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慶神学園シリーズ外伝

幽閉教室



 秋口の空は突き抜けるように青い。

「天高く馬こゆる秋か」

 我知らずそんな言葉を漏らしてしまうほど鮮烈な青。

 だからと言って僕の暗鬱な気分を晴らす事は出来ない。

 そうとも、誰がこの僕を救えると言うのだ、たとえお盆とお正月が一緒に来て仏陀がバナナをくれても、僕はもう微笑まない。

 しょせん要らない子供だったんだ、生まれてくるべきじゃなかったのさ。

 僕の独り言を聞きつけたのか、後ろの席で話していた二人組が僕に話しかけてくる。

「なあ知ってっか? 「天高く馬こゆる秋」の「こゆる」って「秋は飯が旨いから馬も太る」って意味じゃないんだぜ」

 だからどうした、蘊蓄たれとはまったくオタッキーらしい趣味だが、興味のないことについてあれこれ聞かされる方の身にもなって欲しいな。

「馬こゆるというのは、秋の収穫をねらって馬賊が砂漠からやってくると言う意味で、一般に思われている平和な意味とは全く逆。知ってるよ」

「そ、そうか・・・・」

 自分だけが知ってるとでも思ったのかい、その程度の雑学を?

 すごすごと引き下がる同級生に心の中でそんな嘲罵を浴びせてみた。

 別に楽しくも何ともなりはしない。

 この程度のことで人を蔑み優越感に浸れるほど、僕は馬鹿じゃない。

「け、結構物知りやないか」

「この程度で?」

 一撃の下に撃沈され、ミリタリーおたくに続いて黒ジャージの同級生は僕の前から去っていった。





 このころのシンジの精神状態はかくもすさみきって・・・・いや摩滅しきっていた。

「でさー・・・・ちょっと何よあんたら」

 談笑の輪の中に割り込んできた眼鏡とジャージを軽く睨むふりをするおさげの娘。

「うー、だめだあいつにエナジードレインされた、回復させてくれー」

「なんやねん、人がせっかく話しかけたったのに」

「無駄無駄、あいつに何言ったってまともな返事なんて帰って来やしないよ」

「何が楽しくって生きてるんだろーね、アレ」

 このグループだけでなく、ほとんどの生徒はシンジにネガティブな印象を抱いていた。

 耳や目まで半ば隠す様なボサボサの頭、眼鏡の奥の目は決して人と視線を合わせようとはしない。

 いかにも根暗でございと言わんばかりのスタイルに、トドメは常に聞いているS−DAT。

 きっと親にも見放され、寮に放り込まれたんだろうと言うのが衆目の一致した見解である。

 そんな彼の上にあんな事件が降りかかってくるとは、この時点では誰一人として想像だにしていなかった。



(新聞に載るほど悪いこともなく、賞状を貰うほど良いこともなく、そしてゆっくりと一年は過ぎてゆく、か・・・・)

 あとは寮に戻り、不味くも旨くもない食事を食べる他は、就寝時刻まで延々と聞き流すだけのS−DATを聴くだけで少年の一日は終わる。

 今日も何事もなく終わったことを感謝するべきか、呪詛するべきか・・・なんてことを悩んだりはしない。

「どうでもいいことさ」

 彼は全てに対し関心を持ってはいなかった、そう、自分自身に対してさえ。



 だが学校の授業だけで一日が終わるわけではない。

 その日は何事もなく終わったりはしなかったのである。




「ん?」

 僕は思わず声を上げてしまった。

 教科書にノート、最低限の筆記用具、そしてS−DAT、それ以外には何も入っていないはずの鞄に見慣れぬ物体が入っていた。

「なん・・・」

「お、何だいそれ?」

 とにかく人なつっこい・・・・あつかましいとも言う・・・・性質のミリタリーおたくが、懲りずに話しかけてくる。

「カラー封筒だよ、購買部で売ってる。知らないか?」

「いや、それは知ってるけど・・・・」

「お、何や何やラブレターか?」

 何を言いだす、そんなはずが無いだろ?

