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シンジは自室のベッドで、シーツに顔まですっぽりもぐり込んでいた。
まだ昼の3時位なのに。
彼はカヲルとの接触を試みていたのだ。
カヲルの指示ではなく、アスカと話し合った結果これが一番いいだろうという事になったのだ。
ミサトが彼らにあてがった部屋に隠しカメラの類があっても不思議はない。
それらを避けるためこんな形でカヲルを待つことにした。
他にトイレの中とか風呂とか明かりを消してとか色々案は出るには出たが。
今日はまだカヲルに会っていないだけにこちらから環境を整えてみたのだ。
昨日までと違いこれからはいつカヲルと接触できるか分からない。
両者が接触可能な状況の時に随時連絡をとる形になるわけだ。
シンジは暗いシーツの中でひたすらカヲルを待ち続けていた。

(ふああ・・・)

いつしか睡魔がシンジの頭脳を侵食し始めたとき、シーツの中で柔らかい光が広がりだした。

(はっ!来た・・・・)

シーツの裏側にはりつく様にあらわれた八角の30cm程の扉・・・
眠気も吹っ飛んだシンジは迷わず扉に顔を突っ込んだ。
 
 
 

エヴァ>



<平和
 
 

シンジが頭を出してまず目に入ったのは・・・・
ちゃぶ台を前に正座し、湯飲みで麦茶をすするカヲル。
シンジに顔を向けるとにっこり微笑んだ。

「やあ」

「カヲル君・・・ここどこ?」

シンジはカヲルのくつろいだ風情に半ばあっけに取られながら辺りを見回した。
畳敷きの和室で六畳くらいの広さ、見るからに茶の間といった感じ。

「僕の家だよ。今は僕しかいない。両親が共稼ぎなもんでね」

「・・・・・そう・・・僕ん家もだよ」

何を言ってるのか。
カヲルの両親という言葉のほうが気になるのに。
いったいどんな親なのだろう・・・・

「そうかシンジ君家も共稼ぎか・・・まあこれでもどうぞ」

カヲルはちゃぶ台に置かれていたもう一個の湯飲みを差し出した。
シンジは右手を扉から突き出して受け取った。

「あ、ありがと・・・」

正座するカヲル、ちゃぶ台をはさんで高さ1m程の位置に水平に浮かぶ扉から頭と片手だけ出しているシンジ。
異様か珍妙かよく判らない光景だが当人同士はそんな意識はまるでない。
シーツにくるまってたのでかなり汗をかいていたシンジは麦茶を一気に飲み干す。

「ごくっ・・・で、そっちのほうはどうなの?カヲル君」

「順調すぎるくらいだよ。特にアスカ君は・・・もう絶対心を閉じたりしないだろう」

カヲルのもたらした朗報にシンジの顔が一気に明るくなる。

「本当?良かった!・・・じゃあ、もうこっちに戻してもいいの?」

「う〜ん、どうだろうね。もう少しのんびりさせたい気もするし・・・」

「僕は明日シンクロテストなんだ・・・・」

シンジはさっきとはうって変わって不安げな顔をつくる。
できる事ならやりたくないというシンジの心境がはっきりカヲルに伝わってくる。
今こっちにいるシンジとアスカを送り返せば、わざわざエヴァに乗った事もない彼に負担をかける必要もないのはよく分かっていた。
しかしカヲルは二人をあと少し平和な世界に置いておきたいという気がしていた。
あと一日でもあれば状況がとても良くなりそうな・・・・・単なる勘にすぎないが。

「シンジ君、大変だろうけどもうちょっとそっちにいてくれないかい」

「・・・そりゃ、いいけど・・・・」

「悪いね。レイ君のことが気になってね」

「ええっ?!綾波が何かしでかしたの!!」

「・・・・いや、そうじゃなくて・・・そっちの世界のレイ君だよ」
 
「こっちの・・・・」

シンジはレイをエヴァの世界に来る前から見ていた。
主に放課後に使用されていない教室で、カヲルの作った窓から覗いて。
最初に見たのは二人目で次に見た時は三人目だった。
四六時中窓を覗けるわけではなかったので、衝撃的な場面に遭遇する事はなかったが。
それでもカヲルの説明を受け、レイに関する事情はアスカが初めて窓を見る前からわかっていた。

「まだあの二人ではレイ君に最善の対応は出来ないと思う。特にシンジ君はレイ君に対しては・・・だから君とアスカ君に頼みたいんだ」

「そういう事なら・・・わかったよ」

シンジのレイに対する気持ちは一言でいうと『可哀相』だった。
エヴァのシンジの様に彼女に臆するものは特にない。
当事者と外から観察していた者との違いかもしれない。

「ありがとう、感謝するよ。それじゃあ明日のシンクロテストの打ち合わせをしよう」

「うん」

シンジはしばらくの間カヲルと質疑応答をくり返す事になった。
プラグスーツの着方さえ知らなかったのだから。
以前もらったシナリオだけでは追っつかない。
ずっと前から窓で覗き続けてただけあって、カヲルはシンジの問いに懇切丁寧に答を提供していった。
打ち合わせが一段落すると、シンジはため息をついてぼやいた。

