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 「碇君、惣流さん……ありがとう」




 レイはネルフに向かう途中言った。お礼がしたかった。




 「え、何が」




 アスカが言う。




 「いい、何でもない」
 「変な綾波だなぁ」




 何気無いやり取りがレイには嬉しかった。












 「へぇ〜〜面白いわね」
 「ほんとね」




 その日のシンクロテストも終わり赤木研究室でチルドレン達とリツコ、ミサトなどがくつろいでいた。アスカが学園祭の事を説明した。




 「レイちゃんも劇できなくて残念だったけどまた来年の学園祭までお預けね」




 レイは自分の事を考えた。体が弱い自分はきっと生き残れないと思った。言葉に出てしまった。




 「来年私きっと生きてない」
 「な、何を言ってるのレイちゃん。生きてるに決まってるでしょう。来年だってその次の年だって生きてるに決まってるじゃないの」




 リツコの逆上したような声にレイはびっくりした。何故と思った。冷静な判断なのにと思った。リツコの顔を見た。レイにしか判らない表情がそこには在った。リツコは泣いているのだと思った。




 「あ……ごめんなさい。驚かしてちゃって。でもそんな事ないからね。私達の命と魂にかけてもそんな事はないから。信じてね」




 レイはリツコに悪い事を言ったと思った。人が死ぬ事……考えなければいけなくて今考えてはいけない事。レイは少し今考えたと思った。




 「そうよレイちゃん。史上最強のマッドサイエンティスト赤木夫妻とこの世で一番の美貌と強運と発案能力を誇る戦略家が付いているのよ。死ぬなんて事は絶対ないからね」
 「そうだよ綾波。僕とアスカさんも一緒だから大丈夫だよ」
 「うん」
 「そうよ。ぐす。来年は一緒にシンデレラの役競いましょう。ぐす」
 「うん。そうする」




 レイは心が暖かくなるのを感じた。




 「そうね。頑張って今から練習していくのよ。そうそう、ところで喫茶店やるのよね」
 「うん」
 「それなら一週間待ってくれないかしら」
 「何を」
 「実は前から究極のコーヒーメーカーを研究していたのよ。この研究室にあるこれも私が研究した物なの。これでもそこいらへんの喫茶店なんか敵ではないぐらい美味しいコーヒーを入れるわ。でも私に言わせるとまだまだなのよ」




 リツコのお目目がキラリンと光る。皆その異様な迫力に少し引いてしまった。だがレイはリツコが元気になって良かったと思った。




 「それを一週間で仕上げるわ。あと今レイちゃん用にあるホットミルクメーカーを微調整して、それと自動給茶装置や自動ケーキ製造器と自動タコ焼き機も作らなきゃ。……ミサト」
 「なっなにリツコ」




 いきなりぎろりと視線を向けられびびるミサトである。結局ナイを試食のいけにえにさし出す情けない最強の戦略家である。




 「ところでウェトイレスとウェイターの切り替えの時に衣装も代えるのよね」
 「そうです」
 「ならばっと……ちょっとマヤぁ〜〜来てくれる」
 「はぁ〜〜い先輩」




 赤木所長を先輩と呼べる唯一の人物伊吹マヤがひょこひょことやって来た。あとはリツコをお前と呼べる大男が一人きりだ。衣装はマヤのコスプレコレクションのおかげで解決しそうである。マヤも子供達に自分の衣装を着てもらえるのが嬉しいらしい。一応仕立て料金と言う事でおこずかい程度を出してもらう事にした。




 「まっそれはともかく、どうかしらマヤちゃん」
 「そうですね。額は後で考えてみます」
 「それがいいわね。私もそれまでに機械を仕上げるわ。試飲・試食会も兼ねましょう。アスカちゃん達もそれでいいかしら」
 「はい。明日学校でそう提案してみます」
 「来週が楽しみだね」
 「「うん」」




 レイは自分が大好きな宝塚の衣装を着ているところを想像していた。
 翌日授業が終わった後のHRでマヤコレクションの事を発表すると大反響が有った。衣装の試着会は次の日曜日の午前、コーヒーやケーキの試飲・試食会は午後となった。












 レイはその日から喫茶店やファミリーレストラン巡りを始めた。まずその日、間入鮮魚店にレイは行った。




 「サバヲお兄ちゃんこんばんわ」




 にこ




 夕暮焼けの赤い夕日の中でレイの笑顔はさわやかだった。




 「こんばんわレイちゃん」




 可愛らしさにめまいを感じながらもサバヲは挨拶をする。




 「今度学園祭で私達喫茶店の模擬店やる事になったの」
 「へえ〜〜じゃあウェイトレスとかやるのかい」
 「うん」




 すでにサバヲの頭の中にはウェイトレス姿のレイやバニー姿のレイが浮かんでいる。危ない奴である。




 「でタコ焼きも出すの」
 「へえ〜〜タコ焼き」




 さすがに魚の名前で現実に戻ってくるサバヲ、プロである。




 「それで二週間後の学園祭の時にタコが欲しいの」
 「判ったよレイちゃん。任せとけ。極上のタコを仕入れるよ」
 「量は後でクラスの相田君が連絡します」
 「クラスメートの相田君ね。わかったよレイちゃん」
 「もう一つお願いが在るの」
 「明日お兄ちゃん時間ある」
 「……あるといえばあるけど……」
 「じぁ一緒に喫茶店とファミリィレストラン行って」
 「……ふぇ……それって……」




