慶神学園シリーズ外伝
慶神学園中等部1年A組の教室では、生徒達が中止になった朝のホームルームの時間を利用してのお喋りに余念が無かった。
「なな、碇が行方不明になったんだって?」
「おう、昨日から姿が見えん」
「朝イチに女子達が先生に呼び出されたんだって?」
まさに喧々囂々、おとついの放課後に姿を消した生徒の噂で持ちきりだった。
「なあ、美袋(みなぎ)もいたんだろ? 碇の「裁判」。なんか知らないか?」
ケンスケがそう言うと、声をかけられた女子は過敏なほど強く反応する。
「何にも知らないわよ! そりゃあ縛り付けたまんま帰っちゃったのはやりすぎたと思うけど、自分でほどいてからいなくなったんでしょ!」
「せやなあ・・・・・寮の晩飯も、あいつの分のうなっとったしなあ」
「あんた達こそ寮で同室なんでしょ? 何か知らないの?」
逆に問い返されたトウジはうーんと唸って腕を組む。
彼もケンスケも件(くだん)の少年同じ部屋で寝起きしているのだが、それでもシンジについて何か知っているという訳ではないのである。
「俺達だって知らないよ、暗い奴だったからなあ。何考えてるのか、なんて全然わかんなかった」
いつの間にか凸凹コンビを中心に集まっていた生徒達がやっぱいそうだろうと言うように頷く。
「霧島は何であんな奴のことが好きだったんだ?」
「霧島さんはどうして彼のことが好きなのかしら?」
今回の事件のきっかけを作った女生徒、霧島マナは保健室に来ていた。
「彼、体が弱いものだからいつもここに来ていたけど、あまりもてるタイプではなかったと思うのだけど」
相手の様子を注意深く伺いながら保健医は質問を重ねる。
「彼はあなたに好かれてるって気付いてたのかしら?」
マナはリツコ特製のハーブティー(周知のようにリツコ当人はコーヒー党であるが、悩みを相談しに来る生徒には彼女が自分で調合した鎮静作用やら高揚作用のあるハーブで作ったお茶を振る舞うことも多いのである)をひとくち飲んで、そして話し始めた。
「碇君はたぶんあたしのこと知らないと思います。碇君のまわりには女子沢山いたし、碇君は誰にも興味がないみたいでしたから」
リツコの明敏な頭脳をもってしても、マナの発言の内容を分析、吟味、判別、理解するには若干のタイムラグが必要だった。
それほど、あの内向的とかいうレベルを通り越して魂だけ一足先にあの世に置いて来たような少年が取り巻きを引き連れている光景というのは想像しがたいものであった。
だから
「ななな、なんですって?」
など我知らず間の抜けた台詞を吐いてしまう。
日ごろの知的で少々冷淡な印象を落っことしてしまった、そんな保健医に抗議するように言う。
「そんなに驚かないで下さい! 昔はカッコ良かったんですよ!」
「っくしゅっ!」
シンジは盛大にくしゃみをした。
「くそー、誰か悪口言ってるな・・・・・」
ぶつぶつと呟きながら5本目のバナナの皮をむく。
「あらぁ、ふつうくしゃみ二回で悪口っていわないぃ?」
「それは恋のうわさではありませんこと?」
「いいの、どうせ僕のウワサなんて悪口に決まってるんだから」
シンジが煩わしげに言い返すと、二人の幽霊はあきれた様子で顔を見合わせる。
「くらぁーい! 暗すぎますぅ!」
「いったいどうしてそんな真後ろ向きな性格になってしまったんですの?」
「いいだろどうでも!! ところでこの食べ物・・・・つってもバナナばっかりだけど、どこから取ってきたの?」
極力さりげない口調を装ってシンジは質問を放つ。
最初の朝にはレイが食事を持ってきてくれた。
食べ終わってからそれが寮の昨日の晩御飯であることにシンジは気付いたのだが、してみるとレイはシンジが教室に置き去りにされているのを見つけると同時に行動を起こした、それも計画的に、と言うことなのだろうか?
