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「うううううぅぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
アスカは地面にぺたんと腰を落として泣いていた。
「ううううううう……やっぱり怒っているんだ…………うぇぇぇぇぇぇぇん……どうしよう……うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
「アスカさん落ち着いて……まずその手紙読んでみようよ」
「でも……ううううううううううううううう……うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
シンジは泣いているアスカをベンチに座らす。アスカは封筒を膝に置き眼を手で覆って泣き続ける。シンジは封筒を手にとり中身の便せんを取り出し読み始める。
「アスカさん……綾波怒ってないよ」
「うううう……どうして……うううう」
「これ読んでみて」
いつもと違い深刻そうなアスカの泣き声に周りに集まって来た生徒達もシンジが一瞥すると皆学校に向かった。アスカはシンジに手渡された手紙を読み始める。
「うっく……惣流さん……うっく……碇君へ……うっく……昨日はごめ……ううう……んなさい。私何故か寂しくて……うっく……ふた……ううう……りに辛くあたってしま……いました。私怒って……いません。しんぱ……いさせてごめんなさい……ううう……綾波さん……ううう……怒ってないっ……うううううぅえええええん……綾波さん優しいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉうぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
結局悲しくても嬉しくても泣くアスカである。
「アスカさん涙拭いて、綾波を追いかけようよ」
シンジは鞄からタオルを取り出し手紙と交換にアスカに手渡す。アスカは顔をタオルで覆う。まだ泣いている。シンジはアスカを立たせると右手首を握り歩き出す。二人の鞄を右手で持つ。アスカは右手をタオルから離し左手だけで押さえ泣きながら歩いていく。泣いているアスカをシンジが引っ張っていく光景はよくあるので周りの生徒達は気にしなかった。
「惣流さん……」
「綾波さん……」
一時間目の後の休み時間である。結局授業前アスカとシンジは遅刻ぎりぎりに教室に入って来た為、外を眺めてぴくりとも動かないレイとは話す事が出来なかった。休み時間になるとアスカは立ち上がりレイの席に向かう。レイも立ち上がりアスカの方へ向かう。
「……私昨日いらいらしていたみたい……ごめんなさい」
「私こそはこそこそしててごめんなさい……けっして綾波さん仲間外れにした訳じゃないの……」
「そうなんだ。綾波ごめん。実は……昨日二人で……綾波の引っ越し祝い買いに行っていたんだ。それで土曜日まで秘密にしておこうと思ったんだ」
「そうなの……」
「うん……だから許してね」
「……うん。もともと怒ってない……そのつもりだった。……ありがとう……」
「……よかった……ううう」
アスカは早速嬉し泣きを始める。予測していたのか既にタオルを手にしていたシンジはアスカに渡す。アスカは顔をタオルで拭く。
「じゃあ綾波2時間目始まるからまた後で」
「うん」
シンジはアスカを引っ張っていく。レイも自分の席に戻った。
「そないな事やったのか」
トウジはヒカリ特製特大弁当をぱくつきながら話す。
「誤解が解けて良かったね、お姉ちゃん達」
ノゾミがこれもまた弁当をぱくつきながら言う。
「そうよね。私三人の様子がおかしいので心配しちゃった」
