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めきめきっ

優に十mを越える高さの木々が、いとも簡単に音をたてて 倒されていく。
なぜならば、彼?の足をすべらせた方向にそれらの木々が生えていたから。
彼の足取りはかなり不安定でよたよたしたものだった。
だから誤って森に足を踏み込んでしまったのだ。
倒された木々達にとっては正に災難以外の何者でもなかったろう。

森に片足を横滑りさせて突っ込ませてしまった紫色の巨人は、おっかなびっくりと足を引っ込め始めた。
その傍らを歩いていた赤色の巨人が立ち止まり、紫の巨人に振り向いた。
ゆっくりと手を差し伸べる。
紫の巨人はその手を握ると体勢を立て直し、姿勢を正して赤の巨人を見た。
頷き合うと手をつないだまま、互いに歩調を確かめ合う感じで歩き出した。
 
 

「遠足にでも行くつもり・・・・?」

主モニタースクリーンに映し出された初号機と弐号機の仲良く手をつないで歩く姿を見つめながら、ミサトは呆れと疑惑の入り交じった表情を浮かべていた。

 
 



 

不確かな足取りを互いに補うように手をつなぎ、ぎこちなく前進していく初号機と弐号機。
背後にはピラミッド状の形をしたネルフ本部。
側面には緑一色の森が低い壁となって立ち並んでいる。
森に沿って歩いてゆくとやがて前方に回り込んだ木々の壁が見えてきた。
2体のエヴァはその手前まで来ると足を止めた。
 

(ふ〜、なんとか転ばずにここまで来れた)

プラグ内、つまり初号機操縦席のシンジは心の中でため息をついた。
なにしろエヴァの操縦は初めてなのだから。
しかもそれを誰にも気付かれずに行わねばならないのだが、そんな余裕はとてもなく結局弐号機と手を取り合って、えっちらおっちら歩くしかなかった。
側面のモニター画面を見ると何か言いたそうな顔で自分をにらむアスカの姿があった。

(もうちょっとうまく歩けないの?)

アスカはシンジにそう言いたかったが、それを口に出すわけにはいかない。
人の事を言える状態じゃないのと、自分達が初めてのエヴァだという事を勘付かれないようにしなければいけないからだ。
一息つくとアスカは前方画面に映る外の景色を見渡した。
手前の森は緑のじゅうたんとなって広がっている。
その向こうに湖が陽の光にちらちらと水面を煌めかせているのが見えた。
アスカは三日前エヴァの世界のシンジと湖畔を散歩した時のことを思い出した。
今見ている湖ではなかったが・・・・

(一日しか一緒にいてやれなかったけど・・・元気でやってるかしら?カヲルはもう大丈夫って言ってたけど、あたしがこの目で確かめときたかったわね・・・・)

自分の世界のシンジとは比べ物にならないほど大胆に接した事で、自分自身の知らない部分を発見したあの時。
それ以降自分の世界のほうのシンジに対する接し方も少し変わったような気もする。

(なんだか甘い顔をしすぎてるみたい・・・まあ周りの状態が普通じゃないから、それまで通りにできるわけないけど・・・・元の世界へ戻ったらまた以前と同じに戻るのかしら?)
 
アスカはついさっきの出来事を思い返した。
エヴァに乗る前に見せたシンジの・・・あの精悍な、男らしささえ感じさせた顔。
シンジもまた以前と変わってきている。
あの時のシンジも自分の世界に帰ったら元のバカシンジに戻るのだろうか?
それは戻ってみてからでないと分らないだろう。

(でも・・・・)

傍らのモニター画面に映るシンジを見た。

(元のバカシンジに戻っちゃもったいないかな・・・)

さっき転びかけた時のおっかなびっくりの表情から立ち直り、表情に緊張感が走るシンジの顔が映っていた。
まだつながれたままの二体のエヴァの手。
弐号機の手が強く握り締められた。
 

シンジは画面に映った空をそれとはなしに眺めていた。
ジオフロント・・・・ここは地面の下なのに雲が浮かんでいる奇妙さに今頃気がついた。
雲の下にゆっくりと目を落とすと空の青と木々の緑の中間の色の山。
ふもとに近づくほど濃い緑に変わってゆく。
そしてふもとから初号機の足元まで続く広い森。

(この森の中にすでに敵が、人が潜んでいるんだろうか・・・?僕らを狙って)

そう考えるだけで寒々とした緊張感が背筋を走る。

(人相手に戦うなんて出来ないよ・・・アスカはどうだろう?いや、アスカに人を殺させるなんて絶対だめだ!僕は・・・・アスカのために人と戦えるだろうか?)

傍らのモニター画面に映るアスカを見た。

(アスカを守らないと・・・)

つないだ弐号機の手に力が入るのをシンジの手が感じた。
シンクロしたゆえに初号機の手の感触が自分の手にフィードバックされているのだ。
初めての経験に戸惑いながらも、シンジはアスカの気持ちがその手の感触から伝わってくる様に感じた。
初号機の手が弐号機の手を握り返す。
 
 



 

発令所の主モニタースクリーンに映るのは陽光を浴びてしっかりと手をつなぎ、並んでたたずむ紫と真紅のエヴァの後ろ姿だった。

(なんだかいい雰囲気になってきちゃったわね)

ミサトは眉をひそめてスクリーン映像に見入る。

(人間同士ならの話だけど)

動きのぎこちなさがよけいに初々しさを感じさせる。
このままではキスでもしかねない、と一瞬本気で思ってしまった。
画面をにらんだままミサトはマヤに声を飛ばした。

「シンクロ率は?」

オペレーター席のマヤはこの場合のミサトの真意を理解していた。

「二人ともやや低い値ですが動きに支障をきたす程ではありません」

「そう・・・」

ミサトはエヴァの動きのぎこちなさに疑問を感じていたのだ。
シンクロ率が問題ないなら何が原因だろう・・・?
考えられるのは二人が人間相手に戦うのを嫌悪しているのではないかという事。
それは当然すぎる気持ちだけど、それにしても酷すぎる。
第一、戦自との戦いはもはや回避はできないのだ。
だから汎用人型決戦兵器に今、こんなほのぼのと青春させとく場合ではない。
時間がないのだから。
ミサトは咳払いをした。

「えっほん、二人ともお取込み中失礼だけど、そろそろ私の言う事聞いてちょうだいね!」

主モニタースクリーンにアスカとシンジの画面が割り込んで映る。

「何よ!」

気分を壊されたのか、不愉快そうなアスカの顔が答える。
相手にせずにミサトは指示を与え出した。

「此所は使徒の攻撃を想定して武装化されているけど人間との戦闘になんてまるで備えてない。無防備と言っていいくらいに。だからエヴァで補うの。ATフィールドで戦略自衛隊の侵入を防ぐわ」

「待ちなさいよ!」

アスカの怒気を含んだ叫びがミサトを制す。

「そんな大ざっぱな事あたし達にさせるつもり?第一ATフィールドにぶつかった人間はどうなるのよ?」

「それは・・」

「そんな事できる訳ないでしょ、ねーシンジ!」

「う、うん!そりゃそうだよ」

アスカに同調するシンジ。
二人がこう言うのは予想していただけにミサトの心は痛む。
こんな言い方はしたくはなかったが・・・・

「たとえ人であっても敵と戦う。自分達が生き残るために!他にどんな方法があるというの?戦わなかったらどうなるか知ってるでしょ!」

「う・・・・」

「彼らはサードインパクトを引き起こそうとしているのよ!」

アスカは言葉を失い、表情を強張らせてしまった。
ミサトの言う通りなのは感情的にはともかく、頭では理解している。
自分達が戦わねばネルフは占拠されエヴァも奪われた上、ゼーレは初号機を使ってサードインパクトを引き起こすだろう。
それでも本当に他に手はないのだろうか?

(初号機でサードインパクトを・・・ん?待って・・・初号機・・・・・そうだ、それよ!!)

アスカの顔が一気に活気を帯びると輝く瞳でミサトを見た。

「他に方法がない?冗談じゃないわよ、大ありよ!!」

「えっ!?」

驚きの色を見せるミサトを自信たっぷりな表情で見据えるアスカ。
口元には余裕の笑みさえ浮かべている。
アスカはミサトに尋ねた。

「ミサト、この通信は傍受されてないわよね?」

「え?ええ、暗号化されてるから分らないはずよ」

聞かれるままに返答するミサト。
ミサトはすでにアスカのペースに乗せられていた。
他に方法があるというアスカの言葉はそれだけの威力があったのだ。

「そう・・・それじゃあたしの作戦を教えるわね。要するに向こうは初号機が欲しいんでしょ?だったら話は簡単じゃない!」
 
「どういう事?」

「奴らにこう言うのよ!もしここを攻撃したら・・・・」

「攻撃したら?」

「初号機を・・・・自爆させるって!」
 

「えええええ〜〜!?」
 

発令所の隅々にミサトの仰天の声が響き渡った!
 