そう思ってますます憮然としたシンジだったが、一夜明けると現世ではシンジの神隠しで学園中が大騒ぎになっていた。
そんな状況下でそうそう食事を盗み出しては厨房のおばちゃんがノイローゼになってしまう、それに神隠しの神秘性も薄れる(・・・)、と言うことで今では別のルートから食料が調達されていた。
そのルートを逆にたどれば現世に脱出できるのではないか、とシンジは企んでいるのである。
そんなことは知らない「はいからさん」は、シンジが拍子抜けするくらい無警戒な様子で質問に答えてくれる。
「大学の理工学部の温室からですわ。なんでもワクチンの効果を付与したバナナを開発中だとかいうことで、とてもたわわに実って・・・・」
「ぅげぶっ!」
それを聞くなりシンジは口の中のバナナを吐き出した。
「きゃああ!」
「やぁーんきたないーぃ!」
「ばっ、ばかぁ! それは毒性があるかも知れない実験中な奴だあ!」
シンジが知ってるのは貧血で保健室に行った時に聞いたリツコの受け売りに過ぎないのだが、高価なワクチンの代用品としてバナナにワクチンの機能を組み込む技術は20世紀も最後の頃になって実用化されていた。
当時、いや現在に至るも人類はまだ世界のあちこちで続く飢饉や貧困を撲滅することが出来なかった。
それらの国や地域の子供たちに対する予防接種も満足に出来ない状況下で考え出されたのがこの新技術である。
そもそもワクチンと言うのは、人体の免疫系に「こんな奴がいるぞ」と病原菌の人相書きを配ることに似ている。
人相書きに相当するのは菌の蛋白質、ならばその蛋白質を含むバナナ(蛋白質が多く含まれ、牛乳と合わせて「背を高くしたい人用メニュー」とされているのは周知の通り)を作って(経口投与では量が必要になるのだがそれでもワクチンよりもはるかに)安価で大量産可能な代用品にしようと言うのが彼等の考えた計画だった。
しかしそのバナナの報道によって病原体のことを知った細胞や無害な共生菌が悪事を真似してしまっては、つまり病原性まで再現してしまっていたらシャレにならない。
むろん病気の原因にならない無害な蛋白質を選択しているのだが、備えは常に必要である。
と言う訳で、要するに大温室で栽培されているのは安全性の確認のために栽培されている段階のバナナなのであった。
「まあ」
「まあ、じゃないッ!」
吠えて、自分の女の子を怒鳴りつける声の大きさに自分でも嫌になるシンジ。
ここに連れて来られてからまだ三日・・・・いや二日しか経っていないと言うのに、少年はめっきり地声が大きくなってしまった。
だが腹立たしいことに幽霊どもは動じる気配もなくのほほん、と答える。
「でも心配は要りませんわ、ねぇ」
「そうですぅ。もし死んじゃってもぉ、あたし達とおんなじになるだけですもん」
「・・・・・・冗談じゃない。逃げ出してやるぞ、何がなんでも」
「頑張って下さいましね。わたくし達もそちらに賭けておりますの」
「・・・・・はっ?」
一瞬絶句し、そして少年はその言葉の意味を理解した。
つまり、彼女たちはシンジが現世に脱出出来るかどうかで賭けをしているのだ。
(ぼ、僕って・・・・・本気でオモチャ扱い・・・・・)
だぅー、と滂沱の涙を流しそうになったシンジだが、日頃は要領の悪い少年には似合わずちゃっかりと
「だったらさ、出口とか脱出方法とか教えてよ」
と協力を要請する。
が・・・・
「ぇえー、でもぉー、競走馬に対する干渉はぁ・・・・・・」
ピキキ(だれが競走馬だ、だれが!)
「このバナナは?」
「それは当番で、たまたまわたくし達の番が回ってきただけですのよ」
「はあ・・・・もういいよ! どうせもうヒントは貰ったからね」
「ヒント?」
「えー! そんなのあげてません!」
「はは・・・・・じゃあねぇ!」
にやりと笑顔を浮かべながら立ち上がると、シンジは再び「校内ダンジョン巡り」を再開した。
後に残された幽霊達が、心配そうに話しているのも知らず少年は走り出す。
輝ける自由への扉を目指して。
「ねぇー、あたし達ヒントなんて出してないよねぇー」
「わたくしもそう思うのですけど・・・・・・他の皆さんがどう解釈するかが問題ですわ」
「どうなるのかなぁ・・・・・」
「なにしろ本人がそう言っているのですもの。然るべきハンデが課せられると思いますわ」
「うみゅぅー。それじゃあ脱出できないじゃないぃ・・・・」
「あら? マミさん、何を言ってらっしゃるの?」
シンジは本来なら体育館への渡り廊下があるべき所へ向かって走っていた。
この世界はどうやら建物の中だけに限定されているらしく、窓から見えるのはただの映像に過ぎないらしい。
ちなみに窓を破壊してそこから脱出・・・・というのは真っ先にシンジが試みたことである。
結果は・・・・シンジがまだここを右往左往しているのを見れば一目瞭然であろう。
さらに、出入り口に至ってはロールプレイングゲームで言う所のテレポートトラップになっているらしく、正面玄関が体育館非常口に、保健室の校庭側出入り口が大学の研究棟東口につながっている始末だった。
温室に行く出入り口はまだ見つけていないのだが、とりあえずまだ調べていない体育館への渡り廊下を調べることにしたのだ。
温室へ行くのはさっきの会話から思い付いたことだ。
ヒントと呼べるほどのものでもないが・・・・・・
1)バナナの出所は温室である。
2)この娘達の噂は学園七不思議の中には入っていなかった。
3)2より。この幽霊どもは現世では活動出来ないか、行動が著しく制限されるのではないか?