 デートかぁ〜〜と言う言葉は辛うじて飲み込むサバヲである。




 「こんどウェイトレスやるからいっぱい色々なお店見ておきたいの。サバヲお兄ちゃん商店街や駅の繁華階詳しいから」
 「そりゃ詳しいけど……クラスメートと行った方がいいよ。ほら模擬店もお客さん壱中の生徒が多いだろ。それに合わせて、前レイちゃんが言っていた碇シンジ君や惣流アスカちゃんと行ったら」




 そう言いつつも内心では格好を付けるんじゃない〜〜とサバヲは叫んでいた。




 「そう。確かにそうかもしれない」




 納得しないでくれ〜〜と内心叫ぶサバヲ。




 「じゃあ店の情報メールで入れておいてあげるから」




 ばかばかサバヲのばかぁ……サバヲ心の叫びである。




 「私のメールアドレスはrei-ayanami-akagi@NERVです」
 「わかったよ」
 「お願いします」




 にこ




 「どういたしまして」




 レイの笑顔一発で機嫌が直るサバヲ。単純である。




 「じゃあまた後で」
 「また後で」




 レイは去っていった。




 「まあメールアドレスも教えて貰らったし、今度は文通だな。そしたらレイちゃんサバヲお兄ちゃんって文才もあるのね私にも教えてとか何とか言っちゃってレイちゃんのマンションで教えてあげたりするんだなこれが。するとレイちゃんお兄ちゃんってやっぱり優しいなんてなって二人の距離は縮まって……」




 店先で声色まで使い妄想に耽るサバヲ。もはやこの商店街ではあたりまえの光景となり、のどかで変な名物になっていた。
















 翌日からレイ、シンジ、アスカの三人はファミレス&喫茶店巡りを始めた。サバヲのメールはプリンターで打ち出すとA4用紙20枚にもなった。リツコのところにもデーターがあったのでファミレスはサバヲの、喫茶店はリツコの紹介した店をまわった。




 「いっぱいまわったね綾波」
 「うん」
 「ほんとにいろいろなお店があったわ」




 今日最後の店アン○ミラーズで三人は軽い夕食をとっていた。シンジは先程から胸が強調されたウェイトレスの衣装に目がちらちらと行っている。健康な証拠だ。




 「シンジ君ああいう衣装が好きなんだぁ」
 「え、いや、まぁその……」




 アスカの指摘に顔を赤らめるシンジである。あの衣装は胸の豊かなアスカに似合うとレイは思った。私には似合わないと思った。




 「惣流さん似合うと思う」
 「そう思う、綾波さん?」
 「うん」
 「じゃ着てみよっと」




 アスカは嬉しそうに見えた。アン○ラの制服を着たアスカを喜んで見ているシンジをレイは想像した。胸がチクリとするような気がした。




 「ねえ綾波、学園祭の歌唱コンクール出るの」
 「歌唱コンクール……私知らない」
 「知らなかったんだ。洞木さんが言ってたんだけど毎年講堂で歌唱コンクールをやるんだって」
 「そう」
 「綾波さん出ようよ。あんなに上手な歌私達だけで聞いているのはもったいないわ」
 「そうなの」
 「そうよ。絶対参加するべきよ」
 「そう。……考えてみる」




 レイは他の誰かにも相談してみようと思った。でもこの二人が言うのならとも思った。あとでリツコに聞いてみようと思った。




 「うん。そうしてみたら。確かに僕達だけで聞いたらもったいないよ」
 「そうよ」




 レイは誉められて素直に嬉しかった。












 「もしもしレイです」
 「あらレイちゃんこんばんわ。どうしたの」
 「こんばんわ博士」




 レイは二人とあの後別れた。シャワーを浴びさっぱりした後リツコの携帯に電話をかけた。リツコの声に混じって機械音やマヤの声がする。リツコはケーキメーカーの改良に余念が無いらしい。




 「博士相談があります」
 「あらなあに」
 「私歌唄ってもいいのでしょうか」
 「へ……どういう事」
 「今日碇君と惣流さんに学園祭の歌唱コンクールに出るように薦められました」
 「へえ〜〜いいじゃない。レイちゃんなら自信持って薦められるわね」
 「そうでしょうか。昨日私がクラスの皆に劇がいいと言った時驚かれました。明らかに私には心や感情が無いと皆は思っています」
 「そ……そんな事は……」
 「碇君達は判ってくれます。でも他のまったく関係ない人達は私の事をロボットのような物と思っています」
 「それはないわよ……」
 「いいえきっとそうです……そう思われている人間が歌を唄っても聞いてもらえない……ぐす……きっと……ぐす……あれ、博士おかしいです。私泣いています。私悲しいです。私……ぐすん……悲しいんだと思います。博士変です。涙が止まらないです」
 「レイちゃん……今行くわ。すぐ行くから待っててね」
 「うん……ぐす」




 電話は切れた。レイは携帯を握ったままぺたんと座り込んでしまった。無性に涙が出た。頭が涙でいっぱいの様な気がした。




 「レイちゃん」




 いきなりレイのフラットのドアが開いた。どうやったか判らないがネルフから10分で到着したリツコである。よほど急いでいたらしく白衣が皺だらけになっていた。リツコは携帯を握りしめて俯いて泣いているレイを見て呆然としたがすぐに部屋に上がる。レイは気付き顔を上げる。ルビーの瞳が涙で濡れていた。
 リツコがレイに近付くとレイは立ちあがる。携帯が手から離れて床を転がる。レイは立ったまま泣いている。リツコは手を取りベッドに腰掛けさせる。リツコも横に腰掛けレイの頭を抱き寄せる。レイはリツコの胸に顔を埋める。
 レイはリツコの胸で泣き続ける。リツコは優しく髪を撫でる。しばらくその様にしているとやがて泣き声はやんだ。更に少し経ちレイは顔を上げて言う。




