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ある日のレイちゃん5





 この話は「めそめそアスカちゃん6」のサイドストーリーです。先に向こうを読んでね。







 その日の朝レイは寝ぼけ気味だった。ボケッとしたままベッドを降りる。




 ドタ




 何もない所で躓ずく。顔面を床にぶつける。少し倒れたままでいる。やがて顔を起す。




 「痛い」




 赤くなった鼻を手で摩った。そして立ちあがる。少しの間顎に手を当て考える。




 「てへ」




 頭をこつんと叩いて舌を出した。レイはその格好のまま考えた。何か変だと思った。こおいう仕草はなぜかうまく出来ないと思った。
















































 その子は奇麗で儚く無口な子。
 みんなも知ってる中学生。
 でも彼女は最近変わったのです。
























 彼女は




























     気になるひとが出来たのです




















ある日のレイちゃん





























 最近レイは朝の日課を終えた後TVをよく見る。お目当ては宝塚の時間である。華やかな衣装、おおげさで美しい動き、艶やかな表情、レイはそれらが欲しいと思っている。レイは食い入る様にTVに見入っていた。




 ぴんぽん




 レイは気付かない。




 ぴんぽん




 まだ気付かない。




 ぴんぽんぴんぽん




 やっと気が付く。




 はぁ〜〜い




 レイは立ちあがるとインターフォンに応える。




 「どなたですか」
 「おはよう綾波、僕碇だよ」
 「おはよう綾波さん、惣流です」
 「待って今開ける」




 レイは立ちあがると姿見を見る。おでこにかかる髪が少し乱れているのに気が付く。レイは指先で奇麗にする。玄関の戸を開ける。




 「おはよう、碇君、惣流さん」




 レイはにこりと微笑む。最近こおいう時は自然に微笑みが出る様になった。意識してではなくである。アスカとシンジも微笑み返す。




 「綾波、準備は出来てる」
 「出来てる」
 「じゃ綾波さん行きましょ」
 「うん」




 今日は三人で買い物である。レイにとっては初めてである。目的が無くて買い物をする事がである。
 レイはTVのスイッチを切り手早く戸締まりをした。用意しておいたポシェットを取り身に付ける。今日は上下ジーンズルックだ。休日にヒカリがよく着ているのを見て影響されたらしい。ポシェットは西田博士のお土産だ。それを身に付けているだけでは発作は起きないみたいだ。




 「いいわ」




 玄関の鍵を掛けたレイが言う。




 「そのポシェットどうしたの」
 「西田博士のお土産なの」
 「可愛いポシェット。いいなぁ〜〜。綾波さんによく似合ってる」
 「ありがとう。惣流さんもワンピースよく似合う」




 確かにアスカの華やかな金髪は薄い緑のワンピースによく似合う。一方シンジだけはいつもの制服だったりする。相変わらずだ。




 「じゃあ行きましょ。綾波さん、シンジ君」
 「うん」
 「そうだね」




 三人はレイのフラットを後にした。












 「綾波さんはこの商店街によく来るの」
 「うん」




 レイとアスカが前にシンジが後ろに立って歩いている。いつもの商店街の通りだ。アスカがよくしゃべりレイが興味深そうに聞いている。シンジはのどかな雰囲気を楽しみつつ付いて行く。




 「綾波さんってウィンドショッピングってやった事ないの」
 「うん。目的がないと買い物はしてない。散歩ならするけど」
 「でも楽しいわよ。買わなくても見てまわるのって」
 「そう。でもお店は物を買う所……」
 「少しぐらいなら見るだけでもいいの」
 「そう?」
 「そう」
 「うん。判った」
 「あ、服屋さんがある。見ていきましょ」
 「うん」
 「シンジ君いい?」
 「いいよ。でも女性服の専門店って入りにくいな」
 「碇君が嫌ならいい」
 「あ、綾波そんな事無いよ。ちょっと入りにくいだけだから」
 「折角シンジ君がいるんだし見てもらおうよ。いいでしょシンジ君」
 「うんいいよ。綾波もそうしたら。折角来たんだし」
 「じゃあそうする」




 三人は店に入った。その店は服屋と言うよりブティック、ブティックと言うよりアクセサリー店だった。一緒に服も売っている感じだ。中学生や高校生が多いのは安いせいだろう。シンジと同様に女の子と一緒に入って来たらしい少年もいる。