ヒカリである。今日はいつものメンバーで屋上で昼食を取っていた。今日は快晴だ。湿気が少なく程よい風もあり気分がいい天気だ。
「そうだ。実は重大発表があるんだ」
「なんだい碇」
「結婚するんだ」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜碇君惣流さんと……もしかして最後の一線を……不潔よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
「結婚するのは加持さんとミサトさんよぉぉぉぉ」
「なんやてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
「ミサトさんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
それにしても騒がしいメンバーである。
「私知らない」
「綾波僕達も今日の朝ミサトさんから聞いたんだ。急に決まった事なんだって」
「なんでや。なんでミサトさん急にや……」
「最近の激務が負担に成ってきたのでお互いを支えていきたいからなんだって」
「そうか……確かにそうかも知れないな。ミサトさん大変な仕事だもんね」
わりかし立ち直りの早いケンスケである。
「ケンスケはノゾミちゃんつう彼女がいるからそう気楽に言えるんじゃい」
「彼女だなんて……」
いきなり真っ赤に成るノゾミである。
「ワシはミサトさんだけやのに……」
ばし
いきなりヒカリがトウジの弁当をもぎ取る。
「いいんちょなんや……」
「急に弁当あげたくなくなったの……」
ヒカリはトウジ用の特大弁当をばくばくと焼け食いし始める。
「なんでや……」
トウジはおろおろとする。ヒカリにぺこぺこと頭をさげなんとか機嫌を治してもらおうとする。
「……鈍い……」
「ほんとうに」
シンジとケンスケに言われる様では終わりである。
「惣流さん……葛城三佐……じゃなくてミサトさんはいつ結婚するの」
「今日にも入籍するって。ネルフからMAGI経由で直接市役所のデーターベースに受付してもらうって。それで明日加持さんがうちに引っ越してくるの」
「そう」
「それで皆に相談なんだけど……その前にトウジ、僕の弁当いる?」
「センセいいんか……」
完全につむじを曲げたヒカリに無視をされ弁当無しでしょげていたトウジが言う。
「いいよ。これミサトさんが記念に作ったんだ」
「……かぁ〜〜友達はいいもんやぁ。センセあり難く頂くわ」
「ねえ相田君これもミサトさんのお弁当なんだけど食べる?」
「えっ惣流さんいいの……ノゾミちゃん一緒に味見してみない」
さすがにケンスケ。そつがない。
「へえ〜〜ミサトおばさんのかぁ。そうね。じゃあ味見をしましょ」
ノゾミが注意深ければシンジとアスカの顔が引きつっていたのに気が付いていただろう。
シンジはトウジに、アスカはケンスケに弁当箱を渡した。ヒカリはいらない事をするとでも言いたげにシンジを睨んだ。シンジはヒカリにウィンクをする。ヒカリは怪訝な顔をする。
「「いただきまぁぁぁす」」
トウジとケンスケはほぼ同時に卵焼きを食べた。
一秒経過
二秒経過
三秒経過
二人は黙った。顔色が青くなっていく。それでも二人は無理矢理呑み込んだ。
「センセ…………なんやこれはぁ……なんで毒くわすんや」
「惣流さん……これはもしかして……リツコさんの薬の生体実験なんかじゃないのか……」
「違うよ……それは本当にミサトさんのお弁当だよ。ミサトさん家事一切駄目なんだ。中でも料理は一番酷いんだ」
「そんなぁぁぁワシらのミサトさんがぁぁ」
「……俺ショックだぁ……」
「でも事実なんだ。ところでトウジ今まで食べた弁当で美味しかった順はなんだい」
「そりゃ昔食ったおかんの弁当次がいいんちょのや」
「ほんと?」
ヒカリがすぐさま反応する。
「ほんとや。前食べたリツコさんの料理も美味しかったんやが、いいんちょの料理はなんか味がほんわかしてて口に合うんや」
