レイは窓に歩み寄り夜空を見上げる。
雲の切れ目からは月が地上を照らし出している。
レイは自分の中にある感情がわからなかった。
だが、その感情も好ましいものであることはわかる。
そしてそれをもたらしたのがあの少年であることも。
レイはシンジも見上げている月を見て呟く。
「・・・・私は何故、ここにいるの?・・・・」
ネルフ本部、第2実験場
22日前
「起動開始」
「絶対境界線まで、あと0.9・・・0.7・・・0.5・・・0.4・・・0.3・・・・・・・・・・パルス逆流!!」
「コンタクト停止、6番までの回路開いて!」
「ダメです!信号が届きません!!」
「零号機、制御不能!!」
「実験中止、電源を落とせ」
「完全停止まで35秒!」
「危険です!下がってください!!」
「オートエジェクション、作動します!」
「いかん!!」
「特殊ベークライト、急いで!!」
「レイ!!!!」
蝉の鳴く第三新東京市郊外(もっとも地軸のずれた現在では、日本は365日蝉が鳴いているが)。
ネルフ本部から少し離れたこの場所で、先の使徒の解体・評価作業が行われていた。
「こいつが、この前のヤツか・・・・」
安全第一と書かれたヘルメットをかぶるシンジは自分の倒した物体を見上げていた。
「・・・・ナルホドね・・・・”コア”以外はほとんど原型をとどめているわ・・・・ホント、理想的なサンプル・・・・ありがたいわ」
使徒の残骸に組まれた足場からリツコの声がする。
最後の言葉はシンジに向けられたものだ。
「んでー?何かわかったわけー?」
下からミサトが、リツコを見上げるようにして尋ねる。
鋭いBeep音がして、ディスプレイには601という数字が浮かび上がる。
「なにコレ?」
「解析不能を示すコードナンバー」
「つまり、ワケわかんないってコト?」
「・・・・使徒は粒子と波、両方の性質を備える光のようなもので構成されているの」
「リツコさん・・・・」シンジが声を掛ける。
「なに?」
「使徒のエネルギー・・・・動力源なんかはあるんですか?」
リツコは紙コップのコーヒーをすすってため息をつく。
「らしきものはね・・・・・・でも、その作動原理がさっぱりなの・・・・」
「・・・・僕らの敵は未知の存在ってワケですか」
「とかくこの世は謎だらけよ・・・・例えば・・・・ほら、この使徒独自の固有波形パターン」
リツコはそう言うとディスプレイの前から退き、二人に見やすいようにする。
「どれどれ・・・・」ミサトが食い入るように見る。
シンジも後ろから眺める。
「これって!!」ミサトが驚愕の表情を浮かべる。
「そう・・・・構成素材の違いはあっても、信号の座標と配置は人間の遺伝子と酷似しているわ・・・・99.89%ね・・・・」
「99.89%って・・・・」
「あらためて、あたし達の知恵のあさはかさっていうものを思い知らせてくれるわ」
「99.89%・・・・兄弟みたいなモノですかね?・・・・人間の」シンジがさらりと言う。
「うまいわね・・・・ひょっとしたらそうかも・・・・」リツコが少し遠い目をしながら答える。
そんな会話をしている3人のそばをゲンドウと冬月が通り過ぎていく。
お目当ては使徒の”コア”らしい。
手袋をはずして”コア”を直に触る。
『ん?・・・・あの手のひら・・・・火傷?』シンジは父親の手の醜い傷に気付く。
「どしたのー?」ミサトが尋ねる。
「ん・・・・いや、父さんの手、あれ火傷ですか?」
「やけどぉ?・・・・知ってる?」ミサトの言葉の後半はリツコに向けたものだ。
「あなたがここに来る前、起動実験中に零号機が暴走したの・・・・聞いてる?」
「ええ・・・・」
「その時、パイロットが中に閉じこめられたの・・・・」
「パイロットって・・・・綾波ですよね?」
「碇指令が彼女を助け出したの・・・・過熱したハッチを無理矢理こじ開けてね」
「へえ・・・・父さんが?・・・・たまには男らしい事もするんですね」かなり辛辣なシンジの言葉。
「・・・・手のひらの火傷は、その時のものよ・・・・」
「いけいけー!!」
「負けんなあー!!」
第壱中学校のプールからは女子生徒の黄色い声が聞こえてくる。
その片隅に一人たたずむレイ。
誰とも目を合わさず、誰とも口をきかない。
ただじっと、虚空を見つめたまま・・・・
シンジはそんなレイを、一段下がる形になるグラウンドから見上げていた。
『友達・・・・いるはずもないか・・・・あれじゃあね・・・・』シンジは自分の心の内だけでそっと呟く。
ちなみに男子はバスケットだ。
「みんな、エエ乳しとんなあ・・・・」
