EVA収納デッキを作業員慌ただしく駆け回る。デッキがこのような緊張感に包まれるのは、最後の使徒が来て以来である。戦自侵攻の際は、ただただ逃げ回り、虐殺されるのみであった。また、新しくできた中央司令室が本格稼動するのも始めてある。
マヤと冬月は、自ら現場指揮に立つ。現在、本部の人間でEVAの技術を一番把握しているのは、赤木リツコの一番弟子である伊吹マヤと形而上生物学の第一人者の冬月コウゾウであった。冬月が現場に立つと言う事に、作業員や技術者は驚きを隠せなかったが、現場に出てくるのも、もっともな事であった。
冬月とマヤが、作業本部のモニターの前に立つ。
「うまく言ってもらいたいものだな。」
冬月がモニターも見ながら、ボソリといった。
「ええ。いや、かならず成功しますよ。」
マヤも真剣かつ緊張な顔をしてモニターも見ている。モニターには、廊下をベットに載って運ばれるアスカとそれを心配そうな顔をして付き添うシンジの姿があった。
第八話
侵入
"Wall is being broken."
NERVの制服を着て、伊勢カズアキが作戦部会議室の椅子に座っていた。伊勢の着用しているのは、冬月の来ている制服と同じタイプで、紫を基調としていた。 明かりを落とした部屋にの中央に、3次元ディスプレイが浮かび上がっている。 それはサードインパクト時から続いているインド・パキスタン間の紛争の経緯とそれに対する対応策が作戦部部員によってプレゼンテーションされていた。 伊勢の縁なし眼鏡と日向の黒ぶちの眼鏡のレンズに、映像が映り込んでいる。
「以上が、これまでの経緯と調停案、それと停戦後の調停部隊の配置案であります。何か御質問は?」
「調停部隊は何処の国が当たるのや?」
伊勢が真ん中で分けた髪をかき揚げながら質問をする。
「イギリス軍が余力が残って載りますので。」
「イギリス政府への見返りは?」
「とりあえず、非公式にはMAGIの有機コンピュータに関する技術の提供を要求しています。」
すこし、伊勢は考え込んだ。
「日向君、NERVの部隊が直接乗り込んだ場合のコストは?」
「まあ、通常部隊の場合は普通としても、EVAの遠隔地技術を活用した場合は、約5倍を見ないと行けません。ただ、人的被害は最小限に押さえれます。」
「人の命か金の価値か、か。」
「そうなります。ただし、現在EVAはいつ稼動できるか分かりませんし、NERVの実働部隊に関しても、まだ、再編は終わっていませんし、訓練不足な感は否めません。」
マコトは、伊勢の方を向いて言う。伊勢は、マコトの方を見ずにじっと3Dディスプレイに浮かび上がっている、インド大陸の地図を見ている。
「この高地に、ぶ・・・。あれ、何じゃ?」
伊勢がディスプレイを指したと同時に、部屋全体の明かりが落ちディスプレイが消える。
「停電か?」
「電源は三重に確保されている筈ですが。」
マコトは、少し不安げに答える。すると、暫くし3Dディスプレイに初期化画面が出てくる。
「あれ、復旧したのかな?」
マコトが疑問調で呟くと、アナウンスが流れた。
「ただいま、強制シンクロ試験に置いて、変圧器に過剰な電圧がかかったために一時的にブレーカーが落ちました。ご迷惑をお掛けました。」
伊勢はマコトと顔を合わせ、進行を促した。
同時刻 ゲージ内。
「第一次電力接続開始します。」
そのような、女性の声のアナウンスが流れる。 作業本部のモニターを見つめる、冬月とマヤ。さすがにEVA起動と行かないまでも、それなりの緊張は走る。オペレータの一人がゴクリと喉を鳴らした。モニターに、回路接続が図で表せられる。上から順番に次々と回路が接続されていく。
「あっ!!」
マヤは、その接続の様子に声を上げた。最後の回路が接続されたとたん、本部の明かりが消える。モニターや計器類は、バックアップ電源により何事も無かった様に動き続ける。モニターには"Error:Node 1299 could not be connected."の文字が点滅していた。
「原因を追求しろ。」
