中編は平和な世界のシンジとアスカをシンジ、アスカと表記し、更に「 」は『 』で、( )は[ ]で表記します。
毎回ころころ変えて申し訳ありませんが、予め御了承ください。
弐号機が走る。
初号機の二の腕を掴み、強引に引っ張りながら。
彼等を取り囲む白いトカゲ共の一匹に狙いを定め、突進していく。
目標にされた一匹は大きく裂けた口からむき出た歯を彼等に向けると、手に持った槍を頭上に振りかざした。
弐号機は初号機を掴む手を前に突き出すと、さっと初号機の背に回りこんだ。
そのまま初号機の背中を押しながら走り続ける。
トカゲの槍を持つ手がとまる。
量産型エヴァのダミープラグは以前ネルフが使用していたものより遥かに進歩していた。
与えられた命令の遂行、そして命令に合わせて敵を判別し、対応の仕方を変える。
彼等にとって弐号機は破壊すべき敵、初号機は捕らえるべき獲物だった。
向かって来る初号機に対して彼は槍を持っていないほうの手を伸ばした。
捕まえるという意志が働いた結果の動作だった。
しかしいくら進歩したとはいえ、彼のダミープラグにフェイントという概念までは持たらされてはいなかった。
眼前に初号機の姿がせまる!
「それ!」
『きゃ〜!』
「ほえ〜」
少女達の不協和音のみで奏でられた三重唱と共に、真紅の足が初号機の背後から飛び出てきた。
弐号機が初号機の首元に腕を引っ掛けると、初号機を軸にして体を回転し、横殴りに蹴りをくり出したのだ。
一直線に伸びた両足がトカゲの喉元に炸裂する!
ぐしゃっ
トカゲの首が不自然な方向にひん曲がる。
そして弐号機の足が喉に突き刺さったまま後方に倒れていく。
どおおんっ
轟音が響き渡る。
弐号機に体をあずけられた状態で、トカゲは背中を大地に叩き付けられたのだ。
素早く弐号機は馬乗りになると、もがくトカゲの持つ槍をむしり取った。
「とりゃ〜!」
振り下ろされた槍がトカゲの首を跳ね飛ばした!
それでももがき続ける胴体をざくりざくりと突き刺す弐号機。
・・・・やがてトカゲの動きは止まった。
白いボディを真っ赤に染め上げて。
「よ〜し!え〜と何匹目だっけ?」
「よ、4匹目だよぉー・・・」
びびりながらも制服姿で操縦席に座るアスカの声に律儀に答えるレイ。
「あっそう、シンジ!」
弐号機が立ち上がると後ろに立つ初号機に振り向いた。
「ほれ、槍!」
ぽいっと槍を初号機に放り投げる。
初号機は右手で槍を受け取った。
そして左手に抱える3本の槍と一緒にした。
すでに弐号機が敵の量産型エヴァを倒し、槍を奪うと初号機に渡すという役割分担が完成されていた。
もっともこれはカヲルの作戦ではなく、アスカが独断で行っている戦法である。
「弱ったなあ・・・」
LCLに満たされた初号機プラグ内、パイロット席の後ろでメインカメラの映像を見つめながらカヲルは呟いた。
傍らに立つシンジも困惑の表情でカヲルを見ていた。
パイロット席のシンジもシンジと全く同じ表情で弐号機を見ている。
『カヲル君、これでいいの?』
シンジの問いにカヲルは少し間をおいてから返答した。
「・・・・いいとは思わないんだけど・・・しかしどうにしろ敵のエヴァを破壊しなければいけないんだよ。サードインパクトを起こさない為には」
言いながらカヲルは思う。
(別の方法もあるけど・・・やらないに越したことはない)
「シンジ!」
いきなりアスカの声がすると、画面上の弐号機が走り出した。
「後ろ!ぼけっとしない!!」
背後の画面を見ると4本の腕が初号機に向けてせまっていた。
いつの間にか初号機に追いついた2匹のトカゲ共が初号機を捕まえようと手を伸ばしてきたのだ。
「この〜!!」
画面にプログナイフを持った弐号機が割り込んできた。
トカゲの頭部にぐさりとナイフを突き立てる!
「ふん!」
ナイフを引っこ抜くと返す刀で、もう1匹の肩から腰にかけて斜めに切り裂いた。
真っ赤な血を吹き出して動きを止める敵エヴァ。
返り血を浴びても怯むことなく、弐号機は素早くトカゲ共から槍をひったくり初号機にパスする。
初号機がキャッチするのを確認する間もなく弐号機はとどめの一撃をくり出した。
びゅっ
プログナイフが横一直線に振り回され、トカゲ共の喉笛が切り裂かれた。
そのまま2匹同時にくず折れてゆく。
「ふ〜、後何匹よ〜」
肩で息するアスカにレイが弱々しく答える。
「3匹だよ・・・・」
レイは横にいるアスカを見た。
プラグスーツ姿の彼女は操縦席の背もたれの後ろに顔を隠し、画面を見ないようにしていた。
「大丈夫?」
『・・・・まだ終わらないの・・・?』
「うん、まだだよ・・・」
レイはアスカの肩に手を置いた。
触れる手の感触にアスカはレイを横目で見た。
『あんたよく平気でいられるわね』
「うん、子供の頃よくヘビぶん回して遊んでたから。縦笛でたたいて頭潰しちゃった事もあったし」
『・・・・聞いたあたしがバカだったわ』
「でも恐くない訳じゃないよ。これでも必死にこらえてるんだから。アスカも頑張って!」
『あんたに元気づけられるなんて・・・はぁ〜、情けない・・・』
「なによ、これ位で!だらしないわねえ!!」
落ち込むアスカに見下したような口調で言葉が浴びせかけられる。
アスカは一瞬にして血相を変えた。
背もたれから顔を出し、声の主の後頭部を睨んだ。
『なんですってえ!?』
「アンタ平和ボケなのよ!アンタと違ってアタシは使徒との戦いでこんな事イヤと言う程経験してるんだから!」
『ぐ・・・』
「ここに戻ったらアンタに踵落としの一つも食らわしてやろうと思ってたのに・・・こんな臆病者じゃその気にもなれないわよ!がっかりだわ、早く自分ん家へ帰ったら?!」
『い、言ったわねぇ〜!!』
振り向きもせず毒づくアスカの後頭部に今にも噛み付かんばかりのアスカ。
レイがそれを必死で引き止めている。
「ねー、落ち着いてよ〜!でも元気戻ったみたいだねー」
『ママに会いたいと言った時は少しはまともになったと思ったのに!根性曲がったままじゃないのよ〜!』
「アンタなんかに言われたくないわよ!」
ミサトは主スクリーンに映し出された初号機、弐号機と敵のエヴァシリーズとの戦闘を見つめつつ、通信機から流れ出る賑やかな会話に耳を傾けていた。
戦況のほうは順調と言って良い位だ。
自分が全く指揮を取れてないのが心地悪いが。
そして問題のプラグ内の声だが・・・・
(ずいぶん派手に罵り合ってるけど、どっちがアスカなのか区別がややこしいわ・・・)
初号機、弐号機のプラグ内を映すモニター画面は共に相変わらず青白い光に埋め尽くされた状態だ。
とにかく今まで聞いていたかぎりで情報を総合すると、初号機弐号機それぞれに三人ずつ乗っていると思われる。
初号機にはシンジ以外にカヲルが、そしてもう一人シンジと声が区別しにくい何者かがいるらしい。
弐号機にはアスカ、そしてアスカと喧嘩腰で会話している者がいる様だが、これもどっちがどっちか分かりにくい。
それにもう一人・・・やけに明るい元気な声を出す正体不明の少女の声。
これは誰にも似ていない、全く聞き覚えのない声だ。
つまり半数の人間が誰か分からない事になる。
もし、モニター画面がちゃんと見えていたらミサトは尋常でない驚き方をすることだろう。
いくら声が同じでもまさかアスカやシンジが二人いるなどという、突拍子もない発想にまでミサトが到達する事は無理だったのだ。
(どういうつもりなの?渚カヲル・・・こんな大人数引き込んで・・・・なんの目的でこんな事を・・・・サードインパクトを防ぐのに関係あるの?)
答の見出せない疑問に思いを巡らせる間にも、スクリーン上の弐号機は敵エヴァに襲い掛かっていく。
圧倒的にスピードが違うためトカゲの攻撃は空を切り、弐号機のプログナイフが面白い様にぐさぐさと突き刺さっていく。
トカゲの嫌らしく裂けた口にパンチを叩き込んで胸に突き立てたナイフを引っこ抜くと、すぐそこまで近付いて来たもう一匹に返す刀で切り掛かった。
その時ミサトは画面後方に小さく映る、敵エヴァの怪し気な行動に気付いた。
そいつは地面に向けて、両手に握った槍を突き刺そうと構えたのだ。
「!!」
ミサトはその行動の意味を一瞬の間に理解した。
スクリーンに向かって彼女は怒鳴った。
「アスカ!敵は弐号機のケーブルを切るつもりよ、気をつけて!!」
シンジアスカの大冒険?その10
靴底-中編
レッドインパクト
「なんですってえ!!」
目の前のトカゲの体を十文字に切り裂きながら、アスカは後部モニター画面に振り向いた。
見ると最後の一匹のトカゲが弐号機の背中から延びたアンビリカル・ケーブルに、槍を振り下ろそうとしている。
「えいこの!」
切り裂いたトカゲを蹴り飛ばすと弐号機は後ろに手を回し、背中のケーブルを掴んだ。
手首のスナップを利かせて左右にぶるぶる揺らした。
槍が振り下ろされケーブルに突き刺さらんとした瞬間!
わさわさっ
ケーブルがまるでヘビのように左右に波打ち出した。
ざくっ
槍がケーブルをはずし、地面に突き立つ。
トカゲは槍を抜くと再び振り下ろす。
ざくっざくっざく・・・
何度も繰り返すが生き物の様にうねるケーブルは、槍を嘲笑うかのごとくすいすいとかわしていく。
「バーカ、全然当たらないよーだ」
倒されたトカゲの骸から槍を拾い終わった初号機が弐号機に振り向いた。
そこにはなんとも滑稽な光景が・・・・・
体をくねらせながら掴んだ自分のケーブルを揺らしている弐号機と、後方で槍をしつこく突き刺し続ける敵のエヴァ。
半ば呆れて眺めるシンジ。
「何やってんだよアスカ・・・」
ざくっ
都合十一回目に地面に刺された槍にうねるケーブルがからまった。
ここぞとばかりにトカゲが手を伸ばし、槍にからむケーブルを握った。
「あっ、こいつ!」
弐号機がケーブルを引っ張る。
トカゲも引っ張る。
ケーブルはぴんと張り切った。
「ひゃ〜まるで運動会の綱引きだねー、しかもちゃんと紅白に別れてるし。私ら赤組だねー」
「アンタバカァ?!」
こんな状況ですらボケるチャンスを逃さないレイを叱咤すると、アスカは咄嗟の判断を下した。
アンビリカル・ケーブルは二体にエヴァが引っ張り合って無事であるほど丈夫な代物ではない。
ケーブルがちぎれる前にアスカは弐号機を白組に向けて突進させた。
張り切ったケーブルが緩み、お約束通りにトカゲは後ろに転んだ。
「あー反則!」
「ルールなんてない!」
弐号機は仰向けのトカゲに両膝から落下していった。
ずんっ
腹に膝をめり込まされながらもトカゲは握ったケーブルを口元に持っていくとブチッと食いちぎった。
「あ!やったわね〜!!」
プログナイフを振りかざすと胸元に突き刺し、そのまま立ち上がってトカゲを引き起こす。
吹き出す赤い血がトカゲの白い体をだらだらと流れ落ちていく。
アスカはトカゲの槍をもぎ取るとプログナイフから手を離し、両手で槍を振りかぶった。
「ラスト!!」
ぶんっ!
