彼女は不敵な笑いを浮かべ、顔だけを背後にある弐号機に向ける。
「・・・・ちゃーんす・・・・」
《各艦、艦隊距離に注意の上回避運動!》
『オーヴァー・ザ・レインボウ』のブリッジはパニック状態だった。
ソナー室から『近海に鯨らしきエコーがある』という報告を受けていたが、それが急に艦隊に向けて突進してあまつさえ攻撃を加えているのだ。
「状況報告はどうした!」
副官がマイクに向けて怒鳴る。
《「シンベリン」沈黙!・・・・「タイタス・アンドロニカス」目標を確認できません!!》
「くそ・・・・何が起こってるんだ?」
吐き捨てる艦長。
「ちわー、ネルフですがぁー・・・・見えない敵の情報と的確な対処はいかがっすかぁー?」
ブリッジに上がってきたミサト。
まるで八百屋である。
「戦闘中だ・・・・見学者の立ち入りは許可できない!」
艦長が双眼鏡を覗きながらいう。
「・・・・コレは私見ですが・・・・どー見ても使徒の攻撃ですねえ・・・・」
「全艦、任意に迎撃!!」
「・・・・無駄なことを・・・・」
ミサトの読み通りだった。
艦隊は対潜魚雷を雨あられと海中に放り込むが・・・・効果は見えない。
それどころか、魚雷が命中している最中にもフリゲートに突っ込んでそれを真っ二つにしてしまう。
「しかし・・・・なぜ使徒がここに?・・・・」
確かに、今までかたくなにネルフ本部を目指してきた使徒の行動パターンから外れている。
「・・・・まさか・・・・弐号機!?」
その頃アスカは大荷物を抱えてシンジを引っ張り回していた。
「ど、どこ行くの!?」
「着替えるのよ!・・・・あ、ここでいいや・・・・ちょっとここで待ってなさいよ!」
そう言うとアスカは階段に飛び込む。
「なんなのかな・・・・」
階段を一つ降りたところで着替えをはじめたアスカだが、見落としが一つあった。
なにかというと・・・・シンジの視線の先をたどればわかる。
そこには、ピカピカに磨きあげられて鏡のようになった金属の柱に映し出される着替え中のアスカの姿だった。
シンジも14歳の健康な男の子。
興味がないわけがない。
だが、アスカの下着姿を見ただけで、視線を外してしまう。
シンジの心の中に罪悪感のようなものが湧いてきたからだ。
そんな自分のセミヌードが見られていたとは全く考えていないアスカがようやく真紅のプラグスーツを着終わる。
左手首のスイッチを操作して内部の空気を抜く。
「アスカ・・・・行くわよ・・・・」
外では使徒への(効かない)攻撃が続けられていた。
アスロック
ASROCを持っていない艦艇は短魚雷を片っ端から放り込み、持っている艦艇は10qの射程を生かしてアウトレンジで攻撃をかける。
が、もちろん効果はない。
「なぜ沈まん!?・・・・ええい!・・・こんなときにアスロックの反応弾頭があれば!」
かなり物騒なことを口にする艦長。
こんなところで反応弾頭を使えば自分も被害を受けることを忘れている。
ちなみに対潜ミサイルのRUR−5、ASROC(Anti−Submarine−ROCket)の反応弾頭は1991年を最後に艦艇から引き上げられている。
この近接戦闘ではN2弾頭も使えないだろう。
太平洋艦隊全滅覚悟なら話は別だが。
「やっぱエヴァやないと勝てへんなあ」
トウジがまるで人ごと、と言わんばかりにつぶやいて艦長と副官から睨まれる。
アスカは自分が着ているプラグスーツと同じものをシンジに渡す。
「・・・・はい?」
女物のプラグスーツを渡されて困惑するシンジ。
「さ、行くわよ」
「はい?」
アスカは指をビシッと向けると、
「アンタも、来るのよ!」
「・・・・・・・・来るのよって・・・・乗るのは構わないけど、コレはちょっと・・・・」
手の中にあるプラグスーツに目をやるシンジ。
「なんでよ?」
「だってコレは君のためにあつらえたスーツでしょ?・・・・とてもじゃないけど僕は着れないよ」
細身とはいえ、しっかりした筋肉のついているシンジにアスカのプラグスーツを着ろ、というのは確かに無理な話だ。
「・・・・それもそうね・・・・」
というわけで、シンジはそのままの格好で乗ることになった。
「ねえ・・・・ほんとーにやるの?」
「あったりまえじゃない!・・・・今やっつけないで、いつやるってーのよ!?」
いいながらアスカはエントリープラグを外部に排出させる。
「・・・・んな無茶な・・・・許可は?・・・・ミサトさんの・・・・」
それを聞いてアスカはさらにふんぞり返る。