冬月の鋭い声がする。オペレータがログを走査する。暫くし、男性オペレータが声を上げた。
「過電流のため、ブレーカーが落ちたようです。」
「ふむ。至急、対応を。」
冬月は指示を出し、顎を撫でながら、マヤの方を向いた。
「おかしいな。」
「ええ。予定の電力容量より遥かに高いキャパシティーが有ったはずですが・・・・・。」
マヤは、少し首を傾げて答えた。本部に明かりが点く。
マヤの元に、セミロングの髪の女性オペレータが駆け寄って来た。
「とりあえず、1100から1299のノードにかかる電圧を0.1%ずつ下げます。」
「規定電圧には・・・・。十分ね。」
「はい。これで、再試験を行います。」
そう言って、自分の席に戻っていった。
「再試験を行います。」
また、女性のアナウンスがゲージ内に響いた。
「心配かい?」
パイロット更衣室の近くの休憩所に、シンジとシゲルがいた。シンジは、長椅子に腰掛け膝に肘を置き、少し俯いていた。シンジは、斜め前に立っているシゲルの方に上向き、
「はい。」
と、簡潔に答えた。シゲルはマコトのように会議も無く、自然とシンジに付き添う事となった。アスカは更衣室に運び込まれ、看護婦がプラグスーツに着替えさせている。 このまま、シンジ君も消えていきそうだ・・・。 シゲルは、腰掛けているシンジの様子を見て、率直に思った。
「シンジ君、大丈夫だよ。きっと成功する。」
気休めだよな・・・・・。 シゲルは心の中で苦笑したが、表には出さない。こんな所が、子供と大人の差かもしれない。言葉を掛けながら、シンジの右肩に手を置く。
「はい。」
シンジは、今度は俯きながら答えた。
ガラガラガラ。
ベットの足に附いているコマが回る音と共に、赤いプラグスーツを着せられたアスカが出てくる。すでに、目の焦点は合っておらず、ベットから動かないために筋肉が削げている事が一目で分かる。その音と共に、シンジはスッと立ち上がり、ベットの横に附く。
まるで、夢遊病者みたいだな・・・・。 頼むから共倒れは無しにしてくれよ。
救い用が無くなる・・・・。
シゲルはベットから3歩はなれてついていきながら、その様子を見てそう思わざるおえなかった。
弐号機にエントリープラグが挿入される様子がモニターに映り出されている。 モニターから5列の端末の列があり、その背後に一段高く上げられて冬月とマヤの席が用意されていた。そして、その脇にパイプ椅子がありシンジが真剣な面持ちでモニターを見ている。
「エントリープラグ、挿入完了。」
「EVA電源投入します。起動シーケンス開始。」
画面は、プラグ内のアスカを映し出した。 EVAに載っているときの自信に満ち溢れていたアスカと違い、今にもL.C.Lに融けていきそうなアスカを見て、シンジの不安はより一層かき立たせされる。
「被験者、弐号機、接続開始。」
「パルス、ハーモニクスともに正常。」
「うまくいきそうですね。」
マヤが冬月に向かって安堵の表情を見せた。
その時、突然、警告音が鳴り始める。
MAGIのプロセスリストが表示されているモニターにwaringの文字が点滅する。
コードを見て、マヤが唖然と呟いた。
「えっ、侵入?!」
右手で口を押さえるマヤ。
「どうかしたんですか?」
シンジは小首を傾げて、キョトンした表情でマヤに尋ねた。 だが、呆然とした表情でモニターを見続ける。
「いかん!!」
冬月が机を叩きながら、叫ぶ。 マヤが、中央司令室のシゲルに内線を掛ける。
「もしもし、青葉君!」
「分かってる。とりあえず、そちらへの回線を確保した。メインをそちらに回す。」
「分かったわ。」
マヤがオペレータの一人を退けて、端末に座る。
「3番の端末に繋げて。」
「了解!!」
そういって、受話器を下ろす。
「逆探知用のワームをながして!!」
「ワーム放ちます!!」
「電源制御コンピュータよりの侵入! さらに探知していきます。」
「ダミーを展開して!!」
「回避されました。」
オペレータが一心不乱に、キーボードを叩く。
「666プロテクトは?」
冬月が切り札の使用を促す。が、
