めぞんEVA250万ヒット記念SS
SIDE A REI
「私が見るものすべて」
TIME/2000
その日の午後から降り出した雪は季節はずれにもかかわらず、
全てのものを白く染めながら降り続けた。
彼女はそのお店から出てきて、空を見上げる。
雪の粒が大きくなってきているようだ。
街頭の光が雪に反射してきらきら輝く。
彼女はため息をつく。
それと共に白い息が広がる。
持っていた傘を広げて、歩道に飛び出す。
もう一度空を見上げる。
雪が顔に降りかかって来た。
彼女は何回か瞬きをして瞳に入る雪を払う。
まるで空を飛んでいるような感覚に捕らわれ、彼女はよろめく。
慌てて姿勢を直して、彼女はゆっくりと歩き出す。
あっという間に髪や肩に雪が積もり始める。
しかし、彼女はそれを気に留めないで、そのまま歩いていく。
周りには人の気配がなかった。
時期はずれの雪、そして遅い時間ともなれば、路上に人影がないのは当然なのかもしれない。
歩道の途中に小さな雪だるまがあった。
真っ白な小さな雪だま二つと黒い小石で目が作られていた。
彼女はくすりと微笑を浮かべる。
さらに降りつづける雪を見ながら、散歩のような軽やか足取りでレンガで舗装された歩道を歩いていく。
彼…なにしてるかな?
ふとそんな思いが心に浮かぶ。
彼と会ったのはやはりこんな感じで雪が降っているある冬の日だった。
始めて彼を見たその時から、私は彼に引かれてしまった。
どこが、どうというわけでもない。
どこにでもいる男の子。
みんなそう彼のことを言うけど、私には違った。
あの日、彼のやさしさを知ったからかもしれない。
コートのポケットの中で繋いだ手の暖かさ。
私が言った冗談を真に受けて。
ちょっと驚いたけど、何か嬉しかった。
目を閉じれば、真っ赤になってうつむいてる彼の顔を今でも思い出せる。
でも、彼には幼馴染がいた。
小さな頃から一緒に過ごしている幼馴染の女の子がいた。
その子と私と彼。
三人で行ったスケート。
彼女は私のことあからさまに避けてたっけ。
当然よね。
自分と彼の間に見も知らぬ女が入ってきたんだから。
今になって思うと、よくあんな無謀なことをしたものだと思う。
でも、その時は、少しでも彼の事知りたい一心でお願いしてた。
彼女とはその後のスキーでなんとか仲良くなれたのだが、やはり彼女も彼のことが好きだった。
そのことは薄々彼女自身も感じていたようだったが、
私のことがあって以来強く意識するようになったそうだ。
「彼は誰にも渡さないから。」
そう、彼女が私ににっこりと微笑みかけた。
私には彼女程の自信は持てなかった。
知り合って数ヶ月。
まだ、彼のこともよく知っているわけじゃない。
彼女のように、物心ついたときから一緒にいるわけじゃない。
相手の考えていることをごく自然に感じることはできない。
だから、私は彼女のその言葉に何も答えられなかった。
でも、それでも、私は彼のことが好きだった。
こんな感情は今まで感じたことがなかった。
ずっと彼を見ていたい。
彼の見るもの全て、私もみたい。
私が見たもの全て、彼にも見て欲しい。
一緒に、喜んで、怒って、泣いて、笑って。
その一瞬を共有したかった。
ただ、それだけ。
でも、それだけのことが現実では難しかった。
私は彼とは違うクラスで、会って会話するのも難しいのに対して、彼女はずっと彼の傍にいることができた。
バレンタインのチョコも渡したが、結局思いは伝えられなかった。
私の心のどこかで、それを思いとどめる何かがあったから。
どうしても、言えなかった。
好きと、言えなかった。
そして、春が来て、桜が咲き乱れる季節。
私は彼と同じクラスになった。
でも、彼女も同じクラス。
それから少しづつだが、私は彼の傍にいることができるようになった。
もちろん、彼女も一緒だったが。
3人の不安定な関係。
でも、彼は私達二人の思いに気づいてないようだった。
桜の花が散り、青々とした葉が生い茂る頃。
一緒に遊園地に行くことになった。
二人ではなく、グループだったけど、楽しかった。
一緒に笑って、驚いて、怖がって。
最後に起こったアクシデントは、私にとっては忘れられない思い出になった。
…
でも、後で彼女にさんざん問い詰められたけど。
彼女が雪を踏むきゅっきゅっという音がやけに大きく聞こえてくる。
辺りはぴんと空気が張り詰めていて、雪が降り積もる音が聞こえてきそうだった。