「勝った後に、貰えばいいのよ」
そしてプラグのハッチが開かれる。
「さ、アタシの見事な操縦を目の前で見せて上げるわ・・・・ただし!・・・邪魔はしないでね」
「こんなところで使徒襲来とは・・・・ちょっと話が違いませんか?」
《そのための弐号機だ・・・・念のため初号機パイロットも追加してある・・・・・》
「・・・・・・・・・」
《・・・・サードは戦闘経験もある・・・・大丈夫だろう》
「・・・・・・信頼なさってるんですね?」
《・・・・・・そこでの戦闘にケリをつける前に君にはこちらに来て欲しい》
「わかりました」
加持がそんな会話をしている頃、シンジとアスカは弐号機にエントリーしていた。
プラグが弐号機に格納される・・・・・
「L.C.L Fullung Anfang der Bewegung Anfang des Nerven anschlusses Ausloses von linksKleidung sinklo start」
(L.C.L満水・・・起動開始・・・神経接続開始・・・圧着ロック解除・・・シンクロスタート)
アスカはドイツ語でエントリーを開始する。
だがその途端、「FEHLER」つまりエラーが出る。
「あ、ごめん」
「ったく・・・・邪魔しないでって言ったでしょ!?」
シンジも医療用語のドイツ語などはうろ覚えではあるが知っているが、日常会話をそらでこなせる程ではない。
ドイツなど行ったことも無いのだから。
「英語ならなんとかなるんだけど・・・・」
「もういいわよ!・・・・思考言語切り替え、日本語をベーシックに!」
エラーが消える。
「エヴァンゲリオン弐号機・・・・起動!!」
《「オセロ」より入電!エヴァ弐号機、起動中!!》
「なんだと!?」
空母のブリッジに予想外の報告が入る。
確かに空母の左後方にいる20万トンタンカーを改装した輸送船の上でなにやらモゾモゾ動いている。
「ナイス!アスカ!」
ミサトは手を叩かんばかりの勢いだ。
「いかん!・・起動中止だ、元に戻せ!!」
艦長がマイクに向けて叫ぶ。
そしてそのマイクをミサトがひっつかむ。
「かまわないわ!アスカ。発進して!!」
「なんだとお!!・・・・エヴァ及びパイロットは我々の管轄下だ!勝手は許さん!!」
「なに言ってんのよ!こんな時に!!!段取りなんか関係ないでしょぉ!?」
ヒートアップするミサトと艦長を無視するように副官が困惑した声を上げる。
「し、しかし本気ですか・・・・弐号機はB装備のままです!」
「「えぇ!?」」
「海に落ちたらマズイよ。動きがとれない」
「落ちなきゃいいのよ」
「シンジ君も乗ってるのね!」
「こ、子供が二人・・・・・・」
「面白いデータが取れそうね・・・リツコが喜ぶわ・・・・・・・・アスカ!出して!!!」
そして狙いを定めたのか、使徒はまっしぐらに「オセロ」に向かってくる。
「9時方向!・・・速い!」
シンジが警告する。
「いきます!!」
アスカは弐号機を一気にジャンプさせる。
「オセロ」は真っ二つにされたが、弐号機は無事に宙を舞っていた。
「どこに降りるつもりー!!」
シンジがかかるGに耐えながら叫ぶ。
「ここよ!!」
そういうと弐号機はミサイル駆逐艦の構造物の上に着地する。
今までの攻撃など児戯に思えるほどの衝撃が駆逐艦を襲う。
メインマストは吹き飛び、構造物も弐号機の重みでつぶれかけている。
「どこ!?」
「11時方向!!」
電源は内部バッテリーに切り替えられている。
「あと58秒!」
「おっけー・・・・ミサト!非常用の外部電源を甲板に用意しておいて!」
なんだかんだ言っても、息は合っている二人。
「さ、飛ぶわよ!」
「なるべく、そーっとね・・・・踏み台にも人が乗ってるんだから」
「わ、わかってるわよ!」
そしてミサイル駆逐艦を蹴って、また宙に身を躍らせると・・・・今度はミサイル巡洋艦のヘリパッドに着地。
次はまた駆逐艦。
前部甲板に備えられた127o砲塔を踏みつぶして着地、そして飛翔。
《予備電源出ました!》
《リアクターと直結完了!》
この時既に『オーヴァー・ザ・レインボウ』は、その船足を停止していた。
反応炉のエネルギーはエヴァの外部電源に回さねばならないからである。
《飛行甲板退避ーーーー!!!!》
《エヴァ、着艦準備よし!》
それとともに飛行甲板からオーヴァーラン防止用のバリヤーがせり出してくる。
こんなもので弐号機は止められるはずもないが・・・・洒落のわかる人間がいるのだろうか?
