「さよなら。あなたに会えて良かった…」
彼は小さくうなずくと、きびすを返して校舎へ入るドアに向かった。
彼を見送って、彼女は手すりにもたれて、沈んでいく太陽に視線を向けた。
「さよなら…」
彼女はしばらくそのまま夕陽の中にいた。。
めぞん250万ヒット記念SS
SIDE C MANA
「来てくれて良かった…」
TIME/2000
彼女は先ほどから何度目かのため息をついて、ちらりと電話機を見つめる。
先ほどからこのような状態で1時間ほど過ごしてきた。
と、彼女の手が受話器に伸びる。
が、すんでのところでその動きが止まる。
どうしよう…
やっぱり、会ってお話したいよ。
…
…
でも…
迷惑じゃないかな?
こんな時間に電話して、会って欲しいだなんて…
…
やっぱり、迷惑じゃないかな…
…
でも…
やっぱり…
「はい、シンジです。」
母親から受話器を受け取り、シンジは答えた。
受話器の向こうから聞こえてくる声はいつもとは少し違っていた。
「あ、碇くん?私です。マナです。」
シンジはその声を聞いておやっと思った。
いつもの彼女はもっと快活で、元気な話し方をする女の子だったから。
彼女の身に何か起こったのだろうか?
シンジは素直にその思いを口にした。
「どうしたの?何かあったの?」
しかし、その問いにはマナは答えなかった。
「あのね…今日…夜会ってくれないかな?」
「今日の夜?」
シンジは首をかしげる。
やはり、いつもと少し違う。
彼女に何が起こったのだろう?
すると彼女はくすりと小さく微笑んで答える。
「花火したくて。」
「花火?」
ますます混乱するシンジ。
こんな時期に花火なんて…
「うん…だめかな?」
シンジは少しだけ間を置いてから答える。
もちろん、花火をしたいというのは口実で、会って話をしたいということなのだろう。
何か、彼女に起こったのは確かだ。
幸い、今日はバイトも何もない。
シンジはマナに付き合うことにした。
「いいよ。別に何も用事ないし。」
ふうとため息を漏らす様子が受話器から聞こえてきた。
よほど思いつめていたのだろうか、マナの声が少しだけ明るくなった。
「ありがと…それでね…」
二人はとある小さな公園で待ち合わせした。
季節は秋。
なのに、二人は花火をするためにその公園で待ち合わせをした。
彼は何も理由を聞かずに彼女の誘いに付き合うことにした。
秋の星座が夜空に輝く中、二人は待ち合わせの場所で会った。
彼の方は青いバケツに水を張って持ってきていた。
彼の自宅はこの公園の近く、徒歩数分の所にあった。
彼女の自宅は歩いて10分ほどだ。
「ごめんね。急に呼び出したりして。」
彼女の言葉に彼はふるふると首を振って答える。
「いいよ。どうせ暇だったし。」
シンジはいつもと変わらない笑顔で答えた。
マナは手に持ったビニール袋を彼に見せる。
「季節はずれだから、ないかなと思ったんだけど、ほら。」
ビニール袋を覗きこむシンジ。
「へぇ、一杯あるね。」
「何か、全部やってみたくなって、一通り買ってきたの。」
「いいねぇ。さっそくやろう。」
「うん。」
その公園はちいさなジャングルジムと鉄棒、ブランコ、砂場といったごく普通の遊具が置いてある公園だった。
昼間は近くにある集合住宅からたくさんの子供がやってくる場所だったが、
だんだん寒くなってくる秋の夜では人は誰もいなかった。
「貸切だね…」
「そうだね。」
二人は顔を見合わせて微笑み合う。
シンジは持ってきたバケツを置いて、ローソクに火をともし、花火セットの厚紙の上に立てた。
花火を始める二人。
手持ち花火から始めて、手近なベンチに座る二人。
「キレイね…」
マナは小さく自分の持っている花火を見つめながらそう呟く。
シンジは煙に巻かれて、涙目になりながら答える。
「キレイだね。」
その様子を見てマナが噴出す。
くすくす笑うマナを見てシンジがまだ涙目のまま見つめる。
「だって…」
まだ笑いやまないマナ。
それを見た、シンジの口元にも笑みが浮かぶ。
二人は、ひとしきりさまざまな手持ち花火を楽しんで、次に取りかかることにした。
打ち上げ花火に取りかかるシンジの様子を見つめるマナ。
来てくれて良かった…
マナは小さく息をついて、口元に微笑を浮かべる。
花火が終わり、まだその煙の匂いが残る公園で二人はブランコに座っていた。
二人は黙ったまま座っていた。
マナはちらりとシンジの方を見る。
シンジはぼんやりと空を見上げていた。
どうしよう…
なんて言えば良いのかな?
