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『ある1つの可能性』

再会,そして別れ




 学校へのいつもの道のりを,中学校の制服に身を包んだ少年と少女が並んで歩いていく.
 今日も良い天気だ,青空には雲1つ浮かんでいない.すがすがしい朝である.
 少年の方は,隣りを並んで歩く同じぐらいの背丈の少女を,横目でちらっと見る.整った横顔,風に揺れる長い金色の髪,セカンドチルドレン,惣流・アスカ・ラングレーである.
 最近では,悪い夢を見なくなったせいか,アスカは寝起きも良くなった.表情からも険が取れ,アスカの表情に落着きが漂っている.そんなアスカの変化を一番喜んでいるのは,隣りを並んで歩く少年とそばかす顔の少女,そして学校中の男子生徒であろう.
 アスカも,隣りを並んで歩く少年の方を横目でうかがう.黒い髪,中性的な顔立ち,サードチルドレン,碇シンジである.
 シンジの性格は,決して人懐っこいとはいえないが,時折見せるシンジの笑顔は,男とは思えないほど純真で慈愛に満ちている.
 横に並ぶシンジと自分の背をあらためて見比べて,少し背が伸びたかしら,とアスカは思った.それは,シンジに頼もしさを感じるアスカの錯覚かもしれないが,もっと背が伸びて,将来ヒールを履いた自分よりも背が高くなってほしい,とアスカはシンジに願っている.

 アスカは全然気付いていないが,シンジは,ここ3日ばかりほとんど寝ていない.
 S2機関を細胞内に持つシンジにとって,睡眠は習慣以外の何物でもなかった.夜には多少のバイオリズムの低下は見られるが,睡眠を取らなくとも通常の活動にはまったく影響がないのだ.
 シンジの徹夜の原因は,夜通しで行っているある調査にあった.部屋の端末をマギに接続し,外部のデータベースへのハッキングを幾度となく繰り返していた.もっとも,ハッキング先さえ指示し,後はマギシステムに任せておけば,ハッキング事体は事も無げに完了する.問題は,得られた情報の分析である.こればかりはマギに任せっぱなしという訳にはいかなかった.
 その調査もほぼ目処が立ち,残るは実地調査のみである.シンジは今日の放課後,実地調査を行うつもりでいた.

 そんなシンジの調査の事など露知らないアスカは,シンジと他愛のない会話を交わしながら,学校へと到着した.
 アスカが開ける下駄箱には,相変わらず大量のラブレターが入っていた.扉を開けて数枚が床に散らばる.
 電子メールが発達した昨今,下駄箱に手紙を入れるという行為は,セカンドインパクト世代の青春の思い出のひとこまに過ぎない.だが,最近,その時代を舞台にした恋愛ドラマが巷で大流行し,そのドラマの中でヒロインの下駄箱にラブレターを入れるというシーンがあるのだ.
 まったく,資源の無駄使いよね,とアスカはぼやきながら,落ちた手紙を拾い上げ,下駄箱内の大量の手紙を取り出している.
 その横で,シンジは自分の下駄箱を開けて固まっていた.
「どうしたの,シンジ?」
 いつものように,アスカは手紙を全てごみ箱へと詰め込むと,シンジのところにやって来て,下駄箱の中を覗き込んだ.
 そこには,1通の手紙が,恥ずかしそうに上履きの上に置かれていた.
 シンジへの断わりもなく,アスカはその手紙をひょいと取り出し,裏返して差出人の名前をみる.
 そこには,『1−A 高野エリカ』と,かわいらしい文字が並んでいた.
「ア,アスカ,こ,これは,その・・,いたずら,そう,きっといたずらだよ.」
 シンジが,訳もなくうろたえる.
 そんなシンジをにらむアスカ.
 しかし,周囲の予想に反して,アスカはシンジに雷を落とすでもなく,シンジに優しくアドバイスを始めた.
「いい,シンジ,きちんと読んで返事しなきゃだめよ.出す方も勇気が要るんだからね.相手は,下級生なんだから,傷つかないように,優しく,丁寧に,そ・し・て・確実にふるのよ,いいわね.下手に『良いお友達でいましょう,』なんて事は言っちゃだめよ.つけあがるから.いい?分かった」
 やはり,シンジが他の女性からもらったラブレターを,アスカが気にしないわけがない.
 アスカは自分の言葉に興奮し,最初の優しいアドバイスは,最後には強い命令に変わっていた.
「うん,分かったよ.アスカ,ありがとう.」
 興奮気味のアスカとは対照的に,落ち着きを取り戻したシンジは,アスカに優しく微笑んだ.
 拍子ぬけで,シンジの笑顔を見つめるアスカ.
 一瞬で我に返ると,アスカは手紙をシンジに突っ返し,教室へとシンジを引っ張っていった.
「ほら,ほら,早くしないとホームルーム始まるわよ.」

