そしてシンジは優しく微笑む。
「・・・・おかえり」
その瞬間、レイの体に電気が走ったようになった。
まるで長い間追い求めてきた物を見つけたような感覚になった。
そして、作り笑いでもなく、愛想笑いでもなく、心からの大きな笑みをレイは生まれて初めて浮かべる。
「ただいま・・・・・・」
「また、君に借りが出来たな・・・・・」
《返すつもりもないんでしょう?・・・・彼らが情報公開法を盾に迫っていた資料ですが、ダミーを混ぜてあしらっておきました・・・・政府は裏で法的整備を進めていますが、近日中に頓挫の予定です・・・・で、どうです?例の計画の方もこっちで手を打ちましょうか?》
「イヤ・・・・君の資料を見る限り、問題は無かろう・・・・」
《シナリオ通りに・・・・》
生きている限り、人間は朝を迎えることから逃れることは出来ない。
生きている人間の責務である。
コンフォートマンションの葛城家もいつもと同じような朝を迎えていた。
シンジはトーストを頬張り、
ペンペンは鯵の開きを丸飲みする。
そしてこの家の主は、というと・・・・
「・・・・おふぁよ・・・・」
上はタンクトップ一枚、下は短パン・・・・世の男どもが見たら驚喜する姿である。
そしてここにも男性が一人・・・・
「ミサトさん・・・・お願いしますから寝るときはパジャマを着て下さい」
シンジの懇願をミサトは手をひらひらさせてかわすと、冷蔵庫からビールを取り出してテーブルにつく。
ぷしゅっ!
ごきゅっ・・・ごきゅっ・・・んぐっ・・・んぐっ・・・・
朝のひとときとは思えない音が響く。
「ぷはぁー!!くうぅー!!・・・朝一番はヤッパこれよねえー♪」
「・・・・・・・・・」
もはや呆れるという行為すら空しくなったシンジ。
「あら、どーしたの?シンちゃん?」
「いや・・・・ミサトさんがこの歳でいまだに一人なの、わかったような気がします」
頬がピクッとなるミサト。
「悪かったわねえ!がさつでオマケにズボラで!・・・・まあ、いざとなったらシンちゃん貰ってくれる?」
「ブッ!」飲んでいたオレンジジュースを少し吹き出す。
「ばっちいわねえ」
「ミミミミサトさん!・・・・げほっ・・・・なな何を!」
「あら?ダメ?・・・・それなら2号さんでいいわ♪」
あくまでも明るく将来設計をするミサト。
「ミサトさん!!」
顔を真っ赤にするシンジ。
並の中学2年生ではないとはいえ、ここら辺は14歳の男の子である。
「まあまあ・・・・それで今日は父兄の進路相談よね?」
「本当に来るんですか?」
「当たり前でしょ?・・・アナタの保護者は私なのよ?」
「でも仕事は?」
「使徒が来ない時の作戦部長なんてただの置物よ・・・居ない方がみんなの仕事がはかどるわ」
「そんなもんですか」
「そんなもんよ・・・まあ、冗談はともかく・・・・ちょっとまじめな話していい?」
「・・・ええ・・・なんです?」
少しだけキリッとなるミサト。
「日本重化学工業共同体って知ってる?」
「ええ・・・そりゃもちろん・・・・日本の重工業系統の企業がほとんど参加してる共同企業体ですよね?」
葛城家がとっている新聞は日経新聞なのだ(ミサトはほとんど目を通さないが)。
「そこがねえ、対使徒用の新兵器を開発したらしいのよ」
「へーえ・・・スゴイですね。少しは僕達の役に立ってくれるんですかね?」
「さあ?どうかしら・・・・それで、その新兵器の完成披露式典への招待状が来てるの」
「え、じゃあミサトさん行くんでしょ?・・・・いつですか?・・・・夕御飯の事もあるし・・・・」
「うーんとねえ・・・・招待状には3名、アタシとリツコと・・・・シンジ君あなたの名前もあるのよ」
それを聞いたシンジはちょっとの間ポカンとしていた。
「・・・・・・はあ!?・・・・・なんで僕が?」
「これ、見て頂戴」
ミサトは一通の封書を差し出す。
「・・・・・招待状ですか?・・・」
「ええ」
シンジが中から紙を取り出して読み進めていく。
そこには、
『葛城ミサト一尉
赤木リツコ博士
碇シンジ博士
以上の方々をJet・Alone完成披露会に御招待したします。』
とあった。
「・・・・どこから話が漏れたのかしらね・・・・で、どうする?もちろん行きたくなければ・・・・」
「いえ、行きますよ・・・・どんなものか見たいですからね」
「わかったわ」
ピンポーン
とうとつに玄関のチャイムが鳴る。
「あ、トウジとケンスケだ・・・・じゃあ行ってきます!」
「はい、いってらっしゃい・・・・先方にはあなたが行くことも伝えておくわ」
「お願いします・・・・それじゃ」
