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タッチダウンまで10ヤード。
静謐かつ激烈な最終局面が幕を開ける。
「やあ、こんにちは」
第二新東京市。
その中心部近くにあるショッピングモール。
平日、しかも午前中では人影もまばらだ。
「いらっしゃい。何をお探しです?」
種々雑多な店が並ぶモール、その中でもひときわ小さな雑貨店を訪れた客は日本人ではなかった。
「ちょっと特別な物を探していてね。ここでしか手に入らないと聞いたんだ」
客は壮年の白人男性。
髪の毛はブラック。
瞳の色はブラウン。
表情は笑顔が絶えない。
白人にしては、日本にいても目立たないタイプだ。
特に国際化が極端に進んでいる第二・第三新東京市では目立たないだろう。
流暢な日本語を操るともなれば尚更だ。
「特別な物。どんなものですかね、店は小さいですが雑貨ではそろわない物はないと自負してるんですが」
頭が禿げ上がり、度のキツイ眼鏡を掛けた店の主人は、営業用の笑顔を浮かべて尋ねる。
「そりゃありがたい。これなんだが」
そう言って客は紙に書いたリストを渡す。
それを受け取り、ざっと眺めた主人の顔から営業スマイルが消える。
「お客さん、失礼だがどなたかの紹介があるね?」
今までの人の良さそうな店主の面影はなく、鋭い眼光が目立つ。
客の方は笑顔を崩さない。
「”おじさん”に聞いた、そう言えばわかると話していたよ」
「少々お待ちを」
店主はそう言うとそばにある電話を取り、いずこかへ電話を掛ける。
その間、客は店の品物などを見て回り、面白そうな物を見つけては取り上げている。
その様は休暇を利用して観光にやってきた外国人ツーリストにしか見えない。
「お客さん、お待たせしました」
鯨の大和煮の缶詰を取り上げて物珍しそうにしていた客に声を掛ける。
「これも後で貰うよ。鯨なんて日本でもなければ食べられないからね」
そう客が言うと、店主はフッと笑う。
「このモールの中にも鯨料理を出す店はありますよ。インパクトからこっち、政府もなりふり構っていられなかったらしいですからね」
IWCによって規制されていた商業捕鯨。
それを日本が再開させたのは、やはりセカンドインパクト故だった。
「それじゃ後で寄ってみよう・・・・それで?」
「確認は取れました。どうやら信用できる方のようだ」
「で、手にはいるのかい?」
「その辺のことは奥で話をしましょう」
店主は客を促し、カウンター奥にあるドアをくぐる。
中は小部屋になっていた。
商品管理に使うパソコンや、少しだけだが在庫なども置かれている。
「じゃあリストを検討してみよう」
ドアを閉じ、鍵を掛けた店主はリストを取り出してそう言った。
「1番目の・・・・第三新東京市において自由に動き回れる身分証明書・・・・こいつは2番目とも絡んでくるから保留だな」
「ああ」
「2番目。ネルフ職員としての身分証明書・・・・実際、コイツが手に入れば第三新東京市で自由に動けるはずだ」
「・・・・」
「3番目。時限装置もしくは遠隔起爆装置付きの爆弾数個・・・・また無茶な物を」
「手に入るか、入らないかだけでいい」
客の表情は変わらぬ笑顔だが、声は氷点下の冷たさになっている。
「もちろん手に入るさ。4番目も同じようなものだな。こいつについて種類の指定なんかはあるのか?」
「爆弾については確実に作動してくれれば種類は問わない」
「4番目。高性能狙撃銃・・・・こいつは指定があるってのか?」
「自動小銃にスコープを付けたようなのはやめてくれ。ボルトアクションで大口径、それにクセが無いこと、アシがつかないこと。これさえクリアできればなんでもいい」
「ったくなんでもいいったってなぁ・・・・まあ何とかしてみるよ」
店主は無い髪を掻きむしるようにしながらぼやく。
「それで、身分証明書の方は?」
「ああ、それか・・・・以前だったら知り合いの偽造屋に頼むだけで事は足りたんだが、つい最近ネルフの本部で騒動があったらしくて警備が格段に強化されてる。偽造屋が作るシロモノじゃあゲートもくぐれない」
「それで?」
「なに、簡単なことさ。偽物がだめなら本物を手に入れればいい」
客はそれを聞き、2〜3秒考えた後で頷いた。