 ラブレターには,整った字で次のように書かれていた.
『碇シンジさんへ お話したい事があります.今日の4:30に丘の上の公園で待っています. 1−A高野エリカ』
 色気がないと言えばそれまでだが,簡潔な内容の手紙である.ラブレターを書いた事も,もらった事もないシンジにとって,想像していたより簡素なので,こんなものかと,ちょっと拍子抜けした.むしろ,シンジは,手紙の内容よりも,高野という名前に引っ掛かるものがあった.
 結局,その日の授業を,シンジはほとんど聞いていなかった.もっとも,マギの知識を吸収した今のシンジにとて,中学校の授業を受ける必要はまったくない.授業そっちのけで,シンジは端末からマギに接続して,高野エリカについて調べた.
(やはり,高野博士の娘さんか,わざわざ足を運ぶ手間が省けて助かった.おや,極秘データ・・・,そうか彼女も”しくまれた子供”なのか.でも,学年が違うが・・・,なるほど,4月生れね.)
 シンジは,調査結果に満足すると,マギとの接続を切り,本来の授業に端末を切り替えた.
 一方,アスカの方も,シンジのラブレターが気になって授業に身が入らなかった.何やら端末を叩いているシンジの方を横目で見ては,心配顔でまた黒板の方に視線を向けると言う事の繰り返しである.
 シンジが付き合いを承諾するとは到底思えないが,シンジの優しさの為にきっぱりと断りきれなくて,相手に押し切られるような事態をアスカは心配していたのだ.
 その日の放課後,アスカの心配を余所に,シンジはいつもと代わらぬ様子で約束の場所へと行ってしまった.
 アスカは,一緒に行く,と言ったのだが,シンジの一言で引き下がった.
「大丈夫だよ,アスカ,僕は,アスカして見ていないから.」