 
 

・・・・・その後数秒の間静粛が発令所を包む事になった。
してやったりという表情でにやりと笑っているアスカ。
唖然としてアスカを目を見開いて見つめるミサト。
マヤ、マコト、シゲルのオペレーターの面々も、あまりの事に呆然とアスカを眺めるのみ。
その他のネルフ職員達も動きが止まっていた。
シンジはというと弱り切った表情をしながら横目でモニター画面上のアスカを見ている。
そして発令所最上部にある司令席・・・・
傍らで驚愕の表情を見せ固まるように立ち尽くす冬月副司令に対し、相変わらず卓上で手を組んだポーズを崩さず司令席にどっしりと座っている総司令の姿があった。

しかし・・・・・

ゲンドウの両眉は普段より微妙に高い位置にずり上がっていた。
 

やっとの思いでミサトがアスカに向かって口を開いた。

「しょ、初号機を自爆させるぅ?アスカ、あなた・・」

「やだぁ〜何慌ててんのよ、ただの脅しよ、お・ど・し」

「脅しぃ!?」

「そうよ。初号機がなくなれば困るのはゼーレでしょ?だから初号機ダシにして脅せば戦略自衛隊だろと何だろと引っ込むしかないわよ!」

「それは・・・・・」

顎に手をあて、考え込むミサト 。
確かにカヲルはゼーレはリリスの分身たる初号機を要に、サードインパクトを引き起こそうとしていると言っていた。
ならばアスカの提案はいけるのではないか?・・・・

「そうね、言われてみれば・・・」

納得しかけている様子のミサトに手ごたえを感じたアスカは、さらに別のターゲットに目を向けた。

「大丈夫よ、絶対。だからあたしのアイデア採用して!ね、お・じ・さ・ま?

主スクリーン上のアスカはにこやかな瞳で見つめながら、ゲンドウに甘える様な声で同意を求める。
ミサトが総司令席を慌てて振り仰いだ。
オペレーター達もそれにならう。
冬月もゲンドウに目を向けた。
 

ゲンドウは動かない。

「どうしたの、おじさま?」

アスカは透き通る様な青い瞳をちょっぴり心配そうに曇らせる。
もちろん計算の上でやってるのだ。

「アスカ・・・・」

突然シンジが声をかけてきた。
プラグ内横側のモニター画面に振り向くアスカ。

「シンジ?」

「父さんは・・・初号機を自爆なんかできない」

「!・・・・わ、分かってるわよ、そんなこと!あくまで脅しで・・」

「たぶんゼーレもそれは知っていると思うよ」

「・・・・・」

「だからアスカのアイディアには無理がある」

「・・・そっか」
 

二人の会話をゲンドウは無表情に聞いていた。
というより無表情なまま固まっているというのが正解だろう。
話の内容から彼らが補完計画の何もかもを知っている事が伺えたからだ。
硬直しているゲンドウに冬月が、眉と声をひそめて尋ねてきた。

「・・・・碇、お前の息子は事のすべてを知っているようだぞ。なぜなのだ?」

もちろんゲンドウは答えようがない。

(シンジ・・・・どうしてだ?どこまで知っている・・・これも渚カヲルの仕業なのか?)

ゲンドウは背筋に震える様な寒気が這い上がるのをを感じていた。
主スクリーンに映るシンジが自分の息子ではない、まるで何か別の存在のように思える。
実の所それはある意味正しいのだが・・・・
 

「あ、そーだ!!」

いきなりアスカがぽんと手を打ち、かん高い声をあげた。

「だったらこういうのはどう?」

「こういうのって?」

「ようするにミサトが造反しておじさまを粛正したって事にしたら?」

「え〜〜?!」「ええ〜?!」

ミサトとシンジの叫び声がユニゾンする。
アスカは二人の驚く顔を正面と側面のモニターで見比べながら、上機嫌で言葉を続けた。

「ミサトならしがらみ無いから遠慮無く初号機自爆させるだろうし」
 
「な、なんて事言うのよ!」

「だから脅しだって!」

「いくら脅しでも・・・よくそんな事思いつくね、父さんを粛正なんて・・・」

「あら〜あたしはおじさま大好きよ、可愛いし♪」

「かんべんしてよアスカ〜」

「ミサト、反乱の首謀者になってくれるわね?」

「じょ、じょーだんじゃないわよ!なんで私が・・・」

「ミサト!総司令になりたくないの?」

「そ・・・そおしれい?!
 
「そうよ、総司令。嘘でもいっぺんやりたいでしょ?」

「・・・・・」

「ミサトさん、なんで黙りこくるんです!?」
 

殆どトリオ漫才と化した彼らの会話を微動だにせず、聞いているゲンドウ。
冬月のほうは勝手に進んでいく話をうろたえながら見守っていた。
そして!
スクリーン上のアスカが視線を上目遣いにすると、甘える様な可愛い笑顔を作った。
誰用の笑顔かはもはや明白だった。

「これで問題ないわよね、お・じ・さ・ま?

全員の視線が一斉にゲンドウに向けられた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ゲンドウは司令席から音もなく立ち上がった。
無表情のまま、ちらりと冬月を見るとぼそりと囁いた。
 

「冬月先生、後は頼みます」
 

「おい、碇ぃ〜!!」
 

ゲンドウは冬月の悲痛な叫びにも耳を貸さず、司令席を足早に立ち去って行く。

「待って、おじさま!」「父さん、どこ行くの?!」

声を掛けるアスカとシンジだがゲンドウの背中はさっさとドアの向こうに消えてしまった。

(碇、ユイ君に会いに行くはいいが、このタイミングはないだろう?!また私に厄介事を全部押し付ける気か?立つ鳥後を濁しっぱなしではないか!)

残された冬月は恨めしそうに暫くドアを見つめていたが、背中に感じる圧力に耐えられず、おずおずと振り向いた。
本来総司令に向けられるべき多数の視線が全部自分に集中していた。
焦りまくる冬月にミサトが厳めしい顔つきで話し掛ける。

「総司令はいなくなった事ですし・・・副司令も粛正されていただきませんか?」

観念したように冬月は声を絞り出した。
 
「・・・・分かった。君に任す。葛城総司令・・・」
 

 



 
 

「え〜、ただ今マイクのテスト中。あ〜、あ〜本日は晴天なり・・・・戦略自衛隊の皆様、お仕事ご苦労様です。こちらはネルフ、ネルフでございま〜す。私、エヴァ弐号機パイロットの惣流・アスカ・ラングレーと申しまーす。よろしくね!ただいまより重大発表がありますので耳の穴ほじほじしてよーく聞いてくださーい!」

森一面に明るい元気な、そしてどこかのんびりした少女の声が轟き渡る。
その声は弐号機からだけでなく、ネルフ本部からも発せられていた。
アスカが戦自を自ら説得すると申し出たのだ。
すでに本部からはミサトが総司令を粛正し、さらに戦自を動かすと初号機を自爆させるという内容の通信をゼーレや日本政府に飛ばしている。
だがジオフロントに既に潜入している戦自の隊員には直接言ったほうが効果があるという、アスカの主張をミサトが受け入れのだ。
もっともミサトにすればもう好きにやってみなさいという、投げやり気味のOKだったが。
本部の外に向けて音を発するスピーカーは皆、弐号機プラグ内の音声を拾っていた。
はっきり言ってかなりの騒音である。

「ただ今のネルフは葛城ミサト三佐がクーデターにより碇総司令、冬月副司令両名を粛正し、総司令の座についております。さて、葛城総司令からの着任のメッセージをお伝えいたします。もし貴方達がネルフ
本部の直接占拠を行おうとした場合、ネルフは初号機を・・・・自爆・させま〜す!!これは脅しではありません!」
 

「思いっきり脅しね・・・あ〜恥ずかしい!」
 
耳を塞ぎながらミサトは愚痴る。
主モニター画面では両手を口元?にハの字にあて森に向けて叫んでいる弐号機と、それをぼーっと突っ立って見ている初号機の姿が映っていた。

「あれじゃヤッホーのポーズじゃない。口もないのに・・・だけど葛城総司令は勘弁して欲しいわ」

ミサトは後ろをちらっと見た。
ぽつんと空いた総司令席と、相変わらずその横に立っている元?副司令。
流石にあの席に座る根性はない。
あくまで戦自を脅すはったりの上での総司令の座なのだから。

「あんた達は初号機奪取を命令されてるけど、爆破は命令されてないでしょ?だって後でサードインパクト起こすのに初号機必要だもん。あんた達はサードインパクトを引き起こす片棒かつがされているのよ!知らなかったでしょ?や〜い、バカ戦自〜!!

