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  風を感じて










朝の光に包まれる寝室。
聞こえてくる犬の鳴き声。
眠りから覚めた僕は、日に照らされるカーテンをぼんやり見つめていた。




       ●




あの惨劇から十年。
こうして、安らかな朝を迎えられるとは、思いもしなかったあの日。
あの後僕は国連に保護され、数少ない生き残りの一人であるマヤさんと共に松代で暮らしていた。
保護とはよくいったもので、実際のところは軟禁だった。
初めの頃は色々な身体検査・実験を施され、外出の自由も与えられずただ自宅と研究所を往復する日々だった。
生き残った人間の中でエヴァに最も多く係わっていたマヤさんは、情報提供を強要され、また僕の検査・実験に付き合わされていた。
二人っきりになるとマヤさんは、よく僕に泣いて謝っていた。
僕は彼女を責めるつもりは更々なく、ただ生きていられるだけで幸せですよと慰めるのだった。


幾ら検査・実験を続けても得る物が無いことを悟った国連は、僕が高校へ通うことを許可した。
高校での生活は平穏そのものだった。
松代を出ない限りはかなりの自由も保証され、友達を作ることもでき、僕に好意を寄せてくれる女の子も現れた。
彼女は僕が国連の監視下にあることを気にもとめず、精一杯の形で僕に接してくれた。
僕もそんな彼女を受け入れ、その愛に応えようとした。
しかし、僕の心は満たされることは無かった。




       ●




開いた窓から流れ込む風。
揺れるカーテン。

カーテンから視線を外すと、一人で寝るには広すぎるベッドの上で寝返りをうち、明るくなった部屋を見回す。
ベージュを基調とした落ち着いた雰囲気の室内。
コーディネートした人物のセンスの良さがうかがえる。
壁に掛かる時計は九時半を差していた。

  今日は休みだし、まだ起きなくてもいいか。

もう一度寝返りをうつと、目をつむった。




       ●




十八歳の時、大学への進学を希望した僕に国連の出した回答は、富良野市への転居と第二北海道大学への進学だった。
それはそれまでの生活との別れを意味していたが、また同時に、監視下の生活の継続をも示していた。
付き合っていた彼女は、別れを告げる僕に泣いてすがりつき、笑顔で見送ってくれた。
結局僕は、彼女の愛に本当に応えてあげることは出来なかった。
そのことを一番よく分かっていたのは、彼女だったかもしれない。


富良野で僕を待っていたのは、再会の連続だった。
散り散りになっていた友との再会。
あの惨劇を生き延びた仲間との再会。
そして、あのひととの再会。


トウジと洞木さんは、あの時ここに疎開してきて以来、ずっとここに住んでいたらしい。
ケンスケは、僕と同じように進学してきた。
そして、マヤさんをはじめとする生き残ったNERVの仲間は、この街に国際公務員として転任してきたということだった。
青葉さんの言うには、国連はバラバラに監視するよりまとめて監視する方を選んだ、ということだった。
でも、僕にはそんな国連の思惑なんてどうでもよかった。
ただ、彼女に再会できた事だけが嬉しかった。
僕の心が求めて止まなかったもの。それは彼女だった。
聞けば彼女も、僕と変わらない生活をしてきたらしい。
僕たちは、その離ればなれになっていた時間を埋めあうかの様に心を寄せあい、そして、そうする事が当たり前の様に共に暮らしだした。


彼女との生活は、松代では決して満たされることの無かった僕の心を満たしていった。

僕の求めていた強さを持っていた彼女。
僕の求める安らぎを与えてくれる彼女。
僕の中に見つけた強さに憧れていた彼女。
僕の中に求めていた安らぎを見つけた彼女。

僕にとって彼女の存在が、また彼女にとって僕の存在が、どれ程大切であったか、そのことを思い知らされた。
いや、本当は知っていたのかもしれない。
ただ、あの時の僕には理解出来なかっただけかもしれない。
あの時の彼女には認めることが出来なかっただけかもしれない。

でも、今は分かる。認めることが出来る。
僕は、彼女が必要だし、僕を必要とする彼女の力になりたいと思う。
何より僕は、はっきりと言うことが出来る、彼女を愛していると。
彼女も言ってくれた、僕を愛してると。




       ●




”ガチャ”