4)1および3より。ならば温室からバナナを持って来れる程の世界の接点が在るのならば、逆に僕もそこから脱出できるのではないか?
「前戦から遠くなると、楽観主義が客観に取って代わる。そして最高意思決定の場では現実なるものはしばしば存在しない。戦争に負けている時は特にそうだ」
ぶつぶつとこんな事を呟いているあたり、どうにも後ろ向きな男である。
自分の考えた事が考察ではなく願望であると自覚しているのはいい。
だが、それを承知で実行を決意したのなら、もう後ろを振り向くべきではない。
振り向く度に君の歩みは少しずつ、けれど確実に遅くなってゆくのだから。
「揺れるな俺の心。迷いは覚悟を鈍らせる」
そう、それでいい。
「って、地の文みたいなフリして人を洗脳してんじゃない!」
「あっはっは、ばれたぁ?」
ケラケラ笑いながら出現する座敷童子。
「何しに来たんだよ、邪魔しにきたの?」
「んー、ちょっと違うかなぁ」
「何! はっきり言ってよ!」
「君、性格変わったわね」
「おいこら・・・・(怒)」
「あたしが、って訳じゃなくてね。さっきヒントを貰ったって言ってたでしょ?」
「うん」
何気なく答えたシンジに、しょうがないわねと言いたそうな表情でため息を吐く。
「はぁ・・・・じゃあそうゆう事で」
「・・・だから何が?」
要領を得ない様子のシンジに炸裂する爆弾宣言。
「賭けに公平を期する為、ペナルティーが科せられるからそのつもりでねぇ」
「な、なにーっ! ちょっと待ってよ、ヒントって言ったって・・・・」
「だーめ。自分で、たった今、「うん」って言ったわよねぇ?」
「そんなぁ・・・・・」
「がぁんばってねぇ。あたしも脱出出来る方に賭けてるんだからさ」
「ちょっと・・・・・・勝手なことばかり言うなよな・・・・・・」
言いたいことだけ言ってさっさと消えてしまった座敷童子に愚痴るようにこぼすシンジ。(←二重表現?)
「ペナルティーだって? 一体何が起きるって言うんだ・・・・・」
戦慄に満ちた視線で四囲を睨むシンジだが、やがて再び歩き始める。
少しづつ早足になってゆく。
しばらくすると小走りを経て、ジョギングといって良いペースで走り出していた。
「くぅ・・・・やっぱなまってるよなぁ」
かなりハイペースで走りながらも、少年は己の体力が衰えていることを思い知っていた。
「偏食、睡眠不足に運動不足。これでなまらなけりゃ嘘だけどさあ!」
パシャパシャパシャッ
「ん?」
突然、走っている足元が水で覆われてしまった。
「水が・・・・なんで・・・・・」
シンジの足は廊下を踏みしめている感触を脳に伝えている。
だが視覚は靴を2、3ミリ程濡らしているだけの水が、底が見えないくらいの深さを持っていることを伝えて来る。
「なんだよ、これ・・・・・」
一歩でも動けば、そのまま足元を踏み外し水中に引きずりこまれるのではないかと言う懸念がシンジの足を封じていた。
そして次の瞬間水面を割って現れた手が、本当にシンジを水中に引きずり込もうとする。
「どうわあああああ!?」
「に・が・さ・な・い・・・・・」
手の後を追うように、血の気の失せた顔が、恨みを秘めた目が、浮かび上がってシンジを睨む。
「は、はっ、放せぇ!」
喚くなり強引に足を引きぬき駆け出すシンジ。
「さっすが溺死霊のアヤさんねー」
「次は誰?」
必死に走るシンジ、その目の前にまっさかさまに落ちてくる女の子。
「う、上は天井だぞ・・・・・」
などと呟いた時には既にポニーテールの小学生は肉がはぜ割れ、目や口から内臓諸器官がはみ出た無残な死体となって少年の足元に真っ赤な血を撒き散らしていた。
「うっ・・・・うわああああああ!」
さすがにそれを踏んづけて通る気にはなれなかったらしく、180度ターンして走り出すシンジ。
「うっわー・・・・・グロ・・・・」
「皆さん羨ましいですわ。わたくしなんて病死なものだから、何の戦力にもなれなくて・・・・」
「・・・・・それってば皮肉なの?」
「ええいちくしょう! もう自棄だ、正面突破あるのみ! 開き直ったオトコの怖さを思い知れ! うっ! 重い!」
自身を鼓舞するために叫びながら走るシンジ。
その双肩に急激に泰山の重みがかかる。
「金縛りってやつか・・・・・・ええい!
