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14歳の子供一人の生命と、4桁に及ぶ人命。

ネルフの人間から見れば、これは選択肢にすらならない問題だろう。

しかし、彼らは気付いていただろうか?

閉じ込められている少年。

彼が黙って閉じ込められるがままになるような人間ではないことに。
 

そう。
 
 
 
 
 
 
 
 

碇シンジは、自分や自分が守ると定めたものに対して危害を加えようとする者には、必ずや痛烈で容赦の無い反撃を試みるのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

It’s a Beautiful World
第13「岐路」
(C−part)



















マヤとマコトが円卓会議に赴むき、シゲルが発令所で他のオペレーターを指揮して他の作業をしている間、管制卓には別の人間達がついていた。

彼らは気付いていなかった。

まあ気付けと言うのも酷な話かもしれない。

ネルフ本部は未曾有の事態に陥っており、情報が一つや二つ見過ごされても不思議は無い。

が、それでもやはり彼らは無能の誹りを免れない。

プリブノーボックス、その監視カメラに備えられたマイク兼スピーカーから物を叩くような音が聞こえ、五月蝿いからとそれを切ってしまったのではなにを言われても仕方が無い。

実際、彼らのお陰でどんな高価な宝石よりも貴重な15分間が浪費されていたのだから。

浪費が15分で済んだのは発令所へ応援に来ていた若い技術者のお陰だった。

彼はこう言った。

”このスイッチが切れてるのはなんでだい?”

切った張本人は答えた。

”ゴンゴンとホームレスが土管を叩くような音が切れ目なく聞こえるからさ!気が散って仕事にならないんだよ!”

彼はその男へ冷静に痛罵を浴びせ、このことを直ちに上へ報告するように”忠告”した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「音を出して頂戴」

報告を受けてやってきたミサトが大汗をかいているオペレーターに冷ややかに言う。

正直、怒鳴りつけてやりたいところだったが、彼はその程度の能力しかないからいつもならもっと程度の低い仕事をこなしている筈で、この事態を招いたのは発令所を空にした首脳部にも責はあり、この場で言えばミサトもその責任の切れ端は握っている、そう言えるからだ。

走れば5分とかからずに辿り着け、今は世界中のどこよりも遠い場所から音が拾われてきた。

ミサトは耳を済ませてその音を聞く。

報告にあったとおり、何か固いもので、やはり固いものを叩く音。

想像していたような一定の間隔を置いた音ではなく、安定しないその音を耳に入れ、目を瞑る。

規則性に気付いたのは次の瞬間だった。
 
 
 

「アンタ達!この音が何かもわからないの!?」
 
 
 

ミサトは我慢できなかった。

萎縮しきっている男を睨みつけて悪口雑言の限りを尽くした罵声を浴びせ掛けた。

だが、そんな事をしているヒマは無いんだと思いなおし、再び目を瞑ってスピーカーから聞こえる硬質の騒音に耳を傾けた。

それは近代的設備を備えた施設ならとうに放棄した筈のコミュニケーションの取り方。

モールス信号・・・・ここの連中がわからなくて当たり前かもね・・・・

叩く音と叩かない静寂で長短の強弱をつけたそれは紛れもなく90年代後半までそこかしこで使われたモールスだった。
 
 
 
 
 

『える・しー・えるノ比重ヲ知ラセ』
 
 
 

短い信号は繰り返しその一文を伝えていた。

ミサトは内線電話の受話器を引っつかんでブリーフィング・ルームを呼び出す。

「リツコを出しなさい!早く!」

電話を取ったマコトはその勢いに面食らいながらもすぐさま受話器をリツコに渡した。

「ミサト?どうしたの?」

「説明してるヒマも無いし、アタシにだって正直わからないわ。だけどシンちゃんが必要としている情報なの」

「で?」

「L・C・Lの比重は?」

「比重?・・・なんでまたそんな事を・・・まあいいわ。L・C・Lの比重は水を1とした場合において0.98、つまり水よりほんの僅か軽いことになるわね」

「ありがと」

ミサトは受話器を切らずに放り出すとプリブノーボックスに繋がっている筈のマイクを掴む。

口を開いて音声で   つまり自分の声でそれを伝えようとしたミサトだが、それはプラグには繋がっていないことを思い出す。

ほんの一瞬のためらいの後、マイクの音量を最大に合わせてそれを叩く。

ハウリングを起こさないように注意しながら、マイクをモールスのキー代わりにする。

いくらプリブノーボックスの中が水で満たされていて音が通りやすいとはいえ、言葉の羅列は必ず欠けたところを生む。

長短のモールスならその危険性は少ない。

求められた情報の他にも、周囲には水のほかに使徒で満たされていることも伝える。

ミサトの人差し指がマイクを叩く音が発令所に、そしてプリブノーボックスでも響いている筈だ。

何度か同じ作業をこなしたあと、叩くのを止めてじっと耳をすます。

すると、さっきと同じようなモールスが聞こえてきた。
 
 
 
 
 

『了解。コチラハ自ラノ判断ニオイテ行動ヲ起コス。ソチラハソチラノ面倒ヲ片付ケラレタシ』
 
 
 
 

流石、というべきだろうか。

この異常な状況下において、ここまで冷静に振舞える14歳をミサトは知らない。

というよりも、どんな年齢であろうと知らない。

通信は途絶え、状況は何も伝わっていない筈なのに、こちらが面倒を抱え込んだことを見ぬいている。

ミサトとしては心配この上ない。

また何か無茶をやらかすのではないかと思っているのだ。

だが、これのお陰でひとつの踏ん切りはついた。

もう自分達が彼に助力を与えることはできない。

ならば今は対使徒に全力を傾けるべき。

ここまでの思考を5秒の間に完成させたミサトは来た時と同じような駆け足でブリーフィングルームに向かう。
 
 
 
 

どのみちアタシにできることなんて無いかもしれないけどね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「では、ミサトが戻ったので最初から説明します」

リツコが水平モニターを指差して説明する。
   マイクロマシン
「使徒はMMに似ている。ここまではミサトも聞いたわね?」

ミサトは黙って頷く。

「そのマイクロマシンは   厳密に言えば”似ている”と”合致している”の間には100光年ほどの開きがありますが   個体が集まって群を作り、この短時間で知能回路の形成に至るまで爆発的な進化を遂げています」