 シンジが,約束の公園に着くと,そこにはすでに同じ中学の制服を着た女の子が待っていた.その女の子は,小柄で,髪は短く,ボーイッシュな印象を受ける.小麦色の肌にくりっとした大きな目が愛らしい.
「高野エリカさん?」
 シンジが公園の入り口でその女の子を見付けてから,一直線に彼女の前まで歩いてきても,シンジが名前を聞くまで彼女は口を開かなかった.
「ええ,そうです.碇さん,すいませんが,ちょっとこちらへ来て下さい.」
 エリカは,無愛想に振り向くと,もう一方の公園の入り口目指して歩き出した.
「ちょ,ちょっと待って,話って何?」
「・・・・・.」
 シンジが話しかけても,エリカは,取りつく島を与えないと言った感じで,ずんずん入り口に向かう.
 その入り口近くには一台の車が止まっていた.どうやらエリカはその車に向かっているようだ.
「あの車に加持さんがいるんだね.」
 エリカは,驚愕の表情で振り返った.大きい瞳が,さらに大きく見開かれている.
「ど,どうして・・・.」
 驚愕のあまり,エリカは次の言葉が出てこない.
「いいから,いいから,とりあえず案内してよ.」
 エリカを驚かせたことに満足したシンジは,笑顔でエリカを促す.
 気を取り直して歩き出したエリカについて,シンジが公園を出ると,駐車していた車のドアが開いて運転席から見知った顔の男が下りてきた.その男が,シンジに向かって右手を挙げる.
「よぉ,シンジ君,元気かい?」
「加持さん,お久しぶりです.」
「加持さぁ〜ん,ばれちゃってました.せっかく,諜報部員のエージェントとして重要人物と接触する美少女,っていうシチュエーションだったのに,ばれちゃってたら何にも面白くないですよねぇ,加持さん.碇先輩も,碇先輩ですよぉ,知っていても,知らないふりをして,もう少し引っ張ってくれなきゃ!無口で神秘的な美少女を演じていた私の立場も考えて下さいよぉ.」
 大きい瞳をくりくりと動かしながら,一気に捲し立てて,一人膨れるエリカ.
 シンジは,さっきまでおとなしそうだったエリカの豹変に面食らったが,加持はいつもの事のように苦笑いしていた.どうやら,いつもはおしゃべり好きな娘らしい.
「は,はぁ〜,今度から気をつけるよ.」
 何となく間抜けな返事をするシンジであった.
「ところで,シンジ君,俺がエリカちゃんを通してシンジ君を呼び出したって,初めから分かってたの?」
「ええ,高野と言う名前ですべて繋がりました.実は,ここ数日間,僕は加持さんの行方を捜してたんですよ.ネルフでは,加持さんの追跡命令は出してませんから,この第3新東京市が一番安全です.ですから加持さんは第3新東京にいると踏んで,加持さんが失踪してから電気,水道の使用量が急に増加した所をピックアップし,そこから消去法で明らかに加持さんが居そうにない所を消して行きました.すると最後に残った中に,高野博士名義で借りているアパートの一室があったのです.そこへ来て高野博士の娘のエリカさんからの手紙でしたから.」
 説明するシンジをじっと見ていたエリカは,自分の父親の話しが出た所で話しに割り込んだ.
「ねぇ,ねぇ,お父さんを知ってるの?」
 加持への説明は,ほぼ終わっていたので,シンジはエリカの質問に答える.
「ええ,名前だけだけどね.ところで,高野さんと加持さんの関係は?」
「それはもちろん,愛人関係よ!」
 エリカは,うつむいて照れたそぶりをしている,なかなか演技派でもあるようだ.
 シンジは,高野博士と加持との関係を,博士の娘のエリカに聞いたつもりなのだが,エリカは勘違いして,自分と加持との関係と思い,受けを狙って冗談を言ってしまった.
「加持さん,相変わらずローティーンにもてますね,もしかしてロリ・・・・.」
「おいおい,変な誤解をされちゃ困るな.シンジ君が知りたいのは,俺と高野博士の関係だろ,俺と博士とは古い友人なんだ.」
 加持と高野博士がいったいどういう友人なのか,シンジはちょっと興味が涌いたが,詮索するのは失礼と思い何も聞かなかった.それに,必要があれば,加持の方から話すだろう,とシンジは考えていた.
「実は,今日の放課後,加持さんを訪ねて行こうと思ってたんです.伺いたい事があったので.でも高野さんからの手紙で,手間が省けました.」
「ライフラインを使う限り,シンジ君から逃れられないね.いや,お見事.とりあえず,俺がシンジ君を呼び出した用件を済まそう.立ち話もなんだから,車の中で話さないか?」
 そう言う加持にシンジは同意し,加持に続いて車に向かう.
 加持の広い背中を見ながら,シンジは,加持に拉致された時の事を考えていた.あの時は,アスカを人質にされた事で加持に対して憤りを感じたが,結局は事無きを得たので,今では加持に対しての負の感情はきれいさっぱりなくなっている.加持が何を考えているのか,シンジには推し量れないが,シンジは加持を信頼に値する人物と思っている.
 加持がドアを開けた後部座席に,シンジは乗り込んだ.その後に続いて乗り込もうとするエリカ,そのエリカを加持が制止する
「エリカちゃん,悪い,先に帰っていてくれないか.」
 エリカは,残念そうな顔で加持を見つめ,ささやかな反撃に出た.
「いいわ,30分公園で時間を潰します.そしたら,加持さん,家まで送って下さい.あと,アイスクリームもよろしく.」
「はいはい,承知致しました.」
 加持の承諾の返事を聞いて,エリカは顔をほころばせた.そして,またね,と一言シンジに言うと,公園の方へ駆けて行った.

