高く上った太陽の日差しが、アスファルトを焼いている。
パトカーのサイレンが絶えることなく、町の至る所から聞こえる。
そんな、雑居ビルと民家が立ち並ぶ町中を、モスグリーンに塗られた
装甲車、ジープ、トラックの組み合わせが駆け抜けていく。
第三話
無力
「鈴原トウジ君の疎開先で?」
隊長格と思われる男が、関西弁のイントネーションで 玄関先に出てきた女性にたずねた。
「そうですが、何かトウジにようですか?」
同じく関西弁口調で答える。
「ええ、今二階にいますんで呼んで・・・。」
女性がすべてを言い終えないうちに、隊員たちは女性を押しのけ家に入っていく。
「何をするんですか!」
女性が大声で叫ぶ。
「まま、奥さん落ち着きなはれ。」
男は、そうなだめたがとても落ち着けるような状況ではない。 女性を押さえつけていると、上の方から少年の声が聞こえてきた。
「なにすんねん! ワシが、なんかしたとでも言うんかいな!」
隊員に引きずられるようにして、玄関先にトウジがでてきた。 両脇を固められたトウジが男をにらむ。
「ワシが、なにしたっちゅうねん。」
「君が、鈴原トウジで?」
「そや!」
トウジを見下ろしながら、男は棒読みで
「あー。国家保安法第2条により、君の身柄を拘束する。」
と言う。それを聞くと、女性は顔を青ざめさせながら
「トウジを! トウジを何処に連れて行くんですか!」
と、近くの兵士を掴み叫んだ。
「おばはん。うるさい!」
そう言うと、兵士は女性を振りほどいた。 その反動で、彼女は地面にうつぶせに倒れた。
「なにすんねん! われ!」
トウジは、暴れ出すが兵士に押さえつけられた。 隊長格の男は、トウジを連れて行くように指示をだす。 両脇を抱えられトウジは連れ出された。
男は、女性に近寄り声をかけた。
「心配しなくても大丈夫です。疑いが晴れたら無事戻ってきます。」
そう言うと、女性に背を向けトラックに乗り込む。 背中からは、すすり泣く声が聞こえていた。
「出発してくれ。」
そう命令すると、トラックが動きはじめた。
「ワシをどこにつれていくんでっか?」
時間がたち落ち着いたのか、トウジは男を睨み付けながら言った。
「とりあえず、生駒の基地や。そこで、ヘリに載って第二新東京の行ってもらう。そっから先は知ら
ん。」
「そうでっか。」
二人の会話は何処となく乾いていた。 しばらくすると、男は先ほどから気にしていた疑問を訪ねた。
「あんさんの左足は確か?」
「これっでか? 判らん。おきたら元に戻ってたんや。」
「そうか。」
そう、トウジの左足は復元していた。 男は、それ以上追求しなかった。
「戦自の方から、交渉期限の延期を打診してきました。」
シゲルは、司令席に座った冬月にこう報告した。
「とりあえず、さらに24時間の延長を認め、これ以上の延長は認めないと伝えておきました。」
シゲルの背後では、オペレータ達がせわしなく走り回り、怒鳴り声が聞こえ、夢中なってキーボードを叩 いている。
「そうか・・・。」
冬月は、相づちを打つ。
「それから、弐号機とリリスのコアの回収ですが、稼動する大型作業機器と作業員の絶対数が少なく、ま
だ作業を開始していません。」
「まあ、急がなくともどの組織も手を出せんよ。」
「しかし、上空からの偵察目標となっています。すでにジオフロント上空を少なくともジェット機が3
機、あと戦自のヘリが2機通過しているのを肉眼で確認していますが?」
「航空写真からの解析では、あくまでも結果の表面事象までしかわからん。」
「ですけれども、どのよう交渉材料にされるか判りませんよ!」
シゲルは少し食い付いた。
「あんなもの、隠しようがないよ。」
冬月は、モニターに映っている綾波レイの頭部を見ながら苦笑した。
「たしかに・・・。」
シゲルも、モニターを見て苦笑する。 しかし、半分は自分に向けられていたようだ。
