チョークを黒板に叩き付ける音が小気味よく教室に響く。
教室の生徒は(シンジを除いて)皆呆然としている。
教室に入ってきた少女はさらさらと英文を黒板に書く。
自分の名前のようだ。
そして書き終えるとくるりと振り返る。
そして、ある男子生徒にウィンクをひとつかます(これが後々騒動の種になる)。
「惣流・アスカ・ラングレーです・・・・よろしく!」
14歳という年齢は面白い。
子供から大人への中間地点であるのに、
「自分はもう子供ではない」とマセる頃でもある。
そしてこの頃になると異性への興味も出てくるようになる。
「おい、見たかよ?」
「見た見た!」
「何を?」
この年頃の男の子にとってカワイイ、そしてキレイな異性・・・・つまり女の子は憧憬の対象にすらなる。
「知らねーのか?あの外人」
「ガイジン?」
「2年A組に転校してきたんだよ、先週!」
そんな娘が身近にいれば尚更である。
「グーだよなあ」
「惣流・アスカ・ラングレーっていうんだってサ」
「マジにかわいーじゃん!」
「帰国子女だろ?・・・・やっぱススンでんのかな?」
まあ年頃ゆえ、こんな下世話な会話をしてしまうのも仕方が無い。
「バカいえ・・・・きっとドイツでつら〜い別れがあったんだ・・・・見知らぬ土地で心を癒せずにいるんだよ」
「「おぉー・・・」」
やはり年頃ゆえ、日々の生活にドラマチックなものを求めてしまうのも仕方が無い(これは年齢を問わないかもしれないが)。
そんな彼らの賛美(?)の対象となっている少女は、というと・・・・
「ふん!」
鼻を鳴らすと、下駄箱からあふれ出て来たラブレターをぐしゃぐしゃに踏み潰していた。
少年達がその思いを綴った・・・・かどうかは知らないが、二ケタを越えるラブレターは開封されることもなく哀れごみ箱へ・・・・
「あーあぁ・・・・猫も杓子もアスカ、アスカかぁ・・・・」
校舎の屋上で臨時の写真屋を営んでいるケンスケがぼやく。
「みな平和なもんや・・・・毎度ありー」
それを強引に手伝わされているトウジが、客をさばきながら相づちを打つ。
そしてさらに写真のネガを太陽に透かしながら。
「写真にあの性格は写らへんからなあ・・・・」
「ぐーてん、もるげーん!」
かばんを担いで歩くシンジに後ろから元気の良い声がかかる。
シンジはゆっくりと振り返って微笑む。
「おはよ、アスカ」
「ったく、ドイツ語の挨拶くらい覚えときなさいよ」
とは言うものの、機嫌は悪くない様だ。
鼻歌を歌いながらシンジの横につく。
「ドイツ語なんてわからないよ。普段遣う言葉じゃないしね」
「ふん、まあいいわ・・・・で?いるんでしょ、ここにもう一人」
「もう一人?・・・・ああ、綾波の事?」
「そ、ファーストチルドレンよ」
「あそこだよ」
シンジはそう言って花壇の側のベンチを示す。
そこではレイが静かに本を読んでいた。
アスカはレイを認めると、つかつかと歩いてレイの隣に腰掛ける。
レイはちらりとアスカを見る。
「ヘロゥ・・・・あなたがアヤナミ・レイね・・・・プロトタイプのパイロット」
アスカはレイを覗き込むようにする。
「アタシ、アスカ。惣流・アスカ・ラングレー・・・・エヴァ弐号機パイロット。仲良くやりましょ」
レイはアスカの後ろにいるシンジと視線を合わせる。
シンジはゆっくりとうなずく。
するとレイはアスカに向き直る。
「・・・・エヴァ零号機パイロット、綾波レイ・・・・よろしく・・・・」
レイを良く知るもの(と言ってもあまりいないが)、特にネルフの人間がこの光景を見たら仰天するだろう。
「んー・・・・ちょっとクラそうな感じだけど・・・・ま、いいでしょ・・・・色々教えてあげるわ」
笑いながらアスカは言う。
そしてシンジが二人に優しく、包み込むように、
「二人とも、そろそろ授業が始まるよ」
それに答えてアスカとレイは二人揃ってシンジに微笑み返す。
