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 「綾波結構出前があるよね」
 「うん」




 レイとシンジは一緒に台車を押していた。リツコ特製の完全振動吸収緩衝装置付き台車である。コーヒーとケーキ、タコ焼きと日本茶の出前の帰りである。シンジは執事のレイはメイドの格好をしている。リュウの部下達の格好が結構二人は気にいったらしく作ってもらったらしい。




 「それにしても綾波って人気あるんだね。3−A組に配達した時なんか男女問わず可愛いって声が上がっていたよ」
 「そう。でもあの人達私の心を見てくれない。それに私本当に可愛いの」
 「うん。綾波のメイド姿ってめちゃくちゃ可愛いよ」
 「あ…ありがとう」




 レイの頬が微かに赤くなる。




 「それに他人の心って見ただけじゃ判らないし」
 「そう……。碇君」
 「なあに綾波」
 「私……心あるの……」
 「あるのって……もちろんあるよ。どうして」
 「私心持ってないから写真売られても恥ずかしく無かったかもしれない。博士にそう聞いたら絶対そんな事は無いって言われたけど……」
 「もちろん綾波は心があるよ。そうじゃなったら惣流さんや洞木さんの事あんなに心配しないよ」
 「そう……うん」




 レイは嬉しかった。シンジにそう言ってもらう事を望んでいた事に気が付いた。レイは自分がやはりシンジの事を好きなのだと思った。頬が熱くなるのを感じた。




 キャ




 レイは小さな悲鳴をあげた。レイが思わず棒立ちになったのにシンジが気付かずそのまま台車を押した為、取っ手を握っていたレイは前のめりになったからだ。




 わっ




 シンジは慌ててレイの手を掴もうとする。が、間にあわずレイは顔面から床に突っ込んでしまう。




 「綾波、大丈夫」




 万歳をしているように両手を上げたまま顔面から床に突っ込んでいるレイ。シンジは少し頬が痙攣するのを感じた。




 「ほへ……大丈夫」




 赤くなった鼻を擦り擦りむくっと起き上がるレイを見て、シンジは吹き出しそうになるのを我慢している。




 「どうしたの……碇君」




 シンジが頬をぴくつかせるのを見てレイは不思議に思った。




 「あっ」




 次の瞬間レイは茹でダコの様に赤くなった。シンジが笑いを堪えているのに気付いたからである。すると理由は判らないが体中が熱くて真っ赤になった。ここからいきなり逃げ出したいような気がした。




 「そのあの……もう」




 ぽかぽか




 レイはシンジの胸を叩いた。レイはなんとなく嬉しいような気もした。




 「ごめん、ごめん」
 「……もう」




 レイは真っ赤になって頬を膨らました。すぐに変な顔だと思いやめた。




 「お〜〜い碇、綾波さぁん〜〜」




 ケンスケが廊下の向こうから近付いてきた。




 「あれ綾波さんはなんで真っ赤なんだい」
 「…………」




 レイは真っ赤になってつっ立っているだけである。




 「ちょっとね。ところでどうしたのケンスケ」
 「これこれ、リツコさんに頼まれたんだ」




 ケンスケは持っているカメラを見せる。




 「リツコさんが皆の学園祭での写真を撮って欲しいって惣流さんに頼んだんだ」
 「へえ〜〜」
 「リツコさん、旦那さんに見せたいらしいんだ。それが俺にまわってきたって訳」
 「そうなんだ。それなら写真もOKだね」
 「そういう事かな。丁度よかった。二人で並んで台車を押しているところを一枚まずいくよ。いいかい」
 「え、ああ、僕はいいけど綾波は」
 「…………」




