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 翌日レイが起きるとリツコの姿は無かった。レイは一瞬うろたえたがキッチンから音がするのを聞き安心する。パジャマのままキッチンへ行く。そこには割烹着代わりの白衣を着たリツコがいた。冷蔵庫を開いて悩んでいる。リツコは物音で振り向く。




 「博士おはようございます」
 「レイちゃんおはよう。よく眠れた」
 「うん」
 「そう。よかったわね。レイちゃんは朝ご飯の前に踊りの練習と掃除をしてシャワー浴びるって聞いたけど」
 「はい。そうです」
 「じゃあ踊りの練習をしてシャワー浴びなさい。ご飯の用意しておくから」
 「はい博士」 












 「今日は朝から行くのね」
 「はい博士」




 和風の朝食の後二人は濃い目のお茶でくつろいでいる。




 「トウジ君とケンスケ君の事どう思うの」
 「よく判りません。でも悪い事をしたのではないかと思います」
 「どうしてそう思うの」
 「洞木さんと惣流さんを泣かせたから」
 「そう。あなた自身はどうなの」
 「私は……写真を取られる事はいい事だと思います。でも……まだよく判りません。博士私判る時が来るの……」
 「ええそうよ……徐々にアスカちゃんやヒカリちゃんの気持ちが判るようになるわ。今は出来るだけ考えてあげましょうね」
 「はい」
 「じゃあそろそろ行きましょうか。今日は一緒に皆で行くの」
 「今日は自分の料理の道具とかが重いのでホールに直接集まる事にしています」
 「そう。では直行しましょう」




 二人は用意を始めた。












 リツコのEVは約束の時間から五分遅れでホールに着いた。途中でパンクしてタイヤの交換に時間を食ったからである。リツコは技術力はあっても腕力がある訳ではないのでこういう事はいつも旦那にやらせていたからである。
 ホールに着くとリュウとリュウの部下達は既に到着して衣服を運び込んでいた。シンジとトウジとケンスケも到着して所在なさげに立っていた。




 「あ綾波、リツコさん」




 シンジが気が付く。レイが三人に向かって歩いていく。




 「綾波、アスカさんは部屋に閉じ篭ったままなんだ。洞木さんもまだ来てない」




 近付いてきたレイにシンジが言う。トウジとケンスケは直立不動である。




 「そう」
 「綾波ワシら……」
 「後で」




 レイはそう言うとリツコのところに戻る。リツコはEVに寄りかかり成り行きを見ていた。




 「博士、私惣流さんと洞木さんを迎えに行ってきます」
 「そう。やっぱり来ていないのね。じゃあ生地づくりとかは私とシンジ君でやっているから行ってらっしゃいな」
 「はい。すぐに行ってきます」




 レイはミサトのマンションへと歩いていった。
 シンジ・トウジ・ケンスケはレイの後ろ姿を見送る。リツコは三人に近付くとホールへと連れて入った。












 「ミサトさんレイです」
 「レイちゃん今開けるわ」




 がちゃ




 インターフォンからミサトの返事が戻ってきてすぐにドアが開いた。




 「惣流さん迎えにきました」
 「よかったわ。私が説得しても全然反応ないのよね。情けないんだけどさぁ。レイちゃんお願いね」
 「はい」




 レイはフラットに上がるとまっすぐにアスカの部屋に向かった。部屋の前で立ち止まる。中からは物音一つしない。




 「惣流さん」




 レイは静かに声をかけてみた。何も音はしない。聞こえていないのかもしれない。レイは部屋に入る事にした。




 「惣流さん、入るわ」




 レイは戸を開けた。アスカは赤いパジャマのままベッドの端に座り開けた窓から外を見ていた。レイからは背中しか見えなかった。レイは静かに戸を閉めた。しばらく戸の近くに立っていたがやがてアスカの横に座った。レイは黙っていた。
 レイは何かを言ってあげようと思った。ただ何を言ったらいいのか思いつかなかった。ずっと横に座っていた。長い時間が過ぎた。




 「私……」




 アスカが口を開いた。レイは少しアスカの顔を覗き込んだ。




 「飛び級繰り返してたからクラスメートなんていなかったの。家も研究所の中にあったから同い歳の子近所にだれもいなかった」
 「そう」




 レイは静かに言う。レイは自分の小さい時を思い出そうとした。だめだった。




 「皆年上ばっかり。いつも珍しそうなで見られてたわ。それにやっぱり泣き虫だからうっとうしがられたの」
 「そう」
 「……日本に来るって決まった時絶対中学に入れてもらうように言ったの。友達欲しかったの」
 「……」
 「女の子の友達も男の子の友達も出来たわ。楽しかった」
 「そう」
 「それなのに、あんな恥ずかしい事されるなんて」