「なにぃー! ラブレターだぁ?」

「うそだろ、なんでこんな奴に!?」

 まだほとんどが教室に残っていた男子達が一斉に奇声を上げて寄ってくる。

 こんな奴・・・か、ふん、そんなもんだろうさ。

 親切ごかしてみたところで本当はみんな、自分より低い奴がいると思って安心してたんだろ?

 別にそれが悪いとは言わないけどね。

「相手は誰だ、相手は?」

 人の封筒を勝手に開けるか、普通?

 ま、いいけどね、どうせ悪戯だろうから。

「何々・・・碇シンジ様、と・・・・

 同じ中学になれてとっても嬉しかったのに、まだろくにお話もしてません。

 私と友達になって下さい? 私のこと気づいて下さい!? なかなか熱烈やな・・・・」

「このヤロー、うらやましいじゃねーか!」

「にくいねこの色男!」

「俺だってまだ貰ったことないのに、なんでおまえなんかがっ」

 口々に勝手なことを言いながら僕の背中や頭を叩いてくれる。

 みんなかなり力が入っていて、中には本気で殴っているとしか思えないのもあった。

 何をムキになっているのやら・・・・そんなに女に飢えてるのかな?

「かしこ・・・・・・・・・・・・き・・・・・・・・・」

「どうしたんだよ鈴原?」

「誰なんだ? その物好きな女は」

「・・・・・・・・・・・・・・き・・・・・・・・・きり・・・・・・・・・

霧島・・・・・・・マナ・・・・・・・・・・」

「ないー!」

「なっなんであの子が碇なんかに!」

「そんな・・・・あの子の写真は高く売れるんだぞ・・・・」

「ちょっとした事で思いっきり嫌われる思春期の女の子に、どうして脳味噌も感性も死後硬直してるような奴が好かれるんだぁ!?」

「なにかの間違いだ、悪質ないたずらだ!」

 霧島マナ? 誰だったかな?

 自慢には到底ならないことだけど、僕は同級生の名前だって碌に覚えちゃいないんだ、まして違うクラスの子だったりしたら、いくらメモリ領域をチェックしても無駄だろう。 みんなの反応からして実在するようだけど・・・・