「ふう、大丈夫だろか?・・・自信ないよ、僕」

「まあまあ、シンクロテストの時はそれとなくフォローするよ。 こちらから。もう何か言っときたいことはないかい?」

「えっと、そうだ!これを・・・」

シンジは窓からもう一本の手を出した。
その手にはメモノートがにぎられている。

「これ、渡しといてよ」

「シンジ君にかい?」

「うん。僕らも大変だけど彼らも大変だろうから・・・・・」

「なるほど、彼ら用のシナリオってわけかい?」

「いや、そんな本格的なのじゃないけど。書く時間もなかったし・・・・」

「わかったよ。渡しておくよ」

メモノートを受け取るとそのままカヲルはシンジの手を握った。

「シンジ君・・・・お互いに頑張ろう。さて、次はアスカ君だ。それじゃあ、また明日会おう」

「うん、またね」

握った手を離すとシンジはゆっくり両腕と頭を引っ込めた。

しゅんっ

カヲルは窓を消すと大きく口を開けてあくびをした。
笑顔に陰りがさす。

「う〜んと、なんで話がレイ君にいったんだっけ・・・・かなり疲れてるな。昨日今日と行ったり来たりだったからな。僕も結局ただの人か・・・・あと一仕事したら眠ろう・・・」

けだるく手をかざすとカヲルは再び窓をつくり出した。
 
 



 

「そうかアスカ君家も共稼ぎか・・・・」

「で、レイとあいつはどうだった?」

ちゃぶ台をはさんでカヲルとアスカ。
アスカは頭と片手だけ。
シンジの時とまったくいっしょ。

「まあ、これでもどうぞ」

カヲルはシンジの使った湯飲みに麦茶を入れ、アスカに差し出した。
受け取るとアスカは一気に飲み干す。

「順調だよ、アスカ君とレイ君はとても仲良くなってるよ。君とレイ君と変わらないくらいに」

「ごっくん、あたしとレイのどこが仲良しよ!!・・・・信じられないわ、あいつがレイとうまくいくなんて!」

「雨降って地固まるってやつさ」

「・・・・雨?・・嵐じゃないの?」

「ははは・・・まあとにかく明日の事を・・・」

後はシンジ同様の経過をたどり、打ち合わせは終わった。

「ふうっ・・・しかし効率悪いね、君とシンジ君が一つのベッドに寝ていれば一回ですむのに」

「できるわけないでしょ!」

「じゃ、レイ君をたのむよ」

「OK、軽いわよ!あたしん世界のレイにくらべりゃ」

「もしかしてメモはあるかい?」

「あ、そうだ!忘れるとこだったわ」

メモを受け取るとカヲルはアスカの手を握ろうとしたが、やめた。

「それじゃあまた明日」

「ええ、またね」

アスカの頭と手が引っ込むと窓は消えた。
それを見届けるとカヲルは大きくあくびをした。

「ふぁ〜・・・単調なくりかえしは疲れを増やす・・・・・」
 
 
 
 
 

シンジアスカの大冒険? その8
 
 

出会い
 
 
 
 
 

 
 
 「バカシンジ、起きろ〜!!」

シンジはいつも通りアスカの怒鳴り声で目をさました。
ただし後頭部がのっている枕の感じはいつもよりかなり硬いし、かぶってるシーツの感触も違う。
起こされ方は同じでもここはエヴァの世界にあるネルフの本部の中だった。
それでも起こされ方が同じならシンジは普段と変わらない反応をするしかない。

「う〜ん・・・・なんだ、アスカか・・」

「なんだとは何よ!あんた今日はなんの日かわかってるの?」

「なんだっけ?・・・・」

「こんの〜!!」

寝ぼけ眼で生返事をするシンジからアスカはシーツをひっぺがした!
つい、あの可能性を忘れて。

「きゃっ!あんたそれ!」

慌ててシーツをかぶせ直してベッドに背を向けた。
もちろん顔は朱に染まってる。

(また見ちゃった・・・)

「どうしたの?・・・あ、これか・・・・」

シンジは自分の股間を見やる。
アスカは背を向けたまま。
それでも最初にシンジの股間がテントをはってるのを見た時よりは平静を装える様になった。
アスカなりに進歩していたのだ。

「き、今日はシンクロテストの日よ!」

「あ・・・そうだった!」

やっと事態を把握し、起き上がったシンジにアスカは事務的に話す。

「早く着替えなさい。朝食とったらミサトと合流してテストに行くんだから!あたしは食堂で待ってるからね」

シンジはアスカの背中に不安げに声をかけた。

「アスカ・・・うまくいくだろうか・・・・」

「心配は後!じゃ、ね」

すたすたとアスカの背中がシンジから遠ざかっていく。

「アスカ!」

「なによ」
 
アスカは立ち止まるとシンジに振り向かずに聞き返す。

「今日は・・・なんで引っぱたかなかったの?」

硬い表情で、しかも真っ赤な顔をぎこちなくシンジに振り向かせてアスカは答えた。

「仕方ないわね、朝なんだから」
 
 



 

無機質で直線的な金属やプラスチックの壁で形造られた灰色の通路。
ここをそのまま真直ぐ進めば実験室のドアにたどり着く。
シンジはその手前数mで所在なさげに突っ立っていた。

(アスカまだかな〜、女の子は着替えが遅いっていうけど・・・でもあれはどの服着るのか迷ってる場合のはずだし)

