シンジアスカの大冒険?その9
二人目−後編
二人目
大小様々なケーブルが薄暗い空間にまるで大地に根をのばしたかの様に、複雑に入り組んでいる。
そしてそのケーブルにこれでもかとばかりベタベタと張り付けられたメモ用紙には、凡人には何を意味するのか理解不能な文字、数字が書きなぐってあった。
無数にからみ合ったケーブルの僅かな隙間に、巧みに入り込んだ人の姿・・・・
ノートパソコンのキーを非人間的な早さでたたく。
外界とつながる小さな四角い出入り口から騒々しい音が流れ込んできた。
リツコはカスパーの内部で警報音を聞いていた。
(遅いわねえ・・・)
すでに半分以上の作業はすんでいる。
マギを司る3基のコンピューターの内カスパーを選んでプロテクト作業を始めたのは、以前使徒侵入時にここで作業した経験からか、それとも母の女の部分に対するこだわりか。
リツコは『母』に語りかけた。
「私バカなことしてる?ロジックじゃないものね、男と女は・・・」
彼女はかけていた眼鏡を上へずらすとカスパーの中枢部分を覗き込んだ。
母の人格を移植した有機コンピューターを収納した鋼鉄の器・・・・第11使徒撃退の際に穴をあけ、再び蓋をした跡が四角く傷のように残っている。
リツコはその部分に手を触れ語りかけた。
「そうでしょう、母さん」
第2発令所のスクリーンが赤一色に染まっていた。
カヲルの言う世界中のマギタイプのコンピューターからのハッキングが始まったのだ。
慌ただしい空気の中、ゆったりとした動きでミサトがマヤの座る席へ近づき、背後からモニター画面をのぞいた。
マギの3基のコンピューター、メルキオール、バルタザール、カスパーのハッキング状態が表示されている。
メルキオール1基のみが侵入を示す赤で塗り尽くされ、残り2基は青のままだった。
(余裕ね・・・カヲル殿に感謝しなけりゃ)
片手に持った白いコーヒーカップに口をつけると、一気に飲み干した。
再び画面に目を向けるとメルキオールの表示が赤からどんどん青に塗り戻されている。
完全に青に戻った所でマヤの冷静な声が響く。
「マギへのハッキングが停止しました。Bダナン型防壁を展開。以後62時間は外部侵攻不能です」
(さてと・・・・)
ミサトは振り返って背後を見上げた。
司令席ではお決まりの両手で口元を隠すポーズの総司令に、傍らに立つ副司令が話しかけている。
(何を話してるのやら・・・どうにしろやる事は一つしかないわ)
「・・・次は武力占拠か。渚カヲルの言う通りならばな」
冬月の言葉にゲンドウはにやりと口元をゆがませ答えた。
「予測の範囲内だ。事情を知る者なら誰でも思いつくレベルの」
彼らは渚カヲルから情報提供を受けたという、ミサトの報告を信用したわけではない。
しかしそれがゼーレが打つ次の手としては、一番可能性の高いものである事は間違い無かった。
だからマギにプロテクトを施すため、リツコの釈放を許可したのだ。
「そうか・・・で、対応策は?」
冬月が問うた時、下からするどい声がこちらに向かってとんできた。
「総司令!初号機、弐号機の出撃を!」
冬月が下を見ると威圧するような表情でミサトの顔が見上げていた。
心持ち顔をしかめると、冬月は姿勢を全く崩さないゲンドウを横目で見る。
「碇・・・」
応じるようにゲンドウは叫んだ。
「第2種警戒体制を解除、これより総員第1種戦闘体制に入る!エヴァ初号機及び弐号機、出撃準備に入れ」
「母さん、また後でね」
暗闇の中、モノリス達がその重く冷たい外観とは裏腹に、慌ただしく言葉を交じわし合っていた。
「碇はマギに対し第666プロテクトをかけた。この突破は容易ではない」
「マギの接収中止せざるを得ないな」
「しかし・・・なんでこんなにも早くプロテクトをかけられたのだ?」
「まるでこちらの動きを知っていたかのようだ」
キールのモノリスが叫ぶ。
「うろたえるな、第17使徒が生きていると見せかけたのは、このためだったのだ!時間をかせぎ、万全な体制で我らに挑む。碇め、こざかしい小細工を・・・・思い通りにはさせんぞ、目にもの見せてくれる!本部施設の直接占拠を行う!!」
「しかし・・・・・まだ戦略自衛隊が現場に到着していない」
「む・・・・」
「何せマギのプロテクトが早すぎて・・・」
「え〜い、到着次第即攻撃だ!!」
キールは声を裏返しながら怒鳴った。
エヴァ>
ピ〜ンポ〜ンパ〜ンポ〜ン・・・・
授業終了のチャイムが鳴ると、 6時間目担当の教師は沈んだ空気が支配する教室からそそくさと退散していった。
教室は帰り支度をする者や部活の準備をする者などでざわめき出すが、普段程の活気は感じられない。
カヲルの事故はまだまだ生徒達に大きな影響をあたえ続けていた。
シンジは席に座ったままじっと焦点の定まらぬ目を自分の机に向けていた。
授業中ずっと自分は一体何をしたらいいか考えていたが、なんの答も見いだせないまま徒に時が流れるだけだった。
今カヲルの為にできる事など自分にあるのだろうか。
彼の無事を祈ること以外に。
「碇君・・・・」
「はっ」
自分を呼ぶ声に思考を中断させられたシンジは隣の席を見た。
レイの瞳がシンジを見据えていた。
やはり感情を浮かべずに。
「綾波・・・」
うろたえるシンジを見つめたままレイは立ち上がった。
「話があるから・・・ちょっとついてきてくれる?」
「話?」
「うん」
「レイ、アンタどういう気よ!」
後ろからけたたましい声が飛んで来た。
シンジとレイが同時に振り向くと腰に手をあてたアスカがレイに険しい視線を浴びせかけている。
レイが静かに答えた。
「アスカ、アスカもきて・・・」
「何言ってんのよ!こっちはカヲルの事で頭いっぱいなのに・・・第一なんでアンタそんなに暗いのよ!アンタはレイでしょが!!」
「うん・・・・」
「何がうんよ!シンジ、行くわよ!」
「へ?行くってどこに・・・・」
「どこって・・・・とにかくまずミサトにカヲルの状態を聞きにくの!」
アスカはシンジに近づき手をつかもうとした。
「!っ」
レイの手がアスカの伸ばした腕をつかんだ!