 ・・・・・・・やれやれ、何を気にしてるんだろうね、僕は。

「い、いたずら・・・・か・・・・?」

「・・・・なんだ・・・・・」

「そうか、そうだよな・・・・」

「こいつに来るわけないもんなあ・・・・」

 どうやらみんなもようやく悪戯だってことに気がついたみたいだ。

「悪かったな、ぶっ叩いて」

「いや、ついむかついてさあ」

「いいけどね、別に・・・」

 みんな三々五々と散っていく。

「まぁ気を落としなや」

「いつか本物を貰えるさ」

 別にそんなもの欲しいとも思わないし、気を落としてもいない。

 たのむから、もう僕に干渉しないで欲しい。

 僕は改めて「ラブレター」を読んでみた。

 陳腐な文章、没個性的な丸文字・・・・まあ犯人を見つけてどうこうしようと言うつもりもないけど、これじゃ誰の仕業かはわからないな。

 僕は便箋と封筒を丸めて、教室の後ろの護美箱めがけて投げつけた。

 ストライク! まだ腕は錆び付いていないみたいだ。




 そんな男の子達の一挙一動を、怒りやら狼狽やら絶望やらの表情で見つめている女生徒の一団があった。

 そのうちの一人が、あまりと言えばあまりの成り行きに耐えられずに教室から逃げるように飛び出してゆく。

「あ、マナ!」

 そう、こらえ切れぬ鳴咽をもらしながら駆け去ったその女生徒こそ、ラブレターの送り主たる霧島マナ嬢だったのである。

「どうしたんだろ、霧島は?」

「うっさいわね! 男子は引っ込んでなさいよ!」

「デリカシーないんだから!」

「ま、まさか、まさかあのラブレターは本物だったんじゃぁ・・・・」

「そんなー! ウソだろー!」

「五月蝿いって・・・・・言ってるでしょうがぁ!」

「だいたいあんた達がいらんコトするから!」

 事前にある程度の事情を知っていたアスカ達が、事態を決定的に悪化させた男子達を相手に喧嘩を始めた。

 遅れ馳せながら事情を悟った者も合流し、かなりの大騒ぎになる。

 だがシンジはそれに関心を向ける事なく・・・・ここまで来ると、いっそ見事と言うしかない・・・・さっきもみくちゃにされた時落とした眼鏡を捜していた。

 眼鏡は窓際の席の下に落ちていた。

 幸い形状記憶合金のフレームが歪んだだけで、レンズ(と言っても度が入っていない素通しのプラスチック板なのだが)に疵はついていないようだ。

 それを拾って、さあ帰ろうとしたシンジの背に

「碇君!」

やたら怒りのこもった声がかけられた。

 シンジが振り向くと、そこにはクラス委員の子を先頭に女子達がズラズラと・・・・よそのクラスも混じっているんじゃないのか、この数は?

「ちょっと話があるんだけど」

 話があるとはまた婉曲した言い回しもあったもので、彼女たちが求めているのは謝罪以外の何者でもないだろう。

 問答無用でシンジを椅子に座らせて、どこから持ってきたのか、ロープで背もたれに括り付けた。

 弁護人どころか裁判官もいない、罪の意識のない被告と頭に血を上らせた陪審員だけの裁判が始まる。




「あんた自分がどの程度か知ってんの?」

 知ってるよ、嫌になるくらいにね。

「まあ小学生でもわかるけどね、そんなこと」

 いらない子供。

「絶対彼女どころか友達だって出来ないタイプよね、見たまんま生きる屍って感じー」

 父親にも見捨てられてこんな所に放り込まれた、そう、みんなが思ってる通りさ。

「一生独身よ!」

 でも誰に迷惑をかけたこともないし、いじめの対象にもならなかったのがささやかな自慢だったのに・・・・

「のんきにため息なんか吐いてんじゃないわよ! ちゃんと聞きなさいよね!」

 煩いなあ・・・・・・

「いーい!? 女の子にとっちゃラブレターなんて清水の舞台から風船持ってロープレスバンジーするくらい恥ずかしい事なのよ!」

 何だよロープレスバンジーって。

「よりにもよってそれをみんなでまわし読みするだなんて、どーいう神経してんのよ!?」

 ・・・・・そりゃ驚いた。

「・・・・・そうなの?」

「そうなの!」

「なんとか言ってみなさいよ!」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 頭に血が上った女に何を言っても無駄だ。

 女性が男性に比べて感情的であり、一見知性的な言動をとる女性ほど実際には感情で動いていて、それを理論武装しているに過ぎない。

 この程度の真理は、僕だって知っている。

 第一、なんでこいつらに頭を下げなきゃならないんだ、部外者のくせにでしゃばって・・・・

 許せない、見過ごせない物事があるから怒るんじゃなくて、もともと何かに腹を立ててて、それをぶつける対象をあとから探している。

 老いも若きも、最近はそんな連中ばっかりだ。

 霧島さんの事にかこつけて・・・・・・・自分のストレスを解消してるだけだろ、あんた達は。




 少年の螺旋階段の如くネジネジ曲がった性根は、もしかしたら自分はとても酷い事をしたのではないかと思いつつも、彼女たちの無法(彼にはそう思えた)に膝を屈するのを潔しとはしなかった。

「だからって・・・縛ったまま置いてくか・・・・」

 そう愚痴る声が震えているのは寒さのためだけではない。

「腹減ったな・・・・トイレ行きたいな・・・・・日頃存在感がないから舎監もいないことに気付かないだろうし、同室の奴らが探しに来てくれるとも思えないし、こういう日に限って用務員さんがなかなか見回りに来ないし・・・・」