 加持が運転席に座り,後部座席のシンジの方へと体を向けた.
「アスカは,元気か?」
「ええ,ミサトさんは最近,お酒の量が増えましたけど.」
「そうか・・・,葛城には,俺の方からきちんと連絡する.」
 シンジには,なぜだか加持が悲しんでいるように見える.
「さて,本題だが,シンジ君が俺を探していた理由は,これだろう?」
 加持はそう言って,ポケットから金属製の小箱を取り出しシンジに見せた.
「その中に,加持さんが調べ上げた情報が収められているのですか?」
「そうだ,この中のチップに君が知りたい真実が全て収めてある.俺が調べ挙げた全てだ.これはシンジ君が持っていてくれ.シンジ君が,この情報をどう使おうとかまわない.捨てるのも自由だ.」
 加持は,シンジに小箱を手渡した.それをシンジが大切そうに両手で受け取る.
「加持さん・・・,ありがとうございます.」
「シンジ君,一言言って置こう,この中には,シンジ君には辛い情報が多すぎる.しかし,最後の使徒との戦いまでには,目を通しておいてくれ.俺の話しは,ここまでだ.」
 シンジは,大事そうに小箱をポケットに仕舞い込んだ.
「加持さん,僕のもう一つの用件なのですが,僕の元で働いてくれませんか?」
「ほう,それはネルフ副司令としての要請かい?ありがたいお誘いだが,それはもう無理な話だ,」
「いえ,ネルフ諜報部員としてではなく,僕の影としてです.報酬はネルフからですが・・・.」
 加持は,しばらく思案していたが,こういう世界の人間だけあって決断が早い.
「シンジ君の影か,それは面白そうだね,OK,引き受けよう.詳しい事は,次の機会に.またこちらから連絡するよ.」
 二人のそれぞれの用件が終わったので,シンジは車のドアを開け,車外に出た.加持もドアを開けて,シンジにならう.
「シンジ君,すまないが,高野博士の事は穏便に頼む.」
「ええ,大丈夫です.ネルフは,加持さんを捕まえるつもりはありませんから.」
「じゃ,俺は,お姫様を連れ戻しに行ってくるよ,それから,シンジ君,当面俺がマークするが,葛城には気をつけろ.」
 最後の言葉は,シンジに聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声だった.不意をつかれて,一瞬立ち止まったシンジが,もう一度最後の言葉を聞き直そうと加持の背中見ると,軽くあげられた加持の左手が,さよならと言っていた.

 加持と別れたシンジは,本部へ赴き,副司令用のプライベート保管庫に,加持からの金属箱に入ったままのチップを収めた.この保管庫は,対衝撃,対火災,対放射線などのあらゆる事態に対応されたもので,パスワードと指紋認識によるセキュリティーが施されている.
 取りあえず安全な場所にチップを保管し,その日はチップの情報を見ずにシンジは帰宅した.

 本部から帰宅し,シンジは,朝のラブレター事件から加持と再会するまでを,加持との会話の内容以外全てアスカに教えた.アスカは,加持に合ってシンジ拉致事件について尋ねたい事があるようだったが,こちらから加持に連絡が取れない,とシンジが説明すると,不満気だがとりあえず引き下がった.
 もちろんアスカには,加持と再会した事をミサトへは教えない様に口止めを徹底した.しかし,シンジは後から知ったのだが,その同じ日の夜,ミサトは加持と過ごしていたのだった.
 加持の別れ際の言葉がずっと気になっていたシンジは,自室に戻るとミサトについてのありとあらゆる情報を調べ始めた.すると,端末からはミサトの過酷な人生を物語るかのような資料が,洪水のようにあふれ出てくる.その洪水の中にシンジは,1つの単語,”ネルフドイツ支部”を見出した.
 シンジは,ミサトがネルフドイツ支部から移籍して来たと言う事を,すっかり失念していたのだ.
 ネルフドイツ支部,各地にあるネルフ支部の中で最もゼーレの影響が強く,そして日本の本部に次いで技術力が高い支部である.エヴァ弐号機を完成し,五,六号機を開発中と言う事実がそれを物語っている.
 公式的には,ネルフは国連に属する組織であるが,非公式には,秘密組織ゼーレの支配下にある組織である.ただ,ネルフのドイツ支部の場合,ゼーレ直属の支部という表現が適切なくらい,ゼーレの影響が強い.
 そのドイツ支部からやってきたミサトとアスカ.アスカが,心と精神をいじられている以上,ミサトも同様であろうと容易に推測できる.ただ,ゼーレがミサトに何をさせようとしているのか,シンジには見当がつかなかった.おそらく加持にもゼーレの目的が特定できていないのだろう.とりあえずシンジは,ネルフ要人の暗殺,テロ等を検討してみたが,どちらも対使徒戦闘での著しい戦力減を招く.使徒殲滅が最優先とされる現在では,そのような行動に出る可能性が低い.取りあえず,加持がミサトをマークしているので,シンジは,すぐに行動を起こす必要は無いと判断した.今は,様子を見るしかないのである.