女ならダイエットしろーっ!」
怒号した瞬間重みが消える。
「ふん! この調子で蹴散らしてやる!」
「ひ、酷いわーっあんまりよぉー!(号泣)」
「確かに・・・・」
「どうやら・・・・私達を本気にさせたいようね・・・・・」
「吹雪ーっ!?」
豪雪地帯の通学中の事故で死んだ霊でもいたのか、廊下を雪片をのせた猛烈な風が吹き抜けて過ぎる。
「くそ! 雪中強化合宿ん時はこんなもんじゃなかったぞーっ!」
小学5年生の時の冬休みを思い出しながらじりじりと前進するシンジ。
余談ではあるが、その合宿の直後にピッチャーが練習中に倒れ、監督は解任とあいなったのであった。
ずっしいぃん
床を軋ませ爪先数センチの位置にめり込む巨大な岩塊。
「落石って、天井は天井なんだってのー!」
シンジ君、大分混乱してきたようです。
壁をぶち抜き、鼻面を廊下に突っ込ませて止まるトレーラー。
「交通事故って、おいおい冗談でしょ!」
喚いて、はっと気づいて壁に空いた穴から脱出できないか調べるが、トレーラーと壁の間に人が通れるほどの隙間はない。
「・・・・・ちっ」
「ラストは・・・・戦争の厳しさ、教えます!」
「え”・・・・ちょっとちょっと!」
「なんだなんだーっ!」
廊下を曲がった所で、シンジはいきなり激しい弾幕に晒された。
「じょ、冗談じゃないぞ」
日本が戦争を経験したのはシンジにとっては祖父どころか曾祖父の曾々祖父の世代である。
さすがに「ヤケクソの神さん」(c竹本チエ)の加護も届かず、廊下の角に隠れ縮こまるしかない。
その哀れな少年の目の前に転がってきた丸いモノ。
「しゅっ! 手榴弾!?」
「ばかばかばか! あんた達には手加減ってものがないの!?」
「あ、でも・・・・こっち来る」
「「「え?」」」
「はっ!」
咄嗟にシンジは手榴弾を掴むと前方に投げ返していた。
「ぅきゃああああああ!」
ちゅどーん
轟音と共に爆風が吹き付けてくる。
「ほ、ほんものー!?」
「本物です。次、いきます」
「ちょ、ちょっと!」
ちゅどーん
「や、やるわね・・・・・」
「次、行きま・・・・」
「ええい、やめんかぁ!」
「シニアリーグのエースをなめんなよぉ!」
三発目の手榴弾は無かった。
快哉を上げ、再びシンジは走り出す。
「ちょっとお、どうすんの? もう後がないわよ」
「まあいいんだけどねぇ、別に・・・・・・でももう少し悪あがき、してみっか」
「突破ぁ!」
叫びながら、まるで体当たりでもするかのようなスピードで渡り廊下へと続く扉に突っ込むシンジ。
「きゃー!(はぁと)」
「へ・・・・@#$%&=¥*+!?」
目の前は下半分が青、上半分が白。
頬骨や鼻筋にあたる、布越しの軟らかな肉の感触。
そしてヒタイニチョクセツフレルSIMETTAHADANOATUSA.
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「やぁんもぉ、強引なんだからぁ。でも君になら・・・・・・って・・・・・・・・・・・・・・・おーい・・・・・・・・・・・・・生きてる?」
返事は無い。
さんざ走り回った後のこの刺激は、奥手な少年にとってはやはり強すぎたのだろう。
鼻孔から流れ出す尋常でない量の血が彼が受けた衝撃の凄まじさを物語っていた。
「おーい・・・・・ねえねえ、おーいってばぁ・・・・・・これで終りってのは洒落にならないんですけど・・・・・」
びくり・・・・・・がばあ!
