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[P−31]の部屋
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まずはファーストダウン。
「それでどうなっているんだ?」
ホワイトハウス。
大統領を頭にした、いわば御前会議が開かれている。
「ベースボールで言えば1回表に2点入れて、その裏に1点返されたってところかな」
首席補佐官がまるで他人事のように言う。
最近のホワイトハウスでは、大統領に直言できるのは彼だけという状態になっていた。
その彼でさえ、近頃大統領に疎まれているという噂もある。
「腐りかけの反応弾までくれてやった赤い日本人達がやられたのは失点だが、日本で一番でかい建造物が崩れ落ちたのはイメージから見ても大きい」
「成功すれば、あの不愉快な街が消し飛んだのだろう?私はその方がダメージは大きいと思うがね」
大統領のその言葉に、首席補佐官は心の中だけで罵る。
ネルフにダメージを与えると同時に他国とはいえ民間人を多数巻き込む。それを許容するのか?
補佐官はそれを口には出さなかった。
大統領がなんと答えるか判っているからだ。
彼なら
「黄色い猿が何匹くたばろうが私が知る必要はない」平然とそう言うだろう。
首席補佐官は考えを表情には出さずに言う。
「まあそういうわけでスコアボードはそんな感じだ」
「こちらから指令はできないのか?」
「おいおい、無茶言いなさんな」
何度と無く説明した事項をまた説明しなければならないのかと思うと補佐官は気が重くなる。
ナショナル・ガード
「各組織には自由行動を保証している。なにしろ奴らは合衆国連邦軍でもなければ州軍でもないんだ」
「資金と装備を融通してやっているのは我々だろう」
「あのなぁ・・・・」
補佐官が心底ため息をつきながらさらに答える。
「ほとんどの連中には、裏で動いてるのが我々だとは教えていない」
「なぜだ?」
補佐官は今この場で叫びだしたい衝動を必死に押さえた。
「世界中のテロ組織にとって、一昔前まで真の敵と言われて他のはどこの国だ、ええ?・・・・頼むから日本などといってくれるなよ」
「違うのか?」
今度は目の前にいる男を殺したい衝動を抑えるのに必死になった。
「資本主義帝国、アメリカ合衆国様々だよ。連中にその事実を教えれば依頼を遂行するどころか逆にこちらを脅迫しかねない」
「不快な連中だ」
一番不快なのはお前だ、と口走りそうになる舌を押さえるのには理性を総動員しなければならなかった。
「・・・・とにかく、今はそういった状況だ。変化があればまた報告するが、基本的にあとは待つだけだ」
大統領は不満そうに鼻を鳴らしている。
おそらくこの男はアメリカ合衆国大統領よりもむしろ、ドイツ第三帝国北米大管区指導者といった肩書の方がしっくりくるはずだ。
言動などナチ党高官も真っ青なものだ。
セカンドインパクトで混乱した合衆国、その中で壊滅状態の西海岸を除くともっとも被害の大きかったジョージア州を瞬く間にまとめ上げ、復興のモデルケースとまで言われた。
その業績に惹かれ、大統領選挙(インパクトから5年後にやっと行われた)から彼のスタッフとして働いた。
合衆国市民も彼の業績を見て、それを合衆国全土に広げて欲しいと彼を大統領に選んだ。
確かにインパクト後の混乱は一般にジョージア式と言われる(口の悪い者はニューディールの焼き直しと呼んだ)復興プランで、10年はかかると言われた経済復興に3年で成功していた。
あるいはそれがいけなかったのかもしれない。
自らの政治手腕に自信を持った大統領は経済復興が停滞の兆しを見せると、合衆国よりもさらに混乱を呈していた中央アメリカ カリブ海へ軍を展開させた。
古典的な”国民の目を外に向ける”法であり、合衆国伝統の棍棒外交というわけだ。
しかしそれは侵攻先に合衆国にとって利益になる物があるという大前提がなければいけない。
インパクト前は中米の支配者と言っても良かったアメリカ資本のフルーツ企業は、ユナイテッド・フルーツを初めとして気候の急変で収益が激減。
