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[P−31]の部屋
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冬月は動いた。
年齢を感じさせぬ動きで。
彼はコンソールに飛びつきマイクを引っつかむ。
シゲルはそれを見て素早く回線をプリブノーボックスに繋ぐ。
「赤木君!今すぐ実験を中止して退避するんだ!」
人間、予想もしないことが起きると咄嗟には反応できないものだ。
この 時プリブノーボックスにいた人間もその状態だった。
「副指令??・・・・一体何なんですか?」
リツコがそう問いかけ、さらなる情報を得ようとした時、突如警報が響き渡る。
「どうしたの!?」
「シグマユニットAフロアに汚染警報発令!」
「第87タンパク壁が劣化、発熱しています!」
冬月の警告に従うべきなのだろうが、最低でも子供達の安全を確保するまでは離れるわけにはいかない。
「第6パイプにも異常発生!」
「タンパク壁の侵食部が増殖しています!爆発的スピードです!」
次から次へと悪い報告がなされる。
「実験中止!第6パイプを緊急閉鎖!」
間髪入れずにリツコが命じる。
それを受けてマヤがメインのスイッチを切り、いくつかのスイッチは自動でOFFになる。
フロアとフロアを貫通しているいくつかの極太パイプ、その接続が切られ分厚い装甲隔壁が閉鎖されたのだ。
「6の38,39、閉鎖されました!」
「6の42に侵食発生!」
「ダメです!侵食は壁伝いに進行しています!」
焦りが顔に出ているマヤ。
状況の逼迫度もこれでわかる。
だが、リツコはいつもと同じように、まるで実験の一手順にでも過ぎないとでもいうように、冷静に命じる。
「ポリソーム、用意」
彼女はディスプレイで送られてくる発令所からの情報を読んでいた。
すぐには信じられないが、これが本当ならば・・・ネルフは喉笛に噛みつかれたのと同じ状態になる。
リツコの動揺を表すのは額に光る汗だけ。
ボックス内部では、ポリソームが壁から現れ、侵食到達予想部に集結する。
「レーザー出力最大・・・侵入と同時に発射」
「侵食部6の58に到達・・・・来ます!!」
こちらは動揺を隠さないマヤが叫ぶ。
その瞬間、誰もが唾を飲み込み沈黙した。
不可思議な静寂。
だが、それも長くは続かない。
「きゃあああああ!!」
静寂を破り、全員を注視させる悲鳴。
「レイ!?」
レイの模擬体 つまり、マギ経由で零号機と接続している模擬体! が彼女の制御を離れて動いていた。
その腕がゆっくりと動き、ボックスの管制室に伸ばされる・・・
リツコは躊躇なく緊急レバーのパネルを叩き破り、レバーを思いきり引く。
すると、伸ばされていた模擬体の腕が爆砕される。
ミサトが振りかえって大声で尋ねる。
「レイは!?」
「無事です!」
「全プラグ緊急射出!レーザー急いで!」
リツコの声に答えてプラグがジェットで射出される。
しかし、両側のプラグはそのまま天井に吸い込まれたが、真ん中のプラグは何かが引っかかっているのか、盛大にジェットを噴射するだけでいっこうに持ち上がる気配はない。
「プラグ1番に異常発生!射出不能です!」
顔を真っ青にするリツコとミサト。
そうこうするうちに、燃料が切れたのかジェットは徐々に小さくなって・・・途切れた。
同時にポリソームがレイの操っていた模擬体の肩部にレーザーを照射する。
照射部分から激しい泡が立ち、模擬体が焼け焦げていくが・・・・
ネルフの人間には見なれた”あの”特徴的な多角形の光が現れてレーザーを跳ね返す。
「え、A・Tフィールド!?」
ミサトが信じられないというような声を出す。
リツコは黙ったまま唇をかみ締める。
「どうなってんのよ!?」
問いかけるミサトにリツコは静かに答える。
「見た通りよ・・・・使徒・・・・まさかこんな風に出現するとはね」
「やはりそうか・・・・起こってしまったことは仕方ない」
発令所で報告を受ける冬月。
手に握る受話器の向こう側はミサト。