 「ここアクセサリーがいっぱいあるわ。綾波さんこっちこっち」
 「う、うん」




 レイはアスカに引っ張っていかれる。シンジもついていく。




 「可愛いイヤリング。これなんか綾波さんにぴったりだわ」
 「そう。これどうやって付けるの」
 「イヤリング付けた事ないの」
 「うん」
 「じゃ付けてあげる」




 アスカはレイの右の耳に優しくイヤリングを付ける。アスカはイヤリング売り場に置いてある手鏡をレイに見せる。




 「綾波さんどお」
 「……博士みたい。これいい」
 「そう言えばリツコさんのイヤリングに似ているわ。シンジ君どうかな。綾波さんに似合っているかなぁ」




 アスカとレイを後ろからぼっと見ていたシンジは急に言われて慌てた。




 「えっと、正面から見てないから」
 「そう」




 レイは振り返る。赤いひし形のイヤリングは、青みがかって見えるレイの髪にとてもあうとシンジは思った。




 「綾波……すごく似合う。なんか大人に見える」
 「そう、ありがとう」




 レイは頬が熱くなるのを感じる。嬉しかった。




 「惣流さん」
 「なあに綾波さん」
 「今度は私が惣流さんに選んでもいい」
 「うん。お願いするわ」




 アスカは微笑んだ。レイはその微笑みを見てイヤリングを真剣に探した。レイにはイヤリングの良し悪しは判らなかった。ただアスカのその笑顔に合う物を一生懸命捜した。




 「惣流さん……これ」




 レイは小さい透き通ったエメラルドグリーンの星型のイヤリングを選んだ。




 「……付けてあげる」
 「うん」




 アスカはレイの方に耳を持って行く。シンジは後ろで見守っている。レイは不器用な手付きながらもアスカの右の耳にイヤリングを付けた。




 「ありがとう」
 「うん」




 アスカは手鏡で見てみる。




 「ほんと。これいい。シンジ君どうかな」




 アスカは振り返る。アスカの可愛い耳によく似合う。




 「アスカさんもよく似合う」
 「よかった」




 アスカも微笑んだ。レイは嬉しかった。




 「じゃあ決まりだね」




 シンジの言葉と共にアスカとレイはイヤリングを外し側にいた店員に渡す。三人はレジに移る。支払いを済ますと早速アスカとレイはお互いイヤリングを付け合った。




 「よかったね。よく似合うのが二人とも見つかって」
 「うん」
 「そうね」




 三人は店を出ようとした。ふとレイが立ち止まる。アスカとシンジもつられて立ち止まる。




 「どうしたの」
 「あれ、可愛い」




 レイが示したのはファッションコーナーのパンティーだった。子熊が白いパンティーにプリントされている。




 「くまさんのパンツだ。ほんと可愛いわぁ」
 「うん」
 「そうよね。シンジ君もそう思うでしょ」
 「え、その〜〜〜〜」




 シンジは真っ赤である。さすがに女性の下着を間近で見ると恥ずかしいらしい。葛城家では薄着の女性は二人もいるが下着の女性はいつもいる訳ではない。




 「ぼ僕店の外で待っているから……」




 慌ててシンジは店の外に出た。




 「碇君どうしたの」




 レイはアスカに聞く。




 「女の子の下着がいっぱいあるから恥ずかしいのよ。二人だけで選びましょ」
 「でも碇君……」
 「大丈夫。シンジ君も私達が奇麗になれば喜んでくれるわ」
 「そうなの。でも下着は外から見えない」
 「それは違うわ綾波さん。下着から美しくしないと外から見ても美しくなれないわ」
 「そうなの?」
 「そうよ」
 「うん。じゃあそうする」




