど他人が言うことを気にしたりはしないわ」
「う、うん」
やっぱり僕が悪いのか。
「本当に分かってるの?」
「う、うん、なんとなく」
「そう、ならいいけど。少なくともアタシは、
アタシには、
そんな風に、
気を使わないで」
「え?」
「き、気を使わないでって言ってるの!」
「あ、うん、わかった」
「分かれば、いいのよ」
アスカはそう言うと、僕から目を逸らして、そして、僕の方に体を寄せてきた。
気を使うな。それって、素直になれってことなのかな。
僕は、アスカの顔を見つめた。
なんだか、頬がほんのり赤いような。
僕は、アスカにそうされていることが嬉しくて、
このままアスカの傍にいることにした。
少しだけ触れ合っている肩から、アスカのぬくもりが伝わってくる。
傍にアスカがいる。
それだけでなんだか幸せだった。
「ね、キスしようか」
「え?」
「キスしようって言ってるのよ」
ア、アスカ、突然何言いだすんだよ。
あ、でも前にもこんなこと言われたっけ。
「でも、僕なんかでいいの?」
「アタシは、アンタに言ってるのよ」
「でも、この前は、あのあと直ぐうがいしたじゃないか」
あの時みたいにされるのは嫌だな。
「昔のことなんてどうでもいいでしょ。それとも、アタシじゃ、嫌?」
「う、ううん。そんなことないよ。でも、僕じゃ嫌じゃないかなって」
「嫌だったら言うわけないでしょ」
「うん、そうだね」
僕で良いんだね。
「ね、キスして」
そう言ったアスカの目は潤んでて、頬は赤くなってて、とてもとても可愛くて、
僕はたまらなくなった。
顎を少しあげて、目を瞑って僕を待っているアスカ。
僕はドキドキしながら、ゆっくりとアスカに顔を近づけた。
アスカの顔が、唇が直ぐそこに。
「アスカ・・・」
思わずこぼれた言葉。
そして、唇を合わせた。
「う・・・ん」
アスカが僕に抱きついてくる。
僕はアスカの背中に腕を回した。
唇がこじあけられて、アスカの舌が入ってきた。
アスカ!?
僕は、僕はもう、
アスカ、アスカ!
入ってきたそれに、僕は舌をからめ、アスカを強く抱き締めた。
僕は、止まらなくなった。
アスカの顔が直ぐそこにある。
「アスカ?」
「シンジ・・・」
「どうしたの?」
なんだか呆っとしているアスカ。
後悔してるのかな。
でも、僕は、
「好きだよ、アスカ」
アスカの顔が、パッと輝いた。
「アタシのほうが、もっと好きよ、シンジ」
抱きついてくるアスカ。
「ずっと、
傍にいて、
シンジ・・・」
答える代わりに、僕は、アスカを強く抱き締めた。
それはつまり、
僕はアスカのことが好き、
そういうことだったんだ。
そしてそれは、
とても大事なこと、
そう思う。
だから僕は、
この気持ちを忘れない。
アスカのために。
そしてなにより、
自分のために。
どうも、たこはちです。
言うまでもないと思いますが、『アイツ』と対をなします。
シンジの一人称。
いまいちシンジらしくない気もしますが、まあO.K.でしょう。
こういうシンジなら、
『保護者、葛城ミサト』での開き直りも頷けるかも。
無理かな? まあいいや。
本来なら、もう少し早く公開すべきだったんでしょうけど、アスカの時みたくスイスイとはいきませんでした。
アスカの時は楽しかったんですけどねぇ(^^;。
ご意見・ご感想お待ちしております。
たこはちでした。
たこはちさんの『僕の気持ち』
三人称・withミサトバージョンの『保護者 葛城ミサト』
一人称・アスカバージョンの『アイツ』
一人称・シンジバージョンの『僕の気持ち』
ある一日を登場人物それぞれの目線で書いたこのシリ−ズ、
面白い試みですね(^^)
自分の気持ちに素直になれなくて・・・
相手の気持ちが分からなくて・・・
つかめない心に不安になっている二人、
通った心に溢れる喜び・・・
それぞれの面から見れて楽しめますね。
さあ、訪問者の皆さん。
「次は[一人称・ペンペンバージョンだ!]」の催促を!(笑)