「なるほど、ね・・・・アテはあるのか?」
「大丈夫だ。下準備に何日か貰うことになるがね」
「3日以内に」
「・・・・やってみよう」
「商談成立だな」
客はそう言うと、懐から小さな巾着袋を取り出して、中身を手のひらに出す。
「ダイヤか?」
手のひらには小指大の光る石がいくつも乗っていた。
「ああ。もちろん鑑定書は無いが、あれば3億は下らない・・・・無い分を差し引いて1億かな」
「ちょっと見せて貰うよ」
店主は眼孔にはめるタイプのルーペを取り出すと、石を一つ手にとって吟味する。
が、少し眺めてすぐに石を客の手のひらに戻す。
「問題ない。1級の品だね・・・・どこからくすねたんだい?南アのデビアス社かい?」
「それは聞かない方がいいよ」
客は微笑みながらそう言い、手のひらの石を二つに分けて片方を店主に渡す。
「これが前金分。全てがそろったらこっちも渡すよ」
「わかった」
as soon as possible
「ASAP」
「手早くやるよ」
「いるのは判明していて、名前も顔も判らない奴を捜すってのがこれほど辛いとはな」
ショッピングモールからさほど離れていない警視庁本庁舎。
大部屋の会議室が与えられた特別捜査本部は24時間体制でなんらかの捜査を行っている。
いみじくもここで指揮官の警部補が述べたとおり、人員・装備・予算は潤沢だった。
例え100万単位の必要経費でも簡単に落ちた。
それどころか、警部補には対テロ用の特殊部隊まで与えられている。
日本赤軍のアジトを急襲したのは彼らだ。
「ほんとに名前も判らないんですか?」
警部補の対面でパソコンと格闘している若い巡査長が尋ねる。
「インターポールからの情報を頼りにアイルランドの警察に照会したが・・・そんな人間はいないという回答が帰ってきた」
「じゃあアイルランドでも偽名で暮らしているんですかね?」
「そういうことになるだろうな」
「嫌にならないんですかね、そんな生活」
「嫌になるだろうさ。でもしょうがないんだよ・・・・犯罪者は若かろうと年寄りだろうと皆疑心暗鬼のまま暮らしてるんだ。特にやっこさんは殺した人間の数が3ケタにおよぼうかってぇぐらいだ・・・・夜眠ってうなされ、昼起きていつドアが叩かれるかと不安になり、そんな生活が一生続くんだ」
「なにかとっかかりさえ掴めればいいんですが」
「そーなんだよなぁ・・・・」
「そういえば、もう1人はどうなってるんです?」
「アイルランドの爆弾魔以上に何もわからん・・・・白紙だよ」
「資料もないんですか?」
「インターポールには一応ある。しかし、パーソナルデータは一切書き込まれていない。あるのは奴がやったであろうと推測される一連の仕事だけだ」
「そりゃまた厄介ですね」
巡査長はキーを叩く手を休めて体を椅子の背もたれに預ける。
「写真の一枚もないんですか?」
そう尋ねた巡査長に、警部補は資料に添付された一枚の写真を見せる。
「これだけだ」
「これだけって・・・・人混みの中の後ろ姿で、しかもピンボケじゃないですか」
「確認されているもっとも確度の高い写真がそれだ」
「役に立つんですかね?」
「馬鹿言うな。おおよその身長がはじき出せるだろう。肉付きから見て身長がわかれば体重もだいたいわかる。それにコイツだ」
警部補はトントンと写真の一部を叩く。
「髪?」
「そう。ブラックの髪・・・・これだけでも手がかりになるさ」
「髪を染めていないという保証はないのに?」
「そこら辺はお前、カンだよ」
巡査長は軽いため息をつく。
「それで、あだ名なんかも無いんですか?」
警部補は机に置いた煙草のパッケージを取り、その中に中身がないことがわかると灰皿の中から比較的長い吸い殻を取りだして火を付ける。
「そんなみみっちいことしなくても・・・」
「いいんだよ」
シケモク特有の苦い臭いが立ちこめる。
「欧米の警察関係者が奴に付けた名がある・・・・どうやら大昔の小説から取ったらしいんだが」
「小説?」
「ああ。名前の由来になった奴はドゴールを狙ったらしい・・・・ドゴールくらい歴史で習ったよな?」
「シャルル・ドゴール。フランスの軍人にして大統領・・・・ナポレオンになろうとしてなれなかったおっさんですよね」
「容赦ないな」
「で、あだ名は?」