各地に派遣された合衆国軍は文字通り混乱を収拾するためだけに動く結果となった。
軍の維持費は当然の事ながら急激に増大した(国連からは、その献身的な行動が賞賛されるという皮肉な結果になったが)。
業を煮やした大統領が旧メキシコ領土併合計画の立案を命じた直後、ネルフとの確執が始まったのだ。
会は議論に飽きたのであろう大統領が散会を告げ、終わった。
首席補佐官は同じホワイトハウス内にある自分の執務室に入った。
「補佐官、お電話が入っております。外線です」
来客を待たせるための待合室で仕事をしている秘書がそう告げた。
「わかった。私が良いと言うまで誰も入れるな。取り次ぎもするな」
執務室に入った補佐官は、カーテンが引かれ薄暗くなっている部屋で照明も付けようとせずにデスクのスイッチを押した。
「もしもし、お待たせしました」
デスクに埋め込まれているマイクがその声を拾う。
《会議は踊ったかい?》
壁に仕込まれたスピーカーから聞こえてきた男性らしき声を聞くと、補佐官の顔が引きつる。
「ああ、おかげさまで上々だ」
補佐官は口元を歪めながらも答える。
《そいつはなにより》
電話の相手は含み笑いでもしていそうな声で応じた。
補佐官はそれを聞くと苛立たしげに尋ねる。
「いかなホワイトハウスとはいえFBIの監視対象になっていないという保証はないんだぞ?」
それを聞いた電話の向こう おそらくは年輩の男性は本当に笑いながら答えた。
《FBIの紳士諸君にはもっと美味しい餌を用意した。今頃そちらにかかりきりだよ》
補佐官はため息をつく。
「で、なんだ。レポートは”郵便箱”に入れたぞ。届いていなくても私は関知しない」
《いやいや、レポートは読ませて貰ったよ。実に興味深い。おかげで大昔の恥部を取り除くことができた》
「JRAか?」
《かの地でJRAと言ってまず思い出されるのは賭博の胴元集団のことだ。覚えておいた方がいいな》
「それでなんなのだ?まさかアレで足りないとでも言うのか?」
苛立たしさを隠そうともせずに、補佐官は言う。
《レポートはほぼパーフェクトと言っていい。1人の暗殺者、その動向さえ除けば》
「フン」
思い当たる節があるのか、補佐官は鼻を鳴らす。
「そっちだって判っているだろう?奴が完璧な秘密主義かつ個人主義だということは」
《やはりね。なに、そちらが意図的に情報を隠蔽したのでなければいいんだ。そこから先はこちらの領分だ》
「自信があるようだな」
《これだけの手配りをしているんだ。これで負けるようなことがあれば引退を考えるか》
「その方が我が国の同業者達は喜ぶだろうがな」
《隠遁生活にも興味はあるんだが・・・・それよりも私は君が協力してくれることの方が興味深いがね》
「・・・それに答えることも私が受け取る銀貨の代償なのか?」
《何もユダになれというわけじゃない。単なる好奇心さ、私のね》
「現政権が倒れた後、多国籍企業とまで言われる某日本企業に取締役兼ロビイストとしての席を確保、それ以外にか?」
《それは表向き、あるいは本音の50%だろう。私が聞きたいのは残りの50%だ・・・・それに君は地位や役職、名誉に金・・・そういった基準で動く人間ではない》
「買い被りだ」
《聞かせてくれ》
相手は執拗だった。
補佐官は今日何度目になるか判らぬため息を漏らす。
「ここ数年の我が国の動向はわかっているだろう?・・・・他国へのあからさまな侵略行為、国連の名を借りた植民地獲得・・・・私がそうであると教えられた合衆国の理念からは遠く離れている。それに加えて今回の騒ぎだ。合衆国が世界中のテロリストどもを支援するとは・・・・まるで前世紀のソヴィエトかリビアだ」
《レーガンが聞いたら泣くな》
「茶化すな・・・・私はテロ国家に成り下がった合衆国を許せない。そして合衆国をそう導いた政権も許せない。政権内部にいながらそれを止められなかった自分はもっと許せない」
《それが君の正義か?》
「馬鹿を言うな。正義なぞどこにもありはしない・・・・私は最悪の状態をより良くしたいと願うだけだ」
