慶神学園シリーズ外伝
秋口の空は突き抜けるように青い。
「天高く馬こゆる秋か」
我知らずそんな言葉を漏らしてしまうほど鮮烈な青。
だからと言って僕の暗鬱な気分を晴らす事は出来ない。
そうとも、誰がこの僕を救えると言うのだ、たとえお盆とお正月が一緒に来て仏陀がバナナをくれても、僕はもう微笑まない。
しょせん要らない子供だったんだ、生まれてくるべきじゃなかったのさ。
僕の独り言を聞きつけたのか、後ろの席で話していた二人組が僕に話しかけてくる。
「なあ知ってっか? 「天高く馬こゆる秋」の「こゆる」って「秋は飯が旨いから馬も太る」って意味じゃないんだぜ」
だからどうした、蘊蓄たれとはまったくオタッキーらしい趣味だが、興味のないことについてあれこれ聞かされる方の身にもなって欲しいな。
「馬こゆるというのは、秋の収穫をねらって馬賊が砂漠からやってくると言う意味で、一般に思われている平和な意味とは全く逆。知ってるよ」
「そ、そうか・・・・」
自分だけが知ってるとでも思ったのかい、その程度の雑学を?
すごすごと引き下がる同級生に心の中でそんな嘲罵を浴びせてみた。
別に楽しくも何ともなりはしない。
この程度のことで人を蔑み優越感に浸れるほど、僕は馬鹿じゃない。
「け、結構物知りやないか」
「この程度で?」
一撃の下に撃沈され、ミリタリーおたくに続いて黒ジャージの同級生は僕の前から去っていった。
このころのシンジの精神状態はかくもすさみきって・・・・いや摩滅しきっていた。
「でさー・・・・ちょっと何よあんたら」
談笑の輪の中に割り込んできた眼鏡とジャージを軽く睨むふりをするおさげの娘。
「うー、だめだあいつにエナジードレインされた、回復させてくれー」
「なんやねん、人がせっかく話しかけたったのに」
「無駄無駄、あいつに何言ったってまともな返事なんて帰って来やしないよ」
「何が楽しくって生きてるんだろーね、アレ」
このグループだけでなく、ほとんどの生徒はシンジにネガティブな印象を抱いていた。
耳や目まで半ば隠す様なボサボサの頭、眼鏡の奥の目は決して人と視線を合わせようとはしない。
いかにも根暗でございと言わんばかりのスタイルに、トドメは常に聞いているS−DAT。
きっと親にも見放され、寮に放り込まれたんだろうと言うのが衆目の一致した見解である。
そんな彼の上にあんな事件が降りかかってくるとは、この時点では誰一人として想像だにしていなかった。
(新聞に載るほど悪いこともなく、賞状を貰うほど良いこともなく、そしてゆっくりと一年は過ぎてゆく、か・・・・)
あとは寮に戻り、不味くも旨くもない食事を食べる他は、就寝時刻まで延々と聞き流すだけのS−DATを聴くだけで少年の一日は終わる。
今日も何事もなく終わったことを感謝するべきか、呪詛するべきか・・・なんてことを悩んだりはしない。
「どうでもいいことさ」
彼は全てに対し関心を持ってはいなかった、そう、自分自身に対してさえ。
だが学校の授業だけで一日が終わるわけではない。
その日は何事もなく終わったりはしなかったのである。
「ん?」
僕は思わず声を上げてしまった。
教科書にノート、最低限の筆記用具、そしてS−DAT、それ以外には何も入っていないはずの鞄に見慣れぬ物体が入っていた。
「なん・・・」
「お、何だいそれ?」
とにかく人なつっこい・・・・あつかましいとも言う・・・・性質のミリタリーおたくが、懲りずに話しかけてくる。
「カラー封筒だよ、購買部で売ってる。知らないか?」
「いや、それは知ってるけど・・・・」
「お、何や何やラブレターか?」
何を言いだす、そんなはずが無いだろ?
「なにぃー! ラブレターだぁ?」
「うそだろ、なんでこんな奴に!?」
まだほとんどが教室に残っていた男子達が一斉に奇声を上げて寄ってくる。
こんな奴・・・か、ふん、そんなもんだろうさ。
親切ごかしてみたところで本当はみんな、自分より低い奴がいると思って安心してたんだろ?
