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『ある1つの可能性』外伝〜その壱〜



「アスカ,そろそろ行くよ.」
「ちょっと待って,すぐに行くわ.」
 玄関で靴を履いて,シンジはアスカが来るのを待っていた.やがて,おまたせ,という言葉とともに,落着いた色調の赤いミニスカートと白いブラウスに身を包んだアスカが現れた.アスカのスタイルと相俟って大人っぽく見える.
 靴を履き終えたアスカとシンジは,連れ添ってマンションを後にした.しかし,その足取りは,デートにしてはいやに重く,2人の表情は暗かった.

 話しは昨夜のシンジとアスカの会話に戻る.
 アスカは,シンジがエヴァからサルベージされて初めての,そして二人が気持ちを確かめ合ってから初めての週末を,一緒に楽しむつもりでいた.シンジとの再会からも,日中は色々とシンジが多忙であった為,アスカはシンジと出かける機会がなかったのだ.
 週末を控えた金曜の夜,二人とも夕食を終え,入浴も済まし,リビングでくつろいでいた.このとき,アスカの頭の中には,すでに明日の土曜日のデートのシナリオが,完璧に組み立てられていたのだ.
「シンジ,明日の土曜日予定ある?」
 胸を躍らせてアスカは,シナリオ通りの言葉で明日のデートへと話しを振った.
「ごめん,アスカ,明日行かなきゃならない所があるんだ.」
 シンジは,すまなさそうに答える.
 もちろんアスカは,こういった事態も予想していた.デートのシナリオを修正し,とにかくシンジと出かけることに目標を設定するアスカ.
「行かなきゃならない所って,どこ?アタシも一緒に行っちゃだめ?」
「トウジの病院だけど・・・・,アスカも一緒に行く?」
 シンジが,より一層暗い声で呟いた.
「ええ,行くわ,アタシも.」
 そう答えたアスカの脳裏に,第13使徒との戦闘がよみがえってきた.
 使徒に乗っ取られたエヴァ参号機と対峙した時,アスカには正直躊躇いがあった.エヴァ対エヴァ,そして搭乗者はクラスメートという状況をドライに割り切れるほど,彼女の心は冷徹ではなかったのだ.躊躇したその一瞬の隙を突かれ,アスカは惨敗を喫した.救助された後で,アスカはシンジ対第13使徒の戦闘について聞かされた.
 ミサトからの話の内容では,シンジが負い目を感じる必要はないと,アスカは思っている.もちろん,当事者である鈴原が,シンジに対してどのように感じるかはまた別の問題であるが,このことでトウジ,もしくは彼を慕う親友のヒカリからシンジが責められたなら,アスカはシンジを擁護するつもりでいる.
 一方,第13使徒と対峙した時のシンジは,人間が搭乗しているエヴァとの戦闘を断固拒否した.搭乗者を殺すくらいなら自分が死ぬ,とまでシンジは言い出した.そんなシンジの代わりに,碇司令の命令により,ダミーシステムが初めて実戦投入され,シンジに代わって,初号機を操った.
 ダミーシステムは,確かに使徒を撃退した.しかし,相手を完全に破壊するまでは停止しないというダミーシステムの問題点の為,参号機のエントリープラグは初号機の手で無残にも握り潰された.その握り潰されたエントリープラグの中に,シンジは,親友であるトウジを顔を認めたのだ.
 エヴァ参号機の搭乗者が親友のトウジであることを知ったシンジは,命令を下した父親を呪った.そして,トウジを救えなかった自分の無力さをも呪ったのだ.シンジ自身が手を下したわけではないのだが,少年の潔癖さと自虐性が自分自身を許せなかった.
 その後,第14使徒との戦闘の結果,エヴァに取り込まれてしまったシンジは,親友を救えない自分に決別し,新しい自分,他人を守る為の力を備えた自分を強く欲した.そしてその願いは叶えられ,シンジは,人を遥かに凌駕した力を得たのだった.