《・・・・ありがとう》
「何に対してだ?」
《君の決意に対してだ》
「礼を言われるようなこと言っていない」
《その頑固さにも、だ・・・・悪いが再就職先は変更させて貰うぞ》
「何をさせる気だ?」
《今は秘密だ》
しばらく聞こえなくなっていた含み笑いが、また聞こえた。
《今回で連絡は終わりだ。次は面と向かって会うだろう・・・・ちょっと時間がかかるだろうがな。それでは》
補佐官が何か言う前に電話は切れた。
彼は出かかった言葉を飲み込み、デスクに備えられたライトをつける。
弱い光に照らされ、憔悴しきった相貌が浮かぶ。
「裏切りの代価は不透明な未来か・・・・フフフ・・・・ざまぁないな」
自らを嘲るように笑う彼の顔は、照明でできた陰によってまるで泣いているように見えた。
「今回で連絡は終わりだ。次は面と向かって会うだろう・・・・ちょっと時間がかかるだろうがな。それでは」
電話のこちら側では、補佐官とは違い昔ながらのワイヤード受話器が使われていた。
最新技術は確かに便利だが、それ故に盗聴などの危険性も確実に増しているからだ。
ちなみに電話が置かれている場所はホワイトハウスからさほど離れていない。
車を使えばものの数分で着いてしまう距離だ。
「さて、ひとつは片づいた」
「どうでした?」
部屋は補佐官の部屋と同じようにカーテンが、それも分厚い鉛入りのカーテンが引かれていたが、内装と照明の明るさが暗さを払拭している。
明るい内装といっても調度などはシンプルなのもで、安物の机が一つに同じく安物の椅子が3脚ほど、それにほころびさえあるソファがひとつ、そして電話。
会話の内容と建物の素性を考えれば、ここであのような会話をするのは危険を通り越して無謀だとも言える。
「やはりやっこさんも知らなかったよ。まあ予測通りだが」
机に置かれている電話機に受話器を戻した男がそう言う。
駐米日本大使館付武官代表。
男の肩書。
男はこの年になるまでそう言った肩書を鬱陶しく思うことはあっても、ひけらかすような真似は一度もしたことはないが。
「仕方がありませんね。相手は一佐とはまた違った意味で有名人ですからね」
「それだけに厄介だ・・・・まあいいさ、コロンボ警部よろしくやるさ」
「知ってますか?コロンボ警部が殺人事件を阻止したケースは無いんですよ?」
「そりゃお前、推理小説で事件がなかったら話にならんだろう」
「まあそりゃそうですが」
濃緑の制服に身を包んだ野分ユウジは不敵な笑みをたたえ、部下を見る。
「んで藤吉郎、向こうからなんか連絡は?」
ユウジの部下である陸自一尉は、名前は”藤吉郎”などではないのだが、姓が木下で要領の良さはユウジが「太閤秀吉並」と太鼓判を押すぐらいだった。
ただ、秀吉はまだ早いというわけで”藤吉郎”におさまった。
最初は本人も嫌がっていたが、もう慣れてしまった。
「ロシアからのお客さん達は何を考えたか山梨県内に入ったそうです。こいつは読みが外れましたね」
「まあな。だがうれしい誤算ではある」
「1000人単位で分散テロをやられたら対応が厄介ですからね」
「ネルフには?」
「もちろん伝えてあります。既にあちらさんの防御部隊が展開を始めているそうです」
「流石に仕事が速いな」
「自衛隊法の改正のおかげで、我々は両手両足どころか簀巻きにされてるようなものですからね」
「まあ改正が無くても治安出動はそう簡単に出来はしないだろうがな」
「それを言ったらおしまいですよ」
正直なところ、ユウジにとっては居場所が日本であろうとアメリカであろうと変わりはない。
世界中どこからでも的確な指示を出すことができれば詰めを誤ることはまず無い。
そして今回、ユウジにとってはこちらにいた方がメリットは大きかった。
「ま、とりあえず全体像が見えてきましたね」
「手配りもだいたい終わってる」
そう言ってユウジは机に置かれた1枚の写真を指ではじく。
「コイツを除けばな」
写真には痩身の男性、その後ろ姿が写っている。
もちろんのこと顔は確認できない。