「総員、耐ショック姿勢!」
「デタラメだ!」
「エヴァ弐号機、着艦しまーす!!」
10万トンの航空母艦に、設計時には想定もしていない「モノ」が着艦する。
その衝撃といったらもう・・・・
調理場でカレーを作っていた調理担当兵曹のロバートさん(32)が、気が付いたら逆さまになってカレー鍋に頭を突っ込んでいたというくらいである。
ブリッジの面々は、固定物にしっかり掴まることでなんとかやりすごした。
ちなみにこの『着艦』における人的被害は
重傷者25人、軽傷者が320人である(重傷者はすべて骨折である)。
物的損害はさらにひどい。
格納庫内で固定されていた艦載機などは無傷だったが、飛行甲板左舷側にあった機体はすべて海中転落、水没。
その他にもありとあらゆるものが海に落下。
せめてもの救いは、甲板上を転がりまくった爆弾やらミサイルやらに信管が装着されておらず、誘爆しなかったことぐらいだろう。
「・・・・勿体ないー・・・・・」
転落する艦載機を見て涙を流すケンスケ。
《目標、本艦に急速接近中!!》
「来る!左舷9時方向!!」
「外部電源に切り替え」
用意されていた外部電源ソケットを掴んで自らの腰部に差し込む。
「切り替え終了!」
「武装は?」
「プログナイフ」
「それだけ?」
「十分よ」
「そんな無茶な・・・・」
そう言ってからシンジは考える。
『・・・・でも、パレットライフルとかがあっても効くかどうかわからないから・・・・・どっちでも一緒か』
ただ、それは口には出さないでおく。
その間に弐号機は左肩の専用収納部からプログレッシブナイフを取り出す。
それを眼前に持ってくるとカッターナイフのように刃を露出させる。
同時に使徒が水上に顔(どこが顔かはわからないが)を出す。
「・・・・結構大きい・・・・」
「思った通りよ!」
何が思ったとおりなのか、とりあえずシンジは聞かないでおくことにした。
そして使徒がジャンプして弐号機に飛びかかってくる!
空母には先程と同程度の衝撃。
弐号機はなんとか吹っ飛ばされるのをまぬがれた。
なんとか使徒の動きを止めている。
しかし・・・・いくら正規空母とはいえ、弐号機プラス空母と同じくらいのスケールの使徒を乗っけてよく沈まないものである。
「アスカ!よく止めたわ!!」
「冗談じゃない!飛行甲板がメチャクチャじゃないか!!」
止めたことは止めたが・・・・弐号機の足が艦載機揚降用のエレベーターにかかる・・・
もちろん、エレベーターはこんな大重量がかかることを想定していない。
当然の結果として、ロックが破損してエレベーターは一気に落下。
それに荷重をかけていた弐号機も、使徒もろとも水中に落下。
「落ちたじゃないか!」
「アスカ!B型装備じゃ水中戦闘はムリよ!」
「そんなの、やってみなくちゃわからないでしょ?」
海底に着底すると、イニシアチブは完全に使徒が握った。
弐号機を引き連れて水に沈んだ旧伊東市をもの凄いスピードで動き回る。
飛行甲板では、伸びる弐号機の外部電源ケーブルがわずかに生き残った艦載機をはじき飛ばしている。
「勿体ないぃぃぃぃー」
血涙を流さんばかりのケンスケ・・・
「ケーブルの長さは?」
「残り1200!」
「どうするんだね!?」
「・・・なんとかなります・・・」
あまりにも指揮官らしくないセリフを吐くミサト。
弐号機の二人はそれどころではなかった。
使徒は右へ左へ上へ下へと縦横無尽に動き回るものだから操縦すらままならないのだ。
しがみついているだけで精一杯だ。
それでも。
「なんとかしないと・・・・」
打開策を模索するシンジだったが、有効な手だてが見つからない。
弐号機は彼の機体ではないのだ。
「ケーブルが無くなるわ!衝撃に備えて!!」
そして今まで蓄えられていた運動エネルギーがいきなり0になる。
さすがのエヴァも捕まえておくことは至難の業だった。
「しまった!」
使徒は弐号機から離れて、徐々にその姿を海の蒼に隠してゆく。
《エヴァ、目標を喪失!!》