 レイはさっきからの事で頭が混乱していた。まだ体中真っ赤にしてつっ立っていた。




 「……綾波僕とじゃ嫌そうだから……」




 シンジが勘違いをしてレイから離れようとする。




 「え、あ、いや」




 レイは思わずシンジの腕をむんずと掴む。腕をがっしりと組む。




 「ケンスケ君、写真撮って」




 まだ混乱したままのレイは真っ赤のままとにかくシンジの腕を逃がさずに言う。シンジが今度は真っ赤になり固まった。




 「あ……お、おう。じゃ撮るよ」




 カシャ




 デジカメのシャッター音モードの音が響いた。




 「もう一枚」




 カシャ




 ケンスケは少し立ち位置を変えまた二人を写した。




 「じゃあ今度は二人で台車押しているところ」




 ケンスケが言うとレイはぼけっと赤くなっているシンジの手を取り台車を握らす。レイは混乱しているせいか逆にやりたい事がはっきりと表に出ているようだ。




 「ケンスケ君いいわ」
 「わ……判った。シンジもいいかい」
 「……うん」




 やっと気を取り直したシンジが言う。




 カシャ




 「もう一枚。二人とももっとくっついて」




 ピタ




 レイがシンジにひっつく。




 カシャ




 「はい。これでいいよ。他にもいい場面があったら断り無しに撮るけどいいかい」
 「僕はいいよ」
 「……私も」




 へなへな




 ぺた




 いきなりレイが床にぺたんと座り込む。




 「どうしたの綾波」




 いささか慌てるシンジである。ケンスケもびっくりしている。




 「……なにか力が抜けたの」
 「大丈夫」
 「うん」




 レイは立ちあがる。がすぐにへなへなとなる。




 ぺたん




 「なにか立ちあがれない」
 「そう困ったな。……そうだ台車に寄りかかっていけばいいよ」




 シンジはレイの前に台車を持ってくる。レイの手を取って立ちあがらせる。




 「なんか綾波の手ものすごく熱いね。顔も真っ赤だし。どうしたの」
 「判らない」




 シンジはレイの手を台車の取っ手に掴まらせながら言う。




 「ここまで鈍いと凄いな」
 「ん、なんだいケンスケ」
 「いや。なんでもないよ」




 ケンスケはいささかあきれながら言った。




 「そろそろいこうよ」
 「そうだね」
 「うん」




 三人は教室に向かった。












 「私達ご飯食べてきます」
 「一時半になったら戻ってきてね」
 「うん」
 「屋上で食べるから」




 昼頃一息ついた所でクラスの皆は三分の一ずつ昼食を取る事となった。レイとシンジ、アスカ、ケンスケ、ノゾミは屋上で昼食を食べる事となった。トウジとヒカリは機械のトラブルの時の為に残った。ノゾミは昼食前にいきなりやって来てケンスケにくっついてまわっていた。




 「あの辺りがいいね」




 給水タンクのある建物の横に皆は陣取る。




 「ケンスケそれ着替えないの」




 ケンスケはネルフの制服を着続けていた。他の皆は学校の制服である。レイは暑くないかと思う。




 「やぁ〜〜だってこの制服を家の外でおおっぴらに着れるのはこういった時ぐらいだし」
 「確かにそうだね」
 「ケンスケお兄ちゃんとっても似合ってるよ。さすがだね」
 「そ、そうかい」




 ケンスケは少し照れる。レイは素直にケンスケを誉めるノゾミを少しうらやましく感じる。どうもレイは未だに感情の表現が苦手だ。すぐ理論に逃げてしまう。皆はお弁当を広げて食べている。ケンスケも素直にノゾミのお弁当を食べている。




 「そう言えばノゾミちゃんクラスの劇の主役なのよね」
 「うんピーターパンやるんだよ」
 「すごい」
 「でもレイお姉ちゃんの歌の方が凄いってヒカリお姉ちゃんが言っていたよ。明日の歌唱コンクール出るの」
 「出るわ」
 「僕楽しみだぁな」
 「そう。頑張るわ」




 レイは期待されて嬉しかった。




 「ねえシンジお兄ちゃん」
 「なあにノゾミちゃん」
 「アスカお姉ちゃんとレイお姉ちゃん、どっちが恋人なの」
 「!!!!」
 「!!!!」
 「!!!!」




 レイ・シンジ・アスカは固まっていた。レイも恋人の定義は知っている。レイは自分がシンジを好きなのも少し判る様になってきている。ただ恋人というのはどういう物か自分とシンジがそうかは判らなかった。アスカとシンジがそうかも判らなかった。むしろトウジとヒカリ、ノゾミとケンスケの方がそうではないかと思う。加持とミサトはどうか……レイは完全に思考のループに入った。