「ア、アンタ何すんのよ!?」
慌てながら腕を振り回しレイの手をふりほどくアスカ。
自由になった腕をさすりながら睨み付ける。
怒りに燃える蒼い瞳を受け止める冷静な紅い瞳。
「アスカは来てくれないの?」
「い、行くわけないでしょ!アタシは忙しいの!!」
「そう・・・それじゃあ私は碇君と行くね」
「なんでそうなるのよ!!」
「ミサト先生に聞くのはアスカだけで出来るわ。行きましょう碇君」
「あ・・・綾波」
レイはシンジの手をつかみ、歩き出した。
「この〜!まちなさいよ!!」
アスカはレイを追いかけると肩をつかまえた。
レイのうなじまで顔を近付け、覗き込んだ。
レイがゆっくり振り向く。
くっ付きそうなくらい顔を近付けるアスカとレイ。
レイが口を開いた。
「アスカ・・・・・・屋上で待ってる・・・・」
「!・・・・」
レイの肩をつかむアスカの手から急激に力がぬけていく。
再びレイは歩き出し、肩からずるりとアスカの手がはずれた。
狼狽しながらアスカのほうを振り返るシンジ。
しかし委細構わずシンジの手を引っぱって歩いてゆくレイ。
アスカは突っ立ったまま二人の姿を呆然と見送っていた。
「アスカ・・・・どうしたの、大丈夫?」
二人がアスカの視界から消え去った時、ヒカリが心配そうに声をかけてきた。
我に返ったアスカは呟くようにヒカリに答えた。
「ええ・・・大丈夫・・・・・アイツ!」
「え?何」
「あ、なんでもないわ・・・ミサトにカヲルの様子聞いてくる。もう手術も終ってるかもしれないし」
言い終わるが早いかアスカは教室の外へ走り出した。
置いてかれたヒカリはきょとんとした顔でアスカを見送っていた。
(なにかしら・・・まさかまた三角関係とか・・・・不謹慎だわ、わたし!)
アスカは廊下を走りながらさっきの出来事を思い返してした。
背後から顔を覗き込んだ時、振り向いたレイ。
くっ付くほど近くでレイの口から出た言葉・・・・それと共に見せた表情。
(アイツ・・・・・・どうしてあんな辛そうな顔するのよ!!)
アスカの足がぴたりと止まった。
(・・・・屋上って言ってたわね・・・・・)
アスカは上を振仰ぎ、天井を見つめた。
(どうしてだろう・・・・カヲル君が事故にあったから・・・それだけだろうか?)
疑惑の念がシンジの頭の中に広がっていく。
(あのアスカに何をされても笑っている綾波が・・・まるで僕の世界の綾波みたいに・・・)
シンジはいつの間にかレイを、自分の世界のレイと重ね合わせていた。
今、自分と手をつないで真横を歩いているこの世界のレイ。
笑顔を忘れたこの時こそぴたりと一つに重なり合うのでは・・・・
(あれ・・・?)
シンジは違和感を感じた。
自分の記憶にあるエヴァのレイとこの世界のレイ。
おなじ顔に同じ表情なのに・・・・・
(・・・・僕の世界の綾波と・・・どこか違う)
シンジの思考をレイのか細い声が中断させた。
「私・・・・最近よく屋上に行くんだ・・・」
「え・・・そう・・・・どうしてなの?」
「それは・・・・後で教えるよ。屋上で何してたか・・・」
喋り方がぎこちなかった。
さっきから感じていた事だけど・・・・
(あっそうか・・・・)
シンジの脳裏に二つの世界のレイが重ならない理由が閃く!
(硬いんだ、顔つきが!まるで仮面をつけてるみたいに。僕の世界のレイはそんなことはなかった)
シンジはあらためてレイの横顔を見つめた。
思った通りレイの顔は感情を浮かべぬまま硬直している・・・仮面の奥に何かを内包しているかのように。
よく見るとそれだけではなかった。
シンジの手を握ってないほうの手が硬く握り締められている。
(いったいこれは・・・・綾波・・・何をするつもりなんだ・・・?)
レイの足が止まった。
シンジがレイを気を取られているうちに屋上のドアの前までたどり着いていたのだ。
ノブを持つとレイはゆっくりとドアを押した。
母さんが泣くのを見たのはいつだったろうか・・・・
そうだ・・・僕が小学校に入学する前の日だ。
僕がランドセルを見せに行って・・・・
そして言ったんだ。
僕の母さんになって下さいと・・・・
あの後いっしょに家に帰って父さんと話したんだ・・・・
話を聞いた父さんは母さんに求婚してくれた。
その時母さんは泣き出したんだ。
母さんが泣くのを初めて見て、僕は悲しくなって一緒に泣いたんだ・・・・
母さんが嬉しくて泣いたのが解らずに。
あれから母さんが泣くのは見た事無かった・・・・
僕は最低だ。
こんな形で母さんを泣かせるなんて!
僕が選んだ母親なのに・・・・
・・・・・・何してるんだ僕は・・・・・
やらなければならない事があるのに・・・・・
「ありがとー!渚君いい人だったんだねー、これからは仲良くしようね」
仲良く・・・・・レイ君・・・・・そうか・・・・・・
だめだ!
僕が・・・・僕が・・・・・
「うっ」
カヲルは目を見開いた。
視界にすすけた白が広がる。
乳白色の蛍光灯が鈍い光を発していた。
(知らない天井か・・・・)
カヲルはここがどこであるか理解した。
左に目を移す。
細い透明なチューブが腕を這っていた。
チューブの先は手首の絆創膏に埋まっている。
(赤くないから点滴か・・・)
輸血でないことにほっとする。
(いつまで寝てたんだろう?)