 ぽたぽた




 またアスカの瞳から涙が流れ始めた。レイはアスカの顔を覗き込む。そこには悲しく曇った顔があった。レイは何かを言わなければと思った。




 「私写真が売られてたの知っていたの」




 レイが言う。アスカはレイを見る。




 「私知ってた。でもどういう事か判らなかった。なんで私の写真買うのか判らなかった。それに……私恥ずかしいって良く判らない。恥ずかしい事なの」
 「…………うん。そうよ女の子が知らない間に自分の写真売りさばかれるのは恥ずかしい事よ。……ぐす」
 「そう……」
 「そうよ……ぐす」
 「私昨日恥ずかしい事って判った気がした。でもずっと考えたらまた判らなくなったの。皆に好かれているからいいとも思ったの」
 「でも綾波さん……うっく」
 「私ずっと何もなかった。だからあれが恥ずかしい体験だと判らなかった。今でも判らない。でもお友達が減ってしまうのが嫌なのは判るの」
 「でも……二人とも……酷い……うっく」
 「きっと悪い事なんだろうと思う。だから怒りに行きましょう。悪い事したら怒るの。きっとそうすればよくなると思う」
 「……」
 「私もう一人は嫌い。友達がいなくなるのも嫌い。だから怒りに行きましょ」
 「……う、うん……ぐす」




 レイはアスカを少しだけれど助ける事が出来ると思った。




 「今日約束の時間に洞木さん来なかった。だから先に洞木さんの家に行きましょう」
 「そうなの。洞木さんも来なかったの……綾波さん私準備をするから外で待っていてね」
 「うん」




 レイは部屋を出た。ダイニングに行くとミサトが何かの報告書らしき物を書いていた。レイの気配に気が付き顔を上げる。




 「レイちゃん、どうだった」
 「惣流さん今から行くそうです。準備をしています」
 「そう、それはよかったわ。レイちゃんありがとう」
 「はい」




 レイはテーブルの椅子を引き座る。




 「ミサトさん」
 「なあにレイちゃん」
 「教えてください」
 「なにを」
 「私今度の事よく判らないんです。恥ずかしいのがよく判らない……私心が無いから判らないのだと思いました。だから博士に聞いたらそんな事は無いと言われました。私怖いんです。心が無いんじゃないかと思うと」
 「……レイちゃんそんな事は無いわよ。あなたは優しい心の持ち主よ。現にアスカちゃんを心配してここに来てくれたじゃない」
 「……本当にそうなんですか」
 「そうよ。私もリツコもあなたに嘘はつかないわよ」
 「……はい。判りました」




 レイはミサトをまっ正面から見て返事をした。少し微笑んでいるようだった。ミサトは自己嫌悪で胸が苦くなった。
 やがてアスカの部屋の戸の開く音がしてきた。












 「どなたですか、あ、アスカお姉ちゃん、レイお姉ちゃん」




 レイは何度かヒカリのところに遊びに来ているのでノゾミとは顔馴染みになっていた。




 「お姉ちゃん迎えにきたんでしょ、今引っ張ってくるわ。その前にあがってね」




 洞木ノゾミはそう言うとドアを開ける。




 「おじゃまします」
 「おじゃまします」




 ノゾミは二人を居間に案内した。レイはまだ元気の無いアスカの手を握っている。今は私が助けてあげようとレイは思った。




 「お姉ちゃん達ちょっと待っててね、今連れてくるから」




 パタパタパタパタ




 ノゾミは二階に上がっていった。




 「ヒカリお姉ちゃん、アスカお姉ちゃんやレイお姉ちゃんが呼びに来てるよ」




 二階でノゾミの言う声が聞こえてくる。




 バタバタバタバタ




 「今来るって。ヒカリお姉ちゃん昨日から部屋に篭ってるの。だから今日はコダマお姉ちゃんの朝ご飯だったの。コダマお姉ちゃんへたなのよね、料理。おかげで今日の朝ご飯はシリアルだけだったんだよ。ねえねえヒカリお姉ちゃん鈴原お兄ちゃんと喧嘩しちゃったってほんと。昨日マヤさんがコダマお姉ちゃんと話しているの聞いちゃった」
 「……あのそれは……」