「え? きゃぁぁ!」
呆然の状態からは抜け出したもののいまだ自失したままのシンジは、やおら青白い髪の少女の柔肌を覆うバスタオルに手をかけた。
「きゃ、や、やぁ!」
「おぉーっと、碇シンジ再起動! みずから胸部拘束具を引き剥がしましたぁ!」
「ちょ、ちょっと! 馬鹿言ってないで助けてよ!」
バスタオルを引き剥がされ、むき出しになった真っ白な肌にナメクジの這ったような跡がつけられてゆく。
「ダ、ダメェ・・・・・」
「・・・・・・・すごー」
幽霊の一人が呆然と呟いた。
バスタオルから開放された双球にむしゃぶりつくシンジの舌の動きに敏感に反応する、人外の化生とはいえ紛れも無い女の肉体。
「だめっ・・・・・・やめてぇ・・・・・・ねえ、お願いだから・・・・・・やめ・・・・・」
日頃の姿からは想像出来ないほど弱々しく拒絶の言葉を吐く座敷童子、だが暴走する少年の欲望はそれを聞き入れるどころか聞いているのかどうかさえ怪しいものだった。
(非18禁サイトにつき以下7文削除
「・・・・・最低」
「せこい行数稼ぎやってるわねえ」
「ひどいじゃないですか、それに僕はこんなケダモノじゃありません!」
ムハハ・・・・・・確かに碇少年の自制心には実績があるが、まあこれはちょっとした読者サービスというやつだ、許せ。
「そう・・・碇君はケダモノじゃあないわ・・・・」
「はん! あんたの色気が足りないだけよ、アタシのときは・・・・・」
ええいやめんか! 7文を大幅にオーバーしているではないか!)
「だめぇ!」
ばしんばしっばしん!
ひときわ甲高い叫びが上がったかと思うと激しいラップ音(平手打ちの効果音ではなく騒霊現象の一つ)が連続して発生し、シンジの体が宙に放り出された。
「うわあ?」
がっしゃーん
シャワー室の仕切り板をぶち壊し、すのこをひっくり返しながら着地する。
「いてて・・・・・」
よろよろと上体を起こし、首を振って意識をはっきりさせようとするシンジ。
目を開けると視界のすみを走り去ってゆく色白な細い足が見えた。
「あ・・・・」
はっとして顔を上げたシンジは、刹那奇妙なデジャ・ヴュを覚えた。
ずらずらと目の前に立ち並ぶ女の子の群れ、その目から降り注ぐ怒りに満ちた視線。
「あ・・・・・・はは・・・・・・・・」
「あははじゃないですぅ!」
「ええいこのエロ餓鬼ぃ!」
「大体あんた汗臭いわよ!」
考えてみればシンジはここに連れさられて以来もう一週間近く同じ服を着たままで、しかも走り回ったりして汗をたっぷりかいているのである。
シンジ自身でも時折異臭が鼻を突くくらいだから、他人にはさぞやひどい臭いが・・・・・・・・・・・・はて? 幽霊に嗅覚が有るのだろうか?
「洗っちまえ洗っちまえ!」
「う、うわああぁ!」
「なぁにが「うわあ」ですか! 少しはあの子の身になって反省なさい!」
手厳しく決め付け、情け容赦なくシンジを裸にひん剥く幽霊達。
「またなのー!?」
しばらく抵抗していたシンジだが、どこからか取り出したシャンプーをぶっかけられたあたりで観念してしまう。
「・・・・・・・・」
開き直ってしまったシンジは、左目は泡が入ってきて見えなくなったので右目だけで、周囲の様子を伺う。
幽霊どものことは、無視!
どうやらここはシャワー室、それも出入り口が二つ有る所を見ると更衣室に付属しているやつではなくプールに付属しているやつのようだ。
「なに盗み見してんのよ」
その台詞と同時に水流がシンジの顔面に向けられる。
「ぅぷっ・・・・」
「あのね、いっくら探したって「出入り口」なんて物はないの」
「・・・・・・・・!」
シンジの顔は驚愕、絶望、憤怒とめまぐるしく移り変わった。
それを歯牙にもかけず平然と手と口を動かし続ける幽霊達。
「部長が言ってたでしょうが、脱出したいならどうすれば良いって言ってた?」
「でも、あんなことしちゃったらもう許してもらえないんじゃないかしら」
「大丈夫よぉ、多分・・・・・」
(・・・・・・くそ・・・・・・・出入り口はないだって?)
シンジは周囲で交わされる会話などもはや聞いてはいなかった。
筋肉と同じく、最低限しか使っていなかった脳髄をフル回転させて状況を分析しようとしている。
だが長い長い怠惰の時代がかつての活力を根こそぎスポイルしていたのか、考察は遅々として進まなかった。
(そう言えば彼女が言ってたな、たしか「こんな目に合わされなきゃならない理由が分かったなら帰してやる」って・・・・」
「ねえ、こうやって髪の毛まとめるとさ、部長のあこがれの君に似てない?」
「何それ、そんなの初耳・・・・・・」
「そういう方がいたんですのよ。そうですわねぇ、もう40年近く前になりますかしら」
「へえ・・・・あの部長がねえ・・・・」
(ほんとにクイズに答えるしか抜け出す方法は無いのか?)