警部補は数口吸ったシケモクを、灰皿でほぐれるほどもみ消してから答えた。
「ジャッカル」
太平洋、金華山沖70マイル。
上九一色村で壊滅した組織の第2陣がウラジオストックを出航し、津軽海峡を抜けて三陸沖を南下していた。
大型貨客船が3隻、中型貨物船が1隻に大型カーフェリーが1隻。
これらの船は合衆国から提供された物ではなく、輸送手段の欠如に困り果てた彼らがロシアの港湾などで強奪した物だ。
それゆえ5隻の船には一般の人間は1人として乗り込んでいない。
5隻の船、その乗員乗客あわせて3200名すべてがある教団の信者である。
もちろん第1陣と同じように各船は各種武器弾薬・装甲戦闘車両・航空機を満載している。
彼らの元には第1陣から頻繁に状況報告が届いていたのだが、この4〜5日は連絡が途絶えている。
乗り込んでいる者達は若干の不安を覚えつつも針路は変更しなかった。
目的地は相模湾。
後戻りはできない。
しかし、宗教家にとって障害は付き物である。
それが大きければ大きいほど、彼らは喜びを感じなければいけないはずだ。
その船団から15マイルほど前方には、また別な船団が彼らを待ち受けていた。
自衛隊ではない。
彼らは改正自衛隊法により、動きたくても簡単に動けなくなってしまった。
今頃横須賀でジリジリしているはずだ。
「船長、仙台航空基地からの定時報告です」
「なんか変化はあるのか」
「いえ、依然として15ノットで南下しているそうです」
「まったく・・・・引き返してくれりゃあ苦労もないのに・・・」
「確かにそうなんですがね」
海上保安庁、G船隊。
今回のために特別に編成された船隊だ。
「もう向こうのレーダーにも映ってる頃合いだろ?」
「と、思うんですが・・・・こっちの正体がわかってないだけかも」
今世紀初頭から海上保安庁が進めてきた装備改善計画、その集大成とも言える船隊だ。
「ロシアの海難調整本部も荒っぽいですよね」
「まあなぁ・・・”当該船舶を奪取した組織は海賊、もしくは国際的テロ集団と断定。撃沈もやむを得ず。日本国の果断な対処を期待する”・・・・確かに荒っぽい」
「ロシア人は容赦ないですからね」
「ふん。《きくまさむね》から何か言ってきたか?」
「いまだ何も。とりあえずは視界に入ってから対処するんですかね」
「そりゃお前、俺達に視界外に届かすような装備は無いだろうが」
彼らが乗っている巡視船は就役してから3年という新鋭船に相応しい装備が施されている。
総トン数3500トンの船体にヘリを1機搭載。
船体後部はヘリの運用設備で占められている。
乗せているのはフランス製ヘリをモデルに日本のメーカーがリファインした大型ヘリ。
ヘリ自体も武装できるが、今は外されている。
前部甲板には76o速射砲が1基、そこから1段上がったすぐ後ろに20oバルカン砲が1基。
そしてブリッジの上、アッパーブリッジと呼ばれる場所に大きなレドーム付きの装置が1式。
武器管制装置、普通の海軍で言うところの火器管制装置(FCS)である。
実はこのFCSがミソなのだ。
こと備砲を使った超精密射撃において、日本海上保安庁の右に出るものはない。
海上自衛隊もその点に関しては遙か後塵を拝している。
それもそのはずで、海軍において備砲とは大まかに当たれば良いものだ(異論はあるだろうが)。
おおよそ100から200mの物体、そのどこかに命中すれば御の字だろう。
だが海保は違う。
彼らが訓練以外で何かに当てるときは、絶対に船足を止めるとき。
しかして相手の人的損害も最小限に抑えたい。
そんな彼らの要求性能はメートルではなく、センチ単位の着弾修正能力だった。
確かに軍隊でそこまで細かいことは要求されない。
要求性能を出されたときの各メーカーは仰天したものだ。
当時最新鋭と呼ばれていた機器の100倍、性能の良い物を作れと言われたのだから。
世界中見回してもその要求に見合う物は無い。
しかし、日本の技術者達はそれを作り上げた。
7種類の電波、3種類のレーザー、そして目視による距離測定。
風向風速はもちろんのこと、大気温度、湿度、密度、地磁気、海流、重力分布などの自然条件。
銃砲の基本性能、銃砲身の摩耗度、個々の備砲の癖。
船体動揺も0.001度単位で計測される。