「煽ってどうすんのよ、アスカ!説得じゃなかったの?」

さすがにミサトもアスカの暴走には突っ込まざるをえない。
何せミサトの名の元に喋っているのだから。

「いーじゃない、本当のことなんだから。バカ戦自の諸君、悔しかったら初号機攻撃してぶっ壊してごらんなさいよ〜だ!!」

「だから煽るな〜!!」

「以上葛城ミサト総司令からのメッセージでした・・・・・・・繰り返します」

「繰り返さなくていい!あ〜ん、総司令なんて全っ然良くないじゃない!もう辞めたい〜」

泣きが入るミサトを後方から冷たい目で見下ろしながら、冬月はこそっと呟いた。

「あれくらいで・・・副司令のほうがもっと大変なんだぞ。なあ碇・・・・」
 



 
 
リニアエレベーターが下降し始めた。
たった一人の乗客をのせて。
ゲンドウは今、ターミナルドグマ最下層へ向かおうとしていた。
約束の時を迎えるために。
一人たたずむゲンドウの心は、ついさっきまで見ていた自分の息子の言動にかき乱されていた。
知る筈のない補完計画を知っていなければ言えないような会話を、彼はセカンドチルドレンと交わしていた。
もはやその理由などどうでも良い。
それより何もかも知っているシンジがいったいどんな目で自分を見ているのか・・・・
その事がゲンドウの心に言い知れぬ怯えを与える。

(シンジが補完計画だけでなく、俺の胸の内まで判っていたとしたら・・・・)

シンジに自分の本心さえも見透かされているのではないか?
虚勢という張り子で作られた虎の、脆弱な本心を。
その可能性が頭を擡げた時、ゲンドウは発令所を後にした。
シンジを恐れて・・・・

・・・・・しかしどうにしろ、ゲンドウの取る道は一つしかない。

(ユイ・・・・・)

彼女に会うために自分だけの補完計画を作り、総てを費やしてきたのだ。
ゲンドウの乗るエレベーターは後戻りのできない下降を続けていた。
 
 



 
 

漆黒の闇の中、ざわめきの声と共にモノリス達が慌ただしく蠢いていた。
それらの動きには統一性は見られず、モノリスを操る者達の心理状態を如実に表していた。

「初号機を自爆させるだと?!」

「ばかな!そんな事をすれば我らのシナリオが・・・」

「葛城ミサトが碇を粛正した?」

「どうしてそうなる?碇はもうこの世にいないというのか?」

「落ち着け!!」

キールのモノリスが一喝した。
動きの止まる他のモノリス達。

「奴らの脅しに振り回されるな!そう簡単に初号機を奴らが自爆させられる訳がない」

恐る恐る04のモノリスが言い返した。

「しかし・・・その碇が粛正されたとなれば・・・」

「あの碇がそう易々と殺られると思うか?」

「だが万が一本当ならば・・・葛城ミサトなら初号機を自爆させる事に躊躇する理由はない」

「む・・・・・」

「やはりここは戦自を退かせるべきだ」
 

しばらく沈黙するキールのモノリス。
他のモノリス達も彼の答を無言で待ち続けた。
 

「・・・・・・よし、戦自による直接占拠を諦め、量産型エヴァによる奇襲に作戦を切り替える!」

「な、なんと!」

あまりに唐突な作戦変更に再びざわめき出すモノリス達。
しかも量産型エヴァによる奇襲とは・・・・

「静まるのだ!」

キールの威圧的な声がざわめきを制した。

「初号機がもし自爆するなら、その前に事を終らせるしかない。時間はある。パイロットごと初号機を爆破させたりはすまい。葛城ミサトと碇の息子の関係から言って・・・パイロットを脱出させた後、自爆させるならかなりタイムラグが出来る。その間に我らのシナリオを完遂させるのだ!異論はないな!?」

こういう時にキールに対し、反論するという行為がなされた前例はない。
了解の意志を示す沈黙がキールの叫びで破られた。

「よし、我らの希望、エヴァシリーズをジオフロントに差し向けよ!!」
 
 



 
 
弐号機が人さし指をおでこにつけて、天を仰いでいた。

「う〜ん、返事がないから撤退したかどうかわかんないわねぇ」

ややテンションの下がったアスカの声が、所々に白い雲の塊を浮かべた空に木霊する。
見えない戦自に一方的に喋るのにアスカはダレ始めていたのだ。

「アスカ、気がすんだでしょ!あんたのやっかましい声をジオフロント中に轟かすの止めるわよ!こっちはそこらじゅうのスピーカーであんたの声を響かせたんだから、ホント頭が割れそうよ」

ミサトのきつい声がアスカのプラグ内に響く。
天井のある空だけに反響が激しかったのだ。
ゆえにネルフの職員にはかなりの騒音となった。
もっとも建物の中でなく、森の中で息をひそめて出陣の時を待ち続ける、戦自の隊員の受けたダメージはそれどころではなかったのだが。
まさかこの直後、何もしない内に退却命令が下るとは彼らは思ってもみなかっただろう。

アスカがミサトに言い返した。

「やかましいですって!?」

「アスカはプラグ内にいるから分らないだけよ!」

「仕方ないでしょ、戦自を説得するためなんだから!」

「説得?脅しでしょうが」

「どこがよ!」
 

シンジは二人のにぎやかな口論を聞きながら、傍らに映るモニター画面のアスカをジト目で見ていた。

(これから先が大変なのに、よくこんなに騒げるなあ・・・・)

自分が守りたいと思った少女はLCLという粘り気のある液体の中で、髪を ゆらめかしながらがなり立てている。
カヲルは今だにこっちに現れない。
量産型エヴァはいずれここに攻めてくるだろう。
その重圧は相当なもののはずなのに、この緊迫感に欠けた気分は・・・
もっともそんな重圧背負いたくもないが。
考えてみればエヴァの世界に来てから、アスカに何度も心の緊張を解きほぐされている。
女子更衣室で道も分らず困ってしまった時、父に尋問された時、レイと初めて出会った時、などなど・・・・

(アスカにそんな才能あったとは知らなかったな・・・・)

それは感謝すべき事なのだろうとシンジは思った。
モニター画面のアスカを見るシンジの目が優しいものに変わろうとした時、ミサトでもアスカでもない叫び声が響いた。

「総司令!」

がくっとなりそうになるミサト。

「な、なによ、その呼び方止めてよ日向君!」

声の主であるオペレーター席のマコトがミサトに振り向いて報告する。

「此所に向かって所属不明の飛行物体が接近しています!」

「なんですって!?」

マコトは向き直りレーダーを映す画面に見入る。

「これは・・・・編隊を組んでいる・・・・全部で9機!」

「・・・ってことは量産型エヴァの輸送機ね?」

「へ?量産型エヴァ!?」

「あ、ああ、言ってなかったわね。そういうのが来る予定なのよ」

「予定、ですか・・・本部上空まで来ます!」

主スクリーンに上空の様子を映すモニター画面が割って入った。
第3新東京市に設置されたカメラからの映像だ。
下から見上げる視点で 空が映っている。
半分位の面積を占める雲の切れ間から黒い点が姿を現した。
一つ二つ・・・点の数が増えてゆき、V字型を作っていく。

(あれが・・・・・はっ!)

画面に見入っていたミサトの表情が強張る。
量産機が此所に来るには、まずジオフロントの天井に穴を開けねばならないのだ。
マコトに向かってミサトの怒号が響く!

「警報を出して!やつらn2爆雷投下する気よ!」

「了解!」

さらに主スクリーンに向き直って怒鳴った。

「シンジ君、アスカ!!」

声に脅されるようにシンジとアスカを映す画面がさっと割り込む。

「n2爆雷にそなえてATフィールド展開!急いで!!」

「は、はい」「え、ええ」

ミサトの勢いに押され、引きながら返事する二人。
しかし当然ながら彼らはATフィールドなど展開した経験はない。
二人の顔を映すモニター画面が消えると主スクリーンでは初号機が弐号機に向き直る。

「・・・・アスカ!」

「分ってるわシンジ!やるしかないわ・・・・やれるわよ!!」

初号機が右手を伸ばし向かい合う弐号機の右手をつかんだ。
弐号機がぎゅっと握り返す。
右下のモニター画面ではV字編隊の黒い点から小さな光が発せられ、次第にその光が大きくなっていく。
主スクリーンではそれに合わせる様に、体を引き寄せ合った二体の巨人がそろって上を見上げる。

「来る!」

ミサトが呟いた時、光はモニター画面の半分の大きさに拡大していた。
発令所をこれ以上はないという位の緊張がつつんだ・・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「がぼぼっ」

「わっ!」

声とも音ともつかない奇妙な音声と共に、シンジの眼前にいきなり人の頭部が生えてきた!
事態が分らず驚くシンジに、その頭は泡を吐きながら覆いかぶさってきた。
 

ごちん!