「今のうちにディスクを・・・・」とことん太平楽な男、相田ケンスケ14歳。
「ああぁー!!F/A−14J!!」叫ぶケンスケ。
視線の先にはエレベーターで上がってくる戦闘機。
シンジが操ってこの船に持ってきた機体だ。
《おーい、かつらぎー》
日の丸をつけた戦闘機の後席には加持の姿が・・・・
「加持ぃ!」わずかに喜色を見せるミサト。
《届け物があるんで、オレ先に行くわ》
あいた口がふさがらないミサト。
「もういいか?」
前席に座るユウジが声を掛ける。
加持とミサトが掛け合いをしている間に機体はアングルド・デッキのカタパルトについていた。
「ええ、行きましょう」
《すまんな葛城君、この飛行機は借り物なんでね・・・・》
「野分一佐!?」
そしてユウジはカタパルト士官に敬礼を送る。
次の瞬間、F/A−14Jは失速しないギリギリまで加速されて飛行甲板を飛び出していく。
「じゃ、よろしくー・・・・葛城一尉ぃー!」
「・・・・・・に、逃げよった・・・・」
ひきつるミサトとひきつるトウジ。
喜んでいるのはケンスケただ一人。
そのころ弐号機の子供達はというと・・・・
「そろそろ、食いついてくるよ・・・・」
「わかってるわよ!」
どうしてもアスカはきつく当たってしまう。
アスカの存在意義はエヴァの操縦にある、と言ってもいいからだ。
それゆえ、自分の存在を脅かすかもしれない他のパイロットは邪魔でしかない・・・・のだが・・・・
「大丈夫、肩の力を抜いて」
「うるさいわね!」
シンジはアスカの瞳を見て、彼が知る一人の少女と同種のものを感じ取ったのだ。
「今は目の前の敵を倒すことを考えて・・・・大丈夫だよ、君を脅かすのはあの使徒以外にはここにはいないから」
アスカは肩がビクリと震えるのを抑えられなかった。
『見透かされてる!?』
”行動的で勝ち気”という鋼鉄の鎧を身にまとっていたはずの少女はうろたえた。
大学卒という学歴こそ、シンジとどっこいだが・・・・シンジは”人の心”を学び続けてきた(自分の心となるとまた別だが)。
「僕の知ってる女の子がね・・・・似ているんだ、君に」
「アタシも知ってるわ・・・・アンタみたいなのをね・・・・でも、そいつはアンタよりも頼りになるしアタシの心をずっと支えてくれたわ」
『そっか・・・・支えてくれる人がいるんだ・・・・どんな人だろ?』
ふっと力を抜いた二人に艦上から緊急報告が入る。
《目標、再びエヴァに接近!》
「来る!」
「今度こそ仕留めてやるわ!」
そういってアスカはレバーを動かす・・・・が、
「な、なによ!動かないじゃない!?」
アスカの言うとおり、弐号機はピクリとも動かない。
「B型装備じゃねぇ・・・」
「どーすんのよぉ!?」
「さて・・・・とりあえずこのまま、かな?」
「バカ言わないでよ!」
「何もしなくても向こうから来てくれるさ」
シンジの言葉通り、使徒はまっしぐらに弐号機目がけて突っ込んでくる・・・・そして、その口らしきものを大きく開く。
「くちいぃぃぃ!!」
「・・・・使徒だからねえ・・・・」
使徒はその口に弐号機をくわえ込む。
「「うわあああぁぁぁ!!」」
すさまじい衝撃が弐号機を襲う。
《エヴァ弐号機、目標の体内に侵入!》
「・・・・それって食われたんとちゃうか?・・・・」
まさしくその通りである。
ケーブルが接続したまま引きずり回される弐号機。
「こらまるで釣りやな・・・・」
「釣り?・・・・・そう!釣りだわ!」
ミサトが何か思いついたようだ。
その頃弐号機はと言うと・・・・
まさしく生き餌のように使徒の口からぶら下がっていた。
「さて・・・・これからどうするかな・・・・」
いつの間にかレバーを握っているシンジがつぶやく。
やっとアスカは自分にのしかかっているシンジに気が付く。
「いつまで乗ってんのよ!H!!」
「そーゆーつもりじゃないんだけどな・・・・」いいながらもシンジはちょこまかと操作を続ける。
「はやくこの化け物から離れなさいよ!」