「駄目です。弐号機の強制シンクロが制御できません。」
マヤは苦渋の表情で答える。
「シンクロコードの変更は?」
「無理です。演算速度が保てません。」
モニターには、MAGIの外部ポートのマップが示される。
「パスワードが走査されます。・・・クリアされました。」
「1130番から1200番および2356番、4316番のポートからCASPERに侵入!!」
「侵入者、メインメモリーを占有していきます。」
「第4ブロックのaf00から後の番地をロックして!!」
「強制シンクロプログラムの資源占有度が50%を切ります! 演算速度が目標値を保てません!!」
「シンクロ率 急上昇!! 30秒後に100%を越えます!!」
オペレータ達が悲鳴を上げる。
「弐号機の制御回路を全て切断して!! それとアンビリカルケーブルを強制切断!」
マヤがマイクに向かって叫ぶ。
「アンビリカルケーブル切断。内部電源に切り替わりました。活動限界まで約3分。」
「駄目です。シンクロ率100%突破までに、全制御回路の64%しか切断できません。」
「シンクロ率100%突破!! さらに上昇。」
「自我境界線に近づきます。現在のセカンドチルドレンの状態では、約230%を越える辺りで、弐号機に取り込まれます!!」
冬月は口を真一文字に結び、じっとモニターを見続けた。
シンジはその背後から冬月にしがみついた。
「アスカ大丈夫ですよね?!」
冬月は振り返り、何か大切なものを取り上げられるような顔をしたシンジを見る。
「大丈夫だよ。 シンジ君。」
しかし、ありきたりの言葉しか掛けられない事に冬月は情けなく思う。 が、自分だけでも虚勢を張らないといけない。上の者は最後まで信じなければいけない。 ましては、子供に対しては・・・・・。 モニターには、アンチATフィールドに包まれ始めアスカが消えかかっている。
「シンクログラフ反転し始めます!!」
その様子を見て、シンジが飛び出しオペレータの一人につかみ掛かった。
「なっ!!」
「すみません!! これ、コックピットの回線に繋がりますか?!」
オペレータのヘッドホンマイクを指してシンジが言う。 その様子をみた冬月がオペレータに指示を飛ばした。
「回線を繋げたまえ。」
それを聞いたオペレーターがキーを叩く、シンジは冬月の声を聞くと同時にオペレーターからヘッドホンを掴み取り、マイクに向かって叫んだ。
「アスカ!! そっちの世界に行っちゃ駄目だ!! そっちに行ったらアスカがアスカでなくなっちゃう!! そっちに行ったら、誰も居なくなってしまう。 戻ってきて、アスカ!! 僕が・・・・。 僕だけでもアスカを見てあげるから・・・・。」
そのシンジのアスカへの呼びかけを聞きながら、マヤが次の手を考えているとき、手元の内線が鳴り始めた。
「ふん、あれだな。この際、指導者にナイフ一丁で殺し合いってもの一興かもしれんで。」
「何言ってんですか。それに、民族問題はそんないい加減なものではないですよ。独裁政権同士ならともかく・・・。」
無責任な伊勢の言いように、マコトは呆れ果てた顔で言った。
「冗談や。でもな、結局何処かで得する奴が居るから、戦争は起こるんやで。もちろん、指導者も・・・。」
「そうかもしれませんけど・・・・。」
プルルルル。プルルルル。
そんな、掛け合いをしているときに伊勢の席の内線がなった。
「はい、もしもし。」
「もしもし、伊勢一佐ですか。」
「そや。」
「中央司令室の青葉です。お時間よろしいですか。」
「何や?」
「実は、L区画の電源制御のサーバーの挙動がおかしくて・・・・。」
「お前さん、それは・・・」
その伊勢の言葉に重なって、シゲルが声を上げた。
「侵入です!! 先ほどのサーバーからMAGIにアクセスしてきます!!」
「分かった。 そっちに行く!!」
そう言って、伊勢は受話器を叩き付け立ち上がる。
「日向君。俺のディレクトリーからこのソースをMAGI用にコンパイルして。」
伊勢は端末にアイコンを指した。
「何ですか?」