かけ声と共に豪快なスイングがトカゲの喉に炸裂する!
一瞬にしてトカゲの首は断ち切られ、中空に舞い上がった。
跳ね上がった首は血をまき散らしながら、弐号機に向かって落下していく。
弐号機は落ちて来た首を両手で受け止めた。
ちょうど目の高さの位置で。
弐号機の顔とトカゲの生首が向き合った。
『ぎえええええ〜』
通信機から流れ出るアスカの悲鳴に我慢しきれず、シンジがカヲルに訴えかけた。
『アスカ!カヲル君、アスカが・・・』
「ああ、わかっているよ」
カヲルはシンジの顔色を観察しながら返事する。
直接敵と格闘した訳ではないとは言え、あの壮絶な戦いを見ていたのだ。
エヴァでの戦闘経験のないシンジの受けたショックもかなりのものだったろう。
案の定、シンジの表情には相当な混乱の色が見られる。
それでもちゃんとアスカの身を心配する所は彼らしいという事か。
カヲル自身は過去ずっと窓からエヴァと使徒の戦いを見ていたし、生まれ持っての体質の事もあり、こういった惨状には免疫があった。
自分が何時間か前に受けた怪我に冷静でいられたのも、そのおかげだ。
『やだやだやだ〜!』
「ア、アスカしっかりー」
「ふんだ!ほ〜ら見なさいよ〜!」
姦しい声が飛び交う中、画面では弐号機がトカゲの首を持って睨めっこしていた。
アスカは完全にアスカをいじめにかかっている。
以前どつき合いの末平和な世界に置き去りにされた事もあり、ためていた感情が吹き出たのだろう。
(結局同じ人、同じ性格でも水と油か・・・というか同じだからいがみ合うのかな)
とにかくここまで刺激の強い戦場に、これ以上アスカをとどめておく訳にはいかないだろう。
それはシンジやレイも同様だ。
(ここらが潮時か・・・・だが最後にやっておかないといけない事がある。先にシンジ君達を帰しておこうか・・・)
「あっ!!」
シンジの叫び声がカヲルの思考を中断させる。
驚愕の表情で主カメラ画面を見つめているシンジ。
画面には弐号機の後方に、息の根を止められたはずのトカゲが再びうごめき出す姿が映し出されていたのだ。
「やはりまだ再生するか。アスカ君、敵はまだ生きてる!!」
「えっ、何?」
カヲルの声にトカゲの首を弐号機はぽいっと放り出すと、急いで当たりを見回す。
「!・・・」
そこにはさっき弐号機が倒したトカゲ共がゆっくりと起き上がろうとする姿があった。
じゅるっじゅる・・・・・
凄絶な戦いの末、叩き切った腕や首が無気味な音を発しながら再生していく。
「そんな・・・」
『や、やだ〜・・・』
「ひえ〜、生え代わるのはしっぽだけにして〜」
「こ・・んな・・・・」
ミサトは声を失った。
主スクリーンには完全に元の状態に戻ったトカゲ共が次々と立ち上がる姿が映されている。
それは今まで決死の戦いをしてきた初号機と弐号機の働きが無に帰したことを意味する。
本来シンジとアスカに命令する立場の自分が何もせず、というより何もさせてもらえず渚カヲルに指揮権をとられっぱなしでいた。
それでもそれが最良の方法なら仕方ないが、この状況を見せられると・・・・
(あんたに任せっきりで良かったの・・?渚カヲル)
「弐号機活動限界まであと4分30秒です!」
マヤが声をうわずらせながらミサトに告げる。
S2機関のない弐号機は時間が来れば戦力外になってしまう。
事態は一刻を争うのだ。
「早くケリをつけないと・・・でもどうやって」
焦るミサトが見つめる画面上では、初号機が慌てて弐号機に走り寄る様子が映っていた。
束になった槍を両手いっぱいにかかえて。
確かカヲルがロンギヌスの槍のコピーと言ってた代物だ。
「・・・・!」
ミサトは眼をぎらりと光らせた。
「そうか!あれを使うつもりなのね!!」
カヲルは平和な世界の住人達を帰すのは一旦、後回しにしておく事にした。
今はそれどころではない。
二人に指示を出さねばならないのだから。
「シンジ君、アスカ君!ロンギヌスの槍でやつらを倒すんだ!」
「えっこれ?」
シンジは初号機にかかえさせた槍の束を見た。
「そうだよ。投げないと威力が出ない。アスカ君と二人で投げるんだ!」
「よーし、シンジ、槍!!」
弐号機がトカゲ共を睨みつつ、初号機に手を差し出し槍を要求する。
「うん」
槍を渡す初号機。
「バカ!一本じゃない、もっとたくさん!!こっちは時間ないんだから!」
数本の槍をひったくると地面に置いて、一本だけ片手に持つ弐号機。
「シンジ君、君も投げるんだ」
「分かったよ」
初号機も弐号機にならう。
トカゲ共は二体の獲物を見据え、無気味に沈黙を続けている・・・・
と、突然彼等は一斉に白い羽をばさりと広げた。
それをきっかけに弐号機が槍を大きく振りかぶった!
「この〜!!」
羽をばたつかせて宙に浮かんとするトカゲを狙い、弐号機は槍を投げ放った。
びゅん!!
空気を切り裂き槍は一直線に標的に突き進んでいく。
槍がトカゲの胸元に突き刺さらんとした瞬間、八角形の輝きが鉾先を阻む様に広がった。
見かけは異形でも彼等もまたエヴァンゲリオンである証明たる、ATフィールドに阻まれて槍の動きがぴたりと静止した。
数瞬の間、空中に留まった槍が二股に変型し始めた。
槍の先が次第に八角の壁に食い込んでゆく。
突如、槍がATフィールドに接触する直前の速度を取り戻した。
ずしゅっ
宙に浮かんだままトカゲは槍に串刺しにされた。
槍の勢いに吹き飛びながら落下していく。
トカゲを串刺しにしたまま槍は地面に突き刺さった。
「よっし撃沈!!」
拳を握ってガッツポーズを決めるアスカは次の槍を弐号機に拾わせた。
「シンジ、いくわよ!」
「うん!」
弐号機と初号機が背中合わせに槍を構えた。
「えい!」「それ!」
同時に投げられた槍はそれぞれ、羽ばたきながら接近して来るトカゲ共に突き進む。
一旦ATフィールドに止められるが、すぐに二股の槍となって勢いを取り戻し、トカゲ共の胴体を貫いた。
ずばっばしゅっ
正反対の位置にある二匹のトカゲが打ち落とされた。
「よし、この調子でどんどん落とすわよ!」
「弐号機活動限界まで後3分30秒です」
「・・・十分ね」
マヤの声に対してミサトは冷静に呟いた。
腕を組んで見据える主スクリーンには地面に置かれた槍を拾っては投げ、を繰り返す初号機と弐号機の様子が映されている。
槍は面白いように宙を羽ばたくトカゲ共の体を次々と貫いていた。
元々初号機と弐号機を目標に襲ってくるため、逆に槍を投げる側には格好の標的になったのだ。
(これでサードインパクトを防げるって事なの・・・・?)
敵のエヴァを殲滅すればそうなるはずだが、ミサトの心の片隅にはどうしても取り去ることの出来ないしこりの様なものが残っていた。
自分が何もしないでカヲルに主導権を取られっぱなしだった事もあったが、それだけでこんな気持ちにはならないだろう。
本当にこれで終わりなのか・・・・?
まだ何かあるのではないか・・・・?