《シンジ君、アスカ!聞こえる?・・・・・・・・絶対に離さないでね!》
「「へ?」」
「艦長」
ミサトはマジな顔になって艦長に向き直る。
「なんだね」
「ご協力を」
ミサトは自分の作戦(というよりは思いつきに近いが)を説明する。
「生き残った戦艦2隻による零距離射撃!?」
「そうです・・・・アンビリカル・ケーブルの軸線上に無人の戦艦2隻を自沈させ、罠を張ります・・・・・・・その間にエヴァ弐号機が目標の口を開口、そこへ全艦突入し艦首主砲の直接砲撃の後、さらに自爆・・・・目標を撃破します」
「そんな無茶な!『イリノイ』と『ケンタッキー』をみすみす沈めるというのか!」
「無茶かもしれませんが・・・・無理ではないと思います」
ミサトもかなり酷なことを言っている。
船乗りに「船を沈めろ」というのは最大級の侮辱でもある。
だが今は非常時。
「・・・・・・・・・・・・・・わかった」
艦長の一言で話は決まった。
元アメリカ海軍所属、アイオワ級高速戦艦、BB−65及びBB−66『イリノイ』『ケンタッキー』から総員退船が進む。
だがミサトは知らなかった。
通常、艦艇は遠隔操船を前提に設計されてはいない。
しかも今回は水上を走りまわるだけでなく、水中に潜らなければならない3次元運動が要求される。
この動きは人間でなければこなしきれない。
そのため両艦には航海科、機関科がそれぞれ10名、決死隊として空気ボンベを背負って乗り組んでいる。
元より彼らの生還は絶望視されている。
すべての行動には代償が付き物なのだ・・・・
「しかし・・・・エヴァはどうする?」
艦長が一番のネックをたずねる。
「心配いりません・・・・あの二人でしたら」
「ちょっとアンタ!人の弐号機、勝手に動かさないでよ!」
レバーをシンジにもぎ取られたアスカは彼の頭をポカポカと叩く。
《二人とも、作戦内容いいわね?》ミサトの声がスピーカーから聞こえる。
「了解・・・・なんとかやってみます」
アスカに叩かれながら返事するシンジ。
《頼むわ》
《全艦、キングストン・バルブを抜きました・・・・Z地点に対し沈降開始》
その報告を艦長は沈痛な面持ちで聞く。
フネは違えど、乗り込んでいる男達は彼の部下なのだ。
「了解・・・・・・・・ケーブル、リバース!!」
ミサトの威勢の良い掛け声に従い、アンビリカル・ケーブルが巻き戻されていく。
水中では、ケーブルのたるみが徐々に無くなり、ピンと張る。
その衝撃はモロに弐号機に伝わる。
「きゃああああああ!!」
アスカは思わず声を上げてしまうが、予想された衝撃なのでシンジはこれに耐える。
使徒と弐号機はケーブルに引かれて水面を目指す。
それを引く『オーヴァー・ザ・レインボウ』も、過大な負荷を吸収しきれずにわずかではあるが動き出す。
そして自沈用に指定された戦艦は、既にその艦首を水面下に沈めつつあった。
《エヴァ浮上開始!接触まで70!》
作戦が静かにスタートしたことをスピーカーが告げる。
ブリッジの面々は水面をジッと見つめている。
「ちょっと!いつまで触ってんのよ。どいてったら!」
今だにプンスカプンのアスカ。
「アスカ!!」
シンジはアスカに対して初めて怒声らしきものを出す。
その瞳は語っている。
『キミはやるべき事、やるべき時がわからないような子じゃないだろ?』と・・・・
シンジの怒声に言い返そうとしたアスカは瞳の言葉を読み取ることが出来た。
ちょっと黙り込むが、
「わかったわよ・・・・でもレディに怒鳴るなんて、あとでお仕置きだからね!」
「はいはい・・・・お小言ならあとでいくらでも・・・・さ、いくよ!」
シンジは少しだけ微笑むと、握っているレバーを高機動モードにする。
『ホント、頑固なところもアイツにそっくりね・・・・』
《接触まであと60!》
刻々と決着の時が近づく。
「使徒の口は?」ミサトがわずかな焦りとともにたずねる。
「まだ開かん!」双眼鏡を覗きっぱなしの艦長が叩き付けるように返す。
《『イリノイ』『ケンタッキー』、目標に対し沈降中》