「あと、日向二尉をリーダーとするチームが鈴原トウジを保護に堺市に向かいます。
例のA801が発行されていますが、ネルフのヘリに手を出したらメインコンピュータの
システムの内容は保証しないと政府の方に脅しておきました。」
「各国際機関、各国政府の動向は何か変化はあったかね。」
「まだ、特に変化はないです。まだ、自分の事で手いっぱいではないでしょうか。しか
し、情勢の方は
刻々と変化しているようで、アメリカの旧東海岸のほうで下層労働者の暴動が、バルカ
ン半島で民族間対
立が発生しているとnetwork上を飛び回っています。いずれも未確認ではありますが。」
「ふむ・・・。」
冬月は、右手を顎に手を当て唸った。何か、考え事をしているようである。
「それと、伊吹二尉の方からセカンド、サードの両チルドレンの看護チーム編成の請願
を伝言されていま
す。詳しくは後でメールにて、と言う事です。」
「伊吹君は?」
「8時間の睡眠休憩に入っています。」
それを聞くと、冬月は表情が緩む。なにか、良い事があったような顔である。
「そうか、私も休むとしよう。緊急事態が起きない限り起こさないでくれ。多分、明日
の停戦交渉までな
にも変化しないと思うが。あと、職員も各自休憩を取るようにと。」
「判り・・・。」
そこで、冬月の手元の回線の呼び出し音が鳴った。冬月は、2回ほど呼び出し音が鳴っ たところで 受話器に手を伸ばす。
「Hello. This is the branch office of Germany. Is Commander Ikari there?」
「Who's calling?」
「This is Michael Langly.」
「Oh! Mr. Langly. Commander Ikari is missing, ...」
その様子を、しばらく見てるとシゲルは自分の席に戻って行った。 正面のサブモニターを見てみると、辛うじてジオフロントに残っていたヘリコプターが アイドリングを行っていた。
バラバラバラバラバラ。
ぺリポートには、火器を持った兵士がヘリに乗り込む準備をしている。 その脇にある、管制室にマコトは向かっていた。
「日向二尉こちらです。」
そう言うと、オペレータの女性は受話器を差した。
「誰からです?」
「川本と言う方からですが。」
『あいつか。何だこんな時に。』
そう、心の中で毒づくき、不意に自衛隊同期の悪友の顔を思い浮かべた。
「なんだ川本か。 何の用だ。この忙しいときに。」
「こっちも忙しいさ。・・・。」
緑色を基調とした制服に身を包んだ職員が、受話器を手にしお互い大きな声で怒鳴り合 っている。 まるで、昼下がりの商社の外商課のような光景だ。 職員の一人が、その部屋で唯一孤立しているデスクに向かった歩いていく。
「小手川陸将。これが停戦条項の第一次草案です。」
そう言うと、彼は右手に持ったディスクを差し出した。 その声に釣られ、小手川は顔を上げる。 目の前には、書類が絶壁のように積み上げられている。
「ご苦労様。三尉。」
そう答えて、そのディスクを受け取った。 ネットワークは、完全に敵の手に落ちている。 重要書類は、紙またはディスクによってやり取りするように通達していた。 端末の隅に表示してある時計を見ると、かれこれ八時間もこの場から動いていない。
「う〜ん。」
そういって、伸びをするとこの席を立つ事にした。 『自販機コーナーで缶コーヒーを買って、喫煙コーナーで一服しよう。』 そう計画を立てると、ドアに向かって歩いて行った。 しかし、その計画はすぐに変更を余儀なくされた。
「何のようだ。伊勢二佐。」
廊下には、切れ長の目と縁無しの眼鏡が印象的な長身の男がにやけた顔で立っていた。
「未成年者略取。営利目的の誘拐犯の顔を見に来たんや。」
関西弁のイントネーションで、伊勢と呼ばれた男は答えた。 とても、階級が上の者への返答とは思えない。