「進化、か」

今まで何の反応も示さず、息子の危地にも眉一つ動かさなかったゲンドウがここへ来て初めて口を開く。

「はい。彼らは常に自分自身を変化させ、いかなる状況にも対処するシステムを模索しています」

「まさに生物が生きるためのシステムそのものだな・・・・」

冬月が感慨深げに呟く。

もし自分が今の立場でなく、以前の職に就いたままなら、これほど興味をそそられる素材は無いのだろう。

「自己の弱点を克服、進化を続ける目標に対して有効な手段は・・・・”死なばもろとも”・・・・マギと心中してもらうしかないわ」

ミサトはそう言いながら顔つきを厳しくする。

「マギシステムの物理的消去を提案します」

「無理よ。マギを切り捨てることは本部の破棄と同義なのよ」

冷静に答えるリツコ。

激しやすいミサトにはこういう冷静な言動が一番効く。

が、意外にもそれに答えるミサトも冷静なものだった。

「だったらそう言い換えてもらってもいいわ」

「拒否するわ。これは技術部が解決すべき問題よ」

「この問題、アンタには決定権は無いの。それに技術部だの作戦部だのといったセクトを持ち出してる場合でもないわ」

この場ではミサトの方がいささか冷静なようだ。

「アンタもさっき聞いたわよね?・・・これには少なくても1345人の命がかかってるのよ」

「・・・・わかってるわ」

「いえ、わかってないわね。この問題を片付けるのに一番お手軽で費用対効果もまずまずなのはマギを放り出すこと」

「違う!」

珍しくリツコの方が激している。

「何が違うの?オリジナルが失われても松代にはこことそっくり同じ物が一揃いあるのよ?・・・何だったら松代のマギをこっちに移設したっていいわ」

「・・・・・・」

「その為に松代にコピー・マギを拵えたんじゃないの?」

リツコは俯いて唇をかみ締めている。

「それとも・・・・」

ミサトは今度はゲンドウに向き直る。

「本部のマギが失われてはまずい事情でもあるのですか?・・・・オリジナルにはコピーにはない”何か”がある、とか」

「その通りだ」

あっさりと肯定するゲンドウ。

リツコはハッとなってゲンドウを見る。

冬月は場の空気を察して、首脳陣以外の人間。オペレーター達を退出させる。

そしてゲンドウが口を開く。

「葛城三佐、君も知っての通り松代のマギは完全にネルフの物とは言い難い」

「”委員会”ですか・・・」

「そうだ。あのマギは委員会の半管轄下にある。おいそれとはいかん」

「・・・・それだけですか?」

「そんなわけはなかろう」

だったらとっとと言えよ、という気持ちがミサトの顔に表れている。

「つまりだ、松代のマギをここに移設した場合、中に貯めこむ情報は委員会にも筒抜けになる。そして今まで蓄積した委員会に”見せたくない”情報も廃棄せねばならん。それは避けたい事態だ」

まさかこんな話になると思っていなかったミサトは目を白黒させている。

「司令・・・・ということは・・・・」

「話はここまでだ。あとは君が考えたまえ・・・・結論として君の案は却下せざるを得ない」

「・・・・納得はできませんが・・・了解しました」

冬月は頃合を見てオペレーター達を中にいれる。

話を聞くことの許されなかった二人はいずれも良い顔はしていない。

当然の反応だろう。

あからさまにこういうことをされたのでは気分も悪くなる。

が、口にはしない。

彼らは自分の立場をよくわきまえていた。

「では赤木博士、君の腹案を聞かせてもらおう・・・・それ如何によっては作戦部の案も再検討するかもしれん」

傲然と言い放つゲンドウ。

グッと堪えてから、リツコは説明をはじめる。

「使徒が進化し続けるのなら、勝算はあります」

ゲンドウは何か思いついたようにサングラスを光らせる。

馬鹿でも無能でもないことを示す一言。

「進化の促進かね」

「はい」

「進化の終着点は自滅・・・・”死”そのものだ」

あとを受けて冬月が喋る。

「ならば進化をこちらで促進させてやればいいわけか・・・」

「使徒が死の効率的な回避を考えればマギとの共生を選択するかもしれません」

リツコはもう一つのゴールを示したが、それは虫の良い考えだと誰もが、リツコ自身ですら思っていた。

「でも、どうやって・・・・」

マコトの疑問はミサトやマコト、シゲルの気持ちを代弁していた。

「目標がコンピューターそのものなら・・・・カスパーを使徒に直結。逆ハックを仕掛けて自滅促進プログラムを送りこむことができます・・・が・・・・」

あとをマヤが受けて説明する。

「同時に使徒に対しても防壁を開放することになります」

「カスパーが速いか、使徒が速いか・・・・勝負だな」

「はい」

「そのプログラム」

やはり納得していないのだろう。

ミサトが厳しい表情のまま問いかける。

「間に合うんでしょうね?カスパーまで侵されたら終わりなのよ」

「・・・・・約束は守るわ」
 
 

随分と分の悪い賭けに見えるけどね。
 
 

ミサトがその気持ちを口に出さなかったのは、あれこれと言ってはみたがリツコのことを信頼しているからだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

《R警報発令、R警報発令。内部に緊急事態が発生しました。D級勤務者は全員退避してください》
 
 

ミサトは閑散とした発令所に残っていた。

足元   ワンフロア下のマギが置かれているところではリツコとマヤが忙しなく働いているはずだ。

彼女らがいても、発令所のいつもの忙しさは戻ってこないだろう。

ネルフ本部総職員5600名あまりが1時間弱のうちに1345名まで減ってしまったのでは寂しくもなる。

だが、残った1345人には寂しく思うような余裕は無かった。

今まで他の4000人以上の人間がやっていたことを代行しなければならないからだ。

この発令所も例外ではない。

マヤはリツコについてプログラムの設定作業を行なっていてここにはいない。

つまりはシゲルとマコトに全ての仕事が振りかかってくるのだ。

シゲルは大半の仕事に加え、プリブノーボックスの監視も行なっていた。
 

葛城さんはモールスでシンジ君が何とかするらしいなんて言ってたけど・・・・この状況でどうするって言うんだ??

確かにプラグの周りは使徒だらけで水だらけ。

こちらからの支援もアテにできない。

普通の人間なら   少しぐらい優秀な人間でも   貝のようにプラグに閉じこもったままだろう。

それが一番良いとシゲルも思う。

だがしかし、とも思う。

中にいるのは今まで彼らを驚嘆させ続けてきた少年なのだ。

彼に驚かされたのは一度や二度ではないことはシゲルもわかっている。
 
 
 
 
 

「ま、いかなシンジ君とは言え・・・・今回ばかりは手の打ちようが無いだろうな」
 
 
 
 
 

シゲルのコンソール、その前面に配置されたいくつかのランプが点灯し、何かを告げたのはそんな時だった。

「・・・プリブノーボックス?」

そしてキーボードを操作してそのランプがなぜ点灯したかを調べると、ギョッとなる。

「模擬体のプラグに動きがあります!」

言うまでも無くミサトは彼のそばにすっ飛んできた。

「なに?」

「モニターに出します」

モニターに映し出されたプリブノーボックス、そして模擬体やプラグには何の変化も無いように見える。

「??」

機器の誤作動かしら?

ミサトがそう考えたのも無理は無い。

だが、首をかしげる彼女の目に飛び込んできたのは、強引に開かれるハッチの姿だった。

「!!」

ミサトが言葉を発する間も無いうちに開かれたハッチからL・C・Lと共にシンジが浮き上がってくる。

「周りには使徒が!!」

シゲルが悲鳴にも似た声を上げる。

「これ以上ズームはできないの!?」

「無理です!カメラの制御機構も使徒に乗っ取られてます。回線が生きてること自体奇蹟みたいなモンです!」

ミサトはけし粒くらいにしか見えないシンジの姿を穴があくほど凝視する。

「使徒は!?」

「・・・・動きません!」
 
 

なぜ?
 
 

ミサトはそれを考えた。

そして気付いた。

”コンピューターそのもの”

つまり、使徒が興味を持つのはここにある最も大きなコンピューター。
 

マギ。
 

実際、速度は遅くなったとはいえマギへの侵入はなおも続いている筈。

「人間には興味は無い、ということかしら・・・」

とはいえ、度胸のいる決断であることに変わりはない。

同時にシンジの意図にも気付いた。

たとえ素潜りの世界記録保持者でも、プリブノーボックスから芦ノ湖へと通ずる水路、その道中息を止めていることはできない。

だが、L・C・Lと一緒に浮上すれば?