話し出すきっかけを探すマナ。
「ん、んん〜ら、んんん〜。」
いきなり鼻歌を歌い出すシンジ。
それを聞いたマナが笑い出す。
「どうしたの?急に?」
照れくさそうにシンジが答える。
「え?いや、なんとなく。」
くすくす笑うマナ。
何か、そのシンジの鼻歌で、マナは急に心が軽くなった気がした。
「今日、彼に、さよならしたんだ。
泣かなかったし、責めなかった。」
そこまで行ってマナはため息をついてうつむく。
そう、今日の昼間、彼に会った。
このまま、自然消滅させても良かったけど。
でも、はっきりと終わらせたかったから。
シンジは空を見上げてマナの言葉を聞いていたが、
やはり小さくため息をついてマナの方を見る。
そうか…
だから、今日のマナはいつもとは少し違うんだ。
好きな人と別れたんだね。
もう、ほとんど別れたようなもの。
君は昨日、そう言っていたね。
でも、このまま自然消滅させるのは嫌だから…とも。
そんなことがあっても、普段のままでいるのは無理だから。
今日の君はいつもと違うんだね。
シンジはやわらかな笑みを浮かべてマナを見る。
マナもシンジを見る。
「えらかったね…」
その言葉で、彼には言えなかったいろいろな言葉がマナの脳裏に浮かぶ。
どうしてだろう?
どうして、こんな風に終わっちゃったんだろ?
何が悪かったのだろう?
…
最初はあんなに仲の良かった二人だったのに…
ちょっとした行き違いが、いつのまにか大きくなって。
でも…
それでも、私は…
「好きだったのにな…」
思わず口をついて出たのはそんな言葉だった。
どうしてなんだろ?
彼の前では泣かなかったのに。
どうして、いまさら涙があふれてくるの?
マナの頬を涙が伝って落ちる。
その涙をぬぐって顔を上げ、マナはシンジの方を見る。
シンジは空を見上げて瞬きしていた。
その様子を見て、泣き笑いのような表情になるマナ。
「ちょっとかっこ悪いけど、髪切るならつきあうよ。」
ふと、シンジがマナにそう告げる。
それを聞いたマナの笑みが大きくなる。
「もう…そんなこと言わないで…笑っちゃうじゃない。」
「そう…」
シンジは首を傾げて見せる。
「いや、やっぱりお約束かなって思って。」
「バレバレじゃない。」
「そうか…そうだね。」
納得したようにこくこく頷くシンジ。
いつのまにかマナの涙は止まっていた。
「じゃあ、帰るね。」
二人は公園の入り愚痴で向かい合う。
マナの言葉に大きく頷くシンジ。
結局髪を切りには行かないことになった。
「うん。」
そう答えてにっこり微笑むシンジ。
その笑みはいつもシンジが浮かべている笑み。
最初から、最後までシンジはいつものようにマナに接してくれた。
来てくれて良かった。
一緒にいてくれて良かった。
マナはシンジのその笑みを見てそう思った。
しばらく見詰め合う二人。
それは数秒だったが、二人にはとても長く感じられた。
そして、マナはいつもの笑みを浮かべてシンジに告げる。
「今日はホンと…」
ふっと顔を寄せてシンジの頬に軽くキスをするマナ。
「サンキュ.」
FIN.
どもTIMEです。
めぞん250万ヒット記念SS マナ編 「来てくれて良かった…」です。
というわけで最後のマナ編です。
やはり、ある曲の歌詞を元にして書いてますが、3本の中では一番元ネタの曲が分かりやすいかもしれませんね。
ちなみに3本とも同じバンドの曲だったりします。
彼と別れたマナとシンジのお話ですが、マナはその話を聞いてもらう相手としてシンジを選んでいます。
これが新しい恋に繋がるのかはご想像にお任せするということで。
さて、250万ヒット記念は他にアスカ編とレイ編があります。
そちらも読んでいただければ嬉しいです。
では。