 アスカが口を開きかける。レイはアスカの代わりに何かを言おうとした。




 「ノゾミ……あなた何聞いてるの」
 「あ、ヒカリお姉ちゃん」




 ヒカリが居間に入って来た。チャイナドレス風のパジャマのままである。レイはヒカリも泣いていたのだというのが判った。そんな顔をしていた。




 「じゃ、ごゆっくり。僕部屋にいるね」




 ノゾミはばたばたと二階の自分の部屋に戻っていった。ヒカリはテーブルの椅子を引き座る。




 「洞木さん、今日行かないの」




 アスカもヒカリも俯いていて話さなかった。何とかしなければとレイは思った。




 「……行きたくない」




 レイはヒカリらしくないと思った。何だか違うと思った。このままではいけないと思った。




 「でも行かないと、そのまま。お友達じゃなくなるかもしれない」




 レイはそれが一番怖い事と思った。




 「……鈴原があんな事するなんて。好きなのに……」
 「……そう好きなの……」
 「………………………………うん」




 微かにヒカリは肯いた。アスカは黙ったままだ。レイは少しうらやましいと思った。レイは自分もシンジが好きなのではないかと思っている。でも好きだという事がほんとに自分の心が持っている物か自信が無かった。




 「……私好きって事も恥ずかしいって事も良く判らない。昨日の事も良く判らなかった」
 「……なぜ。綾波さん一番被害にあったのに」
 「……私。……転校してくる前の記憶が無いの」
 「えっ」




 ヒカリは驚いた。ネルフの人以外には言ってはいけないとリツコに言われていたがレイは怒られてもいいと思った。




 「本当は関係者しか言ってはいけないの。だけど洞木さん友達だから、きっとそう。だから言うの」
 「……」
 「私EVAの実験の失敗で記憶も感情も失ったらしいの。失った事も判らなかった」
 「綾波さん……」




 ヒカリは瞳をレイに向ける。レイはその濡れた瞳を明るくしてあげたかった。




 「友達もいなかった。友達って判らなかった。でも碇君に会って少しずつ判って来たの。アスカさんと会って洞木さんと会って判って来たの。今も良く判らないけど。友達っていてくれるといい。心が暖かくなる」




 ヒカリはレイを見続けるままだった。ふとレイは思った。暖かくなるところはやはり心かもしれないと。




 「だから仲直りした方がいいと思う。それに好きな人っているととてもいい事。きっと。だから鈴原君と仲直りした方がいいと思う」
 「でも……」
 「だったら怒ればいいと思う。悪い事したから。きっとそれでうまくいく」
 「…………」
 「ヒカリお姉ちゃん何うじうじしてるのよ。お姉ちゃんらしくないよ」




 ノゾミだった。いつのまに居間の出入り口に立っていた。




 「レイお姉ちゃん。話し聞いちゃった。絶対誰にも話さないよ。きっと秘密なんでしょ。ねえヒカリお姉ちゃん、何からしくないよ。いつも鈴原お兄ちゃんの事好きって言ってるじゃない。だったらお兄ちゃんと仲直りしちゃえば。気分が収まらなかったら、ぶん殴って蹴っとばしちゃえば。だってお姉ちゃん怒ってるけど仲直りしたそうだよ。昨日から鈴原が鈴原がしか言わないし。ほらほら立って着替えた着替えた」




 ノゾミはヒカリの手を掴み引っ張り上げる。




 「……ノゾミ」
 「洞木さん……私も昨日からずっと泣いてたけど……とにかく行こうよ。どうなるか判らないけど」
 「…………うん」




 ヒカリは俯いたまま立ちあがるとノゾミに引っ張られていった。




 「洞木さん……」




 レイは呟いた。












 ケンスケとトウジはホールで受付をしていた。お昼頃になって少し暇になった。




 「あ惣流さん、綾波さん……」
 「いいんちょ……」




 二人は立ちあがった。ホールの入り口にはレイを先頭にアスカとヒカリが姿を現わした。
 トウジとケンスケが動けないでいるとレイは二人を連れて前を通り過ぎた。アスカとヒカリは顔を伏せたままだった。トウジとケンスケは三人を目で追うだけになってしまった。
 三人は調理室に入っていった。