確かめる方法としてはカヲルに問い質せてみる位しか思い付かない。
ただカヲルが返答してくれる保証はまるでない所がなさけないが。
(は〜・・・何もかもカヲル任せか。敵を全部倒して一段落したら聞いてみるか・・・)
釈然としないものを感じながら、ミサトは初号機と弐号機がトカゲ共を全滅させるのを待つ事にした。
どうぞ槍で狙ってくださいとばかりに、自分達に向かって飛んでくるトカゲ共。
ただ羽根を使って飛んでくるのでその分スピードが早くなっている。
槍で一匹ずつ倒していく間に他のトカゲが着実に距離を狭めて来るのだ。
二体のエヴァがそれぞれ最後の一本の槍を持った時、トカゲの一匹が初号機に頭上から掴み掛かってきた。
「わっ」『わあ!』
慌てて持っていた槍を振り回して応戦する初号機。
しかし敵は空中をホバリングしながら、やみくもに振り回される槍をかわしていく。
「え〜いシンジ、動くな〜!」
声と共に槍が初号機と小競り合いを続けるトカゲに飛んできた。
ぐさっ
「わあっ」『うわあああ〜!』
シンジ達の見る正面カメラの画面に頭部を打ち抜かれ、血を吹き出しながら落下するトカゲが映る。
初号機にトカゲのATフィールドが中和されていたのでシンジ達にはいきなりの事だった。
返り血が初号機に降りかかる。
今回の戦いで初号機が返り血を浴びるのは始めてだった。
『ああ・・・』
カヲルは色を失うシンジを横目で見る。
(やはりシンジ君もアスカ君と同じ反応だな。エヴァで戦った経験のない者には刺激が強すぎる。そろそろ引き際を考えねば・・・・)
「とあ〜!!」
槍を使ってしまった弐号機が代わりにプログナイフで最後の一匹にとどめを刺していた。
「よ〜し、今度こそ終わり!」
「いや、まだだ」
「なんですってえ!?」
カヲルの声にアスカが不平そうに問いかけた。
トカゲ共を都合二度も倒しているのにまだなのか。
「ああ。奴等の再生能力は正直言って僕にもはかり知れない。もしかしたらまた動き出す恐れもある。だから・・・」
「だったら要するに再生できないくらい細切れにすればいいって事?」
「え?、う〜ん・・・まあそうなるかな・・・」
アスカの口から飛び出た過激な意見に曖昧に答えるカヲル。
言っている事は確かだが、そこまでえげつないやり方はカヲルも考えついていなかった。
しかし、もし本当にあのトカゲ共が再再生するならそうするしかないかもしれない。
『か、勘弁してよ〜!やだもう!!』
悲痛な叫びがアスカの喉から絞り出された。
(これ以上アスカ君やシンジ君に凄惨な体験をさせてはいけない。おっとレイ君もだ)
どうやら自分達の世界に帰る時が来たようだ。
カヲルが助言するべき事はもうない。
エヴァから平和な世界の住人がいなくなっても、もはや戦況に変化はないはずだ。
それに最終的にはこの世界の事はこの世界の住人たるシンジ達自身の手で解決しなければいけない。
今まで自分達がやってきた事はそのためのものだったのだから。
カヲルは意を決すると操縦席のシンジに顔を近付けた。
「シンジ君」
「え?」
「僕達はここでお別れだ」
「ええっ!?」
突然の言葉に驚くシンジ。
厳しい表情でカヲルは言葉を続ける。
「シンジ君、僕らは君やアスカ君に元気になってもらいたかった。向こうの平和な世界へ連れていったのもそのためだ。そして君達に希望を持って欲しかったんだ。君は一人じゃない、君を見ている人間がいるという事を知ってもらおうとした。シンジ君、君はサードインパクトの危機を乗り越えるだけの強い心を持たないといけない。そのための力を、希望を僕らが与えられたら・・・そう思って行動してきた」
「・・・・・・」
シンジは真剣な眼差しで話すカヲルを半ば呆然と見ていた。
敵との戦闘という状況の中、唐突なカヲルの言葉・・・しかも別れのための。
シンジは心の整理が追いつかないでいた。
「僕らは君達の手助けは出来る。だけど最後は君自身でケリをつけねばいけないんだよ。僕らのやれる事は全部やったつもりだ。だから僕らはここで帰ることにするよ」
カヲルはここでシンジに優しく笑って見せた。
困惑するシンジの心を解きほぐすために。
ここからは使命感を忘れ、カヲル自身の個人的な気持ちを話しておきたかった。
「君に会えたことは僕にとって無情の喜びだった。自分の世界に戻っても僕は君を見続けているよ。君がサードインパクトを阻止して生き延びてくれると僕は信じている」
「・・・・カヲル君」
やっとのことでシンジは声を漏らした。
不安に色取られたか細い声だった。
「お別れって・・・もう会えないの?」
「正直言ってこれ以上この世界に干渉していいのかと疑問を感じた事もあった。だけど・・・・・シンジ君、君ともう二度と会えないなんて思いたくない」
『カヲル君、僕にも言わせてよ』
シンジも操縦席の前に顔を出してシンジを見た。
『ええっと・・・シンジ君、ってなんか言いにくいな。君を窓から見ていて・・・そして君と会ってから後、前より僕は僕自身と僕の周りがなんとなく見えるようになった気がする。この世界に来てそれまで僕には当たり前だった事が・・・実はとても大事なんだって分かってきたんだ。だから・・・なんて言うか、要するに君にも大事なものを失わないようがんばって欲しいんだ。そう、君にも守らないといけないものがあるんだから・・・』
ぎこちない中に誠実さを感じさせるシンジの語り口。
シンジは無言でそんなもう一人の自分の顔を見ていた。
同じ姿、同じ顔。
なのにどうしてこんなにいい表情、好感の持てる雰囲気が出せるのだろう。
自分にはこんな顔ができるのか・・・
『自信を持って!君ならできる。今までエヴァで戦ってきたんだろ、そんな事僕にはとても無理だよ』
「ちょっと、何話し込んでんのよ!こっちは活動限界近付いてんのに!」
けたたましい声が通信機から飛び込んできた。
「あっアスカ・・・」
「あのトカゲどもいつ動き出すか分かんないんでしょ!あいつらに槍が戻ってるのよ!」
『待ちなさいよ、あたしだってシンジに言いたい事があるんだから!』
「なんですってえ!」
「活動限界まであと2分40秒です」
事務的な声でマヤが報告する。
聞き流しながらミサトは眉をひそめてプラグ内を映すモニター画面を睨んだ。
依然青白い輝きで閉ざされた画面だが・・・・
(声だけ聞いたらシンジ君とアスカが二人いる様に聞こえる・・・今まで画面が見えないから考えもつかなかったけど、逆に言えばだからこそ画面を見えなくしたんじゃ・・・?)
突拍子もない考えだがここまで声が同じなら可能性があるという気になってきた。
ミサトは自分の仮定に基づいて彼等の会話を聞いてみる事に決めた。
目を閉じると聴覚に神経を集中させる・・・・・
『シンジ・・・あんたとはいい出会いをしたと思うわ。ちょっと大胆になっちゃったけど』
「え・・・・・あ!」
一瞬、考えてからシンジは彼女の言った意味を理解した。
あの時は分からなかったが、病室での抱擁が平和な世界のアスカとの初めての出会いだったのだ。
こんな状況にもかかわらず、シンジの顔が赤く染まった。
『本当はもう一度会ってあんたに触れてみたかったけど・・・頑張りなさい、バカシンジ!』
「もういいでしょ、本当に時間ないんだから〜!」
「活動限界まであと2分30秒です」
『む〜、そんな言い方ないでしょ!』
「ねー、私も言わせて」
「だからアンタ!」
「碇く〜ん、ラブしてるよ〜ん!だからまけないでー!!」
「あ、綾波・・・」『え!?綾波・・?』 『あんた・・・?!』
「綾波ぃ??」
閉じていたミサトの目が点になった。
「も〜!みんな好き勝手に!時間が・・・」
『アスカ!』
「なによ!!」
『アスカの優しさはよく知っているよ。キョウコおばさんにあんなに嬉しそうにくっ付いていたのを見てアスカも普通の女の子なんだって・・・』
「ア、アンタあっちのシンジだったの?」
『うん。僕は帰るけどこっちの僕をちゃんと見ててあげてよ。二人で力を合わせなきゃいけない時なんだから』
「・・・・」
「ねー時間ないんじゃなかったのー」
「活動限界まで後2分15秒です」
本来残り時間は戦況の変化などによる節目を見極めタイミングよく報告するものだ。
しかし今は何故かプラグ内の会話の内容に合わせて報告しているマヤだった。
『あんたじゃ心配だけどシンジを頼むわよ!』
「アンタなんかに言われたくないわよ!!」
『なんですってえ!』
「さっきまでトカゲにおびえてたくせに」
『むむむ、あんたやっぱりいや〜な性格だわ!』
「ふんだ、アンタほどじゃないわよ」
『この〜!!』
「ぐぎゅっごの〜!」
『えげっ』
「ねー首絞め合ってるよー」
「後2分5秒です!」
「細かすぎるよー、マヤ」
ぎくっ「は、はい?」
「二人とも止めるんだ、今別れの挨拶してるんだから。最後に約束してほしい。シンジ君・・・・」
カヲルは手を差し伸べるとシンジの手をとった。
握る手に力がこもり、シンジを見つめるカヲルの真紅の瞳が真剣なものになった。
戸惑うシンジにカヲルは毅然とした口調で言った。
「もし・・・たとえ何があっても自分を見失わないで欲しい」
「・・・・」
声を出せないシンジを見て、シンジもカヲルにならって二人の手の上に手を重ねた。
『僕からも・・・約束してよ』
カヲルの言う約束の意味がよく理解出来ない。
しかしシンジには二人の手から伝わるぬくもりに応える以外の方法など思い付かなかった。
シンジ二人の手を握り返し、口を開いた。
「うん・・・」
「ねーアスカー」
『分がっでるわよ、ぎょうはごれ位にしであげるわ!』
「いぢゅか決着じゅけてやる!」
ばっ
同時に互いの首から手を引き剥がした。
『ふん、サヨナラ。シンジ、またね〜!』
「はん、バイバイ。レイ、シンジ、ついでにカヲル、じゃあね!」
「アスカ、碇君、元気でね。アスカ、行くよ・・・」
「シンジ君、さあ行こう」
「うん・・・」
重ね合った手をそっと解くと、カヲルはシンジと手を繋いで眼前に浮かぶ八角の窓を見た。
座席に座るシンジの前に出て、窓に手を触れた。
更にゆっくりと顔を近付けていく。
窓と顔が接しようという瞬間、カヲルはシンジに振り向いた。
「シンジ君・・・・・ありがとう」
カヲルは恐らくはこれまで生きてきた中でも最高の笑顔をシンジに贈った。
「カ、カヲル君・・・」
そのままの状態でカヲルの笑顔は窓にすいこまれていく。
シンジも笑顔で手を振りながら後に続いていった。
にこっ
はち切れんばかりの笑顔をアスカ振りまいてレイは窓に突き進んだ。
「ずっと親友だよ、アスカー」
言いながらレイの体が頭から窓にずぶっと入っていく。
お尻だけになったレイに続こうとするアスカが一瞬、躊躇するとアスカを睨んだ。
『あんたしかいないから言うけど!』
それまで険しかったアスカの表情がくずれ落ち、懇願を意味するやるせないものに変わった。
『・・・・シンジの力になってやって、御願い!』
言い終わるやアスカは振り切るようにして窓に飛び込んでいった。
「!・・・・」
あっけに取られるアスカの前で二人を呑み込んだ窓がきらめきながら縮小していく・・・・
シンジは消えてしまった窓のあった部分を漫然と見つめていた・・・・・
エヴァ>
『げほっげほ・・・』
『ごほ・・うう〜気持ち悪い・・・』
「げげ・・・ほえ〜吐いちゃった。これはエヴァ酔いっていうのかな」
『バカ〜、汚い話するな〜!』
元の世界に帰ってきた4人がまず行ったのは、体内に残ったLCLを吐き出す作業だった。
各々四つん這いになって口から黄色っぽい液体を絞り落としていく。
それが終わると彼等はコンクリート地面に腰をおろし、空になった肺に新鮮な空気を送り込み始めた。
はあ、はあ・・ふう・・・ふう・・・
呼吸を整え終えるとアスカが不快そうに叫んだ。
『べとべとじゃない!なんとかならないの!!』
アスカはもちろん、全員の体は粘性の高いLCLにまみれている。
これだけぬるぬるしていれば不快なのは当然だろう。
『あ〜シャワー浴びたい!』
「アスカ、ここ学校の屋上だよー。給水塔にでも飛び込む?」
『できるか〜!』
「気にしている時間はないんだ!向こうの様子を見なければ」
カヲルの切迫した声に皆は窓のほうに振り向いた。
二つの窓にはそれぞれシンジとアスカの姿が映し出されている。
自分の窓に近付きカヲルが手をかざすと、目まぐるしく窓の映像が移動して2体のエヴァの姿を映し出した。
かざした手を下ろすとカヲルは正座した。
窓の向こうの世界の様子を瞬きもせずに見つめる。
シンジとアスカもそれにならった。
一方、レイは自分の窓の映像を移動させながら首を傾げていた。
(う〜ん、どっしよっかな?そーだ)
窓の映像をあれこれ移動させて目的の人を検索していく。
(うー、どこだろう・・・・?)
平和>
「な、何・・・?」
目を丸くさせながらミサトの凝視するエヴァのエントリープラグ内の画面には、さっきまで輝いていた青白い光が消え去りシンジとアスカの姿が映し出されていた。
なによりミサトを驚かせたのは、プラグスーツ姿で乗り込んだ筈の二人が制服を着ていた事だった。
うろたえながらミサトは二人に問い質す。
「いったい・・・なにがあったのよ!説明して!!」
「うるさいわね、そんな時間ないわよ!マヤ?」
「は?・・」
「時間よ!アンタの仕事でしょ!」
「あ、はい後1分20秒です」
「よ〜し、シンジ、行くわよ!」
「あっ!!」
シンジの驚きの声と共に、それまで槍に貫かれ身動き一つしていなかったトカゲ共が一斉に動き出していた。
エヴァ>
「また動きだしたか・・・」
カヲルは唇を噛んだ。
敵のエヴァシリーズの力を読み切れなかったのは不覚だった。
もっとも今まで実戦投入が成されていなかったため、ゼーレですらその能力を計り知れないという事情もあり、仕方ない事でもあったが。
三人の視線がカヲルの窓に集中している最中、レイは今だ自分の窓の映像を移動させていた。
(・・・・見つけた!ふぇっ?)