「そりゃあもう大恋愛だったんだから・・・・といっても告白もできなかったんだけどね・・・・」
「ふうん・・・・」
「でもねぇでもねぇ、その恋煩いで部長ってば背が伸びちゃうし、髪だって白髪みたいになっちゃうし、もう大変だったんだからぁ」
(それにしても僕が彼女にこんな目に合わされなきゃならない理由なんて、心当たりが・・・・・・・・いや、あるけど)
「え、何、そうだったの?」
「相手の理想に合わせたんだか何だか・・・・・・元はフツーの座敷童子だったのにさ」
「ねえ切っちゃおっか、この髪」
「そうね、うっとうしいし、やっちゃえやっちゃえ」
(でも、だって、あれはたった今のことで・・・・・・・だからここにさらわれて来る理由にはならなくって・・・・)
じょきじょきじょきじょきじょきじょきじょきじょきじょき
虚空から取り出した鋏が容赦なくシンジの伸び放題のボサボサ頭を散髪してゆく。
それでも考察に没頭しているシンジは身じろぎ一つしない。
流石は現実逃避の達人、ここまでされて気付かずに居れると言うのは、ある意味天才的と言えよう。
「んん?」
「こ、これは・・・・・・・」
ちょき・・・ちょき・・ちょきん・・・ちょき・・・ちょき・・・・・・・・ちょき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょき・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ほぇー・・・・・・・・・・」
ちょき・・・・・・・・
ちょき・・・・・・・・
ちょき・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・」
「ぼー・・・・・・・・」
(とにかく考えてるだけじゃだめだ、何か情報を集めないと・・・・・・・・)
「ねえ、君達・・・・・・・・・」
ともかく作戦を変更し、周りの幽霊相手に聞き込みをしようとしたシンジだが、得られた反応は捗々しいものではなかった。
「ねえ・・・・・・・?」
(どうしちゃったんだ、皆ぼんやりして・・・・・・・・)
「・・・・あの、碇君、これ私のお供えだけどよかったら・・・・・・」
などと言いつつやおら饅頭を差し出して来る二重瞼セミロングの幽霊。
「あっ、ずるーい!」
「抜け駆けなんて許せないぃ!」
「なによ! やる気?」
「やっちまえー!」
「男女七歳にして席を同じくせずーっ!」
「化粧が濃いわよこの不良っ」
「これは死に化粧よ!」
はいからさんも普段の御淑やかそうな態度は事表の地平の彼方に蹴り飛ばしてしまうことにしたらしい。
「何なんだ、一体?」
呆然と、やっぱり女の子はわからないなどと思いながら、シンジはここでの情報収集を諦めた。
(他を当たってみよう・・・・・・・・・・・・・・・の前に服は・・・・・と、びしょびしょ(--;。洗濯してくれたのかな?)
とりあえず絞れるものは絞って、ランニングとズボンだけでも身につけておく。
シャツと上履き、靴下は手に持って乾燥するのを待つことにする。
「うう・・・・・・・湿った布地がまとわりついて歩きにくい・・・・・・・・・」
背後で続いている泥レス一歩手前の乱闘は潔いまでに無視して廊下に出る。
無関心もここまで来ると、やはり冷血な男と言わざるを得ないだろう。
「冷たいの、でもそこがいいの」
正面20度上方の空間を見ながら力説する霧島マナ嬢。
「・・・・・・ふーん、そうなの?」
応えが返るのに一瞬ブランクがあった。
「そうなの! いっくら足が速くてもボールが速くても、デレデレしてるみたいなのってカッコ悪いじゃない」
「あ、そゆことか」
「それならなんとなく分かるかな」
だが新聞部部長(本人は編集長と言う呼ばれ方を好んでいるらしい)惣流アスカラングレー嬢はまだ納得出来ない様子だった。
「でも信じられないなぁ。あの碇がそんなすごいピッチャーだったーなんてさ」
周囲にいた連中も皆うんうんと肯いている。
「ひっどぉーい」
ぶんむくれのマナだが・・・・・無理も無いと思うぞ。
「霧島は知ってんの? 碇があんな風にぶっ壊れちまった理由」
「え? それは、そのぉ・・・・・・」
「知ってるの!?」
途端にざわめく好奇心過剰な少年少女。
興味の無い振りをして聞き耳を立てていた連中も、何人か席を立って近寄ってくる。
「知ってるけど、でもそれは・・・・・・」
「いいじゃない、教えてよ! あいつってば今や学園内一の注目の人なんだから」
「ちょっとアスカ! 止しなさいよ、人の過去を詮索するなんていくらなんでも悪趣味よ!」
「堅い事言いっこなし! みんな知りたいと思ってるんだもの、報道の自由を遮る事は出来ないわ。それにヒカリだって知りたいでしょ?」