「どうなんでしょう。この男、手口としては無差別テロをやるようなタイプではないはず。必ず目標となる人物がいるはずです」
「まあそれについちゃ目星はついてるんだが」
ユウジは頭をボリボリと掻きながら呟く。
「どこの誰です?」
それが判るのであればいくらでも手の打ちようがある、そんなニュアンスを含ませて木下は尋ねた。
「俺の仕入れたネタが確かならば、今回やっこさんに依頼されたのは必然性からではなく、私怨に近いらしい」
「私怨、ですか?」
「おう。ネルフの親分なら恨みは買ってそうだろ?」
「なるほど・・・・なら」
警護の強化、と続けたかったが、よく考えてみれば相手が相手だ。
「警護は俺達が考える事じゃない。最悪の場合でも、日本という国自体に対するダメージは最小限だ」
冷徹な評価を下すユウジ。
彼はネルフという組織自体は決して好いてはいない。
自分の兄やシンジがいるからなんとなく協力しているだけだ。
ちなみに木下はネルフ司令がユウジの兄弟だとは知らされていない。
「それに保険は掛けてある。あまり心配はしていないよ」
ユウジが内容をはっきり言わないときは話すつもりが無いということを知っているため、木下も深くは尋ねない。
「動き出すとしたらいつですかね」
「さて・・・・まあ俺なら他の組織による騒動が一段落して、ネルフの連中が”やれやれ終わった”と一息ついた隙を狙うんじゃないかな」
「じゃあとりあえず今は待ち、ですね」
「その通りだ」
第三新東京市は、大惨事があったとはいえ市民が生活を送らなければならない。
サードタワーの残骸は、手早く解体が始まっているが爪痕を隠すには至らない。
それでも街に人は出る。
第三新東京市には映画館が8つほどある。
その中でももっとも大きい映画館が、市の中心部にある複合型ショッピングセンターの地下に設けられた収容人員400人のそれだ。
折しも今は人気アニメの映画版が上映されており、休日でもあることから、どの上映時間帯も家族連れで賑わっていた。
午後4時開演のその回も、400の席ほぼ全てが埋まっていた。
映画が始まるまでは幼い子供の泣き声や喚声などで騒然としていた館内も、上映が始まると同時に本来の静けさを取り戻していた。
だが、最後部に面した出入口に一番近いところに座る男には、映画を見て楽しんでいるような雰囲気はなかった。
一見してアラブ系と判る彫りの深い顔立ち。
日に焼けた肌。
どの要素もこの映画館には似合わない。
そして男は周囲をキョロキョロと見回すと、通路側に置いたボストンバックからなにやら取り出す。
右手で取り出したのは先に警察突入部隊が使用した音響閃光手榴弾によく似ていたが、所々に自作を示すような溶接痕があった。
そして左手で取り出したのは呼吸器官専用フィルター・・・・つまりはガスマスク。
右手に持っているのは男の所属する組織が手投げ型催涙弾から改造して作った、神経ガス弾だ。
男は全く気づいていないが、これはガスマスクを被っても防げるものではない。
呼吸しているのは口腔だけではなく、神経ガスのようなものは皮膚呼吸だけで死に至る。
男は自分が片道切符を渡されたことに気づいていないのだ。
「おいおい、そんな物騒な物は仕舞ってくれよ。今やってるのはアクション映画じゃないんだぜ」
耳元で、しかもアラビア語で囁かれ、体がこわばった瞬間には微かな痛みが腕に走り、そのまま意識が遠くなった。
加持は男の腕に打った注射器を素早く懐に戻すと、握られたままのガス手榴弾を慎重にもぎ取り、それも懐に入れる。
各出入口付近では彼の部下が同じように”処理”しているはずだ。
「幼児向けだが日本が世界に誇るアニメーションだ。ゆっくり見ていってくれよ」
加持率いるネルフ特別監査部が処理した同様の事案はこれで5件目だ。
「さて、お仕事お仕事・・・・」
席を立つ加持。
その途端、周囲から非難がましい視線で睨まれ、ペコペコと頭を下げながら薄暗い映画館をあとにした。
セカンドダウン
「加持さんから連絡がありました。映画館の方は”処理”が終わったそうです」
ロン毛オペレーターこと青葉シゲルがコンソールから振り返り言う。