シンジはというと、すでに紫色のプラグスーツ姿で銀色のインターフェース・ヘッドギアも頭に付けている。
何故だかそわそわしているのは自分が素っ裸になってからプラグスーツを着込んだせいかもしれない。

(アスカも同じはずだよな・・・・・)

などとシンジが良からぬ方向に考えをめぐらしていると・・・・

「お待たせ・・・」

「わっ」

すぐ前のT字路からいきなり音もなく現れた赤い人影!
慌てて良からぬ考えを中断し、声の主に目を向ける、と、そこには・・・・

「!・・・・・・」

美しい体のラインをそのまま浮き上がらせた、鮮やかな真紅の人型。
胸のふくらみから細い腰の締まりへ、そして再び尻から太股にかけて膨張しすらりとした長い足へと続く・・・最後に足首できゅっとしめる。
まるで裸体をそのまま赤く塗り潰したような錯覚に陥りそうだ。
下手な水着など足元にもおよぶまい。
シンジは息を呑み込んでプラグスーツに身をつつんだアスカの姿に見とれていた。

アスカはというとその神々しいまでに派手な姿とは裏腹に、その仕草はやけにしおらしい。
脚が内股に閉じ、両手を後ろに組み、少々背を丸め、シンジから目線をはずしたその顔には恥じらいの情が覗き、プラグスーツに負けない位真っ赤に染まっている。
普段通りなのは栗色の髪に付けられた髪止めだけ、といってもこれも実際はシンクロを補助する機械なのだが。

「ど・・どう、シンジ?」

「はっ」

アスカが低い声でおずおずと尋ねるとシンジはやっと我に帰った。
それでも視線はアスカのボディに釘付けのままで、返答しようにもなんと言えばいいか思いつかない。

「そ、そうだね・・・・」

「・・・どうなのよ?」

上目づかいにシンジを伺い見て返答を促すアスカ。
その青い瞳の輝きは弱々しく、自分の格好に自信を持てないようだ。
顔からつま先まで赤で統一したアスカの評価はシンジ一人に委ねられていた。

「どうって・・・・(どう言やいいんだろ?・・・だめだ、浮かばない・・・どうしよう?)・・・だから・・・・その・・・・・とても綺麗だよ!!
 
 
 

「・・・な、何言ってんのよあんた・・・・!?

アスカから恥じらいの表情が吹っ飛び、驚きと困惑の入り交じった表情に変わった。
ただでさえ真っ赤な顔がプラグスーツより赤くなり、湯気をたて始めた。
悩み焦ったあげく、シンジはひねりも何もない直球をアスカに投げてしまったのだ。
こんなセリフ、今までアスカに一度も言った覚えがない。
それだけ目の前のアスカの姿が刺激的だということなんだろう。

「・・・・ご、ごめん、変な事言っちゃったかな?」

「・・・・変ってあんた・・・・・」

アスカは言葉をつまらせた。
シンジもなにも言えない。
二人は顔を見合わせて固まってしまった・・・・
 

・・・しばらくして沈黙に耐え切れなくなったアスカがわざとらしく声を張り上げて喋り出した。

「あ、あいつ、よくこんな恥ずかしい格好できたもんねえ!下着もなしなんて・・・体の線丸見えだし!エヴァの操縦とどう関係あるのよ?」

「そう?・・・・スタイルいいと思うけど・・・」

「やめてよぉ〜、もう〜やだ!

朱に染まった頬に両手を当て、きびすを返すと実験室のドアへ向かおうとするアスカ。
シンジが後ろからアスカを呼び止める。

「アスカ!」

「なによ!」

「顔色戻してから行ったほうがいいと思うよ・・・」

「・・・・・!!」

アスカは通路の壁に張り付くと、頬を押し付けて冷やし始めた。
 
 
 



 
 

ネルフ本部内第7実検場。
広大な空間の半分位まで血のように赤い色をした水に浸されている。
その水に金属製の細長い棒状の物体が下半分だけ浸かっている。
横ならびに3本、45度位後ろに傾いた状態で。
水から出ている部分だけで数mはあろうか。
ハーモニクスとシンクロ率のシミュレーションテストに使用されるテスト用のエントリープラグである。
左から00、01、02と番号がある。
そして今、使用されているのは01と02のテストプラグだった。

LCLと言われるオレンジ色の液体。
水などと比べてかなり粘性のあるこの液体に満たされたエントリープラグの中で、シンジは思いを巡らせていた。
初めて体験する不快としか言い様のないLCLの感触、匂い、味・・・。
さらに全く不馴れな操縦席の装置。
だが今のシンジはLCLの感想や装置の使い方の事などいっさい頭から消し去っている。
ただひたすらにシンクロ実現に神経を集中しようとしていた。
アスカと違い、自分はシンクロできて当たり前と皆に思われているからだ。
すでにテストは始まっている。