カヲルは上体を起こそうとした。
「カヲル!」
声がすると手が伸びてそっとカヲルの体を押さえた。
「起きちゃだめだよ」
カヲルの視界に母の顔が割り込んで来た。
「母さん・・・」
母はもう涙を流してはいなかった。
それでもいかにも心配げな表情の母にカヲルの心は痛む。
体に駆け巡る刺すような痛みは気にもならないのに。
「寝てな・・・大丈夫、大した怪我じゃないって先生が言ってたよ。安静にしてりゃすぐ治るさ」
母にしてはいつになく優しい口調だった。
どこまで本当の事を母が言っているのかより、その声の優しさがカヲルには気にかかる。
普段のようにおばちゃん丸出しのきつい言葉のほうがよかった。
(母さんをこんなに心配させてしまった・・・)
「看護婦さ〜ん!息子が目を覚ましたよ!先生呼んで!」
だみ声が響いた。
カヲルは安堵のため息をつく。
これを聞きたかった。
自分に言ったのではないのが残念だが。
いくぶん心に余裕を持つ事ができたカヲルの、記憶の片隅に放って置かれたものが再び浮かび上がった。
(そうだ・・・・行かないと)
カヲルは母の顔をじっと見つめた。
自分が行けばまた母を悲しませる事になる。
それはカヲルにとってあまりに苦しい選択だった。
とにかく母にはあやまらねば・・・・
「母さん・・・・ごめんなさい」
「なんだいカヲル」
「僕は母さんにとんでもない迷惑をかけてしまった。僕は自分が・・」
「カヲル!!」
きつい口調だった。
「子が親に迷惑かけるのは当たり前なんだよ!特にお前ぐらいの年頃はね!・・・・・今は何も考えずにゆっくり寝てな」
「・・・・・」
押し黙るしかなかった。
涙が出そうになるをこらえながら。
カヲルは目を閉じた。
「・・・・・・母さん」
「なんだい?喉でも渇いたかい」
「違うよ・・・・会わせるよ・・・・・僕の大切な、かけがいのない友達に・・・・」
「そうかい、会わせてくれるんだね・・・だけど今は何も考えないで寝てな・・・」
「会わせるよ・・・・・必ず」
「・・・・・・」
母はカヲルの表情が穏やかなものになってゆくのをじっとながめていた。
(・・・・・眠ったみたいだね)
ドアの開く音がした。
「どうですか」
自分の執刀医が入ってきたのだろう。
寝たふりをして母と医者が会話をするのをカヲルは聞いていた。
きっと自分一人になる機会が来る筈だ。
それまでじっと待つしかない。
(母さん・・・・また迷惑かけるよ・・・ごめんなさい・・・・・すべてが終ったら・・・会わせるよ・・・僕のかけがいのない友達に)
平和>
メインモニターに映し出されているのはネルフ本部の外の景色だった。
上方の抜けるような空には積雲が幾つかぽっかりと浮かんでいる。
その下の山々を彩る緑色は、そのまま手前の生い茂る木々にまで続いている。
夏しかないこの国では年中代わり映えのない景色といえた。
先入観なしで見ればのどかな印象さえ感じられる風景・・・・しかしここがこれから最終決戦の場となる予定だった。
二つの横長の長方形の映像が外の景色を切り取るようにして現れた。
「ミサト、準備できたわよ・・・」
「しょ、初号機もです・・・・」
モニターに映るシンジとアスカの表情は強張っており、どちらもそうとう緊張しているように見えた。
シンジに至っては声が上ずっている。
ミサトは二人の様子から怯えの色さえ感じ取っていた。
(解ってるのね・・・これから人相手に戦うことを)
ミサトはそう確信した。
まさかそれが大はずれで、二人がエヴァに初めて乗ったのが原因だとは気付こうはずもない。
「二人共よく聞いて!これからの戦いは使徒と違う。人間よ。それでもサードインパクトをふせぐ為戦わねばならないの・・」
「わかってるわよ!!」
やけくそな大声でアスカが答えた。
「要は人をこっちに入れなきゃいいんでしょ!そんなのシンジもあたしも重々承知してるわよ!ねっシンジ?」
「うん」
「だから早く出しなさいよ!」
「慌てないで、その前に作戦を確認しておくわ」
アスカは顔を引きつらせた。
(少しくらい敵を踏んづけたって構わないとか言われたりしたら・・・・そんなこと絶〜っ対やりたくない!)
たとえどんな命令が下っても自分には人を殺すことなど考えられない。
もちろんシンジも同じ気持ちだ。
「そんなの出撃してからでいいわよ!(出撃してしまえばこっちのもんよ!)早く出してよ!」
「アスカ!だから・・」
「え〜いもう!こうなりゃ・・・おじさま〜!!」
発令所を一瞬の沈黙がつつんだ。
ミサトを始め、皆はアスカが絶叫したおじさまとは誰を指すのか解らなかったからだ・・・・一人を除いて。
アスカがヒントを与えるかのように言葉を続けた。
「おじさま、出撃命令を!」
ミサトを始め、発令所のほぼ全員がモニター画面から目を離し、ゆっくり司令席を見上げた。
いつも通りのポーズと表情の総司令がそこに座っている。
傍らに立つ冬月も横目で総司令を見ている。
総司令は口を開いた。
「出撃だ」
アスカの顔がほころんだ。
「さすがおじさま、分ってる〜う」
ミサトが慌てふためいてアスカに振り返った。
「ア、アスカおじさまって総司令の事?!」
「いいじゃない、しっくりくるのよ、これが!」
「そんな・・無茶苦茶だわ」
「あ〜ら、おじさまってあれで結構かわいい所あるのよ♪」
「な、なんですって!」
「時間がない。出撃だ!」
さっきよりやや強い口調で命令がくり返された。
「はぁ〜い、おじさま」
すっかり緊張がやわらぎ笑顔で答えるアスカを映すモニター画面。
その横で、おでこに手を当て顔をしかめるシンジを映すモニター画面が並んでいる。
顔色一つ変えずにそれを見つめているゲンドウ。
冬月の顔に困惑の表情が浮かんでいた。
2コママンガのようなモニターから視線をはずし、ゲンドウを見下ろした。
(この男をかわいいと言う者がユイ君以外にいようとは・・・・何があったのだ、おじさま?)
根性で冷静さを取り戻したミサトが号令をかけた。
「エヴァ初号機、弐号機、発進!」
エヴァ>
立方体の形をして屋上の地面から突き出している出入り口。
日の当る面にあるドアが開き、手をつないだ少女と少年が姿を見せた。
レイはまず出入り口の壁づたいに歩き、角を右に曲がって日陰の部分に入った。
ついて来るシンジと横並びになると、腰を下ろした。
「ここで話しましょ」
手を引かれてシンジも座る。
ここでレイは握っていたシンジの手を離した。
今日はいつもより涼しいとはいえ、まだまだ日も高い。
レイが直射日光をさけたのは正解だろう・・・話が長くなるなら。
わざわざ腰を下ろして話そうというのだから簡単な話ですみそうにない。
シンジは隣で体育座りしているレイをながめた。
相変わらず右手は握られている。
前を真直ぐ見つめるレイの横顔が口を開いた。
「渚君が心配でしょ・・・彼は絶対大丈夫よ・・・」
さっきから何度もレイはそう言っている。
しかし何故そんなことを言いきれるのかシンジには理解できない。
単なる願望なのか、それとも・・・・
「綾波、どうしてそんなにカヲル君は大丈夫って何度も・・・・」
「私の経験からいってそう思うの・・・少なくとも、痛みや苦痛は大した事ないはずよ・・・」
「??」
言ってることが分らない。
元気を感じられないか細い声も。
仮面のような無表情さも。
なにもかも。
胸の奥の疑問が一気に膨らみ、シンジの口から吐き出された。
「どうしてだよ、綾波!何が言いたいんだよ!それにどうしてそんな顔するんだよ?いつものように元気に笑ってよ!綾波、なんで・・・」
感情のこもったシンジの言葉に反応してレイの握られた拳が震えだした。
「わかってる・・・自分でもらしくないって・・・・でもいつかは言わなきゃならない事だから・・・ちゃんと話さなきゃ・・・・渚君は大丈夫って言ったのは、単に痛みや苦痛に強い体質だっていう事なの・・・・多分生まれつきなんだわ。髪の色と肌の色と紅い瞳とワンセットなのよ・・・・」
「な・・・・」
シンジは絶句してしまう。
ますます解らない。
混乱するシンジには、もはやレイの次の言葉を待つ事しかできることはなかった。
レイは固く握られていた右手を、震わしながら胸元まで持ち上げた。
「そして・・・・・これも・・・・」
つぼみが花を咲かせるようにゆっくりと五指が開いていく。
完全に開ききった手の平から小さな光がきらめいた。
「あ!!」
あまりの事にシンジは目を剥いた!