 レイは訳は判らなかったが従うことにした。アスカをおしゃれの師匠と思っているからだ。アスカも珍しく強気だ。よほど気に入ったパンティーがあったらしい。




 「これ。この子猫柄可愛いわ」
 「くまさん……」
 「あバンビ……」
 「かばさん……」




 二人の少女は珍しく少年の事を忘れた。








 「まだかなぁ〜〜」




 シンジは店の側の電柱に寄りかかっている。もう二十分は経っている。暇なので道を通る人達を眺めている。大人、子供、老人、幼児。中にはシンジの顔をまじまじと見る者もいる。憧れの眼で見る者もいる。憎しみの眼で見る者もいる。シンジ達は巨大ロボットの操縦者として有名だ。憧れも憎しみも受ける。ただ誰も寄っては来ない。
 チルドレン達に近付くと二度と出られない所に幽閉される……そのような都市伝説に近い物が広まっている。半ば事実ではある。




 「シンジ君お待たせ」
 「碇君待った」
 「うん」
 「ごめんなさい」
 「待たせて」
 「そんなでもないし。じゃあ行こうか」




 三人は歩き出した。レイとアスカはイヤリングを付けている。手には紙ぶくろを持っている。シンジは袋の中身をつい想像してしまい赤くなっていた。
 三人は話しながら歩いて行く。いつもはアスカとシンジが話しレイは聞き役であるが今日は違った。アスカとレイが話している。アスカにレイがいろいろと聞いていた。主におしゃれの事だ。シンジはその光景を見て嬉しかった。




 「碇君汗かいてる」




 商店街も終わりにさしかかった頃レイが言う。




 「うん。さっき待っていた時汗かいちゃったんだ」
 「ねえあそこのお菓子屋さんでアイス買って行きましょ」
 「そうだねアスカさん。綾波はどう」
 「うん」




 三人はお菓子屋に入って行く。小さな店であったがちゃんとしたかき氷の機械とアイスクリーマーが在った。




 「いらっしゃい」




 二十代半ばの女店員が出てきて微笑む。




 「あのアイスクリーム三つ欲しいんですけど」
 「はい。何と何と何ですか」
 「僕はバニラ」
 「私はチョコがいいわ」
 「私ストロベリー」
 「バニラとチョコとストロベリーですね。ちょっと待っててください。今作りますから」




 そういって店員は円錐形のコーンを三つ取り出す。アイスクリーマーからでっかいスプーンのような器具でアイスクリームを球形に掬い取りコーンにアイスクリームを乗せる。特大のアイスクリームが三つできあがった。




 「随分大きいですね」
 「サービスよ。三人とも頑張ってね。この商店街の皆はあなた達の味方よ」
 「僕たちの事知っているんですか」
 「ええ。レイちゃんがよく買い物に来るから」
 「そうなんですか。ありがとう」
 「どういたしまして」
 「ええとお代は……」
 「三つで○○○円です」
 「僕が全部出します」
 「お、偉いぞ……確か碇シンジ君だったかしら。男の子はそうでなくっちゃ。頼り甲斐がある彼氏で幸せだね、二人とも」




 女店員はウィンクをする。シンジとアスカの顔は真っ赤である。レイはウィンクの意味がよく判らないのかきょとんとしている。




 「あ……あの失礼します」




 シンジは現金で支払うとすぐにアスカと共にレイを引っ張って慌てて店を発ち去った。店員はアイスクリーマーの乗っている台に頬杖をついた。




 「可愛いわね、あの子達。ほんとにあんな子達が戦っているのかしら」




 店員は目で三人を追いつつ静かに呟いた。












 「あの店員さんまるでミサトさんみたいだね」
 「そうね」
 「うん」




 三人は歩いていく。小さな公園が在ったので入る。シンジを真ん中にしてベンチに座った。
 やはりここでもシンジそっちのけでレイとアスカがおしゃべりをしつつアイスクリームを舐めていた。レイは珍しくおしゃべりに熱中しているらしく、手の辺りがおろそかになった。




 ぽと




 レイのアイスがコーンから落ちてしまった。




 「あっ」




 レイが小さく声を上げる。アスカは元からレイの方を向いていたが、のんびりと公園のハトを見ていたシンジもレイの方に振り向く。




 「てへ、失敗失敗」




 レイが空いている手で頭の上をコツンと叩く。表情は少し微笑んだみたいだ。だがアスカとシンジは動きが止まってしまった。レイもそのままの格好で凍りついてしまった。少しして手を降ろす。