「それはそうだけど・・・・」
何のかのと言ってもそこは女の子、好奇心には勝てないらしく、あっさりと陥落するクラスの良心。
「ね? 教えてよ!」
興味津々と顔に書いて詰め寄ってくるクラス中の女子(及び一部の男子)に、マナはちょっとおびえながらも毅然と言い放つ。
「教えられるわけないでしょ! そんな事、いくらなんでも最低だわ!」
「でも、今までのままじゃあ仮令碇君が戻ってきたってみんなから誤解されたままよ」
流石は委員長である、即座にもっともらしい口実を設けてしまった。
思わぬ加勢に皆が勢いづくが、マナの意志は固かった。
「駄目! 教えられない!」
学年でも一二を争う美少女にきっぱりはっきり強い口調で言われると、さしもの野次馬達も引き下がるしかなかった。
まだ未練がましい表情をしている者もいるが、一年生にして新聞部を牛耳る有能な鬼編集長、アスカはすっぱりと気分を切り替えて別のネタを手に入れようとする。
「わかったわ。じゃあさ、昔の写真とか、そういうのって持ってない?」
「有るわよ、ほら」
即座にそう答えると、手帳を取り出しその裏表紙裏に挿まれた一枚の写真を取り出す。
「・・・・・・うそ」
一目見るなり絶句するアスカ。
「どうしたの・・・・・・ええぇ!」
その様子に不審を覚え、ヒカリも写真を覗き込んだが、次の瞬間驚愕のあまり叫びだしてしまう。
その写真の頃のシンジは、もちろん伊達眼鏡や伸び放題の前髪で表情を隠したりはしていなかった。
偏食でやせ衰えてもいなければ、顔色も睡眠不足で悪くなってはいない、紅顔の野球少年ははっきり言って暗がりに引きずり込んで悪戯したくなるくらいの美少年だった。
「あ!?」
ぼんやりと教壇に座り込んでいた座敷童子は、シンジの顔を見るなり凍り付いてしまう。
「ど、どうしたのさ、まるで幽霊でも見たみたいな顔して」
「あんまり気の利いた冗談じゃないわね」
硬直から抜け出して減らず口をたたくが、どこかぼんやりしている。
「・・・・・何?」
「いや、その・・・・・・・さっきはゴメン・・・・・・・・」
罪の意識からか、おずおずと謝罪するシンジ。
「あれだけのコトしといてゴメンですます気?」
半角ニヤリ笑いを浮かべてそう言い放つつもりだった。
だが彼女の唇が紡ぎ出したのは
「き、気にしないでよ、あたしもちょっとからかいすぎたから・・・」
などと言うしおらしい言葉であり、その顔が浮かべているのは余裕のニヤリ笑いとは程遠い羞恥の表情だった。
「・・・・ホントにゴメン・・・」
「い、いいから! 思い出させないでよ!」
真っ赤になって、視線さえそらせて言う。
そんな態度を取られて、シンジの方も変に意識してぎこちない表情になってしまう。
(確かに、お互いに無かった事にするのがいいみたいだ)
いかにも彼らしい、責任感の欠如した事勿れ主義的な発想である。
「え、えっとぉ・・・・・とにかく、大温室に辿り着けなかった訳だから、障害物競走トトカルチョの正解は失敗ね」
どうやらまだ動揺しているのか、ろくでもない事を言う。
「・・・・・僕は知らん」
憮然とした様子のシンジ。
偽の脱出路を餌にまんまと競走馬を演じさせられて、完全に釈迦の掌中で弄ばれていたわけであるからして、愛想よく出来るはずがない。
「あ、そかそか。自分で賭けたりはしないわよねえ」
話題が途切れた。
居心地の悪い沈黙が周囲を覆い、どちらからともなく目をそらす。
「あ・・・・」
「え?」
「その・・・・眼鏡、廊下に落ちてたの・・・・」
そう言って差し出された手の中に見慣れた眼鏡があった。
「あぁ、ありがと」
眼鏡を取ろうとした時、シンジの指先が彼女のてのひらに触れた。
「!」
まるで火傷でもしたみたいに素早く引っ込められる。
「ゴメン」
「・・・ううん・・・」
先程からやたらしおらしい態度である、どうにも「らしく」ない。
違和感がもたらす居心地悪さの中で、シンジは眼鏡をかけようとした。
「・・・・・・あれ?」
指先に当たる毛先の感触が無い。
シンジはその時になってようやく自分の身に訪れた変化に気付いた。
「髪が・・・・髪が無い!」
「あるでしょうが! ちゃんと!」
あまりと言えばあまりのボケに思わず普段通りの態度で突っ込む座敷童子。
「あ、ホントだ・・・・・・でも何時の間にこんなに短くなって・・・・・・」
「そんなことされて、何で気がつかないのよ・・・・?」
徹頭徹尾に周囲に無関心な少年だと言うことは知っていたが、ここまで来るとさすがに呆れ返った顔をするしかない。
「・・・・・うーん・・・・・・」
頭のあちこちを撫で触りながら唸るシンジ。
「鏡、見る?」
「うん」
例によって虚空から取り出される一枚の鏡。
(食べ物もこうやって取ってたのかな?)