「二人共全然じゃないの・・・・」

管制室から実検場内を見渡せる大きな窓からテストプラグに見下ろしているミサト。
表情を曇らせて二人を写したモニター画面を見上げる。

「どうしたのシンジ君?一桁にも達してないわよ」

「は、はい・・・・」

おどおどした感じで画面の中のシンジが答えた。

「とにかく余計な事考えずに意識を集中させて」

「はい・・」

シンジの異常なシンクロ率の低さ・・・ミサトには心当たりがある。
使徒が渚カヲルで打ち止めならば彼はエヴァで誰と戦うというのだろう。
もう二度とカヲルとは戦いたくないからシンクロ率を上げられないのか・・・・
ミサト自身カヲルと戦うのに疑問を感じていたが、アスカの言った使徒を倒しても事は終わらないらしいという情報が引っ掛かる。
これも結局カヲルが大本の情報源なわけだが。
ミサトの思考をアスカの声が中断させた。

「シンジ、頑張りなさい!あたしも頑張るから」

「うん・・・・・」

(優しい言葉だこと・・・・別人みたいに良い子になって・・・仲良き事は好き事なり、だけど)

ミサトにはそれも疑問と言えた。
カヲルの精神干渉とかでそこまで素直になれるものなのか。

(・・・・・とにかく今は二人のシンクロ率を上げる事を考えるのが先ね)

ミサトは視線を右と左に交互に移す。
右の席にはマヤが、左にはマコトがついている。
本来ならこういう所にいるべき者がいない。

(リツコはどうしてるかしら・・・・?)

ミサトは自分が弱気になっているのではないかと感じた。
謎が増え続けていく中、頼りになる人間が欲しいのか。

(そうだ・・・加持の形見はまだ使ってないわね。ごたごた忙しかったから。このシンクロテストが終わったら動くか・・・)

「シンクロ率変わりません」

マヤの声にもミサトは無反応だった。
 

(う〜んと・・・精神統一しなきゃ!母さんのこと考えて・・・・)

シンジもアスカもなんとかシンクロを実現するため作戦を考えてあった。
母の事をイメージするのだ。
エヴァの中にはこの世界のシンジとアスカの母親がいるのだ。
自分の世界の母と同じ姿形の・・・といってもエヴァに取り込まれる前までの事だが。
だから母の事を考えればたとえ実際にエヴァに乗っているのではなくテストプラグであったにしろ、シンクロできるのではないかという発想にたどりついたのだ。
ただし自分が3、4才位の頃の母を思い浮かべなければならない。
シンジは幼い頃の自分と母を頭の中に思い浮かべようと躍起になっていた。

(えーと、僕が小さい頃・・・母さんと公園に行って・・・ジャングルジムに登ったら下りられなくなって・・・散々アスカに怒鳴られて・・・だけどアスカは文句言いながら助けてくれた・・・・違〜う!アスカが日本に来る前の事を考えるんだ〜!!)
 

「シンクロ率変わりません」
 

(母さんと公園に行って・・・滑り台ですべり下りたら・・・後からアスカが滑って来てぶつかって、散々アスカに文句言われて・・・僕が悪いんじゃないのに・・・だめだ!またアスカが出て来た)
 

「シンクロ率変わりません」
 

(アスカが来る前の事ってあんまり覚えてないなあ・・・物心ついたばかりの頃だから・・・う〜ん・・・・・)
 

「シンクロ率変わりません」
 

(こんどこそ・・・母さんと公園に行って・・・砂場で遊んでたんだ・・・そうしたら砂に混じってキラキラ光ってるものがあったんだ・・・僕はそれを拾って・・・そうだ、母さんに見せたんだ!そうしたら母さんは・・・言ったんだ)

それは日常生活でシンジがよく聞く母の口癖だった。

(そう、良かったわね・・・・・・・)
 

「シンジ君のシンクロ率、上昇始めました」

マヤが違う台詞を言ったため、ミサトの眉がぴくりと動いた。

(やる気になってくれたの・・・?)
 

今シンジの頭の中を埋めつくしているのは幼い頃に見たあの母の優しい笑顔・・・・

(毎日、顔を合わせるのが当たり前だったけど・・・普段は感じていなかったけど・・・・母さんは僕にとってとても大切な人だったんだ・・・・僕を今まで育ててくれたんだから・・・母さん・・・どうしてるだろう?)
 

「シンクロ率、起動可能範囲まで上昇しました。上昇続きます」

「そう、とりあえずシンジ君はOKね」

ミサトはアスカのモニター画面に眼を向けた。
アスカはぶつぶつと何か呟いている。
弐号機とシンクロ不能となり精神崩壊まで経験したアスカにまたシンクロを期待するのは酷かもしれないが、別人のように元気になった今ならば望みはあるだろう。
もしだめでも絶対きつい事は言わないでおこうとミサトは思っていた。
 

(ママ、ママ・・・・ママ・・・)

アスカは日本行きの飛行機に酔ってしまった幼い自分を懸命に介抱する母を思いだしていた。
あの時母は口移しで水を飲ませてくれた。
今から思えば相当大げさな事をしていたのだが、それはとても母らしい行為だといえた。
何よりも母の直のぬくもりを感じられたのが、その時の自分の不安な心をやわらげてくれた。

(ママ・・・・・ママ!!