窓の中ではジオフロント最下層の通路を進むゲンドウ、そしてその後ろをついていく目当ての人物の姿が映っていた。
しかしその人物は・・・・
(すっ、すっぱだか〜!!)
レイは口を両手でふさぐと横目でちらりとカヲル達を盗み見た。
三人はカヲルの窓を見るのに夢中でまだこちらの様子に気付いてない。
(これは・・・私の裸は見せられない!・・・黙ってよーっと)
平和>
十字架に磔にされた全身真っ白の巨人。
唯一白くない部分である紫色の顔には生命感のない7つの目が縦2列に並んでいる。
彼女はこのジオフロント最下層にて、今日という日が来るまで待たされ続けていた。
彼女自身の意志ではなく、第18使徒たる人類の中のただ独りの者の意志で。
そして今彼女の足下でそのただ独りの者と、彼女の一部を共有する者が彼女の姿を見上げていた。
広大な空間を支配している静粛が1滴の雫の落ちる音で乱された。
朱色のLCLの泉に真円の波紋が広がっていく。
泉の縁に腰掛けていた人影がゆっくりと立ち上がった。
「お待ちしておりましたわ」
羽織っていた白衣のポケットから拳銃を取り出し、リリスと向き合うゲンドウとレイに銃口を向けた。
二人はリツコに向き直った。
憎悪と悲しみに満ちた瞳・・・・
感情を表さぬ冷徹な瞳・・・・
二つの視線が交錯する。
レイは定まらぬ焦点でリツコの姿を眺めていた。
今彼女は心の中では全く別の物を見ていたのだ。
優しい笑顔で自分を見るシンジ・・・そしてアスカ・・・・
二人がレイに話し掛けた。
レイは小さくうなずいた。
エヴァ>
(げげ、やばい雰囲気・・・でも渚君や碇君には言えないし・・・・アスカは・・・やっぱダメ!う〜、なんで裸なのよ〜!)
平和>
立ち上がったトカゲは自らの胸を貫いている槍をつかむと、引き抜き始めた。
それは槍を自らの武器として使うためであるのは明らかだった。
みすみすそれを許しておくアスカではない。
弐号機は一番近くにいたトカゲに向かって突進した。
「させるか〜!!」
引き抜きかけた槍をトカゲの手を掴んで押し戻すと、一気に胸から股間まで切り下ろした!
胸から下が左右に広がり沈んでいくトカゲだが、それでも槍を持つ手を離さない。
弐号機との槍の取り合いが始まった。
「え〜い、渡しなさいよ!」
「アスカ!危ない!!」
シンジの叫びにアスカが振り返ると、槍を引き抜き終わったトカゲ共が弐号機を狙いを定めんとしている所だった。
「ちっ」
舌打ちしたアスカは自分が初号機を盾にするのを忘れていた事に気が付いた。
初号機が慌てて弐号機に駆け寄ろうとした瞬間、一本の槍が弐号機に向けて投げ放たれた。
「あっ」
駆け寄る初号機の前を槍は一直線に通過していった。
(間に合わない!!)
きんっ!
弐号機の手前で八角形の光の壁に阻まれ、槍は停止した。
しかしそれは一瞬の間の事で、槍は壁を突き抜けて再び直進する!
どしゅっ!
「・・・・・槍2本いただき!」
「ア、アスカ・・・」
槍がトカゲの頭部を貫いていた。
アスカは咄嗟に槍を取り合っていたトカゲを盾にしたのだ。
安堵のため息を漏らすシンジに通信機からミサトの厳しい声が響く。
「二人とも、次が来るわよ!」
ミサトが言い終わる前に三本の槍が弐号機めがけて別方向から飛んできた。
「うあっ」
かきんっ!きんっ!!
前方からの二本の槍はATフィールドに止められたが、横からきた残り一本が弐号機の肩を刺し貫いた!
「きゃあああああ!」
「アスカ〜!!」
初号機が宙を飛んだ。
持っていた槍を弐号機のATフィールドを突き抜けんとする二本の槍に向けて振り下ろした。
がきいいいい!
槍と槍がぶつかり合い火花が飛び散った。
しかしシンジの一撃をものともせず、二本の槍は壁に徐々にめり込んでいく。
壁の向こうには肩の痛みに悶え苦しむ、弐号機の無防備な姿があった。
必死の形相でシンジは槍を持つ初号機の両手に力を込めた!
「ううううう・・・うわあああああ〜!」
「し、初号機のシンクロ率が急上昇しています!!」
「なんですって!!」
マヤの報告にミサトが声を上げた。
主スクリーン上ではATフィールドに突き刺さった二本の槍を強引に押し下げる初号機が映っている。
そのあまりにもパワフルな姿にミサトの脳裏に不安がよぎる。
(暴走なの?!これは)
もしそうならこの先いったいどうなるのか?
(まさかまた400%まで上昇なんてことは・・・・!)
慌ててミサトがマヤにシンクロ率を聞こうとしたその時、初号機の背で光が弾けた。
「えっなに!?」
軌道をねじ曲げられた槍達がATフィールドを突き抜けると天にすい込まれていった。
「・・・な、なに?」
痛みに耐えながらも槍が来ない事をいぶかるアスカは、メインモニターに映る初号機の姿を見る。
「こ、これは!!なんなのよ?!」
エヴァ>
『なんなのよ・・・いったい』
『・・・・・』
初号機の背中から生えた鈍い光が巨大な鋭角的な羽を形作っていた。
無気味な輝きを背に今、初号機は両の足を大地から離し宙に浮きあがらんとする。
窓の向こうで繰り広げられる余りに異常な事態に、狼狽しながらシンジは疑問の眼をカヲルに投げかけた。
しかしシンジの問いかけにも気付かずに、カヲルは驚愕の表情で窓を凝視している。
シンジは彼の知る以上の事が窓の向う側で起こっているのを理解した。
『カヲル君・・・・』
窓から視線をはずさず声をかけるシンジにカヲルも窓を見つめながら応えた。
「ああ・・・初号機にはこんなこともできるんだね」
『どうなるんだろ?』
「僕は人とは違う特別な力で向こうの世界のどんな所でも自由に見聞きする事ができた。だけど僕は先の事が分かる予言者じゃないんだ・・・・・今はシンジ君を信じる以外できることはない」
(あ〜、どうにかしなきゃ!でもどーしたらいーの?)
レイは自分の窓を見ながら額に汗してうろたえまくっていたが、それでも三人に事態を伝える気にはなれなかった。
平和>
「ごめんなさい、あなたに黙って先程マギのプログラムを変えさせてもらいました」
右手の銃をゲンドウに狙いをつけたままリツコは残る手を白衣のポケットに差し入れた。
ゲンドウは全く動ずる様子もなくリツコを見据えている。
「娘からの最後の頼みよ。母さん、一緒に死んでちょうだい」
リツコはポケットの中の手を動かした。
目を閉じるとじっとその時を待つ・・・・・・・・
・・・・・リツコは目を開いた。
当惑の表情と共に。
「作動しない!何故?」
ポケットの中で操作した物を急いで取り出す。
携帯型のリモコンの様な装置。
それは母が娘に残した巨大な遺産の端末であった。
グラフィックに唯一真っ赤な色で表示された文字がリツコの瞳を釘付けにした。
否定
「カスパーが裏切った?母さんは娘より自分の男を選ぶのね!」
マギの中でも母の女の部分を移植したカスパー。
それが自分が愛し、捨てられ、そして復讐しようとした男を守った。
予想もしなかった母の裏切りに、打ちひしがれたリツコの体がしぼむ様にうなだれていく・・・・・
・・・・・脱力した体でリツコはゆらりと顔をもたげ、虚ろな瞳でゲンドウを見た。
今度は彼が自分に向けて銃を構えていた。
もはや恐怖はかけらも感じはしなかった。
・・・・・ゲンドウの唇が動いた。
エヴァ>
(あっあぶない!!)
レイは窓の映像を瞬時に移動させリツコの背後に固定すると、無我夢中で両手を突っ込んだ!!
平和>
リツコは一瞬眼を見開き、そして悲し気に微笑んだ・・・・
「うそつき・・・うぁ!」
銃声が轟いた。
エヴァ>
レイは白衣をつかむと思いきり引っ張った。
窓の向こうのリツコの体が後ろに反り返り、足が地面を離れ上を向いた。
レイは両手を白衣から離して窓のこちら側に引っ込める。
リツコは頭から背後にあるLCLの泉に突っ込んだ!
ばしゃん!!
レイは泉に落っこちたリツコの安否を確かめようと、窓の映像を泉に移動させる。
窓から見た泉の水面からリツコの足だけがにょっきりと生えていた。
逆さになった二本の足は彫像のように固まり動こうとしない。
「・・・・・無事なの?」
・・・・・・・二本の足が突然ばたつき始めた。
じたばしゃじたばしゃじたばしゃじたばしゃ・・・・
「無事みたい♪」
平和>
「レイ!?」
ゲンドウの表情が驚きの色を浮かべていた。
彼の前にはレイの展開した八角形の壁が輝いている。
彼の撃った弾丸は彼女のATフィールドに弾かれていたのだ。
当惑するゲンドウが声をもらす。
「何故だ・・・」
ATフィールドの向こうに見えるリツコのじたばたする足を眺めながらレイはつぶやいた。
「人の命は誰でも大切だから・・・・」
「!?・・・」
いったい何故こんな事を言うのかゲンドウには分からない。
そしてこの言葉が元々は誰の言葉だったかも・・・・
(碇君、これでいいのね・・・)
ゲンドウは泉のほうを見た。
依然、水面でリツコの足だけが賑やかにLCLのしぶきを跳ね飛ばしながらじたばたしている。
あの状態ならしばらくは邪魔になる事はなさそうだ。
そして何よりレイの行動にゲンドウは動揺していた。
彼は銃をもう一度撃つのを諦めた。
レイはゲンドウの銃を持つ手が下がっていくのを確認すると、ATフィールドを解いた。
ゲンドウは銃を捨て、着けていた手袋を脱ぎ始めた。
レイの言動に疑問があろうとも、とにかく時間がない。
急がねば・・・・・
宙に浮かんだ初号機に呼応して、トカゲ共も羽を広げ飛び上がらんとしていた。
アスカの倒した一匹を除いた八匹が、そのうち三匹が槍を持っている。
彼等の狙いは今や自分達と対等の能力を持った初号機のみだった。
シンジには何故こんな羽が初号機に生えたかを考えている暇はなかった。
今はこれから繰り広げられる筈の空中戦に全力を注がねばならない。
しかも味方は飛べない弐号機のみなのだ。
「あと20秒です!」
アスカは通信機から聞こえるマヤの声にいら立ちを隠せない。
これではトカゲ共全部を細切れにするどころか、さっき倒したトカゲをバラバラにする時間もない。
「間に合わないじゃないのよ!」
やれるとこまでやって後はシンジに任せるのか・・・?