戸を開け、勢いよく駆け込んでくる幼女。

「パパ、おきて! あさでしゅよ!」

そう言って僕の上にのしかかって来た。

焦げ茶色の髪の毛を振り乱し、焦げ茶色の瞳を輝かせ、色白で華奢だが健康的な小さな体で僕の体を揺さぶる。
愛娘のアユミだった。

「うーん、もうちょっと寝かしてよ」

眠たい声で僕は答えた。




       ●




僕と彼女、二人での生活はとても充実したものだった。
すぐにでも結婚したかったが、

「結婚は、自分達で生活出来るようになってから」

という周囲の大人たちの意見に従って、結婚は大学を出てからと二人で決めた。
そんな矢先の彼女の妊娠。

「責任を取って嫁にもらう」

そう言った僕に、反対する人は誰もいなかった。

小さな教会であげた結婚式。
少ないながらも大切な仲間達に祝福され、幸せいっぱいでライスシャワーを浴びる僕たち。

「僕たちはきっと幸せになる。だから、ずっと、一緒に歩んでいこう」

頷いた彼女の笑顔は、それまでで一番美しかった。




       ●




今年で四歳になった娘はしつこく僕を揺さぶる。

「ダメー、お・き・て。ピクニックぅー」
「ピクニック?」
「そうよ。アユミと約束したんでしょ!?」

答えたのは、入り口に立っていた妻だった。

「?! そういえばそうだったね。分かった、起きるよ」

そう言って、まだ僕の上にのしかかっているアユミを抱え込んで体を起こす。

「もう。子供との約束はちゃんと守ってくれなくちゃ」

言いながらベッドに近づいてくる妻。
僕はベッドから起き出して、彼女を抱き寄せると唇を合わせる。
二人の生活が始まってから、欠かす事無く続いてきた朝の挨拶。

「分かってるよ。今からだと、ちゃんと守れるだろ?」
「もう・・・」

そんな二人を邪魔する者が一人、僕のシャツを引っ張る。

「パパァ、あたしもォ」
「ああ。おはよう、アユミ」

それに応えて、小さな頬にキスをする。

「だめ、そこじゃなくてここォ」

アユミは不満そうに唇を突き出す。

「ははは、そこは大事にとっときなさい」
「やだァ、ここにしてェ」

駄々をこねる娘にその母が意地悪く言う。

「だめよ、パパにして貰えるのはママだけなの。アユミは大きくなってから好きな人にして貰いなさい」

悔しそうに自分の母を睨みつけるアユミ。
そんな視線に妻は動じる事無く、

「さっ、早く着替えてきてね。ご飯は出来てるんだから」

そう言ってキッチンのほうへ向かった。

「アユミ、パパの服を取ってくれるかな」

妻が出ていっても尚、その姿が消えたドアをじっと睨んでいる娘に声をかける。

「うん!」

途端に瞳を輝かせたアユミは、嬉しそうに妻の用意していた服を手に取った。




       ●




二人での生活も、初めのうち家事は僕がしていた。
あの頃もそうだったし、松代でもいつも疲れて帰ってくるマヤさんに代わってだいたい僕がしていた。
しかし結婚してアユミが生まれると、彼女も家事をするようになった。
そして今では殆ど彼女がこなしている。
僕の仕事といえば、休みの日の夕食を作ることと土日に掃除をする位になっていた。




       ●




服を着替え顔を洗った僕がキッチンにいくと、テーブルの上には僕の分の朝食とお弁当が用意されていた。
僕が席に付くと、妻が温めなおした味噌汁を出してくれる。
食事をはじめた僕の横にアユミはやってくると、椅子によじ登って僕のほうを楽しそうに見つめてくる。

「欲しいのかい?」

尋ねる僕にアユミは首を振り、

「ううん、アユミはもうたべたの」

そう言って、やはり楽しそうに僕の方を見ている。

「のこさずたべるのよ」

母の言葉そのままを父に向けてにこやかに言うアユミ。

「ハイ、わかりました」

娘におどけて答えてみせる父。
向かいの椅子には、そんな父娘の様子を微笑んで見つめる妻がいた。





「さあ、出かけよう」

身支度を済ませた僕は、僕の家族に呼び掛ける。

「うん、はやくいこー」

アユミはさっきからずっと僕の左腕にぶら下がっていた。
お陰で少々準備に手間取ったが、僕はアユミのしたいようにさせていた。

  もうすぐお姉ちゃんに成るんだ。今のうちに甘えさせておこう。

僕はそう思っていたが、妻は違ったらしい。

「アユミ、もうすぐお姉ちゃんに成るんだから何時までも甘えるんじゃないの」

そう言う彼女のお腹は六ヶ月。

「大丈夫かい?」
「大丈夫よ、病気じゃないんだし初めてでもないんだから」

気を使う僕に笑顔で答える彼女。

「もう、はやくいこー」

不満を露に僕の腕を引っ張るアユミ。
近頃のアユミは、僕と妻が仲良くしていると必ず邪魔をしてくる。
母に嫉妬しているようだ。
娘にここまで好かれると、父親冥利に尽きるというものだ。