技術者達は正確な射撃には正確なデータが必須だと考えたのだ。
結果として、特に20o機銃などは3センチ単位での誤差修正が可能になった(76o砲は15センチ単位)。
その代償が機器自体の大きさとお値段。
今までアッパーブリッジには探照灯その他の物が配されていたが、このFCSのために全て下ろさなければならなかった。
そして価格は、軍用FCSの20倍ほどもする高価なシロモノになってしまった。
ただでさえFCSは価格と重量という観点から計画段階で担当官を悩ませる物なのだ。
そして本来ならば偉大なる大蔵省主計局がそんなものを認めるはずもないのだが、これも全てはセカンドインパクト故だった。
「俺が初めて現場に出たときはこんな装備になるとは夢にも思ってなかったがな」
「船長が初めて乗られたのは?」
「旧《つがる》だ。あのフネに載ってたのは酷かったな。第二次大戦中アメさんが使ってた40oボフォースだぞ・・・・二人の人間がそれぞれ仰角と旋回を担当してハンドル回すんだ」
「40oは写真でしか見たことがありませんねぇ」
「隔世の感あり、だな」
ブリッジに緊張した空気が流れる中、船長と航海士はどこかのんきな会話を続けている。
「しかし今回はその能力もお預けですかね?・・・・本庁からこんな荒っぽい指令が来てるんですから」
それを聞くと船長は眉間に皺を寄せる。
「・・・・『該船団を発見次第、警告を与え、従わないようであれば撃沈せよ』・・・・確かに俺達のする仕事じゃないな」
それに航海士が何か答えようとしたとき、大型の双眼鏡から目を離さなかった見張員が叫ぶ。
「船長!来ました!!」
その声に船長も航海士も飛び跳ねるように動き、双眼鏡を手にして水平線の向こうを睨む。
「ちっ・・・・とうとう来ちまいやがったか」
航海士が忌々しげに呟く。
そしてブリッジに置かれている通信機の子機ががなる(親機は通信室にある)。
《・・・・《きくまさむね》より各船、該船団発見。これより3隻ごとの小隊を組み、船団を包囲する。該船団から攻撃があった場合、即座に反撃せよ・・・・以上》
「船長、小隊各船準備よしです」
航海長が告げる。
彼らのフネは小隊指揮船を兼ねているため、船長はいつもの倍は苦労しなければならない。
これから為さねばならないことを考えればなおさらだ。
「気は進まないが行くか。航海長、貰うぞ」
「はい」
そう言って船長は操船権を航海長から引き継ぐ。
「前進半速・・・・面舵」
「おもーかーじ」
操舵員の抑揚の効いた復唱も、船長の気分を和らげる役には立たない。
やがてフネは段階的に速力を上げつつ、舳先を右に振る。
彼らの小隊は船団の右側の包囲を担当するのだ。
足下から感じる振動を、それだけは頼もしく感じながら船長は思う。
やれやれ。これで俺達も戦争の仲間入りだ。
「かくして海保は初の大量撃沈を経験したという訳か」
「しぶしぶ、でしょうが」
「そりゃそうだ」
ワシントンDCの日本大使館。
そこにも金華山沖で行われた戦闘の結果が届けられていた。
「詳報を見る限り、虐殺に近いですね」
「仕方あるまい。連中は止まれと言って止まるような連中じゃない。それに抵抗する意志があってもほとんどの武器は船積みされて動かせなかっただろうしな」
「3200人の犠牲・・・・少ないんですか?」
届けられた詳報を平然と読むユウジと、若干の違和感を感じる木下ではいささかの温度差があるようだ。
「少なかぁないさ・・・・だが俺は犠牲だとは思わない」
「人柱だとでも?」
「馬鹿言うな。連中は明確に我々との敵対を選択したんだ。それ相応の報いを受けても不思議ではあるまい」
「しかし、まだ彼らは何もしていませんでした」
「立入検査をしようとした巡視船に対し小火器で発砲・・・・それじゃいけないのか?」
「あまりにも過激すぎます。海保や警察が金科玉条としてきた警察比例の法則に反していますよ」
「あのなぁ」
ユウジはため息をつきながらFAXで送られてきた詳報をデスクに放り投げる。
「3200人、いやその前の連中も入れれば5000人強だな。そんな人数が武器を取り、何かしでかした後で対応すると?・・・・警察で対応できると思ってるのか?」
「それは・・・・」
「どちらにせよ、未曾有の混乱が日本を襲うことになる。鎮圧するにしろな。それが奴らの」
