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広い空間に、白髪の老人が椅子に腰掛けていた。 天井と床には、何か幾何学的な模様が描かれている。 老人の机の上には、摩天楼のように報告書が積みあがっている。 必要な情報は、この中の1割ぐらいだろう。 すでに、書類に眼を通すのに、辟易していた。 老人は、顔を引き締めると、手に受話器を取り作戦部への回線を開いた。

「日向君を。」
「分かりました。」

奥のほうで、マコトを呼ぶ声がする。

「日向ですが。」
「日向君、後どれくらいで提出できるかね。」
「とりあえず、仮報告書として、5時間後ぐらいですが。」
「わかった。とりあえず、これから1時間執務室には誰も入れないでくれ。」
「そのように、通達しておきます。」
「よろしく頼む。」

そういうと、受話器を置いた。 懐からカードを取り出し、執務室の机の引出に差し込む。 取手を掴み、引出を開けた。

人類補完計画修正書
執筆者 碇ゲンドウ 冬月コウゾウ

本の表紙には、そのように印字されていた。


人として生きる事

第二話

舵を取る物は?


シゲルは、いつもの席で情報収集と分析を行っていた。 開放されている回線からは、侵入者が扉を開けようとしてる。 今日の午後過ぎてから、何百回と警告音がなっていた。 しかし、MAGIの能力に叶うべくもなく、すべてが無駄な努力と なっている。集中の途切れから、顔を上げた。メインモニターに映る上の、 様子は闇に落ちていた。

「長い一日か。」

そう独り言を言う。しかし、まだ一日は終わっていない。

食堂、ホール等のレクリエーション区画。ここには、ネルフ職員、自衛隊員など 問わず、遺体が床を占拠していた。遺体の整理には、総務部人事課・施設課の 職員が端末を持ちながら、人事データベースとの照合を行っていた。

「俺達の使命は、使徒の殲滅とサードインパクトの防止ではなかったのか?」

そう、職員の一人は端末を叩きながら心の中で問う。さらに、遺体の列を見て、

「残された遺族は、どう感じるのだろう?」

そこで、思考と止めた。彼は、これ以上の考えた処で無駄と考えたからだ。 その時点で、彼は機械と成る事にした。




ネルフ中央病院

ここは、最前線の野戦病院の様な状況に在った。 マヤは部下を三人引き連れ、人をかき分け特別治療室に向かっていた。 その途中、異様なものが目に飛び込む。

「何・・・。あれ。」

それは人の形をしていたが、よく見ると中途半端な形をしている。

「どうしたのですか? あの人たち。」

近くにいた医師に問う。 「どうも、人間だったらしいのですが・・・。」 と、言葉を濁しながら答えた。 どうやら、サードインパクト後、あのような 患者が次々と担ぎ込まれているらしい。

マヤは、踵を返すと目的の場所へ急ぐ。彼女には、見るに耐えれるものではなかった。

「私たちのやってきた事は、正しかったの?」

心の中で問う。しかし、答えてくれそうな尊敬する人は見えなかった。

「赤城先輩は、何処に?」

マヤは、うめき声に溺れそうに成りながら歩を進めた。 それは、まるで自分の罪を責める言葉に聞こえたから。

ベットには、少年が静かに寝ていた。窓にはカーテンが掛かり、部屋には病院特有の 消毒液の匂いが立ち込めている。 少年の顔は色白でほっそりとしていて、眉は細く、中性的な顔立ちをしている。 まだ幼さが残り、完全には男の顔をしてはいなかった。いまは、眼を閉じ静かに 横たわっていた。 そのベットの傍らに、白衣を着た男性とショートカットの女性が立っている。

「先生、シンジ君の様態は?」
「こちらのカルテを。」

そう言うと、医師はカルテをマヤに手渡した。 カルテには、精神の不安定と薄弱・疲労困ぱいと記してある。 大きな外傷等は無かった。

「これだったら、時間が解決してくれますね。」

と、マヤは一安心し、カルテを医師に返した。 医師は、受け取りながら

「ええ、そうですね。ただ、目覚めたときに記憶の混乱等で錯乱するかもしれません。 此処に収容した直後は、ひどかったらしいですから。」
「どのように処置を?」
「『鎮静剤を投与した』と引継ぎの際に聞いています。」
「そうですか。」

