空港のロビー。
今から旅立つ人達や、旅行先、出張先から帰ってきた人達でごった返している中。
二人はお互いをじっと見つめていた。
どれくらいそうしていたかのか、彼女は時計に視線を向ける。
「もうそろそろ行かなくちゃ。」
飛び立つ飛行機を背景に彼女はそう告げた。
彼女の視線はまっすぐに彼の瞳に向いていた。
彼は小さく頷き、いつもの笑顔を浮かべた。
いつも彼女に向けられていた笑み。
自分だけに向けていて欲しかったその笑み。
「うん。じゃあ、元気で。」
ありきたりのことを言う彼。
ある意味彼らしい言葉かもしれない。
彼女はふっと笑みをもらすとこくこく頷く。
じっと見詰め合う二人。
もう、この瞳を見ることもないんだね。
ふと、彼女の脳裏にそんな考えが浮かぶ。
それはとっても悲しいことで。
だから、彼女の瞳が潤んでしまう。
しかし、視線をはずし、一瞬表情を曇らせただけで、彼女はなんとかこらえた。
彼の心に残る最後のアタシの顔が泣き顔だなんて最悪だから。
でも、その代わりに思い出すのはアタシの怒鳴り声かもしれないけど…
今思い返しても、シンジにはいつも怒鳴りっぱなしだった気がする。
嫌いだったわけじゃない、その逆だった。
とても、大事な人だった。
でも、もうこの人のそばにはいられなくなってしまった。
その思いを払うように彼女は小さく息をつくと、視線を彼に向けて告げた。
「じゃあ。行くね。」
彼は彼女の瞳を見つめた。
鳶色の瞳が少し潤んでいる。
こうして、彼女の瞳を見るのも最後になってしまうかもしれない。
今、ならまだ止めることが出きるだろうか?
…
…
ダメだ。
もう、いまさら止めることはできない。
彼女の決めたことだ。
僕はそれに従うしかない。
そばにはいられないから。
彼女はそう僕に言った。
それが何を意味するのか、いくら鈍いと言われている僕にでもわかる。
全てはあの夏から。
あの時、あの子に出会ってしまってから。
僕達、二人の歩く道は別れてしまった。
だから…
だから、僕は…
「うん。」
彼は小さく頷いて見せる。
それを見て、彼女はくるりときびすを返して歩き出す。
その後ろ姿を彼を黙って見送る。
彼女はエスカレーターに乗って、後ろを向く。
彼がいつものにこやかな笑みを浮かべてこちらを見ている。
彼女も精一杯の笑みを浮かべる。
エスカレーターが下っていき、彼の笑顔が彼女の視界から消えた。
そのとたん、彼女は今までこらえてきていたものを押さえきれなくなってしまった。
鳶色の瞳が潤み、涙が頬を伝う。
分かっていたのに…
どうしてこんなに…
めぞんEVA250万ヒット記念SS
SIDE B ASUKA
「二度と出てこないで」
TIME/2000
夏も終わりに近づいたある日のこと。
夏休みの課題を終わらせるためにクラスメートが開いた勉強会に二人は参加した帰り。
陽は少しだけ傾いたが、まだまだまぶしい光を投げかけている。
二人はコンクリート塀に囲まれた路地を並んで歩いていた。
「はぁ…なんとか今年の課題も終わったね。」
シンジが大きく背伸びをして隣のアスカに告げる。
アスカは軽く肩をすくめて答える。
「アタシはずっと前から終わってたわ。」
アスカのその言葉にシンジは苦笑を浮かべて頷く。
「確かに。アスカは夏休みの最初の2週間で課題全部終わらせるからなぁ。」
風が二人を通り過ぎていった。
アスカの髪がその風でふわりと舞った。
「もう、夏も終わりだね。」
ヒグラシの鳴く声と、先ほどの風に秋を感じたのだろうか、
ふとシンジはそんなことを呟いた。
「そうね…今年の夏も終わっちゃうね。」
アスカは少し寂しそうにそう答えた。
あと数日で夏休みも終わり、2学期も始まる。
秋が来て、そして冬が来て。
3月になれば、卒業だ。
4月からは高校生活が始まり、そしてまた夏が来る。
ふと、アスカが立ち止まる。
シンジも立ち止まりアスカを不思議そうに見つめる。
「あれ。」
アスカが指差す方には枯れて首を垂れるひまわりの花達が並んでいた。