 鈴原トウジの見舞いにいく事になった二人は,並んでネルフ本部への通いなれた道を歩いていた.
 トウジは,市中の病院ではなく,機密保持と最新の医療を受けるという両方の目的の為,ネルフ内の病院に入院しているのだ.一般面会者へのチェックは厳しいが,パイロットであるシンジとアスカは,フリーパスである.
 マンションを出てからしばらくして,シンジが,隣りを歩くアスカに何気なく話しかけた.
「アスカは,トウジがフォースチルドレンだということを知ってたんだよね.」
「ええ,偶然知ったんだけどね.シンジに聞かれた時に,嘘を言ったことは謝るわ,ゴメン.」
 アスカは,ばつが悪そうにシンジに謝る.
「ア,アスカは全然悪くなから,僕に謝ることなんてないよ.」
 シンジは,アスカにすなおに謝られたので,ちょっと面食らった.
 ふと,アスカの心に,あの時の気持ちが沸き上がってきた.大した事ではないのだが,なぜかアスカは,シンジにその時の気持ちを伝えておきたかった.
 アスカは,面と向かって話すのは恥ずかしいのか,シンジから視線を外して前を向き,遠い眼差しで話し始めた.
「シンジが命令を拒否した事を知った時,アタシは心底あきれたわ,はっきり言って.だけど意外にも思ったの,シンジが自分の考えで行動していることに.シンジはシンジなりに,譲れないことがあるんだって見直しちゃった.他人を守ために自分を省みないなんて,ちょっとかっこよかったわよ.」
 アスカは,そう言うと,シンジの腕に自分の腕を絡めた.
「だ・け・ど,その後がいけなかったわよねぇ.エヴァに立て篭もるなんて.」
 アスカは,シンジの方を向いてあきれたような顔をした.
「ハ,ハ,そうだね.あの時は頭に血が上っていたから,良く考えていなかったんだよ.」
 照れくさそうに笑うシンジに対して,アスカの表情が,険しくなる.
「いい,シンジ,もし,もしもよ,アタシが危なくなっても無茶な行動を取っちゃだめよ!助けられないと判断したら諦めなさい,分かった?アタシは,シンジに心中してほしいなんて思わないならね!」
「大丈夫だよ,アスカ.アスカを危ない目に逢せないから.」
 シンジは,男の顔でアスカに微笑みかける.
 シンジの言葉と,力強い笑顔に,アスカは守られているという幸福感を味わっていた.

 ジオフロントへのゲートを通過し,二人はネルフ本部の病院に到着した.二人だといつもの道のりが,短く感じる.
 シンジが良くお世話になるネルフ本部内の病院で,2人は面会受付を済まし,トウジの名前が記されたプレートが掛かっている病室の前に来ていた.
 シンジは緊張した面持ちで,ネームプレートの文字をもう一度確認すると,ドアを2度ノックした.
「は〜い.」
 意外にも,病室からは,聞き覚えのある女性の声で返事が返ってきた.
 シンジは,こんにちは,と小さな声で挨拶しながらドアを開け,静かに病室に入った.そして,アスカがシンジに続く.
「あら,碇君,それにアスカも,来てくれたの.」
 エプロンを着けたヒカリが,トウジに肩を貸しながら,シンジとアスカの方に顔を向ける.
 ちょうど,黒いジャージに身を包んだトウジが,ヒカリの助けを受けながらベッドから起き上がり,松葉杖を突いて立ち上がろうとしているところだった.ゆっくりとベッドから降りて足を床につけるトウジ,それを支えるヒカリ.
 シンジとアスカは,トウジを手伝うヒカリに手を添える事がはばかられるような気がして,そんな二人の一挙手一投足を黙って見つめるしかなかった.
 2人の視線の中で立ち上がったトウジは,まだ松葉杖と義足になれていないのか,立つ姿勢も危なかしい.そんなトウジをヒカリが支える.
「よう,シンジに惣流も,来てくれたんかいな.おぉ,委員長,すまんのぉ.いつもいつも.」
「うんん,良いのよ.」
 トウジは,ヒカリの助けを借りながら,シンジとアスカの方へ松葉杖を突いてゆっくりと歩いてくる.
「ト,トウジ!」
 シンジは,泣き出しそうな顔をして,呆然と親友を見つめた.
 トウジの左足を奪ったあの日の自分を,強烈な心の痛みとともに再びシンジは,鮮明に思い出していた.
 アスカもシンジの様子を察し,つないだ手をシンジの腰に回して,かばうようにシンジの体を自分の方へ引き寄せた.
「よう,シンジ,久しぶりやなぁ.」
 以前と変わらぬ明るい声のトウジ.シンジもアスカも,緊張が少し解れる.
「あ,あの,トウジ・・・.」
「シンジ,なんも言わんでええ.」
 何か言おうとしたシンジをトウジは制した.
「ゴメン・・・,トウジ・・・,ゴメン・・・・.」
 シンジは頭を垂れて,ひたすらトウジに謝る.病室の床には,小さな水溜まりがどんどん広がっていく.
 アスカは,無言でシンジの背中に手を添えている.
「シンジ,聞いてくれ,わいの乗ってたエヴァが乗っ取られた時,わい自身も乗っ取られそうやったや.シンジや惣流が乗っとるエヴァと戦ったらあかんと頭で思ってるわいと,戦うのを喜んじょるわいの両方がおったんや.紫のエヴァと戦っとる時は,喜んどるわいの方が強かった.あのままやったら,わいは訳の分からんやっちゃに心まで乗っ取られてかもしれへん.心を乗っ取られるぐらいやったら,左足一本ぐらい安いもんや.」
 3人は,トウジの独白を身じろぎもせずに聞いていた.
 シンジは,トウジから,男らしさとは何かという事を学んだような気がした.罵倒され,殴られても甘んじて受け入れるつもりであったシンジは,トウジの言葉で救われた気がした.
「それにしても,シンジ,やっぱり惣流とできてたんかいな.」
 ふと,我に返ったアスカとシンジは,自分達の今の格好を思い出し,お互いに顔を見合わせて顔を真っ赤に染めた.しかし,どちらも寄り添う姿勢を止めようとはしない.
「鈴原,見れば分かるでしょ!」
「そうやの,惣流のビンタが飛んでけぇへんのが何よりの証拠や.」
「鈴原ぁ〜,そんなに殴ってほしいの?」
 アスカが,こぶしを震わせて,トウジに詰め寄ろうとするが,シンジに腰を抱かれて,それ以上近寄れない.アスカも,本気で怒っているわけではない.
「まあまあ,アスカ.落ち着いて.」
「アスカ,碇君,ゆっくり話できなくて悪いんだけど,鈴原,これからリハビリなんだ.」
 うまいタイミングで,ヒカリが話しに割り込んで来た.
 もう少し話しをしたいシンジとアスカは,トウジとヒカリに付き合って,リハビリ室まで一緒に行った.
 リハビリと理学療法を受けるトウジを,部屋の壁により沿って3人が眺めている.
 設備は超一流だが,元々この病院に入院できる患者は,ネルフ職員とその家族に限られているので,入院患者数は極端に少なく,リハビリ室は閑散としている.
 リハビリの内容は,まだなれていないトウジには,かなりきつそうだった.時折見せる苦痛な表情がそれを物語っている.
「ところでヒカリ,鈴原と進展はあったの?その様子だと,ほとんど毎週末来てるんでしょ.」
 アスカは,シンジに聞こえない様にヒカリの耳元に顔を寄せて,からかいモードで囁いた.
 途端に真っ赤になるヒカリ.
「え,その,鈴原ん家,お父さんは仕事が忙しいし,後は入院している妹さんしかいないし・・・,私も委員長として,その・・・.」
「ふ〜ん,ヒカリらしいわね.でも当の本人は,相変わらず鈍いのね.」
「最近,鈴原,何となく私の気持ちに気付いてくれたみたいなの・・・.私の思い過ごしかもしれないけど・・・.」
 ヒカリの声は,小さくて消え入りそうだ.
「ヒカリなら大丈夫だって,鈴原もいいやつだし,応援するわよ.」
「うん,ありがとう.」
「じゃ,お邪魔しちゃ悪いから,そろそろ行くわ.シンジ,そろそろ失礼しようか.」
 アスカは,ヒカリとのひそひそ話の蚊帳の外に置かれていたシンジの方に体を寄せる.
「そうだね,そろそろ失礼しようか,洞木さん,トウジによろしく.」
 二人は,訓練を受けるトウジに一声かけて,リハビリ室を後にした.