感情がほとばしり、アスカの心がはじけた。
 

「!・・・アスカのシンクロ率が上昇します」

ミサトはマコトの背後からシンクロ率を表示するゲージを覗き見る。
シンクロ率を表すゲージが一気に上がり、シンジをも上回ってしまった。

「これは・・・・アスカ!やったわ、シンクロ出来たのよ!」

ミサトの叫びが届くとアスカは閉じていた目をあけた。

「ほんと?・・・シンジ、やったよ!」

「うん、アスカ、良かったね!」

モニター画面上ではしゃぐ二人の様子をながめながらミサトは一息ついた。

(いいわね、子供らしいじゃない・・・これからどうなるか分からないんだから、今だけでも無邪気にしてなさい・・・)

と、画面上のアスカが再び目を閉じ手を前に組んだ。
ミサトがいぶかる。

(何かしら、新しい精神集中のやりかた?まだ続ける気かしら)

ミサトにすればここまでで十分だったが自分が終了と言わないかぎりシンクロテストは続くのだ。
アスカがやる気ならば、もう少しだけミサトはテストを続けることにした。
 

アスカは手を組みながら母の笑顔を思い浮かべていた。

(ありがとう・・・・・ママ!)

アスカのシンクロ率がさらに上昇した。
 
 
 

予想以上のアスカのシンクロ率に管制室が沸き返る中、後方で出入り口のドアが静かに開いた。
ドアの端に寄り添うようにして一人の人影がのぞく。
その人影はそれ以上中へ入ろうとしなかったため、誰もその存在に気付く事はなかった。
彼女の視線はモニター画面のシンジの姿に向けられた。
まばたきもせずにシンジを見続けながら彼女は小さく声を漏らした。

「私はどうしてここに来たの・・・・?」

やがて彼女の赤い瞳がシンジに固定されたまま、ドアは閉まっていった。

 



 
 
シンクロテストを終え、体を洗浄して着替えをすませたアスカとシンジは食堂をめざして通路を歩いていた。

「結局カヲル君は何もしなかったね」

「まったくどうしてるんだか!まぁあの状況で扉は作りにくいわね。モニターされてるんだし」

「でもシンクロできたんだからいいじゃない」

「ええ・・・とにかくお腹すいたわ!何食べようかな・・・・大したものないけど」

二人が通路の角を曲がった時、向こう側から歩いてくる人の姿が見えた。
それが誰かすぐに気付いた二人は立ち止まった。
同時に向こう側の少女も立ち止まった。
シンジとアスカは少女に視線を合わせ、少女はシンジにだけ視線を合わせた。
 
 

「・・・綾波!」「レイ!」

それはシンジとアスカが初めて出会うこの世界の綾波レイだった。
学校の制服姿の彼女はよく知った自分達の世界のレイと全く同じ姿形をしている。
特徴的な眼と肌と髪の色・・・か細い体・・・だけど・・・・
数m先からシンジを見つめるレイの顔はまるで表情がなく、体中から沸き立つような元気さも感じられない。

(綾波が・・・・暗い・・・)

シンジは自分の世界とはあまりに落差のあるレイの雰囲気にうろたえていた。
そんなことは分かっていたはずなのに。
アスカは硬直するシンジを一瞥すると、レイに向き直った。

(何ポカンとしてんのよ!あたしが手本見せなきゃだめか・・・いくわよ!)
 

「レイ!ひさしぶりぃ〜!!」

はちきれんばかりの笑顔を作ってアスカはレイにかけ寄ると、飛びつくようにして抱きついた。
いきなりシンジでないほうに抱きつかれたレイは驚きの表情をみせた。

「会いたかったわ〜」

レイの顔から再び表情が消える。
感情のこもらぬ声が静かに発せられた。

「・・・どうして?」

「あら、レイとあたしは親友じゃない〜」

「・・・・親友?」

「ええそうよ」

「わからないわ」

「じゃ、思い出して♪」

レイに頬をすりよせるアスカの背を見てシンジは弱りきった顔をしていた。

(アスカ〜、またやりすぎだよ〜!)

しかしおかげでシンジの気持ちはかなりほぐれた。
アスカはレイの後頭部を優しくなでている。
一方レイはアスカと会話をしながらもシンジに視線を合わせている。

「・・・知らないの。私は3人目のはずだから」

「あら〜、何人目だっていいじゃない!レイはレイよ!あたしの、そしてシンジの大切な仲間よ!!」

「・・・・・・」

「ほら、シンジ!こっちに来て」

言われるままにシンジは二人のところまで歩いてゆく。
レイの赤い瞳がシンジに吸い付けられる。
アスカはレイを離すとシンジの元へ押し出した。
二人は目と鼻の先で向かい合った。

「あ、綾波・・・・」

「碇君・・・・・」

シンジは緊張のあまり赤面していた。
レイは無表情のままシンジの様子を見ている。

「あ、あの・・・・僕達これから食事なんだ・・・綾波もいっしょに行かない?」

「私は・・・」

「さあ、いきましょ!久しぶりに3人いっしょに。シンジ!」

「うん!」

アスカとシンジはささっとレイの両脇をかかえると通路をいそいそと歩き出した。
レイはなされるがままにズルズル引きずられて行く。
その顔は無表情ではなく、キツネにつままれた様な惑いが浮かんでいた。

(どうして・・・・?)
 