それを見ていた他の生徒からは、
シンジに対しては男子生徒からのいわれなき憎悪(ヘタをすると殺意がこもっているかも)の視線。
アスカとレイには女子生徒からの嫉妬(?)のこもったガンが飛ばされていた。
「えー雰囲気やのー・・・・」トウジが離れたところからつぶやく。
「なんでアイツばっかり・・・・」怨嗟の声を上げるケンスケ。
部屋の中には軽やかなキータッチの音が響いていた。
リツコが端末の前で黙々と仕事をこなしている。
そのリツコの両脇からニュッと腕が伸びてきて彼女の体を抱き締める。
びっくりするリツコ。
「少し痩せたかな?」
「そう?」
男の声が背後から聞こえてくるとリツコも情の入った声を出す。
「悲しい恋をしているからだ」
「・・・・どうして、そんなことがわかるの?」
「それはね・・・・」
手がリツコの顔を自分の方に向けさせると、そこには加持の顔があった。
「涙の通り道にホクロのある人は一生泣きつづける運命にあるからだよ」
「これから口説くつもり?・・・・」今にもキスしそうな雰囲気なのだが・・・
「でもダメよ」今までの感情的な声から一変していつもの事務的な声音になる。
「コワーイお姉さん見てるわ」
リツコが視線を投げると、そこにはガラスにへばりついたミサトが今にも血管をブチ切れさせそうにしている。
それを見て抱き締めていた腕を緩める加持。
ミサトもガラスの前を離れる。
「お久しぶり、加地君」
「や、しばらく」
ついさっきまでラブシーンまがいのことをやっていたとは思えない二人。
加持の軽さはいつものことだが。
「しかし加地君も意外と迂闊ね」
すると、ドアが圧搾空気の音と共に開き、ミサトが大股で入ってくる。
「こいつのバカは相変わらずなのよ!・・・・アンタ、弐号機の引き渡し済んだんならサッサと帰りなさいよ!」
「今朝、出向の辞令が出てね・・・ここに居続けだよ。また三人でつるめるな」
加持はリツコと視線を合わせる。
「昔みたいに」
プルプルと、怒りで肩を震わせるミサト。
「だ、誰がアンタなんかと・・・・」
ミサトは最後まで言い終える事ができなかった。
壁面に設置された大型モニターが一斉にエマージェンシーを映し出し、まわり中から不快な警報音が鳴り響く。
「敵襲!?」
《警戒中の巡洋艦『はるな』より入電・・・・「我、紀伊半島沖ニテ巨大ナ潜航物体ヲ発見。でーたヲ送ル」》
いきなりの敵襲にてんやわんやの発令所。
「受信データを照合・・・・・・・・波長、パターン青!使徒と確認!!」
マコトが最終的な確認をする。
それを受けて冬月が叫ぶ。
「総員、第一種戦闘配置!!」
「先の戦闘において第三新東京市の迎撃システムは大きなダメージを受け、現在までの復旧率は26%・・・・実戦における稼働率はゼロと言ってもいいわ・・・・したがって今回は上陸直前の目標を水際でイッキに叩く!」
珍しく多弁なミサト。
戦闘指揮は発令所からでも出来るが、戦場に近い方が指揮もやりやすい。
そんなわけでミサトは前線指揮車(トレーラーのコンテナ部分に指揮装置一式を積み込んだもの)に乗り込んでいた。
「初号機並びに弐号機は交互に目標に対し波状攻撃・・・・接近戦でいくわよ」
「あーあ・・・・日本でのデビュー戦だっていうのに、どーしてアタシ一人に任せてくれないの?」
アスカがぶつくさ言うと、かたわらにウィンドウが開く。シンジだ。
「アスカ・・・・敵に対してより多くの兵力量をぶつけるのは戦術の基本だよ」
優しく諭す。
「・・・・・ん・・・・ごめん・・・・」
それを見てビックリするミサト。
『あらまあ・・・・あの小生意気なアスカが素直になっちゃって・・・・ドイツでなんかあったのかしら?』
アスカも考え込んでいた。
『どーも、アイツに言われると素直にうなずいちゃうのよねえ・・・・』
そしてそれを認識している自分も、悪い気がしない。
『ホーント、あいつのメールを見た時みたいな感じ・・・・・』
