葛城ミサト、二十九歳独身。
特務機関NERV、作戦部部長、三等佐官。
彼女の任務は、汎用人型決戦兵器EVANGELIONをその主戦としその他各種兵装を駆使して、人類の敵である使徒を殲滅することである。
更に言えば、その為の作戦を立案し、作戦遂行に向けてありとあらゆる手段を行使し、EVANGELIONのパイロットに、その作戦行動を指示することである。
そして、そんな彼女にはもう一つ重要な任務があった。
それは、EVANGELIONパイロット、碇シンジ、惣流・アスカ・ラングレーの保護監督、メンタルケアであった。
電話の向こうの家主は、いつもの明るい調子で家に居る同居人に用件だけ伝えると電話を切った。
「誰からだったのよ」
ちょうど風呂からあがって来たもう一人の同居人、アスカが、シンジに尋ねる。
「ミサトさん。今日ミサトさん、帰ってこないって」
「そう」
シンジの答えに頷くと、アスカは冷蔵庫から牛乳を取りだし、腰に手をあてひとしきり飲む。そして、実に嬉しそうに言った。
「じゃあ、今夜はふたりっきりね」
ミサトは車を自宅に向け、深夜の街を走っていた。
「あー、でも良かったわー、徹夜になんなくって」
そう、明日までに、いや既に今日になっているが、提出しなければいけなかった資料の事をすっかり忘れていたミサトが、慌ててそれの作成に取り掛かったのは夕方。
どう考えても間に合いそうになかったそれを、リツコの温かい援助のお陰で、遥かに早く仕上げることが出来たのだった。
もっともそのお陰で、懐のほうはかなり寂しくなることが約束されてしまったが。
「しっかしリツコの奴、よりによってあんな物要求するなんて。ま、しかたないかー、お陰で首にならずに済みそうだし」
我が家に辿り着いたミサトは、玄関ドアを開けると言った。
時計は三時を回ろうとしている。
彼女の同居人がこの時間に起きているはずもなく、当然迎えてくれる者も居なかった。
「もうみんな、寝ちゃってるわよねー」
当然の事を呟きながら、ミサトはキッチンに向かっていく。
とりあえずお腹が減っているので、何か食べ物を探すミサト。
キッチンは綺麗に片付けられており何もない様に見えるが、案の定冷蔵庫の中には、ミサトの夕食となる予定だった料理が、ラップを掛けられて保存されていた。
「さっすがシンちゃん。こういうのまめなんだから」
ずぼらなミサトと見向きもしないアスカに代わってこの家の家事は、シンジがいってに引き受けていた。
シンジにとっては、生きていくために仕方の無い事であった。が、今では料理をすることに喜びを感じているらしい。
それを示すかのように、日毎にレパートリーが増えていっていた。
ミサトはシンジが用意していた料理をレンジで温め直すと
「いっただっきまーす」
ビール片手に食べはじめた。
「ん、おいしー。やっぱ、手作りの物はいいわねー」
ミサトはシンジに、心から感謝していた。
空になったお皿を流しに置くと、ミサトは風呂に入ったものか散々迷ったあげく、
「めんどうだから、顔だけ洗って寝ちゃえー」
と、結論を出してキッチンを跡にした。
顔を洗ってる間に、
「やっぱ、シャワーだけでも」
と、結局体をさっぱりさせたミサトは、ふと、毎日せっせと家事をしてくれる可愛い同居人の顔が見たくなって、シンジの部屋の襖をそっと開けた。
そこでミサトが見たものは、
「な、なによ。どういうこと、これ?」
ミサトはしばらくその場に固まっていた。
「ま、まっいいわ。朝になったらじっくり話を聞かせて貰うわ」
誰に言うでもなくそう呟くと、抑えきれない動揺に足元をふらつかせながら、自分の部屋に向かった。
「んっ、んーーーーん・・・」
毎日、三人と一匹分の朝食と二人分の弁当と、アスカの為の風呂を用意しているシンジの目覚めは早い。
自分を見つめる者が居ることにも気がつかず、眠そうに体を起こすシンジ。