トウジが煩悩丸出しな声で言う。
自分のそんな視線が女子の不興を買っている事を彼は知らない。
「「「いっかりくーん!!」」」それとは正反対に女子からはシンジに(バスケをプレイしているわけではないが)声援が飛ぶ。
シンジはそれに対してかすかに微笑むだけだ。
要するにシンジはこういう場面での対応がわからないだけなのだ・・・・が、
「碇君ってカワイイわあ!!」
「うん!なんかこう・・・・ギュッと抱きしめたくなっちゃう!」
「それでいて大人びてるし!」
彼女達は別の意見があるようだ。
「おぅセンセ、なに熱心な目で見とんのや?」トウジがからかい比率75%で聞いてくる。
「あーやなみかあ!?ひょっとしてえ?」これまたからかい比率82%のケンスケが畳みかける。
「え!?・・・・うん、まあそうなんだけどね・・・・」
あっさり認めたので拍子抜けの二人。
「綾波って、前からあんな風だったの?」逆にシンジが二人に尋ねる。
「ん?・・・・ああ、そういえば1年の時に転校してきてからずーっと友達いてないなあ」
「なんかさ、近寄り難いんだよ」
『ふん・・・・まあ無理もないか・・・・・ん?・・・・「1年の時に転校してきて」?・・・・』
「トウジ・・・・綾波って1年生の時に転校してきたの?」
「ああ、そうや」
「それまでいたところは?」
「誰も知らんやろうなあ・・・・転校当日からあないな感じだったらしいで」
それを聞いてシンジは深く考え込む。
『「私はここで生まれたわ・・・・」確かに彼女はそう言った・・・・ならなぜわざわざ”転校”してくる必要がある?・・・・』
眉間に皺を寄せるシンジに、トウジとケンスケは不思議そうな顔をしている。
『これは・・・・かなり根が深いな・・・・まったく・・・・父さん、一体なにを企んでるんだ?』
《エヴァ初号機は第2ステージに入ります》
アナウンスが響く実験場、初号機は起動実験、零号機は起動実験に備えた各種のチェックを行っていた。
初号機のエントリープラグにはシンジが乗り込み既に起動している。
実験とはいえ、乗っているシンジに特にすることはなかった。
極論すれば”乗っているだけ”でよいのだ。
「はあ・・・・ヒマだなあ・・・・」シンジが誰ともなく愚痴る。
《もう少しだけ我慢してね、シンジ君・・・・すぐに終わるから》サポートしているマヤの声が聞こえる。
「わかりました」
シンジはなんとなくディスプレイを眺めると、そこに写るのは零号機のエントリープラグにたたずむレイだった。
『綾波・・・・・・・・ん?』目に入ったのは歩いてくる父親。
ゲンドウは近くまで行くとレイを呼び寄せてあれこれと話しているようだ・・・・が・・・・
レイの表情に反応はない。
まだシンジと話していたときの方が表情豊かだろう。
『ふう・・・・父さんに対してもあの調子かあ・・・・・・・・・・・・本当に人間なのかなあ?・・・・』
シンジはその瞬間、背中に氷の固まりを押しつけられたようになった・・・・
『・・・・なぜ・・・・なぜ僕はそんなこと・・・・”人間じゃない”なんて考えた!!』
激しく葛藤する。
シンジは心理学の博士号を取得するにあたって、色々な心の病を見てきた。
ハーバードの教授に紹介を受けて大きな精神病院に行ったこともある(もちろん日本国内、しかも山梨の)。
そこでは様々な人間がいた。
家庭の影響で精神に異常をきたし、家族を皆殺しにした男性・・・・
麻薬の使用で自分自身と永遠の別れを告げたもの・・・・
ちなみに精神薄弱を装った殺人犯もいた。
シンジは15分会話して見抜いてしまったが。
そして、先天的な精神障害を持った、自分とさして歳の離れていない少年・・・・
そんな経験を積んでいるシンジが断言する。
『・・・・綾波は心の病なんかじゃない・・・・もしそうなら、あんな瞳はしていない・・・・』
シンジは相手を見るとき必ず目を見て会話した。
会話よりも瞳の動きに注意した。
瞳は訓練を受けた人間でなければ嘘をつけない。
実際、ポリグラフ(嘘発見器)などより正確だとシンジは思っている。
だから、ドイツにいる少女とメールをやりとりしたときは苦労した。
実際に顔を見ることが出来ないのだから。
それゆえに彼女の治療(という言葉はシンジは絶対使わないが)は終わったわけではないと思っている。
そしてレイ・・・・・・・
会話だけ見れば、確かに感情が無いかのように写るだろうが・・・・
『・・・・違う・・・・表情や声音じゃないんだ・・・・あの瞳・・・紅くて綺麗な瞳には・・・・悲しみがあった・・・・』
「ふう・・・・・」
シンジは深い息を吸い込み、はく。