「あれは国家保安法に基づく正当な身柄拘束だよ。」
平然と小手川は答えた。
「ほー。何の実力もない未成年者と国家転覆を狙うテロリストが同列か? 頭のいい人 は、考える事が ちゃいますな。」
これぐらいの事では、小手川は動じなかった。伊勢を一睨みして、自販機コーナーに向 かった。それを伊 勢はおどけて受け流し、小手川の後を追っていく。
「国家保安法は、内務省の管轄と違うんか?」
「ふん。内務省からの依頼だよ。監察部や公安部が機能していないと悲鳴を上げてきた
のさ。」
「そうか。しかし、主犯はお前やろ。」
しつこく、かつ嫌みったらしく食い下がる伊勢に対して小手川は嫌気をさした。 この事は、本人が一番判っている。
「伊勢二佐。何の任務でここに来たのかね。ここには、暇な人間は一人も居ないはずだ が?」
先ほどまでの口調と違い、階級を持ち出して伊勢に問う。 それを、両手を挙げながら受け流し答えた。
「実は暇なんですわ。『ハッキングを受けている。応戦できない。すぐ来てくれ。』と
SOSを受けとっ
て、筑波からジェットヘリで飛んできたものの、ネルフのMAGIからの侵入と聞いて
諦めたんです
わ。」
「それを何とかするのが、お前さんの任務と違うか?」
「そう言われても、『拳銃一丁もって1師団壊滅してこい。』言うとるんと同じや。無
駄な事はせん主義
や!」
「そうでっか。世界最高のハッカーと呼ばれたセンセイが手も足も出んとはどないこと
でっか?」
小手川は、これを好機とばかりに口調を真似て反撃した。
「ふん。あと半日早かったら、一日伸ばせたんや。」
「なんだ。結果はいっしょか。」
それを聞き、伊勢は苦虫を噛んだような顔をした。
「そや。だから、お前さん相手に暇つぶしのしてるんや。」
会話がはずんでいる間に、自販機コーナにたどりついた。 小手川は、自販機を前にして財布を取りだし小銭を出した。 それを、自販機に投入しボタンを押す。
取り出し口に、缶コーヒーが出てくる。 それを手にとって、振り替えると伊勢の顔が目に映る。 その顔は、まるで取って置きの宝物を見せる子供のような顔だ。
「なんだ?」
「実は、暇つぶしに面白いもんをもって来たんや。」
そう言うや否や、伊勢は懐に手を入れて写真を取り出した。 小手川は、それを左手で受け取り、もう一方の手で器用に片手で缶コーヒーの プルトップを開けた。
カパ。
そう音がすると、缶コーヒーを口に含みながら、写真を凝視した。
「何だこれは?」
「今朝の第三新東京の航空写真や。」
そこには、芦ノ湖が蒸発しジオフロントが露になった様子が写っている。 そして、異様な物体に目が自然と行く。
伊勢は、無言でルーペを小手川に差し出した。 それを受け取り、小手川はさらに詳しく観察した。
「人間の頭部? 人柱?」
「その解像度では,そこまでしか判らん。」
小手川は、一息つく。この写真に写っていることを理解しようとする。
「サードインパクトの結果?」
「そうともとれない事もない。」
あいまいに、伊勢は答える。情報が少なすぎるので答えようがない。
「これを見たのは?」
「俺の部下だけや。」
「部内秘だな。」
そう言って、小手川はその写真を懐に入れた。 それを、見て伊勢は立ち去ろうとした。 そこで、小手川は伊勢の行動に疑問が浮かぶ。
「おい、買っていかないのか?」
そう、自販機を目の前にして、この男が物を買わない光景を見たことがない。
「ああ。最近、娘が小遣いをくれんのや。」
「あれ、お前さん娘さんがいたか?」
小手川の記憶では、伊勢の家族構成は養子の男の子がいるだけだった。
「半年ぐらい前にな、両親が死んだから認知してくれと尋ねてきたねん。」
「なんだ、それ? 父親は、他人の子供育ててたのか?」
「うんにゃ。 父親は事実を知らんかったらしい。 母親に教えられたらしい。俺にも身
に覚えがないわけ
ではない。」
「いくつ?」