事態は悪化の方向へ転がりつづけているのだが、この男を見る限りはそんな切迫した様子は見て取れない。
内心はまた別だ。
「それで他には?・・・・なに!?・・・・サードが今だ内部にいるだと!?」
その報告はそんな冬月ですら顔色を失うに十分なもの。
「なぜだ!?・・・プラグの故障!?・・・・ええい!こんな時に」
普段は冷静を絵に書いたような態度を保つ冬月だが、この時は外見はそれらしく装っていたが、実際はパニック2歩手前といったところだった。
なにせ、今危機に見舞われているのは今のところ世界に3人しかいないチルドレンのひとり。
それもきわめつけに優秀なトップ・エースを失うかもしれない瀬戸際なのだから。
「救出手段は?・・・・無い!?・・・・どういうことだ!!」
もはや体裁に構ってはいられない。
受話器の向こうにいるミサトを怒鳴りつける。
だが、帰ってきた返答は冷静なものだった。
つまり、プリブノーボックスの実験水槽に満たされていた大量の水が、何らかの影響により圧力が急激に高まり管制室にまで侵入、そこを放棄せざるをえなかったということだった。
現在は発令所に急行中だという。
現場から離れているという指摘もあろうが、この場合は正しい行動だ。
非力な人間が無線機一つで現場にいても何事も無し得ない。
人間とはすべてのシステムを有機的に使用することによって最強の哺乳類たりえているのだ。
「うむ・・・・わかった。善後策はこちらでも検討する・・・一刻も早くこちらにきたまえ」
ミサトは短く了承を伝えただけで無線を切った。
「なんてことだ・・・・青葉君」
「はい」
振りかえらず、キーボードを叩きつづけるシゲルが答える。
「サードと連絡はとれているのか?」
「いえ・・・どうやらシミュレーションプラグはイジェクトだけはしているようで・・・」
通常、エントリープラグは挿入される際に回転しながらネジを回すようにされる。
緊急時にはその手順をすべて飛ばす。
挿入機構の一部に僅かな量の そして、計算され尽くした量の 爆薬が仕掛けられ、プラグの射出において邪魔になるものを吹き飛ばしてしまうのだ。
そしてその爆発は反作用の力でプラグを僅かに押し出すようにも仕掛けられている。
ICBMが地下発射サイロからガスの力で浮かせられるのと基本的には同じ理屈だ。
この基本的な構造は、実機のエヴァであろうと、模擬体であろうと変わらない。
そして問題なのは、プラグ自体に通信機能が無いことだ。
エントリープラグにしろ、シミュレーションプラグにしろ、エヴァ本体 もしくは模擬体 と接続することによって各種機能が使用可能となる。
つまり、イジェクト状態にある今は通信どころか搭乗者をモニターすることすら出来ない。
だが、手段が何も無いわけではない。
「プリブノーボックスの監視カメラはどうだ?生きているのか?」
「生きています・・・・メインのモニターに出します」
シゲルの指一つで、空中投影式モニターが敵手に落ちた格好になったプリブノーボックスの内部を映し出す。
映るのは水と、その中を漂う破壊されたと思われるポリソームと爆砕された模擬体の腕部。
そして、三体並んだ模擬体。
真ん中の模擬体、その人間で言えば脊髄に当たるところからは棒状のものが飛び出ているのが見て取れる。
「なんてことだ・・・・」
冬月は意識せずに先ほどと同じ言葉を呟いていた。
そんな時、息を切らせたミサトとリツコが発令所に飛び込んできた。
「状況は!?」
叩き付けるようなミサトの問い。
冬月はただ黙ってモニターを指差した。
「シ、シンジ君!」ミサトが悲痛な声を上げる。
「!!」最悪を通り越したこの状況にリツコは言葉を飲む。
冬月が状況を手短に、だが的確に説明する。
「見ての通り、考えうる限り最悪だ」
的確にして簡潔。
たしかにそれしか言いようがあるまい。
「原因は?」
リツコが横を向いてマコトに尋ねる。
ミサトがキッとなってリツコを睨む。
彼女の考えていることはリツコにも手に取るようにわかる。
原因なんてどうでもいいでしょうが!この状況を打破することを考えなさいよ!