おでことおでこがぶつかり合うにぎやかな音がした。
目から火花が飛んだシンジに何者かの体がのしかかる。

「うううう・・・」「いたたたた・・・」

痛む頭を振り振りシンジが目を開くと、目と鼻の先で同様に頭を振る自分には余りにも見慣れた顔が・・・
シンジは痛みも忘れて声を上げた。

「ぼ、僕!?・・・・・そうか、戻って来たんだね!!」

「あ・・・た、ただいま・・・痛た・・」
 
 
 
 
 
 
 

シンジアスカの大冒険?

その10靴底−前編

 

再会、騒々しく
 

<お断り>
これより、平和な世界のシンジとアスカは*シンジ、*アスカ表記します。
さらに、平和な世界のシンジとアスカは「 」を『 』で、( )を[ ]で表現します。
二つの世界のシンジとアスカを区別するためですので予め御了承ください。
 
 
 
 
 
 
 

 

発令所ではミサトを初めとして全員が接近するn2爆雷を映すモニター画面に意識を集中させていたため、初号機のプラグ内での出来事に気付く者はいなかった。
モニター画面いっぱいに白い光が広がった時、轟音がジオフロント全体を揺るがした。
 

ずずずずううん・・・・
 

主スクリーンも一瞬にして真っ白になり、ミサトはあまりの眩しさに両手で目を覆い隠した。

「この・・・・やってくれたわね!」
 
 
 
 



 
 

初号機のプラグ内では突然の振動に、抱き合ったままうろたえる二人のシンジの姿があった。

「うわわわ!」

『え、n2爆雷だ!』

「えっ!?」

振動はかなり大きなものだったが、シンクロしたシンジ(達?)に痛みが伝わるとかいった事は特になかった。
どうやらATフィールドは展開されているらしい。
うろたえながらも*シンジは現在の状態を確認する。
自分の前にはもう一人の自分がのっかるように抱きついている。
その後ろには扉は見当たらない。
消えたか向こう側からしか見えないようにしてあるみたいだ。

[・・・・カヲル君とアスカは?・・・あっアスカ!]

*シンジは弐号機のアスカの様子が気になった。
慌てて傍らのモニター画面を見る。
しかし爆発の影響か、画面にはざーざーと音を立てて砂の嵐が映っているだけ。

[アスカ・・・・そっちはどうなってるの?]
 



 

アスカは爆発の振動に耐えながら外の様子を見ようとしたが、正面の主画面はもちろん側面の初号機プラグ内の画面も砂の嵐になっていた。
通信機もノイズしか聞こえない。

[これじゃ何もわかんない・・・でもあたしが無事ってことはATフィールドは張られてるってことね。シンジは・・・]

アスカは自分の手を握り、初号機の手の感触を確かめた。
これが初号機、そしてシンジの安全を確認する一番手っとり早い方法だった。
この感触を感じているかぎり大丈夫なはずだ。

『早く通信回復しないかしら・・・』

呟きつつ、アスカは正面主カメラ画面にそれとなく目を向けた・・・
 
 

 
 

「ごぼうっ」
 

『ひっ!』
 

突然、奇声と共にアスカの真ん前に人の頭がにょきりと生えてきた。
悲鳴をあげるアスカの眼前に顔がずずっと迫る。
その顔は両目を2つの山線にして、スイカを4分の1に切った形に大きく口を開け、ごぼごぼ泡を吹き上げながら嬉しそうに笑っていた。
水色の髪が落ち着き無く、わさわさ揺れている。

「ガブガ、会びばがったよぉ〜」

『レ、レイ!?』

レイはさらに肩、腕、胴体、足とLCL以外何もない空間から体を生やし続けていく。
余りに非常識な出現の仕方に硬直してしまったアスカに、追い討ちをかける様にもう一人分の体が生えてきた。
レイ同様第1中の制服姿のその少女は固まっているアスカを一瞥すると毒づいた。

「ごぼっ何驚いてんのよバ〜カ!」

「!」

この一声にはアスカに驚くのを止めさせるだけの力があった。

『あんた・・・・ぬうう〜〜、バ〜カとはなによ!!』

プラグスーツと制服の相違はあっても、レイを挟んで睨み合う二人の少女は怒りの表情すら寸分も違わない。
アスカが小馬鹿にしたような口調で*アスカに言い放つ。

「アンタ、折角助けに来てやったんだからもっと感謝の気持ちを見せてもらいたいもんだわ!」

『誰があんたなんかに!・・・』

「わーい、アスカがふったりぃ〜ふぎゅ!」

「うるさい!」『やかましい!』
 
アスカと*アスカの手が伸びた。
二人同時にレイの頭を押しつぶし、睨み合う顔を近付けるアスカ達。
と、*アスカの顔に疑問符が走った。

『レイ・・・・なんでよ?カヲルはどうしたの?!』

押しつぶしたレイを見た。
レイの顔は相も変わらず、つぶされたなりに笑っている。
どう見ても自分の世界のレイだ。

「やだぁ〜アンタ知らなかったのお〜?」

アスカの声が嫌みたっぷりに響いた。
*アスカが見ると胸を張り、優越感に満ちたアスカの表情が見下ろしている。

「レイはカヲル同様扉の能力を持っているのよ」

『え〜っ!!』
 
 驚く*アスカを満足そうに見下すと、アスカは言葉を続ける。

「今頃カヲルがシンジを初号機に連れ込んでるわ。扉の能力者が二人いて初めてできる芸当よ。まあ驚くのも無理ないわね、レイはアンタに教えてなかったんだから」

「黙っててごめんね〜*アスカ、ところでねー私こっちのアスカとも親友になったんだよー!」

「え〜い、だまれい!」

立ち上がるレイのこめかみに背後から張り手をくらわすアスカ。
横倒しになりながらも、もちろんレイはわらっていた。

「へへ、親友の親友は親友だー♪」

「な、何言ってんのよ!それよりアンタ、そこ交代しなさいよ!」

アスカが*アスカの座っているエヴァの操縦席を指差した。

『なによ!戻って来ていきなり偉そうに!!あんた今どういう時か解ってんの?今n2爆雷が落ちたとこなのよ!天井に穴が開いてそっから量産型エヴァが9機も来るんだから!』

「なんですってえ!!・・・・だったらなおさらよ!そいつらが来る前にママに会わなきゃ!!」

『!・・・ママですって?』

アスカの顔は険しさの中に切羽詰まったものが入り交じった複雑な表情に変化していく。

「そうよ!そのために・・・そのためにここに戻って来たんだから!!

眉間にシワ寄せ訴えかけるように叫ぶアスカ。
*アスカは完全に毒気を抜かれてしまった。

[こいつ・・・・・そんな思いを抱いて戻ってきたなんて!・・・・]

*アスカの顔から一気に険しさが抜け落ちてゆく。
操縦席から*アスカは立ち上がった。

『座って、さあ・・・・・』
 
 



 

『カヲル君!』

「やあ、*シンジ君。調子はどうだい?」

*シンジの真向かいに現れるカヲルの笑顔。
首だけこちらの世界に入っている状態だ。
さすがに*シンジもさっきほどは驚かない。
むしろ驚いたのはシンジのほうだった。

「カヲル君!!病院に戻ってなきゃだめだよ!」

『え?病院?!』

「カヲル君は車に跳ねられて怪我して・・・手術までしたんだ!」

『そ、そんな!』

うろたえる*シンジをカヲルは相変わらず笑顔をたやさず見ている。

「いや、心配しなくていいよ。僕は扉の力と共に痛みに対する抵抗力が備わっている。それにまだやる事があるんでね。用がすんだら一緒に戻ろう、*シンジ君」

 『やる事って?』

「量産型エヴァはまだ来てないのかい?」

『そうだ、もうすぐ来るんだよ9機も!!』

「そうか・・・・アスカ君達と連絡したいな」

『それがn2爆雷が落ちて通信できないんだ』

「ふ〜む。今頃レイ君がアスカ君を連れて弐号機のプラグに行ってるはずだよ」

『?』

「レイ君も僕と同じで扉の能力があるんだよ」

『ええええ!?』
 
 