そこまで考えてアスカは一つ気がつく。
『・・・・・・・・碇シンジ・・・・・・・・・・・・シンジ?・・・・・・・・・・shinji?・・・・・・・・ってまさか!?』
アスカの中でイメージが一致しつつある。
《降下30秒前》
プラグ内に機械音声のアナウンスが流れる。
今回は初号機、弐号機共に輸送機から直接降下して使徒の進行方向前面に着地する予定だ。
「考えるのは後回しね」
《降下10秒前・・・・9・・・・8・・・・7・・・・6・・・・5・・・・4・・・・3・・・・2・・・・》
《エヴァ弐号機、降下》
真紅の弐号機と、深紫の初号機が空を舞う。
そして轟音を響かせ砂浜に着地。
エヴァの両足が砂地に食い込む。
「ミサトさん・・・・零号機は出せなかったんですか?」着地が終わった初号機からシンジが問い掛ける。
《うん・・・・先の戦闘の損傷は回復したんだけど・・・・内部の調整に手間取っててね・・・・》
「そうですか・・・・本当なら3機がかりでいきたいとこですけど・・・・仕方ありませんね」
そんな会話をしている間に、両機にはアンビリカル・ケーブルが差し込まれる。
そして弐号機にはソニック・グレイブが装備される。
初号機には・・・・
「シンジ君・・・・コレ、使ってみる?」
ミサトの横からリツコが話しかける。
その声と共に初号機の前にトレーラーが現れる。
その荷台には、日本刀をそのままエヴァサイズにしたものが載せられていた。
「リツコさん・・・・これは?」
「アクティブ・ソード・・・・見てのとおり、カタナよ」
「完成したんですか!」
「ええ・・・・開発は難航したけど、なんとかね」
「ありがたく使わせてもらいます」
そう言うとシンジは初号機を操って、トレーラーから鈍く光る曲刀を取り上げる。
《あー!アタシもそっちのがいいー!》アスカが駄々をこねる。
「ごめんなさい・・・・今はこれ1本しかないのよ・・・・しかもコレはシンジ君と初号機にチューニングしてあるのよ」
《ブー!》
「文句言わなくても今、アスカ専用の物を大急ぎで作らせてるわ・・・・だから今はそれで我慢してちょうだい」
《しょーがないわね・・・・》
槍とも薙刀とも言いかねる得物を抱えた弐号機。
そしてシンジの鋭い目は、わずかに海面が盛りあがったのを見逃さなかった。
「来た!!」
そう言った瞬間に、盛り上がった海面は巨大な水柱に変化する。
中には使徒の姿が・・・・・・
「アタシから行くわ!援護お願いね!」アスカはそう言って弐号機を走り出させようとするが・・・・・
「待った!!」横から伸びてきた初号機の腕に抑えられてしまった。
「シンジ!?何すんのよ!」
「アスカ、ちょっとだけ待って!・・・・ミサトさん、聞いてますか?」
シンジは後方にいるはずの指揮車への通信回線を開く。
「ええ、聞いてるわ・・・・感度良好よ」
「変だと思いませんか?」シンジは自らの疑念を口にする。
「変って・・・・なにが?」
「なにもアクションを起こさない使徒なんて、今までいましたか?」
「あ!」
シンジの言葉通り、海中から現れた使徒は動きを見せていない。
ネルフ本部へ近づくでもない。エヴァに攻撃をかけるでもない。
ただ立ち尽くしているだけだ。
だからといって、このまま放っておくワケにもいかない。
「シンジ君、それでもこちらから仕掛けないと埒があかないわ・・・・敵の出方を探って。慎重にね」
「・・・・わかりました」いささかの不満は残ったが、ミサトの言う事もその通りだ。
「じゃあ準備はいい?」
「オッケーよ!」「いつでもどうぞ」
「よろしい・・・・じゃあ、攻撃開始!」
ミサトの声と共に弐号機が駆ける。
「シンジ!さっき止めたんだから今度は邪魔しないでよ!」
軽口を叩くアスカ。でも、目は使徒を睨んでいる。
「初号機、バックアップ」
シンジは初号機を滑らかに操って弐号機の後ろにつける。