別にそれが悪いとは言わないけどね。
「相手は誰だ、相手は?」
人の封筒を勝手に開けるか、普通?
ま、いいけどね、どうせ悪戯だろうから。
「何々・・・碇シンジ様、と・・・・
同じ中学になれてとっても嬉しかったのに、まだろくにお話もしてません。
私と友達になって下さい? 私のこと気づいて下さい!? なかなか熱烈やな・・・・」
「このヤロー、うらやましいじゃねーか!」
「にくいねこの色男!」
「俺だってまだ貰ったことないのに、なんでおまえなんかがっ」
口々に勝手なことを言いながら僕の背中や頭を叩いてくれる。
みんなかなり力が入っていて、中には本気で殴っているとしか思えないのもあった。
何をムキになっているのやら・・・・そんなに女に飢えてるのかな?
「かしこ・・・・・・・・・・・・き・・・・・・・・・」
「どうしたんだよ鈴原?」
「誰なんだ? その物好きな女は」
「・・・・・・・・・・・・・・き・・・・・・・・・きり・・・・・・・・・
霧島・・・・・・・マナ・・・・・・・・・・」
「なあにいー!」
「なっなんであの子が碇なんかに!」
「そんな・・・・あの子の写真は高く売れるんだぞ・・・・」
「ちょっとした事で思いっきり嫌われる思春期の女の子に、どうして脳味噌も感性も死後硬直してるような奴が好かれるんだぁ!?」
「なにかの間違いだ、悪質ないたずらだ!」
霧島マナ? 誰だったかな?
自慢には到底ならないことだけど、僕は同級生の名前だって碌に覚えちゃいないんだ、まして違うクラスの子だったりしたら、いくらメモリ領域をチェックしても無駄だろう。 みんなの反応からして実在するようだけど・・・・
・・・・・・・やれやれ、何を気にしてるんだろうね、僕は。
「い、いたずら・・・・か・・・・?」
「・・・・なんだ・・・・・」
「そうか、そうだよな・・・・」
「こいつに来るわけないもんなあ・・・・」
どうやらみんなもようやく悪戯だってことに気がついたみたいだ。
「悪かったな、ぶっ叩いて」
「いや、ついむかついてさあ」
「いいけどね、別に・・・」
みんな三々五々と散っていく。
「まぁ気を落としなや」
「いつか本物を貰えるさ」
別にそんなもの欲しいとも思わないし、気を落としてもいない。
たのむから、もう僕に干渉しないで欲しい。
僕は改めて「ラブレター」を読んでみた。
陳腐な文章、没個性的な丸文字・・・・まあ犯人を見つけてどうこうしようと言うつもりもないけど、これじゃ誰の仕業かはわからないな。
僕は便箋と封筒を丸めて、教室の後ろの護美箱めがけて投げつけた。
ストライク! まだ腕は錆び付いていないみたいだ。
そんな男の子達の一挙一動を、怒りやら狼狽やら絶望やらの表情で見つめている女生徒の一団があった。
そのうちの一人が、あまりと言えばあまりの成り行きに耐えられずに教室から逃げるように飛び出してゆく。
「あ、マナ!」
そう、こらえ切れぬ鳴咽をもらしながら駆け去ったその女生徒こそ、ラブレターの送り主たる霧島マナ嬢だったのである。
「どうしたんだろ、霧島は?」
「うっさいわね! 男子は引っ込んでなさいよ!」
「デリカシーないんだから!」
「ま、まさか、まさかあのラブレターは本物だったんじゃぁ・・・・」
「そんなー! ウソだろー!」
「五月蝿いって・・・・・言ってるでしょうがぁ!」
「だいたいあんた達がいらんコトするから!」
事前にある程度の事情を知っていたアスカ達が、事態を決定的に悪化させた男子達を相手に喧嘩を始めた。
遅れ馳せながら事情を悟った者も合流し、かなりの大騒ぎになる。
だがシンジはそれに関心を向ける事なく・・・・ここまで来ると、いっそ見事と言うしかない・・・・さっきもみくちゃにされた時落とした眼鏡を捜していた。
眼鏡は窓際の席の下に落ちていた。
幸い形状記憶合金のフレームが歪んだだけで、レンズ(と言っても度が入っていない素通しのプラスチック板なのだが)に疵はついていないようだ。
それを拾って、さあ帰ろうとしたシンジの背に
「碇君!」
やたら怒りのこもった声がかけられた。
シンジが振り向くと、そこにはクラス委員の子を先頭に女子達がズラズラと・・・・よそのクラスも混じっているんじゃないのか、この数は?