まったくもって人間らしい思考。
まったくもってミサトらしい。
リツコはミサトに体を向けて一つため息をつく。
「物事を片付けるにはそれが生起した元を考えることも重要なの。絶対に必要、とまでは言わないけど、それをするとしないとでは大違いよ」
あくまでも理詰め。
これもまたリツコらしい。
ミサトはちょっとの間キョトンとすると、何か恥じ入るような表情になる。
「ゴメン」
「いいのよ。私だって立場が逆ならミサトと同じ事を考えてたでしょうしね」
そこで頭をマコトの方に向ける。
「で、原因は?」
「は、はい・・・エントリープラグの5ヶ所のロック機構を吹き飛ばす筈の爆薬が2ヶ所しか作動していません」
「なるほどね・・・3ヶ所も抵抗があったんじゃあ・・・」
エヴァには様々なフェイルセイフが働いている。
もっとも重要かつもっとも脆弱な操縦者を守る機能も例外ではない。
プラグを挿入状態で固定するラッチは5ヶ所。
非常の際はそれを爆薬で吹き飛ばすことは既に述べたが、その爆薬が何らかの要因で発火しなかった場合に備えてプラグのジェット噴射はかなり強力なものが積まれている。
ジェットの力でラッチを強引にねじ切る為に。
ただし、それが可能なのは設計数値によると2ヶ所まで。
それで十分だと考えられたのだ。
予測の一部は確かにその通りだった。
3ヶ所のうち2ヶ所のラッチをあっという間に破断させたジェットは3ヶ所目も時間がかかったがそれを見事に切り裂いた。
最後のラッチが破壊されるのと同時に液体燃料が底を尽きたのが計算外だった。
結果、プラグは惰性で持ちあがりはしたが、そこで水の圧力に負けて停止した。
この部分を設計した技術者、それにマギですらこのフェイルセイフを打ち破り緊急射出が効かなくなる故障が起きる確率は、初号機の起動確率よりも低いと判断したのだ。
だが、小数点以下にいくらゼロを並べてみても、目の前の状況は変えられない。
「通信はどうなの?」
シゲルのコンソールに近づいたミサトが尋ねる。
それにはシゲルに替わってモニターを睨みつけたままの冬月が答えた。
「無理だ。プラグは中途半端なところで停止している。模擬体経由の通信は使えない・・・・そして緊急用無線のアンテナは射出路にしか敷かれていない」
通信系統を設計したどこかの馬鹿は、1秒以下で通りすぎる筈のところにまで緊急用のアンテナを這わせることは無いと判断したらしい。
ミサトが唇をかみ締める。
「それにだ、仮に通信できる状況だとしても簡単に出来るとは思わんがな」
そう言って冬月はモニターを示す。
むろんミサトもそこから視線を離していない。
冬月が言わんとしていることもわかる。
水中に鈍く光る蛍火。
その蛍火は水の対流によるのか、ゆっくりと動いている。
これが蛍火でないことはここにいる誰もがわかっている。
今までとはまったく形態の異なる使徒。
つまるところ、NERVは喉元にナイフを突き付けられたのだ。
そのナイフは実にゆっくりと、だが着実に頚動脈を切り裂こうとする。
出し抜けに警報の騒音が周囲を満たし、皆をギョッとさせる。
「どうしたの!?」
ミサトが語気も鋭く尋ねる。
それにはシゲルが答えた。
「サブコンピューターがハッキングを受けています!侵入者不明!!」
「こんな時にぃ!?・・・クソッ・・・Cモードで対応!」
マコトが毒づきながらキーボードを叩く。
「防壁を解凍します・・・擬似エントリー展開」
シゲルはとりあえず落ち着いている。
が、焦りはやはり隠せない。
並のハッカーならば彼らの出番は無い。