 

n2爆雷は零号機の自爆によって誕生した湖に炸裂し、湖の水をすべて蒸発させた。
零号機の自爆時もかろうじて持ちこたえたジオフロントの天井は一瞬にして消失し、出来た穴から水蒸気が流れ込んだ。
水蒸気は数瞬後ジオフロント内部の空気に冷やされ、細かな水の粒に戻ると豪雨となって降り注いだ。
立ちこめる濃霧の中、叩きつけるような雨・・・・しかしそれも十数秒の間の出来事だった。
急激に霧は消え、雲を持たぬ雨はすぐに底をついた。
そしてジオフロントに初めて(?)陽の光が直接射し込む事となった。
湿った空気に光が反射して虹が空にかかった。
その虹の向こう、天井にあいた穴からはさっきn2爆雷を投下していった輸送機が再び通過しようとするのが見えた。
今度は前より低空飛行だ。
V字編隊を組む黒いエイのような形をした、輸送機の腹の部分に白い物体が張り付いていた。
n2爆雷ではなく、これこそが本来投下するべき物だったのだ。
9機の輸送機達は穴の真上に差しかかろうとしていた・・・・
 
 
 



 
 
 
発令所の主スクリーンはまだ回復しない。
通信も同様だ。
すでに30秒以上時間が空しく経過していた。
ミサトの額に焦りの汗が浮き出る。

「まだなの!?」

マコトに向けて苛立ちをむき出した声でミサトは訊ねる。
努めて冷静にマコトは返答する。

「もう少しだけ待って下さい・・・・・映像回復します!」

砂嵐が吹き荒れていたスクリーンに黒い縦線が中央に集まり始め、かたまりを作ると突然映像がクリアなものに戻った。
かたまりが二体の巨人に形を変えた。
画面の中心には胸の高さで手をつなぎ、互いに見つめながら身を寄せ合う初号機と弐号機の姿があった。
彼らの周辺には粒子となって漂う水滴が日射しを反射して煌めいている。
風が粒子を揺らめかせ、微妙な光の変化を与えていた。
紫と紅の巨人を柔らかく取り巻いた光のカーテンが、虹色のグラデーションを幻想的に揺らめいていく。
そして彼らの背景には本物の虹すら架かっていた。
まるで二人の無事を祝福するかのように。
発令所の者皆が一枚の完成された絵となった、主スクリーン映像に一瞬見入ってしまった。
まばたきもしないで画面を漫然とながめつつ、マヤが両手を合わした。

「綺麗・・・」

マヤの洩らした感嘆の声で、我にかえったミサトがマコトに聞いた。

「量産型エヴァのほうは?!」

「はい!」

主スクリーンの右端に小さな画面が割り込む。
本部からジオフロント天井を見上げる視点の映像だ。
大きな穴の開いた天井、その穴の向こうには輸送機の姿はない。
その代わりに円陣を組んで回転しながら下降してくる、人とも鳥ともつかない異様な影が見えた。

「こいつは!」

ミサトの目がぎらつく。
ゼーレが送り込んだサードインパクト実現のための切り札。
本当の最後の敵。

「来たわね!」

ミサトは主スクリーンに向かって叫んだ。

「シンジ君!アスカ!聞こえる?!」

返事の代わりに雑音がじゃーじゃーと聞こえていた。
マコトが叫ぶ。

「通信、回復します!」

声と同時に主スクリーンの右側に二つの小画面が割り込んだ。
まだ映像は砂嵐だ。
その砂嵐が突如ねじれる様にして1本の線になると映像がぱっと切り替わった。

「!?」

回復したと思われた映像にミサトの目は釘付けになった。

「これは・・・・・?」

二つの画面にはエントリープラグ内部の映像が映る、はずだった。
しかし実際にミサトの目にしたものは画面を埋め尽くす青白く輝く光・・・・
通信が回復していないのかと思ったミサトの耳ににマコトの声が響く。

「これは・・・アスカが意識を取り戻す直前に病室のカメラに映った光だ!」

「えっ!?」

驚くミサト。
言われてみれば確かに何日か前にアスカが奇跡的復活を遂げた時、その前にカメラのとらえた謎の光に似ている。
これは一体どういう事なのだろうか。
マコトは言葉を続ける。

「だとしたら・・・もう通信は回復しているはず・・・」

「な、なんですって?!」
 
 動揺しながらもミサトは青白色輝く二つの画面に向けて問い掛けた。

「シンジ君、アスカ!聞こえる?返事をして!そっちは今どうなってるの!?」
 

「ねーアスカ、ミサトさんがよんでるよー」
 
 

「へ・・・・・?」
 
 



 
 

『うるさいわね、静かにしなさいよ!』

「ぐえ」

*アスカがレイの首根っこ捕まえると口にゲンコを突っ込む。

「ママ・・・・ママ、アタシよ・・・・本物のアタシよ!」

操縦席ではアスカが目を閉じて精神をを集中させていた。
弐号機の中の母に呼び掛けながら。
今のプラグ内の様子はというと、操縦席にアスカ、その後ろに*アスカとレイが窮屈そうに並んでいる。
そして操縦席を正面から写す為のカメラには、直径30cm程の八角形の窓の青白く輝く縁がかさなっている。
レイもカメラを使えなくする手段は知っていた。
自分の窓で精神崩壊したアスカの病室に*シンジ、*アスカ、カヲルの3人が潜入する所を覗いていたのだ。
しかしあれだけ大声でミサトに返事しては、わざわざカメラを使えなくした意味がない。
窓の中の景色は学校の屋上で、こちら側から見えても向こう側からは見えない様にしてある。
 

「あ、あなた誰?!どうなってんのよ!アスカ、シンジ君、返事して!!」
 

ミサトのけたたましい声がプラグ内に響く。

「返事しないほうがいいよ。説明も面倒だし解ってもらえるとはかぎらないし」

「うん・・・」

シンジは操縦席につきながらうなずいた。
*シンジはその後ろにまわっている。
そしてシンジの真ん前には、数十cmサイズの窓から首を突き出したカヲルの人なつこい笑顔が向き合っていた。
勿論窓の縁はカメラに重なっている。
 
「何、今の声?まさか渚カヲル?!」

「ところで戦自は?」

『アスカが初号機を自爆させると脅して退却させた』

「えーっ!?」

「・・・・それは・・・凄い」

『何よ、大変だったんだから!おじさまじゃ初号機爆破する根性ないから、ミサトがおじさまを粛正した事にして・・・今ミサトが総司令って事にしてあるの』

「くくくく、おもしろいー」

「ママ・・・・」

ミサトは通信機から流れる多人数の会話を、眉を段違いにしながら呆然と聞いていた。
声を聞いていると、シンジとアスカ以外に二人は人がいるみたいだ。

「ど、どうなってんのよ、なんでこんなにがやがやしてるの?!マヤ、エントリープラグに何人いるか分からない?」

突然ミサトに聞かれて慌てるマヤ。

「え、その、それぞれ一人以上なのは判りますけど・・・」

「それじゃ分からないんじゃない!生命反応とか探知出来ないの?」

「いえ、そういう機能は・・・」

「え〜い、本人に聞くしかないか!シンジ君、アスカ、そっちに誰と誰が何人いるのよ!?答えなさい、命令よ!!」

「うるさい!!」『うるさい!!』

同時に2人の声がユニゾンした・・・しかも声が全く同じ!

「アスカ??・・・・・」

とうとうミサトの声が沈黙してしまった。
雑音が消えたので再びアスカは弐号機とのシンクロに専念し始めた。
 
 



 
 

「初号機、弐号機のシンクロ率が異常です。まるで脈打つように激しく上下しています。しかも全体的には上昇しています」
「敵のエヴァがジオフロントに侵入します!」

右と左からマヤとマコトが同時にミサトに報告する。
ただでさえ混乱している所に同時報告。
いじめられてるみたいな錯覚を覚えつつ、ミサトはジオフロントの天井を映すモニター画面に目をやる。
そこには背中に羽を広げた白い人型の集団が、らせんを描いて降下してくる姿があった。
天井の穴を今まさに通過せんとする所だ。
ミサト目に鋭い光が戻った。
もはや混乱している時ではない。

「シンジ君、アスカ!量産型エヴァがここに来るわ!そっちがどうなってるか知らないけどとにかく上を見て!」

「え!」『えっ』「えっ!」『え!?』「ふむ」「ほひょ?」

六重の声と共に主スクリーンに映る初号機と弐号機がそろって首を上に向けた。
次の瞬間、凄まじい声が発令所に轟き渡った。
 

「わー、たいへんだー!」
 
 



 
 
 

                         「な、何よ!?今の声」
『何よ、鼓膜破れるじゃない!』

「アンタどういう気よ!」
                      
「な、渚君!!大変だよー!」
                         「渚ってやっぱり渚カヲルがいるの?」
「どうしたんだい?」
                         「それはこっちが言いたいわ!」
「渚君後ろ、後ろ!」
                         「後ろ?」
「うん?」
                         つい振りかえるミサト。
カヲルは首をひねって背後の窓を見た。
                         そこにはただ冬月が見下ろしているだけ。
「カヲル君!」『カヲル君!』
                         「シンジ君?声がだぶってる??」
窓を真正面から見れるシンジ達がそろって叫んだ。

「おっと」

窓の向こうを見たカヲルは苦笑しながらひねった首を真直ぐに戻した。
どうやら今の自分の状態はあまりよくないようだ、とカヲルが思った時!
 