 教師や寮長の上級生(男子校時代の伝統的で高等部の生徒会長が兼任している)も、特に目立った問題を起こすでもなく、さりとて優等生と言うわけでは決してないシンジの事など特に印象に残してはいない。

 強いて言えばシンジは保健室の常連(それも低血圧と言う男子には珍しい症状。偏食がひどく、夜遅くまで漫然と本を読んでいたりS−DATを聞いていたりするせいである)なので保険医の赤木リツコには記憶されているだろうが、この場合は何の役にも立たない。

 やれやれとため息をついたその時、不意に冷淡な感じの声に話しかけられた。

「何、してるの?」

「何って・・・・縛られてるんだよ」

「そう」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「あ、あのさ・・・・・・」

「何?」

「その・・・ほどいてくれないかな、縄」

「命令ならばそうするわ」

「め、命令!?」

 予想外の反応に絶句するシンジ。

「なーんてね、ジョーダンよジョーダン!」

 うってかわって朗らかに笑いながら縄をほどく女生徒、だがそのいでたちは慶神学園の制服ではない。

 紺色のスカート、ブラウスの上に白いベスト。

 さらに頭髪も青みがかかった白に染めているようだ。

 しかし今のシンジにはそれに気を回す余裕など無かった。

「ありがとう!」

 語尾にエクスクラメーション・マークがついたのは熱烈な感謝を表しているのとは違う、急がなきゃ・・・という焦燥のあらわれである。

 尿意はもう耐えられないほど強くなっていた。

 急いで走りだそうとしたシンジの学生服の裾をがしっと掴む見慣れぬ女生徒。

「わぁ!」

「あぁ、ごっめーん。漏らさなかった?」

「な、何!」

「えっとね、もうすぐ練習だからさ、遅れないように戻って来てね」

「う、うん。わかったから手を離して!」

「いってらっしゃーい」

 やたら明るい女生徒が手を離すと、シンジは高々と打ち上げられたセンターフライを追うリトルリーグの選手じみた勢いで走り出した。

 そして教室の扉を駆け抜けながら一瞬ちらっと振り返る。

 薄暗い教室の中にたたずむその娘は、まるで幽霊のように見えた。

 病的に白い肌、青みがかかった白髪、紅い瞳・・・・・

(練習!? こんな時間に? ここ夜間部ってあったっけ・・・?)

 もちろんそんな物はない。

 こんなへんぴな山奥の全寮制の学校に、しかも夜中に通いたがるような物好きがいるはずもない。

(まさか・・・・幽霊!?)




 トイレを済ませた僕は、教室の前でそっと中の様子を窺った。

「真っ暗だな・・・」

 前後の扉が両方とも閉ざされている。

 用務員さんが閉めたのかとも思ったけど、隣の教室は開けっぱなしのままだ。

 それにあの子が残っていたんだから、そのまま閉めたりはしないだろうし。

 じゃああの子が自分で閉めたんだろうか。

 真っ暗な教室に一人だけでいるのに、自分から閉めきっっちゃうかな?