他力本願な考えがますますアスカを苛立たせる。
さっき受けた肩の痛みを忘れる位に。
弐号機の前を盾となるように浮かぶ初号機を上昇した八匹のトカゲが取り囲むと、一斉に襲い掛かった。
八方向から迫り来るトカゲ、そして槍を構えて迎撃体制をとる初号機。
「この!」
初号機の真後ろから飛んで来るトカゲが途中で墜落した。
アスカが投げた槍が命中したのだ。
続けて二の矢を放つ。
今度は斜め後ろのトカゲが撃墜される。
三の矢は打てなかった。
トカゲ共が初号機まで到達してしまったのだ。
「うわあっ!」
初号機は槍を振り回し群がってくるトカゲを薙ぎ払おうとする。
一方トカゲ共は初号機を捕獲するため十二本の腕を四方八方から伸ばしてくる。
「やめんか〜!」
弐号機が下から槍を振り上げてトカゲの胴を切り裂いた。
ちょん切れたトカゲの下半身がどさっと地面に落ちた。
それでも上半身は初号機を掴んだままぶら下がっている。
「しつこい!」
「あと10秒!」
初号機にどんどん絡み付いてくるトカゲ共の手。
暴れて振り放そうとするが次第に身動きが取れなくなっていく。
遂に初号機を取り押さえたトカゲ共が上昇を始めた。
「あ、この!」
自分との距離が離れていく初号機を見て、アスカは咄嗟に弐号機をジャンプさせた。
初号機の腰に取り付き左手を回した。
「ア、アスカ!!」
驚くシンジに構わず槍を持つ右手でトカゲ共を攻撃する。
槍を突き立ようとする弐号機だが不安定な体制では効果があがらない。
その間もエヴァでできた塊はどんどん地面から距離が離れていく。
「あと5秒!」
「えい、この、この!」
「アスカ!」
余りに無謀なアスカの行為にシンジは初号機の手を弐号機に伸ばそうとするが、トカゲ共に阻まれて身動きできない。
(弐号機が停止したら・・・落ちてしまう!)
シンジの焦りも物かは、やっとトカゲの一匹の背に槍を突き刺すと弐号機は初号機からトカゲの体に飛び移った。
刺さった槍を抜き取ると体を反らして振りかざした。
「えい!」
槍が振り下ろされトカゲを真っ二つに切り裂く!・・・・事ができなかった。
「!」
「弐号機、活動停止です」
通信機からマヤの声が空しく響いた。
身を反らせたまま硬直した弐号機の体がゆっくりとトカゲから剥がれ落ちた。
すでに遥か彼方となってしまった大地に向けて、弐号機は自由落下を開始した。
「アスカ〜!!」
シンジの叫びと共に初号機がまとわり付いていたトカゲ共を振り飛ばそうとした!
さっきまでとは別人のような初号機のパワーにトカゲ共の体がいっぺんにはね飛ばされていく。
邪魔者がなくなった初号機はすでに赤い点となった弐号機を追って急降下を始めた。
「アスカ〜!」
主スクリーンは空を見上げる視点になっていた。
そこには次第に大きくなっていく弐号機の姿とそれを追う初号機が映っている。
(活動停止しているからATフィールドがはれない!)
苦痛に満ちあふれたミサトの表情が祈る様なものに変わる。
「何もしてやれなかった・・・・シンジ君、アスカを助けて!!」
エヴァ>
『アスカ!!』
「アスカ君!」
『ああ・・・』
(何するんだろ、このおっさん・・・ほえ!?)
平和>
「この〜、動け!動け!動け〜!!」
アスカは叫びながらインダクションレバーを揺さぶり続けていた。
落ちる恐怖より目的を果たす事もできず、何もかも終わってしまおうとしている事に怒り狂って。
目的・・・そう、それは・・・・
「そうだ・・・」
あれほど強烈だったアスカの怒りの感情が急激に退いていく。
本来の目的を思い出したのだ。
「・・・・ママ!答えて!ママ・・・・そこにいるんでしょ・・・・・・ママ!!」
槍を振りかざしたポーズのまま仰向けに落下を続ける弐号機。
初号機は弐号機に落ちるより遥かに早いスピードで接近してゆく。
地面はもうすぐそこまで迫っていた。
「アスカ!アスカ!」
シンジの呼び掛けにも返事はない。
焦るシンジは初号機の手を伸ばして弐号機を捕まえようとする。
その指先が弐号機の胸に触れた。
「ママ〜!!」
まだ・・・生きていなさい
まだ死んではだめよ
殺させないわ
まだ・・・死なせないわ
死んでちょうだい、一緒に・・・
「ママ〜!!」
どおおおお〜〜ん!!
大音響と共に凄まじい衝撃が大地を揺るがした。
弐号機は地面に敷かれた薄い八角形のベッドに横たわっていた。
ゆったりと、いかにも安心しきった風情で・・・・
「ATフィールド!暴走?」
驚嘆の声を漏らすマヤ。
諭すようにミサトが答える。
「暴走じゃないわ。あんなくつろいだ暴走もないでしょ」
「はあ・・・」
ミサトの表情はすでに穏やかなものに変わっていた。
「そうか・・・・会えたのね・・・ママに」
エヴァ>
『はあ・・・』
『よかった・・・』
「無事だね・・・一応」
平和>
「ママ・・・・アタシを守ってくれたのね。ありがとう、ママ!」
地面に激突せんとする瞬間、アスカには感じる事ができた。
幼い頃に見て、聞いて、触れた、あの時の母の姿、声、ぬくもり・・・・
それは事故で廃人になる前の母そのものだった。
嬉しさに身を震わせるアスカの耳に情けなさそうな声が聞こえた。
「アスカ〜・・・」
「?」
アスカは弐号機をATフィールドのベッドから起き上がらせた。
見ると弐号機の傍らには頭を地面にめり込ませた初号機が逆立ちをしていた。
初号機が捕まえようとした瞬間、弐号機がATフィールドを張って急停止したため、自分だけトップスピードで地面に激突してしまったのだ。
もちろん初号機もATフィールドがあるので、格好が不様なだけで特に損傷はない。
「アスカ、大丈夫?」
「それはアンタでしょ!」
「大変です!総司令!」
「わちゃ!だから総司令はやめてよ、せっかく忘れてたのに」
マコトの叫びにがくんと体勢をくずしかけるミサト。
お構い無しにマコトは言葉を続ける。
「大気圏中をこちらに向かって接近する物体があります!方向からみて恐らく月から・・・・」
「月から?じゃあ!」
その時ミサトの背後で鋭い声が響いた。
「いかん、ロンギヌスの槍か!」
ミサトは後ろを振り返る。
緊張と焦りに満ちた顔がそこにあった。
それまで沈黙を通してきた冬月が堪えきれずに漏らした声だった。
彼の表情から事態の重大さを見て取ったミサトは、前に向き直ると主スクリーンに怒鳴った。
「シンジ君、月からこっちへロンギヌスの槍が飛んで来ているわ!気をつけて!!」
地面から頭を引っこ抜いている最中の初号機に代わり弐号機のアスカが返事した。
「ロンギヌスの槍?オリジナルのやつね、ミサト!」
「そうよ、武器としてでなくサードインパクトを起こす道具としてこちらに接近している。そうですね、副司令?!」
「そうだ」
「なによそれ、武器になんないの!?」
「シンジ君!」
「は、はい」
「敵は初号機とロンギヌスの槍でサードインパクトを起こすつもりよ!負けないで!」
「負けないでってどうすればいいんですか?」
「戦って!槍と初号機を敵に利用させないように」
「だからそれ、どう戦うんです?」
あまりに漠然としたミサトの命令にシンジは困惑する。
少しは具体的な事を言ってくれないと。
しかしシンジの困惑などに槍は待ってはくれなかった。
「来ます!」
マコトの声と共に天空に一条の光がきらめき、物凄い勢いで接近してくる。
初号機と弐号機は空を振仰いだ。
上空に浮かぶトカゲ共は、光の筋を何をするでもなく傍観している。
不振に思ったミサトが冬月に問う。
「副司令、槍は敵が呼び寄せたのですか?」
「いや、覚醒した初号機に引かれて来ているのだ」
「ということは初号機が的ってことね、バカシンジ!」
「僕がひょーてき!」
狼狽したシンジはあたふたと初号機を身構えさせた。
超高速で飛んでくる槍に対しては意味ないが、他にする事も思い付かないシンジの精一杯の行動だった。
上空のトカゲ共が道を譲るように輪を広げた。
接近する光の筋がその輪の中心を突っ切っていった。
初号機の真正面にロンギヌスの槍の鉾先が迫る!
「このおおお〜!!」
ずしゅりっ
・・・・・肉を貫く嫌な音とともに二股の槍の動きが停止した。
真直ぐに突き出した右手の付け根から肩の辺りまで入り込んだロンギヌスの槍。
本来の標的の前に踏み込んだ邪魔者に槍は行く手を阻まれていた。
「ぐうううう・・・」
「アスカ!!」
眼前で槍に腕を貫かれた弐号機の姿に驚愕するシンジ。
弐号機が槍に貫かれた事のみならず、アスカが自ら盾となった事実がシンジの驚きを倍加させていた。
しかし驚きに思考停止している時間を槍はシンジに与えてはくれなかった。
正面スクリーンに映る弐号機の背中の肩甲骨辺りから、再び動き始めた槍の鉾先が顔を見せたのだ。
一方弐号機は残る左手で右手首から出ている槍を掴んで引っ張り始めた。
「・・・・たかが槍のくせして・・・逆らうなああ〜!」
「アスカ!」
初号機はあたふたと弐号機の前に回り込み、一緒に槍を引き抜きにかかった。
「神経カット、急いで!!」
慌ただしく叫ぶミサトにマヤの返した声は悲痛な色に染まっていた。
「だめです・・・」
「どうしてよ!?」
「弐号機は暴走状態です。こちらの干渉は受け付けません・・・」
うなだれるマヤの姿にもミサトは納得できず声を張り上げる。
「どうしてよ!あんなに、あんなにしっかり動いて・・・シンジ君を守ろうとまでしてるのに・・・・どこが暴走よ!!」
主スクリーンには必死に槍の力に逆らい引き抜こうとする二人のエヴァの姿が映っている。
そしてスクリーンの端には右手の痛みに耐えながら、鬼神の形相で弐号機を動かすアスカの姿が映っている。
シンジも別人のように険しい表情で槍を引っこ抜こうと懸命になっている。
それなのに・・・それなのに・・・・・
「なんで見てる事しかできないのよ!!」
エヴァ>
『なんで見てる事しかできないのよ!!』
アスカがカヲルに今にも襲い掛からんばかりに詰め寄る。
『これまであんたの力であれだけうまく事を運んできたじゃない!』
「だから僕は予言者じゃないんだ。いくら僕でも先の事はわからない」
『先じゃなくて今よ!出来る事なんていくらでもあるでしょ!?あんた二つの世界を行き来できるすごい人でしょが!!カヲル、なんで急にこんなダメダメになっちゃうのよ!さっきまでとは別人じゃない!!』
目と鼻の先で口泡飛ばしてがなりたてるアスカにさすがのカヲルも色を失っていた。
今のただ見ているだけの状態にカヲル自身もやりきれないものを感じていたのだ。
いくら戦闘の凄惨さをシンジ達が味わうのを避けるためとはいえ・・・
首から先だけでも残っておくべきだったか?
