トウジは廊下の公衆電話でかけようとするが、プッシュする手が途中で止まり、結局電話を切ってしまう。
トウジは教室に戻ろうとするが、ふと窓の外を眺める。
窓の外に見えるのはどしゃ降りの雨だけだった・・・・・・・・・・・・
シンジとミサトは戦闘時の喧燥が嘘のように静まり返った本部内を歩いていた。
「ごめんなさい、シンジ君・・・・懸命に戦ったあなたにこんな仕打ちをするなんて・・・・」
シンジと連れ立って歩くミサトの表情は暗い。
「気にしないでくださいミサトさん。命令違反は事実ですし」
シンジは飄々と答えるが、その腕には手錠がはめられている。
シンジはこれから独房に入るのだ。
その勝利と引き換えに。
「それに、独房3日間で済んだのはミサトさんのお陰ですし」
シンジはにっこりとミサトに微笑みを向ける。
ミサトはその微笑みに多少救われる思いがすると同時に自分に怒りも感じる。
『あんな屁みたいな抗議、無視すりゃよかったのよ!』
ミサト自身としては、シンジの行動を命令違反と考えず、臨機応変な対応だと思っていた。
それはリツコも同意見だった。
だが、職員の一人が
『あれは命令違反ではないのか?』
と言い出したことから話が大きくなり、回りまわってそれがゲンドウの耳にも入った。
”命令、初号機専属操縦者は本日2300より72時間の独房入りを命ず”
これがゲンドウの下した最終的な処分だった。
もちろんミサトはその前後に強硬に抗議したが、聞きいれられなかった。
そして、処分が実行される。
「じゃ、シンジ君体に気を付けて」手錠を外し、独房に入るシンジを見送るミサト。
「やだなあ、ミサトさん・・・・たかが3日間じゃないですか」
「それもそうね・・・・じゃあ」ミサトが独房のドアを閉めようとする。
「あ!・・・・ミサトさん、ちょっと待って!」
「ん?」ミサトが閉めかけたドアを再び開ける。
「お願いがあるんです・・・・」シンジがぽつりと呟く。
それを聞いたミサトの顔がニヤッと笑う。
「なに?何か持ってきて欲しい物でもある?・・・・本?ウォークマン?食べ物?」
「いや、そういう事じゃ無くて・・・・」
「じゃあ、お酒?・・・・でも、これは20歳を過ぎないとねえ」
「いや・・・・そうでもなくて・・・・」シンジはなんとか話を本筋に戻そうとするがうまくいかない。
「え・・・・それじゃあ・・・・添い寝する女の子!?・・・・うーん・・・・心当たりないから・・・・アタシでいい?」
ミサトはウインクをする。
「・・・・・・・・・・・・・・・」シンジは呆れて何も言えない。
「やあーね、冗談よジョーダン!」
本当に冗談ならば、なぜミサトの顔がほのかに紅いのだろう?
「んで、ホントのところは?」
シンジは溜め息を一つつくが、すぐに真剣な表情になると、
「独房を出た時に、父さん・・・・いや、司令と話す機会を作って欲しいんです」
「司令に?・・・・・・・・わかったわ、なんとかしてみる」
「すいません、ヘンな事お願いして・・・・」
「いいのよ・・・・お父さんとも話さないとね」
「・・・・・・・・・」それにはシンジは答えようとはしない。
「それじゃ3日、72時間後にね」
「はい。よろしくお願いします」
そして扉が重々しい音を立てて閉まる。
ミサトは閉まった扉を見つめる。
『ごめんなさい・・・・シンジ君・・・・でも、なぜ?なぜこんな事になってしまったの?』
ミサトが解けない疑問を思い浮かべる。
真相は意外なところにあるのだが・・・・・・・・・・・
無駄にだだっ広い司令公室にいるのはいつものように二人の男のみ。
「いいのか碇?シンジ君を独房なぞに入れて・・・・」
ゲンドウのかたわらに立つ冬月が少し心配そうに投げかける。
「・・・・命令違反は事実だ・・・・抗議も無視はできん」
ゲンドウはいつものポーズ デスクに肘をつき、両手を顔の前で組み口元を覆い隠す で答える。
「抗議などいつもは無視しているだろうが・・・・・・・・まあ、いい。それよりも葛城君の話は聞いたか?」
「ああ、こちらにも来ている・・・・」
「どうするのだ?」
「・・・・サードと話せない理由は無いな・・・・」
「ふっ・・・・・不器用な奴だな・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「碇・・・・・・・・話は変わるが、弐号機の配置替え前倒しの件、ドイツ支部からムリだと言ってきたそうだ」
「ああ・・・・らしいな。準備が出来ないだのなんだのと理由をでっち上げているが、委員会が裏から手を回したな・・・・」