校舎の窓から流れる雲を眺めるシンジ。
シンジは何も考えないこんな時間が好きだった。
しかし、彼の至福の時間はうるさい排気音とド派手なスピンターンによって破られる。
『なにも学校であんな派手な真似しなくても・・・・』
「おほー!いらっしゃったでえ!」
トウジとケンスケがシンジを押しのけるようにして窓から顔を出す。
ケンスケはカメラのファインダーを覗いたままだ。
そうしている間にも、スピンターンを決めた車からミサトが降りてくる。
『うおおおおおお!』地鳴りのような男子生徒のうなり声。
「カッコイイー!誰あれ?」
「碇の保護者!?」
「なに!碇ってあんな美人に保護されてんの!?」
大騒ぎの男子とは対照的に(当たり前だが)冷めている女子。
「バカみたい」
ヒカリの一言がすべてを要約している。
レイはぼーっとシンジを見つめていたが、シンジと目が合い、笑いかけられるとかすかに顔を赤くしてうつむいてしまう。
シンジがそんなレイを微笑んで見ていると、トウジとケンスケはミサトにピースサインを出している。
「ヤッパ、ミサトさんってえぇわあ」
「・・・・・そう?」
「あれでネルフの作戦部長やゆうのがまたスゴい!」
「・・・・・そう?」
トウジとケンスケはシンジの冷めた反応に顔をしかめる。
「えかったなあ、ケンスケ・・・・シンジがお子様で」
「ま、敵じゃないのは確かだね」
「・・・・はいはい・・・・」
『ミサトさんと結婚する人は苦労するだろうなあ・・・・』
確かに。
「あぁー・・・・あーゆー人が彼女やったらなあ・・・・」
あさっての方向を見ながらいっちゃった目をするトウジ。
「まあ、人を好きになるのに理由はいらないけどね・・・・・たぶん並大抵の苦労じゃないよ?」
「「わかってないねえ、センセ」」ハモるトウジとケンスケ。
「「よっしゃ、地球の平和はオマエに任せた!だからミサトさんはワシら(オレら)に任せい(任せろ)!!」」
《初号機、冷却値をクリア・・・・作業はセカンドステージに移行して下さい・・・・》
『地球の平和か・・・・』
シンジがいるのはエントリープラグの中。
もちろん初号機の。
定期的な起動実験の最中だ。
いつものようにシンジ自身はあまりする事はないが。
「・・・・そんなこと、どうでもいいって言ったら・・・・怒られるかな?・・・・」
シンジにとって世界がどうなろうと知ったことではなかった。
傲慢といわれてもいいと思っていた。
大体、14歳の子供に全人類の命運を委ねる方がどうかしている。
『汎用人型決戦兵器・・・・Evangerion・・・・そもそも、エヴァってなんなんだろう?・・・・』
シンジは自分が基本的なことを知らないことに今更ながら気付く。
『初めて戦った時に聞こえたあの”声”・・・・あれ以来聞こえてないけど・・・・』
「わからないことだらけだ・・・・」
《シンジ君、お疲れさま・・・・実験終了よ》
「零号機の胸部生体部品はどう?」
リツコが先の戦闘における零号機の損害を確認する。
実験が終わり発令所に戻るリフトの上に彼らはいる。
プラグスーツから着替えたシンジ。
かたわらにはミサトとリツコ、それにマヤとマコトがいる。
「シンジ君がA・Tフィールドを張ってくれたお陰で生体部品の損害はほとんどありません。損害のほとんどは装甲板までで食い止められています・・・・装甲板もすでに換装は終了、起動実験も成功しています」
「不幸中の幸い、かしらね・・・・でも、ドイツから弐号機が届くことを考えると頭が痛いわね。ただでさえ手一杯だっていうのに・・・・装甲板の換装もタダじゃないしね」
「追加予算、通ったんでしょ?」
「さて、その中からどれぐらいこっちに回せるかしらね」
「地上の使徒の後始末にもかなり予算がとられてるみたいですからねえ」
マコトがため息をつかんばかりの声でいう。
「ほーんと、お金に関してはセコイところよねえ・・・・人類の命運を賭けてるんでしょ?ここ」
「仕方ないわよ・・・・人はエヴァのみで生きるにあらず・・・・生き残った人達が生きていくには、お金がかかるのよ」
リツコが聖書の言い回しをもじって皮肉る。
「予算ねえ・・・・・じゃ、指令はまた会議なの?」
「ええ・・・今は機上の人よ」
「指令が留守だと、ここも静かでいいですね」
オーストラリア大陸上空3万5000メートル。
国連が使用している軌道往還機の中にゲンドウはいた。
本来は衛星軌道への往復のために作られた機体だが、従来の旅客機よりも高速で移動できる点が買われて国連の人員移動用に使われている。