 トウジと合い,トウジの心の広さに触れたシンジは,自分の心のわだかまりがかなり融けた気がした.それに,アスカが時折見せるシンジを気遣うしぐさも,シンジの心の救いになっていた.おかげで,病院を出る時のシンジとアスカの顔に明るさが戻っていた.
「トウジ,強いね・・・・.」
 シンジは,歩きながら誰に話しかけるともなく,呟いた.
 シンジの呟きに,同意を示すように,優しい眼差しでシンジを見つめるアスカ.
 そのアスカの眼差しに答えるかのようにシンジは,急に立ち止まって,アスカの方を向いた.
「ね,アスカ,まだお昼過ぎだから,これからデートしようか?」
 アスカの方は,はとが豆鉄砲を食らったように,きょとんとしている.シンジからデートに誘われるなんて,信じられないという顔だ.
「だめ,アスカ?」
 ちょっと不安そうな顔をするシンジの腕に自分の腕を絡めて,アスカは元気よくシンジを引っ張って歩き出した.
「まずは,お昼ご飯を食べましょ,アタシいいお店知ってるんだ.もちろんシンジのおごりね!」
 はいはい,と言いながら苦笑いするシンジを引っ張りながら,アスカはデートプランを練り直していた.

おしまい


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ご意見・感想・誤字情報などは okazaki@alles.or.jpまで。



後書き
 皆様,こんにちは岡崎です.
 このお話は,『ある1つの可能性』の第8話の一部として書き始めたのですが,本編のストーリーとはまったく関係がない話しなので,外伝として独立させました.
 シンジのけじめとトウジの快活さ,そしてアスカがシンジの支えとなろうとしていることを書きたかったのですが,如何でしたでしょうか?
 
 御感想を頂ければ幸いです.
 それでは,これにて失礼致します.





 岡崎さんの『ある1つの可能性』外伝1、公開です。





 強いよね、
 みんな。

 優しいよね、
 みんな。


 強さと優しさとが揃っているから、
 みんなみんな、スムースに−−−



 上手く回っていて、
 いい感じ(^^)


 あったかかったです♪





 さあ、訪問者の皆さん。
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