L・C・Lが拡散しない限り、呼吸はできる。

水を1とした場合において0.98。

つまりはL・C・Lが水中にあった場合、それはゆっくりと水面を目指す。

つまりはそういうことだ。

そんな事を考えている間にL・C・Lと一体化したシンジはプラグが本来射出される筈だった射出口、そこへゆっくりと吸い込まれていった。

しばらく呆けていたミサトだが、我に返ると、

「射出口閉鎖!」

と怒鳴った。

シゲルは生きているボタンのいくつかを操作して瞬時に使徒とシンジの間に壁を作る。

頼りない壁であることはわかっているが、無いよりはマシだ。

「回収部隊を編成して芦ノ湖に向かわせて!」

当然のごとくミサトがフォローしようとする。

が、今がどんな状態か忘れている。

「どこにそんな人員がいると!?・・・・どこも現業務で手一杯です!」

当たり前である。

今残っている人間は一人で五人分の仕事をこなしているのだ。

仮に二人しか残っていない部署で一人を引き抜いたら、残った人間は10人分の仕事をこなさなければならない。

これはハッキリ言って不可能である。

ミサトは唇を軽く噛む。

「R警報・・・・少しだけ遅らせればよかったわね・・・」

「それは今言っても・・・・」

シゲルの言うことももっとも。

既に為されたことをとやかく言うのは悪い前兆。

「わかってるわ・・・・でも言ってみたくなるのよ・・・・よし、後はシンジ君の悪運に任せましょう」

キッパリと振り切ったミサトに少しだけ戸惑うシゲル。

「いいんですか?」

「仕方が無いわ」

ミサトは肩をすくめて見せる。

「どうせシンちゃんが芦ノ湖に頭を出すまで   いえ、頭を出した後もね   アタシ達が手を差し伸べることなんてできないんだから。ちがう?」

芦ノ湖まで続く射出路は既に使徒の支配下になっている。

ミサト達にできる事は何も無い。

「ま、とりあえず・・・・」

ミサトが言う。

「とりあえず?」

シゲルが問う。
 
 
 

「シンちゃんの泳ぎが上手いことを祈りましょう」
 
 
 

そしてそれは杞憂だった。

優秀な兵士は備えを怠らない。

シンジはコンバット・スイマーとしての訓練も受けており、この程度のことは朝飯前でこなせる自信があった。

だからこそ、一見して無謀とも見えるこんな行動を取ったのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

シンジは浅い呼吸をしながら周囲を眺めていた。
 

なんだあれ?
 

自分の周りで鬼火のように瞬く光を見つめて思う。

わからないことは脇に押しのけると、左右を見てアスカとレイの模擬体を見る。

プラグがあるはずのそこは既に何も無く、暗い穴があいているだけだ。
 

うまく脱出できたんだ・・・
 

それが一番の気掛かりだったゆえ、とりあえずは一安心する。

彼の体はゆらゆらと浮き上がり、ぱっくりと開いた口の中へ。

両手両足を微妙に、僅かに動かして姿勢を保つのと同時に浮上速度をL・C・Lのそれと合わせる。

あとは体力の続く限り浮き上がりつづけるだけ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「どんな具合?」

カスパーのメンテナンスハッチから内部に潜りこんだミサトは中でレンチ片手に悪戦苦闘しているリツコに声をかけた。

「見ての通りよ」

防護メガネを掛けて電動鋸をかける姿。

邪魔をするなというオーラが発散されている。

「シンちゃん、脱出したわ」

「!?・・・・あの状態からどうやって!?」

思わずリツコも作業の手を止めてまじまじとミサトを見る。

「ヒント1、L・C・L・・・・ヒント2、泳ぎ」

「・・・・まさか・・・」

伊達に頭を使うことで給料を貰っているわけではない。

すぐさま想像ができたようだ。

「そのまさかよ。ハッチを強引にこじ開けて、浮き上がるL・C・Lと一緒に芦ノ湖を目指してるわ」

「正気の沙汰じゃないわ・・・・射出路がどれくらい続くのかわかってるの?」

「空気と体力が保てば大丈夫でしょ。空気の方は心配無いみたいだし」

リツコは軽く頭を振る。

「無茶苦茶よ・・・」

「ま、それを認めるのはやぶさかじゃぁないけど」

「なんか偉そうね」

「だって、これで気掛かりの一つは消えたんですからね。あとはアンタの仕事よ」

「まったく・・・・他人事みたいに」

「手伝えることもほとんど無いからこうなっちゃうのよ」

「だったら仕事をさせてよね」

「どうぞどうぞ・・・・口と耳は貸してよね」

「はいはい」

リツコは休めていた手を再び動かす。

その様子をじっと眺めるミサト。

「なんか大学時代みたいね」

「なにを馬鹿なことを。感傷にふけるようになるのは年を取った証拠よ?」

リツコは憎まれ口が返って来るだろうと予想していたのだが、そのアテは外れた。

「かもね。もうお世辞にも若いとは言えないし」

「あら、随分とまた殊勝じゃない」

「ハタチを過ぎれば、もう若くは無いわよ」

「名言ね。まあ、気持ちはわからなくは無いけど」

「?」

「身近にあらゆることをそつ無くこなす14歳がいたんじゃあ、悲観も仕方ないわね。私も一度は思ったことだし」

「・・・・リツコ」

「私達が14歳の時はセカンドインパクトだったしね・・・・ミサトはそれでお父さんを亡くし、私はそれが契機で母を失った」

「え?・・・・リツコのお母さんって・・・」

「セカンドインパクトで何か思うところがあったんでしょうね。新型の有機コンピューターとそれに搭載する人格移植OSの開発。その時の私にはさっぱりわからないことに没頭していったのよ」

「・・・・」

「その時に母との縁は切れたの。私の中ではね・・・・憎んでさえいたかもしれない」

「でも結局は?」

「そ。結局は母と同じ道を進んでるわ・・・・陳腐かもしれないけど・・・・血、なのかもね」

「そういえば、人格移植ってよく聞きはするけど・・・・マギの場合は誰のを?・・・・ひょっとして」

「そう。言ってみればこれは母さんの脳味噌そのものなのよ」

「守りたかったの?」

リツコはふと手を止める。

「違うと思う・・・・けど、わからない」

「アタシとおんなじか」

「?」

「アタシが南極のベースキャンプでセカンドインパクトに遭遇したのは知ってるわよね?」

「ええ」

「調査隊は300人ほどいたけど、アタシを除いて全滅。当たり前ね、言ってみれば震源地にもっとも近いところにいたんだから」

「・・・・」

「アタシが憶えてることって言ったら、誰かの手に抱えられて緊急カプセル   1人用のシェルターみたいなモンよ   に入れられるところだけ。そこでやっと目を開いたの」

「誰だったの?」

「父よ。血まみれになって、その血がアタシの頬に落ちてくるの」

「・・・・」

「でも、それが見えたのはホンの少しだけ。すぐにカプセルのハッチが閉まって、次に外が見えた時はカプセルは海の上を漂ってた。父の姿はもちろん、何も見えなかったわ。何もね」

「お父さんに命を救われたのね」

「そ。でも、それまでの父のイメージは私の中では良いものじゃなかった。言い換えれば最悪よ。研究研究で家にはろくすっぽ帰ってこない。結婚記念日をすっぽかされた時には母さん泣いてたしね」

「それがわからなくなった?」

「うん・・・・仕事の虫で家庭を顧みなかった父と、最後の最後に自分の命を捨ててアタシをカプセルに放りこんだ父の姿が重ならないの」

「似た者同士ってわけ?」

「かもね・・・・でも、それだけじゃないのよ」

「?」

「最後の瞬間、父が何か言ったような気がしたんだけど・・・・思い出せないの。思い出そうとすると記憶に靄が懸かったようになるのよ」

「別れの言葉なんかじゃなくて?」

「わからない・・・・それにね、なぜあんなところにあたしを連れていったのか、それも謎のまま」

リツコは休めていた手を再び動かし、鋸を入れた部分を剥ぎ取って脳味噌にしか見えない中央演算装置が見える。

それにいくつかの端子を突き刺しながら、リツコは言う。
 
 
 
 
 
 
 
 

「ミサトがそれを思い出した時、また何かが変わるかもね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ぷはぁ!!」

芦ノ湖。

そのちょうど中央あたりに頭を出したシンジ。

新鮮な空気を貪るようにして肺の中に入れる。

実を言うと、最後の50mほどはほとんど息を止めていたのだ。

L・C・Lが本来の機能を保つのはプラグの浄化機能が完璧に作動しているという条件の上でのものなのだ。

ゆえに、L・C・Lは水面を浮き上がる間にゆっくりと機能を落としていき、最後には機能不全状態になっていた。

シンジは50m付近で覚悟を決めると、それまで哺乳類たるシンジを水から守っていたL・C・Lから飛び出し、一気に水面を目指したのだ。

上も見ても光があるわけではなく、多少の不安はあったのだが、彼は賭けに勝った。
 
 
 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

まだ息が荒い。

だが、その状態でもあたりを見回す。

「いた!」

少し離れたところにある、二つのプラグ。

疲れが溜まっているはずの体をしなやかに動かし、500mあまりを一気に泳ぎきって一つ目のプラグに辿り着く。

手掛かりの無い曲面に苦労させられたが、なんとか這い上がってハッチに頭を寄せ、ゴンゴンとそれを叩く。

「聞こえる!?返事をして!」

中にいた人間は相当驚いたらしく、バタバタしているのがシンジにもわかる。

「シンジ!?シンジなの?」

「アスカ?アスカ!大丈夫?」

「待って!今開けるわ!」

シンジはそこで自分の体を眺める。

裸だ。

ということは?