あの光には見覚えがあったが、レイの手の平の上にはあり得ざるものだった。
動く事もできず、レイの手の平を凝視するのみ。
光の点は次第に広がり青白く輝く八角形を作り出した。
程なく十数cmのサイズの八角形の光が完成し、レイの小さな手の平にのっかっていた。
レイの顔が金縛り状態のシンジにゆっくりと向いた。
「私は・・・・渚君と同じことができるの・・・・」
「・・・・・・」
「知ってるかぎりでは私と渚君だけ・・・・・だから私は二人目だよね・・・」
「・・・・・・」
唖然としながら二人目の扉の力の持ち主をシンジは傍観し続ける。
レイは自分の作った小さな窓に向き直り、じっと見つめた・・・・
突然レイの手が、のっけている八角の輝きを握り潰した!
はっとするシンジにレイは絞り出すような声を発した。
「・・・・・ごめんねー」
レイの顔に張り付いた無表情の仮面が歪みだした。
仮面の内にせき止められた感情の波が荒れ狂い、遂には鉄砲水となり真紅の瞳から溢れ出た。
決壊した仮面の下から現れたのは今まで見せた事もない苦悩に満ちた顔。
混乱の極致に至るシンジの眼前でぼろぼろと涙をこぼしながら、レイは溜め込んでいたものを吐きだすように話し始めた。
「私・・・知ってたんだ、何もかも!向こう側の碇君の世界をのぞいてたんだよ!なのに、私はただ見ているだけだった・・・ずっと・・・・そして渚君が転校してきた。渚君を一目見た時、この人も私と同じ力があるんじゃないかと思ったんだよ。渚君も勘付いていたみたい。それとなく探りを入れてきたんだ、渚君・・・・だけど!私は全然なにもわからないふりをし続けたんだよ。こっちの世界の碇君を渚君が誘ってる間も・・・・・」
言葉がとぎれた。
苦痛に満ちた顔をうつむかせ、レイは握られた手に涙を滴らせていた。
どちらの世界でも見た事のない悲しみの涙を零す綾波レイ。
シンジはそんなレイの姿を半ば見とれる様に傍観していた。
(綾波は・・・・僕がエヴァの世界の人間って知っていた?・・・だけどどうしてこんなに泣かなきゃならないんだろう・・・)
レイが再び喋りだした。
「だって・・・・だって・・・・・私がこの能力に目覚めたの・・・・・・ほんの一ヶ月前だったんだよ!!・・・・・・・・恐かったんだよ!最初、なにが起きたのかわからなかった。八角形の向こう側の世界が本物だとわかるまで何日もかかって・・・ひどい目にあってるアスカや碇君を見て・・・でも助けに行けなかった!こんなものを使える自分がいったいなんなのか、それが恐くて!!こんな気持ち初めてだった。髪の毛や眼の色が違ってもそんなに気にしなかったのに。 だから見ているだけで何もしなかったんだよ・・・・渚君達があっちの世界へ行っても!能力を持たない碇君とアスカさえ行ったというのに!それでも私は見てるだけ・・・・・そんな自分が情けなくて、腹立たしくて・・・・・」
レイは両膝を抱え込んで顔をくっ付けると黙り込んでしまった。
時間がゆるやかに経過していく。
シンジが心の混乱をなんとか収められるだけの。
(綾波・・・・・そうだったのか・・・・)
シンジはやっと理解した。
自分の隣で泣き濡れる少女の背にのしかかっていたものを。
突如、非常識な力を身にまとってしまったゆえの苦しみを。
第3新東京市に来ていきなりエヴァに乗せられ使徒と戦うという、やはり非常識な経験をシンジもさせられていた。
そしてそんなエヴァと使徒が戦う非常識な世界へ、こんな平和な世界から簡単に行く覚悟ができるだろうか?
(綾波・・・・ずっと悩んでいたんだ・・・・なのにいつも元気に笑って・・・そうか、そうだったのか!)
シンジの胸の奥底から熱いものが沸き上がり、気がつくとなんのためらいもなくレイの肩に手を置いていた。
「綾波・・・」
「碇君?」
レイが涙でずるずるになった顔でシンジを見た。
情けなくもいじらしいレイの涙顔を見て、シンジは思う。
(自分にできる事をやらないと・・・綾波のために!)