マギがハッキングを受けたと認識すると、自動防御を行ないその上で反撃を行なう。
人間の手が必要になるというのはよほどの事態なのだ。
そしてそれが今現実に起こっている。
《擬似エントリー、回避されました》
スピーカーからは冷徹な現実がさらに重みを増したことを告げる声が聞こえる。
「逆探まで18秒!」
擬似エントリーの展開と逆探知を同時にこなすのだからシゲルもなかなか優秀である。
とはいえ優秀でない人間がこの場にいられるわけは無いのだが。
「こりゃ人間技じゃないぞ・・・・」
おもわずそんなセリフまで出てくる。
自分たちもオペレーターとしては無能ではないことを知っているだけに、それをさらに上回る反応を示す侵入者には畏怖の念さえ湧いてくる。
そして18秒が経過、シゲルが悲鳴にも聞こえる叫びを上げた。
「逆探に成功・・・この施設内です!」
彼の顔には見たくない物を見てしまった人間の表情が浮かんでいた。
「B棟の地下・・・・くそ!プリブノーボックスです!!」
その声に、全員の視線がプリブノーボックスの内部を映し出しているモニターに釘付けになる。
先ほどと比べ、ちょっとした変化が見て取れる。
「光学模様が変化しています!」
「光っているラインは電子回路だ!こりゃコンピューターそのものだ!!」
マコトとシゲルが要約する。
「擬似エントリー展開!・・・妨害されました!!」
ミサトが素早く口を挟む。
「メインケーブルを切断!」
返ってきた答えは予想どおりと言うべきか。
《ダメです!命令を受け付けません!》
「レーザー、撃ちこんで!」
「A・Tフィールド展開!効果ありません!」
マヤの声も心なしか悲痛なものに聞こえる。
顔を大きく歪めるミサト。
そして、事態はさらに悪化する。
「保安部のメインバンクにアクセスしています。パスワードを走査中・・・・12桁・・・16桁・・・Dワードクリア!」
「保安部のメインバンクに侵入されました!!」
ネルフには各部署に大型のコンピューターが備えられ、所掌事務を統括すると共にマギにも接続されて円滑な業務体系を整えている。
そして、保安部のそれにはネルフのセキュリティに関するあらゆる情報が詰まっている。
「!!」
冬月の顔色が変わる。
彼だけがこのあとの事態を予想できた。
「メインバンクを読んでいます!解除できません!!」
オペレーター達の声音が段々とヒステリックものになっていく。
「メインバスを探っています・・・・このコードは・・・・やばい!」
シゲルはいくつかの検索を行ない、使徒の目的を的確に把握すると顔色を青を通り越して真っ白にする。
そして振り返りざま叫ぶ。
「”マギ”に侵入するつもりです!!」
「I/Oシステムをダウンしろ!」
ゲンドウがすかさず指示を飛ばす。
実際の話として、この男が直接何かを指示するのは非常に稀なことなのだが、こんな時にそんな事を言ってはいられない。
それを聞いたシゲルとマコトは各々の足元にある鍵穴にキーを突っ込む。
それぞれは一人の人間では絶対に手が届かない距離に設置されている。
このキーをひねればマギは事実上休止状態になるのだから、この措置も当然と言える。
「カウント、どうぞ!」
シゲルがうながす。
「3.2.1」
カウントダウンをマコトが行なう。
そして、2本のキーはほぼ同時に回される。
だが、発令所は何事もなかったかのように時を刻む。
驚愕の表情と共に顔を見合わせる二人。
シゲルはコンソールを叩き、マコトは振り返って叫ぶ。
「電源が切れません!」