「おっはよー、シンジくん」
シンジは、突然かけられた声にびっくりして振り向く。
そこには、今は居ないはずの、いや居たとしてもこの時間には起きているはずの無い人物が、好奇の目をして立っていた。
「っっっっっっっっ」
言葉が出ないシンジ。
「どうしたの?シンジくん」
そんな彼に、からかうように声をかけるミサト。
「ミッ、ミサトさん」
やっと言葉を出したシンジに対し、ミサトは攻撃を始めた。
「しっかし、シンジくんもやるときゃやるのねー。何時からそうなの? 全然気が付かなかったわー」
「え、や、その・・・」
「あたしも薄々そうじゃないかなーとは思ってたんだけどねー」
「あのっ、その・・・」
「で、ホントのところどうなの?」
「えっ、いやっ・・・」
動揺して答えられないシンジに、ミサトは次々に言葉を繰り出す。
「別に怒ってる訳じゃないのよ。どういうことか説明して欲しいだけ」
「えっ、いや、だから、その・・・」
「だからなに?」
「なによ・・・、うるさいわね・・・」
二人の会話?を聞きつけたのか、もう一人の同居人が口をはさむ。
「ア、アスカッ」
「何なのよシンジ。って、ミッ、ミサト!」
「おはよー、アスカー」
シンジの横で身を起こしそのまま硬直したアスカに、これ又からかうように声をかけるミサト。
「なっ、なんであんたが居るのよ!あんた帰ってこないんじゃ無かったの?」
いち早く立ち直ったアスカは、毛布で身を隠すと言葉を投げ付けた。
「あらー、帰ってこないなんて言ってないわよ。言ったとしても今日はって言ったの。それって、昨日のことでしょ?」
「くっっっっっっっっ! ちょっとシンジ、どういうことよ!!」
「えっ!?いやその・・・」
「あんたがミサトは帰ってこないって言うから、アタシはっ!」
「あらぁ、シンちゃんは悪くないでしょ?だって嘘じゃないんだもの。そんな事よりアスカ、シンジくんは優しくしてくれた?」
「なっ、何言ってんのよ!そんなこと、あるわけないでしょ!」
真っ赤になって叫ぶアスカ。
「あらぁ、じゃあ、乱暴にされたの?」
「ちっ、違うわよ。何言ってんのよ。なにもないわよ!」
「あらそう?じゃ、何で一緒に寝てたの?」
「そっそれはっ、そう!昨日は寒かったじゃない。だから一緒に寝てたのよ!!」
なんとも苦しい言い訳。
「そうねー、それはそれでいいとして。じゃあ、なんで何も着てないの?」
「うっっっっ。ちょっ、ちょっとシンジ!なんとか言ってやんなさいよ!」
ああ言えばこう言うミサトに、アスカはもう一人の当事者であるシンジに助けを求める。
「・・・もういいじゃないか、アスカ」
「も、もういいって、シンジ!」
「そうです、ミサトさん。ミサトさんの思ってる通りです」
「ちょっ、ちょっとシンジ!何言いだすのよ!」
気の弱い者ほど、開き直った時は怖いものなし。
今のシンジがまさにその状態であった。
慌てて止めようとするアスカの方を向くと、シンジは静かに言う。
「だってそうだろ? 隠してたって何時かバレちゃうんだから」
「でっ、でもっ」
思いがけないシンジの態度とその真っすぐな瞳に気圧されて、言葉が出ないアスカ。
「僕もアスカのこと好きだし、アスカも僕だからそうしたんだろ?」
「そ、それは、そうだけど・・・」
「なら、隠すことなんて無いじゃないか」
「でも・・・」
「ね、アスカ?」
「う、うん・・・」
遂に説き伏せられたアスカ。
そんなアスカをそっと抱き締めるシンジ。
瞳うるうるの恋する乙女状態に陥ったアスカは、されるがままにシンジの胸にもたれかかる。
ひとり蚊帳の外に追いやられたミサトは、その光景にかける言葉がみつからない。
「シ、シンちゃん・・・」
やっと出した言葉に、シンジは振り向くと、
「ミサトさん。許してもらえますか?」
「ゆ、許すも何も。二人が好き合うのが悪いとか言ってるんじゃないのよ。むしろ、応援したいぐらいよ」