 「お母さん……」
 「……レイちゃん……思い出してきたの……」




 レイは続ける。




 「昔……こうやって泣いた事がある。その時博士をお母さんと呼んでた」
 「そう……思い出してきたのね……」
 「博士もう私悲しくなくなりました。私不思議です。こうやっていると落着く。……博士私に昔の事を教えてください。その頃の事を」
 「……そうね。少しだけど話してあげるわ」
 「また少し思い出しました。私が寝てると側でお話ししてくれた……」




 レイはそう言うとベッドに寝転がる。リツコも白衣を脱ぐと沿い寝する。レイは体をくっつけてくる。




 「そうね。じゃ出会いからね。……レイちゃんあなた孤児だったのは知っているわね」
 「はい、それは聞きました」
 「あれは2002年10月20日だったわ。本当だったらワルードカップ日本でやってる頃ね。その日震度6の地震が京都の町を襲ったわ。セカンドインパクトの揺り返しなんて話しもあったくらい」
 「地震……」
 「そうよ。当時私と母さんとシンイチと義父さんは一緒に京都に住んでたのよ。地震が起きてすぐ母さんと義父さん、私とシンイチはそれぞれペアで近所の救援活動に走り回ったわ。母さんと私は医療の心得があったから。その日も遅くなってとりあえず被害の無かった自宅に帰ろうとした時の事なの。……レイちゃん発作の兆候は無い。こんなにいっぱい昔の事聞いて……」
 「大丈夫です」
 「そう……ある全壊した家の側を通った時、何か声がするような気がしたのよ。シンイチも聞こえるらしくキョロキョロしてたわ。耳を澄ませてみるとその全壊した家の中から赤ちゃんの泣き声が微かにしたのよ」




 レイは光景を想像した。




 「私がファイバースコープを使って見てみると瓦礫の下に小さな空間が出来ていたの。そこに若い女性が赤ちゃんをかばって倒れているのが見えたわ。その女性は息絶えているのが一目で判ったけど赤ちゃんは生きていた。泣き通しだったから衰弱しているみたいだったけど」
 「それが……」
 「そう、あなたよ。そこで私達はあなただけでも救出しようとしたのよ。今にも瓦礫は崩れそうだったから。幸いあなたが通りそうな隙間はあったからサイバーウィップを使ってゆっくり確実に引っ張り出したの。ただぎりぎりの所でまた余震があって瓦礫が私とあなたの上に落ちて来たわ。だめかと思ったわ。けどシンイチが瓦礫支えきったのよ。あの頃から起重機なみだったから……」
 「西田博士……」
 「レイちゃん大丈夫……」
 「大丈夫です続けてください」
 「そう。後で瓦礫を奇麗にしたら男性の遺体も出てきたわ。あなたを抱いていたのが本当のお母さん。男性の遺体がお父さん。綾波ススム、メグミ夫妻よ」
 「……」
 「私達は遺体とあなたの引き取り手を捜したわ。だけど綾波夫妻は天涯孤独だったのよ。親戚はあなただけ。遺体の方は私達が手厚く葬ったわ。であなたをどうするかが問題だった。その頃はまだセカンドインパクトによる孤児がいっぱいいたの。だからいい里親が見つからなくってね。そのうちに私達あなたに情が移って離れられなくなったのよ。二十歳になったら私とシンイチすぐ結婚する予定だったからあなたを養子に貰らう事にしたの」
 「……なぜ私は綾波のままなのですか」
 「それはね、大きくなってから自分の意志で名字を選んで貰らおうと思ったからよ」




 大きくなったら……レイは大人の自分を想像してみた。想像できなかった。




 「それからは家族皆であなたを育てたわ。司令や副司令も可愛がってくれた。ユイさん……司令の奥さんね……も可愛がってくれたわ。たまたまレイちゃんユイさんとそっくりだから娘みたいに思ったのでしょうね」
 「そう」
 「だからレイちゃん小さい頃シンジ君と会っているのよ」
 「碇君と……」
 「そうよ。事情があってシンジ君が親戚に預けられるまでは……」
 「知らなかった……」
 「その様ね。シンジ君も覚えてないみたいだし……。レイちゃん小さい頃とても体弱かったの。でずっと外に出られなくって教員免許持っているネルフ職員……当時はゲルヒンだけどね……が代わるがわるあなたを教えたの」
 「そう」
 「4才の時にチルドレンとしての才能があるのが判っていっそう学校とかに行けなくなったし他の子供達と遊ぶ機会も無くなったわ。今レイちゃんが苦しんでいるのはこの頃の事が元々の原因ね。謝って済む事とは思わないけど……ごめんなさい」
 「いいんです」
 「それでも皆で出来るだけ可愛がったつもり……けど、もしかしたらレイちゃんにチルドレンの適性があるから可愛がったのかもっていつも悩んだわ。私は酷い人間だって……」
 「博士……博士は私の事好きなんですか……」
 「もちろん、大好きよ。本当の子供のように思っているわ。シンイチもそう思っているわ」
 「それならいいです。博士達は私の事好き。私は博士達の事好き。だから博士は悩む事ない」
 「ありがとうレイちゃん。変ね、レイちゃんを慰めに来たのに私が慰められちゃって……」