そういうことだ。

「ア、アスカ!開けないで!!」

「えぇ!?なんでよぉ!!」

シンジは0.5秒でもっともらしい理由をひねり出す。

「今何が起こってるのか僕にもわからないんだ・・・・それを確認して戻ってくるまで、絶対にここにいて。ここの方が安全だと思う」

「イヤよ。シンジと一緒に行く」

当然の反応と言うべきか。

「ダメだよ・・・・どうしても来るのなら、絶交だからね」

強力な最後通牒。

「んぐ・・・・」

シンジに無視される日常を考えているらしい。

かなり辛い毎日になるだろう事は容易に想像がつく。

「綾波はたぶん言う事を聞いてくれると思うけど・・・・どうする?」

これも強力なジャブだ。

シンジが自分を無視し、レイとは親しげにする情景を想像して怖気を震う。

「わ、わかったわよ・・・・ただし!用が終わったらすぐに来ること!いいわね!!」

「はいはい。それじゃここでおとなしくしてるんだよ」

とりあえずハッチを開けたとたん、全裸のアスカが飛び付いてくるという事態だけは回避できてホッとするシンジ。

彼も14歳の健康な少年。

そんなことになったらどうなってしまうか、聡明な彼にもわかりかねる問題だ。

そしてシンジはアスカのプラグから水面に飛びこみ、さほど離れていない、レイがいるはずのプラグへ泳ぐ。
 
 

どうでもいいんだけど・・・・裸で泳ぐのって・・・・なんかヘンなの
 

彼も色々な訓練を受けて、パンツ一枚で、戦闘服で装備を包んで泳いだりしたことはあったが、本当の全裸で何も持たず泳いだことは無い。

普通、人が泳ぐところはどこかに人目があるものだから、あまりそういうことをする人間もいまい。
 

でもなんか気持ちいいなぁ・・・・
 

そんな風に気持ちよく泳いでレイのプラグに到着すると、やはりプラグをよじ登ってハッチに辿り着く。

「綾波?いるんだろ?・・・・綾波?返事をして!」

彼はここで一つミスをしていた。

レイは捉え方によってはかなりの直情型に見える。

つまり、思考がストレートに行動へと繋がってしまうのだ。

ゆっくりと開こうとするハッチを見ればそれがよくわかる。

「!!!!」

パニック寸前のシンジはとりあえず踵を返して湖にダイブする。

そのすぐ後、レイがハッチから顔を出す。

「碇君?」

が、そこには誰もいない。

「??」

その代わり、目の前の湖面には大きな波紋が出来ていた。

「?」

そこを見つめていると、頭が一つプカリと浮かび上がってきた。

「碇君!」

「あ、綾波!ダメ!」

シンジが制止するのも聞こえなかったか、レイは自分がどういう格好でいるのかも気付かずにシンジ目掛けて飛びこんでいく。

「うわぁ!!」

受け止めるシンジがいい迷惑である。

レイを受け止めて、2〜3m程沈み込んだ後で抱きかかえて浮き上がる。

「綾波!なんて無茶を・・・・・・・・・・」

そこまで言葉を連ねたが、後に続く言葉は出てこなかった。

自分がどういう状態でレイと接しているか、遅まきながら気付いたからだ。

慌ててレイから離れようとするが、レイはそうはさせじとしっかりとしがみついている。
 
 

ま、まずいってば!これは!
 

シンジはなんとかレイを引っぺがしてレイとの距離を取る。

「碇君?」

少し悲しげにレイが寄ろうとする。

「あ、綾波?・・・・今すぐプラグに戻って。僕が発令所に行って事の次第を確認するから」

「私も・・・・」

反応も心なしかアスカに似てきているような気がする。

「だめだよ。ちゃんと中で待ってて」

「イヤ。碇君と一緒に行きたい」

かなりの頑固者でもあるらしい。

「綾波・・・・」

ため息が漏れてしまうのはやむをえまい。

「僕の言うことが聞けないなら、金輪際綾波とは口を聞かないよ」

レイもまた、アスカがそうしたように架空の日常を思い浮かべる。

シンジ依存症と言ってもあながち間違いではない彼女の場合、それは地獄よりも恐ろしい情景である。

「アスカは素直に言うこと聞いてくれたんだけどなぁー」

先ほどと同じ手を使う事になるとはシンジ自身も思わなかったが、よくよく考えてみれば彼女達にはもっとも効く脅しである。

アスカには満面の笑みを向け、自分には冷ややかな侮蔑の視線しか送ってくれないシンジを想像しようとする。

失敗した。

今のシンジから、そういうことが想像できないのだ。

「どうしても・・・だめなの?」

目を潤ませて段々とシンジの方に寄ってくる。

シンジは一瞬心がぐらついたが、アスカにああ言ってしまった手前、レイだけを連れていったら後で何を言われるかわからない。

「ダメだよ・・・・絶対ダメなんだ・・・・落ち着くまではここにいて。ここが一番安全だと思うから」

「・・・・・・・・」

レイは水に浮かびながら少し俯く。

「・・・・・・・・碇君が・・・・」

「え?」

「碇君が迎えに来てくれるって約束してくれるなら・・・・」

それを聞いてシンジは笑みを浮かべる。

顔をそむける事が出来ぬくらい眩しい笑みを。
 
 
 
 
 
 

「すぐに迎えに来るよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

シンジはレイをエントリープラグに押し込むと、きびすを返して岸まで泳ぎ、手近な非常用ハッチから内部に潜り込んでいた。
 
 
 
 
 