 「三人とも仲いいからどっちがお兄ちゃんの彼女か判らないんだもん」




 ノゾミ呑気である。三人は固まったままだった。




 「ノゾミちゃん三人とも奥手だし、別に惣流さんと綾波さんはり合ってる訳ではないし。まだそんな仲じゃないよ、きっと」




 ケンスケが小声でノゾミに囁く。




 「そうなの。しまったぁ。またやっちゃった」




 小声でノゾミがケンスケに囁き返す。レイは口から考えている事がぶつぶつと小声で漏れている。アスカとシンジも似たようなものである。




 「あの、僕たちまだそういう関係じゃないから…………」




 シンジが小さい声で言う。言葉の末尾はほとんど聞こえないぐらいだ。




 「「まだ」」




 レイはシンジの言った言葉だけは聞こえた。アスカも同じようなものであるみたいだ。凄い反応速度でシンジの方を振り向く。




 「あ……いや……その……」




 シンジが真っ赤になり俯く。レイは自分がそんなに望んでいるのかと思う。頭の中でまだと言う言葉が何回も繰り返されまた思考がループした。ついでに顔も真っ赤だ。




 「え〜〜と、あの、あ、お兄ちゃんお姉ちゃんご飯の時間そんなにないし、ほら僕そろそろ着替えとか行かないと……」




 と言いつつ素早くお弁当を片付ける。逃げに入っている。




 「それじゃまた後でねぇ〜〜」




 と言いつつその場から逃げ出していった。ケンスケはノゾミにアイコンタクトで後をまかされてしまった。四人はまた固まった。




 そんなこんなで色々あったが無事初日は終了した。












 「レイちゃん今日はどうだった」




 コーヒー片手にタコ焼きを摘まみながらリツコが聞く。レイのところも今日の夕食はタコ焼きだ。原料が余ってしまったので仕方が無い。




 「順調です。コーヒーはとても人気がありました。ただケーキとタコ焼きの売れゆきの予測を少し間違えました。ケーキが早めに無くなった分タコ焼きが余りました」
 「そう。まあコーヒーが人気があるのは当然ね」




 リツコが冷静な表情をしようとしているがにこにこしてしまうのはしょうがないところだろう。レイもそれを見て嬉しかった。




 「売れ行きの予測として……明日のケーキはよりいっそう大量に原料の用意が必要ね。タコ焼きも明日は売れはじめて来るから。まあケンスケ君はそういうとこ抜け目無いから大丈夫ね」
 「うん」
 「ところでアスカちゃんに写真頼んでおいたのだけどどうだった」




 その瞬間レイは真っ赤になり固まった。いろいろと思い出したからだ。




 「あれ、レイちゃん……レイちゃん……どうしたの」




 リツコがまた発作が起きたのかと慌てていた。
















 翌日学園祭第二日目も店は賑わった。前日のコーヒーの旨さが広まったらしく客がひっきりなしだった。ケーキも相変わらず人気だ。衣装目当ては少ない様なので二日目からはみな衣装は着替えないことになった。アスカはアン○ラ、レイは男装、シンジは航空機パイロットと自分の気に入った格好をしていた。ちなみにヒカリは浴衣、トウジは阪神ウルフズ、ケンスケはネルフの制服だった。時々ピーターパンの格好のままのノゾミが遊びに来ていた。
 そのノゾミは今ケンスケといっしょにタコ焼きを突っついている。楽しそうだ。
 アスカとレイとヒカリは店の隅で立っている。ケンスケはノゾミに合わせて休み時間を取っている。トウジとシンジは調理室だ。




 「洞木さん。いつからノゾミちゃん相田君とあんなに仲いいの」
 「知らないわ。ノゾミのタイプって相田君だったのね」
 「くっついている」




 レイは言う。少しうらやましい。顔がくっつきそうな距離で話している。




 「来週一緒に戦艦見に行くって家でもはしゃいでるわ。戦艦見に行くのとケンスケ君と一緒に行く事とどっちが嬉しいのって聞いたらどっちもだっていけしゃあしゃあと言ったのよ」