 



 
 

食堂に着いた3人は一つのテーブルの前に並んで腰掛けた。
真ん中がレイ。
まだ午前中な事もあり、他に誰もいなかった。
シンジは前に置かれているヤカンを持つとプラスチック製の湯飲み茶わんに茶を注ぎ始めた。
ここの食堂はセルフサービスなのだ。
3人分注ぎ終わると手際良く並べた。
レイは自分の前に置かれた湯飲みをじっと見つめる。

「・・・・・・」

手を出して湯飲みに触れてみる・・・が一向に飲もうとはしない。
徒に時間が経過していく・・・・・

(いけない、空気を変えなきゃ)

アスカが人なつこい笑顔でレイに聞いた。

「ねえ、レイは何食べるの?」

「わからないわ」

「そう、じゃあシンジに決めてもらったら?」

「・・・碇君に?」

「それでいい?」

「・・・・・ええ」

レイはシンジに向いた。
シンジを見つめる真紅の瞳には感情が窺い知れない。
その代わり混じりっ気というものがどこにもなく、純粋な眼とは正にこのような瞳を言うのだろう。
シンジはその瞳に引き込まれるような感覚を覚えながら思考をめぐらす。

(僕ばかり見ている・・・・という事はやっぱり知らないんじゃなくて忘れているだけだ。僕を・・・・この世界の碇シンジを思い出しかけてるんだ!)

カヲルは三人目のレイはきっと二人目の記憶を受け継いでいるはずだと言っていた。
シンジは今、それが正しいと確信したのだ。
なら、どうするかは決まっている。

「綾波・・・・・ラーメンにしようね」

「ええ」
 
 



 

シンジは食堂の隣にあるトイレに駆け込むと洋式便所のドアを開けた。
ばたんと戸を閉めるとベルトもゆるめず便座に座り、うつむいて膝をかかえこんだ。

(カヲル君、見てるんならわかるだろ。お願いだから・・・・早く!)

数秒と経たぬうちに顔とそろえた太股の中間の位置に青白い光がきらめき十cm程の八角に広がった。
扉からぽとりと小さな物体が太股と太股の谷間に落ちた。
シンジがそれをつかみ取ると同時に八角の扉は収縮して消えた。

(ありがとう、カヲル君・・・・)

シンジは立ち上がると戸を開いて再び駆け出した。
 
 



 
 
レイはシンジが出ていった方角をじっと見ていた。
四角いトレイを持ち、アスカの後ろに並んで。
アスカは料理の受け渡し口で注文する。

「ラーメン3つね!」

坊主頭の初老の調理師が食券をつかむと威勢のいい声をあげた。

「はい、ラーメン3つ〜!」

ここではラーメンはラーメンで1種類しかない。
具はネギ、チャーシュー、焼豚一切れ、もやし。

「ただいま〜」

シンジが駆け戻って来た。
受け渡し口まで来ると、調理師に向かって声をかけた。

「あの、すみませんけどおろし金貸してもらえませんか?」

「?、なんだい」

「必要なんです、お願いだから貸して下さい!」

「そんなもの何に必要なんだ?」

アスカがシンジを押しのけて前にでた。

「シンジ、そういう時はこう言うの!あんた、あたし達3人ともエヴァのパイロットよ。それくらい知ってるでしょ、ごたごた言わずに貸しなさい!!」

「・・・・・ラーメン3つとおろし金、お待ちどう・・・・・」
 
 



 
 
レイはシンジの様子を興味深そうに観察していた。
シンジはおろし金を使っていない湯飲み茶わんにのせ、ポケットに手をつっこんだ。
レイの眼がシンジがポケットから取り出したものをとらえた。
それが何であるかレイには分からなかった。
シンジはそれをおろし金ですりおろし始めた。
その様子をレイはまばたきもせずに見つめている。
その間アスカはレイの前に置かれたラーメンから、チャーシューを箸でつまんで自分とシンジのラーメンに分けた。
続いて焼豚を摘む。

(これはあたしがもらっとこうっと!)

焼豚はアスカの所へ。

「よし、これでいいだろ」

シンジはおろし金を置くと湯飲み茶わんをレイのラーメンの上まで持ってゆき、すりおろしたものを箸で湯飲みからかき出した。
レイの鼻がひくつく。

(これは・・・この臭いはなに・・・?)

「よし、ニンニクラーメンチャーシュー抜き完成!」

「碇君、これは・・・・・」

シンジは優しく笑って答えた。

「綾波の好きな食べ物だよ。本格的なものは作れなかったけど・・・とにかく食べようよ」

「シンジ、その前に手洗って来なさいよ!ニンニク臭い手で食事する気?」

「うん、分かったよ・・・・」

シンジが手を洗いに行く間レイは自分のラーメンを凝視していた。

「これが・・・私の好きな食べ物・・・・」

「食べりゃわかるわよ。前にあたし達いっしょに食べたのよ」

「・・・・・」

食堂の洗面台で手早く手を洗ってきたシンジが戻ってくる。

「お待たせ、じゃあ食べようか」

「いただきまーす!」

シンジとアスカがラーメンを食べ始める。
レイはシンジを一度見た後、ラーメンにゆっくり箸を近付け麺をつまみ上げた。
口に少しずつ麺が接近していく。
シンジとアスカは箸を止め、横目でレイの様子を見ていた。
麺がレイの口に入った。

「綾波、どう?」

「・・・・・・」

無言でレイはふた口目を口に運ぶ。
控え目に麺をすする音がした。

(この味は何・・・・この臭いは何・・・私はこれを食べた事があるの・・・?・・・碇君といっしょに・・・・)

「綾波、何か思い出した?」

気遣うように問い掛けるシンジ・・・・レイはラーメンを見つめたまま答えた。

「わからない・・・忘れたのか・・・・知らないのかも分からないの・・・・」

レイの表情が曇る。
シンジは慌てた。

(いけない!なんとかしなくちゃ!)