マヤは少し顔をしかめたが、医師はそれを見て見ぬふりをする。 とりあえず、マヤはもう一人の適格者の様子を聞く事にした。

「アスカのほうは?」
「こちらへ。」

医師は、隣の部屋に続いていると思われるドアに向かった。

カチャ。

彼は、ノブに手を掛けドアを押した。

マヤの眼には、脳神経外科303号室と同様の光景が広がる。 ベットの上には、少女のが寝ている。顔を覗く。 生命力に満ちあふれた美しい少女の面影は、そこにはなかった。 肌は荒れ、頬はこけ、そこからはシーツの下にある肢体の様子も容易に想像できる。 額には包帯が巻かれ、左目には眼帯が。そして、右腕は包帯が巻かれていた。 全身からは、医療器具に繋がっているセンサーの線が出ている。

ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。

心拍計から出るこの音だけが、少女が生きている事を指し示している。

「ヒドイ! 太陽のような子だったのに」

マヤは、心の中で叫ぶ。

「様態は・・・。」

きわめて、冷静な声で尋ねた。もう、心はショックに対する許容を超えたようであった。あまりにも残酷な現実に、事実だけ対処する事で乗り切ることを無意識のうちにマヤの心は選択した。

同じようにカルテを渡される。 右腕裂傷。左眼刺傷。 などなど、外傷だけが載っていた。

「先生。こちらのほうは?」

マヤは、胸を指しながら尋ねた。

「酷いです。何せ、外界からの刺激に反応しない。」
「・・・。」
「とりあえず、私の手を離れています。これは、心理カウンセラーの範囲ですね。 ただ・・・。」
「ただ?」
「一度だけ反応したと言う報告が。」
「えっ?」
「いやあ。隣の碇シンジ君が一度目覚めて錯乱した際に。」
「それは、彼女が目覚めるには彼が鍵になると?」

マヤは、『何を少女漫画の様な事をいっているのかしら。』と心の中で 苦笑した。

「そのような、可能性があると言う事でしょうな。」
「・・・。」
「私はこれで。他の患者も在りますし。」

医師は、ドアの方に体を向け、歩み始める。 マヤは、無意識のうちに医師の姿を目で追った。 ドアの向こうには、看護婦が彼を待っていたようだ。 彼女は、二言三言交わすと医師から離れていく。 医師は、去り際にこちらを向いた。 マヤと彼の目が、かち合った。マヤは、反射的に会釈をした。 この事が、マヤを現実世界に引き戻したようである。

ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。

この電子音が、この空間の支配者のように思える。

マヤは、この病室を見渡した。 そこで、壁際に置かれている丸イスに目が止まる。 それを、アスカの寝ているベットの側に引き寄せ、そこに腰掛けた。

「ふぅ・・・。」

心の中で、ため息をつく。 しばしの間、アスカの顔をぼんやりと眺めていた。

ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。

その音に、つられるが如くマヤの右手がアスカの頭に伸びて行く。

「女の子は、いつも奇麗にしてなくっちゃ!」

そうつぶやき、微笑むと、栗色の髪を手櫛で整えてやった。 その時のマヤの目には、何か決意のような物が燈っていた。




電子回路から発する独特の臭いの中で、静かな戦いが行われている。 その中で、クリーム色をした制服を着た者達は、真剣な表情で議論を戦わしている。 現代戦争において、一番に重要な事は情報収集と分析である。 この事を、軽視する事は敗北に直結する。エリート集団である、ネルフ作戦部の部員は この作業の重要性を叩き込まれている。だからこそ、独特の緊張感が作戦司令室に張り詰めるのである。 マコトは、コーヒーの湯気を顎に当てながら、その議論を見守っていた。 すでに命が奪われる危険が去り、基本的な人間の欲求を満たすために軽飲食物 が配われていた。 ここでの、マコトの役割は議論に参加する事ではない。まとめる立場である。 今までの、報告書に目を通す。インド・バングラディッシュ間紛争再発等の大型紛争の可能性の示唆などに加えて、ネルフへの再侵攻も示唆されている。 マコトは、この項目を見て眉をひそめた。