 やれやれと言った感じでヒカリが言う。それはデートではないかとレイは思う。




 「意外な所に相田君のファンがいたのね。でもはっきり言えてうらやましいなぁ」
 「「うん」」




 アスカのぽつりと言った言葉にすぐ反応するヒカリとレイである。三人は自分の発言に気が付いたらしくすぐに頬が赤くなった。




 「え〜〜と。あ綾波さんそろそろ歌唱コンクールの時間じゃない」
 「……そうね」
 「じゃあ行って来たら。後で皆で行くわ」
 「……判った。ここお願い」




 そう言うとレイは休憩所の方へ歩いて行った。
 休憩所では八人程のクラスメートがおしゃべりしていた。レイは自分のステージ用の衣装の入ったバッグを手に取ると部屋を出て行こうとする。




 「綾波さん歌唱コンクール行くの」
 「うん」




 特に仲がいいというわけでもない女子生徒が聞く。




 「頑張ってね。出番の頃見に行くわ」
 「俺も行くよ。頑張れ」
 「ファイト」
 「あ、ありがとう。行ってくる」




 レイは嬉しかった。ぴょこんと勢い良くおじぎをすると部屋を出て行った。自然と笑みが浮かんだ。みんなを好きだ。その事が判った。




 講堂の控え室にはいろいろな衣装着た参加者達が集まっていた。バンドとして参加する者、ソロの者、シゲルの様にギターでロンゲの者、中には演歌でも唄うのか着物の者もいた。レイは受付に自分の唄う歌のカラオケのS−DVDを渡す。
 レイは着替えの為更衣室に入る。今着ている服を全て脱ぐと特別にマヤにあつらえて貰らった衣装を着はじめる。下着、黒いスーツ、靴全てが伊吹家専門のデザイナーと仕立て屋の手によるものである。結局マヤがこの衣装だけは私に作らせてと粘るのでレイは折れて作って貰らった。
 レイが着てみると確かに全然普段着ているものとは違った。ぴったりと体に吸いつく様に合うくせに動きや呼吸が苦しくなかった。




 「あ〜〜」




 少し声を出してみる。うまく行きそうだ。衣装を全て着た後更衣室の鏡の前で全身をチェックする。OKだ。そしてアスカに選んでもらったイヤリングを両耳に付けた。鏡の前でリツコ特製の口紅を付ける。思いきって今日は強めの赤だ。ティッシュを噛み色を整える。最後に鏡でもう一度点検をする。前髪が少し乱れている。手で直す。完璧だ。レイは脱いだ衣装をバックに詰めると更衣室を出て控え室に戻った。
 すると不思議な事が起こった。今までざわざわしていた待ち合い室がぴたりと静かになった。レイは特に気にせず椅子に座る。もともと第壱中ナンバー1を争う美少女が、その本人の為に特別にあつらえたスーツで男装したからたまらない。周りの男子はもちろんの事女子も見とれていた。
 一方レイはさすがに不安だったらしく目を瞑り歌を口ずさんでいる。その表情がまた周りを見とれさせた。




 「12番、綾波レイさん三分後です」




 控え室にアナウンスがされる。レイはきっちり2分30秒後に目を開く。
 椅子から立ちあがる。




 「あ〜〜〜〜」




 再度目を閉じ声を無心に出す。25秒後に止める。瞳を開く。落ち着いた。




 「綾波さん。順番です……」
 「はい」




 呼びに来た女子生徒も一瞬見とれるが気を取り直し案内をする。




 「アナウンスがあったら。あのステージの真ん中へどうぞ」
 「はい。ありがとう」




 にこ




 「……い、いいえどういたしまして」




 案内した女子生徒の頬さえ赤く染まる微笑みだった。




 「次はエントリーナンバー12の綾波レイさん。歌はFLY ME TO THE MOONです」




 レイはステージの端から出て行った。やはり同じだった。ざわついていた講堂が一気に静まりかえった。着飾ったレイの横顔にはそれほどの美が漂っていた。




 レイはステージの中央まで来ると正面を向いた。講堂の前の方にはアスカやシンジなどの知った顔がいた。加持とミサトもいた。レイは心強く感じた。




 やがて音楽が流れはじめて来た。レイは音と一つになった。心を解き放つ。レイは歌になる。








 レイは気が付いた。カラオケも止まっていた。また講堂は静寂に包まれていた。
 そしてぽつりぽつりと拍手が起こりそれは講堂全体に広がった。滝のような拍手だった。歓声がいたるところから上がった。
 レイの歌で生徒達は未来を夢見、大人達は夢を取り戻し、先生達は苦労も忘れた。拍手はいつまでも続いた。