「そう……」
ヒカリはトウジの手にあったミサトの弁当を取り上げると特大弁当を手渡す。
「いいんちょいいんか」
「いいわよ」
「ありがと」
トウジは早速ぱくついた。
「あ、あの……ノゾミちゃん……」
「私お姉ちゃんみたいにやきもち焼きじゃないもん。大丈夫」
「ノゾミ……なあに」
「なんでもないよ」
ノゾミはぺろっと舌を出した。
「あの惣流さん……これ」
「相田君……ノゾミちゃんのお弁当のありがたさ判った?」
「……ああ」
ケンスケはミサトの弁当をアスカに渡す。ノゾミは一時的に持っていた弁当箱をケンスケに渡した。
「ミサトさん……味覚どうなっているのかしら……」
「それは……リツコさんでも解析できないんだって」
ヒカリが一口食べてみてトウジやケンスケと同じく顔を青くし言う。
「明日から加持さんの為にも僕たち命がけでミサトさんに料理の特訓をするんだ」
「そうなの。加持さんの為……愛って耐える事なのよ」
「碇君、惣流さん……私毎日は手伝えないけど時々は遊びに行って一緒に味見をしてあげる」
「ありがとう綾波」
「ありがとう綾波さん」
それにしてもミサト、えらい言われ様である。
「そうだそれで重要な事を言い忘れるとこだった。日曜日に僕達だけのお祝いの会開こうと思うんだ。土曜日は綾波の引っ越し手伝いがあるから。場所はまたこの前と同じく。どうかなぁ」
シンジはどたばたが収まった所できり出した。
「センセ当然や……ワシもミサトさんが幸せなら結婚反対はせん……くっ……男はほんま辛いもんや。……ワシにも手伝えるパーティ大賛成や」
「碇俺も賛成」
「私も」
皆は次々に賛成した。
「あっでもそうすると綾波の引っ越し記念のパーティーが……」
「碇君私のはいいわ。それよりミサトさんのパーティーが優先だと思うの」
「そうかい。綾波ごめん」
「いいわ別に」
レイの一言でパーティーは決まった。
「ただいまぁ……加持さんの靴だ……」
アスカは玄関のたたきで躊躇した。
「アスカさん」
シンジは後ろから優しくはげます。
「うん」
アスカは靴を脱ぎ入っていく。シンジも続く二人はダイニングに来た。
「よおアスカちゃん」
「加持さん」
加持はいつもの様にだらしなくも優しい笑顔を浮かべていた。加持が座っているテーブルの椅子の隣にはミサトが座っていた。テーブルには何かの書類があり二人で眺めている所だった。
「二人ともおかえり」
ミサトが言う。
「加持さんおめでとうございます」
「おう。どうもシンジ君」
ダイニングの入り口で固まっているアスカの肩口からシンジは言った。
すたすたすたすた
アスカが俯いたまま加持に近付く。
ばき
グーだった。アスカの右の拳が加持の頬に炸裂した。ただあまり痛くない。力が入って無い。アスカは俯いたままだ。加持は優しくアスカの拳を両手の平で包んだ。
「アスカちゃん手首大丈夫かい」
ほかぽかぽかぽか
こんどは頭を殴り始めた。すぐにやめアスカは加持に抱きつく。
「ううぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん。うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん。びぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
アスカは抱きついた加持の肩の辺りをびしょ濡れにしながら泣いた。加持は優しくアスカの頭を撫でる。シンジは他の椅子に座った。やがてアスカの泣き声が小さくなってきた。
「ううううう……いきなり……ううう……結婚だって……うっく……突然だから……うぇぇぇぇぇぇ……私混乱して……あうう」