「ユーザー認証の際に割り込んで、ダミーのパスワードをかませる事が出来る。時間稼ぎには成る。」
「了解しました。」
指示を出すと、伊勢は数人の部下と共に中央司令室に向かった。
中央司令室の自分の席に伊勢が駆け込む。
「青葉君!!」
「一佐! あれを!」
駆け込んでくる伊勢を見て、シゲルがメインモニターを指す。
モニターには、CASPERから侵食されていく様子が見て取れる。
そのモニターを確認して、マコトへ内線を伊勢が掛ける。
「L区画のネットワーク図を! 電子じゃなく紙で! 早く!!」
その内線が繋がる間に、伊勢は周りに聞こえるように言った。
シゲルはそれを聞き、近くのオペレーターに命令を出す。
「あっ、伊勢一佐ですか?」
暫らくし、伊勢の掛けた内線がマコトに繋がる。
「そうや、出来たか?」
「コンパイルできましたが、自分のアクセス権では・・・・。」
「全権アクセスを持っているのは?」
「マヤちゃんです。」
「判った。とりあえず、日向君もこっちに!」
「了解しました。」
そのように言って、伊勢は受話器を置きマヤのいるであろう、ゲージ内の作業司令室に 内線を掛ける。
「マヤちゃん!」
「伊勢一佐ですか?」
「そうや。全権アクセス権を!!」
「えっ、でも伊勢一佐には全権アクセスを持つための内規が・・・・。」
その堅い言葉を伊勢が怒鳴って遮った。
「アホか!!!! こんな時に何言うとんねん!!! 上司からの命令や!!」
マヤはその迫力に飲まれた。
「はっ、はい。私のそこの机の鍵のかかった引出しにMAGIのアクセスルームの鍵が・・・・。」
「ありがと。愛してるよ、マヤちゃん。」
そう言って受話器を置く。
さーて。
一呼吸置くと、伊勢は懐から愛用の拳銃を取り出した。SIG/SauerP228を取り出した。
銃口を天井に向けて、マヤの机を確認する。
その時、分厚いファイルを持って来たシゲルがその姿を見て声を上げる。
「なっ、何を!!」
「いいから、だまっとれ!!」
そういって、少し離れて伊勢は机に向かって3発の銃弾をぶち込んだ。 その光景に、シゲルは少し唖然とする。
「青葉君、そこの机にL区画の図を!!」
伊勢にせかされ、シゲルは机の上の物を強引に退けて、慌てて図を広げる。
その間にも伊勢は、マヤの引出しを開けた。
そして、伊勢はその引出しの中身を見て呆気に取られる。
中には、少女趣味のファンシーグッズがギッシリと詰まっている。
さらに、一番上には鍵付きの日記帳が・・・・。
こんな中に・・・・・。
伊勢は余りの予想外の展開に少し頭が真っ白になる。
その時、中央司令室に入って来たマコトが、伊勢の脇から上司が見つめているものを見てみる。
「マヤちゃん・・・・。」
マコトも思わず呟く。その呟きに伊勢が我に返り、その引出しを漁り始める。
「何やっているんですか? 伊勢一佐。」
「MAGIの全権アクセスのキー!!」
そう言って、まず引出しの一番上に乗っていた鍵付き日記帳を机の上に置く。
「そや日向君、あそこに広げられたネットワーク図を見て、踏み台になっているサーバ−に並列なサーバーを用意しくれんか?」
「了解しました。」
マコトは、引出しから小物を次々出しては机に置いている上司の後ろ姿を見ながら返事を返した。
なんか、落ち着く。
周りが暖かい。なんだか、ママに抱かれている見たい・・・・・。
もう、外で生きるのはイヤ。
誰も、必要としてくれない・・・・・。
誰も誉めてくれない・・・・・・。
誰も見てくれない・・・・・・。
ここは落ち着く。だってママが居るみたいだから・・・・。
アスカ。
あっ、ママ!!
どうしたの、アスカ?
ママに会いにきたのよ。
どうして?
もう疲れちゃった。生きてても、辛いだけだもの。
誰も、アタシを必要としてくれないもの・・・・。
もう、生きていたくないの?
良いのもう・・・。アタシにはママが居てくれたら良いから。
ママしか、アタシの事見てくれないから。
・・・・・そう・・・・。
そうよ。アタシにはママしか居ないの。
判ったわ。いい、アスカ?