 レイは拍手が嬉しかった。自分の歌を受け取ってくれた皆が好きだった。












 「綾波さん今日の歌最高だったわ。それに衣装もぴしっと決まっていたし」
 「ありがと」




 やはりアスカに言われると特に嬉しいレイである。




 「すごかったよレイお姉ちゃん。僕感動しちゃった。一等は当然だったね」
 「そうだね。俺またカメラ写し損ねる所だった。ただ今度はしっかり写したからリツコさんに渡しとくよ」
 「うん」




 レイはリツコが喜んでくれるといいと思った。




 「綾波ますます歌と踊りうまくなっていくね。ほんと奇麗だった」
 「あ、ありがと」




 レイは歌と踊りがうまくなったと言う言葉が嬉しかったが、奇麗と言う言葉も付いていたので思わず赤くなってしまった。皆は下校の途中である。ノゾミもいる。




 「綾波さんうらやましいなぁ。私凄く音痴だもん」
 「でも惣流さん運動神経抜群、頭いい、スタイルが凄くいい」




 レイは本当にいつもアスカの事をうらやましく思っている。




 「まぁ誰でも得手不得手長所短所があるっちゅう事やな」
 「鈴原ってなにか得意とか長所ってあった」
 「なんやてイインチョもう一度言うてみぃ」
 「あ〜〜あ、お姉ちゃん素直じゃないなぁ」




 今日も夕焼けが奇麗であった。レイは皆で帰るのが好きだった。
















 翌日は学園祭の最終日であった。その為午前中だけである。レイはずっとケーキの材料作りである。疲れたので少し休んでいると調理室にシンジとアスカが入って来た。そろそろ交代の時間らしい。なぜかシンジの様子がおかしい。俯いている。




 「碇君どうしたの」
 「なんでもないよ」




 レイは驚いた。シンジにしては珍しく語気が荒く乱暴だったからである。




 「あ……ごめん」
 「碇君……」
 「ごめん、大丈夫だから。店の方に行ってあげて」
 「うん」




 レイはそばにいるアスカを見た。アスカは頷いていた。




 「じゃあ行ってくる」




 レイは調理室を出て行った。待ち合い室で着替えて店に行く。客はあまりいなかった。ヒカリが立っていた。




 「洞木さん……」
 「なあに綾波さん」
 「碇君の様子が変。何かあったの」
 「さっき碇君のお父さんが来てたのよ」
 「司令が……」
 「そして一言二言話したら碇君暗くなってしまって。なんだか明日どっかに行くとか言ってたわ」
 「そう」




 学園祭は無事終了した。どうにか黒字になった。後片付けも三時には終わった。後片付けが終わると自由に帰宅できる為、アスカ、シンジ、レイ、ヒカリ、トウジ、ケンスケ、ノゾミはファーストフードの店で打ち上げをしていた。




 「では2−Aの喫茶店の成功を祝って乾杯」
 「「「「「「「乾杯」」」」」」」




 ケンスケの音頭でジュースで乾杯である。レイはとてもジュースが甘く美味しく感じられた。




 「大成功やったなぁ。初日はタコ焼きあかんかったが。二日目はよう売れたで」
 「そうね鈴原。二日目はご飯として食べる人やお土産として持っていく人が多かったわね」
 「ケーキ売れたわ。コーヒーも」




 レイが言う。やはりリツコは凄いと思った。




 「そうね。あのコーヒーとケーキ美味しかったから。リツコさんさすがだわ。ねえシンジ君」
 「……ん、あ、そうだね」
 「ねえ、シンジ君なんだか元気ないわ。どうしたの」
 「そうだよシンジ。何か元気ないぜ」
 「うん。碇君なにか変」
 「何でもないよ」
 「さよか。何か知らんがまあ明日は休みやさかいゆっくりすれば元気もでるやろ」