「ごめんなアスカちゃん。俺さぁ。八年間ミサトの返事待ってたんだ。で返事貰らっちまったんだよ昨日。そう言う事なんだ。それにこれからもアスカちゃんの事妹として愛していくつもりだよ。それで許してくれないかなぁ。ミサトと結婚するけどそれ以外は変わらないしね」
「……ううう……ひっく……いきなりすぎる……ひっく……私二人を……うっく……祝福する……ううう……二人とも……ううう……好きだから……ひっく……でも……」
「ありがとうアスカちゃん。確かに急だったね。ここは何を言ってもいいわけになるようだね。すまなかったね、驚かしてしまって」
「うっく……ひっく……うっく……加持さん」
「なんだい」
「ひっく……加持さん今……うっく……幸せ?」
「ああ……幸せだよ」
「そう……うっく……だったら許して……うっく……あげる」
「ありがとうアスカちゃん」
アスカはしばらく抱きついて泣いていた。加持も頭を撫で続けた。やがてアスカは加持に抱きつくのを止める。ぐすぐす鼻をすすりつつシンジの隣の席に来て座る。
「はいアスカさん」
「ありがとう……ぐす」
シンジは用意しておいたタオルを渡した。アスカはタオルでごしごしと顔を拭う。
「加持さん引っ越してくるのは明日のはずじゃないんですか」
「司令の許可が意外とあっさり出たんだよ。それでさ。俺はずっと安いホテルやネルフに寝泊りしてたから家具とかそんなもん無くてね。衣服と靴ぐらいさ」
「そうなんですか」
「そうなのよ。まあ善は急げっていうところね」
「そうですか。じゃあ今日は夕食張りきって作りますよ。えびちゅも今日は六本までいいですよ」
「ラッキーやっぱ結婚はするもんね」
「おいおい俺はえびちゅと同レベルか」
加持が苦笑いする。
「ところで……ぐす……二人は入籍済ませたの……ぐす」
「済ませたわ。今日のお昼丁度をもって私葛城ミサトと加持リョウジは夫婦になったわ」
「……あらためて言うわ。加持さんミサトさんおめでとう」
「ありがとうアスカちゃん」
「ありがとう」
「加持さん、結局名前はどうしたんですか」
「夫婦別性だよ。当分はね。で使徒がこなくなってミサトが作戦部長やらなくても良くなったら二人で新しい名字を作るつもりだ」
「そうなんだ……」
タオルをやっと離したアスカが言う。
「結婚式はするんですか」
「う〜〜んミサトにウェディングドレス着せてやりたいんだか今はそんな余裕はないだろ。うちうちの宴会ぐらいで終わりだな。その内平和になったらだね」
「それなら、今日学校で皆と話したんです。日曜日に皆でここでパーティー開こうって。どうですか」
「お、いいねえ。ありがとうシンジ君。ただどうせならりっちゃんや他の人達も呼びたいから場所はネルフの多目的ホールで来週の日曜日はどうかな。今週の土曜日はレイちゃんの引っ越しもあって大変だろ」
「そうですね。僕もそう思います。アスカさんは」
「私もいいわ。あとで皆にも聞いてみる。あそこならいろいろ準備できるからミサトさんもウェディングドレス着れるし」
「……ありがとう……ううううう……嬉しい……ううう……二人がこんなに私達の事思ってくれて」
「あっミサトさん泣くのは私の仕事よ」
「そうですよ。泣くのはアスカさん一人でまにあってます」
「ひどいわシンジ君」
「葛城……泣くのはよせ。似合わんぞ。泣いていいのはアスカちゃんみたいな美少女だけだ。お前みたいな年増が泣くと格好つかないぞ」
ばき
ミサトの右アッパーで加持は宙に舞う。落ちて来た加持の水月に左ストレートが決まった。加持は壁までふっとぶ。白目を剥いて床に転がった。
「ったくあんたって人は。人がせっかく感涙に耽っていたのに」
美しい眉をぴくつかせながらミサトが言う。
「早速夫婦喧嘩だ。ミサトさん達結婚前と全然変わらないや」
「そっそうみたい」
葛城・加持家は相変わらず騒がしかった。
「綾波、リツコさんおはようございます」
「綾波さん、リツコさんおはようございます」