 レイはリツコ達に好かれているとはっきり言われて嬉しかった。




 「博士お願いがあります」
 「なあに」
 「これからお母さんって呼んでいいですか……昔みたいに……」
 「……レイちゃん……ありがとう……でも今はまだ許して。前も言ったけど私達あなたにとても酷い事をしたの。さっき話した以外にもよ。秘密で言えないけど。本当は許されないような事をしたの。だから嬉しいけど……レイちゃんの言ってくれた事とても嬉しいけど……今は言わないで……いつかあなたにそう呼ばれても心が耐えられる様になったら……その時はお願い」
 「はい判りました博士」
 「ありがとう」
 「博士……昔子守り歌唄ってくれた……唄って……」
 「いいわよ……レイちゃん」




 リツコは子守り歌を唄いはじめる。レイは幼子のように聞いている。やがてすーすーと寝息が聞こえてくる。リツコは唄い続けた。そのうち自分も眠り込んでしまった。
















 チッチッチッチッ




 リツコは小鳥の鳴き声で目が覚めた。あのまま自分も寝込んでしまったのに気が付いた。横を見るとレイはいなかった。部屋にはコーヒーの香りがしていた。リツコはベッドから降りる。下着姿だ。どうやら上は脱いだらしい。上着は箪笥の上に畳んでおいてあった。畳み方がリツコとは違った。レイが畳んだらしい。




 「博士おはようございます」
 「おはようレイちゃん」




 レイはトレイにコーヒーカップを載せて持ってきた。いい香りがまた強くなる。まだ朝の六時だがすでにレイは学校の制服を着ている。




 「博士コーヒーです」
 「ありがとう。あらインスタントじゃないのね」
 「はい。昨日帰りにコーヒーメーカー買ったんです。どうですか」
 「美味しいわよ」
 「博士朝ご飯食べていきますか」
 「そうね頂こうかしら。その前にシャワー貸してもらえる」
 「はい。これバスタオルです」




 レイはトレイを箪笥の上に置くとそこからバスタオルを取り出して渡す。




 「ありがとうレイちゃん。じぁシャワー借りるわね」




 リツコはシャワーに向かった。








 「おいしそうね」
 「うれしい」




 レイはリツコのコーヒー好きに合わせてサンドイッチの朝食を作った。ちゃぶ台の上には色とりどりのサンドイッチが並ぶ。トマトの赤とチーズの白色、レタスの黄緑とからしの黄色。他にも卵サンド、鳥のささみのサンド、ツナサンドといっぱいだ。




 「それではいただきます」
 「いただきます」
 「じゃあこれから……もぐもぐ……このささみのサンドなかなかね。辛子とマヨネーズの割合も絶妙だし……腕上げたわね」
 「……もぐもぐ……よかった……」
 「……レイちゃん、鳥肉は完全に大丈夫になったの……」
 「……もぐもぐ……はいもう大丈夫です。これから鳥のつみれとかハンバーグとかに少しづつ豚肉や牛肉を混ぜていって少しづつ慣れていこうと思っています……もぐもぐ……」
 「そう……でも無理しないでいいのよ」
 「はい。だけど皆と一緒の物食べたい」
 「そう。判ったわ。あせらず気長にやるのよ。調理の仕方が判らなかったりすこしでも体調の悪さを感じたらすぐに相談するのよ」
 「はい。判りました」




 二人は朝食を続けた。報告書では知っていたがレイも最近はしっかりと朝食を取っているのを生で見て安心するリツコである。
 朝食が終ると少し濃い目のコーヒーとなった。まだ7時前である。




 「レイちゃんお料理上手になったわね」
 「そうですか」




 レイは嬉しそうに答える。




 「そうそう。昨日の事だけど、レイちゃん自信持って唄いなさい。自分を表す事はとても難しい事よ。いくつになってもね。けど何もやらなければ何も伝わらないわ。レイちゃんはまだまだ皆の前で自分を表現した事が少ないから皆が知らないだけよ。思いきってレイちゃんの心のままに唄ってみなさい。そうすれば必ず伝わるわ」
 「……はい。やってみます。私唄ってみます」
 「そうよ。頑張って」




 リツコはコーヒーをすする。




 「ところで違う話になるけど、レイちゃんそろそろちゃんとしたところに下宿してもらうつもりなのよ」
 「下宿……前博士が言ってた」
 「そうよ。で適任者がみつかったのよ」
 「誰」
 「それはね……レイちゃんもよく知っている泥尾イネオ・ヒシコ夫妻よ」
 「泥尾のおじいちゃんとおばあちゃん……」
 「そうよ。本当は私とシンイチと三人で住めればいいのだけどそれはまだまだ無理だから。あの夫妻ならしっかりとレイちゃんを受けとめてくれそうだし」
 「……そう」
 「もちろんレイちゃんの意志を尊重するけど。今のレイちゃんなら下宿も出来るから決めて欲しいのよ。私としてはレイちゃんの躾とかもあるから……レイちゃん今でも時々変な事するでしょ……信頼できる夫婦に預けたいの」
 「はい。考えてみます」
 「そう。じゃあお願いね。……私はそろそろネルフに行かないと。途中で家に寄って着替えて行きたいから」
 「はい。判りました」