ユウジは窓から微かに見える、白い家を指差した。
「奴らの狙いだ・・・・未曾有の混乱。それに乗じて利益を得るつもりだ・・・・俺はそれを座視するつもりはない。たとえくたばった後に地獄に堕ちようが、何だってやってやる。地球が理性を取り戻したとき、法廷に引き出されても構わん。被告席に立つのも一興だしな」
木下はユウジの最後の言葉を聞いて、フッと表情をゆるめる。
「わかりました。一佐がそこまでのお覚悟であれば、自分は何も言いません。どこまでもついていきますよ」
「地獄行きは俺1人で十分さ」
ユウジはそう言ってデスクに両肘を付き、両手を組んでその上に顎を乗せる。
畑は違えど、やはり兄弟なのだと思い起こさせる情景だ。
「ま、正直言ってここまでは予定通りだ。相手の出方が事前にわかっていて対処できなかったら底抜けの阿呆だしな」
「ですがこの先は・・・・」
「そう。この先はどうなるか予測できない。相手は単独行動を好むプロフェッショナルだ・・・・上手くいけばいいが」
「上手くいかない場合は?」
「なに」
ユウジは冷酷に断定する。
この男の本質を表すかのように。
「俺の兄貴が死ぬだけさ」
「いらっしゃいませ」
第二新東京市、ショッピングモール雑貨店。
「あのぅ・・・・連絡貰った者なんですが」
店先に現れたのは白人男性。
背格好などは先の客とよく似ているが、違う人間だ。
「ああ!お待ちしていましたよ!・・・・あなたはラッキーですねぇ」
「と言われてもねぇ・・・・私は抽選なんかやった覚えないんだけど」
「皆さん当たったときはそう仰いますよ。得てして結果はどうだとか考えると当たらないものです」
「そんなものですか」
「ええ、そうですよ」
店主は前よりもさらに営業スマイルを増している。
「それで、海外旅行(私にとってはここも海外ですが)が当たって、旅行の準備をしてから来店してくれと聞きましたけど、どこなんですか?」
「その前に・・・・お渡しするチケットは今日が出発日になっています。今日を逃しますと権利はなくなってしまいますが」
「ええ、なんとか上司に頼み込んで休暇を貰いました。2週間も休むなんて日本に来て初めてですよ」
「それは良かった・・・・まあ海外旅行とは言ってもマイナーな所なんですが」
「で、どこなんです?」
「フィンランドですよ。北欧はお嫌いですか?」
それを聞いた幸運な男性は目を丸くし、その後喜色をあらわにする。
「フィンランド!本当ですか!?」
「ええ、もちろん」
「私の母国なんですよ、フィンランドは!」
「おやなんとまぁ・・・すごい偶然ですねぇ」
「もう2年も帰っていないんですよ。こんな形で里帰りができるとは思ってなかった」
「それじゃ全て承諾ということでよろしいですね?」
「もちろん!」
「それじゃこの書類のこことここにサインを・・・・あと問い合わせがあったときに当店で対応しますので、IDカードのコピーを取らせていただけますか?」
「はい」
幸運な男性は喜び勇んでIDカードを手渡し、旅行保険承諾書などの書類にサインする。
コピーを取り終わったらしい店主がIDカードを返して言う。
「はい、結構です。それでは表にタクシーを待たせています。それで空港までどうぞ」
「いやぁ、ありがとうございます。何から何まで」
「いえいえ、これもサーヴィスの一環ですよ」
「このお店、良いところですね!」
「ありがとうございます。それではお気をつけて」
「それじゃあ!」
幸運な男性は飛ぶような勢いで駆けだしていった。
男性の姿が見えなくなって、やっと店主は一息つく。
もちろんのこと、あの幸運な男性が抽選に当選したのも偶然でなければ、行き先が母国であることも偶然ではない。
全て店主の計画だ。
今店主の手に握られている1枚の身分証明書を手に入れるための。
彼に返したのは偽造屋に作らせた偽物。
しかし2週間の間は露見する心配はあるまい。
「さて、なるべく背格好と髪の色が似ている奴を選んだが・・・・いくらかやっこさんにも変装してもらわないとな」
身分証明書を見つめてそんなことを呟いていると、今度は宅配便の配達係がやってきた。
「ちわぁー」
「おや、ご苦労様」
店主は身分証明書をポケットに滑らせて、営業スマイルで出迎えた。