アクティブ・ソードは小脇に抱えている。
そして弐号機は砂浜で助走をつけると、全身のバネをフル活用して飛び上がり、先日の戦闘の際見せた”駆逐艦八双飛び”のごとく跳ね回る。
今回駆逐艦の替わりになったのは、完全水没を免れていた水際のビル群である。
最後のビルを蹴って跳び、着地と同時に使徒めがけてソニック・グレイブを振り下ろす。
シンジはその一つ前のビルに着地して戦況を見守る。
弐号機の渾身の力を込めた一撃は、いとも簡単に使徒を両断する。
「お見事」こんなにあっさり片付くとは・・・・という感慨を込めた言葉。
それは指揮車に乗り込んでいた面々も同じ気持ちだった。
「どう?シンジ・・・・戦いは常にムダなく美しく、よ!・・・・アタシみたいにね!」
ぶった切った使徒を背に決めポーズを作る弐号機。
なかなかサマになっている。
”格好良かったよ”シンジがそう言おうとした時、なますに切られたはずの使徒が蠢いているのが目に飛び込んできた。
「アスカ!」叫ぶと同時に初号機を跳躍させる。
「え!?」振り向いたアスカが見たものは、二つに切られた使徒がそれぞれ別の個体になって動き出すところだった。
そして二体になった使徒は弐号機に襲い掛かろうとする。
「チッ!」
二対一では分が悪い・・・・そんな事を考えていると、紫の風が弐号機をかすめて使徒を吹き飛ばす。
「アスカ!そっちの奴をお願い!」
初号機は一体の使徒を放り投げると、そちらにかかりきりになる。
アスカはなぜか嬉しかった。
シンジに守られる。
(なぜだかわからないが)決して不快な事ではない。
だが、頼られている・・・・必要な存在ということもまたアスカに自信とやる気を起こさせる。
ただ、シンジ以外の人間に頼られて、このような反応をするかどうかは疑問だが。
「OK!任せといて!」
シンジは自ら放り投げた使徒をアクティブ・ソードで切り刻む・・・・が、
「な、なんだコイツ!?」
切る端から傷が復元されてしまうのだ。
アスカの方も状況は同じだった。
「シンジ君、アスカ!コアを狙って!!」
ミサトの指示が飛ぶ。
シンジは剣道の突きの姿勢で切っ先をコアに向ける。
アスカはなんとも直接的に体ごとコアを両断する。
・・・・だが・・・・
シンジの方も、アスカの方もまったく効かない。
コアも瞬時に復元される。
「ミサトぉ!どーなってんのよ!!・・・・・・・・・・・・・きゃあ!」
「アスカ!」
弐号機は使徒に抱え上げられ、投げ飛ばされる。
が、初号機がそれを見事にキャッチする。
「アスカ!この場はいったん退くよ」
「!?・・冗談でしょ?」
「このまま戦っても勝ち目が無いよ・・・・作戦を練り直して出直しだよ」
初号機が弐号機を抱えたままジリジリとさがっていく。
「ミサトさん、アイツの足止めをお願いします!」
と言われても、ネルフに機動的運用が可能な戦力は少ない。
せいぜいVTOL機中隊と、本部警備用の戦車大隊と機動歩兵大隊がそれぞれ一つだけ。
まあ、本部を警備するという面から眺めれば過大な編成であるが(なにせ二つあわせれば混成とはいえ連隊規模の部隊が出来上がる)。
ミサトは、
「わかったわ・・・・シンジ君とアスカはそのまま退いてちょうだい」
なにか成算があるようだ。
「了解」「ミサト!頼むわよ!」
二機のエヴァが後退を開始しても使徒は追うそぶりすら見せない。
「・・・・ったく、なに考えてんだか・・・・あの腐れ使徒は・・・・まあいいわ。青葉君」
「ハイ」
「この回線、第二東京の防衛庁に繋いでちょうだい」
「まあ、話はわかったが・・・・いいのか?俺らなんかに任せて?」
防衛庁の庁舎でホットラインを受けたユウジは一通り話を聞くとつぶやいた。
《はい・・・・自衛隊にお願いするしかありません。国連軍に頭を下げるのは癪に触りますし》
受話器からはノイズと共にミサトの声が聞こえる。