「使徒、さらに侵入!・・・・メルキオールに接触しました!・・・ダメです、使徒に乗っ取られます!!」
予想されていたとはいえ、やはり幾重にも張り巡らされた防壁を突破されてここまで辿り着かれたということは驚愕以上のものだ。
「メルキオール、使徒にリプログラムされました!」
その報告と共に警告音がうるさくがなりたてる。
苦虫を噛み潰したような表情のミサトとリツコ。
使徒はそんな彼女達に現実の厳しさを教えようとするかのように、さらに輪を推し進める。
《人工知能、メルキオールより自律自爆が提訴されました・・・・否決。否決・・・・》
マギの基本構成は3基のコンピューターによる合議制。
1基が案を俎上に上げても他の2基のうち、1基が賛成に回らなければ案は成立しない。
もちろん、ここに侵入した時にマギの構成を把握した使徒もそれを知っている。
「こ、今度はメルキオールがバルタザールをハッキングしています!」
力ずくで賛成に投票させようという魂胆なのだろう。
「くそっ!早い!!」
マコトがキーボードを叩きまくりながら毒づく。
実際、その計算速度は人間ばなれしていた。
人間でないのはわかっているが。
ここで無駄話をすることを許してもらいたい。
マギについてだ。
S.C.”MAGI”System。
これは前述したように3基のスパコンを有機的に使用して、従来のコンピューターに無い”ゆらぎ”を実現している。
この”ゆらぎ”を90年代に流行った”ファジー理論”と混同してはならない。
言うなれば”ファジー”とはコンピューターが意図的に作り出すものだったが、”ゆらぎ”は違う。
3基のスパコンそれぞれにまったく性質の異なるプログラムを組みこみ、性質の違う同士を戦わせることによって生じさせるもの。
言うなれば
「人間の思考に”比較的”近い機械」
なのだ。
”比較的”というには訳がある。
2014年現在のこんにちでも、人間の思考能力を模倣させる”機械”は実現していない。
現段階でそれに最も近いのがマギなのだ。
そして、マギはこれだけの存在ではない。
基礎理論の構築とマギ初号機とでも言うべき”マザー”マギ、ネルフ本部に設置されたマギの製作にあたったのは赤木ナオコ博士。
リツコの母親である。
彼女が基礎理論を学会に発表もせずにマギを作り上げた時はえらい騒ぎだった。
この基礎理論を作り上げたのは本当は私だという人間が雨後の筍のごとく現れたからだった。
どのような職種においても、本当に優秀な者は全体の1割に過ぎない。
あとの9割?
バカと世間知らずが徒党を組んでいるだけだ。
ナオコはそれらに対して一切の反論を行なわなかった。
確かに、彼女がやったことは数々のエッセンスを鍋の中で煮込むことだったからだ。
ただ、世の中の人間はそれがいかに難しいことかを理解しようとはしない。
それに実物を作り上げたものの勝ちだ、ということをも知っていたからだ。
そしてそれは正解だった。
徐々にその手の下卑た声は下火になり、彼女がこの分野における第一人者という評判が定着したのだ。
それゆえに、その早過ぎる死も惜しまれた。
だが、彼女はマギを遺した。
自らの全てを賭けた一大システムを。
そしてマギは設計当初よりもさらに強化されている。
マギ自体のバージョンアップはもちろんだが、同タイプのシステムが日本にもう1基、アメリカ・ドイツ・イギリス・ロシア・中国にそれぞれ1基づつ、マギ量産型とでもいうべきものが作られた。
親は無くとも子は育つ。
種子を植えれば芽は出る。
そんなところだろうか?