「枯れちゃってるね。」
「でも、種ができてるから、地面に落ちて来年また咲くよ。」
アスカは小さく息をつくと答える。
「そうやって、毎年ここで花を咲かせるのね。」
「そう、来年も再来年もずっと…ね。」
「ずっと…か…」
アスカはしばらくそのひまわり達を見つめていた。
アスカは物思いから我に返った。
飛行機はすでに飛び立ち、今は太平洋の真中だ。
視線を機内に移すと、大きくため息をつくと軽く瞳を閉じる。
そしてアスカは心の中でシンジの顔を思い浮かべ、語りかける。
もう、いいんだね…
これでもう私、他の誰かのものになるよ…
そう…
これが、最後。
もう、これからは…
軽く頭を振ると、アスカはシンジの顔を追い払った。
ずっと一緒だった。
何をするにも、あなたは傍にいた。
二人一緒だった。
いつのまにかそれを当たり前に思うようになっていた。
シンジはアタシがいなきゃ駄目なんだから。
ずっとそう思っていた。
だから、彼女が現れた時に分からなかった。
あなたの心が彼女に向き始めて、やっとそれに気づいた。
あなたはアタシがいなくてもいいってことを。
でも、もう遅かった。
あなたの心には彼女が住みついて。
そしてアタシと入れ替わってしまった。
もう、そうなってはアタシには何もできなかった。
あなたと彼女を遠くで見ることしか。
あの日。
私があなたに留学の話をした日。
あなたはにっこりと笑ってこう言った。
「すごいじゃない、絶対行くべきだと思うよ。」
そう…
その言葉で、アタシはもう彼の傍にいることができなくなったことを知った。
やさしいあなたはそれを否定したけど。
アタシには分かってしまった。
あなたとずっと一緒にいたアタシだから。
もう、あなたにアタシは必要なくなったんだって。
彼女のため息と共に、彼女の頬を涙を伝う。
お願い。
もう、これ以上アタシを苦しめないで。
あなたを忘れることでアタシを開放して。
いいよね?
もう、いいよね?
これ以上あなたのことで悩むなんて嫌なの。
全て、悲しい思い出になりそうだから。
だから…
もう、忘れていいよね。
あなたのこと…
全て…
忘れても…
そうだよ…
そうだよ…
アタシの全部であなたを好きだった。
本当に、本当にあなたを好きだった。
あなたの夢をいつも見るぐらいに。
アタシの全部であなたを好きだった。
純粋な思いであなたを好きでいた。
自分でも不思議なくらいの情熱で。
アタシの全部であなたを好きだった。
何があってもあなたのそばから離れたくなかった。
ずっと、ずっとあなたの傍にいたかった。
でも、もうそれも終わり。
たくさん涙は出たけど、悔やんでることは一つもない。
あなたと最後にお話できたから。
あなたの本心を聞くことができたから。
だから、終わっていくことに、こんなに正直になれた。
もう、二度と私の夢に出てこないで。
あなたのことを忘れるために。
全て忘れるために。
アタシがアタシでいるために。
あなたが好きだと言ってくれたアタシでいるために。
お願い。
お願い。
出てこないで…
出てこないで…
出てこないで…
あなたを忘れるために。
私が新しい誰かを見つけられるように…
二度とアタシの夢にも出てこないで…
彼女の乗った飛行機は更なる高みに昇っていった。
FIN.
どもTIMEです。
めぞん250万ヒット記念SS アスカ編 「二度と出てこないで」です。
アスカ編ですが、他の2編と違って、悲しい話になりました。
元ネタが付き合っている彼と別れた女の子の歌だったので仕方ないですが、
曲の歌詞中の「彼女」のイメージが3人の中で一番アスカに合っていると思って、アスカ編として書きました。
作者の中ではアスカはこんな感じの女の子です。
強がってはいるけど、人一倍寂しがりやで、一途に相手を思っているといったところでしょうか?
さて、250万ヒット記念は他にレイ編とマナ編があります。
そちらも読んでいただければ嬉しいです。
では。