「ふむ・・・・こっちの方も戦自に任せるのは気に入らんさ」
《それではよろしくお願いします》
「ああ・・・・任せておけ、と言えればいいんだが保証は出来ん」
《ご冗談を・・・・信頼していますよ》
ミサトが柔らかくいうと、ユウジは頭をポリポリと掻く。
「ま、なんとかやってみるさ・・・・足止めくらいはできないとな」
《こちらの方は大急ぎで対策を練ります》
「そっちは任せるよ」
《では・・・・》
そして通信は切れる。
ユウジはしばらくボーッとしていたが、再び受話器を取り上げる。
「こちら統幕議長付の野分だが・・・・”JSS−01”に繋いでくれ」
《了解しました》交換手が答える。
いくばくかの沈黙ののち、また交換手が出る。
《先方が出ました。どうぞ》
交換手の声が途切れる。
そして違う声が聞こえてきたが、若そうな女性の声だ。
《一佐ですか?》
「おう、野分だ」
ユウジと彼女の会話は若干のズレがある。
おそらく通信衛星を介しているのか、それとも・・・・
《どうしたんです?・・・週間報告は送ったはずですが?》
「ああ、報告は読ませてもらったよ・・・・それよりも・・・・緊急事態だ」
ユウジが低い声で言うと受話器の向こうにいる人物も緊張した声を出す。
《何があったんですか?》
「察しはつくだろう?」
《使徒・・・・ですか・・・・》
「大当たりだ」
それを聞いて電話の向こうの女性はごくりとつばを飲み込む。
《・・・・・・まさか”アレ”を使う気じゃあないでしょうね?》
「まだムリか?」
《無茶言わないでください!・・・・こっちはN2炉の据え付けがやっと終わったところなんですよ!?》
受話器から悲鳴が聞こえるようだ。
「試射も無理か?」
《無理なものは無理です!・・・・二週に1回上げられるリフターじゃ運べる資材も限られてるんですよ?》
「・・・・・・・・わかった・・・・今回は何も言わん・・・・それで完成予定は?」
《そうですね・・・・突貫工事をしても二月半というところでしょうか?》
「遅すぎる。そんなにかかったんではキミをそっちに送り込んだ意味が無い」
《そう言われるだろうと思って、工期短縮スケジュールを策定済みです・・・・1ヶ月の短縮、つまり1ヶ月半での完成を予定しています》
「・・・・ったく・・・・キミはどうしていつもそうなんだ?」
ユウジは苦笑いを浮かべる。
《あら、一佐の性格は存じてますから・・・・これを機会にハッパを掛けようと思ったんでしょう?》
「かなわんな・・・・俺はそんなにへそ曲がりかい?」
《違うとは言わせませんわよ?》
「本日午前11時をもってネルフは作戦遂行を断念。指揮権を日本政府・防衛庁に委ねました」
ブリーフィングルームに集まった面々の耳にマヤの声が響く。
一番前にはシンジとアスカが並んで座っている。
スクリーンには後退するエヴァ両機が映し出されている。
「統合幕僚会議は航空自衛隊に可動全機を用いた全力攻撃を指示」
スクリーンが切り替わり、空を埋める航空機の群れが現れる。
「空自はまず通常弾頭の誘導弾、爆弾500発の波状攻撃で使徒を陸岸から押し戻し」
またスクリーンが替わり、無数の火球を食らいながら海へ押される使徒が映る。
「陸岸から5000メートル離れたところでN2爆雷3発を使用」
「ふむ・・・・被害極限か・・・・」ぼそりと冬月がつぶやく。
「被害極限?」なんだそりゃ、というようにアスカがたずねる。
「だた足止めするだけなら、最初からN2爆雷を使えば済む・・・・なぜ500発もの通常弾頭を使ったと思うかね?」
「それは・・・・」考えるが首をひねるアスカ。
「住民が避難したとはいえ、あそこには家もあれば財産もある・・・・自衛隊にとって”守るべきもの”がな」
「あ、そーか・・・・」
「おそらく国連軍がやっていたらハナからN2爆雷を・・・・しかもダース単位で放り込んだだろうな」
「ふーん・・・・」