 
「くお〜らぁ〜!!そっちがどうなってるのか知らないけど、こっちの言う事聞きなさいよぉ!!ゼーレのエヴァが来ているのよ!すぐそこまで!!私はそおしれいよ!!!」
 

遂にミサトがキレてしまった・・・・・

 
 
 
エヴァ>



<平和
 
 
 
 
 マヤは屋上のドアを用心深く開いた。
半開きのドアから顔を覗かせきょろきょろと周りを確認する。
取り敢えず視界には誰もいないので、そろそろと屋上に出た。

授業中、校門前でカヲルがトラックに跳ねられるのを目撃した時、マヤは驚きのあまり腰を抜かして前後不覚に陥ってしまった。
その後はヒカリに肩を貸してもらって保健室に運ばれたのだ。
保健室のベッドに寝かされ、マヤはしばらくの間茫然自失状態だった。
カヲルが事故に会いクラス委員としては手が離せないヒカリだったが、出来る限りマヤの傍にいるようにした。
授業の合間の休み時間、昼休みも弁当持参で保健室でマヤを元気づけていたのだ。
おかげでマヤは6時間目が終る頃にはなんとか歩けるくらいに回復した。
マヤはベッドからのそのそと降りると外していたブラウスのボタンを1番上まで閉め、スカートのホックを掛けチャックを上げると一呼吸ついた。
ヒカリに礼を言いたかったが今はここにいない。
まずはここを出よう。
保健室を出たマヤはまだ頭がけだるさを残している感じがしたので、取り敢えず外の風に当ろうと考えた。
風が強い場所といえば屋上を思いつく。
昨日あそこでアスカに恐ろしい目に会っているので気が引けるが、放課後だから彼女はもう下校しているはずだった。
だからマヤは涼しい風で頭を冷やそうと屋上まで来たのだ。
それでもまだ不安は消えず、マヤはドアを閉めながら今一度辺りを見回した。
やはり人の気配はない。
やっと警戒心をといたマヤの頬を生暖かい風がすうっと撫でる。
イメージしていた風とちがい、あまり心地よい感触ではない。
マヤの立つ場所は日なたで、残暑の日射しを浴びたコンクリート地面の照り返しもきつい。
マヤは日陰に入る事にした。
日陰なら風も涼しく感じるだろう。
四角く出っ張った屋上の出入り口の反対側へ回ろうとして、壁づたいに角を曲がる。
真直ぐ歩いてもう一度角を曲がれば日陰に入れる。
とその時、急にあれだけ強かった日の光が弱まり、辺りがすうっと暗くなり始めた。

(え?・・・何・・・・)

太陽が秋の空に浮かぶ鱗雲に隠れたのだ。
ありふれた自然現象ではあっても、今のマヤにとっては心をおびやかすに十分だった。
一時的にできた黄昏状態・・・・マヤは頼りない足取りで壁に沿って歩く。
さっきまで誰もいない事を望んでたのに、一人っきりに心細ささえ感じ始めている。
日陰が見えてきた。
周りが暗くなったためにあまりくっきりとはしない、虚ろな灰色の影。
このまま進むのに不安を感じたマヤは足を止め、影を視線でぎこちなく追った。
伸びた影の先まで視線がたどりつく。

「・・・!」

マヤは息を呑み込んだ。
影の先っぽを人の足が踏んでいたからだ。
怯えとは裏腹に、マヤの視線が足元からじわじわ這い上がっていく・・・・
 
 

ふわふわと風に流され、不気味にゆらめく白い衣・・・・
その衣を身にまとった性別すら判らぬ人間(?)はこちらに背を向けて立っている。
丸めた背中のさらに上までマヤの視線は這い上がった・・・・・・
 
 
 
 
 
 

・・・・・その先にあるはずの首がぷっつりと消えていた。
 
 
 

「ひいいいいいい〜〜〜!!」
 
 
 

平和>



<エヴァ
 
 
 

カヲルは首だけ出していた窓をくぐり抜け始めた。

「見られちゃった。やはり中途半端は良くないね」

白い患者着を着た上半身がプラグ内に侵入し、さらに下半身が出て来ると真ん前のシンジが座る操縦席におおいかぶさった。

「うわっ」

「やあ、すまないね」

あらためてシンジが眼と鼻の先にいるカヲルの姿を見ると、片方の肩が異様に盛り上がっていた。
患者着の下はギプスで固定されているらしい。
うろたえながらシンジは尋ねる。

「カヲル君、その肩・・・大丈夫なの?!」

「すまないね、気を使わせて。大丈夫だよ、それよりもうすぐ量産型エヴァが来る。だからもう少しここに残って戦い方を指示しなきゃならない」

「だからそれはそおしれいの仕事だっちゅうに!!」
 
「そう・・・無理はしないでね、カヲル君」

ミサトの叫びはあっさりと黙殺されていた。
 
 
 

エヴァ>



<平和
 
 

その後マヤはどうやって屋上から階下に降りたのかは覚えていない。
気がつくと廊下でうずくまる様にして震えていた。
放課後のため生徒は下校するか部活動に出払っているため人気はなく、マヤを発見するものはいなかった。
恐慌状態のマヤの心は自分を救ってくれる者の出現をひたすら待ち続けていた。
首なし幽霊の影におびえながら。
と、その時階段を歩く足音がマヤの耳に入った。
マヤの背中がびくりと震える。
足音はだんだん近づいてくる。
恐怖がマヤの胸を締め付ける!
もし、あの首なしの幽霊が追って来たのなら!!
マヤの体が最大限に硬直した時、足音の主が声を発した。
 

「マヤ!?どうしたの!!」

今のマヤにとっては女神の声に等しいものだった。
硬直した体が一気に弛緩してゆく。
声のするほうにのろのろと顔を向けた。
そこには心配そうに覗き込む頬にそばかすのある、おさげ髪の少女の顔。

「ヒカリ・・・・・」

ヒカリを見るマヤの瞳にはすでに滝のように涙が溢れかえっていた。

「うああああああ〜ん〜」

マヤはヒカリの胸に飛びつくと思い切り、これでもかという位に泣きじゃくりだした。
 
 

平和>



 <エヴァ

 

暗い広大な空間を有するその部屋の中心には、灰色の金属性パイプがうねうねと絡み合い巨大な人の脳の様な形を成している物体が、天井からシャンデリアのごとくぶら下がっていた。
その脳状の物体からは四方八方にケーブルが張り巡らされており、中心から真下に向けて脊髄状の金属が伸び、直立したプラグにつながっている。
LCLに満たされたプラグには少女の裸体が浮かんでいた。
レイはジオフロントの地下、タミーナルドグマ最下層の一歩手前、ダミープラグの中央プラントに入っていた。
中央プラントの周りをサークル状に取り囲む水槽・・・やはりLCLに満たされたその水槽には、かつてレイと同じ姿形をしたものの残骸が沈澱している。
レイは広いダミープラグのプラントでたった一人で待っていた。
その時が来るのを。
 

(碇君・・・・)

眼を閉じてシンジの姿を思い浮かべる。
昨日優しく自分に微笑んでくれた、そして微笑む事を自分に教えてくれた・・・
それだけで十分な筈だったが、更にもう一人の顔が浮かぶ。

(アスカ・・・・)

何故か彼女は自分がシンジに感じたものと同じ物を持っていた。
自分の心を揺さぶるような、それでいて心地よい・・・・
それが何なのかはうまくは言えない。
しかしアスカがそれを持っている事が、とても意外に感じたのも事実だった。
 

『あなたは人よ・・・・・』
 

昨日アスカの言った言葉が思い浮かんだ。

(・・・・人・・・・人形じゃない・・・?)

レイの目が開かれる。
疑問の表情を作って。

(アスカは・・・・・私をファーストと呼んでいた・・・?)
 