「15」
「ふーん。16年前の悪行が祟ったわけか。」
小手川は何気無しに言った、ここである噂を思い出す。
「伊勢二佐。その子の姓は『霧島』と言うんじゃないか?」
「さー。母親の姓しか知らん。」
痴れっと、伊勢は答え、その場を立ち去った。
「何だマコト。お前大阪にいったんじゃ?」
シゲルは、発令所に不機嫌の固まりのようなマコトにそう声を掛けた。
「さっき、自衛隊の同期から連絡があった。鈴原トウジの身柄を確保したって事だ。」
「なに。」
「それに、このルートで向こうさんの要求案の一部を流してもらった。」
「戦自への見返りは?」
「もちろん、こちらの譲歩予定。」
「しかし、司令代理の許可は?」
「取ってない。でも現場の責任者は僕だよ。それくらいの裁量は与えられている。それ
に、交渉の結果な
んて妥協の産物だよ。水面下の交渉は始まってもおかしくはないよ。」
「確かに、そうかもな。」
「司令代理は何処に居る。」
「仮眠中だよ。」
「マヤちゃんは?」
「マヤちゃんも。」
「そっか。」
「マコト・・・。」
「何だい?シゲル?」
「お前も休めばどうだ? 顔色悪いぞ。」
「そんな事はないさ。お前はどうなんだ?」
「俺はいい。何せここから出ていないから。」
「そっか。けど・・・。」
「けど?」
「けど、今休むといやな事ばかり思い出すような気がして、何だが気が滅入る。」
「ミサトさんのことか?」
ビクッ。マコトの肩が少し揺れた。
「フフ・・。それだけじゃないよ。」
そう言い残すと、マコトは作戦部会議室に逃げるように行ってしまった。
『正直な奴だ。』
シゲルは、そう思い端末に目を向けた。
マヤは、白を基調とした八畳ぐらいの部屋で2つのモニターを凝視していた。 室内には、病院特有の消毒液の匂いが立ち込めている。 モニターを見ながら考え続けていた。周りには、誰も居ない。 思考は、深く深く沈んでいく。
人類はこの子達のお陰で助かったのかも知れない。 けど、私たちはこの子達に何ができるの? こんなにボロボロになるまで戦った子供に何もしてあげられないの?
そう考えていくと、涙が頬を伝わる。顔は俯き、無意識のうちに、 ひざの上の手が握り締められる。
「うああああああ!!」
そこに、耳を割くような音が聞こえる。 マヤは、ハッと顔を上げる。 一方のモニターにベットから上半身を起こし、頭を抱えて体を震わしている碇シンジの 姿が映っている。 とっさに飛び出し、シンジの所に向かう。 病室に入ると、そこには両手で頭を抱え、体を震わし、身を小さくしているシンジの姿 があった。
「シンジ君、どうしたの?」
マヤは、シンジに優しく近づきながら声を掛けた。
「来ないで、綾波ィ・・・。 寄らないで・・・。」
弱々しく、何かに脅える子供のような小さな声でつぶやく。
「えっ? どうしたのシンジ君?」
さらに、近づきシンジの肩に手を掛けようとした。
「僕に触るな!! 僕に近づくな!!」
シンジはそう叫ぶと、マヤの手を払い退け、さらに体を払い飛ばした。 マヤが思いがけない力に、尻餅をうち計器に背中を打つ。 マヤは、その力よりも拒絶する強い意志に驚いた。
「うあああああぁ!! 来るな。 ミサトさんも、綾波も。」
さらに、叫び続けシンジ。 マヤは、立ち上がりシンジのベットの近くにあるボタンに手をかける。
「どうされました?」
スピーカからは、当直らしき看護婦の声が聞こえた。
「シンジ君が! シンジ君が!」
「落ち着いてください! すぐにそちらに行きますので。」
ブツ!
その音が最後に、スピーカーからは雑音が混じった音がしなくなった。 天井のスピーカの方を見ていたマヤは、ベットの上のシンジの方に向いた。 シンジは、両手で毛布を握り締め前後左右に腕を動かしている。
『あの両手のポジションは、EVAの操縦竿と同じ?』
マヤは、そこに思い当たった所で思考を中断させられた。
バタ!バタ!バタ!