「伊吹君、使徒の最低限の足止めに必要と計算されたN2爆雷の数は?」
「はい・・・・3発です」
「ってコトは・・・・」
「そう・・・・自衛隊は彼らなりのやり方で義務を果たしたのだよ・・・・最低限の破壊力でな」
話が済んだのを見計らったのか、マヤが続ける。
「構成物質の28%を焼却する事に成功」
「やったの?」喜色を見せるアスカ。
「足止めだよ・・・・N2爆雷だけじゃ、トドメは刺せないよ」シンジが冷静に分析する。
「ま、今何よりも欲しい”時間”を自衛隊は稼ぎ出してくれましたね」
加持が飄々とシメる。
「作戦課と技術課は共同して対策案を作ってくれ・・・・早急に、だ」
「了解しました」代表してリツコが答える。
冬月は最後にシンジに向き直る。
「シンジ君、君の判断はベストとはいかなくてもベターなものだ・・・・これからも冷静さを失わないように」
それだけ言うと冬月は退出する。
シンジが誉められて、気分が良いアスカ。
そこで気がつく。
『なんでシンジが誉められてアタシがいい気分になるのよ!?』
さきほどエントリープラグで考えていた事をすっかり忘れている。
「加持さん、ミサトさんは?」シンジがまわりを見渡して自分の保護者がいないことに気がつく。
「後片付け・・・・責任者は責任を取るためにいるからな」
その頃ミサトは自分のデスクに突っ伏していた。
・・・・いや、突っ伏していた、というのは正しくない。
ミサトのデスクには紙片が山と積まれて、突っ伏すスペースなどどこにもないからだ。
うずたかく積まれたそれを見て青筋を立てるミサト。
「関係各省からの抗議文・・・・それでこれがUNからの抗議文」
メールを差し出すリツコ。
「UNが?・・・・なんて言ってるのよ」
「”使徒への攻撃はネルフ以外には我々が担当すべきである。SDFよりも装備は優れ〜”後はだらだらと愚痴が続いてるわ」
「はん!・・・・いざとなったら怖じ気づく小心者が!」
なかなか手厳しい。
「自衛隊の手際があざやかだったんで、危機感を持ってるんじゃないの?」
「はあ・・・・そんなことはいいとしても・・・・対策と言われてもねぇ・・・・」
確かに、一朝一夕に思い付くならこんな苦労はしていない。
「あら、なんにも考えてないの?」いたずらっぽく笑うリツコ。
「そーゆーそっちはどうなのよ?・・・・それだけ言うんだからアイデアの一つくらい持ってきてくれたんでしょ?」
リツコはやや得意げに笑うとふところから一枚のディスクを取り出す。
「一つだけね」
それを見るとミサトは身を乗り出してリツコの手を握る。
「さっすが赤木リツコ博士!・・・・持つべきものは心優しき旧友ね」
そう言いつつ、ミサトはディスクを取ろうとするが、リツコにおあずけを食ってしまう。
「残念ながら、旧友のピンチを救うのは私じゃないわ・・・・・・このアイデアは加地君よ」
ディスクに張られたラベルにはへたくそな字で『マイハニーへ』と書いてあった。
いかにも加持らしい。
ミサトはそれを一目見るなり、
「やっぱいらね」
「あら、クビになってもいいの?」
日付は変わって翌日。
シンジはとりあえず学校に行った。
何事も無い一日をすごして下校。
平和な一日なのだが、使徒を片付けていないこともあり、シンジの顔は険しくなりがちだ。
そして、うだるような暑さの中、家に辿り着く。
「ただいまー」
ミサトは本部に詰めっぱなしだから、返事を期待している訳ではない・・・・のだが・・・・
「おかえりー」
「?」靴を脱いだまま立ち尽くすシンジ。
「なーにボサッと突っ立ってんのよ・・・・」
奥からTシャツに短パンというラフな格好のアスカが出てくる。
「アスカ!?」
「なにもそんなに驚くこと無いでしょう」
よく見ると、室内には引越しかと見まがうほどのダンボール箱の山が築かれていた。
「どうなってるの?」これが彼の本音だろう。