「おはよう碇君惣流さん」
「おはようシンジ君アスカちゃん」
土曜日の朝アスカとシンジがレイのマンションの部屋まで来ると戸は開いていた。中では割烹着姿のレイとリツコが荷作りをしている。
「リツコさんって割烹着似合うんですね」
「まあね。いつも家だと着ているから。シンイチってこの手の古典的な格好が趣味なのよ。妙な所にこだわるのよね。子供の頃誕生日プレゼントエプロンがいいって言ったのにプレゼント割烹着だったのよ。私子猫柄のエプロンがいいって言ったのによ。もっとも後で猫だか犬だか判らない絵を染めぬいてくれたけどね」
「リツコさんそんなに話したら」
「惣流さん大丈夫。私慣れてきたみたい。お父さんの話だけでは発作が出なくなってる」
「そうなの綾波さん」
「うん。今度直接会うのに挑戦する」
「へぇ〜〜綾波よかったね」
「うん」
レイはにっこりと微笑む。
「さあさあ挨拶はそのぐらいよ。どんどん片付けましょう」
「「「はい」」」
「さてと。シンジ君他の子達はいつ頃来るの」
「トウジとケンスケ、洞木さんとノゾミちゃんがもうすぐ来ます」
「あっ丁度来た」
アスカが指した方を見るとエレベーターから四人が降りる所だった。
「それにしても凄い光景ですね」
「そうかしら」
「そりゃそうや。リツコはんみたいな細身のおなごが片手に机、片手に箪笥を平然とかついてるんや」
「リツコおばさんそれどんな仕組み?」
ぴく
ささっ
リツコの額に青筋が立つ。赤木家の女性はおばさんという言葉に過剰反応するようだ。言った当人であるノゾミはけろっとしている。知らないという事は幸せだのいい例だ。ノゾミ以外は引っ越しの重い荷物を持っているくせにすぐに反応し身を引いていた。トウジはえもん掛けと電気スタンド、シンジは柱時計、ケンスケは他の細々したものを大きな風呂敷に入れたものを運んでいた。相当重い。女性陣は衣服や勉強道具や引っ越し祝いなどが入ったバックを両手に抱えている。
「これね……」
さすがにリツコもノゾミに突っかかっていく事は無い様だ。
「この強化割烹着と強化軍手、強化もんぺ、強化長靴をセットで身に着けると常人の20倍の力が出るのよ。エネルギー源は腰のパワーパックね。ただこれってのんびりとした動きしか出来ないの。だからまさに引っ越し用ね」
「へえ〜〜凄いなぁ〜〜今度僕にも作ってよ。つなぎ服で。僕の家男の人いないでしょ。力仕事困るんだ」
「あら最近はトウジ君とケンスケ君が手伝いに行ってるんでしょ」
「だってお兄ちゃん達頼りないんだもん」
「ノゾミちゃんワシせっかく行ってんやで。そりゃないわ」
「何言ってるの。トウジお兄ちゃんお弁当毎日食べてるでしょ。それどころか最近は土日だって食べに来る時あるじゃない。十年間ただ働き分お姉ちゃんに貸しがあるじゃないか」
「そんならケンスケも同じや」
「ケンスケお兄ちゃんは私のお弁当の試食してもらってるの。ちゃんとどんな味にしたらいいかアドバイスくれるよ。トウジお兄ちゃんバクバク食べるだけじゃない」
「うっ」
反論が出来ないトウジである。
「ノゾミいいのよ。残飯整理なんだから」
「お姉ちゃんそんな事言って甘やかすから。だいたいお姉ちゃんがトウジお兄ちゃんの事を好……むぐむぐむぐむぐ」
慌ててヒカリがノゾミの口を手で塞ぐ。二人でじたばたしてる。
「ぷはぁ〜〜〜〜〜〜お姉ちゃん苦しいよ」
「ノゾミぃぃぃぃ今度口滑らせたらぁ」
「あわわわわ………………」
「二人とも何やってんのや」
「何でもないわ鈴原」
余計慌てるヒカリである。
「洞木さん……行動パターンがいつもいっしょ」
レイに言われたらお終いである。
「赤木さんこんにちわ。凄いですね」
「こんにちわ。早速ですが机と箪笥降ろしたいのでどこか場所ありませんか」