 リツコはそう言うと白衣を身にまとい小さなハンドバックを手に取る。




 「じゃレイちゃんまた後でね」
 「博士いってらっしゃい」
 「行ってきます」




 リツコはレイのフラットを出て行った。












 翌日もその後もレイとシンジとアスカで喫茶店やファミレスまわりをした。やはりシンジはア○ミラ風の制服が好きみたいだった。レイはその手の制服をちらちら見ているシンジを見ると、アスカが着ているところを想像し自分の胸がチクリとするのが不思議だった。












 土曜日は晴れていた。シンジ、アスカ、レイ、トウジ、ヒカリ、ケンスケはネルフの多目的ホールで衣装の試着と試食会をクラスメートより一日早くし翌日に備える事にしていた。
 六人が到着するとマヤがネルフの多目的ホールの中を案内した。




 「今日はナイさんこないんですか。ここのところ見ないですけど」
 「実は……ナイねぇ……自動ケーキ製造器で出来たケーキの試食を一週間続けたらね……ウエストが○cmも増えちゃって……ミサトさんがダイエット休暇許可したから一週間お休みよ」
 「ウエストが○cmも……うっうっ可哀想……可哀想よ〜〜〜〜びぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん。うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
 「うわアスカさん落着いて」
 「だってウエストが○cmよぉ〜〜うわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわん」




 胸も大きくなるのかとレイは思った。












 「ぐすん、ぐすん……凄い」




 多目的ホール内の集合所にはこれでもかというほどの衣装が並んでいた。びーびーと泣いていたアスカも泣きやむ程だ。入り口の近くに一人の初老の男が立っていた。品のいい笑いを浮かべている。伊吹財閥の現当主の姉であるマヤのお付きの執事、斉藤リュウである。リュウの部下に手伝ってもらい早速試着会となった。
 子供達は散りじりになり自分の選んでおいた服を探し始めた。番号が振ってあるとはいえ数百着もあるので大変だ。
 ケンスケはマヤにネルフの制服が着たいと頼み込んでいる。
 一方集合所の反対の着衣室ではヒカリがお目当ての着物を着付けてもらっていた。江戸時代の飯屋の娘の衣装だ。




 レイは早速前から着てみたかった黒い男物の背広を着てみた。リュウの配下のメイドが手伝ってくれる。胸を目立たなくするためブラジャーは取りさらしを巻いてもらった。さすがに胸が少し苦しい。黒のスーツを羽織る。レイはおぼろに霞むような美しい少年に変わった。メイドが目を細めるほどだ。




 「私似合いますか」




 レイはメイドに聞いてみる。




 「はい。思わずうらやましくて嫉妬してしまいたくなるほどです。お嬢様」
 「ありがとう。私皆に見せてきます」
 「頑張ってください。お嬢様」




 レイの素直な笑顔にメイドは自分も思わず微笑み返して言う。




 「うん」




 レイは更衣室を出て行った。












 「碇君、どう」




 飛行機のパイロットの制服を探していたシンジは声の方に振り向く。




 「……」
 「……似合わない」




 そこには黒いスーツをピシリと決めた男装のレイが立っていた。レイは不安だった。レイはこの服が好きだがシンジはどうだか判らない。何故シンジにこだわるか自分でも不思議ではある。初めシンジの顔を見ていたレイであったがシンジがぼっとした顔のまま何も言わないので心配になってきた。微かに眉が心配そうに歪んでいる。




 「……そ、そんな事ないよ。とっても似合うよ。奇麗なんでびっくりしちゃった」




 シンジは見とれていたみたいだ。




 「そう」




 レイは自分でも訳が判らずくるっと後ろを向いてしまった。頭の中が混乱していた。頬が熱く感じた。とにかくすたすたと歩いてしまった。着衣所に勢いよく入る。先程着替えを手伝ったメイドも中に入る。




 「お嬢様どうされました」
 「……え……え〜〜と……」




 レイにしては珍しく口篭っていた。ただ真っ赤になった頬とレイ自身も気が付かないうちにこぼれる笑みが状況を物語っていた。メイドも微笑んだ。




 「よろしゅうございました」
 「……うん……」




 レイは真っ赤になって俯いた。何故判ったのだろうと思った。




 「あ……あのこの服胸がきついです。これを着て歌唱コンクールに出たいの。どうにかなりませんか」
 「ご心配には及びません。その様に仕立てる様に手配いたします。それではお嬢様お体のサイズを計らせてもらってもよろしいでしょうか」
 「はい」
 「では失礼ながらパンティー一枚のお姿になるようお願いいたします」




 メイドがレイの体のサイズを計っている最中外からアスカの泣き声が聞こえてきた。メイドが計り終えるとレイは朝の服装に着替え始めた。着替え終わるとすぐにレイはメイドにおじぎをすると外に飛び出していった。
 やがてレイがアスカの声がした方に来るとトウジやヒカリ、ケンスケも集まっていた。マヤもいる。アスカの泣き声で集まったのであろう。シンジが状況を説明した。
 アスカの身に危険が有った訳では無かった為レイは安心した。ただアスカの胸がはだけた事を話している時のすこし赤くなったシンジの表情にレイの胸は少しチクリとした。