《エヴァ浮上中・・・・接触まであと50》
「アスカ!コイツを握って!」
うながされてアスカはシンジの手の上からレバーを握る。
なぜか紅くなるアスカ。
シンジは懸命に操作して口をこじあけようとするがうまくいかない。
もとより自分のパーソナルパターンがインプットされた機体でないのに加え、現状でシンジのシンクロ率がアスカをわずかではあるが上回っているため、弐号機の腹部に刺さっている使徒の牙によるダメージはシンジにフィードバックされているのだ。
シンジは衝撃その他に加え、腹に激痛を抱えながら操作しているのだ。
だがシンジは弱音どころか痛いそぶりさえ見せない。
それもこれも実戦を初めて経験するアスカに余計な事を考えさせないため。
「くそっ!」額から流れる油汗が彼の状態を示している。
「もう時間がないわ!」アスカも焦りの色を濃くする。
そして二人は顔を突き合わせてうなずきあう。
「アスカ!コイツの口を開くことだけ考えて!」
「オッケー!」
《目標は「テンペスト」の艦底を通過!》
「間に合わないわ!早く!!」ミサトが悲鳴に近い声を出す。
弐号機はゆっくりと使徒の口を開けていく・・・・
もはや2隻の戦艦は目と鼻の先にいる。
《接触まであと20!》
「開け・・開け・・開け・・開け・・開け!!」
シンジは、前かがみになったアスカの胸元で腕に意識を集中させる。
「開け・・開け・・開け・・開け・・開け!!」
アスカは、シンジを抱え込むように、シンジの柔らかな髪を感じながら、しかし意識は2本の腕のみに。
二人の意識が完全に重なった時、シンクロメーターがいきなりレッドゾーンに飛び込んだ。
すると弐号機の頭部が起き上がり四つの目が光る。
その途端、いままであれほど攻めあぐねた口が、いとも簡単にそれこそ”カパッ”と音がしそうな勢いで開いた。
そしてずらりと並ぶ牙と弐号機の向こう側には、突入してくる戦艦が・・・・
弐号機を挟んで右側に『イリノイ』が、左に『ケンタッキー』が牙をへし折りながら突っ込む。
「撃てぇー!!!」
その声に答えて、こればかりは水上からの遠隔操作で12門の16インチ砲が火を吹く。
次の瞬間、別のスイッチが押されて、全弾薬庫に仕掛けられた爆弾が発火し、2隻の戦艦は水中で火の玉になる。
さすがのA・Tフィールドも体内に張ることは出来なかったらしい。
砲撃でボコボコと膨らんだ使徒は、戦艦の自爆に耐えられずに爆散する。
水上では、戦艦の全長ぐらいはあろうかという程、巨大な水柱が発生する。
弐号機は?・・・・
爆圧で水面を通り越して空中に吹き飛ばされていた。
もちろん中では二人とも気絶している・・・・
だが・・・・
『ふーん・・・・これがシンジ君ね・・・・』
気絶した二人を見つめるものがあった。
『アスカを優しく受け止めてくれそうね・・・・』
エントリープラグの中はシンジとアスカ以外は誰もいない。
『なかなかお似合いのカップルよ、お二人さん』
その意識は母性的なものだ。
『アスカ・・・・もうちょっとお淑やかにならないと嫌われちゃうわよ?』
母が娘に諭すように・・・・
『シンジ君・・・・アスカをお願いね・・・・私はまだ無理なの・・・・』
そして謎の意識は唐突に途切れる。
すると弐号機は『オーヴァー・ザ・レインボウ』に落下する。
オートバランスが効いて、なんとか無事に降り立つ。
が、その途端全エネルギーが底を尽き、弐号機はその場でへたりこんでしまった。
「諸君には明日0時をもって軍籍を離れてもらう」
演壇に立った初老の男がそういうと、ホールに集まった30人ほどの男達はうめき声を上げる。
「無論、強制ではない。やる気のない者を作戦に参加させても無益なだけだからな・・・・だから、異論のある者はこの場で言ってくれ」
それを聞いて、古参と思われる男が手を挙げる。
「軍曹、君は不参加希望か?」