「うん、それじゃ出発だ」

僕たち家族は車に乗り込むと、今日の目的地である森林公園に向かった。





街外れにある森林公園は政府の管理の下、失われつつある日本の森を維持し後世に残す事を目的として運営されていた。
本来なら入場料を取られるのだが、僕が国連環境保全局に勤めていることから、ただで入場することが出来た。

初夏を思わせる爽やかな風が吹き抜ける林道を、僕たち家族はゆっくりと進んでいく。
僕の左腕を今日の居場所と決め込んだアユミは、僕の腕から離れる事無く辺りの初めて目にする物にその小さな瞳を輝かせ、妻は、そんな娘の様子を優しい母の目で見やりながら僕の右腕を取っている。
そして一緒に連れてきた我が家の愛犬、柴犬のジャックが、そんな僕たちの回りを行ったり来たりしている。





一面芝生に覆われた、開けた場所に出た。
僕たちはそこで弁当を開くことにした。
芝生の上にシートを敷くと、その上で僕たちは輪になって座った。
僕の左手にはやっぱりアユミが座り、向かい側には妻が、そして右手に佇むのは、広げられたご馳走を目の前にひたすら我慢のジャックだった。





そして今、ジャックと一緒になってはしゃぎ回る娘を見ながら、僕たち夫婦は食後のお茶を楽しんでいる。


優しい風が僕たちを包んでいる。
妻はそっと僕の右肩に寄り添い、僕は右手を彼女の右肩に置いた。

何もないひととき、ただ風だけが流れる。
しかし、僕たちはお互いを感じることが出来た。
僕たちは、心が繋がっている事を知っていた。
お互いがお互いを求め合い、お互いの心のすき間をお互いの心で埋め合ったあの日から続く、幸せな日々。
何もないひとときが、幸せであると感じることが出来る毎日。
そしてそのことを、いつも感じさせてくれるアユミ。

「きゃっ」

小さな悲鳴と共に、不意に目の前が栗色に染まる。

「ごめんなさい」

彼女は風に弄ばれる長い髪を必死に抑えようとする。

ぴたりと凪ぐ風。

僕は彼女を抱き寄せる。

「シンジ・・・」

「・・・アスカ・・・」

一つに重なる影。

「あーーーっ!ママったらずるい」

二人の愛のひとときも、いつの間にかにやってきた可愛い小悪魔によって邪魔をされる。

「いいじゃない。たまにはママにも甘えさせてよ」

どことなく寂しそうに言う母に、娘は黙って離れると、

「きょうだけよ」

と、僕の後ろに座り込んだ。

「ありがとう」

アスカは自分の娘に礼を言うと僕の胸に凭れ掛かった。

僕はアスカを抱き締める。背中に娘のぬくもりを感じながら。

今、こうしていられる幸せを、噛み締めながら。

そんな僕たちを、風はまた、優しく包み込んでいった。

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「たまにはママにもあまえてあげなくっちゃ」

と言ったか言わずか、帰りの車の中には、
母の膝に全てを預けて眠る、アユミの姿があった。












   終











ver.-1.00
1997-08/11公開
ご意見・ご感想は こちらまで!


<あとがき>
やあ、たこはちです。
SS第三弾をここにお届けしました。

第三弾といいますが、実はこれが私の処女作です。
書いたのは五月の下旬頃。REBIRTHの後、アスカとシンジが幸せになればいいなぁ、と思って書いた物です。
本来は投稿するつもりはなかったのですが、友人の強い勧めで踏み切りました。

え、どっかで読んだことがある?

私もそう思います。(って、おい!)

な、設定が曖昧?
う、名前の出てこないキャラはどうした?

さー、なんの事だか私にはさっぱり。(それでごまかせられるのか?)

い、「保護者、」との繋がりはあるのか?

ああ、繋がり持たせようとリメイクを試みましたが断念しました。
話の雰囲気が崩れるので。でも、現状でも繋がってるようにみえなくもないでしょう。

まあ、あくまで処女作ということで、ご容赦下さい。

ご意見・苦情・ご批判お待ちしております。

たこはちでした。


 たこはちさんの『風を感じて』、公開です。
 

 あぁ・・出来ちゃった結婚・・・
 

 アスカちゃんにあんなコトして、
 アスカちゃんを妊娠させて、
 アスカちゃんをママにしちゃって・・・

 シンジィ・・・責任取れよ!
 ・・・・あ・・・取ったのか(^^;
 

 と、その前に。
 『彼女』はアスカですよね(爆)
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 勇気を持って処女作を公開したたこはちさんにメールで応えましょう!


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