「やっぱり幽霊なのかな・・・・・」

 ふと気がついたら独り言を言っている。

 いかにも友達がいないと言っているような癖だから、気をつけているんだけど・・・・

 って、そうじゃないだろ・・・・・

 考えてみれば、ブレーカーが落とされてて真っ暗な校舎に一人でいるのはつらい。

 きっともう帰ってしまったんだろう、扉が閉まっているのはあの子がいつもの習慣でやったことに違いない。

 そうさ、幽霊なんているはずがないじゃないか。

 それもあんな明るい子が・・・・




 彼は扉を開いてしまった。

 世にも奇妙な世界に通ずる扉を・・・・




「あ、あれ?」

 扉を抜けると、そこは音楽室だった。

 いつのまに集まったのか、もう日も暮れて窓ガラスが鏡のようになるような時刻だというのに女子ばかりずいぶんと集まっている。

 その中でもひときわ目立つ青白い髪の少女がシンジを見て手を振った。

「あ、遅いよぉ、もうすぐ練習始まっちゃうよ」

「う、うん・・・」

 いつものように状況に流されるままに、シンジは彼女のとなり、チェロの前の席に座った。

 そのチェロは、かつて彼が使っていたものと寸分違わぬ感触を伝えてくる。

 チューニングの必要がないほどに、それは彼のチェロそのものだった。

 そのことを不審に感じ・・・そしてもっと根本的な問題に思い至る。

「あ、僕はここの部員じゃあ・・・・」

「いいからいいから、ちょうどチェロの子がいなくって困ってたんだ」

 そのアバウバさに呆れ返りながら、シンジは彼女が一体何者なのかを考えていた。

 この学校の中等部には確かに音楽クラブがあるが、それが他の学校のクラブと合同で練習をしているなどという話は聞いたことがなかった。

 単にシンジが知らないだけかも知れないが、そもそも彼女たちの制服だって一致していない。




 うちの制服は一人もいないし・・・・・・・私服、オーソドックスなセーラー服にブレザー、チェックのスカートに・・・・和服・・・・? 黒こげのもんぺに防災頭巾・・・・!?

 よく見たらフルートの子、ずぶ濡れじゃないか。

 それに、それにこっちのクラリネットの子は血だらけで・・・・!

「プッ・・・プクク・・・・やっと気づいた?」

「き、気がついたって何が?」

「あっれぇ、まだ気づいてないのぉ?」

 そう言った彼女の目の前を、青白く燐火を放つ人魂が通り過ぎていった。

「・・・・・・マジ?」

「そっ! ここは成仏できない死霊の学舎(まなびや)その名も幽閉学園!」

 そんな事を朗らかに言うかね、普通。

 ほんとに幽霊か、この子?

「たまーに、まだ生きてるのが紛れ込んだりするんだけどね」

 どうやら簀巻きにされたまま自分でも気がつかないうちに死んでいた、なんてオチじゃなさそうだな・・・・

「まあ、似たよなモンだけどねぇ」

 にまぁ・・・と笑いながら言う。

 どき。

「な、何が」

 やっぱり生きて帰れないとかそう言うこと?

 まあ、いいけどね、生きていたってろくな事はないし、面倒くさいだけだから。

 でもバイオハザードみたいに生きたまま喰われちゃうとかいうのはイヤだなあ・・・

「でも、君が初めてだから、どうなるかはあたしもわかんないんだな、実は」

「初めてって・・・・どうなるってのさ、みんなおとなしいじゃないか?」

「今は、ね。あたしが、見えないしぃ、聞こえないようにっガードしてるから」

「?」

「あたし、ここの部長なの」

 てことは、この子の機嫌を損ねたらアウト・・・・。

「でも・・・・そっちの方がおもしろいかなぁ」

 げ。

「うん、そーね、決めた!」

「ままま、待ってくれ!」

「みっなさーん! あてんしょんぷりーづ! 生きた人間がここに入ってきたわよー!」

 ぎゃあー! もうだめだ、母さん、今からそっちへ行きます。

 あ、でも死んだらここに呪縛されちゃうのか?











「きゃー! うっそー、まっじー!」

「まあ、珍しゅう」

「それも男ですわよ男!」

「やーん、うれピー!」

 おまえらいつの時代の死人だ・・・・

 絶句したシンジを取り囲む女子幽霊部員達。

 いつの間にやら、さっきまで死人のような(実際死人なのだが)顔色だったはいからさんも、血塗れだったシニョンのブレザーも普通の人間に見えるようになっている。

 水浸しの、多分水死したのであろう紺色のセーラー服だけは髪が濡れているままだが、服や顔色は元に戻っている。

「ねえねえ、あなた本当に生きてるのお?」

「あ、当たり前だろ」

「あたし達とかわんないみたいだけどー」

 ぶあっちーん!