 「ごめんなさい」




 また少ししてレイがぽつりと言う。完全に俯いてしまっている。




 「こうすればきっと面白いと思ったの……TVでやっていたから。私やっぱりだめなのね……こういう事……」




 レイはいつもとは違い細い通らない声で呟く。赤い瞳が沈んでいる。




 「綾波さん……いつもと違う事急にやったからびっくりしただけよ。それにそういうのって私達がやってもなかなかうまく笑わせたり出来ない物なのよ」
 「そうだよ綾波。それにはっきり言って綾波はまだ記憶とか感情を取り戻して少ししか経っていないんだ。だからまだ難しいんだよ。少しずつだけど笑うようにも泣くようにもなったんだ。だから大丈夫だよ。それに無理に笑わせようとしなくてもいいんだよ。自然に普段通りしていればいいんだよ」
 「……そうなの。本当にそうなの」




 珍しくすがりつくような声を出すレイである。




 「そうよ綾波さん。綾波さんの歌はあれだけ皆を感動させられるのよ。だから大丈夫よ。まだ先は長いと思うけど皆を笑わせる事だって出来るわよ」
 「……うん」




 レイは顔を上げる。少し赤い瞳は潤んでいたが、自然に微笑みが出た。




 「ほら、いま綾波笑っているだろう。別に無理をする事はないんだよ」
 「うん」




 レイは頷いた。




 「それにしても綾波さんのアイス落ちちゃったわね」
 「僕のアイスあげるよ。僕実を言うとそんなに甘いの好きじゃないし」




 シンジはそう言うとレイの手からコーンを取り、コーンを握った形のままになっているレイの手に自分のアイスクリームのコーンの部分を握らせた。




 「あ……ありがとう」




 レイはそう言いシンジの顔を見た後じっと手の中のアイスを見た。少し頬が赤かった。シンジはレイのコーンの部分をパリパリと食べてしまった。




 ぺろぺろ




 「バニラも美味しい」
 「よかった」
 「……私のと交換してみない」
 「うん」




 今度はアスカとレイがアイスを交換する。




 「チョコも美味しい」
 「バニラも美味しい」




 レイとアスカはお互いの顔を見合わせる。




 にこ
 うふふ




 どちらからともなく二人は笑い出した。シンジは安心した。








 「トウジ、ずいぶんいい雰囲気だね」
 「そやな。出て行きづらいわ」
 「そうだね。ベストショットが撮れそうだね」
 「ケンスケ……」
 「わかってるよ……もう商売はしないって約束したじゃないか」
 「そやな」
 「それしてもどう謝ったらいいのかなあ」
 「……わからへん」
 「今度またじっくり二人で考えよう」
 「おう」




 トウジとケンスケは三人をそっとしておく事に決め二人だけでゲーセンへ向かった。












 「ねえシンジ君どうしたの」
 「え、何でもないよ」




 三人はレイのマンションに向かって歩いていた。今日のシンクロテストは夕方からだ。




 「でもさっきから何か考え込んでいるみたい」
 「私もそう見える」
 「……………………さっき店の前で待っている時、道の向こう側から睨んでいる人がいたんだ。それを思い出したんだ。きっとトウジみたいに僕たちの戦いで友達や家族が怪我をしたり死んだ人なんだと思って。……僕たちのしている事って何なのかなぁ。本当に人類を救っているのかなぁって。ただ怪我をする人や死んでしまう人を増やしているだけじゃないかなぁと思って……」
 「…………シンジ君違うよきっと。私達きっと皆の為に戦ってるんだと思う。そうじゃないと…………ぐすんぐすん」
 「どうしたの惣流さん」




 レイがアスカにハンカチを渡す。




 「ありがとう。何だか悲しくなって来たの。……ぐす……私あまり考えた事無かったわ。何故戦うかって。この前皆を守る為だって気付いたの。でもそう思い込もうとしているだけかもしれない。……ぐす……」
 「私は司令にそう言われたから。信じるの」
 「綾波、何で綾波は父さんの事そんなに信じるの……父さんは……僕には酷い父さんなんだ」




 三人は歩いていく。




 「私がEVAの実験の失敗の後、意識を取り戻した時初めは全ての人に対して発作を起したの。赤木博士にも……。でも何故か司令には起さなかったの。その後司令は私の世話をしてくれた。いつも忙しいのに。……司令はきっと優しい。だけどきっと不器用なのだと思う」
 「……」