「あ、綾波・・・だから、その、」

アスカが助け舟をだした。

「レイ、それはシンジがわざわざあなたのために用意したラーメンよ。おいしいでしょ?」

「私のため・・・」

レイは三口目をすする。

ずずっ・・・・

(碇君が私のために・・・)

ずずずっ・・・・

「どう、綾波・・・」

「おぼえてない・・・・・だけどおいしい」

「じゃあ良かったじゃない!!」

アスカがレイの肩に手をまわした。

「昔の思い出は後でゆっくり思い出せばいいわ。今いいことがあったんだから、それを忘れないでいれば・・・それも大切な思い出になるってもんよ!」

「・・・・・」

ずずずず・・・・

(これが大切な思い出に・・・・碇君と私の・・・)

レイは箸を止めてシンジに顔を向けた。

「碇君・・・・・」

「綾波・・・・」

「碇君は食べないの?」

「あ・・・・そ、そうだね」

シンジとアスカも食べ出した。

ずずずず・・・・
ずずずず・・・・
ずずずず・・・・

しばらくの間ラーメンをすする音だけが食堂にひびいた。
 
 
 

「ごくん・・・ごくん・・・」

レイは両手で持ったどんぶりを傾けて汁を飲んでいた。
シンジとアスカはすでに食べ終えている。

「ごくん・・・」

(これは碇君が私のために作ったもの・・・・残してはいけない・・・そんな気がする)

ごとっ
 
汁を飲み干したレイはどんぶりを置いた。

「ごちそう様・・・・・」

アスカがシンジに目配せした。
シンジはレイに声をかける。

「綾波、あの・・・」

「碇君・・・ありがとう」

「へ?」

「そう言いたくなったの・・・・前にもそう言ったような気がするの」

「そう・・・思い出したんだね」

「分からない・・・だけどこんな時はそう言えばいいと思ったの」

「他にこんな時に綾波にして欲しい事があるんだ・・・」

「何・・・?」

シンジはレイに微笑んで見せた。

「笑ってよ。綾波には笑顔が似合うと思うんだ」

「そう・・・」

レイはシンジの笑顔をじっくり観察し・・・・やがてゆっくりとシンジに真似る様に微笑んだ。

(おお!)

シンジの胸が一気に高鳴る!
それほどまでにレイの笑みが可憐なものだったのだ。
いつも笑っている自分の世界のレイにもこんな表情は絶対出来ない。
顔を赤らめてシンジはレイに見入っていた。

(ふ〜ん、こっちのレイって結構可愛いじゃないの。だけどこの子、これからどうなるのかしら?)

アスカはレイの微笑みに心を安らげながらも不安を感じずにはいられなかった。
レイがどうなるのか、それはアスカにもまるで分からなかった。
カヲルもどこまで知っているのか・・・・・・
あまりいい予感はしない。

(今してやれる事をするしかないのね・・・・)

シンジとレイはまだ見つめ合っている。
アスカは一呼吸つくと喋り出した。

「レイ、シンジを見たままでいいから聞いて!」
 
言われた通りシンジを見たままレイは返事をした。
 
「何・・・?」

「あたしもシンジもあなたのことを大切に思っている。だからあなたも自分を大事にして欲しいの。人の命は誰だって大切なものだから」

「人の命・・・・私は・・」

「あなたは人よ、あたしとシンジがそう思うから人なの!シンジ、あんたから言ってやって!」

急にふられてシンジは一瞬うろたえたが、アスカの言いたい事はすぐ理解できた。
それにレイは自分の言う事は良く聞くようだ。

(僕が言わなきゃ・・・綾波のために)

意を決したシンジは、自分の言葉を待ち受けているかの様に見つめているレイに語りかけた。

「綾波、自分を大切にして欲しい。それが僕の気持ちだよ。人の命は誰でも大切だから・・・・」

(あたしの受け売りね。でもレイにはシンジの言葉として受け取らせるほうが感動が違う筈だわ)

「碇君・・・・・」

案の定レイは瞳をうるませ始めた。

(やっぱりね・・・)
 
アスカは二人の様子を見守っていた・・・この先どんな展開になるのか。
場合によっては棚に上げておいたレイへの対抗心を卸す事もあるかも・・・・
 
 
 
 
 「・・・・・」「・・・・・」
 
 

(いつまで見つめ合ってんのよ!もう、全然進展しないじゃない!)