「・・・・ハダカってのは抵抗あるなぁ・・・・」

シンジはそんなことをぼやきながら、手近にあった作業員更衣室に入り込み、作業服を1着拝借した。

「・・・・なんかヘンなの・・・」

素っ裸で、その上にごわごわした作業服なのだから仕方あるまい。

その上で彼は室内にあった内線・外線共用電話を取り上げて発令所に繋げる。

《発令所》

短い反応だが、シンジにはそれがシゲルの声だとわかった。

「青葉さんですか?シンジです」

《シンジ君!無事だったのかい!?》

《すぐに葛城さんを呼ぶよ》

「いえ、ミサトさんがそこにいないってことは忙しいんでしょう・・・・それより、現在の詳しい状況を教えてもらえませんか?」

シゲルはいささか躊躇したが、確かにミサトは階下のリツコに付きっきりであり、今呼び出すのは得策ではないことを思い出すと、シンジに手短ながら的を得た要約を伝えた。

「ウィルスサイズの使徒・・・・」

《そう。首脳部総出で対抗策をひねり出しているところだよ》

シンジは自分がプリ不ノーボックスで目撃した淡い光、あれが使徒なのかと考え少し背筋が寒くなる。

「わかりました。僕に出来ることはほとんどありませんね」

《そうだね・・・・既に初号機、弐号機、零号機共に乗っ取られることを防ぐために射出してある》

「賢明な措置ですね」

《碇司令の判断さ》

「なるほど・・・・あ、それからアスカと綾波の安全は確認しました。二人ともまだ湖面にいます」

《了解・・・・助かるよ》

「ミサトさんとリツコさんに成功を祈ってます、と伝えて下さい」

《わかった》

「それじゃ」

シンジは指でフックを押して回線を切ると、再びボタンをプッシュして今度は外線を利用する。

《はい、防衛庁です》

交換らしい、女性の声が聞こえる。

「内線538をお願いします」

《はい、少しお待ち下さい》

電話はオルゴールに切り替わったが、それを長く聞かされることはなかった。

《はい、野分です》

「先生ですか?シンジです」

《おお、シンジか・・・・連絡を取ろうと思ってたところだ》

「ネルフからなにか連絡はいってますか?」

《ちょっと待て、秘話装置を動かす》

ユウジがそう言うと、受話器から一瞬だけ耳障りなノイズが聞こえた。

《よし、OKだ・・・・ネルフからは概要しか送ってきてない。どうやらそっちは最低限の人間を残して避難してるらしいな》

そこでシンジはシゲルから教えられた情報をストレートに伝えた。

《ウィルスねぇ・・・・》

「よくはわかりませんが、コンピューターウィルスみたいなものじゃないかと思ってます」

《今回はオマエの出番はなしか》

「この手のことが得意な優秀な人材には事欠きませんからね、ネルフは」

《違いない・・・・ま、なんだ・・・・敵さんもなかなかやるな》

「?」

《今回はまったく動きが掴めていなかった。こっちでもな》

「やっぱり前回の伏撃のせいですかね」

《たぶんな。アレのお陰で向こうも警戒するようになったんだろう》

「すると・・・またアメリカですか?」

《シンジ・・・・これから話すことは誰にも言うな》

「え?」

《ネルフを見回して、誰が敵で、誰が味方で、誰が敵の敵かわかっているか?》

「正直言って全然わかりません。父さんや冬月さんもなにか隠してそうですし」

《ま、あの二人は極めつけの狸だからな・・・・それはともかく、だ》

「はい」

《アメリカが建造中だった2機のエヴァの搬送準備を進めてる。届け先はもちろん・・・・》

「ここ、ですか」

《不思議だろう?》

「ですね・・・あれだけ抵抗してたのに」

《どうやら、合衆国大統領よりも”上”から指令が来たらしい》

「大統領よりも上・・・・」

《わかってるだろう?》

「ええ、十二分にね」

《ホントの所はわからんのだがな》

「確かに解せませんね」
                                         オレ達
《どうやら、日本政府や戦略自衛隊にも手を伸ばしてるらしい・・・・陸海空自衛隊の行動も制限させるつもりらしい》

「それは・・・・」

《こっちも今までのようには動けなくなるかもしれん。自衛隊員は国家公務員だからな》

シンジは宙を睨むようにして考えていたが、何かを思いついたように受話器を握り直す。

「新しく来る機体を含めてエヴァが5機・・・・それだけ戦力を強化させても勝つ自信があると・・・」

《つまりはそういうことだろうな・・・・残念ながら、今のところキャスティング・ボードは向こうが握ってる》

「辛いですね」

《まったくだ・・・・だが、泣き言ばかり言ってるわけにもいかん》

「もちろんです」

《戦い抜く覚悟はできたか?》

「戦い抜かなければ僕達に明日はないですから」

《そう、だな・・・・オレの言いたいことはわかるな?》

「ええ・・・・”油断するな・全てに気を配れ・前を見るときは後ろも、右も、左もみろ”ですよね」

《忘れるなよ、目に見えるものだけが全てじゃないんだ・・・・・・だけどな》

「?」

《信じるものはちゃんと信じろよ・・・・でないと・・・》

「でないと?」

《鬼になる》

「鬼、ですか・・・」

《何も信じることが出来なくなった人間は・・・・鬼になって食らい尽くす》

「・・・・・僕には信じるものも、守るものもあります」

《そう、だったな・・・・悪いな、ヘンな事言って・・・・また何かあったら連絡する》

「はい。先生も気を付けて・・・」

《ナマ言うな!それはこっちのセリフだ!》

ユウジが笑い声を受話器から響かせる。

「はは・・・わかりました」

シンジも笑いながら電話を切る。








「さて・・・とりあえず、僕にできることをしようか・・・・」
































アメリカ合衆国。

ライト・パターソン空軍基地。

ここは今、他に類を見ないほどの厳戒態勢下にあった。

まあ、ここに運び込まれているものを考えれば、それでも少ないように感じる。

異形の巨人。

エヴァンゲリオン。

ネバダで建造されていた参号機がここに運び込まれているのだ。

1週間後にはニューメキシコから四号機が搬入される。

日本のネルフ本部に輸送するため、それぞれの建造場所からここへ移送されて専用輸送機への搭載作業を行なう予定なのだ

航空先進国のアメリカと言えど、エヴァンゲリオンを分解せずに空輸可能な汎用輸送機は無く、ネルフが数機保有している専用輸送機しか運搬手段がないというわけだ。

ちなみに、この専用輸送機はエヴァを空中で離脱可能なため、エヴァによる空挺作戦機としても使える。

もっとも、降下してから5分でケリがつけられる自信があれば、の話であるが。

当初は船舶輸送という手段も考えられたのだが、ドイツから海路輸送された弐号機が途上で使徒に襲撃されたことを鑑み、ネルフから輸送機を呼び寄せての空輸ということになった。











「ねえ、これからやること、わかってんの?」

焼けるような日差しに炙られている滑走路。

その隅。

「わかっているよ」

「ホントかなぁ」

腕組みをしながら疑問を浮かべている少女。

「随分と信用が無いんだね」

アイカルックスマイルを浮かべて、向けられている視線をさらりとかわしてしまう少年。

「しょーがないじゃない。いきなりヘンなトコに連れていかれて、ヘンなもんに乗せられたと思ったら、今度は日本に行け、ですもんね・・・・疑い深くもなるわよ」

「仕方が無いよ。僕らのクライアントは人使いが荒いようだからね」

「はいそーですかって納得できるようなモンでもないでしょうが」

「まあね」

短く揃えられたブラウンの髪を風になびかせながら、彼女は唇を尖らせる。

「キミはCIAで訓練を受けていたんだろう?らしくない発言だね」

それを聞いた彼女は大きく鼻を鳴らす。

「アルファベットが1字違うわ」

「?」

「CじゃなくてDよ」

「なるほど。DIA(国防総省情報局)かい?」

「そーゆーこと。これでも少尉相当官なんだからね」

そう言っておふざけで胸を張って見せる。

「そーゆーアンタはどこの所属なのよ?」

「さて?」

銀髪を靡かせ、さらりと受け流してしまう。

「ちょっと!アタシにこれだけ喋らせといて自分はだんまり?」

「別に喋ってくれと頼んだわけじゃないしね」

「キィー!!・・・アンタそんなイヤミな性格してると女の子にモテないわよ!」

少年はそれを聞いて目を丸くし、すぐにそれを納めると今度は大笑いし始めた。

「あははははは!!!」

腹まで抱えて笑っている。

「ちょっと!バカにしてんの!?」

彼女の怒りももっともだ。

「あは・・・・いや、こっちの事だから気にしないで・・・・・プッ!くっくっくっく!!」

どーも我慢できないらしい。







この凸凹なコンビが海を渡るのは8日後。







別々な組織から密命を帯びている二人がどんな役割を果たすのかは・・・・まだ誰にもわからない。




























「来ました!バルタザールが乗っ取られました!」

大きなアラームと共にマコトが叫ぶ。

稼げる時間は全て稼ぎ、それを使い尽くしたのだ。

《人工知能により自律自爆が決議されました・・・自爆は三者の一致後コンマ2秒で行われます。自爆範囲は深度マイナス280、マイナス140、ゼロフロアーです。特例582発動下のため、人工知能以外によるキャンセルは出来ません》