「あちらさんに、ちっと頭のネジが飛んだ人がいれば終わりか。」

もう神と言うものは、信じていなかった。 しかし、今はただ祈る事しかできなかった。何に祈れば良いかはわからなかったが。

「さてと。」

そうつぶやくと、手元の受話器を取り、執務室への直通ダイアルのボタンを押した。

プルルル。プルルル。プルルル。

「もしもし、日向ですが。」
「日向君か。どうした?」
「とりあえず、中間報告書ができたのでそちらにうかがいたいのですが、 よろしいでしょうか?」
「ああ、かまわんよ。」
「わかりました。10分後にうかがいます。」

そう言うと、マコトは受話器を置いた。 手元の資料をかき集めて整理すると、議論をしている声を背に 司令執務室に向かった。

「まず、現在の状況から。」

執務室で、マコトはクリップボードに挟まれたレポートを見ながら、 冬月に状況報告を行っている。

「手元の報告書の3ページ目からです。」

冬月は、うなづきながら報告書をめくった。

「現在、MAGIにより戦略自衛隊、内務省、国連軍のメインコンピュータはこちらの 支配下にあります。」
「物理的に回線が切断された場合は?」
「その際には、あちらのデータベースの内容が消去されるプログラムが走っています。 あとこちらのデータベース内に、あちらのデータを吸い上げています。」
「すべて、吸い上げる事は可能かね?」
「現段階で、記憶装置の余白が約30%。まず無理です。ですから、保護レベルの 高い情報を優先的に吸い上げています。」

冬月は、手元の時計を見た。すでに、AM5:00を回っている。 もうすぐ、サードインパクトが発生し、人の再生が始まって丸一日が経とうとしている。

「あと、各ネルフ支部の状況ですが、アメリカ、中国等の大国の支部は本部支持を連絡 してきました。」
「支持を表明してないのは、ドイツだけか?」
「そうなんですが。表明していないというよりは、沈黙を保っているといった方が。」
「そうか。」

他愛もない状況報告が終わり、状況予測の報告に移っていく。

「あと、ネルフ職員の家族を人質にとるもあります。」
「保護にはできるかね。」
「物理的に無理です。なにせ、あのジオフロントが崩壊しかけたときに、航空戦力の 約90%が失われています。さらに、戦闘要員が不足しています。」
「最重要の元フォースチルドレンの身柄だけでも、確保できないか?」
「とりあえず、生きているヘリを総動員してみますが。」
「やってくれ給え。」
「善処します。」

それ聞くと、冬月は机の引き出しから、ファイリングされた紙をマコトに差し出した。

「その内容にしたがって、国連政府との交渉を進めてくれ。」

マコトは、その書類に目を通した。

「良いんですか?」

その内容に、驚く。そこには、Evangelion運用技術の提供および技術員の派遣等の NERVの最高機密技術の流失に関わるような事項が載っている。

「かまわんよ。どうせ物が渡った所で、彼らには手におえない代物だ。」
「はあ・・・。」
「そこにを載っているように、最優先はネルフ職員の身柄の保証だ。 特に、セカンド、サードの身柄要求、またはサードインパクトの責任問題に関しては こちらだけが被る事は、断固拒否しろ。 それと、交渉の場はジオフロント内で行う事。 向こうにノコノコ出向いて、殺されてはたまらんからな。」
「解りました。」
「たぶん・・・。」
「たぶん?」
マコトは、首を傾けて聞き直した。