『あらレイ久しぶり〜・・・・・・あら〜何人目だっていいじゃない、レイはレイよ!』
 

昨日アスカは確かにレイと呼んでいた。
そしてレイにアスカと呼ばせていた。
次第に戻りつつある二人目以前の記憶がその事に違和感を感じさせる。
二日前に総司令の眼鏡を捨てさせ、シンジに会いたいという思いを膨らませる力となった二人目の記憶。
しかしその記憶はまだ明瞭なものではない。
昨夜見た夢に出た、とびっきりの笑顔をした自分は二人目の記憶ではなかった。
あれはなんだったのか・・・?
レイの心が揺らぎを見せる。
自分の記憶をどこまで信用すればいいのか・・・・
レイは再び目を閉じた。

(・・・・・・)

意識の暗闇の中に再びシンジの顔が浮かび、微笑みかけた。

(碇君・・・・・)

昨日のシンジの笑顔と過去の記憶には違和感を感じはしなかった。
レイの心から揺らぎが消える。

(碇君のために私のできる事を・・・・・)

レイの目が再び見開かれた。
真紅の両の瞳には意志の力が宿っている。

(たとえ・・・私が・・)

レイの耳が微かな物音をとらえた。
エレベーターがこの階に止まった事をレイは知った。
紅い瞳が冷静なものに変化する。

(時が来たのね・・・・・)
 
 
 

エヴァ>



<平和
 

 
マヤはヒカリにおぶさり、保健室に逆戻りすることになった。
ベッドの中で自分の恐怖体験を、うわごとの様にマヤは傍らに座るヒカリに話した。
ヒカリはマヤの現実離れした話にも、真剣かつ優しい表情で耳を傾け続けてくれていた。
その間ずっとマヤの右手をヒカリは膝に乗せ、包み込むように両手でにぎっていた。

やがて夕刻5時をまわった頃、やっとマヤは保健室から解放された。
しかし自力で歩く状態には程遠く、ヒカリの肩を借りて帰途につくしかなかった。
自宅のアパートにたどり着くと、ヒカリに敷いてもらった布団にマヤはもぐり込んだ。
ヒカリは冷蔵庫にあった食料を物色すると、手際良く調理してマヤの元に運んできた。

「はい、おかゆが出来たわよ・・」

「あ、ありがとう、でも今は食欲が・・・」

「食べなきゃ元気が出ないわよ。はい!」

スプーンで口元におかゆを運ぶヒカリ。
マヤは音を立てずにすすった。

「ごめんなさい、いつも迷惑かけっぱなしで・・・」

「ううん、いいのよ・・・」

おかゆの無くなったスプーンに涙がぽとりと落ちる。
 
 

平和>



<エヴァ
 
 

「貴方達武器持って無いじゃない!そのままでいいわけないでしょ!!」
 
「あ・・・」

「あ、そういえば」
 
それまでミサトの声を聞いてなかったシンジとアスカも、今の怒鳴り声には反応してしまった。
 シンジもアスカも、そして実はミサトまでも武器の事はすっかり忘れていたのだ。
戦自に対しては一応形だけでも説得という名目なので、武器を持てなかった。
その後敵のエヴァが来る前に武器を持たせる予定だったのがn2爆雷が投下され、しかもそのあとエヴァのプラグ内の異変に引っ掻き回されて武器の事などどこかにいってしまっていたのだ。

「敵のエヴァが此所に着地します!」

マコトの声にミサトは主スクリーンを見た。
二体のエヴァの上方には、すでに量産型エヴァの白い姿が舞い降りて来る所が映っていた。

「ちっ武器は間に合わないか・・・・・シンジ君、アスカ!!」

「僕の言う通りにして欲しい」

「だから私をのけ者にするなー!声だけじゃなしに顔を見せろ顔を〜!!カヲル、あんたディラックの海で静養してるんじゃなかったの?!」
 
「くくく、長い突っ込みだねー」

「あんただれよ!!」
 
 

 エヴァ>



<平和
 
 

食事が終った頃には時刻は6時をまわり、外はかなり暗くなり始めていた。
さっき家族にはこれくらいの時刻に帰ると電話してある。
寝込んでいるマヤの傍で、正座していたヒカリが音をたてずに立ち上がろうとした。

(さあ、そろそろ帰らなきゃ)

「まって・・・」

マヤがヒカリのスカートの端を掴み、か細い声を発した。

「あ・・」

「行かないで・・・・恐いの、一人にしないで!」

マヤの懇願にヒカリに困惑の色が浮かぶ。

「でも・・・」

「私の話信じてくれないの?」

「そうじゃないけど・・・」

と言いつつ、あまりにも突拍子も無い首無し幽霊の話を、無条件で信じる度量はヒカリにはない。
しかしヒカリを見つめるマヤの顔には、とても口では言い表せない程の悲壮感が溢れかえっている。
こうなると信じる信じないの問題ではない。

「お願い、一人だと恐くておかしくなっちゃいそうなの!だから、だから・・・・」

「・・・・」
 

追い詰められたマヤがヒカリの胸に飛びついた。
マヤの心がある一線を越え、遂に教師であるがゆえにこれまで絶対言わなかった単語が飛び出した!

親友でしょ!!だからお願い・・・ヒカリ・・・うぅぅぅ」

ヒカリの腕にすがりマヤはむせび泣き出した。
とうとう言ってしまった。
ヒカリですらマヤに親友と言った事はなかったのに。
初めて聞いた親友という言葉・・・・これにはヒカリも顔色を変えざるを得なかった。
マヤがこの言葉を口に出す事の重みはヒカリにも理解できたのだ。

(今、この子を置いて行ったら・・・・・わたし、親友じゃないわね・・・・)

抱きとめたまま優しくマヤを見下ろすと、ヒカリは静かに腰を下ろした。
 

「・・・・・わかったわ、マヤ」
 



 

「もしもし。お母さん?うん、そう。夕食は?お姉ちゃんが手伝った?大丈夫なの?・・・・えっ?そ、そうよ、友達ん家なの。ええ、それが・・・まだ具合悪そうで寝込んでて・・・それでもうしばらくこっちにいていい?えっ?うん・・・・だから、泊まってもいい?えっご両親?・・・・だ、だから、その・・・しょ、所用があっていないそうなの。そ、それで今日はあの子ひとりなの、だから!・・・・お願い!・・・・・うん、ちゃんと連絡するから。ありがとう、お母さん!」

マヤは眼を閉じてヒカリの電話の声に聞き耳を立てていた。
どうやらご両親の了解を取れたようだ。
ほっとため息をついた時、電話を切ったヒカリが声を掛けた。

「OKだって!」

「ありがとう・・・本当に迷惑ばかりかけて・・・・」

「ううん、いいのよ」

ヒカリは屈託無い笑顔をマヤに投げかける。
マヤは思う。
もしヒカリがいなかったら自分はどうなっていたか。
憧れ続けた先輩は振り向いてくれない。
先輩に執着しすぎたせいか、他の教師達とは仕事上の形式的付き合いしかない。
なのに何故か生徒とは友達みたい、というか先生扱いしてくれない。
この上幽霊にまで出くわしてしまうなんて・・・・
しかしどんなに追い詰められても、いつも彼女は自分を助けてくれた。
もはやマヤの教師生活はヒカリの支え無しには成り立たなくなっていたのだ。
そのことを情けなく思う力さえマヤにはもはや無かった。

ヒカリの足音が近づき、マヤの耳元で止まった。
座布団に座る気配がする。
マヤは手を差し出した。
ヒカリがその手を握った。
安心したマヤの意識がふうっと薄れていく。
ヒカリがマヤの顔をそっと覗き込んだ。

「・・・・・寝ちゃった」

少女のようにあどけないマヤの寝顔をながめながら、ヒカリはくすりと笑う。

「可愛いもんね・・・・」

ヒカリは自分の心が和んでいくのを感じつつ、マヤの頬を薬指でつうっと撫でた。
 
 



 

その後首無し幽霊の話は恐怖の理科準備室同様、市立第一中学校七不思議の一つに加えられたという。
 

 
平和>



<エヴァ
 
 
 

白いボディにハングライダーの様な翼を広げた9機のエヴァ達が、優雅に空を回転しながら接近して来る。
片側には槍らしいものが付いていた。
彼らは2体の獲物を円陣の中心になる様に取り囲み、着地体勢に入った。

「シンジ君」

自分達を包囲せんとする敵を食い入るように見つめるシンジの肩に、背後からカヲルが手を置いた。

「弐号機の手を絶対離ちゃいけないよ・・・」

「・・・・うん」

初号機と弐号機の手は未だつながれたままだった。

「なんでよ!?動きにくいじゃない」

アスカが不満そうに問い掛ける。

「それは彼らは弐号機は破壊できても初号機は壊せないからさ」

「なんですってぇ?」
 

量産型エヴァが地面に足を接触させた。
滑空してきた勢いそのままに両足で大地を引き裂いていく。
地面に派手に傷跡をつけてから停止すると、彼らの背に広がっていたハングライダー状の羽が折り畳まれた。
畳まれた羽は背中にするすると吸い込まれていく。。
羽を収納し終ると、自分達の作った円陣の中心に9体のエヴァが一斉に顔を向けた。
ウナギのように出っ張った頭部には目がなく、赤い縁取りをされた口は大きく裂け白い歯をむき出している。
生理的嫌悪さえ抱いてしまうその面相を一言で言うと・・・・

「カイコ!!」

ぽかっ

『どこがカイコよ!あれはトカゲ!!』

「だっておっきくて白くて頭のカーブなんか・・・・・」

『おっきくて、は関係無いでしょが!それにしても気持ち悪い・・・は虫類と両生類と昆虫は嫌い!』

「アンタらやかましいのよ!!」

背を丸めた姿勢でトカゲ達は初号機と弐号機に向かって足を踏み出した。
カヲルが急いで話し出した。
 
「アスカ君、シンジ君も聞いて欲しい!彼らの持つ槍はロンギヌスの槍のコピーだ」

「えっ?!」

「なんですってぇ!」

「ATフィールドも突き抜ける。それに奴らはS2機関を持ち、再生能力も凄まじい。空も飛べる。まともに戦って勝てる敵じゃない」

「じゃ、どうするのよ?!」

「初号機がないとサードインパクトは起こせない。だから初号機を捕らえ、無理矢理でも事を起こそうとしてる。裏を返せば初号機を傷つけられない」

「なんで初号機なのよ!?まあいいわ、敵は初号機を壊せない。だったら戦い方は決まりね・・・・・・よーするに初号機盾に戦えばいいのよ!!