しかしそれだとシンジ達も同じ事をやろうとするだろう。
それでは彼等に凄惨な戦いを体感させないようこっちへ戻って来た意味が無い。
それにカヲルには、こだわりがあった。
シンジ達も解っている事だがカヲルはもう一度口にすることにした。
「最終的には彼等の世界は自分自身の手で守ってほしい。僕らの手を借りずに。僕らがこれまでやってきた事はそのためのものだったんだから・・・」
『アスカ・・・』
シンジがアスカの肩に手を置いて話し掛ける。
『カヲル君だって僕らと同じただの人だと思う。どんな凄い力があっても超人でも使徒でもないんだ。だからあまり無理を言っちゃあ・・・』
アスカがシンジに振り返り言い返した。
蒼い瞳をやるせなさでうるませながら。
『分かってるわよ!だけど向こうのシンジも普通の人よ!うまく守れたらいいわよ!自分の世界を・・・・でももしうまくいかなかったら!今だってあの槍に苦しんでるじゃないの?あいつが・・・シンジの代わりに!!だから自分自身の手で守るとかどうとかいう前に、なり振りかまってる場合じゃないわよ!!』
アスカの訴えかけにシンジも言葉を失った。
何ができるのか見当もつかない、だからといって何もしないで見ているのはシンジにも心苦しい。
シンジはカヲルを見た。
アスカが自分に見せたようなやるせない眼で。
観念した、といった風情でカヲルはため息を漏らした。
気休め程度にしかならないかもしれないが、黙っておく理由もない。
「・・・・僕も考えていない訳じゃないんだ。もしサードインパクトが起こりそうになったら・・・・・二人をこちらの世界に避難させようと考えている。初号機にシンジ君がいなければサードインパクトが起きるのを遅らせられるだろう。最悪の場合の話はしたくはないけどね・・・」
(あやややや〜、なにあの手?)
自分の窓に夢中のレイは、あれほど緊迫した三人の会話を全く聞いていなかった。
平和>
じたばしゃじたばしゃ・・・・
白い巨人を背にして無感動に立ち尽くすレイ。
そしてレイと向き合うゲンドウの右手にはさっきまでつけていた手袋が握られていた。
左手はポケットに入れられたままだ。
「アダムはすでに私と共にある。ユイと再び会うにはこれしかない。アダムとリリスの禁じられた融合だけだ」
ゲンドウが話している間にレイの視線が手袋を持つ手に移る。
レイの耳にはゲンドウの声も泉のLCLがばしゃつく音も聞こえていなかった。
ゲンドウ自身ではなくただその右手だけが興味の対象だった。
「時間がない。ATフィールドがお前の形を保てなくなる」
ゲンドウは手袋を落とした。
「始めるぞ、レイ。ATフィールドが・・ぬあ?!」
ゲンドウの前口上を待ちきれず、レイは彼の右手を捕まえた。
人の胎児のような物体が手のひらに埋まっているのをレイの紅い瞳が確認する。
持った手を自分の胸元に引っぱり込んだ。
音もなくゲンドウの右手がレイの白い肌に埋没していく。
「レ、レイ?」
狼狽するゲンドウだがレイのした事はこれから自分のやろうとしていた事だった。
疑問は大いに残るが時間がない以上レイに問いかける手間はかけられない。
乱れる心をどうにか押さえ付けてゲンドウは作業を続けようとした。
自分の目的・・・ユイとの再開のために。
「!?」
ゲンドウの右手ががくんと下がる。
レイが自分の胸に入っているゲンドウの手を掴んだまま腹まで引き下ろしたのだ。
自分のやろうとしていた事をずんずん先にやっってしまうレイ。
いったい何がレイにそうさせるのか?
「レイ・・・お前は・・・?」
じたばしゃじたばしゃ・・・・
「遂に我らの願いが始まる」
暗闇の中、輪になって向き合うモノリスの群れが歓喜の声をあげていた。
「ロンギヌスの槍もオリジナルがその手に還った」
「敵のエヴァが無駄な抵抗をしているが長くはもつまい」
「いささか数が足りぬがやむおえまい」
他のモノリス共が浮かれるなか、キールのモノリスが誰に聞かせるでもなしに呟いた。
「初号機の自爆はやはりはったりだったな・・・碇め、つまらぬ小細工を・・・」
しかしそれはゲンドウの健在をも意味する。
彼は葛城ミサトの反乱で粛正などされていない訳だ。
「奴に死を与えるのはやはり儂だったな。ふっ・・・」
初号機の背中に生えた二枚の光の羽が十字の形に変型していた。
弐号機の腕から背に突き抜けたロンギヌスの槍は、二体のエヴァの努力も空しく抜き取る事ができない。
彼らに撃墜されたトカゲ共が立ち上がり、何度目かの再生を果たすと空に羽ばたいた。
上空で待つ仲間と合流し、横一直線にフォーメーションを組んだ。
残る二体の到着までの待機体勢に入ったのだ。
彼らを仲間として迎え入れるために。
「うあ!」
がくんとした衝撃にアスカが声をあげた。
槍が弐号機の足を地面から引き離したのだ。
弐号機の腕を掴んでいる初号機も槍に合わせて上昇を始める。
操縦者の意志などまるで無関係だった。
「この〜!こっちにはママがついてるんだから!負ける訳にはいかないのよ〜!!」
宙をさまよう両足をばたつかせ、暴れる弐号機。
自力で上昇する初号機に比べ、腕を貫いた槍にぶら下がっている弐号機の姿は余りに悲壮なものだった。
「アスカ!」
見かねてシンジが初号機で弐号機を抱きかかえようとした。
「なにやってんのよバカシンジ!アタシを気にしてる場合じゃないでしょ!!」
「だって、だって・・・うっ」
「シンジ!?」
背後に輝く十字の光がみえない力を発し、初号機を磔にせんと引き付けていく。
初号機の両腕がじりじりと真横に広がり始めた。
強引な力で初号機の腕を広げる感覚がシンジの両腕にもフィードバックされていく。
必死の抵抗を試みるシンジの顔に苦悶の表情が浮かぶ。
圧力に耐えながらシンジはモニター画面を見た。
そこにはシンジの様子にうろたえ、焦るアスカの顔が見えた。
「うっく・・・ちくしょう!・・・・・・いやだ!!」
シンジは画面上のアスカの姿に両手を伸ばした。
初号機の腕が見えない力に抗して弐号機の背中に手を回した。
初号機に抱きすくめられた弐号機の感触がアスカにフィードバックされた。
「ア、アンタ何すんのよ!うああっ!」
それまで忘れていた右腕の痛みが突如、何倍にも増幅されて走った。
槍がいきなり弐号機の体を貫通したのだ。
「くううう・・・」
「アスカ!」
弐号機の体内から解放され自由になった槍は中空で反転し、鉾先を自分が出てきたばかりの場所に向けた。
ずしゅっ
「きゃあああ!」
「うあ!」
二人の悲鳴が発令所に響いた。
「シンジ君!アスカ!」
ミサトが叫びながら食い入るように見る主スクリーンには、槍に二体のエヴァが串刺しにされた姿が映っている。
弐号機の肩口から突き刺さっった槍は初号機の胸にまで到達していた。
「大丈夫!?御願い、答えてよ!!」
必死に二人に呼び掛けるミサトの声が涙声になっていた。
「う・・・・アスカ・・・」
「く・・・これくらいで・・・ママ・・・アタシにはママがいるのよ・・・ママ!!」
波のように押し寄せる痛みに反発するようにアスカは自らの腕に力をこめた。
弐号機の腕が初号機の首筋にすがり付く様にまわされた。
抱きしめ合った二人のエヴァは更に上昇を続けていく。
「事が始まったようだ。さあレイ、私をユイのところへ導いてくれ」
ゲンドウの手はレイの下腹部あたりに入り込んでいた。
いよいよ彼のシナリオは最終段階まで辿り着いたのだ。
アダムとリリスの融合。
それはリリスの分身たる初号機との融合を可能にする。
その時彼は最愛の人との再会が適うのだ。
結果的にゲンドウはサードインパクトの依り代となる。
彼の意志が人類のこれからの有り方を決定するのだ。
もちろんすべての人間が一つに溶け合う事など望みはしない。
ユイ以外の人間共と一つになるなどまっぴらだ。
冬月がゲンドウのシナリオを渋々承諾したのも、それがサードインパクトを防ぐ事になるからだった。
レイの体内に手を差し入れたゲンドウは自らの体が彼女に取り込まれるのを待つ・・・・・
じたばしゃ・・
「・・・!?」
突如ゲンドウは右手首に軽い痛みを感じた。
「・・・まさか?!」
ゲンドウの手首がもげるとレイの体内に吸い込まれた。
唖然とした表情で切り取られた手を凝視するゲンドウ。
切り口からは血は流れていなかった。
うろたえるゲンドウに冷静な声が浴びせかけられた。
「私はあなたの人形じゃないわ」
「!!」
それはゲンドウに対する拒絶の言葉だった。
愕然とするゲンドウにレイは更に言葉を続けた。
今度は感情をこめて。
「碇君が・・・・それを教えてくれた」
「シンジ・・?!」
レイはゲンドウに背を向けると自分の本体を見上げた。
ふわりとレイの体が浮き上がる。
上昇するレイを慌ててゲンドウが追いかけた。
「頼む、待ってくれ、レイ!!」
振り返りもせずレイは答えた。
「だめ!碇君が呼んでる」
「レイ!!」
レイの体が停止しリリスの七つ目の仮面と向き合った。
「・・・・・・」
無言で本来の自分の体を見つめるレイ。
この中に戻れば力を持てる。
その力をシンジのために役立てる事が出来るだろう。
「碇君・・・・」
レイの表情に陰りがさす。
それは自分が綾波レイでなくなる事でもある。
あなたは人よ・・・・
昨日シンジと一緒に食事した時のアスカの言葉がレイの脳裏をよぎった。
(私は・・・・碇君のために・・・でも・・・・この体に戻ったら・・・人では・・・)
迷いはどんどん膨らんでいく。
シンジのためにこの身を投げ出す覚悟をしていた筈なのに。
そのときレイの揺らぐ心の中に直接訴えかける声が響いた。
おかえりなさい。
レイは再び自分の本来の体を見つめた。
この体が自分を待ち焦がれている・・・・
レイは自分の体とリリスの体が引き合っているのを感じていた。
・・・・レイは寂し気に返事をした。
「ただいま」
エヴァ>
『このままじゃ・・・・カヲル!』
串刺し状態で抱き合いながら上昇する初号機と弐号機に、我慢しきれなくなったアスカがカヲルに叫んだ。
『シンジをこのままにしておいていいの?!』
シンジも声をふるわせてアスカに同調する。
『そうだよ、これじゃサードインパクトが起きちゃうよ!なんとかしないと!』
二人の言わんとしている事は分かる。
もはや彼等を避難させる頃合ではないかということだ。
しかし依り代となる人間が望まなければサードインパクトは回避できる筈だった。
カヲルはシンジの意志の力を信じたかったのだ。
シンジの心をゼーレのシナリオなどに利用されないだけのものにする。
それがカヲルの計画の出発点だった。
エヴァの世界に干渉し、自分達がシンジの心を支える事でそれを実現しようとしたのだ。
だがシンジの心がそこまでになっているかを見極めるには最後の最後、ぎりぎりまで待たねばならなくなる。
もしタイミングを誤れば・・・・・・
思い悩むカヲルの耳にすっとんきょうな叫びが飛び込んできた。
「えらいこっちゃー!もう黙ってらんないよー」
声のほうにカヲルは振り向いた。
見るとレイが自分の窓を見ながら慌てふためいている。
そしてレイの窓には・・・
「これは!」
そこには白い巨人の胸元に向かって宙を浮遊しているレイの姿があった。
レイが何をしようとしているのかカヲルは一瞬で理解した。
(碇ゲンドウの補完計画!・・・・レイ君、まさか君は彼に身をゆだねたのか・・・シンジ君とアスカ君があれほど人間らしさを取り戻させようとしたのに・・・・それでも・・・いや、だからなのか?)