ネルフ本部発令所。
対使徒防衛戦闘の指揮中枢であるが、今回は本来の使われ方をしていない。
「ちゃっちゃと次に行けと伝えて」
発令所の指揮を預かるミサトは容赦なくそう答えた。
シゲルは苦笑しながら、ミサトの言葉を少しだけやんわりと修正したものを加持に伝えた。
「山梨の方はどう?」
「警視庁機動隊からの情報ですが、いよいよ化けの皮を剥がしたそうですよ」
眼鏡オペレーターこと日向マコトが言う。
「あ、そう」
「既に一部戦車などはトレーラーから降ろされている模様です」
「それじゃ機動隊は下がらせて。危ないからって」
「了解」
「マヤちゃん」
「はい」
今度はオペレーターの紅一点、伊吹マヤが答える。
「日本政府に通告。現在時をもってネルフ権限における特別宣言D−20を発令。指定区域住民の避難を要請する」
「D−20を通告、指定区域住民の避難要請。了解」
「日向君、ウチの連中と回線は繋がる?」
「さっきから繋いでますよ」
「あっそ。んじゃこっちにちょうだい」
先手を打って仕事を進めたマコトだが、ミサトの部下ともなるとこれぐらいできなければやっていけない。
「こちら本部発令所。応答せよ」
ミサトが宙を睨みながら言う。
若干の空電ののち、声は聞こえてきた。
《こちら統合特別警備隊、感度良好》
「初瀬さん、情勢は掴んでいるわね」
尋ねるのではなく断定型というのが、彼女が部下に求める資質というのを物語っている。
《既に監視小隊5個を出しています》
「おっけー・・・いつ頃なら始められる?」
《布陣は完了しています。パーティはいつでも始められますよ》
「それじゃあ好きなときに始めてちょうだい。餅は餅屋に任せるわ」
《了解、それでは制圧行動を開始します・・・以上》
その言葉で無線は切れた。
「大丈夫でしょうか?」
マヤが心配そうに言う。
「なにが?」
それに対し不思議そうに尋ね返すミサト。
「いえ・・・降伏勧告とか、色々方法はあると思うんですが・・・」
ミサトは最初こそ驚きの表情だったが、すぐに険しい表情になる。
「そんな手間を省くためにD−20を発令したのよ。それでも気になるのならマヤちゃん、自分でやってきなさい。自分で狂信者の前に立ってね」
「・・・・・・」
「アタシはゴメンだわ」
ミサトは発令所の前面、その宙に投影されている状況地図を睨む。
そこにはネルフの特別警備隊が小隊単位でモニタリングされており、”敵”兵力もわかっているものは全て映し出されている。
それだけではなく、付近の丘陵に急遽設置されたのであろうカメラからの映像、それに衛星軌道からの映像などもある。
「生で戦闘シーンが見られるなんてねぇ」
ミサトが誰ともなく呟く。
「戦争映画見てるみたいだわ」
「さて、ゲームを始めようか」
ネルフ統合特別警備隊。
名称から推察すると、施設警備の警察官代わりにも聞こえるが、実際は違う。
制圧車(戦車の歪曲表現語だ)32両を保有する制圧中隊4個を基幹とした特別制圧機動大隊。
人員数350名、警護車両(やはり装甲車両の婉曲表現)多数からなる警護中隊4個を持つ特別警護大隊。
航空兵力が今ひとつな代わりに与えられている、空域制圧車(同じく自走対空機関砲)20両と誘導追尾体車(同じく自走対空誘導弾)8両からなる空域制圧中隊。
歪曲表現を使わない場合、例えばドイツ風に表現すると。
増強装甲大隊に増強猟兵大隊、それに自走高射砲中隊ということになる。
まぎれもない有力な戦闘部隊だ。
その全てを統括する男は、戦場となるべき所から少し離れたところにいた。
「せっかくネルフに引き抜かれたんだ、不謹慎だがこうこなくちゃな」
統合特別警備隊、統括司令の初瀬ケンジはそううそぶくことで周囲にいる部下の緊張を少しだけ和らげた。
「各戦闘団、準備よろしい」
戦闘正面から10キロ離れた森の中に据えられた司令部は、一見するとトレーラートラックの荷台部分にしか見えない。
しかし、その脇には小振りだがパラボラアンテナが設置され、トレーラーの天井から空に向かって少し太めのワイヤーが伸びている。