「どうするのだ?」
「関係部署にねじこんでおいた・・・・最低でもエヴァが3機・・・・これがここを守るボトム・ラインだとな」
「初号機1機で倒してると言われるぞ」
「その初号機は先の戦闘の損害がある。零号機は再起動実験がまだだ・・・・今、使徒が来ればどうなる?」
「まあ、な・・・・・だが弐号機の輸送は当初の予定通りにするしかないか?」
「・・・・だな・・・・実際にドイツ支部では輸送手段とその護衛のやりくりがつかんらしい」
「護衛か・・・・それも厄介だな・・・・国連軍が色々口を出してくるぞ」
「かまわん・・・・彼らには何もできんよ」
「・・・・ふう・・・・また忙しくなるな・・・・」
「ああ・・・・」
シンジは独房の中のベッドであれこれと考えていた。
今までのこと、これからのこと。
そして、自分の事。
『なぜ、僕はここにいるんだ?・・・・』
『・・・・実の父親がいるから?』
『・・・・アレには僕しか乗れないから?』
『・・・・人類を守るため?』
シンジはそこまで考えると自嘲的に笑い、呟く。
「そんなものの為に戦ってる訳じゃあ無いんだよな・・・・」
シンジはわかっているのだ。
自分の性格に欠陥があることに・・・・
そして笑みを消すと再び思考の海に沈む。
『戦う理由はとりあえずいい。じゃあ、これからどうする?』
『このまま戦い続けるには無理があるな・・・・』
『使徒があと何回攻めてくるのか解らないけど、今のままじゃ守り切るのは無理だな・・・・』
シンジは冷静に現在の状況を分析する。
『まともに戦えるのが僕一人・・・・初号機だけっていうのがつらいなあ・・・・・・』
シンジはそこまで考えると、ふとある事を思い付く。
『僕と綾波以外にエヴァのパイロットっているのかな?』
「はーっくしょん!!」
「おいおい・・・・随分豪快なくしゃみだな・・・・風邪か?」
「んー・・・・そんなこと無いんだけど・・・・誰か噂してるのかもね」
「まあ、噂されるのは解るが・・・・それよりも、日本の本部にまた使徒が来たらしい」
「え!?また?これで2体目じゃない!」
「ああ、2週間のブランクで来襲とは向こうさんも本気だな」
「で、どうなったの?」
「今回もサードチルドレンの活躍で事無きを得たそうだよ」
「むう・・・・アタシが向こうにいればちょちょいのちょいなのに・・・・」
「無理言うな。機体は今日ロールアウトするんだぞ?」
「わかってるわよ・・・・だから見に来たんじゃない」
「そうだな・・・・」
「機体が完成して、アタシの訓練も完璧で。この上でアタシと機体はどこに置くつもりなの?」
「本部は早く日本に運べとせっついてるらしいが・・・・」
「え!!じゃあ日本に行けるの!?」
「なんだ、日本に知り合いでもいるのか?」
「んふふー・・・・ちょっとね」
「とは言っても、機体を運べる貨物船があるわけもないから、船(たぶんタンカーになるだろうな)を改造しなきゃならん。護衛艦艇のやりくりも難儀してるらしい。時間がかかるな」
「??輸送船はともかく、護衛の船なんていくらでもいるんじゃないの?」
「国連海軍の4割は米海軍、2割は欧州各国海軍が供出している・・・・あとの4割はどこだと思う?」
「アメリカとヨーロッパを除いた海軍力なんて日本しかないじゃない」
「御明察。で、先日その日本の海上自衛隊が国連海軍の所属からはずれた・・・・国連海軍は振って湧いた艦艇不足に右往左往ってワケだ」
「ふーん・・・・でも、このご時世で海軍力って必要なの?」
「このご時世だからさ・・・・使徒に対するのとは別に、商船隊を守る牧羊犬はいつの世も必要なのさ」
「じゃあ、しばらくは無理なの?」
「検討されてるプランでは、地中海艦隊、印度洋艦隊、太平洋艦隊とつなぐつもりらしいが・・・・どうかな、太平洋艦隊が一番弱体だしな」
「ま、なんでもいいわ・・・・・・・・あー!!早く日本に行きたい!!!」
「・・・・・親友でもいるのか?」
「んー・・・・なんて言えばいいのかなあ・・・・・・・・随分前からのアタシの『心の支え』なのよ。顔も知らないんだけどね」
「ほう・・・・・男か?」
「うん・・・・『shinji』っていつも書いてあるから男の子だと思う」
『・・・・shinji・・・・シンジ?・・・・・・・・・・まさかな』
「?・・・どうしたの?」
「いや・・・・なんでもない・・・・ほら、そろそろ最終実験開始だ、みんながお姫様のお召しを待ってるぞ」