階下のマギ内部ではリツコとマヤが必死の作業を進めている。

「バルタザール、さらにカスパーへ侵入!」

状況は刻一刻と際どくなっていく。

「押されてるぞ!」冬月が呻く。

「なんて速さだ!」

《自爆装置稼働まで20秒・・・・》

「カスパー18秒後に乗っ取られます!!」

《稼働まで15秒・・・》

「リツコ!急いで!」

《稼働まで10秒・・・》

「大丈夫。余裕はあるわ1秒くらいね」
《9秒》
キーを叩きながら、視線も向けずにミサトの声に答える。
《8秒》
「いちびょう!?」《7秒》
《6秒》
「ゼロやマイナスじゃないだけマシでしょ」
《5秒》
「マヤ!」

「いけます!」《4秒》

《3秒》

《2秒》

「押して!!」リツコの合図と共に二人の手が同時にリターンキーを押す。
《1秒》


そこにいる全員がMAGIの状態を示しているモニターに釘付けになった。

わずかにカスパーに残っていたブルーの領域が爆発的に増えた。

ただし、それもバルタザールの中間あたり、つまり3機のちょうど中間で止まった。

「リツコ!?」

「なんてこと・・・・この短時間でプログラムに対応してしまうなんて・・・」

リツコも少し呆然としている。

「どういう状態なの!?」

「内部でプログラムと使徒がせめぎ合ってるのよ・・・・でも、時間を掛ければすぐに押されるでしょうね、こちらが」

「ヤバイじゃない!!」

「もう打つ手は・・・・」

リツコが肩を落とす。

「まだ、ありますよね」

「「?」」

二人が怪訝そうに声の主を確かめる。

「シンジ君!」

「長々と説明しているヒマはありません。すぐに衛星回線をMAGIと接続させて下さい」

「衛星回線?」

「そう。ただし、開いている回線はその1本だけにしてください。いわば袋小路にするんですよ」

「!・・・・わかったわ」

リツコが全てを放り出して上の発令所へ走る。

シンジとミサトもそれに続く。

「青葉君!今上を飛んでいる衛星をサーチして!大至急!」

「は、はい!」

シゲルの走査でいくつかの衛星がモニターにリストアップされる。

リツコとシンジはモニターを睨み付ける。

「静止衛星第23号・・・・おあつらえ向きですね」

この番号はネルフが便宜上付けたもので、衛星の本来の名ではない。

「そうね・・・地上からの命令受信はできるけど、機器の故障で衛星からの発信は出来ない・・・・まさにおあつらえ向きね」

「この際言い訳と謝罪と補償は後回しにしましょう」

「そうね・・・・マヤ、大急ぎでこの衛星をハッキング。大丈夫だとは思うけど念のためにこことの回線以外の閉鎖を確認して」

「は、はい!」

そんな会話をしている背後で、シンジが電話でどこかと話をしている。

「・・・シンちゃん、誰と話してるのかしら?」

ミサトが首をかしげる。

「後始末の依頼よ。給料全部賭けたっていいわ」

リツコがミサトの方を見ずに呟く。

「後始末?」

「先輩!確認取れました。衛星の送信回路は物理的に故障しているようでこちらからの呼びかけに応答ありません」

「上出来よ・・・」リツコはちらりとシンジの方を見る。

シンジは受話器を元に戻し、リツコに親指を立ててみせる。

リツコはひとつ頷く。

「では、MAGIとその衛星を繋いでちょうだい」

「はい・・・・回線開きます」

皆が注視するMAGIの状況表示モニターは、使徒を示す赤が、提示された逃げ道に我先に逃げ込んでいくのがよくわかる。

そして、赤い断片が全て消え去ったとき。

「回線閉鎖!」

リツコが声も厳しく命じる。



しばしの静寂・・・・



《人工知能により自律自爆が解除されました》

合成音のアナウンスが、とりあえず危機が去ったことを告げる。

「やったあ!!」

若い連中が喝采を上げる。

《特例582、解除されました・・・・・MAGIシステム、通常モードに戻ります》

冬月なども胸をなで下ろしている。

心臓に負担がかかったに違いない。

彼は若くはない。

マヤも喜色満面という表情だ。

「まだ、終わった訳じゃないんだけどね」

リツコがぼそりと言うが、まわりの喧噪にかき消されてしまう。

「まあ大丈夫ですよ。今頃飛び立ってると思いますしね」

そう言うシンジも同感だと言わんばかりの表情だ。

「ねえねえ、後始末ってなんなの?」

「今にわかりますよ」

そんなことを言っているうちに、日本全土を表示しているモニターに動きがあり、ブザーと共にそれを知らせ、シゲルがそれを確認する。

「航空自衛隊小松基地から戦闘機2機が離陸。コールサインはプリースト01、同02」

「戦闘機?」ミサトが首をひねる。

「後始末ですよ」

「シンジ君・・・・アレ、破壊する必要があるかしら?・・・・あそこなら監獄のようなものだし」

リツコがそれとなくシンジに問い掛ける。

「僕はイヤですよ。頭の上に使徒が24時間張り付いてるなんてのは。それに何かの拍子で地上に堕ちたときの影響もわかりません」

「そう、ね・・・アレが全世界にばらまかれたらと思うとゾッとするわ!」

「そういうことです・・・・謎解きはあとに取っておきましょう」








「そんな機会があるかしら?」
































蒼空を駆け上がる2機の戦闘機。

北陸にある官民共用空港から飛び立った2機は、あまりにも古めかしい機体だった。

日本航空自衛隊、第6航空団第303飛行隊所属、F−15J改。

改造を加えられているとはいえ、基本的にはセカンドインパクト以前に製作されたものだ。

海上自衛隊が使用しているF/A−14Jは、外見こそF−14に似ているが、中身はまったくの別物であり、海自が「しょうかく」級航空護衛艦を新造するに当たり国産で製作された。

海自はその他にも新しい機体を発注、採用している。

空母は戦闘機だけを積んでいるわけではない。

そして割を食ったのが空自だ。

何のことはない、予算が足りなかったのである。

セカンドインパクトは社会インフラに壊滅的なダメージを与えたが、国家にとって最もダメージが大きかったのは人口が激減したことだ。

特に先進国と呼ばれる国々は、これにより復興を支える税収の不足に悩むことになる。

それは14年経った今でも払拭されていない   日本はそれ以前から財政の硬直化が進んでいたことも要因だが。

航空自衛隊は、セカンドインパクト前の陣容・・・一線級の作戦機による飛行隊17個、高射群7個から大きく様変わりしていた。

常設の航空団は4個、つまり8個飛行隊しか存続していない。

高射群は全て陸自に移管されてしまった。

それでもまだ空自はマシな方で、インパクト以前に最大の隊員数を擁していた陸自などは削減の第1ターゲットだった。

現に陸上自衛隊はインパクト前の常設師団13個・混成団2個という編成が常設師団5個、混成団は廃止という段階にまで削減されていた。

もっとも、これにはちょっとしたからくりがあり、陸自の師団定員数は7000人程度だったのが14000人にまで増強され、実質的には10個師団並の戦力は維持している。

同じように空自の航空団に所属する作戦機の定数40機も拡大されて60機で編成されている。

そして、その陸自の師団、全てが現在は関東地方に集中配備されている。

空自の飛行隊は6個が関東、もしくは北陸に配備されている。

飽きることを知らずに来襲する使徒のことを考えれば当然の措置だろう。

それほどの緊縮財政なら、新たな軍種   戦略自衛隊を創設することなど論外とも思われるが、戦自の首脳部が政府高官をだまくらかして、創設と増強を許可する書類に判を押させた。