ドアから、医師と看護婦が走り込んできた。 すぐに、医師がシンジの方に向い、肩に手を掛けようとする。
「来るな!!」
この一言により拒絶される。
「宮沢さん、応援を。 そして、鎮静剤の準備を。」
「判りました。」
看護婦は、ボタンを押しナースセンターにコールを掛ける。
「304号室に、2人ほど応援をよこして!」
その様に叫ぶと、治療用の医療機具や薬品の置いたトレイに行き、 注射器に鎮静剤を吸い上げる。
医師は、シンジの両手を押さえつけていた。 今までの発作では、暴れだし、全身を傷つけようとしたからである。 まるで、麻薬の禁断症状と酷似していた。
「伊吹さん!」
「はっ、はい!」
マヤは我に帰り、調子の外れた声で答えた。 医師は、それに苦笑し言葉を繋げた。
「すいません。押さえつけるのを手伝ってもらいませんか?」
それを聞くと、マヤはベットに近づき、シンジの肩を両手で押さえつけた。 シンジから発せられる力は、15歳の少年とは思えないほど強い。 そうする間にも、2人の看護婦が駆け込んでくる。
「先生!」
「早く、押さえるのを代わってくれ!」
「分かりました!!」
そう答え2人の看護婦は医師と代わる。 第三者から見れば、女性三人が少年一人を襲っていると見えかねない 光景だが本人達は必死だ。
「はい、先生。」
用意をしていた看護婦の手から注射器が医師に手渡される。 それを受け取ると注射しようとしたが、シンジの様子を見て躊躇する。 あまりにも、動きが激しいために注射器の針が折れる事を懸念した。
「宮沢さん、すまないが頭を押さえつけてくれないか?」
「分かりました。先生。」
そのように答えると、宮沢と呼ばれた看護婦はシンジのこめかみを 両手で挟み頭を押さえつける。それを見届けると、首筋に注射を打った。 シンジはしばらく暴れつづけると、徐々に力が抜けていく。 それを確認し、マヤ達がシンジから離れた。 マヤは、シンジの顔をしばらく見ると医師に向き直り、
「シンジ君はいったいどうしたんですか?!」
その、今にもつかみ掛からないマヤの形相に少し驚きながら医師は答えた。
「わっ、分かりませんよ! とりあえず、落ち着いてください。落ち着いて!」
「分からないとはどういう事ですか?! それを究明するのがあなたたちでしょ?」
「いいですか。とりあえず落ち着いてください。話はそれからです。」
そのように言い、医師はマヤの顔をじっと見据えた。 マヤは深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「いいですか。こればかりは身体の問題ではなく、心の問題です。外傷なら薬や外科的 な手段が有ります が、心のケアに関しては専門家の他に、親しい人、身近な人の協力が必要です。あなた 、これまでの患者 の様子を見て何か思い当たる節は?」
それを聞くと。マヤは少し思案し、先ほどの疑問に重い当たった。 しかし、これに当たっては確信が無く、かつ機密事項に当たる部分が 有るかもしれない。 医師は、その様子を汲み取ってか、
「とりあえず、私は控え室に戻ります。この患者への鎮静剤投与はこれで3回目です。 これ以上の投与は 身体に何らかの悪影響を及ぼしかねません。とりあえずは、明けて昼からの会議で何か ありましたら。で は、失礼します。」
そのように言い、医師は部屋を立ち去った。
トウジは、知らない部屋で目を覚ました。ベットの寝心地は最高だった。しかし、気分 は最悪だ。
「ふぁ〜! あぁぁぁぁ・・・。」
大きな欠伸をし、部屋を見渡す。白い壁、ドラマに出てくるような別荘のような絵に描 いたような部屋。しかし、どこか無機質で無個性であった。今のトウジの気分に一役 買っているだろう。トウジは、ベットの上で半身を起こし体をボリボリ掻いていたが、 何もする事が無いと分かると、もう一度寝る事にしベットに潜り込もうとする。
コンコン!