意を決するとシンジは優しい笑みを作って見せた。
「綾波があやまる事なんかないんだ。この世界に来て綾波に会えてとても楽しかった。だから僕が感謝したいくらいだよ」
「碇君!・・・・・」
レイの顔は一瞬驚いたものになり・・・再び大きくくずれだした。
「うおああああうあ〜」
「わっ」
レイはいきなりシンジの胸に飛び込み泣きじゃくりだした。
そのまま後ろに倒れそうになりながらもシンジはなんとかレイを抱きとめた。
「ごめんねー、ごめんねー、碇く〜ん!」
「あ、綾波!」
すでにシンジの顔は真っ赤に染め上がっていた。
シンジの胸元に顔をうずめた状態でレイが涙声で喋りだした。
「碇君・・・私、見てたの。向こうの世界で、病院のベッドで、私の世界のアスカが碇君の頭なでさすって、そいでから思いっきり抱き絞めてたの・・・・・」
「え?あ、綾波、な、なにを・・・・」
話の内容にまたもうろたえるシンジだが、もう顔はとっくに赤くなった後だ。
「特別な力もないアスカが碇君のためにあれだけの事が出来た。それを見て今の自分の状態にもう耐えられなくって・・・・それで碇君とアスカがこっちの世界に来たことを知って決心したんだ!もう迷わないと!碇君のために、アスカのために、私のできることならなんでもやろうと!!私は自分にどうしてこんな力があるのか知らないし、知りたくもない。だけどこの力を碇君とアスカのためなら喜んで使うよ!!」
言い終えると突然レイはシンジの胸から顔をぐいっと引き剥がした。
「あー、すっとした!!」
大声を出すとレイはそのままごろんと後ろに寝っ転び両手を広げた。
「あ、綾波?」
何がどうしたのかとシンジは大の字になったレイを覗き込んだ。
そこには憑き物が落ちたようにさっぱりとしたレイの顔があった。
口元にはほのかに微笑みさえ浮かべている。
そのあまりに極端な変化にあっけに取られるシンジ。
レイは気持ち良さそうに呼吸をしている。
しまい込んでいた心のつかえを一気に吐き出した後におとずれる爽快感がレイの身体を駆け抜けていた。
しばらく爽快感を満喫した後、レイは涙を腕でずいっと拭ってシンジに真紅の瞳を向けた。
「碇君、ありがとう〜!」
にこっ
レイはいつも通りのはちきれんばかりの笑い顔をしてみせた。
(綾波・・・・・やっと元に戻ったんだ・・・)
レの笑顔に安心したシンジも微笑み返した。
にぎやかな笑顔とおだやかな笑顔が見つめ合っていた・・・・
「なるほど、そういう事だったのね」
声が響いた。
声のしたほうへ振り向いたシンジとレイは声の主が姿を現す前に叫んだ。
「アスカ!」「アスカ!・・・」
二人の声に呼応するようにアスカが出入り口の角から姿を見せ、ゆっくりした歩調で二人に近づいてくる。
歩きながらアスカはレイをにらんでいた。
「道理でぶん殴られようが蹴り飛ばされようが無抵抗で笑っていたわけね」
上半身を起こしたレイの正面に来ると、アスカは腰に手をあて見下ろした。
「そんなにアタシに罪悪感を感じていたの?」
「アスカ・・・・」
レイは穏やかな眼でアスカを見上げる。
「アスカ、私は確かにアスカが心を壊した時でさえ、何もしないで見ているだけだった。罪の意識もあったよ。だけど・・・・碇君とアスカがこっちに来たとたん、急に気が楽になって。もう何もしないで見ているだけの状態からぬけ出せるって!だから罪悪感なんかどっかに忘れてた。私バカだから・・・・えへへへへ」
レイは頭をかいて照れ笑いをした。
そんなレイにアスカはなおも疑惑の目を向ける。
「本当?あれだけやられて?心の中では随分葛藤してたんじゃないの?」
アスカの問いに、レイは嬉しそうに微笑んだ。
「心配してくれてるんだね、ありがとうアスカ・・・」
「ち、違うわよ!あれだけの攻撃を逃げずに食らいまくるなんて普通考えられないわ。よほどの訳がないかぎり!だから・・・」
「アスカ・・・・私はね、向こうの世界をずっと見てたんだよ。八角の窓から・・・でも見てるだけ。手を差し伸べる事はしなかった。くぐり抜けて向こうの世界へ行こうと思えば行けたのに。私にとってはあの八角の窓のようなものは、まるで透明な壁だった。それこそATフィールドのように・・・・・」
「え?」「!!」
この世界のレイには不似合いな、ATフィールドという言葉が二人の心に揺さぶりをかける。
アスカの表情には驚き以上のものは含まれてなかったが、シンジはそうはいかなかった。
自分の心が作ってしまった、越える事の適わぬ見えない壁。
どこかで聞いたような言葉ではないか。
自分の世界のカヲルが言った言葉がシンジの心に蘇った。
(ATフィールドは心の壁・・・・カヲル君の言ってた意味って・・・)
「だから!」
明るく元気な声がシンジの思考を遮った。
見るとレイがぴょこんと立ち上がってアスカと向き合っている。
「とっても嬉しかったんだよ!見てるだけじゃなくて、話ができて!さわれることができて!!碇君に触れられることが、アスカに触れられることが、たまらなく快感だったんだよー、とってもとってもとってもー!!」
両手で拳を握りぴょんぴょん跳ねながら体全体で嬉しさを表現するレイを見て、アスカはため息をついた。
「ふう〜っ・・・アンタねえ・・・・アンタにとっては絞めるや殴る蹴るも触れるなの?ホントに・・」
「へへっ・・・そうだ、まだアスカにあやまってないや!」
ぺこりと頭を下げるレイ。
「ごめんねーアスカ!」
「なによ、今さら・・・ん?」
アスカの脳裏に二日前の裏庭での記憶が浮かび上がる。
(そういや、あの時レイにとどめの蹴りで吹っ飛ばした後、まずコイツの口から出たのは・・・・ごめんねー!そうか・・・・コイツあれで一生懸命だったんだ)
アスカの目付きが穏やかなものになり、口元に笑みが宿る。
きょとんとして見つめるレイにアスカは胸を張って言い放った。
「レイ!アンタの気持ち、この惣流アスカ・ラングレーがしっかと受けとめたわ!!・・・ところで・・・シンジ!」
「あ、はい!」
呼ばれて慌てて立ち上がるシンジ。
アスカはシンジの手を引き、自分の横に立たせるとレイに向き直った。
「レイ、分ってるでしょうけどアタシ達の世界の様子を知りたいの。力を貸してくれるわね?」
「うん!向こうもなんだかごたごたしてるようだし・・・・実を言うと、昨日の夜中に向こうの世界の私に話しかけてみたんだ」
「えっ!綾波と?」
「うん、ためしにね・・・窓に首突っ込んで。もっとも向こうは寝てたみたいだけど。だから窓をくぐる覚悟はもうできてる、つもりだった。だけど渚君がいきなりあんな事故に遭って・・・・・渚君は大丈夫と思うけど、急にず〜んと背中に重石が乗っかってきたような気がして・・・顔が強張っちゃった。渚君、今までどれだけ大変だったんだかやっと分かった。渚君・・・後で渚君にもあやまらなきゃ・・・・私なら彼の負担を軽くできたのに!」
レイの顔が曇った。
すかさずアスカが冷静な突っ込みをいれる。
「レイ、今はアタシらを元の世界に戻す事だけ考えて」
「あ、そうだったね、じゃ・・・」
二人に背を向けると、レイは右手を自分の目の高さ位にかざす。
その様子をじっと見つめるシンジとアスカ。
「・・・・・・・あ、そーだ!」
突如レイが素頓狂な声をあげて振り返った。
がくっ
「な、なによ?」
コケそうになりながらアスカが問い掛ける。
レイがアスカの眼を覗き込んだ。
蒼と紅の瞳が互いの表情を映しあっている。
レイの瞳には怪訝そうなアスカの顔が、アスカの瞳にはにこやかなレイの顔が・・・
レイが口を開く。
「ねーアスカ、私達・・・・親友だよね?」
「な、なに言い出すのよ!?」
うろたえるアスカにレイはさらに話しつづける。
「たった三日の付き合いだけど、私はもう親友だと思ってる。隠し事ももうないし・・・アスカ、親友だよね?」
「い、今はそんなことを・・・」
「親友になれないまま、別れたくないの・・・アスカと碇君はいつか向こうの世界に戻らないといけない。アスカと別れる時は親友として見送りたいの」
「な、なんですってえ?!」
アスカの顔色を伺いながら、レイは首を傾げて答を待っていた。
「・・・・・・」
レイの視線と沈黙がアスカにプレッシャーを与える。
アスカは顔を引きつらせていた。
(レイが親友?・・・・親友・・・・・なの?)