「んもう・・・・またはぐらかして・・・・まあいいわ、行って来る!」
「ああ、気をつけてな」
彼らがいるのはシンジがいる場所から約1万キロ離れた場所・・・・・・
・・・・チュンチュン・・・・
小鳥がさえずり、朝日が街を照らす。
同居人が一人欠けた葛城家にも朝は巡ってくる。
部屋の主人の寝起きは褒められたものではないが・・・・
「んー・・・・・・ねむいー・・・・・・・・なんで夜の2時まで仕事して明くる日に普通に出勤しなきゃなんないのよぉー・・・・・」
それなりの理由が(今回は)あるようだ。
そしてちょっと考え、気付く。
「あ・・・・・・・・今日、シンジ君出て来るんだ・・・・・・・・それなら今日はパーティーしなきゃね!」
眠気もいつの間にかどこかへ吹っ飛んだようだ。
「んー・・・・でも準備どうしようかなあ・・・・そだ、マヤちゃんに手伝ってもらお!・・・・・・・・日向君と青葉君にも手伝ってもらうかな?・・・・レイも呼ぼうかな?」
人に頼って生きるのが得意な女、葛城ミサト。29歳。
「でも・・・・パーティー・・・・ビールがたらふく飲める・・・・」
酒浸りの人生を歩む女、葛城ミサト。29歳。
『PINPON!』
ビールを浴びるほど飲む自分を想像していたミサトの耳にチャイムの音が響く。
「あら?・・・・・・・こんな時間に・・・・・誰かしら?」
ミサトは玄関に行き、タッチパネルに触れてドアを開ける。
「はーい・・・・って・・・・・・あ、あなた達・・・・」
そこにいたのはエントリープラグにもぐり込んだ少年達、トウジとケンスケだった。
二人は転校生の家に来て、ナイスバディのお姉さんが出てきたのでちょっと面食らってるようだ。
「お、おはようございます・・・・転校生・・・・いや、碇君はいますか?」
ケンスケがちょっと躊躇しながらも口を開く。
「あー・・・・シンジ君は今ちょっとネルフの本部で泊まり込みなのよ。いろいろあってね。」
嘘はついていない。
「そうでっか・・・・」トウジが答える。
ミサトは何かを思い付いた表情になると、
「でも、今日は帰ってくるわ・・・・あ、そーだ。今日ウチでパーティーやるんだけど・・・・よかったらどう?」
「パーティー?・・・・失礼ですけど、なんのパーティーですか?」
疑問を感じたようだ。ケンスケが聞いてくる。
「え?・・・・えーっと・・・・」
『まいったわね・・・・まさか釈放を祝って、なんて言えないし・・・・誤魔化しときますか・・・・』
「シンジ君がウチに来てから歓迎会の一つもやってないのよね。それでこの機会にやろうかと思った訳」
「なるほど・・・・」
「で、どう?来てくれる?シンジ君も喜ぶと思うけど」
「いや・・・・ワシらは・・・・」トウジがくちごもる。
「はい!お邪魔させていただきます!」それを遮るようにケンスケが元気よく答える。
「・・・・おい!・・・・」
「いいんだよ!・・・・それじゃ二人とも来ますので、よろしくおねがいします!」
「わかったわ・・・・たぶん、7時頃から始めると思うから、そのころになったら来てちょうだい」
「わかりました」
ミサトがドアを閉め、外には二人が残される。
「ケンスケぇー・・・・オマエどうゆうつもりや!」
「トウジはアイツにひとこと言いに来たんだろ?・・・・だったら早い方がいいよ」
「ちゅーてもなあ・・・・」
「早いか遅いかの違いじゃないのか?・・・・だったら早い方がいいだろ?」
「・・・・・かなわんな・・・・ケンスケには」
トウジはそう言うと、溜め息をつく。
「下心が無い訳じゃないしな・・・・」
「・・・・・・あのべっぴんサンか?」
「・・・・こんな機会はそうそう無いぞ!」
「ふう・・・・前にも言ったかもしらんが・・・・オマエ、ほんっとに自分の欲望に忠実やのう」
ケンスケはそれには答えず、人の悪い笑みを浮かべるだけだった。
「葛城一尉、及び初号機操縦者、入ります」
ミサトの声が凛と響く。
独房からシンジを引っ張り出し、その足で司令公室にやってきたのだ。
ドアが開き、一人の個人の部屋と言うにはいささか広すぎる空間が広がる。
そこにいるのはネルフの司令と副司令。
「ご苦労だった、葛城一尉」
ゲンドウがいつものポーズを崩さずに言う。
「はっ」
ミサトはそれを受けると司令公室を出る。
どこか去りがたい気もしたが、命令は命令。
そして残されたシンジは父親と相対する。
「シンジ・・・・用件はなんだ・・・・」
やはりいつもの様に父親としての態度は微塵も無い。