 その日の試着会、試食会共に好評に終わった。用意された衣装は全て仕立て直し範囲で何とかなるものだった。試食会は衣装を片付けたホールで行われた。おおむね好評であった。その場でアンケートが配られその結果はケンスケが集計し学園祭当日のケーキやコーヒーの味の調整に使われる事となった。












 「鈴原……」




 皆で調理に使っている部屋を掃除している時であった。みな小さな彗で掃いていた。大ホールの方はリュウの部下達が片付けた。こちらの方は子供達で掃除する事になった。




 「な、なんやイインチョ」




 トウジは珍しくおどおどした感じで聞いた。レイはヒカリ達の方を振り向いた。
 ヒカリはトウジの前に来た。今まで俯いていた顔を上げる。奇麗な瞳には涙が光っていた。




 「……トウジの……バカバカバカバカ……………………」




 バサバサバサバサ




 ヒカリはトウジを小さな彗で叩きはじめた。トウジは避けなかった。レイはびっくりした。唖然として見ていた。




 「ケンスケ君もバカよ…………うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんうぇぇんん」




 アスカもケンスケを彗で叩きはじめた。




 バサバサ




 様子を見に来ていたノゾミも唖然としていた。




 バン




 ケンスケのメガネがふっとんだ。ヒカリとアスカは叩き続けた。トウジとケンスケは黙って立って耐えた。レイはどうしたらいいか判らなかった。ただ唖然と見ていた。




 ザク




 「いてぇぇぇ」




 トウジが突然大声を上げた。涙でほとんど前が見えなくなっていたヒカリとアスカはトウジの顔を見た。シンジとレイ、ケンスケとノゾミもである。
 トウジの左の頬には一本の筋が付いて血が溢れ出していた。彗の毛の部分を覆うブリキで頬を切ったようだ。さすがに痛いのかトウジは頬を押さえ顔をしかめている。手が見る間に血に染まる。




 「……あ……あ……鈴原…………」




 ヒカリは目を見開いてそう呟くと急に視線が泳ぎ出し膝ががくんとなった。失神したみたいだ。彗が転がった。




 「イインチョ」




 ヒカリが前のめりに危うく顔を床にぶつける寸前トウジが抱き止めた。おかげで二人とも血だらけだ。




 「私博士呼んでくる」




 レイはとにかくトウジとヒカリを見てもらわなくてはと思った。部屋を駆け出していった。ホールの方へ行くとリツコとマヤとリュウが相談をしていた。まわりではリュウの部下がホールの後片付けをしていた。




 「あら、血相変えてどうしたのレイちゃん」
 「トウジ君が怪我しました」
 「え」
 「洞木さんが急に怒り出しました。振りまわした彗でトウジ君が頬を切って出血が酷いです。それを見て洞木さんが倒れました」
 「判ったわ。じいや私の車を駐車場からホールの前に出しておいて」




 リツコはハンドバッグからキーを取り出すとリュウに渡す。




 「かしこまりました」




 リュウは鍵を受け取ると素早く姿を消す。




 「レイちゃん、マヤ、行くわよ」
 「はい」
 「うん」




 三人は部屋に駆け込む。




 「マヤあなたはヒカリちゃんの様子見て。私はトウジ君の傷見るから」
 「リツコはん。ワシはいいです。イインチョ見てやってや」
 「マヤが見るから大丈夫。あれでも私の愛弟子よ」




 マヤはヒカリの脈を取ったり体温を計ったり汗の具合などを見ていた。




 「先輩大丈夫です。ショック症状は起してません。このまま寝かせておけば大丈夫です」

 「了解。あらトウジ君は結構傷深いわ。このままだと跡が残るわね。すぐネルフで手術しましょう」
 「ワシいいです。そんな大げさな……」
 「トウジ君がよくてもヒカリちゃんがね。トウジ君の顔に傷が残るなんて知ったらヒカリちゃんの心が傷つくわ。とりあえず血止めと殺菌」




 リツコは鞄よりスプレーを取り出すとトウジの傷口に吹き付ける。見る間に血が止まる。
 結局トウジはネルフで簡単な手術を受けることとなりリツコと共にネルフに向かった。




 「マヤさん、鈴原君と洞木さんは大丈夫?」




 レイは聞く。子供達の中では一番落ち着いている。




 「鈴原君は多分簡単な人工皮膚の張りあわせと固定の手術ね。先輩が執刀すれば三日もしたら跡は見えなくなるはずね。ヒカリちゃんは失神しているだけ。このまま少し寝かせておいてあげれば目が覚めるわ」
 「そう、よかった」