「ちょっと話があるんだけど」
話があるとはまた婉曲した言い回しもあったもので、彼女たちが求めているのは謝罪以外の何者でもないだろう。
問答無用でシンジを椅子に座らせて、どこから持ってきたのか、ロープで背もたれに括り付けた。
弁護人どころか裁判官もいない、罪の意識のない被告と頭に血を上らせた陪審員だけの裁判が始まる。
「あんた自分がどの程度か知ってんの?」
知ってるよ、嫌になるくらいにね。
「まあ小学生でもわかるけどね、そんなこと」
いらない子供。
「絶対彼女どころか友達だって出来ないタイプよね、見たまんま生きる屍って感じー」
父親にも見捨てられてこんな所に放り込まれた、そう、みんなが思ってる通りさ。
「一生独身よ!」
でも誰に迷惑をかけたこともないし、いじめの対象にもならなかったのがささやかな自慢だったのに・・・・
「のんきにため息なんか吐いてんじゃないわよ! ちゃんと聞きなさいよね!」
煩いなあ・・・・・・
「いーい!? 女の子にとっちゃラブレターなんて清水の舞台から風船持ってロープレスバンジーするくらい恥ずかしい事なのよ!」
何だよロープレスバンジーって。
「よりにもよってそれをみんなでまわし読みするだなんて、どーいう神経してんのよ!?」
・・・・・そりゃ驚いた。
「・・・・・そうなの?」
「そうなの!」
「なんとか言ってみなさいよ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
頭に血が上った女に何を言っても無駄だ。
女性が男性に比べて感情的であり、一見知性的な言動をとる女性ほど実際には感情で動いていて、それを理論武装しているに過ぎない。
この程度の真理は、僕だって知っている。
第一、なんでこいつらに頭を下げなきゃならないんだ、部外者のくせにでしゃばって・・・・
許せない、見過ごせない物事があるから怒るんじゃなくて、もともと何かに腹を立ててて、それをぶつける対象をあとから探している。
老いも若きも、最近はそんな連中ばっかりだ。
霧島さんの事にかこつけて・・・・・・・自分のストレスを解消してるだけだろ、あんた達は。
少年の螺旋階段の如くネジネジ曲がった性根は、もしかしたら自分はとても酷い事をしたのではないかと思いつつも、彼女たちの無法(彼にはそう思えた)に膝を屈するのを潔しとはしなかった。
「だからって・・・縛ったまま置いてくか・・・・」
そう愚痴る声が震えているのは寒さのためだけではない。
「腹減ったな・・・・トイレ行きたいな・・・・・日頃存在感がないから舎監もいないことに気付かないだろうし、同室の奴らが探しに来てくれるとも思えないし、こういう日に限って用務員さんがなかなか見回りに来ないし・・・・」
教師や寮長の上級生(男子校時代の伝統的で高等部の生徒会長が兼任している)も、特に目立った問題を起こすでもなく、さりとて優等生と言うわけでは決してないシンジの事など特に印象に残してはいない。
強いて言えばシンジは保健室の常連(それも低血圧と言う男子には珍しい症状。偏食がひどく、夜遅くまで漫然と本を読んでいたりS−DATを聞いていたりするせいである)なので保険医の赤木リツコには記憶されているだろうが、この場合は何の役にも立たない。
やれやれとため息をついたその時、不意に冷淡な感じの声に話しかけられた。
「何、してるの?」
「何って・・・・縛られてるんだよ」
「そう」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あ、あのさ・・・・・・」
「何?」
「その・・・ほどいてくれないかな、縄」
「命令ならばそうするわ」
「め、命令!?」
予想外の反応に絶句するシンジ。
「なーんてね、ジョーダンよジョーダン!」