 明日は代休で休みである。




 「そうだ鈴原、ノゾミが遊園地行きたいって前から言ってたから明日連れてってくれない。この子うるさいのよ。この子の監視役で私も行くから」
 「なんでワシやねん。ノゾミちゃんやったらケンスケやろ」
 「ケンスケ君と二人だったらノゾミが危険でしょ」
 「なんで俺がノゾミちゃん襲うんだ。俺はロリコンじゃないぞ」
 「ケンスケお兄ちゃんひどい。僕だってもう大人だぞ。去年からブラジャー付けたんだよ。だいたいヒカリお姉ちゃん僕をだしにして……」
 「何言ってるのノゾミ。あんた行きたいって言ってたじゃない……」




 騒がしいヒカリ達とは対照的にシンジ達は静かだった。




 「シンジ君大丈夫」
 「碇君」
 「うん大丈夫だよ」




 シンジはやはり俯いていた。レイは心配だった。












 「喫茶店もうまく行ったし、レイちゃんコンクールで一番だったし言う事はないわね」




 夕食後の一時である。リツコは今日仕事が早く終ったようである。珍しく今日はえびちゅが入って陽気なリツコである。




 「うん」
 「あれどうしたの。あまり元気がないようだけど」
 「……碇君が……。今日司令が碇君に会いに来たんです」
 「そうらしいわね」
 「それから後碇君何だか変なんです」
 「そうなの。それで気になるのね」
 「うん。碇君明日どこかへ行くらしいんです」
 「ああそれね。明日はユイさんの、シンジ君のお母さんの命日なのよ」
 「命日……碇君のお母さん」
 「そうよ。毎年父子で墓参りをしていたらしいけどね。三年前からシンジ君は行ってないらしいわ。明日は行くそうよ。さっきミサトと電話で話した時そんな事言ってたわ」
 「そう」
 「元気出しなさいレイちゃん。心配なのは判るけどこれはシンジ君の問題なのだから」
 「……はい。あの博士」
 「なあに」
 「私の本当のお父さんとお母さんのお墓はどこにあるのですか」




 レイは聞く。リツコは少し躊躇した。寂しそうに言う。




 「シンジ君と同じネルフの関係者の共同墓地よ」
 「そう……。私行きたい。お墓に」
 「……行きたいの。……判ったわ。一人で行く?」
 「博士一緒に行ってくれませんか」
 「いいわよ」
 「ありがとう」
















 そこは見渡すばかり墓標だらけだった。小さな盆地は共同墓地になっていた。そこには墓標しかなかった。




 「これが私のお父さんとお母さんのお墓」
 「そうよ綾波ススム、メグミ夫妻のお墓」




 レイはじっと墓標を見詰める。墓標には名前と没年しか書いていない。レイは手に持っていた花を墓標の前に置く。レイは手を合わせる。横でリツコも手を合わせる。




 「……お父さん、お母さん」




 レイがぽつりと言う。リツコは横で立っている。




 「博士」
 「なあに」
 「なぜ人は生まれて来て、死ぬんですか」
 「……判らないわ。きっと誰にも判らない……」
 「誰にも……」
 「ただ生まれてくるだけ……でも目的はあるかも」
 「目的」
 「そう。今の私の目的は……人類を滅亡から救う事。そしてあなたたち子供に引き継いでいく事……」
 「目的……私の……目的」
 「目的は自分で捜すものよ。いつかレイちゃんも本当の生きる目的が見つかるわ。今の戦いは私達大人の押し付けだもの……」
 「いつか……」




 二人は墓標の前でじっとしていた。




 「あら。あれはシンジ君ね」
 「碇君……」




 確かに向こうから歩いてくる影はシンジだった。シンジは俯いて歩いてくるためか随分近付いてもまだ二人に気付いていない様だ。二人も声は掛けづらかった。やがてシンジはふと顔を上げた。




 「あ、綾波、リツコさん……」
 「碇君」
 「どうしてここにいるんですか」
 「ここにあるこのお墓がレイちゃんの本当の御両親のお墓なのよ」
 「綾波の……」
 「そうよ」
 「そう……なんだ」