 「博士鈴原君は……」
 「大丈夫よ。多分三日程で人工皮膚が吸収同化されて跡も残らないわ」
 「よかった」
 「そうね。洞木さんはマヤとレイちゃん達で送っていったのよね。どうだった」
 「洞木さんは真っ青になっていました。看護婦のコダマさんが帰っていたのでマヤさんが洞木さんを帰した時に沈静剤も渡してきました」
 「それらな一安心ね」




 レイはマヤ達とヒカリを送り届けた後ネルフに戻って来た。トウジの手術は簡単な手術だったので既に終わりトウジは帰宅していた。




 「博士ありがとう」
 「ん」
 「トウジ君の治療をしてくれて」
 「どういたしまして。それにあのまま傷なんて残ったら鈴原君とヒカリちゃんが可哀想でしょ。仲直りもしにくいし」
 「うん」
 「後でヒカリちゃんが落ち着いた頃を見計らって私がトウジ君の怪我については説明してあげるわ。お姉さんが看護婦だからその子に説明した方がいいかしら。え〜〜と……」
 「コダマさん」
 「そうそうコダマちゃんだったわよね」
 「はい」
 「じゃその子に連絡しとくわ。レイちゃん今日はまだこっちでやる事があるので先に帰っててくれない。2時間もしたら私も帰るから夕飯の準備お願いね」
 「うん」
















 翌日はくもり空だった。レイはリツコと西田博士の分のお弁当も作った。途中までリツコと一緒だったがいつものベンチの前で別れた。レイはベンチに座り文庫本を開きシンジとアスカを待つ。詩集を読んでいても頭に入らない。思わずため息をつく。レイは自分でびっくりする。ため息などついた事が無いからだ。
 やがてシンジとアスカが見えた。二人は黙っているようであった。




 「碇君、惣流さんおはよう」
 「おはよう綾波」
 「おはよう綾波さん」




 レイは文庫本をしまうと立ちあがる。三人は学校に向かう。
 しばらく三人で静かに歩いて行くとトウジとケンスケが待っていた。三人は立ち止まる。トウジの頬は大きなプラスチックの覆いで覆われていた。




 「惣流、綾波、シンジかんにんや。昨日の事でよう判った。ワシらがやった事がどないな事か。もう絶対せえへん。ゆるしてや」
 「俺もだ。許してくれ皆」




 辺りはセミの音だけになる。周りを他の生徒達が不思議そうな顔をして通り過ぎていく。




 「私はいい。勝手に写真撮らなければいい。今度は私も返事をする」




 レイは言う。何を言ったらいいのか判らないが思っている事を言う事にした。




 「私も……私はまだ怒ってる……けど皆は初めてのお友達。だから無くしたくない。だから一度だけ許してあげる」




 アスカも静かに言った。




 「僕はいいよ。今度から絶対あんな事しちゃだめだよ」




 シンジも言う。




 「ありがとう」
 「ありがとう」




 トウジとケンスケは頭を下げた。ずっと下げていた。




 「鈴原君、相田君そろそろ学校に行きましょう。もういいわ。後はこれから態度で示してね」




 アスカは目をごしごしこすりながら言う。少し涙が滲んで来たらしい。レイはアスカがいつもの泣き顔に戻ったのが嬉しかった。




 「おう判ったで」
 「俺も」




 トウジとケンスケはやっと顔を上げた。




 「じゃ行こうか。綾波もいいの」
 「うん」
 「ありがとう」
 「ありがとう」




 トウジとケンスケは改めてレイとシンジにも頭を下げた。




 「もうこんな時間。早く行かないと」




 レイは言った。皆は学校に向かって歩き出した。












 「あ、ノゾミちゃん」




 校門にはノゾミが立っていた。ノゾミは第壱中の一年生である。レイは可愛くて元気なノゾミが好きである。




 「お兄ちゃん達おはよう。もう仲直りした?」
 「大丈夫だよ」




 シンジが言う。残りの皆は仲直りしたのになぜ何も言わないのだろうとレイは思った。




 「よかった」
 「トウジお兄ちゃんごめんなさい。僕が変な事言ったばっかりにお兄ちゃんに怪我させちゃって」
 「大丈夫や。ネルフの最新技術を使って手術したよって三日で治るそうや。だいたいノゾミちゃんのせいやない」
 「うん。ありがとう」