メッキで裏打ちされたガラス板を覗き込むと、毛が立たない程度に短く刈り込んだ頭の少年がこちらを見返してくる。
「・・・・・やれやれ、随分ばっさり切ってくれちゃって・・・」
大袈裟に慨嘆しているが、なに、本気で嘆いているわけではない。
むしろ今の気分にはこちらの方がいいかも知れないとさえ思っていた。
「・・・・・・いらないか、もう」
「・・・・あ・・」
呟いて眼鏡を外すと胸ポケットに仕舞い込んだ。
だが、それを見た彼女が残念そうな声を上げる。
「・・・・な、何?」
「眼鏡、かけないの?」
「うん。どうせ度は入っていないし、これで表情を隠す意味が無いから」
隠そうとしても、閉ざそうとしても、彼女たちは容赦無く暴き出そうとする。
それが、心地良い。
身を寄せ合おうにもお互いの刺が邪魔をするヤマアラシのように、自分から人に接するには傷つくことが恐ろしすぎる。
けれど、ここにいれば・・・・・。
ここに連れてこられて以来ストレスはたまる一方だが、その反面で昔まだ母親がいて、幸せだった頃のように心身に活力が戻っているのを感じていた。
隠そうとしても内から沸き上がる強い衝動。
怒り狂い、叫び、悲鳴を上げる。
実感される、生きている感触。
「また戻ったら、かけるかも知れないけど」
生きた人間の中で今のように心を曝け出すのは、まだ恐かった。
(幽霊よりも生きた人間の方が恐いなんてね・・・・)
自嘲の笑みが浮かぶのを禁じ得なかった。
「せっかく、似てるのに・・・・」
「?」
自嘲の笑みを浮かべたその表情は、彼女にある人物を思い出させた・・・・。
11日目
「なあ、碇の親父が来てるんだってよ!」
「えぇ! どんな奴だよ!」
「オレが知るかよ」
「何や、見たわけや無いんかい。せやけどとうとう来たか・・・・・・もうガッコも誤魔化しようがないって覚悟したわけやな」
教室でケンスケ達のゴシップの俎上に上っていたように、シンジの父・・・・・六分儀ゲンドウは面会室で高校時代の師である冬月教頭と再会していた。
「お久しぶりですね、冬月先生」
「あ、ああ」
「あら、御二人とも面識がおありなのかしら?」
「ええ」
「彼はここの卒業生なのでね」
そう、まだこの学校が山奥の中高一貫の男子校と言う戦慄すべき代物であったころに、当時はまだ平教師だった冬月は六分儀ゲンドウの担任を7年間に渡って務めたのである。
(あのころも何を考えているのか分からないトラブルメーカーだったが、もはや「怪人物」以外の何者でもないな・・・・)
腹の底で相手が知ったら確実に気を悪くする事を考えながら、冬月は現在に至るまでの経緯を説明した。
その間、サングラスをかけた髭面の怪人は口を挟むどころか、顔の筋肉の一筋も動かさないまま無言で座っているだけだった。
(・・・・・六分義、何を考えている・・・?)
「と、言うわけなのだ・・・・」
ようやく話しを終え、冬月はもうすっかり冷めてしまった玉露をひとすすりした。
ゲンドウはおもむろに顔の前で組んでいた手を解き、サングラスを押し上げ、断言した。
「・・・・・問題はありません(きっぱり)」
「ぅおいっ!」
思わずはしたなくも大声を上げるナオコ。
「し、失礼しました・・・・・あの、問題が無いとおっしゃいましたか?」
「ええ。重ねて申し上げますが、問題はありません」
(・・・・・・何を根拠に?)
「昔の君はたいそうなトラブルメーカーだったが・・・・・・やはり蛙の子は蛙ということか」
唖然とする赤木校長を尻目に、教頭は何やら納得したように頷いた。
続くっ!
あんまり本気で反省していない03;プリーチャー
しかし腹立たしい・・・・こうなったらいっそのこと、我輩の手でガイバーの同人小説を書いてやろうか。