 「リツコはん前からただ者や無いとは思ってましたんや。このタコ焼きたまりまへん。自動タコ焼き機で作ったのとは思えまへん」




 皆が試着を終えたのは丁度三時だった。子供達とマヤ、リュウは隣室でリツコの機械によるケーキやタコ焼き、コーヒーやお茶を味わっていた。




 「あっこのシュークリーム美味しいですね」




 ヒカリが言う。その後も和やかな会話が続いた。レイも色々なケーキを食べた。皆で食べる美味しいケーキはとても甘かった。




 「そうそう、じいやこのアイスコーヒー試してくれない」




 リツコはそう言うと少し厚い陶器のようなコップを差し出す。レイは重そうだと思った。




 「氷が入っていると徐々にコーヒーが薄まってきちゃうでしょ。だから容器自体に冷却機構を付けたのよ。それでも元のコップより50グラム重くなっただけよ」
 「なるほど。それでは失礼いたします」




 リュウは優雅な手付きでコップの取っ手をつまみコーヒーを口にした。




 「この雑味のない味は……水出しコーヒーですか」
 「さすがね、じいや。そのとおりよ」
 「いえ。そこにそれらしきガラス器具ありますので」




 リュウが示した先には化学の実験器具のようなガラス器具があった。レイには見覚えがあった。




 「リツコさん、水出しコーヒーってなんですか」




 ヒカリが聞く。レイが代わりに答えた。




 「私知ってる。コーヒーの成分を水で抽出するの。すると変な味が溶け出さないからコーヒー美味しいの。ただ水で抽出するから時間がかかるのですこししか取れないの」
 「あらレイちゃんよく知ってるわね」
 「博士がコーヒー好きだから。調べたの」
 「……ありがとうレイちゃん」




 リツコの表情がより穏やかなものになった。レイは胸が暖かくなった。




 「そう。それでね、私もただの水出しコーヒーの装置を作ったわけではないわ。この装置の規模としてはこれまでの三倍の量のコーヒーが取れるわ。具体的に言うと朝九時からおやつの三時まででコーヒーカップ3杯分ね。これは目玉商品にしていいわ。コーヒー好きならたまらないから」
 「さすがやリツコはん。客よせまで考えてあるちゅうのは」
 「でも、アスカちゃんやレイちゃん、ヒカリちゃんのウェイトレス姿があればそれで十分じゃない」




 リツコが微笑みながら言う。リツコの言葉にアスカとヒカリは顔が真っ赤になった。レイは特に変わらない。なぜウェイトレス姿が関係するかレイにはぴんと来なかった。




 「リツコさん。お茶が人によって違いますね」




 ケンスケがメガネを光らせて言う。




 「ケンスケ君やるわね。その自動給茶機は対象の状態によって三つのパターンで給茶出来るの。喉が乾いていそうな人にはぬるめで味を薄く量をいっぱい、普通の人にはごく普通に、お茶の味を味わいたい人には熱くて味を濃く量を少なくね」
 「なるほど」
 「タコ焼きを食べてる最中は薄いお茶、食べ終わったら普通のお茶、最後の〆に濃いお茶なんてどうかしら」




 そんなこんなで試食会は無事終了した。








 「でどうだったかしら」




 リツコが言う。




 「これならばっちりです」




 ケンスケが言う。




 「久しぶりに儲かりそうだ」
 「久しぶりって」




 アスカが聞く。レイも何の事だろうと思う。ケンスケとトウジは顔を見合わせる。




 「ごめんなさい」
 「スマンかんにんや」




 ケンスケとトウジが急に立ちあがりアスカ、レイ、シンジ、ヒカリに向かって謝る。




 「どうしたの」




 レイにはさっぱり理由が判らなかった。




 「実は俺達、惣流さんや綾波さんやシンジや委員長の写真売りさばいて儲けてたんだ」
 「「「「!!!!!!」」」」
 「そやケンスケが撮影、ワシが売りさばいてや」




 部屋が静かになった。レイはきょとんとした。それは知っている。どうして皆静かになるのだろうと思った。




 「ひどい……鈴原がそんなことするなんて」




 ヒカリは唖然とした顔をしていたがやがて下を向き顔を覆う。しくしくと泣き出した。ヒカリはどうしたのだろうとレイは思う。お金を取ったのがいけないのだろうか。




 「びどいわ。私の写真…………うううううううううう」




 アスカもやはり顔を覆ってしくしくと泣きはじめた。レイは困惑していた。何が起こっているのだろう。確かに無断で写真を売るのはいけないのかもしれない。




 「どうしてそんな事したの」




 シンジが聞く。アスカとヒカリは静かに泣き続けている。




 「え、あの……ワシらは」
 「トウジ僕が説明するよ。初めは綾波さんだったんだ。綾波さんが転校してきた時奇麗だなぁと思って写真を撮ったんだ。その時はもちろん綾波さんに断ったんだ。でもその頃の綾波さんって何も答えてくれなかったから勝手に撮ったんだ」




 レイとシンジは黙って聞いている。昔の私は何も気にしていなかったとレイは思った。ケンスケは続ける。




 「でトウジと二人で見ていたら他の男子が寄ってきたんだ。同じように奇麗だぁとかいっていたんだそいつ。そして写真譲ってくれって言ったんだ」
 「それでワシが100円で一枚売ったるて冗談かましたらほんとに金出したんや。そん時ワシらつい受け取ってしもうたんや」
 「それからは話が伝わったみたいで次から次へと写真売ってくれって男子が来て僕もいろいろな綾波の写真撮って売ってしまったんだ」
 「イインチョは……ワシ昔イインチョの浴衣姿見たことあるやないけ、ワシとケンスケと一緒に縁日に行った時や。可愛いと思ったのを思い出したんや。だからイインチョの写真売れると思ってつい……かんにんや」
 「あとはずるずると……シンジはEVAのパイロットで女子に人気が有ったし、惣流さんは言うまでも無いし」