アスカはすぐに答えられない自分に戸惑う。
確かにさっきレイの気持ちを受けとめたとは言ったけど・・・
(レイが親友だったら・・・アタシはどんな気持ちになるだろう?・・・嬉しいだろうか?)
押し黙るアスカを待きれなかったのかレイが喋り出した。
「私の世界のアスカに同じこと聞いたら、首を180度ひねられて思いっきり絞り上げられちゃった」
「なんですってぇ?」
アスカの胸に熱い反発心が込み上がる。
あの忌ま忌ましいもう一人の自分がそういう反応をした!
(アイツ、レイにそんなことしたの!ろくでもないヤツね!!)
答は決まった。
「親友、上等じゃない!!そーよ親友よぉ、アンタとアタシは」
「アスカ・・・よかったー!!」
レイの顔が思いきりほころび、体全体が喜びに打ち震えだした。
「これで両方のアスカと親友だー!!」
「へっ?」
「首極めながらアスカは言ったの。こんな目に遭っても親友だって言い切れる?って。だから言い切ったら、アスカ手をほどいてくれたの。で、もう親友でも何でもいーわよ!って」
「・・・・・・アンタ・・・・バカァ?」
やっとのことでアスカは声を発した。
怒る力も出て来ない。
とんでもない親友が出来てしまったようだ。
はしゃぐレイがくるっとシンジに顔を向けた。
「碇君!・・・・碇君とは親友って言い方はちょっと違うねー・・・」
「え?綾波、何が・・・」
きょとんとするシンジを見るレイの顔が少しずつ赤らんでゆく。
「黙っていようかと思ってたけれど、隠し事はなしにしなきゃ・・・・碇君・・・私はこの1ヶ月の間窓から向こう側をずっと見続けてきた。碇君がだんだん追い詰められて苦しむ姿を・・・・見ていて胸が締めつけられる思いだった。なんとかしてあげたかった。手を差し伸べて助けてあげたかった。だけど・・・その勇気がなくて・・・・見ているだけで・・・・・」
悲し気にシンジから目をそらすと、赤く染めた顔をレイはうつむかせた。
「想いをつのらせるだけだった・・・・・」
「レ、レイ!!アンタまさか・・・」
シンジとレイの間に割り込み、アスカがかん高い声を張り上げた。
目を丸くしてレイを凝視する。
「アスカ、どういうことなの?」
不思議そうに尋ねるシンジの髪の毛をひっ掴むと目の前にもってきた。
「アンタねえ、あそこまで言われりゃ解るでしょうに!よーするにレイはアンタに惚れてるのよ!!」
「えええ〜?!」
びっくり仰天しながらシンジは、しおらしい様子のレイにあらためて視線を向けた。
レイが恥ずかしそうにシンジをちらりと見た。
どきっ
シンジの鼓動が高鳴ってゆく。
レイの体が震えながらシンジと向かい合った。
「こんな気持ち初めてだった。こっちの世界の碇君にさえ感じなかったことなのに・・・・見ているだけで触れられない、声もかけられない、だけどそれがかえって碇君に惹かれることになったんだと思う。だから会えた時はとっても嬉しかった。おんぶしてもらったこともあったよね・・・・」
シンジの目の前にたたずむレイはまさに恋する乙女と呼ぶに相応しい雰囲気を発散していた。
たった半日の間にあまりにも多種多様な有り様を見せたレイ・・・・それはシンジの頭脳の許容量を完全に越えていた。
どんどん鼓動が早くなるのを感じつつ、シンジはただレイの話に聞き入るのみ。
「でも、碇君と私は住んでる世界が違うんだよね。私がどう想おうと碇君はいつかは帰らなきゃならない・・・アスカといっしょに。最初から別れる時が来るのは分ってたんだよ・・・・・二人は戻って力を合わせてやらないといけないことがあるんだもん。だから碇君とアスカには仲良くなって欲しかった。私の世界の碇君とアスカのように。ここでゆかいに学園生活すれば、きっと互いの過去のわだかまりなんかどっかに忘れちゃうと思ってた。この世界ではたった二人の向こうの世界の者同士だもん。仲たがいしてる場合じゃないし・・・」
ここでレイは顔をあげてにっこり笑って見せた。
「今はもう思い残すことなんかないよ。気持ち良く碇君とアスカを向こうに送り出せると思う。言いたい事はこれでほんとーに・・・・お終い!!」
言い終わった時にはレイはレイに戻っていた。
体中から元気を発散している、はちきれんばかりの笑顔をたたえたいつものレイに。
「い〜かりくん!いつまでぼけっとしてるの?!」
レイは両手を伸ばしてシンジの肩をぽんっと叩いた。
はっとするシンジ。
さっきまで自分に熱い瞳を向けていたレイはもうそこにはいなかった。
「そいじゃ・・・」
レイはシンジに背を向けると右手をかざした。
青白い光の点がきらめく。
シンジは慌ててレイの背に叫んだ。
「あ、綾波!」
「なーに、碇君?」
振り返らずにレイが返事する。
「綾波にはいくら感謝しても感謝しきれない位だけど、言っておかなきゃいけないと思うから・・・・・ありがとう、綾波!」
レイは控え目に振り向いた。
「ずるいよ碇君、せっかく振っ切ったのに・・・・・・・えへへへ、ありがとう。とってもうれしい・・・・」
レイの顔が再び紅潮した。
シンジを見るレイの視界に急にアスカが割り込んできた。
悪戯っぽい口調でアスカはレイに言った。
「レイ、アタシからも言っておくわ。一応、親・友・だ・か・ら。・・・・・・ありがと」
「アスカ・・・ありがとう」
「さあ、今度こそ窓を開いて!随分時間喰っちゃったから、急いで!」
「うん!」
うなずくと、レイは右手の光る点を一気に数十cmの八角の青白い枠へと広げた。
窓となった枠の中の映像が目まぐるしく移動し出した・・・・
「・・・・・・・ええええ〜!!なにこれ!?」
奇声に近い叫び声が屋上に響き渡る!