何? ママ。
ここは、イメージの世界なの。
すべては、自分のイメージが形作る世界なの。
イメージ?
そう、イメージ。
私の姿もアスカのイメージ。アスカが形作るモノ。
アスカ自身の形も、アスカ自身が形作っているの。
アタシが形作る?
そうよ。一つ試してみましょう。
アスカ、自分の欲しいものをイメージ見なさい。
わかったわ。やってみる。
ん。う〜ん。
えっ、シ、シンジ・・・・・。
「ああああぁ!!! どこにあんねん!!!」
関西弁丸出しで、伊勢が悲鳴のような声を上げる。思わず掴んだ日記帳から、スルリとカードキーが落ちる。そのカードをみた伊勢が歓喜の声を上げる。
「これや!!!!」
「伊勢一佐?」
シゲルがそのカードを掲げて上を仰いでいる伊勢の背後から、おずおずと声を掛けた。 はっきり言って、中年男がカードを上に掲げて小躍りする姿は少し不気味である。 そのシゲルの声に我に返った伊勢はシゲルを捕まえて、すこし大きめの声で尋ねた。
「MAGIのアクセスルームは?!」
「こちらです。」
そういうとシゲルはコンピュータボックスの脇の入り口にある扉を案内した。 伊勢はその脇にあるスリットにカードを差し込む。 扉を押し開けると、伊勢はそのボックスの中身を覗き込んだ。 目前に広がる複雑に絡み合った配線やコード類。 伊勢は一瞬動きを止めた後、一呼吸おいた後ゆっくりと首をシゲルの方に向けた。
「すまん。マヤちゃん呼んで・・・・。」
シゲルはその伊勢の少し情けない表情を見てため息を吐いた。
どっ、どうしてシンジが・・・・。
それは、アスカがイメージしたからよ。
アタシ、シンジなんか望んでいない。
こんなの嘘よ!
シンジはアタシを見てくれないの!
だから、アタシはシンジなんか望んでいない!!
だめよ、アスカ。この世界は嘘のつけない世界よ。
自分のイメージがそのまま投影される世界。
そうだよ、アスカ。僕は、アスカの中のシンジだよ。
アスカが望んでいたシンジ。
アタシは、アタシを見てくれないシンジなんか要らない!!
自分を偽っちゃだめだよ、アスカ。
アスカの中のシンジは、いつもアスカの事を見ているんだから。
そうよ、アスカの中の私だって、いつもアスカの事を見ているのよ。
嘘よ! 嘘よ!! 嘘よ!!!
ママは、アタシの事を捨てたくせに!
シンジは、アタシの事見てくれないくせに!
イヤ!イヤ! イヤ! イヤーー!!
わかったよ、アスカ。アスカの願いをかなえてあげる。
アスカと僕がずっと一緒に居られるように・・・・。
ホント?
だったら、一緒に。一つになりましょう・・・・。
だったら、一つになろうよ。
ずっと、いつまでもアスカの事を見ていてあげられるから・・・。
ホント、シンジ!! 嬉しいママ!!
アスカ、心を開いて。
うん!
なんか、アタシが融けていく感じ・・・・。
どうなるの、ママ、シンジ。
あれ、ママ何処へ行ったの・・・・。
あれ・・・。なんかおかしい?
アタシの心が無くなる・・・・。
アタシがアタシでなくなる・・・。ママがママでなくなる・・・。
イヤーー! イヤ!!
そんなのイヤーーーーーーーーーーー!!!!!
アタシはアタシ! ママはママ! シンジはシンジ!
だって、誰も居なくなる。誰も誉めてくれなくなる。誰も見てくれなくなる。
そんな、気持ち悪い世界は絶対にイヤ!