ここはレイが下宿する事になった泥尾家具店の店先である。リツコ達が着く少し前から泥尾イネオは店の前に立って待っていた。箪笥と机を抱えたリツコを見て少し驚いたようだがそこは年の甲、すぐに慣れたようである。ちなみに道行く人達もびっくりするが何も見なかったふりをして通り過ぎて行く。背中にネルフマークを染めぬいた割烹着と金髪で噂を思い出したのであろう。
「少し待ってください。確かにこれなら軽トラックいらないはずですな」
イナオは店の中に入って行く。
「お婆さんや古新聞紙持って来てくれ」
「はいな。お爺さん」
用意してあったのか泥尾ヒシコは手に古新聞紙を持ち店の前に出てきた。
「あらまあ。力持ちだこと」
「この割烹着にからくりが入っているんです」
「あらあら。便利そうだわ。私も最近足腰が弱ってしょうがないのよ。今度一着ほしいわねぇ。あらあら待たせちゃって」
ヒシコは地面に古新聞紙を敷く。
「よいしょっと」
リツコは箪笥と机を古新聞紙の上に置いた。
「ふう。……改めまして。こんにちわ。今日はこんなにいい天気でよかったですわ」
「それだけが心配だったんですよ。お嬢さんの引っ越しが雨にでもなったら可哀想ですからね」
「お爺さん、この子達の普段の行いがいいのはお天道様も判っているんですよ」
「そうだなお婆さん」
「ええそうですわ」
リツコは微笑んだ。
「早速ですけど子供達も疲れているんで荷物をレイに貸してもらえる部屋に入れたいんですけど」
確かに重い荷物を持っているトウジ、ケンスケ、シンジはへばっていた。
「あらあら気が付きませんで。みなさんこんにちわ」
「「「「「「「こんにちわ」」」」」」」
「じゃあこちらから上がってくださいな」
お婆さんは店の横の路地から結構広い裏庭に皆を案内する。リツコはイナオと何か相談があるらしく表に残る。
「レイちゃん後でお婆さんに皆を紹介しておくれ」
「はい」
「じゃこっちから入ってね」
「「「「「「おじゃまします」」」」」」
裏庭に面した縁側からお婆さんは皆を家に入れる。
「こっちの階段から上がっておくれ」
結構広い廊下と階段を通って二階に上がる。階段を上がってすぐの所に部屋の入り口がある。入り口は障子だった。先頭のレイが障子を開ける。
「わぁ〜〜広いぃ」
レイの後ろから見ていたアスカが歓声を上げる。
「でもなんだか細長いよ」
ノゾミが言う。確かに細長い。窓は南と東向きにある。部屋の南側の窓の外にはやはり細長い物干し兼ベランダがある。
「ここは20畳もあるのだけどとっても細長いのよ」
「じゃあみんなまず家具の下をもう一度奇麗にしましょう。ノゾミぞうきんを貰らって」
さっそくヒカリはその場を仕切っている。いつでもどこでも委員長である。
「うん。おばあちゃんぞうきんどこ」
「じゃお嬢ちゃん一緒に取りに行きましょうね」
「はぁ〜〜い」
ノゾミはお婆さんに付いて一階に降りて行った。
「奇麗にお掃除しておいてくれたみたいね」
「うん」
「とりあえずケンスケの風呂敷は降ろしてもいいんじゃない」
「そうね」
「じゃ降ろすよ」
ケンスケは静かに畳の上に風呂敷を降ろした。風呂敷を解くと中からはS−DVD付小型TVと電線類が大量に出てきた。
とたたたたたたた
階段を軽い足音を立ててノゾミが駆け上がってきた。左手にはバケツ右手にはぞうきんを数枚持っていた。
「お姉ちゃん持って来たよ。それとリツコおばさんが箪笥と机運ぶからトウジお兄ちゃん降りて来てだって」
「おう。わかったで」
「ノゾミちゃん」
「なあにアスカお姉ちゃん」
「リツコさんの事おばさんって呼ばない方がいいわよ」
こくこく
ノゾミを除く子供達は頷く。
「そうなの?」
「うん。おばさんおばさんってからかった人は人体改造されたり新薬の実験台にされたりしたって噂があるの」
「惣流さんそれは違うわ。お母さんは新薬の実験台になんかしないわ。優しいもの。完成した薬を投薬するだけ」
「……そっその……」
レイに「それは十分問題だ」とは誰も突っ込めなかった。