 少し暗い顔をしていたノゾミであったが、やがてにっこりと笑った。なかなか可愛い。




 「じゃ次っと。お姉ちゃん出てきなよ」




 ノゾミがそう言い。校門の後ろに周る。ヒカリを引っ張って来た。ヒカリはまた俯いている。




 「ほらお姉ちゃん」




 ノゾミはヒカリの荷物を持つとトウジの前にヒカリを押し出す。




 「鈴原……」




 トウジとケンスケが話し出す前にヒカリが口を開いた。




 「女の子を心配させたり怒らせたり最低よ。ケンスケ君もそう。最低、最低、最低、最低、最低……」




 ぽかぽかぽかぽか




 今度ヒカリは片手で目の辺りを押さえつつ片手でトウジの胸を叩いた。軽く軽く。レイはまたヒカリが叩き出してびっくりしたが前とは少し違うように思い静観する。
 ヒカリはやがて後ろを向いてしまった。
 トウジとケンスケは謝るきっかけを失った。レイは何か言ってあげようと思った。




 「だから……」




 ヒカリがまた口を開いた。レイはまた静かに見守る。




 「最低だから私が見張っててあげるわ。そうしないといつまた悪い事するか判らない。だから友達でいるわ。女の子をいじめる様な事は絶対許さないんだから。私委員長だから。絶対に見捨てないけど悪い事もさせないわ」




 ヒカリは黙ってしまった。トウジとケンスケも黙ったままである。レイは少し考えた。多分ヒカリは怒りながらも許してあげたのではと思った。




 「もうお姉ちゃん素直じゃないな。翻訳するよ。私はまだ怒っています。だけど許してはあげます。友達でいようと思っています。絶対にこれからは今度のような事はしてはいけないわ……だよ。ほらお兄ちゃん達」
 「ああ、イインチョほんまスマンことした。ワシ今度の事でおなごにああいう事するっちゅうのがどうゆう事かよう判ったわ。かんにんや」
 「俺もしみじみ痛感したよ。許してくれ」




 ノゾミの通訳で謝るきっかけを掴んだ二人である。




 「いいわ…………。私委員長だから先に行ってる」




 ヒカリは荷物をノゾミから受け取ると小走りに校舎に向かって駆けていった。残りの皆は少し後にやはり小走りに校舎に向かい駆けていった。レイは走りつつほっとした。












 あの後のヒカリは特に普段と変わり無く委員長の公務を果たしていた。レイは冷静なヒカリを偉いと思った。お昼になった。皆はいつもの様に机を動かし寄せていた。




 「鈴原、ケンスケ君座りなさい」




 鋭いヒカリの声が学食の購買部に行こうとしたトウジとケンスケを制止した。レイはまた仲互いするような事があったのかと心配した。




 「は、はい」
 「はい」




 ふたりは逆らわなかった。




 ドン




 トウジの前にいつもの大きな弁当箱が置かれた。レイにはいつもより弁当箱が大きく見えた。




 「イインチョ……」
 「誤解しないでよ、鈴原。鈴原みたいな野蛮人は飢えるとなにするか判らないから……あくまで残飯整理の餌だからね」
 「……アリガト」
 「あくまで残飯整理よ」




 ヒカリは顔をそむけて言った。レイがなんとなくヒカリの顔を覗き込むと頬を真っ赤にしているのが判る。




 「素直じゃないなぁ」
 「あノゾミちゃん」




 一年生のノゾミが何故か2−Aの教室にひょっこりと顔を出していた。




 「ケンスケお兄ちゃん、今度僕お弁当作ってみたんだ、でも試食係がいなかったんだ。そしたらお姉ちゃんが罰としてケンスケお兄ちゃんにやらせようって言うんだ。酷いよね。実の妹の腕信用してないんだよ。でもケンスケお兄ちゃんっていつも学食の購買でしょ。だからさぁ、試食係やって」




 ノゾミはそう言うと両手にぶら下げた弁当箱を二つケンスケの机に置いた。空いてる椅子を持って来て無理矢理ケンスケの隣に割り込む。ノゾミも頬を真っ赤にしている。レイは姉妹で行動パターンが似ていると思った。