『まあ、いいや・・・・人間なんて曖昧でいい加減な生き物だし・・・・自分が人間か、と聞かれても証拠は無いもんね・・・・』
「ふふ・・・・なんか哲学的になっちゃったなあ・・・・」
シンジは堪えようとするが苦笑してしまう。
《どうしたの?シンジ君?》マヤの少し心配そうな声がプラグに響く。
「え!?・・・・いや、なんでもありませんよ?」シンジはちょっと慌てて返す。
《そう?・・・・ならいいんだけれど・・・・あ、実験終了よ。お疲れさま》
マヤの声と共にエントリープラグの照明が落ち、そこは闇に包まれる。
闇の中でシンジは呟く。
「まずは友達・・・・解きほぐすのはゆっくりやればいい・・・・」
シンジには、それが出来る経験と自信があった・・・・・・・・
「あら、おいしそうねえ」
「でしょおー?」
所変わって葛城家。
リツコを招いての夕食だ。
「シンちゃんの作る料理っておいしいのよー!すんごく!」
自慢げに胸を張るミサト。
「あなたが威張ってどうするの?・・・・シンジ君、これ栄養バランスも考えてるでしょ?」
「ええ、偏ったら体壊しちゃいますからね」
リツコはちょっとため息をつく。
「まったく・・・・これじゃどっちが”保護者”なんだか・・・・」
「どーゆー意味よお!?」
「そのままよ」
「ぬわんですってえ!!」
こんなところで掛け合い漫才をする二人。
シンジはそれを見てくすくす笑っている。
「シンジ君、やっぱり引っ越しなさい。がさつな同居人の影響で一生だいなしにすることないわよ」
ミサトもひどい言われようだ(おそらく事実だろうが)。
「ふふふ・・・もう慣れましたよ」
笑いながら答えるシンジ。
「そお?・・・・シンジ君の保護者の希望者なんて数え切れないほどいるのに・・・・」
「はい?」現状を把握できないシンジ。
「リツコぉー・・・・アンタもでしょ?」ミサトがニヤニヤ笑いながら聞く。
「ミ、ミサト!・・・・」リツコは照れ隠しだろうか、缶ビールを一気に空ける。
「???」まだ状況が飲み込めないシンジ。
「ま、まあいいわ・・・・シンジ君、頼みがあるんだけど」
リツコはハンドバックを引き寄せて中身をあさっている。
「はい?なんですか?」
「レイの更新したセキュリティカード。渡しそびれちゃって、悪いんだけど本部に行く前に届けてもらえないかしら?」
「ええ、いいですよ」
そう言うとシンジはリツコからセキュリティカードを受け取る。
それに貼ってある3p×3pの小さな写真に写るレイをじっと見つめるシンジ。
「どうしたのー?レイの写真をじーっと見ちゃったりしてぇ!」
からかい比率120%のミサトがにやけながら尋ねる。
シンジはそれに対し少し微笑み、
「いや、わからないんですよ」
「わからない?・・・・何が?」
「綾波の事ですよ・・・・僕は何も知りませんからね・・・・」
「いい子よ、とても。あなたのお父さんに似て、とても不器用だけど」
リツコの言葉にシンジは視線を向ける。
「不器用・・・・何がですか?」
リツコは視線をシンジに合わせる。
「生きることが」
それを聞いたシンジは表情を変えずに考える。
『生きること・・・・自分の”生”を器用に出来る人間なんているんですか?・・・・僕は出来ませんよ・・・・』
あ・と・が・き
みなさんこんにちは。
P−31です。
第5話Aパートをお届けします。
なんか、TV版のおさらいみたいになっちゃいましたね。
ちょっと反省。
次はこうはいきません(笑)。
さて、お詫びを少し。
(その1)
事情により、Bパートは更新が遅れます。
いや、仕事に行くだけですけど(笑)
帰ったらすぐに更新出来るようにしたいと思っております。
それまで少々お待ち下さい。
(その2)
感想メールを出してくださるみなさん、申し訳ないです。
しばらく帰れない=しばらくお返事のメールが出せません!
必ずお返事はいたしますので・・・・・・・・メールください。
それでは、P−31でした。
某A様ご登場まで、あとパート6個!!(爆)
P−31さんの『It's a Beautiful World』第5話Aパ−ト、公開です。
使徒の分析・・・
シンジが
ガガガとMAGIをいじって
ダダダとキーボードを打って
パパパと解決しちゃう・・・
そうなるんじゃないかとも思っていたけど、
流石にそこまでは出来なかったっか(^^;
この時点で分析できちゃうとストーリが大きく変わっちゃうもんね(^^;;;
ここの綾波はゲンドウに心を開いていないんですね・・
さあ、訪問者の皆さん
あなたの感想をメールに書いて、P−31へ!