カヲルの顔が苦渋にゆがむ。
確かにこの方法ならサードインパクトは防げる。
しかしそれはレイ自身を犠牲にしなければいけないのだ。
初号機に取り込まれたユイに会うという目的のため、本来の目的であるサードインパクト阻止が手段と成り下がってしまったゲンドウの補完のために。
ここでカヲルは致命的な勘違いをしてしまった。
(すでにアダムと・・・碇ゲンドウとの融合も果たしているはずだ)
『カヲル君、いったいどうなってるの?』
シンジが困惑しながら聞いてきた。
カヲルもここまではシンジ達には教えてない。
だが答えているような時間はない。
レイの体がリリスに飲み込まれようとしていたのだ。
(もはや・・・・とめられないか・・・)
ゲンドウの補完が発動すればシンジは依り代の役割から解放される。
しかし払われる犠牲は余りに大きかった。
カヲルは無念の気持ちを噛み殺す様に呟いた。
「サードインパクトは防げる・・・・レイ君、すまない!君を救えなかった・・・・」
「ほよん?」
レイは?マークを顔に浮かべながらカヲルの沈痛な表情を覗き込んだ。
「なにがどーなっててどーなるの?!」
平和>
リリスの胸部にレイは接触を始めた。
その様子を失った右手を押さえながら成す術も無く見上げるゲンドウ。
その中間、リリスの足元の手前には泉から突き出たリツコの両足がばたついていた。
レイの体がリリスに吸い込まれていく。
今、彼女は十年ぶりに自分の肉体への帰還を果たしたのだ。
完全にレイの体が飲み込まれた時、リリスの体が震えた。
コブ状の集まりから所々に人の下半身らしき物が生えた異様な足が一気に変型し、完全な二本の人の足になった。
十字架に釘で張り付けられた左右の手が動きだし、釘をすり抜けた。
我が身を固定する者が無くなったリリスは両手を広げたまま十字架からずり落ちていく。
そのままLCLの泉に彼女は飛び込んでいった。
衝撃で大きな波が幾重にも沸き起こり、リリスの体を包みこんだ。
波飛沫がオレンジの雨となって、身じろぎもせず凝視するゲンドウに降り注いだ。
リツコの両足が押し寄せる波にのみ込まれた。
しばらくの間暴れ回った波の勢いが段々小さくなり、リリスの体が再び姿を現してゆく。
背を丸め顔を下に向けたリリスの巨体は、ずん胴の丸太の様だったものが次第に少女の身体へと変化を遂げていった。
七つ目の仮面が彼女の顔から糸を引くようにして剥がれ落ち始めた。
リツコは静まりを取り戻した泉の水面から、やっとの思いで顔を出す事に成功した。
咳き込みながら目を凝らすと、ちょうど視界に岸が見えた。
今がどういう状況なのか考える余裕もなく、岸に向かって無我夢中で泳ぎ始める。
岸の目前まで泳ぎ着いた時、急にリツコの周辺を影が覆った。
リツコは頭上を振り仰いだ。
巨大な紫色の七つ目の仮面が降って来た。
仮面は目をむくリツコの体を僅かにかすめ波飛沫をあげた。
再び起きた大波にリツコはのみ込まれた。
数瞬の後、波が引き泉は静けさを取り戻してゆく。
穏やかになった水面からリツコの両足が突き出ると、ばたつき始めた。
リリスの姿が見なれた少女の姿に変わるのを、時間が止まったかのように硬直してゲンドウは見上げ続けていた。
もはやレイを止める事が不可能だと知ったゲンドウは絶望の声を絞り出した。
「レイ・・・!」
上昇する初号機と弐号機を待ち構えていたトカゲ共は、初号機の背負った光の十字架に群がっていった。
光の輝きが拡大していく。
そして初号機を中心にした11体のエヴァによる巨大な十字架状の編隊が完成された。
完成された編隊は更に加速度を増して上昇していく。
初号機は背後の十字架に引きつけられ、磔にされそうになるのを弐号機に抱き着く事で必死に堪えていた。
しかし次第にその力は増大し、シンジの抵抗も限界に近付いていた。
「うう・・・・だめだ・・」
「バカシンジ!勝手に諦めるな〜!!」
アスカの叱咤の声が響く。
シンジがどれだけの苦闘を続けているのかはアスカにも良く分かっていた。
弐号機に回された初号機の手が背中を軋ます位きつく抱き締めているのが、アスカの身体にもフィードバックされていたからだ。
アスカの弐号機も初号機の首元に爪を立てるようにして抱き着いている。
十字架の引き付ける力にアスカもアスカなりに戦っていたのだ。
「あんなトカゲに好きにされるなんて絶対いや!」
「アスカ・・・」
もしシンジだけだったらとうに磔になっていたかもしれない。
独りぼっちだったら・・・・
だから諦めるわけにはいかない。
どうすればいいのか分からなくても。
「諦めたら承知しないわよ!」
「分かってるよアスカ!」
「高度1万2千、更に上昇中」
十字編隊のエヴァが雲を突き抜けていく。
主スクリーンに見入るミサトの傍らにいつの間にか冬月が立っていた。
ミサトが画面から目を逸らさずに尋ねる。
「分かりますか?」
「初号機を依り代とするつもりだな」
「防ぐ手はないのですか?」
「・・・あっても我々には何も出来ん」
「シンジ君次第ですか・・・・」
冬月はゲンドウのシナリオについて言及するのは止めにしておく事にした。
今の状況で言葉数のいる話は気疲れする。
トカゲ共が散会を始め、十字架を取り囲んだ。
と同時に11体のエヴァ全てが円盤状の光を放ち出した。
シゲルが報告する。
「エヴァシリーズ、SS機関を解放!」
マコトが言葉を引き継いだ。
「次元測定値が反転、マイナスを示しています。観測不能、数値化できません」
冬月が苦々しそうに顔をしかめた。
「アンチATフィールドか!」
「なんです!?それは!」
次第に厳しい口調になっていくミサトの問いかけに、冬月はしかめた顔のまま横目で見た。
何も知らされていなかった者の知らせなかった者への憤まんが、ここに来て表面化したのか。
確かに彼女の側から見れば無理も無かろう。
そして今は何事も隠す必要はなくなっていた。
「心の壁を取り除く力だ。人がその形を保つ為のな」
「・・・人を一つに溶け合わせる力ですね」
スクリーンには初号機を中心にして広がるエヴァシリーズが空に異様な紋様を描いている所が映し出されていた。
「SS機関臨界です!」
マヤの声と共に強大な光がスクリーンを覆い尽くした。
「既に儀式は始まってしまったというのに」
「不完全な状態で大丈夫なのか?」
いくつかのモノリスからやや不安にかられた声が発せられた。
SS機関を解放した段階で初号機がまだ聖痕を刻まれていないのが彼等の不安の源だった。
制する様にキールのモノリスが強圧的な声を轟かせた。
「かまわぬ!すでに儀式はここまで程なく進行しておるではないか。もはや後戻りは出来ぬ」
強引に彼等の不安を押さえ付けようとするキール。
確かに彼の言う通り、後戻りなどもはや出来ないのは明白な事実だった。
数瞬の沈黙ののち08のモノリスがその場の空気を窺うようにして、そろりと自分の持ち台詞を口に出した。
「・・・・・悠久の時を示す」
「赤き土の禊をもって」
「地表堆積層融解!」
「第2波が本部周縁を掘削中!外郭部が露呈していきます!!」
「アブソーバを最大にして!」
「まだ物理的な衝撃だ」
「まだ?物理的以上の事が起きると言いたいのですか!」
「起きて欲しくはないが」
「・・・起こさせてたまるもんですか!」
「大気オゾンが分解されていきます!」
「まずはジオフロントを・・・」
「真の姿に」
「これは・・・」
「人類の生命の源たるリリスの卵、黒き月だ」
「・・・・・」
「今更その殻の中へと還る事は望まぬ。だがそれもリリス次第か」
「・・・リリスとは誰ですか?」
「分かっているだろう?」
「レイ、ですね・・・」
「もうすぐこちらに来るだろう・・・」
淡々となされる二人の会話にシゲルの叫び声が割って入った。
「ターミナルドグマより正体不明の高エネルギー体が急速接近中!」
マコトが続いて報告する。
「ATフィールドも確認!分析パターン青」
驚くマヤがマコトに振り向く。
「まさか、使徒?」
「いや、違う・・・・人!人間です!!」
主スクリーンの映した黒き月の前に白い巨大な人影がせりあがって来た。
丸めた背をゆっくりと伸ばしながら現れたその横顔は発令所の人間の良く知った少女の形をしていた。
時が凍り付いたように身動き一つ出来ず、彼等はただただ彼女を見上げているしかなかった。
垂れ下がった彼女の腕が持ち上がり始めた。
持ち上がる手先が発令所の外壁に接触したかと思うと、何の衝撃もなくすり抜けた。
まるで実体が無いかのように発令所を通り抜けながら上昇する手。
やがて手は発令所の床から浮き上がるように出現し、恐怖に怯えるマヤの体をすり抜けていった。
「ひいぃっ」
余りの異常体験に耐えきれず、マヤの心が崩壊していく。
恐怖にゆがむ顔を両手で抱え込み、周りのものを拒絶する様に目を堅く閉じて絶叫した。
「いやあっいいいやあああっいやっあああっ」
マヤの叫び声の響き渡る中、レイの形をした白き巨人は上昇を続ける。
呆然と見送るミサトはやっとの思いで声を漏らした。
「レイ・・・・どうするつもりなの?」
やがて彼女は天井をすり抜けて発令所から姿を消した。
SS機関のエネルギーを解放した後、トカゲ共は抱き合う初号機と弐号機の周りを旋回していた。
多少の狂いがあるものの、儀式が順調に進むのを祝うかのように。
シンジは背後に輝く光の十字架に磔にされるのを堪えるのに必死で、地上で引き起こった事態にさえ気付いていなかった。
それはアスカもほぼ同様だった。
「ううっく・・・」
苦痛のあまり次第に遠のきそうになるシンジの意識を張り詰めた声が呼び起こした。
「シンジ君!聞こえる?!」
「ミ、ミサトさん・・・」
「今そっちにレイが向かってるわ!」
「綾波が・・・?」
「レイですって?」
「だけど今のレイは変わってしまっている。エヴァよりも大きいの!」
「な・・・なんです?」
「今のレイを見たらショックかもしれないけど、取り乱しちゃだめよ!」
ミサトの言っている事がシンジには全く理解できない。
レイはいったいどうなって、そして何のためにここに来るというのかが。
「ミサトさん、綾波・・」
言いかけた時、眼下に広がる雲海を突き抜けて巨大な物体が浮上してきた。
シンジの眼が吸い寄せられるようにその物体に釘付けとなった。
「?!・・・」
その物体はその体色ゆえに雲海に溶け込んで見えた。
まるで雲から生え出るように浮上を続けるその物体は初号機の眼の高さまで到達した。
それは常識を遥かに超える大きさではあったが、間違い無く人の形をしていた。
後ろに反り返った巨大な少女の裸体が、はじける様にして前方に傾いた。
うつむいた顔を初号機に、シンジに向けて持ち上げると両手で初号機を包むようにかざした。
彼女はシンジを両の紅い瞳で見つめて優しく微笑んでいた。
「シンジ君!シンジ君!聞こえる?!しっかりして!!」
懸命に呼び掛けるミサトの声はシンジの耳には入っていなかった。
画面にいっぱいに広がる笑顔から視線をそらす事も出来ず、放心状態で身体を震わせていた。
怯えと混乱に歪んだ顔で、シンジの口は彼女の名を呻き漏らした。
「綾波・・・」
「レイ!!」
「はっ!」
アスカの叫びがシンジを我に返した。
自分はアスカ共々、この空にまで連行されてきたのだった。
そう、アスカが側にいたのだ。
そのアスカが今、怒りに声を荒げていた。
「レイ!アンタ人じゃなかったの?カヲルはアンタを人だと言っていた・・・・なのにレイ・・・・・今のアンタ何なのよ〜!!」
アスカはもはや彼女をファーストではなくレイと呼んでいた。
平和な世界での呼び方のままに。
それはアスカがレイを人形ではなく人と認めた証でもあった。
心のどこかで向こうの世界のレイのように人と人の付き合いができるかも、という期待感があったのかもしれない。
なのに眼前の彼女の姿は・・・・・
自分でもよく分からない、悔しさにも似た感情がアスカの胸にこみ上がっていた。
「カヲル君・・・そうだったのか」
少しばかりの冷静さを取り戻したシンジの心の中に、さっき別れ際にカヲルの言った約束の言葉が浮かび上がっていた。
きっと今この時のための約束だったのだ。
(たとえ何があっても自分を見失わないで欲しい)
シンジは心にのしかかる怯えを必死で堪えながらレイの笑顔を真正面から見た。
「綾波・・・・・」
総てのモノリスが唱和した。
「エヴァンゲリオン初号機パイロットの欠けた自我をもって人々の補完を」
キールが最後の言葉で締めくくる。
「三度の報いの時が今」
トカゲ共がレイの背後に回り、∞(無限)マークの配列を組んでいた。
彼等を基点として光の筋が幾重にも走り出し、紋様を描き始めた。
まるでレイの背中に羽を生やすかのように。
「エヴァシリーズのATフィールドが共鳴」
「更に増幅しています」
「今度は何をする気なの・・・?」
ミサトは変わり果てたとは言え、レイと敵のエヴァが共同作業を行っているかのように見えるのが気になる。
一方冬月はレイの初号機の扱いが気になっていた。
ゲンドウとレイが融合していたのなら初号機を目の前にして、あのような状態のままじっとしているだろうか?