「えー!?」『えー?!』

「い、いやアスカ君、そういうつもりじゃ・・・」

「いくわよ、シンジ!!」

弐号機がつないでないほうの手で、いきなり初号機の首根っこをつかんだ!
そのまま初号機を前に押し出すようにして前進を始めた。
次第に駆け足になり、ずんずん加速していく。

『きゃっ』「ふぇっ」

当然盾にされた初号機も無理矢理走らされる事となる。

「うわわわわっ」『わあああ!』「おっとと」

正面モニター画面に映ったトカゲの一匹がみるみる大きくなっていく。
後2、3歩の距離まで近づいた時、弐号機は初号機を離すとその背をかけ上った。
弐号機は初号機の肩を踏み台にする。

ずんっ

「うげっ」『おわっ』「僕の話を・・・」

そのままジャンプ!

「とおー!!」『いや〜!!』「ひゃあ〜」

落下しながら両の拳がトカゲの頭部に振り下ろされる。

ぐしゃっ

トカゲの頭部がひしゃげ、真っ赤な血が飛び散った。

『きゃああああ〜!』「あ、血だ!!」

トカゲの背後に着地すると、倒れて来る背中をとらえて担ぎ上げる弐号機。
背骨折りの体勢で締め上げる。

めきめきっ・・・

『いやぁ〜、なんの音よ〜』

背骨の折れる気味の悪い音に*アスカは震えながら耳をふさぐ。
レイはそんな*アスカに身を寄せ、肩に手を回した。
しかしレイの体にも震えがきている。

ばきっ

遂にトカゲの体が真っ二つになり、おびただしい血が滝となって弐号機に降り注いだ。
前後左右全モニター画面が朱に染まる。

『ひええええ!!』

「*ア、アスカ、しっかりい〜」

パニック状態の二人をよそに、不敵な顔でにやりと笑うアスカが叫ぶ。

「ERST!(1匹目!)」
 
『あわわわ・・・』

弐号機の暴れっぷりを見ながら*シンジはうろたえるばかりだった。
敵は人でないとはいえ凄惨な事には変わりない。
まして血の色は同じ赤。
此所からでこんなショッキングなら、弐号機の中はもっと強烈だろう。
アスカはともかく*アスカはどれだけ動転していることか・・・・・
困惑する*シンジは傍らのカヲルを助けを求めるように見た。
カヲルは険しい表情ながらも冷静な声を発した。

「アスカ君、ロンギヌスの槍を奪うんだ。そいつが再生しても使えないように、早く!」

「コイツまだ再生できるっての?ま、いいわ」

落ちている槍を拾うととどめとばかりにトカゲを縦に切り裂いた。

ばしゅっ

『きゃっ』「ひゃっ」

「こんなもんでどうかしら?」
 
 



 
 

発令所の主スクリーンでは、アスカが1匹目の敵エヴァを血祭りに上げる光景が映し出されていた。
腕組みをしながら複雑な表情でミサトは見つめている。

「勝ちさえすればそれでいいって事か・・・・」

もはやミサトは作戦を指示する事は諦めていた。

(キレても効果はなかったし・・・・)

未だ彼女はエヴァに誰が何人乗ってるかさえ把握できてない。
通信機から聞こえるカヲルの指示は自分の知り得ない情報を元になされている。
これでは自分の出る幕はない。
それでも彼女は嘘でも総司令だった。

(これだけは意地でも言っとかなきゃ・・・)

通信機に向かって声を張り上げる。

「いい、アスカ、シンジ君!敵のエヴァは必ず殲滅するのよ!!頑張って」
 

『もーいや、もーいや!』

「*アスカ落ち着いてよー」

『大丈夫、*アスカ!?』

「だらしないわね、もう!」

「アスカ君、僕の話も・・・」

「アスカ、来るよ!わっ」

「ほ〜れ初号機攻撃できるの〜?」

『シンジ達を盾にするな〜!!』
 
 

「やっぱり聞いてないわね・・・・はぁ」

ため息がもれた。
これほど威厳のない、総司令扱いされてない総司令など世界中さがしても他にはいないだろう、とミサトは痛感する。
ミサトは主スクリーンから視線をはずした。

「そーだ、青葉君」

久しぶりに声をかけられ、青葉シゲルは怪訝そうに聞き返した。

「は、何ですか?」

「総司令、やってみる?」

「はぁ??」
 
 



 
 

LCLの満たされた水槽に浮かぶ人の形をしたものの欠片・・・・
心を持つ事も適わずに残骸と化した、ついこの前まで自分と同じ姿だったもの・・・
漫然と見つめる紅い瞳は心なしか悲し気だった。
中央プラントから出たレイは白い肌をさらしたままで待つ。
あの男が来るのを。
もうすぐここに・・・・
 

「レイ」

レイは声に振り向く。
待ち人が来たようだ。

「やはりここにいたか」

薄暗がりから人影が現れレイに近づいて来る。
彼はレイと向かい合い、眼鏡越しに鋭い視線で見下ろした。

「約束の時だ。さあ行こう」

それだけ言うと彼は背を向けて歩き出した。
レイはその背に冷めた目を投げかけていた。

(碇君・・・行くわ)

レイはゲンドウの背を追って歩きだした。
 
 
 

その10−前編終わり



 

次回予告

敵、量産型エヴァとの熾烈な戦い。
初号機盾に暴れるアスカは果たして敵を駆逐できるのか?
そしてレイは・・・
サードインパクトをめぐる攻防は決着に向かって加速する。

次回シンジアスカの大冒険?その10、

靴底−中編

レッドインパクト
 

「シンジ君、約束だ。自分を絶対見失わないで欲しい・・・」
 
 

中編へ



 

え〜、その10三部作?の前編ですが・・・
途中から区分けのためシンジとアスカに*をつけたのですが、いいやり方と言う自信ないなー。
戦自の出番なしです。
戦自を出すと平和な世界のシンジとアスカには刺激がきついと思ったので。
それに戦自の描写、面倒だったもんで・・・・
それで初号機の自爆なんていうネタを考えたのですが、何故か出だしがLNS(?)っぽくなってしまい、その後ギャグが浮かぶわ浮かぶわ・・・
首無し幽霊まで出してしもた。
もう少しシリアスっぽい展開になるはずやったのに。
ギャグが多すぎたせいか前編がふくらんでしまい、結局中編を挟むことにしました。
引きがやや、ちゅーと半端だったかいな?
でも更新に間をあけるのもねえ・・・
そう言えばめぞんにリンクされてるPATAさんのHPのREDで30000踏んでます。
レイのイラストもらいました。
今回の話にも出たスイカ口で笑うレイです。
REDで公開されてるんでよかったら御覧下さい。
次回こそはシリアスになるんでしょうか?
 

ver.-1.00  1999_10/25公開
御意見御感想、誤字脱字などなどは・・・ m-irie@mbox.kyoto-inet.or.jp までです。





 えいりさんの『シンジアスカの大冒険?』その10 前編、公開です。







 いよいよ始まる〜
 ついに来た来た〜

 の決戦・・・


 プラグの中はまだまだ余裕で賑やかですけど
 この先は・・・

 終わりのほうでは
 ”血”で大騒ぎになってるし
 ”めしめし”で大大騒ぎですし、

 いろんな意味で辛くなりそうです〜




 頑張れチルドレン!
 参加せよ発令所!!
 力になってあげようヒカリ!!!

 なのです〜☆






 このままで終われない
 このままでは終わらない

 ミサトもゲンドウも・・・


 そちらも楽しみなのですっ






 さあ、訪問者の皆さん。
 次は初の中編だえいりさんに感想メールを送りましょう!





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