「いえ、そうではありません・・・・今まで我々は大規模な模擬施設で訓練を重ねてきました・・・・しかし、目的も敵の情報も、何も教えられていません・・・・なぜ突入して皆殺しにするのか、その中でなぜ小ぶりな人影三つは殺さないのか・・・・そこらへんを教えては頂けないのですか?」
「スマン・・・・それは作戦への参加を正式に認められた人間にしか教えることは出来ない・・・・つまり現状では諸君に情報に触れる資格がないことになる・・・・ただし、これだけは言える」
そこで壇上の男は大きく息をつく。
「君達が行う任務は非常に厳しいものにならざるをえない・・・・敵地での支援もアテにせんでほしい」
ホールからは静かなブーイングが起こる。
「まあ、聞け・・・・確かにこの任務は厳しい。チャーリー・ベックウィズ少佐がデルタを創設して以来、もっとも過酷な任務になるだろう・・・・・だが、デルタの歴史に・・・・いや、世界の特殊作戦の歴史に名を残すチャンスを持つのは君達だけだ!」
そしてホールの男達の中から一人、演壇に上がる。
「大佐、前置きはこれくらいでよかろう・・・・後は頼む」
「ハッ!」
その男は演壇の初老の男に敬礼をする。
相手も答礼を返し、演壇を降りる。
「話は聞いた通りだ・・・・作戦に参加できない者はここから出てくれ・・・・」
しかし、誰一人としてホールから出ようとしない。
大佐と呼ばれた男はニヤリと口元を歪める。
「オマエら馬鹿ばっかりだな、えぇ?」
「大佐ほどじゃありませんぜ!」ホールのどこからか声が返ってくる。
それを聞くとホール全体が笑いに包まれる。
「よーし・・・・この場にいる全員、作戦に参加するものとみなす・・・・これより先での不参加は認められない・・・・どうしても、という場合は作戦終了まで陸軍刑務所に入ってもらうことになる」
ホールは一気に静けさを取り戻す。
「それではこれより作戦の概要を説明する・・・・」
そういうと大佐はプロジェクターのスイッチを入れる。
まず、どこかの航空写真が映し出される。
「我々の目標はここだ」
と言われても、さすがのデルタの猛者達も即座に場所が分かる者はいなかった。
「大佐、どこですこりゃ?」
「日本」
どよめく隊員達。
「敵はジャップですか?」
「早とちりするな・・・・我々の敵は日本ではない。この場所は日本の第三新東京市だ」
勘の鋭い者が気付く。
「ってことは・・・・・・・・目標は・・・・」
「そうだ・・・国際連合の外郭団体であると同時に直属組織の・・・・」
大佐はそこで深呼吸する。
「ネルフだ」
太平洋艦隊は新横須賀に入港していた。
中でも『オーヴァー・ザ・レインボウ』は港に入ると泊地で足をとめずに、造修用の岸壁に横付けしていた。
「また派手にやったわねぇ・・・・」
白い車体に黒字でUNとステンシルされたジープの後席で、リツコが激闘をくぐり抜けた空母を見上げる。
歴戦の正規空母には、戦闘の爪痕が生々しく残っている。
「水中戦闘を考慮すべきだったわ・・・・」ミサトがボーッとしたままつぶやく。
「あら珍しい。反省?」
面白いものを見るようにリツコがミサトを見る。
「いいじゃない・・・・貴重なデータも取れたんだし」
「そうね」
そう言われてリツコはバインダーに閉じられたペーパーをぱらぱらとめくる。
「ミサト?」めくる手があるところで止まる。
「ん?」
「これは本当に貴重だわ・・・・シンクロ値の記録更新じゃない」
「たった7秒間じゃあ、火事場のくそ力と一緒よ・・・・それに、そのシンクロ率の遠因はシンちゃんよ」
「シンジ君?」
「考えればわかるでしょ?・・・・訓練時間は長いとはいえアスカは実戦経験皆無だったのよ?戦い慣れしているシンちゃんがアスカの力を引き出した、と考えるのが自然じゃない?」
「なるほどね・・・・」
「ホント、シンちゃんがいなくなったら人類は3日で滅亡よ」
「大げさ・・・・でもないわね・・・・」
大型クレーンで飛行甲板からおろされる弐号機。
腹部には使徒の牙であけられた穴が空いている。
ケンスケはそれを熱心にビデオに収めている。
トウジはそれをボーッと眺めている。