「それにお母さんが改造手術するのは瀕死の怪我人を助ける時。優しいからおまけの能力も付けてあげるの」
やはり誰も「おまけってなに?」とは言えなかった。
「へえ〜〜リツコおばさん優しいんだ」
周りはレイとノゾミは名コンビに成るかもと思った。
「……まぁええわ。ワシ行ってくる。ケンスケ頼むわ」
「はいよ」
電気スタンドとえもん掛けをケンスケに渡す。トウジはどたどたと階段を降りて行った。
「ノゾミちゃん柱時計の下拭いてくれない。重いんだ」
「はぁい」
シンジの言葉で皆は引っ越し作業を再開した。
「奇麗に片付いたわ」
アスカが部屋を見渡して言う。部屋には机と箪笥が二つ、大小の三面鏡、大きなテーブル、額縁に入った絵、えもん掛け、柱時計、S−DVD付TVなどか整理されて配置されていた。机の上にはもちろん皆の写真もある。物が増えているのは泥尾夫妻が売り物を持って来たからだ。皆はテーブルの周りに座っていた。
「ねえリツコさん綾波さんの前の部屋はどうするの」
「それはねアスカちゃん、作戦部とうちの研究室の有志で共同で借りる事にしたの。主に宴会とあいびき用ね」
「あいびきってなんですか」
アスカが聞く。さすがに言葉が古すぎるのだろう。
「惣流さんデートの事よ」
「そうなの」
「あいびきやと色っぽいかんじやなぁ」
「そうだねトウジ」
「もちろんアスカちゃんとシンジ君とレイはいつでも使っていいわよ。IDカードで鍵が開くから。それにケンスケ君達もいいわよ。この予備のカードキーを……そうね……ヒカリちゃんに預けておくから。使用する時はかち合わない様に予約を私のホームページにアクセスして。後でパスワードとかは送るわ」
「はい」
「ただしあなた達はまだ中学生なんだから男女二人っきりで泊まるなんてのはだめよ。そう言う事は大人になってからよ」
「はい。私委員長として鍵をしっかり管理します」
ヒカリが言う。
「リツコはん心配せんでもワシおなごとつきおおていまへん。ケンスケとノゾミちゃんに言うてや」
トウジが妙に胸を張って言う。
「だれも鈴原に彼女がいるとは思ってないわよ」
ヒカリがむすっとした声で言う。
「なんやて。いいんちょ言い方に毒あるやないか」
「なによ。事実でしょ」
「まあまあトウジ……」
「そうだよお姉ちゃんも……」
ケンスケとノゾミが止めに入る。周りは微笑んで見ている。
「「ふん」」
見事なユニゾンでヒカリとトウジはそっぽを向いた。
「お姉ちゃん素直じゃないんだから」
「何か言った……ノゾミ」
「なぁ〜〜んにも」
のどかな光景である。
「ねえお母さん」
「なあにレイ」
「これからお母さんは一緒に居てくれないの?」
「そうね。一週間に四日はここに泊めてもらう事にしてあるわよ」
「そうなの。よかった」
「そうよ。月水金日ね」
「うん」
レイは嬉しそうだ。
「よかったね綾波さん」
「うん」
アスカも自分の事のように嬉しそうだ。
とんとんとんとん
階段をヒシコが上がって来た。後ろにはイナオも居る。
「まあまあ奇麗に成った事。ジュースとアイスとお煎餅ですよ」
ヒシコは大きなお盆をテーブルに置く。レイが皆に配る。ヒシコとイナオもテーブルの端の方の席に正座で座った。
「レイ、ちょっと来て」
リツコはアスカとシンジに挟まれているレイを呼ぶと自分も立ち上がる。リツコはイナオとヒシコの側に正座で座る。割烹着ともんぺは脱いでいるので普段のボディコン姿だ。レイも横に座る。
「この度はうちのレイの下宿をお引受頂きありがとうございます。なにぶん私と亭主がいたらなかったばっかりに、いろいろとレイが御迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願いします。レイが何かやらかした時は遠慮なくびしびしとお願いします」
リツコはイナオとヒシコに向かい頭を下げる。レイも頭を下げる。