「はいこれ、お願いしますね」
馴染みの配達係は伝票を切って渡した。
「はいはい」
店主はカウンターで伝票に判を押すと、それを配達係に渡す。
「いやぁ。今日はいつもと違って大荷物ですねぇ。なんなんです?」
確かに大きな包みが二つ、彼の足下に置かれている。
「これは売り物だからね。また来てくれればそのときわかるさ」
「はは、楽しみにしてますよ・・・・それじゃ毎度どうも!」
「ご苦労様」
配達係は駆け足で店から出ていった。
「よいしょっと」
店主はカウンターに”食事中”の札を置き、二つの包みを抱えて奥の小部屋に持ち込み扉に鍵を掛ける。
伝票には中身が何かは書かれていなかったが、店主はおおよその想像はできた。
だが確認はしなければならない。
まずは大きめの段ボール箱の梱包を解き、中をのぞき込む。
「注文と若干種類が違うが・・・・まあ仕方あるまい」
中には軍用プラスチック爆薬が10個に同じく雷管が10個。それに電波式遠隔起爆装置が10個入っている。
「どうも物騒だねぇ・・・・これだけあればこのモールの半分は吹き飛ばせるな」
店主は自分で言ってからその情景を想像したらしく、背筋を少し震わせて段ボールを閉じた。
次は細長い包みを手に取る。
包みはいくつかに分割されており、それがひとまとめにくくられている。
手早く梱包を解き、中身を全て床に並べてみる。
店主は内容物を確認して少し呆れた。
「そりゃ俺もボルトアクションで大口径としか注文は出してないが・・・・これはやりすぎじゃないか?」
並べられたそれらを組み上げれば、口径20oの文字通り大口径狙撃銃ができあがる。
店主はいささかの不安を感じた。
確かに20oともなればその威力は恐るべきものだ。
しかし、運用の柔軟性という観点から見た場合疑問符が付く。
それは大威力であると同時に恐ろしく重いシロモノでもあるからだ。
「まあ・・・・一応注文通りだな」
店主はそれらの物全てを梱包し直し、物入れに隠すようにして入れる。
そしてカウンターに戻り、やっと落ち着いたとでも言うように冷めてしまったお茶をすする。
店主はわかっている。
あと何分もしないうちにあの客が訪れ、来たばかりの荷を引き渡すことになるだろうと。
それは明確な予定ではなく、言わば長年薄暗い商売をこなしてきた彼が持つ嗅覚のようなものだ。
そういう嗅覚が無ければ、非合法商品を取り扱う雑貨屋など営めはしない。
そんなことを考えていると、自動ドアをくぐり客が入ってくる。
あの白人客ではなく、たびたび商品を買いにくる馴染み客だ。
店主はどの商品を売るときにも営業スマイルを浮かべて言う。
「いらっしゃい」
警部補が「アイルランドの爆弾魔」と評した男は、地下に潜っていた。
比喩的な意味ではなく、第三新東京市の地下ネルフ本部のある区画だ。
彼はネルフに打撃を与えるのであれば地上の施設をいくら破壊してもあまり効果がないと判断したのだ。
しかし、中枢部はさすがにガードが堅い。
バックボーンを持たぬ彼には中枢部に侵入する手段を見つけることができなかった。
そして彼が考えたのは地下空間の天井部。
非常時には地上のビル群が収容される区画だ。
彼はここのロック機構を吹き飛ばそうと画策しているのだ。
確かに数百トン単位のコンクリートビルが落ちてくれば被害は甚大。
その上、落ちる場所も綿密に計算され、ネルフ本部直上にあるビル数個を落とす計画になっている。
ジオフロントの警備が厳重とは言っても、まさかそんな事態までは想定しておらず、警備も他に比べればいささか手薄になっている。
彼の仕事は90%終了し、あとは詰めの作業として雷管の設置作業が残っているだけだ。
「もう、ここに来るのも最後だな」
彼はそう言って下方を見下ろす。
彼がいるのは天井区画の点検・作業用通路。
空中通路とでも言うべき吹きさらしのそこから転落すれば命はない。
横に道はなく、あるのは1本の通路だけだ。
ジオフロントゆえに風はないが、それでも見下ろせば目眩のするような高さ。
彼は今回、総計して76個の爆薬を仕掛けた。
前回と比較すると少な目に聞こえるが、「サード・タワー」が超高層とはいえ従来の建築手法による建造物だったのに対し、天井ビル群はロック機構と非常用ブレーキ、それにビル自体を上下させるギアを吹き飛ばしてしまえば重力に引かれて自然落下する。