レイの声に驚きつつ、シンジとアスカは急いで窓を覗き込んだ。
「あっ!」「わっ!」
窓に映し出された光景はシンジとアスカにとって、にわかには信じられないものだった。
そこにはなんとネルフ本部をバックにぎこちなく前進する紅と紫の巨人の姿!
「エヴァが・・・・エヴァが・・・なんで動いてるのよ〜!?」
「それは僕が説明する」
「えっ!」
突然の声に仰天するシンジ達。
窓から視線をはずし、声のしたほうに一斉に目を向けた。
レイの作った窓から少し離れた所に、いつの間にかさらに大きな八角の扉が形作られていた。
そしてその扉を今まさにくぐり抜けんとしているのは、真っ白な患者用の衣服を身にまとった、見るからに痛々しいカヲルの姿だった。
右肩のあたりがギプスらしきもので固定されているため、ものものしく出っ張っている。
腕は三角巾で吊られていた。
そして首元から胸元あたりにかけて衣服の間から包帯が見えていた。
「カヲル君!!」
真っ青になりながら、シンジは扉から出たカヲルに駆け寄った。
アスカとレイも後に続く。
支えるようにシンジはカヲルを抱きとめた。
「やあ、シンジ君」
普段通りにカヲルはシンジににっこりと微笑みかけた。
それでもシンジの狼狽ぶりは変わらない。
「カ、カヲル君!大丈夫?大丈夫なの!?」
「ああ、大丈夫だよ。怪我も大した事はない」
カヲルは背筋を真直ぐ伸ばして、自分を支えるシンジに体重をかけないようにした。
自分の怪我が大した事ないと思わせるために。
「カヲル!」
「渚君」
カヲルはアスカとレイに笑顔を振り向けた。
「アスカ君、レイ君、僕が病院にいる間に向こうでかなり動きがあってね。時間がない、早くエヴァの世界へ君達を送り届けないと」
アスカが目をむいて驚く。
「カヲル、アンタその体でエヴァの世界に行くつもり?!」
「無茶だ!カヲル君そんな体で!病院に戻ってよ!!」
興奮するシンジに横からレイが冷静にささやいた。
「碇君、落ち着いて。何も窓を作った者も向こうの世界に行く必要はないの。渚君は窓をくぐらなくていい。碇君とアスカと私が向こうの世界へ行く。渚君、後は私にまかせてここに残って!」
「レイ君・・・・とにかく向こうの世界の状況を説明するよ。今エヴァに乗っているのはこちらの世界のシンジ君とアスカ君だ」
「ええっ?」「なんですってぇ!?」
「二人はシンクロに成功してね・・・それよりなんでエヴァが出撃してるかだ。エヴァはサードインパクトを防ぐための戦いに出撃したんだ」
「サード・・・インパクト!」
「そ、そんな!」
「いいかい、驚いてる時間も惜しい。だから黙って僕の話を聞いて欲しい」
カヲルの顔から笑みが消えていった。
「そういう事なんだ・・・だからサードインパクトを防ぐため君達はもどらねばならない。自分達の世界を守るため!」
「・・・・・」
シンジは言葉もない。
カヲルからもたらされた大量の情報を持て余し、混乱するばかりだ。
一方アスカのほうは、かろうじてカヲルに質問するだけの冷静さを保つ事に成功していた。
「それで・・・戻ってからアタシ達は何をすればいいの?」
「それは追々話すよ」
「追々って・・アンタどうしても扉をくぐるつもり?」
「それは・・・とにかく最後に重大な事を伝えておかねばならない。二人ともよく聞いて欲しい」
カヲルの表情がにわかに険しいものに変わっていく。
「君達が何故エヴァとシンクロできるのか・・・本来心のないエヴァは人の心を宿らせる事によって初めてシンクロ可能になる。どうやって宿らせるか?強制シンクロによりエヴァと人を融合させるんだ。以前シンジ君がエヴァに取り込まれたのと同じように。君達がエヴァとシンクロできるのは・・・・・エヴァの中に君達の母親がいるからなんだ!!」
「!」「!」
二人の心に電撃が走った!
時が凍り付いたように身を硬直させるシンジとアスカ。
動けぬ二人にカヲルはさらに話し続ける。
「アスカ君の母は強制シンクロテスト中の事故でエヴァに取り込まれ、その後サルベージされた。しかし心の大部分がエヴァに取り残されてしまい、廃人となってしまった。シンジ君の母はエヴァに心を宿らせれば制御可能と知り、自ら独断でエヴァと融合したんだ。人類の未来のために。君達の母親はエヴァの中で今も生きているんだよ・・・・・」
アスカの体が震え出した。
シンジが両腕で頭を抱え、体を丸めた。
時間が経過していく。
今、とても貴重な筈の時間が・・・・
「そんな・・・ママが・・・・弐号機の中にいる・・・・」
放心状態で呟くアスカの両肩に後ろからそっと手がそえられた。
「アスカ・・・・」
アスカの耳元でいたわる様な声でレイがささやいた。
「いこうよ、アスカのママの所へ・・・会えるんだよ、エヴァに乗れば」
アスカの肩がぎくりと跳ね上がった。
驚きの目でレイに振り向いた。
「会える?・・・・ママに?」
「うん!」
「ママに・・・・・・・会える!」
アスカの蒼い瞳が力強く輝きだした。
「ママ、ママが生きてる、会える・・・!」
輝く瞳から涙が溢れだし、頬にきらきらと軌跡をつくりながら、歓喜の笑みをたたえた口元にたどり着いた。
アスカは窓のほうに体を向けると両手を広げた。
「ママ、今行くわ!!」
レイは立ち直ったアスカからシンジに視線を移した。
まだ放心状態のシンジに近づき、丸めた背に優しく手を置いた。
「碇君・・・お母さんに会いに行きましょ」
頭をかかえたままシンジは呻く。
「・・・・・僕はあのとき母さんに会ってたんだ・・・取り込まれた時・・・・なのに今まで気付かなかった・・・母さぐぎゅ」
「何くっちゃべってるのよ!!行くわよシンジ!」
アスカはシンジの胸ぐらをむんずと掴むと再び窓に向かう。
レイの作った二体のエヴァが映ってる窓のほうだ。
レイが慌てて二人に続く。
「アスカ、ごーいんだねー、せっかく雰囲気出してたのに・・・」
「アンタには似合わないわよ、早くしなさいレイ!」
「みんな、聞いて欲しい。戻り方の手順を言うよ!」
カヲルが声を張り上げる。
三人が振り向くと彼の扉にはレイの窓と同じく、エヴァのいる景色が映し出されていた。
その事の意味を理解したレイがカヲルに気遣う様に言った。
「渚君、無理しないで。私にまかせて病院に戻ってよ」
にっこり笑うとカヲルは答えた。
「 いや、最後まで自分の役目をはたしたい。もう少しやっておきたい事があるんだ。それに君だったら怪我を理由に辞退するかい?」
「それは・・・で、でもー!」
「そういう所が君は僕と同じだね。自分のダメージに無頓着というか・・・」
カヲルはくすくすと笑い出した。
対照的にレイの表情は沈んでゆく。
重苦しい声でレイがカヲルに話し出した。
「渚君・・・私、渚君と同じ能力を持ってるのに今までそれを隠してきた。自分の力が恐かったから。ごめんねー・・・だから今度は私が渚君の分までやる!そうしなきゃこれまでの罪滅ぼしができないよ・・・・」
カヲルはうつむくレイに優しく笑い、話し掛ける。
「それは違うよ。僕も君と同じだよ。扉の向こうへ行くのが恐くて、シンジ君達が苦しむのを黙って見ているだけだった。こちらの世界のシンジ君とアスカ君に助けを求めるため転校したのも、単にエヴァの世界へ行くのを先送りにする方便でしかなかった。その間、アスカ君は心を閉じ、シンジ君は・・・・」
カヲルの声のトーンが下がっていく。
口元の笑みも消えていった。
「渚君・・・」
「だから君が謝る事はないんだ・・・」
「ええ〜い、時間がないんじゃなかったの?!」
いらついた声が二人に浴びせられる!