 又静かになった。セミの声しか聞こえなかった。












 「碇君お茶入れる」




 あの後シンジとレイはリツコのEVで第三新東京市まで戻って来た。リツコは二人をレイのマンションの前に降ろすとネルフに仕事に向かった。




 レイは玉露を入れお茶菓子と共にちゃぶ台まで持って来た。




 「はいお茶」
 「ありがとう」




 シンジはお茶をすする。一息つく。




 「綾波は墓参りに初めて来たの」
 「……判らない。昔の事覚えてないから。その事はまだ博士に聞いてない」
 「そうなんだ」
 「ねえ碇君」
 「なあに綾波」
 「目的って何」
 「え、目的?」
 「そう生きる目的」
 「いきなりどうしたの」
 「博士にお墓の前で聞いたの。なぜ人は生まれて来て、死ぬんですかって」
 「それがどう繋がるの」
 「博士も判らないって。でも目的はあるかもしれないって。それは自分で捜す物だって。だから。碇君は何」
 「……僕は……判らない……見つかってない……要らないのかもしれない」
 「でも……」
 「ごめん。僕帰る。今日は墓参りに行って父さんと話して混乱しているんだ。ごめん」




 シンジは立ちあがると逃げるように玄関に向かう。




 「碇君」




 慌ててレイは立ちあがる。しかし重いちゃぶ台の足に自分の足をひっかける。




 「あ、痛っ」




 レイは思わず声を上げる。その声でシンジが振返る。丁度そこへバランスを崩したレイが倒れ込んだ。シンジはレイを抱き止めた。




 レイはびっくりして目を瞑っていた。シンジは目の前のレイの顔ををまじまじと見た。吸い込まれそうな美貌だと改めて思った。いい香りもした。なんとなくぼっとシンジはそのままでいた。




 レイは初め何が起きたか判らなかった。何かに抱き支えられているのが判った。シンジだと判った。なぜか慌てなかった。心が静まった。心が落ち着いた。レイは目を閉じたまま頭をもたせかけた。二人はしばらくそうしていた。





 「……綾波足大丈夫」




 シンジがぼうっとした口調で言った。





 「……うん」




 レイがやっと目を開いて言った。




 「あの僕帰るから……」
 「……うん」




 シンジは静かに手を離した。レイは静かに身を引いた。




 「また綾波明日」
 「うん。碇君また明日」




 シンジはくるりとふり向き戸を開けて出て行った。レイはしばらく戸の前に立っていた。












 「ただいまレイちゃん」
 「おかえりなさい博士」
 「夕飯どうしようか。今日は外にしない」
 「うん」
 「そう。何がいい」
 「ラーメン」
 「あらラーメンでいいの」
 「うん」
 「判ったわ。ちょっと待っててね。着替えてくるから」




 リツコは洗面所で素早く化粧を落とす。部屋に戻るとベッドの下に入れてある物入れを引っ張り出す。そこにはリツコの衣服や日常品を入れてある。ちなみに二人は一緒のベッドに寝ている。
 リツコはてきぱきと着替える。レイとおそろいのジーンズルックだ。レイの三面鏡の前で薄化粧をする。とは言っても赤木家の伝統か充分濃いが。




 「お待たせ。行きましょ」
 「うん」




 戸締まりをし二人は部屋を出て行った。












 二人は商店街を歩いていく。歳の離れた美人姉妹かもしくは叔母と姪というところか。顔だちが似ていないので叔母と姪が近いだろう。二人が並んで歩くとよく目立つ。




 「ここがレイちゃんのよく来るラーメン屋さん」
 「そう」




 店の名は来来軒である。普通の構えのラーメン屋だった。二人は店に入る。




 「へいいらっしゃい。お、レイちゃん久しぶり。今日は美人のお姉さんと一緒だね。親戚の方かい」
 「私のお母さん」
 「え、お母さんかい」
 「あ、え……あ、私レイの母の赤木リツコと申します」
 「あ、どうも。あれレイちゃんは綾波じゃなかったっけ」
 「あのレイは養子なんです。ちょっと事情がありまして」
 「いらん事聞いたみたいです。すみません」




 店の親父は頭を下げた。




 「そんな事なさらずに。頭を上げてください」
 「そうですか。どうもおいらは一言多くていけない。許してください」
 「いいえ。気にしないでください」




 レイとリツコはカウンターに座る。




 「え〜〜と何があるのかな。私はタンメンにするわ」
 「私もタンメン」
 「タンメン二つですね。おわびの印にエビ餃子二つ付けさせてもらいます」
 「あらいいの。悪いわね」
 「いいえ。レイちゃんはお得意さまだし」
 「ありがとう」