もちろんそれ以外にも安全機構はあるが、元々人為的に破壊されることなど想定していないそれはほとんどが簡単な物で、彼にとっては付加作業にもならない。
背中に雷管が山ほど詰まったザックを背負い、彼は歩く。
コソコソとするようなことはしない。
ここの定期点検の日時は確かめてあり、その上事前にリサーチもしており、定期点検以外で人が立ち入ることはほとんど無いことも確認済みだ。
しかし
「その荷物を置いていって貰いたいんだが」
フラリと彼の前に現れた男。
ネルフの黒色系男性用制服。
束ねられた長い髪。
トレードマークと化した無精髭。
彼はいささか混乱した。
ここに今の時間、人間がいるはずはないのだ。
それに口振りからして、自分がなぜここにいるのか承知しているようだ。
彼は若干の逡巡の後、尋ねる。
「ハナから泳がせていたのか?」
アイルランド訛の強い英語に対し、加持はまるで母国語のように切り返す。
「まさか!・・・・苦労したよ。君の痕跡を追いかけるのは。全ての糸が繋がったのがつい3時間前。ヤマを張ってここを調べてみたら大当たりというわけさ」
「フン。ネルフの人間は嘘も得意らしいな」
自分がどれほど慎重に動いたかわかっている彼は、そう吐き捨てる。
「信じてくれないのかい?つれないねぇ」
加持のその言葉を合図とするかのように、加持の後方、それに男の後ろからも十数人の短機関銃を構えた男達が現れる。
「殺す、か?」
「君が変な動きを見せれば。こちらは紳士的に行きたいんだが」
「紳士的、ね・・・・嫌な言葉だ」
「同感だね」
「なぜ一息に殺さない?」
「こう見えても完璧主義なんでね」
「?」
「アイルランドまでの帰路、安全は保証する」
「なんだと?」
彼はまたもや混乱した。
今すぐ銃弾に貫かれることを半ば覚悟していたのだから。
「君が請け負った仕事に対するギャランティ、その倍額を支払う用意がある・・・・もちろん条件付きだが」
「聞こうか」
「君が仕掛けた物全ての解体、それに誰に雇われたかという念書」
「・・・・今回のこと、全て罠なのか?」
「それこそ冗談じゃないさ。降りかかる火の粉を払っているだけさ・・・・機会を最大限利用しているだけだよ」
「なるほど・・・・わかった」
彼はそう言って雷管の入ったザックを床に捨てる。
「元々気は進まなかったからな。鞍替えしても罰は当たらないだろう」
「ありがとう」
「それはこっちのセリフだな」
「いやいや、君が今ポケットの中で握りしめている物、そのことを考えれば礼を言うのはこちらだよ」
彼は少し驚き、そして苦笑いをしながら右手をポケットから引き抜く。
銃を構えた男達が緊張する。
なぜならば、その手には明らかに起爆装置と思われる物が握られていたからだ。
「どこに仕掛けたやつだい?」
「この通路さ」
銃を持った男達は明らかに動揺する。
自分の足で爆弾を踏みしめているのがわかっていて平然とできる人間はそう多くはない。
彼と加持はその多くない人間だ。
「で、どうする?」
加持が少し笑いながらそう言うと、彼も笑いながら起爆装置を加持に放り投げた。
体を動かさず、加持は手だけでそれを受け取った。
「じゃあ早速で悪いが解体に入ってもらえるか?・・・・身近に爆弾があるのはどうも落ち着かない」
「わかったわかった・・・・しかし、なんだな」
「?」
「安全を金で買うとは。日本人らしいと言えばいいのか」
「札束の効用、それを一番知っているのは日本人だと思うよ。確かにね」
加持は踵を返して彼とは逆方向に歩き始める。
「だが、中には札束が通用しない相手もいるから困る」
〈あのぅ・・・・連絡貰った者なんですが〉
〈ああ!お待ちしていましたよ!・・・・あなたはラッキーですねぇ〉
〈と言われてもねぇ・・・・私は抽選なんかやった覚えないんだけど〉
とあるマンションの一室。
明かりと落とされたリビングで、DVDプレーヤーに接続されたモニターだけが異質な明かりを室内にもたらしている。
モニターの前では、雑貨店を訪れた白人男性が食い入るように見つめている。
その表情は店を訪れていたときとは全く異なる。
声音に一瞬見せていた氷のような冷たさ。
それが表情に表れている。