うってかわって朗らかに笑いながら縄をほどく女生徒、だがそのいでたちは慶神学園の制服ではない。
紺色のスカート、ブラウスの上に白いベスト。
さらに頭髪も青みがかかった白に染めているようだ。
しかし今のシンジにはそれに気を回す余裕など無かった。
「ありがとう!」
語尾にエクスクラメーション・マークがついたのは熱烈な感謝を表しているのとは違う、急がなきゃ・・・という焦燥のあらわれである。
尿意はもう耐えられないほど強くなっていた。
急いで走りだそうとしたシンジの学生服の裾をがしっと掴む見慣れぬ女生徒。
「わぁ!」
「あぁ、ごっめーん。漏らさなかった?」
「な、何!」
「えっとね、もうすぐ練習だからさ、遅れないように戻って来てね」
「う、うん。わかったから手を離して!」
「いってらっしゃーい」
やたら明るい女生徒が手を離すと、シンジは高々と打ち上げられたセンターフライを追うリトルリーグの選手じみた勢いで走り出した。
そして教室の扉を駆け抜けながら一瞬ちらっと振り返る。
薄暗い教室の中にたたずむその娘は、まるで幽霊のように見えた。
病的に白い肌、青みがかかった白髪、紅い瞳・・・・・
(練習!? こんな時間に? ここ夜間部ってあったっけ・・・?)
もちろんそんな物はない。
こんなへんぴな山奥の全寮制の学校に、しかも夜中に通いたがるような物好きがいるはずもない。
(まさか・・・・幽霊!?)
トイレを済ませた僕は、教室の前でそっと中の様子を窺った。
「真っ暗だな・・・」
前後の扉が両方とも閉ざされている。
用務員さんが閉めたのかとも思ったけど、隣の教室は開けっぱなしのままだ。
それにあの子が残っていたんだから、そのまま閉めたりはしないだろうし。
じゃああの子が自分で閉めたんだろうか。
真っ暗な教室に一人だけでいるのに、自分から閉めきっっちゃうかな?
「やっぱり幽霊なのかな・・・・・」
ふと気がついたら独り言を言っている。
いかにも友達がいないと言っているような癖だから、気をつけているんだけど・・・・
って、そうじゃないだろ・・・・・
考えてみれば、ブレーカーが落とされてて真っ暗な校舎に一人でいるのはつらい。
きっともう帰ってしまったんだろう、扉が閉まっているのはあの子がいつもの習慣でやったことに違いない。
そうさ、幽霊なんているはずがないじゃないか。
それもあんな明るい子が・・・・
彼は扉を開いてしまった。
世にも奇妙な世界に通ずる扉を・・・・
「あ、あれ?」
扉を抜けると、そこは音楽室だった。
いつのまに集まったのか、もう日も暮れて窓ガラスが鏡のようになるような時刻だというのに女子ばかりずいぶんと集まっている。
その中でもひときわ目立つ青白い髪の少女がシンジを見て手を振った。
「あ、遅いよぉ、もうすぐ練習始まっちゃうよ」
「う、うん・・・」
いつものように状況に流されるままに、シンジは彼女のとなり、チェロの前の席に座った。
そのチェロは、かつて彼が使っていたものと寸分違わぬ感触を伝えてくる。
チューニングの必要がないほどに、それは彼のチェロそのものだった。
そのことを不審に感じ・・・そしてもっと根本的な問題に思い至る。
「あ、僕はここの部員じゃあ・・・・」
「いいからいいから、ちょうどチェロの子がいなくって困ってたんだ」
そのアバウバさに呆れ返りながら、シンジは彼女が一体何者なのかを考えていた。
この学校の中等部には確かに音楽クラブがあるが、それが他の学校のクラブと合同で練習をしているなどという話は聞いたことがなかった。
単にシンジが知らないだけかも知れないが、そもそも彼女たちの制服だって一致していない。
うちの制服は一人もいないし・・・・・・・私服、オーソドックスなセーラー服にブレザー、チェックのスカートに・・・・和服・・・・? 黒こげのもんぺに防災頭巾・・・・!?