 翌日のお昼休み,アスカは,屋上でお弁当をおいしそうに食べていた.もちろん,アスカの隣りに並んでお弁当を作った本人,シンジもお弁当を食べている.アスカのもう一方の隣りにはヒカリが並ぶ.
 初めに異変に気付いたのはアスカであった.
「あっ,あれ何?」
 緊迫感のない声とともに,アスカはお箸でその方角を示す.,
 全員が,アスカの声で箸を休め,アスカのお箸が向けられた方を見つめた.
 そこには,淡く黄色に光る物体が,青い空に浮かんでいた.
 3人が不思議そうな顔でその非現実的な物体を眺めていると,突然アスカの携帯の呼び出し音が鳴った.その音が,3人を現実に引き戻した.
「シンジ,非常召集,行くわよ.ヒカリ,先生に言っといて.」
「分かったわ,アスカ,碇君がんばってね.」
 アスカとシンジは,すばやくお弁当箱をしまい,かばんを取りに教室へ駆け戻った.
 教室でレイと合流し,校門まで迎えに来ていたネルフの車に3人で乗り込み,本部へと向かった.
 通信回線が開いて,車中の3人にミサトから命令が伝えられる.
「みんないるわね,では状況説明するわ.目標は,5分前に突如第3新東京市上空に出現,その後,回転運動を行いながら滞空中.目標が使徒であるかどうかの回答をマギは保留しているわ.レイとアスカは,それぞれパレットガン装備の上零号機,弐号機で出撃,左右から様子を見ながら接近して.それから,碇副司令は初号機搭乗の上で待機していて下さい.」
「ミサトさん,司令の許可は,まだ出ていないのですか?」
 ミサトの答えは,NOであった.
 S2機関を搭載し,大幅にパワーアップした初号機を出撃させないのは,明らかな戦力ダウンである.それに,アスカとレイにもしもの事があった場合,ケイジで待機していたのでは間に合わない.シンジには,父親の指示が理解できなかった.
「真打は,最後に登場するものよ,今回は心置きなくアタシ達の戦闘を見物してなさいね,シンジ.」
 シンジの心配を知ってか知らずか,アスカは冗談とも本気ともつかない軽口をたたく.
 アスカにしてみれば,今回の自分と使徒との戦闘が,シンジの戦闘の前哨戦になれば良いと考えていた.シンジの為に使徒の攻撃パターン,特性等のデータを取る地味な役目を勤めるつもりだ.以前のアスカでは考えもしなかったような事を決意させた最大の理由は,シンジが殺される場面は見たくないという事に尽きる.
 戦略的な見地からも,アスカは,エースパイロットのシンジさえ生き残っていれば,初号機が使徒を殲滅してくれるという確固たる信頼を,シンジに対して抱いていたからである.
 一方のレイは,いつもと変わらず寡黙であった.しかし,心の中ではアスカに勝るとも劣らない強い決意を抱いていた.
(お兄ちゃんは,死なせない,私が守る!)
 そんな3人の思いを載せ,車は本部へと到着した.