 部屋は静かになった。リツコとマヤとリュウも黙って聞いていた。レイは混乱していた。自分の反応についてである。




 「でもこの前のミサトさんのパーティーで綾波さんの歌聞いたらとても悪い事したような気がして……なんか皆を汚してしまったような気がして」
 「ワシもや」
 「それでトウジと手分けして写真回収したんだ。ほぼ回収できたけど完全ではないんだ」
 「そや」
 「今まで言い出せなかったんだ。皆すまない。僕とトウジが欲の皮をつっぱらしてしまったんだ。ごめんなさい」
 「皆かんにんや」




 ケンスケとトウジはうなだれたまま立ち続けていた。アスカとヒカリはしくしく泣き続けていた。レイは考え続けていた。部屋は誰も話すものがいなかった。時間が過ぎた。




 「お嬢様がた」




 少し経った後リュウが口を開いた。




 「確かにお二人がした事はとても恥ずかしい悪い事でございます。弁解の余地はございません」




 リュウの言葉にますますケンスケとトウジは首をうなだれる。




 「しかし元々はお嬢様がたの美しさを愛でようと思いしてしまった事でございます。私も初めて女性の美しさを感じた頃は堪らなくその方達の写真が欲しいと思った事がございます。お二人も元々はそういう気持ちしかなかったに違い有りません。しかし人の心というものには魔がさす時がある物でございます。お二人もそうであったろうと察します。しかしお二人は自分達で過ちに気が付かれ、ちゃんと出来うる限りの後始末をされました。もちろんそれで全てが許される訳ではございません。お嬢様方は叱咤をするべきと存じます。しかしその後は私に免じてお許しを願いたいのです。だれにでも出来心はあるものでございます。それにお嬢様おぼっちゃま方は仲のよいご学友とお見受けします。この時期の友は一生を通しての友となりうるものでございます。それが一度の過ちで壊れてしまうのは私としましてはとても惜しい事なのです。ぜひアスカ様レイ様ヒカル様そしてシンジ様、お二人をお許しになってください」




 リュウはそう言って頭を下げた。部屋はしばらく静かだった。




 「リュウじいやさん頭を上げてください」




 シンジが言う。




 「僕はいいです。トウジもケンスケも反省しているし実害はないから」




 ケンスケとトウジはまだうなだれたままだった。




 「鈴原」




 ヒカリが顔を覆ったまま涙声で言う。




 「イインチョ……」
 「嫌い、嫌い、だいっ嫌い、ひどい、鈴原って男らしくって卑怯な事しないってしないって信じてたのに、ケンスケ君も写真好きだけどそんな事しないって思ってたのに……」




 ヒカリが涙声で続ける。ケンスケとトウジは言葉を発する事が出来ない。レイはヒカリを見た。




 「嫌いよほんと嫌い……きっと許せない……きっともう絶対だめだと思う……今は絶対許せない……今はだめ、とにかくだめ」




 ヒカリは立ちあがる。




 「今はだめ……明日もここにこれない……学園祭も出れないかもしれない」




 まだ顔を覆ったまま言う。




 「私帰る……今ここにいれない……嫌い……帰る」




 ヒカリは小走りに部屋を出ていった。




 「マヤ送っていってあげなさい」
 「はい先輩」




 マヤも出ていった。




 「私も帰る」




 アスカも立ちあがるとふらふらと部屋を出ていった。




 「あ、アスカさん」




 シンジはアスカの後ろ姿と部屋の中を見比べ躊躇した。レイはアスカが悲しそうにしているのが辛かった。




 「碇君、惣流さんを送ってあげて」
 「え、だけど綾波」
 「私よく判らない。凄く恥ずかしくていやな事のような気もする。だけど皆に好かれているような気もする。きっと私より惣流さんのほうが辛いと思う。だから行ってあげて」
 「う、うん」




 シンジはまた少し躊躇したが部屋を出ていった。
 その時レイは自分の言葉で気が付いた。ヒカリとアスカはとても嫌で恥ずかしかったのだと言う事を。レイは固まった。なぜ自分は恥ずかしくないかと。




 「ケンスケ君、トウジ君今すぐ帰ってきちんと考えをまとめて反省しなさい。私はお説教はしないわ。これは自分で考える事よ。今すぐ帰りなさい」




 リツコが冷たい声で言う。




 「あやな……」
 「今のレイと話させるつもりはないわ」
 「……判りました、トウジ行こう」
 「ああ」




 二人は部屋をとぼとぼと出て行った。




 「レイちゃん大丈夫」




 リツコはレイの様子に気付いていたらしい。その為二人を部屋の外に出したようだ。




 レイは表情が固まっていた。やがて体が震え出す。




 「は…か…せ……やはり私……心が無い……恥ずかしく無い……きっと心があると思い込んでるだけ……きっと……イヤ……私人形と一緒……イヤ……あうああああ……ああああ」