南回りで欧州に向かい、各国の首脳と会談するためだ。
ゲンドウ以外に人影がないキャビンのドアが開く。
入ってきたのは東洋系の男。
「失礼、便乗ついでにここ、よろしいですか」
男はそう言うと返答を待たずにゲンドウの隣に腰を降ろす。
「サンプル回収の修正予算、あっさり通りましたね」
「委員会も自分が生き残ることを最優先に考えている・・・・その為の金は惜しむまい」
「使徒はもう現れない、というのが彼らの論拠でしたからね・・・・ああ、もう一つ朗報です。アメリカを除くすべての理事国がエヴァ六号機の予算を承認しました・・・・ま、アメリカも時間の問題でしょう・・・・」
そう言うと男はポケットサイズのウイスキー瓶を取り出す。
「失業者アレルギーですからね、あの国」
「君の国は?」
「八号機から建造に参加します・・・・第2次整備計画はまだ生きてますから・・・・・国内では反対意見も根強いですがね。”人民の為に使われる予算を得体の知れない物につぎ込むのは言語道断だ”という輩もいるぐらいですよ」
「どこにでも馬鹿はいる」
「確かに・・・・ま、それにパイロットが見つかっていない、という問題もありますが・・・・」
「使徒は再び現れた・・・・我々の道は彼らを倒すしかあるまい・・・・」
「私もセカンドインパクトの二の舞はゴメンですからね」
彼らから見えるところに赤く光り姿を大きく変えた南極があった・・・・
「・・・・隕石の落下じゃない?・・・・」
マヤ達と別れた三人はエスカレーターを下っていた。
「ええ・・・・歴史の教科書なんかでは大質量隕石の落下による大惨事となってるけど。事実は往々にして隠蔽される物なのよ・・・・15年前、人類は最初の使徒と呼称される人型の物体を南極で発見したの。でもその調査中に原因不明の大爆発を起こしたの・・・・それがセカンドインパクトの正体」
「じゃあ僕らのやってる事は?」
「予想されるサードインパクトを未然に防ぐ・・・・その為のネルフとエヴァンゲリオンなのよ・・・・ところで例の式典、シンジ君も行くの?」
「はい」
「・・・・正直、シンジ君には行って欲しくないけど・・・」
「?・・・・なんでです?」
「・・・・・・・・・・・明日、行けばわかるわ・・・・」
生きている限り、人間は朝を迎えることから逃れることは出来ない。
生きている人間の責務である。
コンフォートマンションの葛城家もいつもと同じような朝を迎えていた。
シンジはトーストを頬張り、
ペンペンは鯵の開きを丸飲みする。
そしてこの家の主は、というと・・・・
襖が開いてミサトが姿を現す。
昨日とはうってかわって、ネルフの礼服をきた凛々しい姿だ。
「おはよ」
そんなミサトを見てシンジはにっこり微笑む。
「おはようございます」
「シンジ君、その格好で行くつもり?」
シンジの格好はいつもと変わりばえしない学校の制服だ。
「ほかにどんな格好しろっていうんです?・・・・まさか背広を着ろとでも?」
「・・・・・・・・それもそうね」
妙に納得するミサト。
二人は朝食を平らげて出かける準備をする。
「学校、休ませちゃうわね・・・・」
ミサトが気まずそうにいう。
「いいんですよ・・・・学校に行くのは友達に会うのが目的みたいなものですし」
『そっか・・・・シンちゃんが学ばなきゃいけないのは学問よりも人付き合いだもんね・・・・』
「シンジ君・・・・これから行くところはアナタが考えてるようなところじゃないかもしれないわ・・・・それだけは覚悟しておいて」
「??・・・・どういうことです?」
「・・・・名目は”対使徒用新兵器”になってるけど、本音は違うと思ってるわ」
「?」
「要するにアタシ達にこれ以上でかい顔させないために・・・・使徒を倒せるのはネルフだけじゃないってことを言いたいだけで作ったかもしれない・・・・ということよ」
ミサトとしてはシンジに馬鹿な大人の世界を見せるのは嫌だったのだが・・・・
が、返ってきたシンジの答えは明快だった。
「かまいません・・・・それも現実の一つ、ですよね?」
そんな言葉を笑顔と共に言われてはミサトとしても引き下がるしかない。
「じゃ、行きましょうか」
「はい!」
シンジ達が向かうのは”東京”という名で知られた夢の残骸・・・・・・・・
あ・と・が・き
みなさまこんにちわです。
P−31です。
さて、あまりエヴァのSSでは見かけないジェット・アローン編です(笑)。
Bパートへの伏線が張ってあるのにお気づきでしょうか?
私としても楽しんで書いてます(爆)。
では、Bパートでお会いしましょう。