ワイヤーの先端は気球に繋がれており、その気球は表面にフェイズド・アレイ方式のレーダースキャナーが埋め込まれている。
その他にも、30mほど離れたところには大出力のタービン発電機を積んだ発電車がフル回転で電力を供給。
司令部車両と同じような形だが、側面に大きな赤十字を書いた医療施設車。
患者を前線から迅速に輸送するための救急ヘリ。
貧乏所帯の戦自幹部が見たらよだれを流すほどの、完璧な野戦司令部だ。
「各戦闘団にはちょっと待てと伝えろ」
「了解」
手狭なトレーラーの中にいくつも設置されている情報通信用コンソールについている部下が答える。
「・・・・ウチの隊、その欠点が判るか?」
初瀬は彼の副官に言う。
「航空兵力の欠如、以外にですか?」
「当たり前だ。普通陸上部隊が独自の航空兵力を持つなんてあり得ないだろうが」
「でしたら長射程砲兵力の欠如ですね。自走砲、牽引砲どちらもウチには皆無です」
「ではさらに質問だ。その欠点を現有兵力でカバーするには?」
「遮蔽物に身を隠し、最後の瞬間まで存在を秘匿する・・・・ただ、これにも欠点があります」
「聞こうか」
「相手が統制の取れ、精強な軍隊であるという前提です・・・・そうでなければ浸透攻撃は逆効果です」
「では俺達が相対してる連中ならばどうだ?精強でもなく軍隊ですらなく、あるのは戦意だけのようだが」
「小細工はなしに、突っ込みます」
初瀬はニヤリと笑う。
「全戦闘団に命令。突撃せよ・・・・給料分の仕事、見せてもらおう」
時折途切れがちになる林の中を4両の鉄牛が進む。
木に接触しないよう慎重に進めているようだが、小さい木などはなぎ倒している。
乾燥重量65トンのそれは、キャタピラを地に深くめり込ませながら敵を探す。
慎重に進むとはいえ、三菱製のディーゼルはかなりの唸りをあげている。
車長用キューポラから身を乗り出して全周を見回している男は林の向こう側にうごめく物を見つけた。
彼は無線機のセレクターを小隊系通信に切り替える。
「221から小隊各車、現位置にて停止」
4匹の鋼鉄の獣は意志を持ったかのように同時に停止する。
男は今度はセレクターを車内通信にする。
「三浦、見えるか?」
呼びかけられた砲手は自分が確認していることを報告する。
「古臭い戦車が何両か見えよりますな」
「こっちには?」
「気づいとらんほうに次のボーナス全額賭けますわ」
「俺も同じ意見だから賭は不成立だな」
「なんですかいな。今度こそ勝てる思うたのに」
ぶつくさ言う砲手を脇に置き、今度は装填手に呼びかける。
「志摩、戦闘団司令部から何か言ってきたか?」
操縦手は通信手を兼ねている。
「いえ、まだダンマリです」
「フン。どんな命令がくるかはわかってるんだがな」
「へえ、どんなんです?」
砲手がレチクルから目を離さずに つまり敵に照準をしたまま尋ねる。
「全隊突撃。賭けてもいいぜ」
「流石は親子ってとこですかいな・・・んじゃその反対に、上海亭の餃子定食賭けまひょ」
「じゃあ俺はフカヒレラーメン大盛りだ」
「汚な。そっちの方が倍するやないですか」
そんな彼らの耳に戦闘団からの命令が下りてきた。
《第2CT司令部から各小隊。突撃せよ》
「俺の勝ちだな」
「まったく・・・・給料前にフカヒレラーメン大盛りでっか・・・・財布が軽うなるわ」
《統括司令よりの追伸。全隊員、給料分の仕事をしろ。以上》
「親父さん、キツイでんなぁ」
「俺達はこれで飯を食ってるんだ。しょうがないさ」
そういうと男は車長用キューポラから出ていた半身を内部に潜り込ませ、ハッチを閉じる。
「さて、それじゃあ仕事をするか・・・・小隊各車、小隊長車の射撃を合図に射撃開始せよ・・・・三浦、目標戦車。弾種徹甲。上げふたつ。発令発射」
APDS
砲手に目標が前方の戦車であること、使用弾薬は徹甲弾であること、戦闘照準から2ミル上方修正すること、発射は車長の発令で行うことを簡潔に伝える。
統合特別警備隊、第2混成戦闘団第2小隊隊長、初瀬ツヨシはふと思う。
こんな時、気の利いたセリフの一つでも言うべきだろうか?