「3番の入力にこれを挿してください。」
「こう?」
「そうです。それで、これを4番に。」
マヤが扉の脇にマニュアルを開けながら、伊勢に指示を出していた。
「日向君。あれで、電源サーバーへのパケット遮断できる?」
「一応出来ます。まあ、相手さんが一枚上手なら終わりでしょうが。」
マコトは、苦笑気味にいった。
「けど、666プロテクトは使えへんのか?」
伊勢が、マヤに少し投げやり気味に聞いた。
「無理です。666プロテクトを使えば、弐号機の制御が出来なくなります。」
「もう、出来んのとちがうんかいな?」
「しかし、まだ最低限の制御は維持できています。」
少し強い口調で、マヤは伊勢に答えた。
「さて、終わりッ!!」
配線を終え、最終確認をする。
「OK!! はじめてや!」
伊勢は狭い空間の中から、外に聞こえるように大きく叫んだ。
「カウントはじめます。」
シゲルの宣言にマヤが肯く。
マイクを通してマコトにも聞こえるようにカウントが響く。
「5,4,3,2,1、Start!」
マヤとマコトが同時にキーボードを叩いた。
メインモニター上を見ると、MAGIへの侵入が止まりかけている。
踏み台に成ったサーバーの閉じ込めと、遅延プログラムが功を奏したようだ。
「伊勢一佐?」
伊勢はシゲルの声の方に振り向いた。
見ると、入り口から顔だけを見せている。
「何か、簡単に侵入され過ぎませんか?」
伊勢は目をしばたかせた。
「スパイ?」
シゲルは無言で頷いた。
伊勢は苦笑しながら頭をボリボリ掻いた。
「難儀なこっちゃぁ・・・。」
「とりあえず。洗いましょう。」
「そうやな。とりあえず、本部のID保持者を総洗いからか。」
「その後、L区画電源のモニター画面ですね。」
「まあ、その前に目の前の仕事を片づけやないかん。」
そういって、伊勢は狭い空間から這いずり出た。
メインモニターを見ると、MAGIの自立回復機能により侵入者は追い出され始めていた。
「アスカは、大丈夫なんですか?」
シンジは、冬月に向かって絞り出すように言葉を出した。
「大丈夫だよ・・・。」
冬月はありきたりの言葉を繰り返した。
「本当の事を言ってくださいよ・・・。」
「どう言う事かね?」
「もう、戻ってこないんでしょ・・・・。アスカは。」
「どうして、そう思うのかね?」
「どうもこうも無いですよ! あれはなんですか!!!」
悲鳴のような声を上げながら、シンジは手元のモニターを指した。
モニターには、L.C.Lの中を漂っている赤いプラグスーツが映っていた。
まるで、アスカの抜け殻のようであった・・・・。
「そうなんでしょ!! 正直に言ってくださいよ!!」
シンジは、錯乱気味に冬月につかみ掛かった。
パン!
乾いた音が響いた。
シンジと冬月の間の時間が止まる。
シンジは叩かれた左の頬を押さえながら、冬月を見た。
「・・・・。」
「シンジ君。アスカ君を信じなくてどうする?」
「でも・・・。」
「シンジ君は、戻りたいと決意したから、ここに居るのではないのかね?」
「はい・・・。」
「だったら、アスカ君を信じるんだ。アスカ君が戻りたいと思うならきっと戻ってくる。」
冬月は孫を叱るような目で、しばしの間シンジを見据えていた。
すると、タラップを駆け上がってくる音が耳に聞こえて来た。
その方を見ると、マヤが両膝に両手をついて体を支えていた。
「はぁ、はぁ。すう〜。はぁ〜〜〜。」
マヤは、深呼吸をして呼吸を整える。
「どうなりました?」
その問いに、冬月は無言で手元のモニターを指した。
それを見たマヤが両手で口を押さえた。
「動揺が広がらない様に、メインモニターには映していない。知っている者も極一部だ。」
冬月はモニターを見つめたまま、マヤに告げた。
「前のサルベージの資料は?」
「・・・・・・。」
茫然自失のマヤはその問いにすぐに答えられない。
「伊吹二尉!」
その喝を入れるような声に、マヤは反射的に背筋を伸ばした。
「伊吹君。前のサルベージの資料は?」
「用意します。しかし・・・・。」
「何かね?」
「あれは、失敗したのです。それを用意したって・・・。」
「用意するんだ。それを元にサルベージの準備を。」
「無理です!」