ノックする音がすると同時に、ドアが開く。
「おはようございます。鈴原君。」
そう言い、妙齢のそこそこの美人がトレイに、良い匂いが立つ朝食を持ってきた。 普段のトウジなら、よだれを垂らさんばかりのシチュエーションだが、生憎とそのよう な気分ではないら しい、
「誰も、入って良いとは言っとりませんがな。」
「フフフ・・・。それで気分を損ねたならこれから気をつけるわ。」
そう言いながら、女性下士官は笑顔で返した。それを、憮然として返すトウジに対して 彼女は言葉を続けた。
「これから、鈴原君のお世話をする事に成った石原ヨシミよ。とりあえず、できる限り
の事はするわ。よ
ろしくね。」
「そうでっか。よろしく頼みますわ。」
トウジは、そっけなく答えた。
「あらあら、本当に機嫌がよろしくないのね。とりあえず、いっしょに朝ご飯を食べま しょ。」
そう言って、ヨシミはトレイの上の物を机に並べ始める。 トウジは、年頃の男の子なら一度は憧れる『美人のお姉さんとの食事』を、 最悪の気分で迎える事になった。
ターミナルドグマ ヘブンズ・ドア
巨大な扉の前に、数名の人影が立っている。冬月とシゲル、それと数名の保安部部員 である。みな終始無言である。静寂が支配する。冬月は右手でカードを持ち、それを スリットに差し込む。その後、キーに向かって暗証番号を打ち込み終わると、巨大な 扉が轟音をあげて開きだした。
カツ、カツ、カツ。
複数の靴の乾いた音だけが響いていく。 彼らの眼には、巨大な十字架しか見えていない。 ここの最後の光景は、白い巨人が貼り付けにされていたはずだ。
『綾波レイは、結局、あの巨人に?』
そうシゲルは考えると、少し身震いをした。 さらに、奥に進む。すると、下半身だけが残っている異様な死体が眼に入る。
「碇・・・。」
冬月は、呟くように言った。
「えっ、碇司令なんですか・・・。」
シゲルは、半分呆然として答えた。
「考えるのは、また後だ。とりあえず、碇を運んでくれ。」
「はっ、はい。」
それを、シゲルが聴き後ろに控えていた部員達に指示を出す。 シゲルは指示を出し終えた後、辺りを見回しL.C.Lに浮かぶ白い物体を見つけた。
「副司令、あれは?」
そう言って、シゲルはその物体が浮かぶ方向を指した。
「うむ、すまないがあれを。」
残っていた部員は、厄介な仕事を請け負う事になる。 引っ張ってこられた物は・・・。
「リツコさん・・・。」
「赤木君、君は・・・。」
そう、赤木リツコであった。すでに、死体は水死体特有の水を吸い込む現象で、 ぶくぶくに膨れ上がり、かつての美貌は失われていた。
ネルフ中央病院 精神科棟 第二会議室
机を輪にならべた部屋に、医療チームのメンバーが座っている。総勢21人のチームで ある。前に、大き なホワイトボードがあり、そこには今後の治療方針が書き並べてある。 さらに、その脇には伊吹マヤの姿があった。
先日 深夜 技術部部長室
この部屋の主が行方不明であるのに、ここには冬月とマヤの姿があった。 二人はモニター画面じっと凝視していた。そこには、サードインパクト直前の初号機 エントリープラグ内の映像が映し出されている。 そこには、錯乱するシンジと遥か成層圏からの地球の映像。 何よりも、巨大化した綾波レイとそこから分け出る渚カヲルの姿が 頭に残る。
「副司令。」
「ああ。」
「どうしましょう? この映像を外部に・・・。」
「だめだ。これは第一級の機密事項だな。まあ、サードインパクト究明委員会なる物が
できたなら出さざ
るおえないが。しかし、これを部外者に見せるのはまだまずいな。」
「でも、私の憶測に過ぎませんが、この映像のシンジ君と先ほどの錯乱状態のシンジ君
とでは行動や状態
が酷似しています。ですから、いまのシンジ君の精神状態に、何らかの因果関係がある
のではないでしょ
うか?」
「うむ、だがしかし、この資料を外部に出すことはまだできん。もし漏れた場合、NE
RVの組織自体の
存続や、さらにはサードインパクトの責任追及が二人のチルドレンに及ぶかも知れん。
」
「ですけど、シンジ君の治療に必要と要求された場合は!」
「出せん物は、出せんよ。」
「でも、シンジ君の命だけではなく、アスカの回復も掛かっているかもしれませんよ!