 プラグスーツに身を包んだ3人は,それぞれのエヴァに搭乗し,出撃の時を待つ.
 その頃,発令所の中では,ちょっとしたハプニングが起きていた.
「どうしたの3人とも,みんなシンクロ率の自己最高記録じゃない.」
 リツコが驚くのも無理はない,レイとアスカは事故最高記録を10ポイントも更新しており,シンジに至っては99.99%と,正常な状態でのほぼ限界値を示していた.
「みんなベストな状態ね.日向君,目標は?」
「目標は変わらず.パターン青からオレンジへ周期的に変化しています.」
 ミサトは,目標の行動が読めないので,最も慎重な作戦を選択した.
「エヴァンゲリオン,零号機,弐号機発進.」
 それぞれ別のルートから出撃したレイの零号機とアスカの弐号機,初号機抜きの作戦はこれが2度目とはいえ,相変わらず2人の心に心細さが首をもたげる.
「レイ,アスカ出撃後,目標のATフィールドと干渉しないように距離を保って.攻撃開始はこちらから指示するわ.」
 地上に到達した2人にミサトが指示を出したその直後,様子が一変した.
「いえ,来る・・・.」
 レイが呟いて,パレットガンを構え直した.
 目標は定点回転を停止し,螺旋を1つの紐に収束させたかと思うと,輪の1個所が切れ,両端が零号機と弐号機に襲いかかる.
「パターン青で固定,使徒と断定.」
「レイ,アスカ,ATフィールド全開!」
 ミサトの指示は果たして2人の耳に入ったのだろうか,間一髪で使徒の攻撃をかわしたアスカは,パレットガンを使徒に向けて乱射する.
 レイは,避けきれずに使徒からの攻撃を左手で受け流し,右手のパレットガンの弾丸を使徒に叩き込む.
 使徒は,パレットガンをものともせずに,零号機と弐号機へ再三攻撃を繰り返す.
 遂に,弾丸の切れたパレットガンを交換する零号機の一瞬の隙に乗じて,使徒の攻撃が零号機の胸に命中した.零号機を助けようとしたアスカの集中力の跡切れに,弐号機も左腕に使徒の攻撃を受けてしまった.
「目標,零号機,弐号機と物理的接触.」
「目標,エヴァ両機を侵食しています.」
 青葉とマヤがほぼ同時に叫ぶ.
 モニタの中のエヴァ2機は,青葉とマヤの言葉を裏付けるように,機体に取り付いた使徒を引き剥がそうともがいている.その引き剥がそうとする手にも使徒の侵食が始まっている.
「なによ,こいつ.離れなさい,離れなさいよ!」
 アスカは,プラグ内で憤怒の形相で,使徒と格闘している.アスカの左腕には,弐号機の左腕と同じように侵食の跡が広がっている.
「う・・・・・.」
 レイは,心なしか苦しそうな表情で歯を食いしばっている.アスカと同じように侵食の跡が,レイの胸を中心に広がっている.
「危険ね.すでに5%以上が融合されているわ.しかもパイロットまで.」
 リツコが冷静に分析する.
「リツコ,助ける手段はないの?マギの判断は?」
 ミサトが叫ぶ.
「ここからじゃ,分からないわ.マギの回答は,3対0で分離不能よ.」
 リツコの返答で,ミサトは,沈黙してしまった.
「初号機の凍結を現時刻をもって解除.シンジ,ただちに出撃しろ.」
 机に肘をつき,手を組んで事態を静観していた碇司令が,静かに宣言し,直接シンジに命令を下した.
 それを聞いたシンジは,ミサトに情報を求める.
「ミサトさん,使徒の殲滅を優先します.使徒のコアの位置そちらから分かりますか?」
 リツコがミサトの代わりに答える.
「エネルギー反応の分布状況から,中心部と推測されます.ATフィールドの中和能力がずば抜けていますので,お気を付け下さい.」
「ありがとう,リツコさん.じゃ,ミサトさん,出ます.」
 シンジが駆る初号機が,地上に姿を現した.
「シンジ?来ちゃだめ!」
「こないで,碇君!」
 必死で使徒の侵食を食い止めようする2人が,モニタの中で叫ぶ.
 初号機がATフィールドを張ると,それに反応するかのように,使徒の中心部から触手が伸び,恐ろしいスピードで初号機に襲いかかる.
 シンジは間一髪でその攻撃をかわし,パレットガンで使徒の中心部を狙い撃つ.ATフィールドは中和しているが,使徒は身震いするだけでダメージを受けた様子がない.
 有効な攻撃ができないまま,シンジはひたすら使徒の攻撃をかわし続ける.
 このままではシンジまで侵食されてしまうと判断したアスカは,零号機との間に回線を開いた.画面に現れる苦しそうなレイの顔.
「レイ,このままだとシンジも危ないわ.アタシの考えている事,伝わっているでしょう?」
「ええ,よく分かるわ.だけど,私は代わりがいるけど,貴方には代わりがいないわ.」
「この状況じゃ,どの道もう逃げられないわよ.それにしても,アンタと最後の最後で使徒を通じて分かり合えるとは,皮肉なものね.今度また逢えたら良いお友達になれそうね.」
「・・・そうね,アスカ・・・.」
 アスカは,自嘲気味に笑った.
 レイは,アスカに対して初めて笑顔を返す.
 零号機と弐号機は,使徒を手繰り寄せながら互いに近づき,使徒を間にはさんで抱き合ったままうずくまった.まるで互いにかばい合うように.
「ATフィールド反転.一気に侵食されます.」
「アスカ,レイ,どうするの?もしかして,自爆・・・.だめ,機体を捨てて脱出して.」
「接続カット!プラグ強制射出.」
「だめです,信号を受け付けません.」
 ミサトとリツコの悲痛な叫びに,マヤは希望を持って答えたかったが,現実は無情であった.
「ミサト,アタシ達がやろうとしている事,良く分かったわね.」
 モニタの中のアスカとレイは,シートの後ろの自爆装置を操作している.
「アスカ,レイ,止めろ!止めるんだ!」
 シンジは,使徒の攻撃を避けながら,無我夢中で2人の機体に突進する.
「バカシンジ!アンタが来ると何にもならないでしょ!アタシがへまをしただけだから,シンジは気にする必要ないわ.今のシンジの役目は,シンジのATフィールドで町を守ることよ!レイ,良い?行くわよ.3,2,1,爆破!」
「アスカァ〜・・・,レイィ〜・・・・.」
 シンジの目の前が真っ白になる.これでもエヴァのモニタでフィルタされているのだ.この光景を肉眼で見ると,網膜が焼かれてしまうだろう.
 2機のエヴァンゲリオンの爆発は,すさまじいエネルギーの放出であった.強烈な閃光,地響き,爆風,まるで恒星が地上に出現したかのようだ.
 シンジは,アスカの遺言通りに2機のエヴァの爆発エネルギーから町を守った.そのエネルギーの凄まじさを物語るように,シンジが張ったATフィールドの向こう側の地面は沸騰し,芦ノ湖の水もすさまじい勢いで蒸発している.
 巻き上げられた土砂と蒸発した地面と水が,上空にどす黒い雨雲を急激に成長させて行く.やがて,辺りは一寸先も見えないような真っ黒い雨に覆い隠された.
 初号機は,その黒いどしゃ降りの雨の中,天を仰いで咆哮していた.シンジの悲しみが分かるかのように.
 プラグ内のシンジは,弐号機と零号機がいた辺りを呆然と見詰めながら,爆発する寸前のアスカの言葉を何度も何度も思い返していた.
 シンジの目は,焦点を失って,見開かれたままだが,不思議と涙は出てこない.
「ごめん.シンジ.」
 その一言がシンジの心に鮮明に蘇える.
「アスカ・・・・.」
 その時の少年の言語機能は,自分を残して逝ってしまった少女の名を叫ぶためにしか機能しなかった.
つづく