マヤは今にも泣きそうな顔で、冬月の方を向いた。
いやもう、マヤの目尻には涙が溜まっている。
「無理です! 私には無理です。 先輩だって無理だったんですよ!」
マヤは、激しく首を横に振る。
「先輩が居ないのに・・・・・。」
それを、冷静な目で見ながら冬月は命令口調でマヤに告げた。
「サルベージの準備をしたまえ。出来なければ、資料だけでも用意するんだ。」
冬月は少し焦り始めたのか、語尾が強くなっていた。
その会話に、男性オペレータの声が飛び込んで来た。
「司令!」
「どうした?」
「サードチルドレンが!」
「何だ? 続きは。」
男性オペレータは、何を焦っているのか口をパクパクさせながらメインモニター
を指差した。モニターには、夢遊病者のように弐号機のゲージに向かっていくシンジの姿が映し出されていた。
弐号機の前に向かうシンジ。
高電圧装置や、落下物、ましては弐号機の暴走という危険もはらんでいる為、
ゲージは立ち入り禁止である。
しかし、この混乱でシンジを見つける余裕のある者は居なかった。
シンジは弐号機の足元に立ち機体を見上げた。
「アスカ! 僕を置いてかないで! もう嫌なんだ、僕の為に居なくなるのは。
もういやなんだ、綾波も、カヲル君も、ミサトさんも、みんな、僕の所為で死んでしまったんだ。もう、みんなに置いていかれるのは嫌なんだ。もう一人は・・・・、嫌なんだ・・・・。だから、戻ってきてよ・・・・。アスカ・・・。」
シンジは弐号機の前で、ひざまづき慟哭した。
暫らくして、それは自嘲に変わる。
「けど、こんな奴駄目だよね。いつもウジウジしていて、情けなくて・・・。いつも、みんなを傷つけていて・・・・。みんなと逢いたいと思ったのに・・・。傷ついてもいいと思ったんだ。傷つけてもいいと思ったんだ。でも、僕はただの臆病者だったんだ・・・・。やっぱり、傷つくのが恐かったんだ。傷つけるのが恐かったんだ。みんなに曖昧な言葉で誤魔化して、適当な態度で済ませて・・・・。やっぱり、アスカを傷つけるだけだったね・・・。最低だ、俺って。こんな奴、捨てられても当然だよね・・・・。」
シンジは、弐号機の前で許しを乞う様にうずくまった。
イヤーー!
ヤメテ! ママ!
誰も見てくれなくなるのはイヤ!
アタシが無くなるのはイヤ!
だから、ママ!
ママ、アタシを殺さないで!
ママとずっと一緒に居たくはないの?
ママ、違う! こんなのアタシの望んでいることじゃない!
僕とずっと一緒に居たくはないの?
いやよ! アンタと溶け合うなんて!
判ったわ。自分をイメージしなさい。
そうすれば、元に戻れるわ。
アスカには、それが出来るはずよ。
さあ、生きなさい。
ATフィールドの本当の意味が解ったなら・・・・。
「馬鹿な。誰も気づかなかったのか!!」
冬月が珍しく当たり散らした。
「すみません。」
それを報告したオペレータは何故か反射的に謝ってしまう。
「早く、保護するんだ。」
そのように命令した時、オペレータの一人が叫んだ。
「弐号機が信号を拒絶し始めました。」
「プラグ内モニターできません。」
「いかん! これ以上、弐号機に刺激を与えるな!」
オペレータの声に、冬月はすばやく指示を出す。
「信号カット。」
「プラグが強制排出されます!!」
室内に悲鳴が広がる。
「あの時と一緒・・・・・。」
マヤが何も映し出されていないモニターを見ながら悲痛な表情をしながら呟いた。
バシュッ!!
エントリープラグが強制排出される。
「あぶない!!」
冬月はメインモニターに向かって叫ぶ。
エントリープラグは天井を擦り、シンジの背後に大きな音を立てて落ちた。
エントリープラグの周りの床は排出されたL.C.Lで濡れている。
「医療班、技術班。」
マイクを通して、冬月は司令を出した。どこか諦めの色がある。
シンジは、大きな衝撃音に始めてエントリープラグの落下に気づいた。
シンジは、その身を起こしエントリープラグに近づいてく。
何かに引かれるように、フラフラとした歩き方で・・・・・。
シンジはハッチのバルブを開き、恐る恐るコックピットを見た。
シートには、茜色の髪の少女が横たわっていた。
「アスカ。戻ってきてくれたんだね・・・・。」