 突然どこからともなく飛んできた机がシンジの顔面を直撃する。

「いでで・・・・」

「血が出たわ血が出たわ」

「やっだー、すっごーい、ほんものー?」

「皆さん、失礼ですわよ、物事には準備という物があります!」

 きゃいきゃいと騒ぐ娘達に凛然と言い放ったお嬢様風に続いて、部長と名乗った青白い髪が主張する。

「そうよ、自己紹介だってまだじゃない」

 シンジは、どうやら喰われることはないようだと思い、安堵していた。

 このままなんとか時間をかせいで、朝になれば解放されるだろう。

 だがそれはあまりに甘い、120円の缶コーヒーのように甘い見通しだった。

 自己紹介を無難に終えたシンジに高校生くらいのシニョンの子が言った。

「ねーねー、シンジくーん。娑婆の歌きかせてよー」




 幸い僕はいつもS−DATで色々と聴いていたからレパートリーには不自由しなかった。

 声変わりもすませていないから高音域の声も出すのに不自由しないので、女性がボーカルの歌もわりと平気で歌える。

 それでも一晩も曲目がもつとは思えないし、それより先に酷使された声帯が悲鳴を上げ始める。

「ふっふっふ・・・何か隠し芸の一つも身に付けておくべきだったわね。芸は身を助けるって昔から言うでしょぉ?」

 意味ありげに含み笑いしながらいう部長に、僕は不気味なものを感じていた。

 ひょっとして・・・・歌がつきた瞬間・・・・・・・


「何ーっ、もう芸がないー!」

「殺してしまえー、喰ってしまえー」



 ま、まさか、まさか・・・・・・・・




 戦々恐々と歌い続けるシンジ。

 だが、ついに喉が枯れてしまった。

「えー、もう歌えないのぉ?」

「そんなぁ、つまんないよー」

「他に何かできひんのん?」

 そして・・・・・シンジはもう他に隠し芸など持ってはいなかった。

「そう、もう芸がないの・・・・」

「しかたありませんわね・・・・」

 脅えるシンジの回りを取り囲む亡者達。

「あ、あのちょっと・・・・」

「解剖だぁ!」

「おーっ!」

「うわあああ! いやだあああ!」

 悲鳴を上げるシンジ、結構未練がましい男ではある。

 必死に抵抗するが、なにせ相手は幽霊だ。

「えーい、不動金縛り!」

「・・・・っ、・・っ」

 指一本動かせなくなったシンジの若い肉体を弄ぶ悪霊達・・・・・・なにやら卑猥な言い回しではあるが、実態も似たようなものだ。

 シンジの恐怖を引き出そうとするかのように、ゆっくりと一つ一つ学生服のボタンをはずしてゆく。

「「こーんやもひとり、にーんぎょうになる、てーあしもくちも、うーごかぬままに」」

 突如始まる合唱、曲目は聖飢魔@の「蝋人形の館」、シチュエーションに合わせた的確な選曲だ。

 ランニングシャツの下に潜り込んで来た手がシンジの痩せた腹を、肉の薄い胸板を這い回る。

 その冷たい感触に、我知らず背筋が反り返る。

「うふふ・・・・感じてらっしゃるの?」

「・・・・・っ・・・・っ・・・・」

「くすくす・・・・かわいー」

「やめて・・・やっ、やめてよ・・・・・」

「ふふ・・・・女の子みたいね、乳首を触られて感じるなんて」

 最後のプライドか、ともすれば漏れる荒い息を必死にかみ殺すシンジ。

 その頬を挟む暖かく柔らかな手の平の感触に、それとは裏腹に背筋が震える。

「う・・・・?」