別に進展して欲しい訳でもないが、こんな時間が止まったような状態では息がつまってしまう。

(何も知らないレイとバカシンジじゃここまでか・・・)

頃合いと見たアスカは立ち上がった。

「さあ、食事も終わったし、そろそろ戻ろっか!」
 
 

 



 
 

アスカを先頭に3人が通路を歩く。
シンジとレイは手をつないでアスカの後ろをついて歩いていた。
アスカが二人に手を握らせたのだ。
それが彼女の許せるギリギリの線でもあった。

レイはつないだ手をじっと見ていた。
シンジの手から伝わるぬくもりがレイの心を微妙に揺さぶる。
レイは手を強く握り締める事にした。

シンジはアスカの背中を見ていた。
なんだか動きが硬そうにシンジには見えた。
アスカがどんな顔をしているのか気になった。
その時レイの手に力が入っていくのを感じる。
シンジは本来の使命を思い出し、レイに視線を固定した。

3人はアスカの部屋に着いた。
アスカが振り向いた。
わざとらしいまでの笑顔で。

「レイ!今日は暇?」

「暇?・・・・・」

「何かやらなきゃならないことあるの?」

「ないわ」

「じゃあ今日はずっと一緒にいられるわね!そうだ、今晩あたしの部屋に泊まりなさいよ」

「どうして?」

レイはシンジの手を離そうとしない。
アスカの笑顔にヒビが入りかける。

(・・・・手強いわね。大分思い出してきたんじゃない?え〜い、仕方ない!)

アスカは覚悟を決めてシンジに言い放った!

「シンジ、あんたも一緒に泊まりなさい!!」

「ええっ!?」

驚くシンジを無視してアスカはレイに再度訊ねた。

「レイ、今晩あたしの部屋に泊まるわね?」

「ええ」

(こいつ〜〜!!)
 

アスカの笑顔が崩壊を始めた。
 
 



 
 
「アスカ、本当にここに3人で寝るの?」

「そーよ!川の字になって!!」

「狭すぎるよ・・・・」

「いーの!いいでしょ、レイ?」

「ええ」

夜が深けるまでレイと話題をもたすのに四苦八苦した二人は、やっと眠るという手段でその苦労から解放されようとしていた。
すでに3人は着替え終えている。
アスカはTシャツに短パン姿、レイもアスカから借りたTシャツと短パンを着ている。
シンジはTシャツとスウェット。
自分の部屋から持って来たマットとシーツをシンジはベッドの横に敷いた。

「シンジ、そこじゃだめ!ベッドで寝るのよ」

「・・・ベッドからはみだした時の用意だよ」

アスカがレイの手を引っ張った。

「はい、あんたが真ん中!」

ベッドにレイを引き込むと自分は壁際のほうに寝転んだ。

(あ〜あたしってなんて優しいんだろ?!むかつく位に!)

シンジを真ん中にしなかったのはアスカにとっては大英断だった。
横になったレイはベッドの側に立つシンジを見あげた。
シンジは恐る恐るベッドに座ると、ゆっくり寝転んだ。

「ほら!」

アスカがシーツの端をシンジに差し出す。
シンジはシーツをつまむと体にかけた。
シンジの体にくっ付いたレイの体・・・狭いからかなり圧力を感じる。
レイの体温が伝わってくるとシンジの胸の鼓動が高鳴りだした。
そんなシンジに冷水を浴びせるようにきつい声が響く。

「電気消すわよ!!」

アスカが壁のスイッチに手を伸ばした。

ぱちっ

室内が暗闇につつまれた。

「おやすみ、シンジ!」

「おやすみ、アスカ・・・」

「おやすみ、レイ!」

「・・・・・」

「シンジ!」

「おやすみ、綾波」

「・・・おやすみ、碇君・・・」
 
 



 

アスカは自分の嫉妬心と戦いつつ、眠りについた。

シンジは自分のリビドーと戦いつつ、眠りについた。

レイは・・・・・・
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

お〜い
 
 
 

・・・・・・
 
 
 

やっほ〜
 
 
 

・・・・?
 
 
 

会いたかったよお〜
 
 
 

・・・・誰?
 
 
 

良かったねー
 
 
 
 

誰なの?
 
 

 

こっちもねーいいことあったんだー
 
 

 

・・・・どこにいるの?
 
 

 

私はもう迷わないよー
 

 
 

何を言ってるの?
 
 
 
 

だから君も自分の気持ちの通りにすれば
 
 
 
 

・・・・・・自分の気持ち・・・
 
 
 
 

悔いを残さないようにしなきゃ
 
 

 

・・・・・
 
 

 

私も悔いは残さないから
 
 

 

・・・・・あなたは・・・
 
 
 
 

お互いがんばろうねー!
 
 
 
 

私の事を・・・・
 

 
 



 
 

「はっ!」
 

レイは目を開いた。

「!・・・・」

殆ど黒色の視界の中、レイは自分の居場所を確認した。
照明の消えた暗い室内。
自分はベッドで寝ている。
そして二人分の寝息が聞こえる。
少しずつ目が馴れてくると自分の膝に乗っかっている片足が見えてきた。
足をたどると壁際に背中をつけて大きな口を開けて寝ているアスカ。
レイは反対側を見た。
ベッドにシンジの姿はなく、下のマットにうつ伏せになって寝ていた。
今膝の上にあるアスカの足がシンジを蹴落とした事などレイは知る由もない。
それより・・・・・・
 

「夢?・・・・・夢を見てたの?」

レイは思い返した。
目を開く間際、一瞬見えた顔を。
満面の笑みをたたえてこちらを見ていた・・・・
 
 
 

「あれは・・・・私?」
 
 
 
 

 

エヴァ終わり>



平和な世界へ行く