「仕方ないわね」
リツコが多少の落胆と共に判断する。
「ロジックモードを変更!シンクロコードを15秒単位にして!」
「「了解!!」」
威勢の良い男の声がふたつ、重なる。
そしていくつかの操作を経て、ディスプレイに映されていた赤い侵攻のスピードが弱まる。
「ふう・・・・どのくらいもちそうだ?」
「今までのスピードから見て、2時間くらいは・・・・」
「マギが敵に回るとはな」
ゲンドウの呟きは現実を凝縮した、重く苦しい認識だった。
そしてその重苦しいセリフに叩きのめされていたのは、もちろんリツコだった。
ただ、彼らはこの瞬間だけは忘れていた。
今だサードチルドレンは模擬体に閉じ込められている。
マイクロマシン
「これを使徒と定義するのも難しいと思うのですが、形態として彼らはMMに似通っています」
主要なメンバーが発令所の片隅にある水平テーブル型モニターの周囲に集まり、その中でリツコが口火を開く。
「ウィルスサイズの使徒か」
目は水平モニターに据えたまま、冬月が答える。
「はい。目に見えない敵・・・考えてみればこれほど戦いにくい敵もいません」
「取っ組み合うわけにもいかんからな」
できの悪い冗談だったが、皆釣られるようにして笑った。
いや、一人だけ笑っていない人間がいる。
「で?」
短く呟くミサト。
皆が彼女を見る。
「シンジ君の救出プランは?」
リツコはそれを聞き、”来るべきものが来たか”といった表情になる。
「ないわ」
毅然と、ミサト以外の誰にも反論を許さぬ口調で言い放った。
「喧嘩売ってんの?」
多分、今のミサトなら人間を睨み殺すことができそうだ。
「事実よ」
「クッ!」
激情に身を委ねたくなるミサトだったが、理性を総動員して堪えた。
「現実問題として、私達にはシンジ君が実際に危機的な状況に陥ってるとは判断できないの。かえってあそこにいたほうが安全かもしれない」
「・・・・本気で言ってるわけ?」
「・・・・アナタはどうしたいの?」
唐突にリツコが尋ね返した。
「は?・・・・決まってるでしょう。シンジ君をあそこから助け出して・・・」
「そして貴重な時間を浪費して最終的にはみんなあの世行き?・・・・楽しくなる未来図ね!」
「・・・・」
ミサトにもわかっている。
リツコがわざと乱暴に物事を纏めているのが。
そしてそれを彼女が好きで言っていることでないことも。
「葛城君」
それまで二人のやりとりを黙って聞いていた冬月が口を開いた。
「はい」
「この本部に一体何人の人間が詰めていると思う?」
一番苦しいところだった。
ミサトにも道理はわかっている。
わかっているが黙ってはいられなかったのだ。
「・・・・約1000人です」
「1345人だよ。D級勤務者まで含めれば5000人を軽く超える」
「・・・・」
「最低でも1345人。君はそれだけの命をシンジ君一人の命と引き換えにすると言うのかね?」
「・・・・」
「どうなんだ!」
冬月が厳しく、語気を荒げながら問う。
「・・・・・・・・」
ミサトは握り締めた拳を震わせながら俯く。
「つまりはそういうことだ」
語気を和らげ、怒鳴りなどしなかったかのように冬月は諭した。
「無論、シンジ君のことをなにも考えていないわけではない・・・だが、猶予が120分を切っている現状では赤木君以下技術部の総力は対使徒に使いたい」
道理で考えればその通りだ。
14歳の子供一人の生命と、4桁に及ぶ人命。
ネルフの人間から見れば、これは選択肢にすらならない問題だろう。
しかし、彼らは気付いていただろうか?
閉じ込められている少年。
彼が黙って閉じ込められるがままになるような人間ではないことに。
そう。
碇シンジは、自分や自分が守ると定めたものに対して危害を加えようとする者には、必ずや痛烈で容赦の無い反撃を試みるのだ。
あ・と・が・き
みなさまこんにちわです。
P−31です。
第13話Bパートをお届けします。
色々すったもんだがありましたが、更新再開です。
・・・とはいえ、TV本編のなぞりだな。完璧に。
Cパートからはちょいとヒネリが加えられると思います。
お待ちあれ。
さて、私のわがままで久しく更新できなかったことをお待ち頂いた皆さんにお詫びします。
こんなひねくれた大馬鹿野郎を黙って放っておいてくれた大家さんにも感謝しております。
では、早いうちにCパートでお会いしませう。