 レイはぶるぶると震えていた。座っていたソファにぐすぐすと崩れる。リツコは呆然としていたが飛びつくように隣に座りレイを抱きしめる。




 「違うわ、レイちゃん。あなたには心があるのよ。あなたは皆と同じ13才の少女よ。心の使い方がまだ良く判らなくて少し皆と違う様に働いているだけよ。あなたは優しくて美しい心があるわ」




 抱きしめたリツコも震えている。レイは恐怖で震え、リツコは自己嫌悪で震えた。




 「あなたはEVAの事故で心が消えた訳では無いわ。眠っただけ。だからまだ完全には目覚めてないの……ほんとよ」




 リツコは自分の声が絶叫になりそうなのを辛うじて押さえる。
 レイは白い顔色をより青白くし震えている。目を見開いて口も半開きになりほとんど無表情になっている。がたがたと震え続ける。




 「大丈夫よ。あなたは今恐怖しているでしょ。心が無かったら怖くもないのよ。心が無かったら悩んだりもしないわ。あなたは経験が無いだけ。だから何についても心が戸惑って反応が遅いだけ。お願い落着いて」




 リツコはレイを抱きしめる。それしか出来ない。それにレイを抱きしめていないと自分が崩れ落ちそうだった。二人はがたがたと震えていた。




 「ううううう……いや……あうううう……うっうっうええええええええええええええん」




 そしてレイは泣き出した。ルビーの瞳から涙をいっぱい流して。リツコはいっそう強く抱きしめた。リツコの頬にも涙が伝わっていた。




 レイは泣き続けた。












 その日もリツコはレイのマンションに泊まった。あの後二人で一緒に泣き続けた。30分も泣き続けた。いままでの分をまとめて泣いているようだった。二人がすすり泣きほどに落着いてきた頃リュウがホットミルクとタオルを運んで来た。




 「……ありがとうじいや」




 リツコは片手でレイを抱きしめたままタオルを受け取る。リツコはレイの顔を優しく拭う。レイは親猫に顔を舐められる子猫の様に身を任せている。




 「博士」




 レイはタオルの端を持つとリツコのメガネをとり拭う。濡れた瞳で同じく濡れたリツコの顔を見上げる。レイもリツコの目の辺りを拭う。レイはメガネをリツコにかける。




 「リツコ様レイ様これをどうぞ」




 リュウはトレイでホットミルクを二人にさし出す。




 「ありがとうじいや」




 リツコはタオルをリュウに返した。カップを二つ取る。リュウは会釈をし部屋を出る。




 「レイちゃん、飲むと落ち着くわ」
 「うん……ぐす」




 レイは鼻をすすり上げるとミルクを飲む。リツコも自分のカップから飲む。少しの間二人は無言でミルクを飲んだ。レイはまだぐすぐすとしている。




 「レイちゃん……あなたは優しくて美しいしっかりとした心の持ち主よ。私の言う事を信じて……」
 「私博士を信じる。……でも怖い。私の心……すぐ壊れたり無くしたりしそう……博士」
 「なあに」
 「怖いから……一緒にいて……」
 「そうね……一緒にいるわ」
 「うん」




 レイはまだ涙目であったがほんの少しだけ微笑んだ。その微笑みはリツコに自己嫌悪を持たせたが表情には出さなかった。微笑み返した。




 「じいや」
 「何の御用でしょうか」




 リツコが呼ぶとリュウがすっと現れた。まるで前からそこにいるようにだ。




 「済まないけどここの後片付けお願いできるかしら。私レイちゃんと帰るから」
 「かしこまりました」
 「じゃお願いね」




 リツコは立ちあがるとレイを抱き上げるように立ちあがらせた。レイはすがるようにリツコにくっついていた。リツコはレイを抱きよせながら歩いた。












 「あなた話は聞いた」
 「ああ伊吹君から……」




 レイと共にリツコはマンションに行った。二人で入浴し気分を落ち着かせた。リツコの衣服はリュウの配下のメイドが届けてくれた。リツコが冷蔵庫の余り物で夕食を作った。レイも手伝った。
 二人は夕食を一緒に取った。言葉は少ないがレイは落ち着きを取り戻してきたようだった。レイはシンジに電話をかけ明日は行く事を伝えた。もう一度シャワーを二人で浴びると一緒に布団に入った。
 レイは学校の事、友達の事、ネルフでの事、ダンスの事、歌の事……なんでも話した。シンジとアスカの事が多かった。そしてレイは微笑みを取り戻し微笑んだまま眠りに落ちた。




 「レイは心が無いって……自分には無いんじゃないかって……そう言って泣いたわ……」
 「……そうか」




 リツコはレイを起さない様にベッドから降り携帯を掛ける。




 「私辛いわ。あの子に責められているみたいで。いいえ責めてくれたらまだまし。あの子こんな私でも慕ってくれるの……辛い……」
 「ああ」
 「……あなたずるいわ……私に全部押し付けて……辛い所を押し付けて……」
 「すまないリツコ……」
 「……ごめんなさい……やつ当たりね……あなたも同じよね」
 「……リツコ……」
 「あなた私当分ここに住むわ。少しでもこの子が落ち着いて泥尾夫妻に預かって貰えるまでは」
 「わかった……リツコ」
 「なあに」
 「レイを頼む……俺は話を聞いてもやれない」
 「はいあなた。じゃあ起きるといけないから」
 「わかった」
 「切るわ」




 リツコは携帯を切った。そしてレイを起さない様に静かにベッドに戻った。










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