 三人は歩いていった。












 とんとん




 「どなたぁ〜〜」
 「レイです。碇君と惣流さんもいます」
 「ちょっと待ってね。今西田博士と打ちあわせしていた所だから。すまないけどレイちゃん、目を瞑って耳を覆っていてくれない」
 「はい」




 レイはそのとおりにする。




 「リツコさんいいですよ。綾波その通りにしました」
 「わかったわ」




 所長室の戸が開くと西田博士が出てくる。胸のワッペンが光っているのはレイとの近接センサーであろうか。博士は寂しげな表情でレイを一瞥した後、大男とは思えぬほど音も気配も立てず研究室を出て行った。




 「綾波もういいよ」




 シンジは耳を覆うレイの手を取り耳から離してから言う。レイは目を開く。




 「西田博士」




 レイは聞いた。




 「そうよ綾波さん」
 「そう」




 三人はなんとなく黙ってしまう。




 「三人とも入って」




 リツコの声がした。三人は従う。三人が部屋に入ると応接セットのソファにリツコは座っていた。リツコの反対側には三つのコーヒーカップが並んでいた。




 「たまにはコーヒーもいいでしょ。座ったら」




 立っている三人にリツコは言う。シンジを挟んで三人は座る。




 「随分早いわね。まだテスト開始に一時間以上有るのに。どうしたの」




 少しリツコは心配そうだ。シンジの顔つきが暗いせいだろうか。




 「あの、リツコさん」
 「なあにシンジ君」
 「僕達なんで戦うのですか」
 「……何でって……人類を存続させる為よ……使徒がいたらいつかは人類が滅びるから。あなたもナイや噂とかで聞いて知っていると思うけど、ジオフロントの奥底にはあるものが居るの。何かは言えないわ、ごめんなさいね。でもそこに使徒がたどり着くとサードインパクトで人類は滅びる。噂はそんなに間違っていないわ。その為使徒を倒し続けなければならないの」
 「……でも……僕達その為に町の人達を傷つけている……」
 「……そうね。確かにそうね。でもそれはあなた達が悩む事じゃないわ。作戦を指揮しているミサトや有効な兵器を作れない私や全てを管轄する司令の責任よ」
 「でも……僕達道を歩いていても時々睨まれたりします。怖がる人もいます。……リツコさんほんとに僕達このまま戦ってていいんですか……」
 「……いい……のよ。でも……私達だってあなた達を戦わせたくないわ。こんな事は子供がやる事ではないもの。でもいい訳になるけどあなた達にしかEVAは今の所動かせないのよ」
 「今の所って……」
 「今ダミープラグっていう純粋にEVAをMAGIのコントロールで動かす装置を開発しているのよ。それが出来ればあなた達は戦わなくて済むわ」
 「……ダミープラグ……」
 「そうよ。それまではお願い……」




 リツコの目が少し沈む。




 「……僕達はそれでいいけど……町の人達は……」
 「それは……考えないで……」
 「でも……そんな事いっても……町を歩いていれば……」
 「だめよ。命令よ。考えてはだめ。……考えていたら戦えないわ。それを考えるのは私とミサトの役目よ。あなた達は考えてはだめ」
 「リツコさんそんな事言っても僕達……」




 シンジの言葉が止まる。何をどう言っていいのか判らない、じれったい、そんなように見える。レイとアスカは黙っている。何かを考えているようだ。




 「…………本当は考えなければいけないの。戦いが何を生むか……」




 リツコが口を開く。




 「戦う事、生きてるって事、平和だって事、幸せだって事……色々な事をいっぱいよ……。でも私達が戦っているのは使徒なの。私達の存在と完全に相容れない存在。初めて人類が対面した異なる存在。だから……戦うのよ。私達の存在が消されない為に……」
 「リツコさんでも……」
 「……この話しはお終い。お願い今は考えないで……あなた達が苦しんでいるのは判っているつもり。あなた達私みたいに心が磨耗してないから……。でも今その事を考えてもしEVAが負けたら人類は滅びるわ……。だから私は白い悪魔は氷の魔女は言うわ。命令よ。考えるのはよしなさい。これはミサトも同意見よ」