」
マヤは、冬月につかみ掛からんばかりに身を乗り出して言った。
「伊吹君、落ち着きたまえ。いいかい、私はNERV全職員に対して責任を負っているんだ
。一人の犠牲で全
員が助かるなら、そのような決断をせざるおえない。それが、組織の長という物だ。」
「しかし、わたしは・・・。」
「納得できないかね。とりあえず、この映像は提出できない。外部に洩れた場合には、
それこそシンジ君
の身に危険が及ぶ。伊吹君は、治療のための参考資料としてこの事をレポートで提出。
出す前に、私のと
ころへ持ってきてくれたまえ、こちらで修正する。」
「分かりました・・・・。」
そのように、言って冬月は執務室に戻っていった。
ネルフ中央病院 精神科棟 第二会議室
「では、これからの治療方針は次のようになります。」
マヤの意識が、この時間に戻っていく。 結局、あの映像は提出要求されたが、それほど食い下がられなかった。 冬月が裏に手を回したのかもしれない、またはこの混乱期に著しくマンパワーが 低下していたのかもしれない。どちらにしろ、マヤの提出したレポートが唯一つの 貴重なシンジの精神分析の資料となった。 精神分析の結果、現在シンジの精神状態が以下の要点にまとめられた。
1、脳の許容範囲を超えた異常な体験。
2、体験だけが先行し、脳の処理が遅れている。
3、現在、体験したことの記憶定着が行われている。
以上のことが予測された。対処として、麻薬患者の禁断症状に対する 療法を選択した。よく言えば、本人の精神力に賭ける。悪く言って、 患者を縛り付けそのままという物である。つまり、記憶の定着を進めることに したのである。結局、これに代わる治療案は出されなかった。 積極的なイニシアティブを誰も取らなかったのと専門家 が構成員の中に居なかったのが原因である。さらに、時間が足りなかった。 マヤは、口出ししようにもこの手の専門的知識を欠けできなかった。 そして、アスカに関しては様態が安定していることを理由に治療は先延ばし されることになった。
同棟 304号室
カチャカチャという音が室内に響く。手際好く、看護婦達がシンジをベットに 縛り付けていく。その脇で、マヤがじっとシンジを見詰めていた。
「心配しないでください。きっと、立ち直ります。」
あまりにも、悲痛な顔をしていたマヤに思わず声を掛ける。
「え、ええ・・・。」
生返事を返しながら、自分の無力さを呪っていた。
後書き。
まずは、僕の作品を読んでいただき、ありがとうございます!
掲載されて、1週間を経たずに1000hitを越さんとす!!
めぞんEVAおそるべし!!
大家さんのご苦労が偲ばれます。
1000hit記念に用意していたLASなNovelも見直す暇もありませんでした。
この作品は、大家さんが言われた通り「補完+権力闘争」です。
やはり、いままで世界の裏側にいた人達です。この手の事を切り離す事ができませんで
した。
子供達が、この事に巻き込まれながら自分を探していきます。(あくまでも予定)
と言う事で、現在は状況を整えている時点です。<-(早く、アスカちゃんとシンジ君を
ださんかい!)
さて、キャラの生死ですが読まれた通り、リツコとゲンドウは帰ってきませんでした。
まあ、劇場版で、あれだけはっきりしていたら仕方がないかも知れません。
と言う事で、リッちゃんファンとゲンドウファン(?)の方、ごめんなさい。m(_
_)m
(これでヒット増加率が減るか。)
さて、他のキャラは?
と言う事で、次回お会いしましょう。