現在の戦略自衛隊は、軽機甲師団1個に戦闘爆撃飛行隊2個、ハイドロフォイル・ミサイル艇で編成されるPG隊が4個。

甚だ弱体ではあるが、軍事組織には違いない。

ちなみに陸海空自衛隊が国連軍所属の時には、2個師団と2個航空団、それに1個機動護衛艦隊が海外派遣、残りが本国で休養と補充というローテーションを組んでいた。

もっとも、陸自の場合、派遣は師団単位で行われるはずもなく   大規模な紛争があれば別だが   普通科連隊を中心に戦闘団を編成して、それを各地に派遣していた。

そしてこの海外派遣が海自を太らせる最大の原因になった。

部隊を装備付きで海の向こうに派遣するには揚陸艦をはじめとして様々なフネが必要になる。

そしてそれを守るフネも。

費用対効果が一番良いとされたのが航空護衛艦   空母だというのは万人が認めるところだろう。

こうして空自は新型機開発や採用は予算面から夢のまた夢、という状態になっていた。

だが、良い面もある。

空自の一線パイロット達は、自分たちに与えられている機材が骨董品であることを自覚しており、それは腕でカバーするしかないと決意していたからだ。

空自パイロットの悲壮感漂う決意は、もちろん効果をもたらしている。

2年に一度行われる海自母艦航空隊との異機種間空戦機動演習   開催場所の名を冠して”チトセ・トロフィー”と呼ばれる   では、ここ3回連続で空自が連勝している。

空中戦の勝敗は機体の優劣だけではないという良い証拠だ。





青い空を鳥のごとく上っていくジュラルミン製の鷲。

エンジンは機体の機嫌を示すかのような快調さを示している。

だが、操っている人間の機嫌は正反対だった。

《プリースト02からリード・・・・まだ拗ねてるんですか?》

ヘルメットのイアフォンから、からかうような声が聞こえる。

すぐ後ろに付いているはずの僚機からだ。

「あほう。拗ねてるわけじゃねぇよ・・・・気にいらねぇだけさ」

マスク越しの声のため、くぐもった声が自分の耳にも聞こえる。

《世間じゃそーゆーのを”拗ねてる”って言うんですよ》

「ったく、いつも一言多い野郎だ」

小松から押っ取り刀で発進したプリースト編隊は、どちらも飛行時間1500時間以上のヴェテランに操られている。

リードなどは2500時間を越え、間もなく3000に届こうかというくらいの超ヴェテランだ。

二人とも自衛隊が海外派遣を経験すると同時期に実戦経験を得ている。

「オマエだってヘンだと思わないのか?・・・・いきなりスクランブル待機を解かれて、装備帳簿外の機体に乗せられてるんだぞ?」

《おまけに命令は高度30000ftに達してから伝える念の入りようですからね》

「大体俺達が抱えてるこの大荷物はなんなんだよ、一体」

2機のイーグル、本来ならドロップタンクを装備するはずの機体中心線ハードポイントには、ドロップタンクよりもさらに大きいものがぶら下がっている。

《そりゃあ、どっから見てもミサイルでしょう。とびきりデカイ、ね》

パイロットの飛行前点検には、機体外周の目視確認も含まれている。

その時にも二人で色々話し合った。

「そりゃわかるけどよ・・・・それじゃコイツで何を撃つんだよ?」
                          高度28000
《そろそろわかるんじゃないですか?・・・・エンジェル28通過》

「おっと、そーだな・・・・こんな会話が聞かれたらシャレにならん」

《また司令にお説教ですね》

「そんときゃオマエも一緒だ」

そんな二人の耳に、地上からの電波が到達したのはきっかり30000フィートに到達した瞬間だった。


《Priest.This is G−Command・・・・Radiocheck.How do you read me?・・・・over》
(プリースト、こちらGコマンド・・・・レディオチェック、感度いかが?)

リードは今までのふざけた衣を微塵も感じさせず問いかけに答える。


「This is Priest・・・・Your voice clear・・・・Please check myvoice・・・・over」
(こちらプリースト・・・・そちらの感度良好・・・・こちらはいかが?)


《Your voice is clear・・・Priest.communicate operationorder Do you all right?》
(そちらの感度良好・・・・プリースト、作戦命令を伝達する。よろしいか?)


「Roger・・・Please communicate」
(了解。伝達されたい)


《right,Your target・・・・altitude36,000q・・angle of inclination plusminus1degree・・about 24hour cycle・・140degrees eastlongitude・・geostationary satellite orbit・・・・Do you have contact?》
(よろしい。君達の標的は・・・高度3万6000km、傾斜角±1度、周期約24時間、東経140度の静止衛星軌道に存在する・・・・レーダーに捉えられるか?)

半ば予想しているとはいえ、やはり彼らには突拍子もないものに聞こえた。

それに、そんな高度でF−15J改が備えている小さなレーダーに映るわけがない。

ゆえに、リードは聞かざるを得なかった。


「No joy negativecontact・・・・Are you sanity?」
(反応無し・・・・正気なのか?)

それに対する地上管制官は至極冷静な声で答えた。


《Sure!・・・Your fuselageequipment ”ConversionASM−135 Anti satellite system”・・・・and finished transmit targetdata》
(当たり前だ。いいか、君達の機体が装備しているのは”対衛星システム ASM−135改”だ。目標のデータは既に送信済み)


リードは受信したデータを見て目を見張った。

ムリもない。

それは日本で一番有名な人工衛星だったからだ。


「・・・・May I do that?」
(・・・・いいのか?)


《No problem,climb・shoot・turnback・・・・It’s simple》
(問題ない。上昇し、発射し、反転して帰還する・・・・簡単だろ)


「簡単かよ、言ってくれるぜ」

リードは回線が繋がっていることを承知で、規定違反にもなる日本語で毒づいた。

心情がわかっている管制官は、それに気付かない振りをした。


《shoot down the target》
(目標を撃墜せよ)

そしてリードは彼に出来る精一杯のイヤミを言う。


「Please again」
(再送せよ)

管制官は感情を声に含まず繰り返す。










《I say again・・・・Kill ”Sunflower8”》














「Roger・・・・Kill ”Sunflower8”」
(了解・・・・”ひまわり8号”を撃墜する)















気象庁と宇宙開発事業団が技術の粋を集めて軌道に送り込んだ   結局故障した   地球観測/気象衛星”ひまわり8号”がその機能を完全に停止したのは13分40秒後の事だった。











