「どうなってるのって・・・・今日からアタシもここに住むのよ」
「ええー!!!!」思いっきり驚くシンジ。
「・・・・そんなにイヤなの?アタシと住むのは」
ちょっと目を伏せがちにするアスカ。
ここらへんの仕草は天性のものである。
「あ、いや・・・・そうじゃなくて・・・・もうここには空いてる部屋がないんだよ」
アスカはそれを聞いてニヤリと笑う。
アスカは昨日、エントリープラグで考えたことを思い出していた。
アスカ本人は確信している。
シンジはshinjiだ、と・・・・・・
「それ、アタシも考えたんだけどねぇ・・・・ミサトの部屋を見たけど、とてもじゃないけどあんなトコに住めないわよ」
『まあ、それはそうだろうな・・・・』これもシンジの正直な気持ち。
そこで改めて気付く。
『ん?・・・・ってことは・・・・』
「残る部屋は一つしかないわよねえ」ニヤニヤが止まらないアスカ。
「ええー!?・・・・じゃあ僕にリビングで寝ろって言うの!?」
思わずガクッとくるアスカ。
『・・・ったく・・・どうしてここまで鈍いのかしらね』
「アタシはそれでもいいんだけどね・・・・それじゃアンタが可哀相だからこのままでいいわよ」
「は?」
「だーかーらー・・・・アンタとアタシでこの部屋を使うって言ってんのよ!」
シンジ放心。この間たっぷり5秒。
「ええええええええええ!!!!!!!!!」
「そ、そんなに驚くようなコト?」驚くようなコトである。
「だ、だめだよ!そんなの!」シンジが手をぶんぶん振る。
「ふーん・・・・じゃあアタシに出て行けっていうんだ・・・・」
「だからそうじゃなくて!」
「なんか楽しそうね」
玄関からラジカセを担いだミサトがひょこっと頭を覗かせている。
「「ミサト(さん)!」」
「さっそくうまくやってるじゃない」
「「何が(ですか)?」」
「今度の作戦準備」
「「どうして?」」
「今度の使徒の弱点はひとつ!」
夕食が終わってテーブルにつく三人。
「分離中のコアに対する二点同時の荷重攻撃、これしかないわ!」
自説(加持のアイディアが入っているが)を力説するミサト。
シンジは真剣な表情で、アスカは目をパチクリさせながら聞いている。
「つまり・・・・エヴァ二体のタイミングを完璧に合わせた攻撃よ」
シンジが口を開く。
「で、具体的に何をすればいいんです?」
「二人の間の完璧なユニゾン・・・・つまり協調を訓練してもらいます」
「ユニゾン?」
「そーゆーコト・・・・そ・こ・で、あなた達にはこれから一緒に暮らしてもらうわ」
「ええー!♪」「ええー!?」前者はアスカ。後者はシンジ。
ミサトの言葉を、アスカは自分の都合のいいように
『保護者公認!・・・・これで確かめられるわね』と考え、
シンジは
『はあ・・・・女の子と一緒の部屋で暮らすなんて・・・・でも、ミサトさんもああ言ってるし、使徒を倒すためにはしょうがないか・・・』
と考えていた。
ミサトとしては”この家で一緒に住むように”といった意味で言っただけで、一緒の部屋などひとことも言っていない。
「使徒の再生が終了するのは6日後の見込みよ。今度は使徒もここを目指してくると思うわ・・・・ま、訓練は明日からだから・・今日はゆっくり休みなさい」
二人がそんなことを考えているとは露にも思わない。
アスカはスクッと立ち上がる。
そしてシンジに向き直ると改めて挨拶する。
その中で、一ヶ所だけアクセントを強調した・・・・
「これからよろしく!シンジ!」
あ・と・が・き
みなさまこんにちわです。
P−31です。
第9話をお届けします。
さて・・・・アスカ様の性格、徐々に出てきましたね。
要するに・・・・「惚れっぽい」んです(笑)。
もっとも、シンジ限定の「惚れっぽい」ですが(爆)。
さて、これからも紆余曲折があると思いますが、温かい目で見守ってやってください。
では、Bパートでお会いしましょう。