「たぶん、一番の被害者はシンジ君とアスカ君の二人の子どもだろうな。」




第2新東京市 戦略自衛隊 幕僚評議会会議室

「小手川君、この状況をどう説明するのかね。」

幕僚長は、白髪の混じりかけている、無骨な小手川の顔を見て高圧的に言った。

「どうもこうも、その報告書の通りですが。」

小手川は、その非難の目をさらりと流し、平然と答えた。

「私は、その様な答えを求めっているのではない!」

幕僚長は、その態度が気に入らなかったのか、大声で怒鳴った。 しかし、さらにそれを無視するように、小手川は窓の方に顔を向けた。 窓には、ブラインドが掛かっていたが、その隙間から朝日がもれていた。

「少なくとも、あの後すぐに、武力による再侵攻を行うべきではなかったのかね?」
「無意味ですよ。あの戦闘には、一個師団を投入しているんですよ。 しかも、その結果ですよ。これ以上、血を流してどうするんですか?」

幕僚長は、報告書に目をやった。 もう何度も目を通している。 しかし、『部隊損害率86%、戦死者2613名』の文字がやたらと目に付く。 さらに、追い討ちをかけるようにして、言葉を放つ。

「ネルフが全滅したとして、責任は何処に被ってもらうんです? サードインパクトは起こったらしいのですよ。われわれに容疑をかけられたら どうするんですか?」
「あのロボットのパイロットがいるのではないのかね。」
「未成年者に、犯罪責任を問うのは道義上問題があります。」

小手川は、あくまでも自分の責任を回避しようとする自分の上司の姿に、 嫌悪感を感じた。

「まあ仕方ない。しかし、メインコンピュータのハッキングに関しては?」
「担当が違います。」

小手川は、窓の方に顔を向けたまま答える。あくまでも、幕僚長の顔を見ないようだ。

「しかし、あの時点での最高責任者は君だ。 もっと、努力をしてもよかったのではないのかね?」
「最高の努力をしていました。しかし、あの状況では無理です。まず、技術員が絶対的 に量、質ともに不足していました。つぎに、縦割りの命令系統が、この混乱時に機能 しませんでした。」

軍隊の凝り固まった命令系統では、混乱時に命令・情報の伝達がほとんど行えない。 なにせ、管理職が行方不明の部署が多々見られた。 ネルフは、その組織の性格上その様な事がなかった。その違いが、このような状況を生み出したのだろう。

「ふん、口ではなんとでもいえるがな。」

幕僚長は、さらに嫌みを重ねる。

『なんなら、あんたならちゃんとできたのか?』

と小手川は心の中で毒づいたが、それを表に出さずに、

「過ぎた事を行っても無駄ですよ。これからの対策を練らないと。」
「んっ、そうだな。まず担当官からだが。」

幕僚長は、列席している者を見渡した。しかし、誰も目を合わそうとしない。 その光景を見て、さらに小手川は毒づく。

『責任回避のための担当振り。しかも、それを判っているから遣りたがらない。』

「どうかね。小手川君。」

名前を呼ばれ、そちらに反射的に振り向き後悔した。 そこには、親に物をねだるような子どもの目をした上司の顔があったからだ。

「判りました。引き受けましょう。」

諦めきった顔でそう答えた。

「とりあえず。参謀本部の情報分析チームを借りますよ。」
「ああかまんよ。何か策はあるのかね?」

幕僚長は、嬉々とした顔でたずねる。

「ネルフにとっての重要人物の身柄を確保します。」
「誰かね?」
「フォースチルドレン、鈴原トウジ。」

小手川はそう答えて自分に嫌悪した。未成年者に罪を被せる事を、道義上の責任と して置きながら、一方では未成年者を政治交渉の材料としている。

『あま、命を奪うわけではない。』

そう思い、思考を止めた。


NEXT
ver.-1.00 1998+04/18 公開
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 伊勢さんの『人として生きる事』第二話、公開です。




 NERVでも、
 相手方でも、


 大変ですね。



 死人も多いし、
 責任問題もあるし、
 この先を見ないといけないし。


 どの項目を重視するかで
 指導者の力量が見えるよね。



 冬月さんは偉いっす(^^)



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