 リツコが顔を上げる。冷たいとも言える厳しい表情になっていた。シンジも少し無表情になる。




 「……リツコさん。やっぱり……僕考えます。考えてしまいます……。僕……判らない、まだ。だから考えます……」




 シンジは立ちあがる。




 「綾波、アスカさんテストまで喫茶室にいようよ」
 「う……うん」
 「うん」




 何も話さなかったレイとアスカも立ちあがる。




 「じゃあテストは一時間後から始めるからその頃に更衣室に来てね。マヤから指示を受けてちょうだい」
 「はい。また後でリツコさん」
 「後でね」




 三人は所長室を出て行った。リツコは数分厳しい表情を崩さず座っていた。やがて電話をかける。




 「あなたレイちゃん達は喫茶室に行ったわ。来てくれない」
 「おお」




 数分すると大男が部屋に入って来た。リツコは立ちあがる。大男に近寄る。胸に顔を埋める。




 ううううう




 数分後にリツコの嗚咽が部屋に響く。




 「あの子達……あの子達…………うううう……」




 リツコのメガネは曇っている。西田博士は黙ってリツコの美しい金髪を撫でていた。








 「博士……」




 レイが呟く。




 「なあに綾波さん……」




 三人は喫茶室に行く途中である。




 「泣いていた……」
 「そうなの綾波」
 「昔猫が死んだ時泣く前ああだった。私知ってる」
 「そうなの。もしかして昔の事思い出したの」
 「うん。でも大丈夫みたい」
 「そう」




 また三人は静かに歩き続けた。












 「……あれレイちゃん起きたみたいね」
 「……ナイさん……検査終ったの」
 「でも2時間も掛かったのよ。電源事故でエントリープラグに裸で五時間もいたの初めてでしょう。念には念を入れないとね。全然問題はなかったわ」
 「そう」




 ナイの言葉は嘘である。電源事故の影響ではなくイロウルの影響がないかの検査の為時間がかかったのだ。




 「シンジ君もアスカちゃんも問題無しよ。ミサトさんが連れて帰ったわ。そう言えばリツコさんが言ってたわ。アスカちゃんがあまりにも泣くから検査に麻酔使ったんですって。ほんとかしら」




 二人はナイのEVの中である。ナイがレイをマンションまで送る途中らしい。




 「テストの前昔の博士の事また思い出しました」
 「……そう。無理しちゃだめよ」
 「はい。赤木博士の事は思い出しても問題は無いようです」
 「そう。良かったわ」
 「博士、昔猫飼っていました。青くて小さい猫。死んだ時博士泣いていました」
 「そう……」
 「……ナイさん……死ぬ事ってなあに」
 「死ぬ事って……って聞かれても……」
 「死ぬ事って……生きる事って……なあに」
 「急に言われても……」
 「博士は考えなければいけない事だって。でも今考えていたら使徒に負けるって……」
 「それは……私もよく判らないけど……」
 「ナイさんも判らない……」
 「判らないけど誰もが一生考えなければいけない事なのかも……」
 「一生……」
 「そう……それを考える事が生きる事なのかも……」
 「生きる事……」
 「う〜〜ん。やっぱり判らないわ。ありきたりだけどできうる限り頑張って生きる事が考える事なのかも……。何か私には似合わないわ、こういう話」
 「そう」
 「あまり悩まない程度に考えてみたら……」
 「はい」




 EVの中は再び静かになる。
















 「おはよう碇君、惣流さん」
 「おはよう綾波」
 「ひっくうぇ〜〜んひっく……おはよう……うぇ〜〜んひっく」




 泣きながら挨拶をするアスカを見てレイは器用だと思った。




 「昨日からずっと泣いているの」
 「そうだよ」
 「うぇ〜〜〜〜んひぇ〜〜〜〜ん」
 「そう」




 最近は慣れてきたので、こういう時はアスカの鞄をシンジが持ちレイがアスカの手を握って落着かせながら行く。レイとシンジが入れ変わる事も在る。アスカが泣いているのはいつもの事なので周りの通学途中の生徒達もあまり気にしなくなっている。
 学校に着くと下駄箱の上履と履きかえる。当然の様にラブレターが三人の下駄箱には入っている。シンジはレイとアスカを両天秤に掛けてる浮気者にされている。あながち間違いでもないが。アスカとレイは最近ますます人気が上がっている。恋をして奇麗になっていると評判である。シンジの下駄箱にはカミソリ入りの手紙もよく入っている。ちなみにカミソリメールもよく来るが、リツコ特製の自動判別追跡ソフトにより、出した本人に100倍の量のメールが届くようになっている為二度とやらなくなるという。学校のコンピュータは全てMAGIの制御下だ。
 三人は手紙を袋に入れて持つと二階に向かう。その間もアスカは泣き続けている。何をやっていても泣けるのは才能の一つだと最近レイは思っている。