〈そんなものですか〉
〈ええ、そうですよ〉
モニターに映っているのは店主と、必然が生んだ幸運な男性とのやりとり。
店に仕掛けられていた隠しカメラが撮影していた映像だ。
そして男の手元には、一束のペーパーが握られている。
幸運な男性のパーソナルデータが細大余さず記入されている。
男は時折そのペーパーに視線を落とし、記入事項を確認し、頭に叩き込む。
読み終わったペーパーはちぎって、床に置かれた灰皿で焼く。
そしてまたモニターに視線を戻す。
男はその作業を淡々と繰り返した。
〈はい、結構です。それでは表にタクシーを待たせています。それで空港までどうぞ〉
〈いやぁ、ありがとうございます。何から何まで〉
〈いえいえ、これもサーヴィスの一環ですよ〉
〈このお店、良いところですね!〉
〈ありがとうございます。それではお気をつけて〉
〈それじゃあ!〉
幸運な男性が走り去って、映像は砂嵐に変わった。
そして男は最後のペーパーも灰皿で焼き捨てた。
リモコンを操作し、モニターとDVDプレーヤーの電源を落とす。
照明をつけて部屋を見渡す。
すると、壁に1枚の写真が貼られていることがわかる。
遠距離から超望遠レンズで撮られたのであろうそれは、ひとりの男性、そのバストアップが写されている。
その髭とサングラスが特徴的な人物が、男の今回のターゲットだ。
ターゲット周辺に近づくための手段は手に入った。
男は顔写真の貼られた身分証明書を手に取る。
もちろん顔の作りなどが若干異なるが、化けきる自信が男にはある。
実際にターゲットを打ち倒すための得物も入手済みだ。
組み上げられた20o狙撃銃が、床の上でモノも言わず存在感を示している。
銃の零点規正も既に終了している。
ライフルの上に載せられたスコープ、その十字線に捉えられたならば、逃げる術はおそらくない。
ターゲットを倒してから逃げ延びる手段についても手配している。
男にとっては標的を抹消し、自分が安全圏に逃れて初めて仕事を完遂したと言えるのであり、片道切符では意味がない。
そう言った意味において、準備は万全といえた。
男は床に置かれた重く大きいライフルを掴み上げ、構える。
その重さ故、本来なら置いて使うか据え付けて使うかせねばならず、店主が懸念したように柔軟性は損なわれる。
しかし、男はどういう鍛え方をしてあるのか、筋肉と骨の力だけでそれを保持している。
トリガーに指がかかったまま、数分が経過する。
そして指に加えられた力が一定限度を超えたとき、乾いた金属音が部屋に響く。
トリガーが落ちた後も、男は姿勢を崩さず右目はスコープを覗いたままだ。
スコープを通した視線の先、つまり銃口の先には壁に貼られた写真がある。
男はその顔を頭に叩き込まなければならない。
この部屋を出る前に写真も焼き捨てなければならないからだ。
写真の壮年男性 碇ゲンドウは、何かを見つめて厳しい表情をしていた・・・・
戦いとは人間が行うものである。
人間の介在しない戦いはあり得ない。
銃のトリガーを引くのも人間なら、大量破壊兵器のボタンを押すのも人間。
汎用人型決戦兵器の操縦桿を握るのも、また人間である。
そしてほとんどの戦いには意味がある。
収奪行為としての意味。
民族感情からの意味。
宗教的対立からの意味。
経済均衡を突き崩す意味。
懲罰行為としての意味。
ならば、今回の一連の戦いにおける意味とはなんなのか?
その意味に、いまだ人類は気づいていない。
あ・と・が・き
Eパートに集約します
>なーばすぶれいくだうん(NERVOUS BREAKEDOWN)
ノイローゼの発作、神経衰弱のために倒れること
P−31さんの『It's a Beautiful World』第14話Dパ−ト、公開です。
やったぜ加持さん〜
危険が危ない爆弾魔を
のしを付けての送り返し〜
何処まで知っていたのか?
何処から知っていたのか?
流石の加持さんでした (^^)
大物を無事退けて、
さ、あとは、あとは、
これの撃退はやっぱり真打ちの彼なんでしょうか?
もう一息でオールクリア。
きっちり綺麗に始末しましょうなのです。
さあ、訪問者のみなさん。
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