考えた末、彼は古い軍人の有名なセリフ、小説などにも使い回されたフレーズを思い出した。
「よし、奴らに戦争を教育してやろう・・・・撃て」
「はぁー・・・・こりゃ戦争、いえ戦闘とも呼べないわね」
状況を傍観者の立場で眺めていたミサトはそう呟いた。
敵の装甲戦闘車両は戦闘開始から10分以内に全て撃破。
要注意対象の攻撃ヘリコプターも大半は飛び上がる前に捕獲されるか撃破され、飛び上がることに成功した数少ない機体も35o対空機関砲弾か対空誘導弾を食らって蜂の巣になっていた。
「結果としてみれば当たり前、ということですか」
マコトがため息をつくように言う。
確かに、客観的な視点で見ればこれは”虐殺”とも呼べるかもしれない。
統合特別警備隊と称する大隊戦闘団は、それほど容赦がなかった。
「もちろんよ。私はそうなるように手配りしたし、初瀬さんだってそう。あの人は行動を起こす際は慎重すぎるぐらいよ。起こした後は正反対だけど」
「初瀬さんは葛城さんが引き抜いたんですよね」
「ええそうよ。陸上自衛隊が生み出した戦術の天才。こと野戦に限るならあの野分一佐でもかなわないかもね」
「そんなに凄いんですか」
「それでも今まではコンピューターシミュレートや机上演習、それに実働演習だけでだったから、ちょっち不安があったのは確かだけど」
「これでコンバットプローブンが得られたというわけですか」
「ま、期待には見事に応えてくれたわね」
ミサトはそう言うと深いため息を一つつく。
「でもねぇ・・・言ってみればこれは規模はデカいけど、陽動作戦にしかすぎないわ・・・・他の連中と同じくね」
「こんなに大規模に兵器供与までした連中が、ですか?」
「考えてもご覧なさい。供与した兵器はみーんな旧ソヴィエト製。アシのつかないね・・・・それをいくら訓練を受けているとはいっても軍隊でもない連中に手渡して何かできると考えるほどあっちも馬鹿じゃないでしょ」
「では本当のねらいは?」
「野分さんが送ってきたレポート、その一番最後にあったでしょ」
「殺し屋・・・・いささか時代錯誤のような気も」
「何言ってんの。この職業、そんじょそこらのものよりよほど歴史が古いのよ」
「しかしこの警戒厳重なネルフ本部で暗殺は・・・」
「その警戒厳重なはずの本部が襲撃を受けたこと忘れた?」
「あれから警備体制は格段に分厚くなっているはずです」
「その隙をつくのが暗殺者の暗殺者たる所以よ」
「・・・・」
《統合特別警備隊司令部より入電。当該部隊の主要装備等制圧完了。これより残敵掃討に移る》
スピーカーが祭りの終了を告げる。
「しめて25分。早業ね・・・・これで言わばサードダウン。あっちはどう出るかしらね?」
「ここまで来たらやるでしょう。後には引けないはずです」
それまで黙っていたシゲルが目線をコンソールから外さずに言う。
「フォースダウン・ギャンブル。ここで退いたら全てが水の泡ですからね」
「望むところよ」
ミサトは胸を張るようにして答える。
「こんなへなちょこオフェンスを弾き返せないようなら、私たちも先が見えてるわ」
タッチダウンまで10ヤード。
静謐かつ激烈な最終局面が幕を開ける。
あ・と・が・き
Eパートに集約します
>なーばすぶれいくだうん(NERVOUS BREAKEDOWN)
ノイローゼの発作、神経衰弱のために倒れること
P−31さんの『It's a Beautiful World』第14話Cパ−ト、公開です。
Bパートに続いてのCパートも圧勝。完勝。
どんな士気が高くても
多くの武器を持ってても
数がそろっていても
やっぱり質の差はいかんとも。
その上、
ネルフの方はそれ以上のモノを持っていたし・・・
やーやー、流石ですね。
いやしかし、
これは陽動の一部なんだよね。
シンジ達チルドレンをねらう敵
司令をねらう影。
まだまだまだまだ!
たおすのだ。
さあ、訪問者のみなさん。
ここらで一発、感想メールを送りましょう!