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1998+09/22公開

ご意見・感想・誤字情報などは okazaki@alles.or.jpまで。



後書き
 ・・・やってしまいました,話しの展開上,アスカ様に崩御して頂く必要がありまして,今回のお話となりました.
 アスカ様が御亡くなりになる話は,他のサイトでもあまり見かけないので,やばいかなぁ〜.ミサトも悪者にしてしまったし・・・.
 取り敢えず,第2部完です.次の第3部が最終部となります.
 
 今後は,本編にそって3人目のレイが登場しますし,使徒であるカレも出ます.
 そして,もう一人の役者がそろった所で,物語は結末へ向けて雪崩れ落ちて行きます.
 
 ちょっと痛い展開になりましたが,御感想を頂けると幸いです.
 それでは,これにて失礼致します.







 岡崎さんの『ある1つの可能性』8、公開です。




 おお、これは珍しい〜


 レイが死んじゃうこの場面。


 ここを直している作品は、大抵、
 ”レイちゃん助かった”となっているんですが、

 なんと、

 レイプラスアスカまであの世行き〜 とはっ


 ビックリ、驚き

 初めて見たよん。



 この先どうなるんだろうね。


 加持さんも
 エリカちゃんも、

 どう動くんだろう。

 待とう次回(^^)






 さあ、訪問者の皆さん。
 驚きの展開、岡崎さんに感想メールを送りましょう!




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