 「うぇ〜〜ん。しくしく。うぇ〜〜ん。しくしく」
 「惣流さんどうしたの」

 教室に入って来た三人を見たヒカリの一言でまたいつもの朝が始まった。












 「え〜〜と今日のLHRの議題ですが、そろそろ学園祭も近づいてきましたので2−Aの出し物を決めたいと思います」




 一時間目はLHRである。ヒカリが司会だ。LHRでは席は自由に動かせるのでレイはアスカとシンジの側の席に代わっている。議題は学園祭の発表についてである。




 「タコ焼き屋や、これしかない」




 トウジが早速食い気に向かう。ヒカリは黒板に書いていく。




 「あの……喫茶店がいいと思います」




 アスカも言う。レイはどちらもいいと思ったが今一番やってみたい事を言った。




 「劇がいい」
 「うぉぉぉぉぉぉ」




 レイは自分の発言が何故皆を驚かせているのか判らなかった。




 「綾波が発言した……」
 「しかも劇がいいって……」
 「綾波が一番言いそうに無い劇だって……」




 何でだろうと思った。私はやはり劇など出来ないと思われているのだろうか。私は心が無いと思われているのだろうか。レイは体が冷たくなるような気がした。




 ざわざわざわざわ




 教室のざわめきは続く。




 「はい、静かにして」




 ヒカリはレイの様子に気が付いたようだ。すかさず部屋を静かにさせる。さすが委員長である。その後多数決で2−Aは喫茶店に決まった。




 「劇やりたかった」




 レイはぽつりと漏らす。劇が出来なかった事より皆に心が無いのではと思われている、そう考えてしまうのが辛かった。




 「あっごめんなさい。私が喫茶店なんて言ったから劇できなくて。ごめんなさい……しくしくしくしく……ひっく」




 アスカが勘違いをし泣き始める。少なくともこには私に心があるのを知っている人がいるとレイは思う。




 「惣流さん泣かないで。私喫茶店でもいい。コーヒー好きだから」




 レイはそう言ってから不思議に思う。コーヒーは苦くて嫌いなはずだ。レイは何故そう言ったのだろうと思う。考え込んでしまった。




 「私コーヒー好きなの」




 ぽつりと漏らす。昔の記憶かもしれないと思った。




 「だめ綾波さん考えちゃ」




 急にアスカが泣きやみ言う。心配してくれているのだと判った。レイは心が暖かくなった。




 「うん」
 「よかった。綾波、アスカさんいい事があるよ。こう考えたらどうかな。綾波はウェイトレスやコックさんの役を演じるんだ。もちろんそれ自体もしっかりやらないといけないけど。たとえば一時間毎に服装を変えてウエイトレスをしてそれを役として演じきってみるとか」




 シンジも判ってくれていると思った。私には心が在ると。




 「そう。いいかもしれない」
 「あ、そうね。服もいっぱい着れるし」




 二人はきっと判っていてくれるのと思った。シンジの提案自体も面白そうだと思った。




 「センセそれいいわ。ついでにメニューにタコ焼きも入れるちゅうのはどや。それをお茶と共に浴衣の女子が運んでくる……かぁ〜〜いいやないか」
 「それはナイスだね。それに出来たら一時間毎ぐらいに男子と女子でウェイターとウェイトレスを交換するんだ。そうすれば綾波さんや惣流さん目当てと碇目当てが入れ代わるしね。出来たら毎回服装も変えるとよりいっそういい。これ提案していいかい」




 彼等も判ってくれていると思った。心が明るくなってきた。




 「いいけど……僕目当てって」
 「センセは気にせんでいい」
 「そう」




 ケンスケの提案は意外にもあっさりクラスの皆に受け入れられた。








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