ユイに会う為一分一秒でも早く初号機と融合を開始する筈ではないか?
ではどうして・・・・・・
(碇、失敗したのか?)
冬月は眉間にしわを寄せる。
もしそうなら依り代は彼でなく彼の息子になってしまう。
今のレイの様子を見るとその可能性は高いと言わざるを得ない。
悪い予感に表情を強張らせる冬月にミサトが問いかけた。
「副司令、分かります?」
「ああ・・・奴らはレイと同化を始める」
「同化!」
「ああ、その後がサードインパクトが起きるかどうかの瀬戸際になるかもな・・・・」
そしてその時が依り代となる者がゲンドウかその息子かはっきり分かる時でもあった。
小刻みに震えながらシンジはレイと見つめ合っていた。
「どうしてだよ・・・綾波どうしてそんな姿に・・・・分からないよ・・・何を・・・・綾波・・・・・・・僕に何をしたいんだよ!!」
・・・・・にこっ
「うわあああ〜!!」「きゃあああ〜!!」
レイの口元が大きく4分の1に切ったスイカの形に開き、顔中に満面の笑みが広がった。
エヴァ>
「あ、あれは・・・?」
想像もしなかったレイの笑顔にカヲルは驚きに真紅の瞳を点にした。
シンジとアスカは狼狽しつつ、今朝レイがあの笑顔を見せて二人を恐慌に陥れた時の事を思い出していた。
『あ、あんたが誉めたから・・・』
『アスカもこれからはどんどん使いなさいって・・・』
レイもカヲルの窓を覗き見ていた。
「私が窓越しに話し掛けた時、見てたのかな?寝てたと思ったら・・・」
『冗談じゃないわよ!あんなの見たらシンジは相当ショック受けてるはずよ!あたしらでさえそうだったんだから・・・・サードインパクトが起きちゃう!』
「アスカ、それどーいう意味?」
「大丈夫だよ。サードインパクトは起こらない・・・」
何とか冷静さを取り戻したカヲルは乾いた声で呟いた。
断定的な口調だった。
ゲンドウの補完が成し遂げられれば、たとえシンジが心にどれだけショックを受けようがサードインパクトは起きない。
しかし精神的ダメージを受けたシンジをそのまま放っておく事は出来ないだろう。
やはりこちらの世界に避難させるほうがいい。
カヲルはその時をゲンドウの補完が確実なものと確認できた時、すなわちレイが初号機に融合を開始した瞬間とする事にした。
そうなるまで窓に映るレイと初号機をしっかり観察して、その瞬間を見極めねばならない。
そんなカヲルの思惑など知らないアスカが疑惑の眼を向けていた。
『どうしてそう言い切れるの?』
カヲルは窓を見る紅い瞳を微動だにさせずにアスカに答えようとした。
「それは・・・」
『わああ!!』
カヲルの言葉を打ち消すようにシンジが窓に向かって大声で叫んだ。
平和>
(もう、いいのかい?)
優しい声が心の中に直接流れ込んできた。
シンジの眼前にははちきれんばかりのレイの笑顔の代わりにカヲルの穏やかな笑顔が広がっていた。
「そこにいたの、カヲル君・・・・・」
いつの間にかシンジの眼から涙が零れ落ちていた。
それは彼に手をかけたという、拭いがたい自分の罪悪感を洗い流す歓喜の涙だった・・・・
・・・しかしその気持ちは長くは続かなかった。
「カヲル君・・・ごめんよ・・・今までカヲル君の事忘れてて・・・あっちのカヲル君に優しくしてもらって・・・君とは違う人なのに・・・それでいいと思っていたんだ!ごめんよ・・・・・」
歓喜の涙はすでに苦悩の涙に変わっていた。
「僕は・・・・だめなんだ・・・カヲル君のところへ行けない・・・あっちのカヲル君と約束したんだ!たとえ何があっても自分を見失わないって・・・だから、だから・・・・ごめんよカヲル君!!」
二人のカヲルのうちどちらかを選ぶ・・・・身が張り裂けんばかりの二者択一。
平和な世界のカヲルとの約束を果たす為、シンジの精神はぎりぎりの所で自我を保ち続けていた。
その時、カヲルの姿が突然レイに戻った。
「!?」
驚くシンジが見るレイの背後に浮かぶトカゲ共の姿に異変が生じた。
彼等の形が変わりだしたのだ。
無気味に身体をゆがませ次第に人間の、そして女性の形に近付いていく。
トカゲの頭が皮を脱ぐようにして少女の顔に変わっていった。
ある者は頭部全体に大小何十個もの少女の笑顔を浮き上がらせて。
ある者は再生しきらない頭部の裂け目をそのまま残したまま少女の顔に。
極めて醜悪な変型の仕方で、彼等は前方にいるレイと同じ姿になろうとしていた。
シンジの自我を再び揺さぶらんと・・・・
「うわあっ!」
シンジは真っ白な少女の群れ達を正視できず、眼を伏せた。
「もうやだ、もうやだ」
「バカシンジ〜!!」
アスカの声がシンジに冷水を浴びせかけるように響き渡った。
それはシンジには救いの声でもあった。
モニター画面のアスカを見た。
アスカは怒りの表情を見せながら、かなり取り乱した様子だった。
「アスカ!」
「いったい、いったいどうなってんのよ、でたらめじゃない!!」
どんな言葉でも今のシンジには有り難い。
独りではないのだから。
アスカと共にいる。
同じ目的を持って。
戦っている。
「アスカ大丈夫?」
「アンタこそ・・・」
突如モニター画面に映るアスカの顔がぷつんと消えた。
「あっ!?」
うろたえるシンジの耳に通信機の声がかすれ始めるのが聞こえた。
「シンジ・・・・シン・・・」
「アスカ!」
シンジは通信機に向かって叫び出した。
「アスカ!どうしたんだよ?!アスカ!アスカ!答えてよ・・・・アスカ!!」
応答は全くなかった。
混乱するシンジの心に孤独の恐怖が襲い掛かる。
「アスカ・・・どうしたんだよ・・・どこにいっちゃったんだ・・・・」
独り取り残され精神を追い込まれてゆくシンジのとった行動は、初号機の視点を下に向けさせる事だった。
こうすれば初号機が抱き締めている弐号機の様子が見えるはずだ。
画面が弐号機の顔を映した。
「アスカ・・・うあ!」
シンジは息を呑んだ。
弐号機の顔が不自然に歪み出していたのだ。
恐怖に縛られ身動きすらとれず、シンジは変型を続ける弐号機の顔に見入っていた。
・・・・・・・弐号機の口元がシンジに微笑みかけた。
「あああ・・・・・」
今初号機が、シンジが抱き締めている者は・・・・・
「あ・・・・」
・・・・・血の色に身を包んだ・・・・・・
「・・・・あやな・・」
・・・・・・・・・真紅の綾波レイ!
「う・・・うわあああああ〜!!」
狂的な絶叫とともにシンジの心が崩壊してゆく・・・・・・
その10中編終わり
次回予告
遂に始まったサードインパクト。
あらゆる人が溶け合おうとする世界でシンジは流されるままに翻弄されていく。
平和な世界のシンジ達に成す術はあるのか?
そしてアスカは母キョウコと対面を果たす。
キョウコはアスカに何を望むのか。
次回シンジアスカの大冒険?その10、
靴底-後編
靴底
「何を望ませるの・・・・」
やっと完成しました。
それにしても時間がかかってしまった上になんともひどい出来・・・
話を悪い方にもっていこうとした途端、カヲルがどうしようもなくダメダメになってしまいました。
こうなるともう別人やないかという位に。
話の展開をこう進めるために登場人物をこう動かすという時、そのキャラクターを急にダメダメや別人にしてはあかんでしょう。
あまりのどうしようもなさに作中でアスカにダメダメだと突っ込ませてしまいました。
ほんと、ごめんなさい。
シンジが自分の世界のカヲルと再会した時、ここでサードインパクトはないだろうと思いました。
映画と違い平和な世界のカヲル達に心を癒してもらってるんで。
それで更にたたみかけようと真っ赤な綾波レイを出しました。
と、いうわけで・・・・・・
こんな引きで終わってたまるか〜!!
さっそく後編をよめ!!