すると、空母の艦内から伸びたタラップにシンジとアスカが現れる。
「シンジ?・・・お仕置き、忘れてないでしょうね?」
「はいはい、忘れてませんよ」
「んー・・・・」アスカは何をしようか考えているようだ。
「お昼ご飯、食べたっけ?」
「そういえば・・・まだだったわね」
「それじゃあ第三新東京市に戻ったらおいしいレストランにご案内しますよ、お姫様」
そういうとシンジは右手を胸に当てて恭しく一礼する。
「うむ、苦しゅうない」茶目っ気一杯に微笑むアスカ。
「・・・・なーんか・・・えー雰囲気やのー・・・・」
「イヤーンな感じ・・・・」
「いやいや・・・・波乱に満ちた船旅でしたよ・・・・やはりコレのせいですか?」
そこには一足先に戦場を後にした加持がいた。
彼はユウジに海自の空母『しょうかく』まで送ってもらうと、待機していたネルフのVTOL戦闘機で本部へ直行していた。
目の前にはゲンドウがいる。
ここはネルフ本部司令公室。
加持はゲンドウのデスクに歩み寄ると乗せられていたトランクを開く。
「既にここまで復元されています・・・・・・・・硬化ベークライトで固めてありますが・・・生きてます、間違いなく」
そういうと加持はゲンドウと正面から向き合う。
「人類補完計画のかなめ・・・・ですか?」
ゲンドウは”あの笑い”をすると、
「こんなものはかなめでもなんでもない・・・・老人達の目の前にぶら下げるニンジンだ」
加持は驚くが、それを表には出さない。
「計画、変更なさったんですか?」
「君には悪いと思ったが、君の知る『補完計画』はカヴァーストーリーだ・・・・あとで冬月に会ってくれ」
そこで教える、ということだろうか?
わずかに笑みを浮かべる加持。
「ではこれは高価な餌、というわけですか」
ゲンドウはトランクの中身を見て、嘲るように笑う。
「アダム・・・・・・・・老人達には似合いの餌だ」
戦いの翌日、シンジ、トウジ、ケンスケはいつものように学校に来ていた。
なにせ今日は月曜日。
世の学生と勤め人が一週間のなかでもっとも嫌う日でもある。
「ホーンマ、顔に似合わずいけ好かん女やったのー!」
アスカにひっぱたかれたことをまだ根に持っているのだろうか?
「そう?」
シンジはあまり取り合わない。
アスカと共に戦い、アスカの心の一部に触れることができたからだ。
それにシンジは人を外見や言動だけでは決して判断しない。
数多くの”人間”を見てきたシンジの知恵と経験だ。
「ま、俺達はもう会うこともないさ」
ケンスケが現実的な方向に話を持っていく。
「ま、センセは仕事やからしゃーないわな。同情するで、ホンマ」
その時、教室の扉が開く。
なにげなくそちらを見たトウジだったが・・・・・
「あああああああぁー!!!!」
チョークを黒板に叩き付ける音が小気味よく教室に響く。
教室の生徒は(シンジを除いて)皆呆然としている。
教室に入ってきた少女はさらさらと英文を黒板に書く。
自分の名前のようだ。
そして書き終えるとくるりと振り返る。
そして、ある男子生徒にウィンクをひとつかます(これが後々騒動の種になる)。
「惣流・アスカ・ラングレーです・・・・よろしく!」
あ・と・が・き
みなさまこんにちわです。
P−31です。
いやー・・・・相変わらず戦闘シーン、苦手です(泣)
苦手といってもその他の描写も得意と言えないのがツラいところです(笑)
皆様の率直な感想が頂ければ幸いです。
「このドヘタ!」とか、
「精進しろ!」等々・・・・なんでもいいです、作品の質問、疑問でも結構です。
では恒例の次回予告ぅー!
『展開される大がかりな水際作戦』
『エヴァ二体による初の連係攻撃だったが』
『心が合わない二人は使徒にコテンパンにのされてしまう』
『そしてシンジは自分の中にあった疑問を確かめようとする』
『人々の存亡を賭けた6日間のドラマが始まる・・・・』
『「It’s a Beautiful World 第9話」』
『心友』
『さーてこの次も、さーびすさーびすぅ!』