シンジの真っすぐな瞳にやっぱり気圧されたミサトは、慌てて首を振った。
「ただね、二人はまだ中学生だから、そういうのはちょっち早いかなーって、そう思っただけ」
「そっ、そうですね、そうかもしれませんね」
そう言って、赤くなってしまったシンジに代わってアスカが、
「何言ってんのよ。年頃の男女が一緒に住んでんのよ、そうなるに決まってるじゃない。男女七歳にして同衾せずってアタシが言ったのを無視したのはあんたでしょ!」
先ほどのお返しとばかりにミサトに攻撃をはじめる。
「そ、そうね。でも、シンジくんだったら大丈夫だと思ってたのよ」
「何言ってんのよ!シンジだって男よ。馬鹿にするんじゃないわよ!」
「そ、そうね。ごめんなさいシンちゃん」
「いえ、別にそんな」
「そんなんで保護者が務まるわけ? それとシンジ!あんた馬鹿にされたんだから、ちょっとは怒りなさいよ!」
「え? いや、それって、信用してくれてたんじゃないのかな」
「そ、そうよ。シンちゃんを信用してたの」
「あんたどっちの味方なのよ!ミサトを庇うわけ?」
「え、いやその・・・」
「ほら、シンちゃんって優しいから」
「そんなこと知ってるわよ! とにかく!アタシ達はそういう仲になったの。分かった?ミサト!」
「わ、分かったわ」
「分かったんなら、ちょっと向こうに行ってなさいよ!アタシ達、服着るんだから」
「あ、そ、そうね、分かったわ」
遂にミサトは、その場から追い出された。
キッチンに来たミサトは、冷蔵庫からビールを取り出すと椅子に座り込み、それを一息に飲んで、ため息と共に呟いた。
「はあぁ、保護者失格ね」
「でも、まさかシンジくんとアスカがそうなるなんて。ううん、シンジくんがそういうことするなんて、ホントびっくりしたぁ。彼も男なのね」
「このまま何もしないんじゃ、本当に保護者失格になっちゃう。言うべきことだけは言っとかなきゃね」
決意を新たにするミサトだった。
その日の朝の食卓は、なんだか気まずい空気が流れていた。
しかし、意を決してミサトは言った。
「シンジくんもアスカも聞いて。あたしは二人に、そういうことしちゃいけないなんて言わないわ。ただね、赤ちゃんは早すぎると思うの。だからね、ちゃんと避妊はするのよ」
真っ赤になる二人を見つめるミサトの顔は、保護者というよりむしろ、新しいおもちゃを見つけたおてんば娘のそれだった。
葛城ミサト、二十九歳独身。
彼女の責任は限りなく重い。
任務の遂行は、一筋縄ではいかない。
がんばれミサト。
戦えミサト。
ふたりの未来は、君の肩に掛かっている。
<あとがき>
やあ、はじめましてと言うかなんと言うか、たこはちです。
遂に私も、小説なるものに手を出してしまいました。
これくらいの、SSなら何とかなるんですけどね。
連載ものは無理でしょう。私の場合。
え、このSSは、拾伍話と拾六話の間から分岐するお話のつもりで六月上旬頃自己満足のため書いたものです。
なかなか投稿する勇気が湧いてこなかったんですが、この度、15万ヒットということで記念投稿したれと、この発表とあいなりました。
ご意見・ご感想・苦情・ご批判、お待ちしております。後ろの二つは無いほうが有り難いですが(^^;。
たこはちでした。
本日2人目、
通算53人目の新住人。
たこはちさん、いらっしゃいませ!
初公開作、『保護者、葛城ミサト』公開です(^^)
「じゃあ、今夜はふたりっきりね」
あのアスカ人をメロメロにした魅力的なセリフが、
本気の意味で使われました・・・
う、は、鼻血が(^^;
さばけたミサトさんもこれにはビックリでしたでしょうね。
あの、シンジがそんなことをするなんて!
「止めなさい」ではなく、
「避妊はしっかり」と言う所がミサトのミサトたる所以か(^^;;;;
さあ、訪問者に皆さん。
いきなり羨ましいシンジを描いたたこはちさんに良くやったメールを!