よく見たらフルートの子、ずぶ濡れじゃないか。
それに、それにこっちのクラリネットの子は血だらけで・・・・!
「プッ・・・プクク・・・・やっと気づいた?」
「き、気がついたって何が?」
「あっれぇ、まだ気づいてないのぉ?」
そう言った彼女の目の前を、青白く燐火を放つ人魂が通り過ぎていった。
「・・・・・・マジ?」
「そっ! ここは成仏できない死霊の学舎(まなびや)その名も幽閉学園!」
そんな事を朗らかに言うかね、普通。
ほんとに幽霊か、この子?
「たまーに、まだ生きてるのが紛れ込んだりするんだけどね」
どうやら簀巻きにされたまま自分でも気がつかないうちに死んでいた、なんてオチじゃなさそうだな・・・・
「まあ、似たよなモンだけどねぇ」
にまぁ・・・と笑いながら言う。
どき。
「な、何が」
やっぱり生きて帰れないとかそう言うこと?
まあ、いいけどね、生きていたってろくな事はないし、面倒くさいだけだから。
でもバイオハザードみたいに生きたまま喰われちゃうとかいうのはイヤだなあ・・・
「でも、君が初めてだから、どうなるかはあたしもわかんないんだな、実は」
「初めてって・・・・どうなるってのさ、みんなおとなしいじゃないか?」
「今は、ね。あたしが、見えないしぃ、聞こえないようにっガードしてるから」
「?」
「あたし、ここの部長なの」
てことは、この子の機嫌を損ねたらアウト・・・・。
「でも・・・・そっちの方がおもしろいかなぁ」
げ。
「うん、そーね、決めた!」
「ままま、待ってくれ!」
「みっなさーん! あてんしょんぷりーづ! 生きた人間がここに入ってきたわよー!」
ぎゃあー! もうだめだ、母さん、今からそっちへ行きます。
あ、でも死んだらここに呪縛されちゃうのか?
「きゃー! うっそー、まっじー!」
「まあ、珍しゅう」
「それも男ですわよ男!」
「やーん、うれピー!」
おまえらいつの時代の死人だ・・・・
絶句したシンジを取り囲む女子幽霊部員達。
いつの間にやら、さっきまで死人のような(実際死人なのだが)顔色だったはいからさんも、血塗れだったシニョンのブレザーも普通の人間に見えるようになっている。
水浸しの、多分水死したのであろう紺色のセーラー服だけは髪が濡れているままだが、服や顔色は元に戻っている。
「ねえねえ、あなた本当に生きてるのお?」
「あ、当たり前だろ」
「あたし達とかわんないみたいだけどー」
ぶあっちーん!
突然どこからともなく飛んできた机がシンジの顔面を直撃する。
「いでで・・・・」
「血が出たわ血が出たわ」
「やっだー、すっごーい、ほんものー?」
「皆さん、失礼ですわよ、物事には準備という物があります!」
きゃいきゃいと騒ぐ娘達に凛然と言い放ったお嬢様風に続いて、部長と名乗った青白い髪が主張する。
「そうよ、自己紹介だってまだじゃない」
シンジは、どうやら喰われることはないようだと思い、安堵していた。
このままなんとか時間をかせいで、朝になれば解放されるだろう。
だがそれはあまりに甘い、120円の缶コーヒーのように甘い見通しだった。
自己紹介を無難に終えたシンジに高校生くらいのシニョンの子が言った。
「ねーねー、シンジくーん。娑婆の歌きかせてよー」
幸い僕はいつもS−DATで色々と聴いていたからレパートリーには不自由しなかった。
声変わりもすませていないから高音域の声も出すのに不自由しないので、女性がボーカルの歌もわりと平気で歌える。
それでも一晩も曲目がもつとは思えないし、それより先に酷使された声帯が悲鳴を上げ始める。
「ふっふっふ・・・何か隠し芸の一つも身に付けておくべきだったわね。芸は身を助けるって昔から言うでしょぉ?」
意味ありげに含み笑いしながらいう部長に、僕は不気味なものを感じていた。
ひょっとして・・・・歌がつきた瞬間・・・・・・・
デーモン閣下風に 03