声のほうに向いた四つの紅い瞳を、アスカの鬼の形相が待ち受けていた。
「今さらアンタらが扉くぐるの遅くなってゴメンネなんて聞きたくもないわよ!そんなのアタシらは全然気にしてやしない!そうでしょ、シンジ?!」
「えっ・・うん、もちろんだよ!!」
「よーし!!この話は終わり!早く戻るのよ」
凄むアスカの勢いにあっけにとられるカヲルとレイ・・・
カヲルは開いた口をなんとかふさぐと説明を始めた。
「そ、そうか・・・じゃあ始めよう。まず僕とレイ君の扉をまず初号機と弐号機のエントリープラグ内につなげるんだ。直接行ってエヴァの操縦を交代する」
「ええ!?」
シンジが驚きの声をあげる。
「そんな強引な!バレちゃうよ、僕やアスカが二人いるって」
事も無げにカヲルは答えた。
「かまわない、もはや事態は最終段階なんだ。手段を選ぶ手間が惜しい。なんならカメラくらいは使えなくできるけどね。僕はシンジ君と初号機へ、レイ君はアスカ君と弐号機へ行くんだ」
「えー、私碇君と行きたいー」
「だ〜、アンタ時間がないって言ってるでしょが!親友のアタシと行けないの?親友の!!」
「アスカ、親友って言葉の使い方荒っぽい〜」
「うるさい、行くわよ!」
アスカはレイの手を引っぱり窓に向かい合わせた。
観念したレイが窓をしゅんっと1m半程のサイズに拡大させた。
シンジはカヲルのほうに移動して扉に向かい合った。
二つの扉の映像がそれぞれ赤と紫の巨人に接近してゆく。
そして映像は巨人の体を一気に突き抜けた!
「・・・・よし!」
二つの扉にプラグ内の 様子が映し出された。
レイの扉には真紅のプラグスーツ姿の少女がLCLと呼ばれる粘性のある液体の中、栗色の髪をゆらゆらと振り乱しながら、大きな口を開けて何事かがなり立てている。
それを見ながらアスカが顔をしかめた。
「何やってんのコイツ?下品ねえ〜!」
一方カヲルの扉では紫のプラグスーツの少年が、側面に映った下品?な少女のモニター画面をジト目で見ていた。
「結構リラックスしてるようだね、二人とも」
「うん・・・」
緊張感に欠けるプラグ内の彼の有り様を漫然とシンジは見ていた。
自分が初めてエヴァに乗った時とあまりに違う。
(アスカと一緒だからか・・・・)
彼らの絆をうらやましく感じるシンジだが、今はそれどころではない。
「さあ、向こうへいくよ!」
カヲルの声が鋭く響く。
慌ててシンジはカヲルに言った。
「カヲル君、僕だけ向こうへ行くよ!カヲル君は病院に戻って!」
「・・・・シンジ君、いいだろう。僕はここに残る」
カヲルはにやっと笑うとシンジの背を左手でどんっと押した。
「うわっ!」
カヲルに押されたシンジはつんのめりながら扉に突っ込んでいく。
扉に飲み込まれる様に消えていくシンジを見て、アスカとレイがうなずき合う。
「いくわよ!」
「うん!」
二人は同時に扉に向かって地面を蹴った。
「ひゃっ・・」
レイの奇声と共に二人は扉をくぐり抜ける、と同時にレイの扉がしゅんっと消滅した。
それを確認したカヲルは悠然と自分の扉に向き直ると、苦笑まじりに呟いた。
「シンジ君、僕はここに残るよ・・・・首から下はね」
カヲルはゆっくりと扉に顔を近付け一呼吸おくと、一気に頭を突っ込んだ。
その9−後編終わり
遂に再会を果たす二つの世界のシンジとアスカ。
さっそくアスカ同士で掴み合いの喧嘩が始まるってそんな場合じゃない!
カヲルはどうやって彼らにサードインパクトを阻止させるのか?
そしてゼーレは量産型エヴァを彼らの前に差し向ける!
次回シンジアスカの大冒険?その10、靴底−前編 、
レッドインパクト
「アスカ君、戦っちゃだめだ!」
またしても長くなってしまった。
テレビ版26話ごっこしたりして横道それるし。
前後編にわけるはいいが、引きが悪くて・・・結局同時発表。
今回は隠された部分を全部掃除したという感じで、説明臭い部分もあったかと思います。
レイの秘密をやっとこさバラせた。
最初遊びのつもりで平和な世界のほうが大ぼけエヴァの世界でないという証拠をわざと作らないでおきました。
が、調子に乗ってしまい二つの作品世界がくっついてしまった・・・
それでも同じではないと思い続けてきたのはレイの事があったからです。
正直あんな途方もない能力を持ってしまったレイは、相当重いものを背負っていたわけです。
その重さゆえ平和な世界のレイは完全なギャグキャラに出来そうにない。
大ぼけエヴァのレイのようにはいられないだろうと。
そう考えるとレイが扉の力に目覚めた時から大ぼけエヴァから分岐している、と考えるのが適当かと思います。
勝手なこと言ってますが。(笑)
次回は苦手というか書けない戦闘シーン。
用語もよく知らんし自衛隊の事などわからんし。
やばいな〜。
とばしてしまおうかいな?
ver.-1.00 1999_08/02 公開
御意見御感想やら誤字脱字やら何やらは m-irie@mbox.kyoto-inet.or.jp までです(メールフォームがあるっちゅーに)。