「聞きたい事は山ほどあるけど・・・・どうせ正直に話すつもりなんて無いんだろうし・・・・とりあえず質問が二つ、それと僕から言う事が一つ」
「・・・・質問から聞こう・・・・」
「まず一つは・・・・どんな理由があってここを守ろうとしてるか今は聞かないけど・・・・守り切れると思ってるの?今のままで」
シンジは独房で思った事をストレートに伝える。
「・・・・それはお前が考える事ではない・・・・が、いいだろう・・・・」
ゲンドウは眉を少し動かすと、さらに続ける。
「増強案は既に動いている。エヴァがもう1機、近日中にここに配備される予定だ」
「パイロットは?」
「もちろん選出済みだ・・・・お前より経験は長い・・・・」
「ふん・・・・じゃあ、それについてはいいね・・・・なら二つ目の質問だ・・・・」
そこでシンジは顔を上げ、視線をゲンドウに合わせる。
その冷たい瞳には何の感情も浮かんではいなかった。
「ファーストチルドレン・・・・綾波レイ・・・・彼女は一体何者なんだ?」
「・・・・・・・・それを聞いてどうする?・・・・・・・・」
「さあ?・・・・僕にもわからないよ・・・・」
「なら、今は聞くな・・・・・・・今はまだ早い・・・・時期が来れば教える・・・・」
「・・・・・・・・・・父さん」
「・・・・なんだ・・・・」
「僕は父さんのやってる事が僕にとって許せない事だったら・・・・・ネルフの・・・・父さんの敵になります・・・・」
ゲンドウはそれを聞くといつものポーズを崩し、顔を上げる。
「・・・・どういうことだ・・・・」
「何を企んでるか知らないけど、もしそれが許せない事なら・・・・ネルフもろともそれを叩き潰すよ」
ゲンドウは鼻で笑う。
「フッ・・・・お前に何が出来る?・・・・」
それに対してシンジも嘲笑する。
「・・・・”先生”に聞いてみれば?・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
シンジは言いたい事を全て言うと、踵を返してドアに向う。
「・・・・シンジ・・・・」
シンジは立ち止まるが、振り返らない。
「・・・・いずれ、全てを話す時が来る・・・・その時まで待て・・・・」
シンジは振り返り、今度は何の邪気の無い笑みを浮かべる。
「楽しみに待ってるよ」
そしてシンジはドアをくぐり、部屋から姿を消した。
後に残されるのは、まったく口を挟まなかった冬月とゲンドウのみ。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「まったく・・・・いいのか?」
「・・・・何がだ」
「我々のやっている事は誉められたものではない。それは自覚しているだろう?」
「・・・・ああ」
「果たして、それを知った時、シンジ君がどういう反応をするかな?」
「子供の戯れ言だ・・・・本気にするな・・・・」
「碇・・・・自分で思ってもいないような事を人に言うな・・・・『叩き潰す』・・・・彼は本気だぞ」
「・・・・・・・」
「しかし・・・・お前の息子とは思えんな・・・・ま、似ているところもあるが」
「・・・・それは褒め言葉か?・・・・それなら私ではない。アイツの教育には一切タッチしていない」
「わかっているさ・・・・野分君は教師になった方がいいかもしれんな・・・・」
「・・・・・・・」
「どうするのだ?・・・・もしシンジ君が我々のやっていることを是としなかった場合は?・・・・彼以外に初号機が操れるとは考えられんぞ」
「・・・・その時は、全てを話す。我々がなぜこんな事をしているか・・・・我々がしなければどういうことになるのか・・・・」
「・・・・・・・・・ユイ君の事もか?・・・・」
「ええ・・・・全てを明かしますよ、冬月先生・・・・」
冬月には、ゲンドウがかすかに笑うのがわかった。
「つらいな・・・・」
「・・・・・・・・・・」
二人はしばらく黙り込み、それぞれに何かを考えるようだった・・・・・・・・
あ・と・が・き
みなさんこんにちは。
P−31です。
第4話Aパートをお届けします。
「レゾリューション」・・・・英和辞書で引きますと、”決意”です。
シンジの、そして他の人間の”決意”。
うまく書けるか不安ではありますが(笑)。
さて、お詫びも一つ。
以前の後書きで、「アスカの出番前倒し」なんて書きましたが、予定変更です。
本編通りになりそうな感じです。
当のご本人には承諾をとってあります(笑)。
ボコボコにされましたが(爆)。
それでは!Bパートでまたお会いしましょう!