 リツコは店主に微笑む。一方レイは少し俯いていた。












 「博士」
 「なあに」




 夕食後の帰り道リツコの前を歩いていたレイは振り向き言う。




 「ごめんなさい」
 「どうしたのレイちゃん」
 「さっきお店でお母さんと呼んで。少し慌ててたからとっさに言ったの」




 レイは少ししょんぼりとした顔で俯き加減で言う。リツコは少しぼーっとレイを見ていたがやがて表情が苦悩で歪む。




 「……レイちゃんは悪くないわ。だって私達が全ていけないのだから。私達夫婦は養子のあなたにとても酷い事をしたの。絶対許されないような事を……。ほんとにお母さんやお父さんって呼ばれる資格が無いの……」




 リツコは俯く。




 「でも今の博士は私の事優しくしてくれます。守ってくれます。いろいろ教えてくれます。一緒にいると心が静かになります。抱きしめてくれると暖かいです。これってやっぱりお母さんです。だからそう呼びたい」




 レイが言う。夕暮れの町が二人を包む。立ち止まった二人の横を人々が通り過ぎて行く。




 「そう」




 リツコが言う。




、「もしレイちゃんがそう呼んでくれるなら、そう呼べばレイちゃんが嬉しいのなら……もしそうなら……そう呼んで」
 「うん。ありがとうお母さん」




 リツコは顔を上げる。メガネは曇ってよく表情は見えなかった。




 「ありがとう、レイちゃん。うんん、レイありがとうレイ」




 リツコはレイを抱きしめた。夕闇が二人を包みつつあった。
















 「お母さんこれお弁当」
 「ありがとうレイ」




 翌日は晴れていた。リツコは今日早めに出勤である。お弁当はレイが作った。




 「それとこっちも。これお父さんのお弁当」
 「あら大きいわね」
 「うん。お父さん大きいから」
 「シンイチ喜ぶわ。じゃ行ってくるわね」
 「行ってらっしゃい」




 リツコは部屋を出て行った。レイは学校へ行く準備を始めた。








つづくわ






NEXT
ver.-1.00 1998+10/28公開
ご意見・感想・誤字情報・らぶりぃりっちゃん情報などは akagi-labo@NERV.TOまでお送り下さい!




 あとがき




 私の「めそある」ワールド(めそめそアスカちゃん・ある日のレイちゃん)ではレイちゃんとリツコが仲が悪い必然性はまったくありません。当然ながらレイちゃんと他の皆ともです。
 ところで話の中に出てきたレイちゃんのメールアドレスは架空のものですので出さないでね。

 ちなみにアスカちゃんはSAL-katsuragi@NERV
     シンジは   sinji-ikari-katsuragi@NERV

 ということにしてますが……









 合言葉は「レイちゃんに微笑みを」




 ではまた








 まっこうさんの『ある日のレイちゃん5』公開です。





 私、今、『スターオーシャン2nd』ってゲームをしているんだけど、
 なんか、なんとなく、そんな感じです〜

   レナとクロードという二人の主人公がいて、
   スタート時にどちらかを選んで遊んでいくRPGなんだ。

   ストーリは共通で基本的に一緒に行動しているんだけど、
   レナでプレーしてからクロードでプレイすると(逆ももちろん可)
   いろんな所で相手の隠れた行動とか心情とかを知ることが出来て
   面白さアップアップするん。


 『ある日のレイちゃん』と『めそめそアスカちゃん』も
 そう言う楽しみがあるよね(^^)

 個別でもめちゃ楽しめて、
 ふたつを合わせると3倍4倍に−−




 レイちゃんの”心”が

 ふわ〜んと
 スッと
 キリキリと
 グイグイと

 切なく
 自然に
 強引に
 いつの間にか


 様々な形で伝わって来ますです。



 心がイッパイイッパイしみてきて、
 最後に
 「お母さん」でほろり。。


 あぅぅ
 ヨカヨカですすす





 さあ、訪問者の皆さん。
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