 見上げる視線の先には白髪の少女。

「・・・・幽霊じゃないのか・・・・?」

「ん? あたし? あたしは座敷童子。このガッコが今みたいに立派になったのもあたしが住みついたからなんだから」

「そ、そうだったの・・・?・・あっ・・・」

「だ、か、ら、これくらいの事してもバチは当たらないわよね・・・・」

 ちょっと言い訳がましく呟くと、膝枕にのせたシンジの頭にゆっくりと顔を寄せていく。

「や・・・やだ・・・・・やめて・・・・・」

 震える声で言うシンジ、すでにワイシャツもズボンも無数の手によって脱がされていた。

 さかしまになった座敷童子の唇がシンジのそれと重なる。

 そして唇を割って入って来る軟体生物のような感触。

「ん・・・んん・・・・」

 口腔の中で暴れまわるファーストキスにシンジの脳裏が真っ白に漂白される。

 哀れ、少年の貞操は風前の灯火か、と、思われた、が・・・・・・

「こぉけくぉっくぉー!」

その時、学校で飼育されていたのが脱走、野生化した鶏が高らかに鬨の声を上げた。

 朝だ! 夜が明けたのだ!




 やった!

 現金な物で、日頃凶暴きわまりないその老鶏のことを恐れ嫌っていたくせに、その声がイスラーフェールの奏でる復活のラッパの音の様に思える。

 見れば、さっきまで僕に覆い被さっていた子も、コーラスの子達も、みんないなくなっていた。

 周囲の様子も、音楽室から元の教室に戻っている。

「ふう・・・・助かった・・・・危うく18禁の世界に迷い込むところだった」

 ふらふらと立ち上がると、窓の外の空は白みかかって山間から日が昇ってくるのが見える。

 早く服を着なくちゃ・・・・パンツ一枚で教室にいるところを見られたらどんな噂が立つかわからない。

 昨日の事でも十分ウンザリしてるのに、これ以上誰にも僕の平穏な生活を邪魔させるもんか。

 あちこちに散乱した服を集めようとしたその時

「へへ、あっまーい!」

「へ・・・え!」

いきなり背中の(お尻の?)後ろで声がしたと思ったら、次の瞬間最後の一枚がずり下げられた。

「#:$@+%&=¥?!」

 同時に幽霊達が再び現れて、てんでに好き勝手なことを言い始める。

「きゃあー!」

「やーんかわいー」

「まだ生えていませんのね」

 う、うぞ! なんでどうして! もう朝なのに!

「何か言いたそうね?」

 くふくふと笑いながら前に回り込む青白い髪の座敷童子。

「言ったでしょ、ここは幽閉学園。そう簡単には逃げられないの」

 そ、そんな・・・・

「ぼ、僕が一体何したってゆーんだよ・・・・」

「そうねぇ、それがわかったならここから解放してあげるわ」

「え! ほんとに?」

「喜んでいいのかなぁ、君にわかるとは思えないけど」

「やってみせるさ。こんな所絶対に脱出してやる!」

 珍しくも(ホント、何ヶ月ぶりだろ・・・・)決然と言い切った僕を見て、彼女はニパッと笑って言った。

「ところでいつまで丸出しでいるつもり?」

 はっ。

「だ、誰が脱がしたんだよ!?」

「もちろんあ・た・し」

 誰もそんな事を訊いてるんじゃないーッ!

「まあまあ、そないに怒ってばっかりおったら身がもたんへんで」

「そうですわよ、これから長いおつきあいになるんですから」

 いやだーっ! こんな所、絶対に逃げ出してやるーっ!