彼女は傘を倒して、積もった雪を落とす。
雪は相変わらず、大きな粒のまま降りつづけている。
この分だと、明日も一日降り続けそう。
ふうと大きめのため息をつくとぱっと白い息が広がる。
あの時、起こった出来事。
誰にも話していない。
彼も誰にも話していないと思う。
二人だけの秘密。
観覧車のゴンドラの中で二人きりで過ごした20分間。
私には忘れられない思い出。
彼女は歩道から公園に入る。
彼女の部屋に帰るにはこの公園を突っ切る方が近かった。
公園内は水銀灯が銀色の光を放っている。
雪がその光を受け、きらきら輝きながら舞い散るように降っている。
でも。
あの出来事がなければ…
私は彼のことを諦められていたかもしれない。
こんな風に彼のことを思いつづけることはなかったかもしれない。
…
もしかすると…
その方が良かったのかもしれない。
夏のあの日に私は全てを諦めていたかもしれない。
あんな二人を見てしまった時に。
…
…
…
彼女は彼を必要としている。
彼女の心を平静を保つために彼の存在はすごく大きい。
あの二人の間に私が入る余地はないのに。
二人のためにも、私のためにも彼のことは忘れた方が良いのに。
でも…
それでも…
私は彼のことが忘れられない。
こんなにも彼のことが好きなままでいる。
どうしてだろ?
ふと彼女のむけた視線の先にジャングルジムが立っている。
そのジャングルジムにも今は薄く雪が積もっている。
彼女は指でそっと、その雪に触れる。
そう…
花火が咲く浜辺で。
彼女は誰にも変えられない存在だと。
そう彼は告げた。
彼女はもう彼の一部になっていた。
それは、わかっていた。
でも、私の思いを彼に伝えたかった。
だから、彼に私の思いを告げた。
この時、私は彼のことを諦めるべきだったのだろうか?
やはり、私には届かない人だったのだと。
彼には彼女がいるから…と。
そうすれば、こんなに苦しまなくても良かったかもしれない。
心を締め付けられる思いをしなくても良かったかもしれない。
でも、私にはそれができなかった。
ゴンドラでの思い出にすがって、私は彼を追いつづけた。
彼女ではなく私を選んでくれることを祈って。
彼女はふと、とある路地の一角で立ち止まる。
そのまままっすぐ歩くと5分ほどで彼女の家にたどり着く。
そこから左側の路地を歩いていくと、彼と彼女の家に向かう。
二人は隣り合って住んでいる。
両親も知り合い同士でそのおかげで二人は小さい頃からの幼馴染だった。
吐く息が白く広がる。
雪は先ほどより少し小ぶりになって来ていた。
あたり一面は真っ白になっていた。
今年では一番雪が降ったと言って良いだろう。
「見せたいな、シンジに…」
その呟きは誰に聞かれることもなく消えていく。
何かを決心したようにレイは顔を上げて、歩き出す。
彼女が歩き出したのはシンジの家があるほうだった。
どうしてだろうね?
ふいに、あなたに会いたいって。
そう思ったの。
この光景を見て欲しいって思ったの。
あの人が一緒にいるかもしれないけど。
レイの鼓動が高まる。
どうしてだろ?
告白するわけじゃないのに。
こんなに胸が高鳴るなんて。
あなたに会いに行くためにいつも歩いている道なのに。
まるで、始めてあなたの家に行く時みたいに、見知らぬ所を歩いているよう。
でも…
それでも…
あなたに見て欲しいの。
私が見たもの全て、あなたに見て欲しいの。
私の大好きなあなたに。
だから、今から会いに行くね。
FIN.
どもTIMEです。
めぞん250万ヒット記念SS 「私が見るものすべて」です。
まずはレイ編ということですが、今回250万ヒットSSは全て、あるバンドの曲の歌詞を元に話を作っています。
これまでもよく、いろいろな曲の歌詞の一部を話のネタにして書いていたりもしたのですが、
今回は歌の歌詞をほとんど組み込んでいく形で書いています。
もちろん歌詞の内容だけでは話にはなりませんので、いろいろ設定を付け加えてみました。
歌詞がストーリーのダイジェストになるように書いてみましたがどうでしょうか?
レイ編はちょっとした3角関係になっているシンジ、レイともう一人(バレバレ?)のお話です。
元歌詞ではほんの少しだけ自分以外の女の子が彼の側にいることをほのめかしていますが、
そこから広げて書いてみました。
さて、250万ヒット記念は他にアスカ編とマナ編があります。
そちらも読んでいただければ嬉しいです。
では。