「二人とも頭をおあげになって。こちらこそよろしくお願いしますよ。私達夫婦も孫娘が帰ってきたような気がしてますから。ねえお爺さん」
「そうだなお婆さん。レイちゃんは孫だと思って大切にお預かりしますよ」
リツコとレイは頭を上げる。
「ありがとうございます。……本来ならうちの亭主も今日一緒にうかがわなければいけないのですが、前にも話しました通りレイの事情がありまして私だけとなりました」
「いえいえ。お気になさらないで。早くお父さんと一緒に居られるようになるといいわね、レイちゃん」
「うん」
「さあ堅苦しい話はこれくらいにしましょうリツコさん。レイちゃんが孫ならリツコさんは娘みたいなものじゃありませんか。これから末長くお願いしますわ」
「はい。よろしくお願いします」
リツコとレイはもう一度頭を下げる。今度はすぐ上げる。
「あらあら。アイスが解けてますわ。私達は店の方に戻るので後はお願いしますわ」
「では今後ともよろしく頼みます」
イナオは言うと立ち上がり階段を降りて行った。ヒシコも着いて行った。
「これで一安心ね……ふぅさすがに肩が凝ったわ」
リツコはトントンと肩を叩きながら皆の方に体を向けた。レイも同じくだ。
「わぁリツコさんおばさんくさぁい」
ピキン
何気無く言ったノゾミの一言で空気が凍った。
「ノ・ゾ・ミ・ちゃぁぁぁん」
「あわわわ」
さすがの脳天気娘ノゾミちゃんでもびびった。他の子供達はリツコの妖気で動けない。アスカなどは声も出せず涙ボロボロと泣いている。レイでさえ動けない。
「こ・ん・な・に・わ・か・い・お・ね・え・さ・ん・に・お・ば・さ・ん・な・ん・て・い・っ・て・は・い・け・な・い・の・よ・ぉ」
にっこり
リツコがノゾミに微笑んだ。ノゾミは硬直し、ノゾミのとなりに居たケンスケは少しちびってしまった。
「ふぁふぁい」
やっと声を出す。それと同時に室内に満ちていた妖気が無くなる。
へなへな
皆はどっと疲れた。アスカは泣き声が出そうになったがリツコに微笑まれて怖くて泣き声が引っ込んでしまった。
「あっあの、皆引っ越しのお祝い持って来たわよね。それ私が預かってたの」
ヒカリが力を振りしぼって言う。さすが委員長である。
「そっそやった。いいんちょ気が付くやないか」
トウジも合わせる。
「じゃあ皆に戻すわね」
ヒカリのバックに入れてあったプレゼントをそれぞれ元の持ち主に戻す。
「私からいくわ。綾波さんこれ。綾波さんのイメージに合わせて選らんだの」
ヒカリはスカイブルーの生地に子猫の柄のエプロンをレイに渡した。
「わぁ可愛い。着ていい」
「もちろんよ」
レイは立ち上がるとエプロンを着ける。
「綾波さん似合うわ」
「ホントだ綾波。エプロン姿も似合うね」
「そう。ありがとう」
少し頬を染めるレイである。
「さすが美人はとくやぁ。何着ても似合うやないかぁ」
「そうよね。うらやましいわ」
とヒカリ。
「エプロンなら学園祭の時のいいんちょのエプロン姿もなかなかやったで」
「あら。やだ」
と真っ赤っかのヒカリ。完全に頭の中がトリップした。ほっぺたを押さえてぶつぶつと何か呟いている。
「どないした、いいんちょ。まあええわ。これワシからのプレゼントや。ワシおなごに何プレゼントしていいかわからへん。でいいんちょに相談してこれにしたんや」
とトウジは言うと包みを開けた。フライパンだった。
「テフロン加工で鉄板の厚みが分厚い奴がええっていいんちょから聞いたんや。でいろいろ探したやつや。うまい弁当リツコはんに食わせてやってや」
トウジはレイに手渡す。確かに直径の割には重い。テフロン加工もしっかりとしている。
「うん。大事に使う。ありがとう」
レイはフライパン片手ににっこりと微笑んだ。
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