 「でもノゾミちゃん1ーAだし……」
 「屋上で食べてる人もいるんだもん。いいんだってば」
 「そ、そう……ありがとう」




 ケンスケがどう反応していいのやら判らないといった様子だ。ノゾミのおかげで場の雰囲気が和やかになった。




 「じゃ食べようよ」
 「そうね」
 「じゃ」
 「「「「「「「いただきまぁす」」」」」」」




 レイはまた皆で仲良くご飯を食べる事が出来て嬉しいと思った。












 それから学園祭までの一週間シンジ達とクラスの仲間は手分けして準備をした。当日調理を担当する者は放課後毎日ネルフのホールでケーキを作った。他にも食器を用意する者看板を用意する者様々だった。トウジの頬の怪我も三日後には治っていた。そして学園祭の初日の土曜日が訪れた。












 初日からレイ達のクラスの喫茶店は結構客が入った。




 「なんで宣伝もしていないのに水出しコーヒーの事がこんなに知れ渡っているのかしら」
 「私知らない」




 レイとアスカは不思議に思った。開店時の水出しコーヒーの予約客が席につくとレジは暇になった。まだまだ本番は先だ。今はレイとアスカがレジに立っていた。シンジ達は調理室である。




 「それの理由はだな……」
 「あ副司令……」




 声の主は冬月であった。今日はネルフの制服ではなく灰色の落着いた背広だ。




 「アスカちゃんここでは副司令ではないよ」
 「じゃなんて呼べばいいですか」
 「そうだね……」




 レイは冬月の格好が先生みたいだと思った。




 「冬月先生がいい」
 「冬月先生か……懐かしいな」




 レイの言葉に微笑む冬月である。冬月お爺さんもいいかもしれないとレイは思った。




 「じゃ冬月先生に決定ですね」
 「そうだな」




 アスカが言うとまた微笑む冬月である。




 「キョウコ君もそう呼んでいたな……」
 「ママがどうかしたんですか」
 「いやなんでもないよ」




 冬月はレジの近くの席に座る。たまたま客は他にいない。




 「いらっしゃいませ。何をご注文でしょうか」




 クラスメートの一人が注文を取りに来た。




 「ふむ。これがメニューか。タコ焼きセットを貰らおうか」
 「はい。タコ焼きセットですね。しばらくお待ちください」




 その子は婦人警察官の格好をしていた。




 「ふむ面白いな。アスカちゃんレイちゃん先程の話は……」




 冬月はレジの方に向き言う。スーツが渋く似合っている。レイはゲンドウもたまには違う服を着ればいいと思った。




 「赤木君はコーヒー通として第三新東京市に名前が知れ渡っているのだよ。彼女が複数回行った事があるコーヒー店が名店だと言われるぐらいに」
 「そうなんですか」
 「その赤木君がコーヒー製造器を作ったのだよ。コーヒー通を気取る者にとってこの場にいないという事は資格が無いと言われるに等しいのだよ」
 「博士凄い」




 レイはさすがリツコだと思う。お母さんはなんでも一番だと内心喜ぶ。丁度そこへ浴衣のヒカリがお茶とタコ焼きのセットを持って来た。




 「お待たせしました。タコ焼きセットです」
 「……美味しそうだな。……君は確か洞木さんだったかな」
 「あれなんでご存じなんですか」




 さすが冬月である。チルドレンの友達も熟知している。やはり苦労人である。




 「洞木さん。この人ネルフの冬月副司令なの」
 「始めまして。いつもシンジ君達と仲良くしてくれてありがとう」
 「あ、いえこちらこそいつもお世話になりっぱなしです」




 ヒカリはどう対応していいのか判らず慌てている。それを見てとったか冬月が言う。




 「それでは冷めないうちに頂こうかな」
 「え、あ、どうぞ」




 ヒカリは慌てておじぎをすると調理場に戻っていった。
 冬月は朝食がまだだったらしく、タコ焼きセットをぺろりと平らげた。




 「美味しかったよ。では私はネルフに出勤と行くか。お代はいくらかな」
 「○○○円です。カードも使えます」
 「そうか。まあこういうころでカードもなんだろう」




 冬月は小銭でぴったりと支払う。性格が出ている。




 「二人とも頑張りなさい。シンジ君にもよろしく言っておいてくれたまえ」
 「「はい」」




 冬月は余裕のある雰囲気を漂わせながら去っていった。
 冬月が居なくなったあたりから徐々に店は込みはじめて来た。ケーキ目当ての女子生徒、コーヒー目当ての教師達、タコ焼きを飯がわりにする人、衣装が目当てな者、皆満足しているようだ。出前もなかなか好調である。







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