「破壊成功です。衛星はいくつかの破片になりました」

コンソールにしがみついているシゲルが報告する。

「破片は全て把握できている?」

出番の少ないミサトが尋ねる。

「大丈夫です。285個、全て把握しています」

「地表に墜ちてくるヤツは?」

「ありません。ミサイルの慣性エネルギーが強烈だったようで、破片全てが地球から遠ざかるベクトルで動いています」

「どっかの星の引力圏に掴まってUターンなんてことは?」

「MAGIの計算によれば、大部分の破片は太陽系から飛び出すだろうと。その他についても地表に落下する可能性は億分の一以下の確率です」

ミサトはそれを聞いてホッと肩を撫で下ろす。

「とりあえず、次にアイツと御対面するのは地球外生命体ってワケね」

「何万年先の話かわかりませんが」

「とりあえずアタシ達の手を離れたということが重要よ」

「ですね」

そしてミサトは周囲を見回して気付く。

「はれ?・・・・シンちゃんは?」

「さっき急いだ様子で出ていきましたけど」

「どこ行ったのかしら?」

「あの子が急ぐっていったら理由はひとつでしょ?」

後ろからコーヒーカップがリツコの手で突き出される。

「ありがと・・・・理由って?」

「今も芦ノ湖に浮かんでるはずの二人よ」

「ああ、アスカとレイね」

「装備部から苦情が来てたわよ」

「なんて?」

「サードチルドレンが高速艇をかっぱらっていったってね」

「可愛いモンじゃないの。高速艇でもフリゲートでも貸してやんなさいよ」

「そうね・・・・今回もシンジ君に助けてもらったし、それぐらいは軽いものね」

コーヒーをすするリツコはフッと優しい表情になる。

「残念だったわねぇ?」

ミサトがにやけ笑いと共に言う。

「なにが?」

「シンちゃんよりも一回り年上で!」

「あら、そう?・・・・これぐらいの年齢差だったらいけるんじゃないの?」

「え゛!?」

マジでビビるミサト。

「冗談よ」

「いーや、今のはマジっぽかった」

「あらそう?」

「”赤城博士、実はショタコン!?”・・・・高く売れそうなネタだわぁ」



「バカ」



































ミサトとリツコが掛け合い漫才をやっている頃、シンジはかっぱらった高速艇を飛ばしていた。

もちろん二人を迎えに行くためである。

当たりは既に夜の闇に閉ざされている。

実は30分ほど前に一度、高速艇に乗って迎えに出たのだが、重要な忘れ物をしていたのに気付き引き返していたのだ。

二人のための着替えである。

実はこれが非常に恥ずかしかった。

まあ、女の子のロッカーを開けて下着をはじめとして一切合切抱えてきたのだからムリもあるまい。

そしてそれぞれの衣類をぞれぞれのバックに詰めて飛び出したのだ。

高速艇はフルスピードで飛ぶように湖面を走っているので、見る見るうちに2本のエントリープラグが近づいてくる。

まずはアスカのプラグへ。

少し手前でクラッチを切り、惰性でプラグへ接近し、舳先が軽く接触したところで操舵席から飛び出してプラグへジャンプ。

「アスカ!」

声を掛けるが返事がない。

焦るシンジ。

「アスカ!アスカ!」

ドンドンとプラグの表面を叩く。

すると、またもや中でバタバタと物音がする。

「シンジ!?・・・・もう大丈夫なの?」

中から少し寝ぼけたようなアスカの声も聞こえてきた。

寝てたな、と当たりを付けたシンジだが、それは口にしない。

言ったが最後、寝てた寝てないで堂々巡りになるのは分かり切っている。

「服持ってきたよ。開けてくれる?」

「ちょっと待って」

それほど待つ必要もなく、プラグのハッチが開き始めた。

「それくらいでいいよ。ハイ」

そう言ってシンジは服の入ったバックを中に入れようとする。

「シンジ!ちょっと待ちなさいってば!」

「え、なに?」

「ほとんどは抜いたけど、まだLCLが少し残ってるのよ。こんな所じゃ着替えられないわよ」

「あ、そーか・・・・うーん・・・・」

腕組みして考えるシンジ。

「それじゃあ服はここに置いておくよ。それで綾波にも届けたら、ボートで少し離れたところにいるから。10分位したらまた来るよ」

「ええー!?」

アスカは不満そうだ。

「アタシはシンジの目の前で着てもいーんだけどなぁ♪」

「ダメ」

即答。

「えー!いいじゃない!」

「だめなものはダメ!・・・・それじゃここに置いて行くからね!」

更に文句を並べるアスカを放っておき、再び高速艇に飛び乗って今度はレイのプラグへ。

前回のことがあるので今回は慎重に行く。

そーっと高速艇を近づけ、そーっと飛び乗り、そーっとバックを置き、そーっと戻る。

そして、高速艇に備えられているスピーカーを使い、

《あやなみー・・・ハッチのそばに服を置いたからねー!》

と、叫んだ。

案の定、3秒と待たずにハッチが開いていく。

シンジは自身の判断が間違っていなかったことを知って胸を撫で下ろす。

《しばらく離れてるから、そのうちに着替えてね!》

既にかなり離れているために判別はしかねるが、レイが大きく頷いたような気がした。







そして15分後。







10分きっかりに姿を現したら、アスカなどが、「来るのが早い」などと言ってそのままの格好で出て来かねない事を危惧したからだ。

まあ、その予想は外れているはずもなく、アスカは裸のままバックを抱えて飛び出すのを待っていたのだが、10分経ってしびれを切らして着替えていた。

そして二人を高速艇に移乗させて、一路帰路に就く。

「シンジぃ・・・なんで遅れたのよぅ・・・・10分って言ってたじゃない」

「えーと・・・・」

合成風力に顔をなぶられながら、舵輪を握るシンジはちょっと返事に窮する。

「ひょっとしてどっかで覗いてたんじゃないのぉ?」

ニヤニヤ笑いながらアスカが言う。

自分がやろうとしていたことは100段くらい棚の上にあげている。

「そんなことするわけないだろぉ!?」

「・・・・碇君にだったら、いいわ」

「「は?」」

シンジとアスカが振り向くと、いそいそと服を脱ごうとしているレイがそこにいた。

「ちょっ、ちょっと!なにやってんのよアンタ!!」

アスカが強引にレイの腕を掴み動きを封じる。

「いけないの?」

「いけないわよ!これは冗談、わかる?ジョーダンなのよ!」

アスカが激しいジェスチャーと共に力説する。

話題を振ったのが自分だということを完璧に忘れている。

「・・・・・・・・」

レイは黙って服の乱れを直す。

「まったく。ジョークもわからない人間は嫌われるわよ?」

そして、黙って言われるがままのレイでもなかった。

「あなた、ウソツキね」

「へぇ?」

「あなただって、碇君になら全てを見せても良いと思っているのに、なぜそんなこと言うの?」

「あ・・・う・・・・」

メチャクチャ鋭いところを突いてくるレイ。

「だからそれはー・・・・一般的な倫理ってゆーか、羞恥ってゆーか・・・・えーと・・・・」

珍しくアスカが答えに詰まっている。

「こっちからそーゆーのを言うのはやっぱりアレだし・・・・こーゆーのは男の方からアプローチかけるのがスジだし・・・・それからえーと・・・・」

「冗談よ」

「えーと、そう・・・・冗談っていうのも難しいし・・・・って・・・・はい?」

「だから、冗談よ」

してやったり、とまではいかないが・・・・レイはうっすらと笑みを浮かべている。

逆にアスカは唖然としている。



「ぷっ!・・・・くくくく!・・・・あっはっはっは!!」

耐えきれなくなったシンジが大きな声で笑い始める。

あまりにも景気良く笑うシンジに、アスカとレイは目を見張ってしまう。

そしてそのうち、

「ぷっ・・・・」

「フフ・・・・」

二人にも笑いが伝染してしまった。










夜の芦ノ湖に、チルドレン3人の笑い声が響く。















この少年少女に真の平穏が訪れるのはいつのことだろう?













未来に属することはほとんどわからないが、中にはわかることもある。














少年は、その日が来るまで少女達を守ろうとするであろう事。

























彼ら以外の全ての存在が敵に回ったとしても
















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1999_10/28
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あ・と・が・き

みなさまこんにちわです。

P−31です。

第13話Aパートをお届けします。


まず・・・・

更新遅れてゴメンナサイ。

いつもの3話分くらいを一つにまとめたということで勘弁してくれませんか?(笑)

それと、英語はインチキです(爆)

そもそも、地上邀撃管制の英語はチト特殊で、日本語っぽいらしいですし。

そこら辺のツッコミは・・・しても良いですが答えが返ってくると思わないで下さい(笑)

なるべく早めの更新を心がけますので、どうぞ御見捨て無きよう。

それでは14話でまたお会いしましょう。




 P−31さんの『It's a Beautiful World』第13話Cパ−ト、公開です。







 暗闇の
 水中の
 狭いパイプの中を進んでいって、

 最後は息止めの状態で50m・・・・


 ぐわぁ

 出来ん、わしには出来ん〜
 閉じ込められた状態って超が付きまくるほど苦手なのよ〜

 読んでいるだけで苦しくなって来ちゃったのサ(^^;」




 いやいや、でもでも

 上で待っているのが・・・・


 我慢できるかも(笑)




 水を軽くこなして
 上は避けて、

 シンジの凄さをあらためて感じましたです〜


   勿体ない(爆)







 さあ、訪問者の皆さん、
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