「ふっふっふ・・・楽しくなりそうね・・・・」















 ―――昨夜未明、一ヶ月前に校内から失踪していた碇シンジ(1−A)が慶神大学理工学部第2実験棟植物育種実験室、通称大温室で発見された。

 そのけして短くはない遭難の体験にもかかわらず、彼の体重及び体力は増加しており、診察した校医の赤木リツコ嬢(29)の弁によれば「温室の中で病院と美容院に行ってきたのかしら」と言う事であった。

 大温室には種々の植物が栽培あるいは自生しており、中には食用に適したものもあるので、それを食べていたのだろうと推測される。また、1ヶ月に渡るサバイバルの結果体力が増強されたのは何らの不審を招くものではない。

 しかし驚くべき事に彼の服も肌も汚れておらず、あまつさえ頭部には散髪さえなされていたのである。

 一体大温室で何が起こったのだろうか。

 残念な事に碇シンジ当人の記憶が著しく混乱しており、またテングダケでも食べていたのか、「白髪の座敷童子たちと遊んでいた」と言ったと言う情報も伝わっている。

 幸いな事に本人も記憶の混乱を自覚しており、本格的な狂気に陥った訳ではないと思われるため、状態が安定してから取材を行う予定である。

(ウイークリー慶神の記事より抜粋)



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ver.-1.00 1998+09/16 公開
感想随時受付中t2phage@freemail.catnip.ne.jp

あとがき

 ムハハハハ・・・・ひさしぶりだな読者諸君。
 慶神学園を舞台にした学園ものエヴァパロということでぬか喜びした愚か者も多いだろうが、あいにく今回の元ネタは妖精学園ではないのだよ。
 ローディスト風に言えば「途中で変わるシリーズ、笹本祐一→(右向きの矢印)大橋薫」ってところだな。
 より詳しく言えば学研ノーラコミックスの「エデンのどん底」に収録されていた「流刑教室」が元ネタだ。
 何、またパロディーか、だと?
 ・・・・・・大きなお世話だ。
 ところでノーラと言えば、月刊誌のノーラが最近路線変更したようで、我が輩も買うのがちと恥ずかしくなっていたのだが、先の七月についに休刊してしまったな。
 所詮大衆の色欲に媚びた作品など、決して大成はしない物なのだ。
 なぜならば色欲などと言う低次の欲望を満足させるには落書きの一枚もあれば事足りる。
 そんな物に媚びている限り、その作品に求められるのは過激さの一辺倒であり、ストーリーやキャラクター性などは省みられることが無い。
 したがってどの作品、雑誌も同じような物にならざるを得ない。
 ならばその雑誌に固定客がつく事は無い。
 彼らは目先の欲に惑い、道を誤ったのだ。
 いきなり何を言い出すのかと戸惑われたかも知れんが、許せ。
 ちょっと「虎の穴」の通販で猥褻すぎる同人誌を買ってしまったのだ。
 結論、同人誌はスカが圧倒的に多い、買うならどんな本か内容をきちんと確かめることの出来るところで買うがよい。
 買って後悔するより買わずに後悔した方がなんぼかましだぞ。
 何? コミケットに行けばいいってか、場所知らねえんだよ。
 次はひさびさびさびさに「呪われの魔女」で、その次はいよいよ「完結編」である。
 そして久方ぶりに「シ者再来」も復活の予定だ。
 そう間は空けぬゆえ、待っておるが良いぞ諸君、ムハハハハ・・・・・。
 何、口調がいつもと違う?
 その辺の事情については「呪われの魔女」第二話の後書きを参照してくれ給え、ムハハハハ・・・・

デーモン閣下風に 03









 03;プリーチャーさんの『幽閉教室』、公開です。





 幽霊学園と聞いて、

 最初に思い浮かんだのが・・・
 ・・・・『ウッチャンナンチャンのこれが出来たら100万円』(^^;


 小学生以下限定で、泣かずにお化け屋敷をくぐり抜けたら賞金ってやつ。・・


 あっちは怖いつくりだけど、
 こっちはそうでもないみたいだね。


 渦中のシンジはどう感じていたかは分からないけど(笑)




 ちょっと(かなり?)お近づきになりたくないタイプだったシンジも
 良くなったのかな?




 さあ、訪問者の皆さん。
 あなたが感じたことを03;プリーチャーさんへメールで伝えましょう!



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