無限に続くような静寂のなか、濃いオレンジ色をした湖のほとりに 少年と少女は横たわっていた。
空には、何事もなかったように、星空が広がっている。
湖には、十字架の様な石柱と巨大な人の頭が転がっている。
夏服の学生服を着た少年は、赤い服の少女の上に跨り、恐怖を浮かべた顔で首に手を掛けおもむろに力を入れた。
「っくく・・・。」
声とも、喉から出る空気とも、分からない音が唇から漏れ出す。
「ゴク・・・。」
少年の喉が鳴る。しかし、それ以上に腕の緊張が高まらなかった。
しかし、少女は抵抗せず、眼に哀れみ、顔に微笑みをたたえながら、
血に染まった包帯を巻いた手を、少年の頬に当てた。
すると、少年の手の緊張は解け、少女の胸に顔を埋め許しを乞うように、
鳴咽し始めた。
「気持ち悪い。」
その瞬間、少女の眼には侮蔑の光が加った。
第一話
夏の終わり
2016年7月 サードインパクト発生翌日
NERV本部 第2発令所
「うっ。うう・・・。 なにが・・・。」
青葉シゲルは、顔を上げると発令所を見渡す。 シゲルの眼は、
メインスクリーンに映る、芦ノ湖のほとりに崩れ落ちている
綾波レイの頭部に引き付けられた。
どうやら、日は昇っているようだ。 不意に、嘔吐感が込み上げる。
そうであろう。 正常な感覚を持つ人間に、耐えることができる
光景ではない。
彼は、その感覚に耐えながら、目を逸らし、
発令所内を見渡すと気がつき始めている職員がいる。
隣を見ると、幸い他のオペレータ二人は、生きているようだ。
「マヤちゃん! 日向!」
シゲルは、伊吹マヤを揺り起こしながら、日向マコトに声をかける。
「うーん。」
マヤがうめきながら、上体を上げる。その瞬間、彼女は口に手を当てる。 シゲルとは、別の理由の様だ。
「大丈夫か、マヤちゃん。」
「なっ、なに、この臭い。」
館内には、鉄のような血の臭いと硝煙の臭いが織り交ざり立ち込めている。 戦略自衛隊の戦闘直後で、戦死したネルフ職員や自衛隊員が折り重なって 倒れている。 また、換気施設も完全に機能していないようである。
「オッ、オエ」
彼女は、耐え切れず嘔吐した。しかし、吐いたのは胃液だけのようである。
「あ、青葉。何が起きたか解るか?」
マコトは頭を抱えながら、惚けたように言った。 シゲルは、声のした方に振り向いた。彼は、メインスクリーンに映る光景を 唖然として見ていた。
「解らん。どこまで覚えている?」
「レイが降りてきて、それがミサトさんに変わって・・・。」
「私は、先輩が・・・。」
「みんな、似たような所だろう。」
シゲルは、とりあえず結論づける。
「これから・・・。」
そう、マコトは呟くと、三人は顔を見合わせた。
すると思い当たった所があるようである。
三人は、一段高い司令席へ駆け上がった。
三人の目には、倒れている冬月コウゾウの姿が写った。
マヤは、冬月を抱き起こすと声をかける。
「副司令。副司令!」
それに、答えるかのように冬月は体を動かし始めた。
「ん。 あー。」
口から、声とも息とも区別のつかないような音が漏れる。 瞼を上げると、三人の心配そうな顔が飛び込んできた。 冬月は、おもむろに両手を顔の前に持っていき、食い入るように 見つめた。すると、
「神は、人を人として生きるように選択したのか・・・。」
「どういう事でしょうか?」
マコトには禅問答ようにしか聞こえない。
「いや何でもない。気にしないでくれ・・・。」
冬月は、そう答えると改めて三人の顔を見直す。
パーン! パッパーン!
どうやら、ネルフ本部内で戦自隊員との戦闘が局所的に再発し始めている 様である。 発令所内にでは、幸い弾丸が飛び交うようなことはないようである。
「青葉君、館内状況は分かるかね?」
「いや、まったく。」
それを聞くと、冬月は一瞬渋い顔をすると三人に指示を出す。
「青葉君、館内の情報収集を。日向君、青葉君の報告を受けて
戦闘の指揮を執ってくれ。
一時的に、保安部の全権を君に委ねる。」
「「了解しました。」」
それを聞き、二人はオペレータ席に向かい行動に移る。
「あのう、私はどうすれば?」
マヤは、おずおずと尋ねた。
「伊吹君は、技術部一課、二課の職員を指揮してくれたまえ。」
「それで、どのように?」
「MAGI使い、ハッキングを行う。
第一目標は、日本政府内務省メインデータベース。
第二目標、戦略自衛隊幕僚情報本部メインコンピュータ。
第三目標、国連軍極東地区本部メインコンピュータ。」
「しかし、D級職員以下は退避命令が出ていましたので、
優秀なハッカーは、3分の2ほどしかいません。
それも戦死していなければの話ですが。」
「それは、かまわん。MAGIの能力を館内維持に最低限度残し
それ以外はすべて、ハッキングに。」
「それでも、時間は掛かりますが。」
「最優先事項だ。ハッキングを終了しだい報告を。」
「了解しました。」
冬月は、ふー、一息つくと自嘲的に呟いた。
「ユイ君の願いだけが叶ったのか。」
その言葉から、ふと重要なことに気づく。
「日向君。青葉君。本部内の戦闘が落ち着き次第。適格者の保護を頼む。」
メインモニターには、本部内の状況映し出されている。 どうやら、一時的にはどうかは解らないが、侵入者は撤退し つつあったようだ。
「G−4区画の戦闘員は、G−6区画へ。抵抗が激しいようなら、 重火器等の使用も許可する。」
マコトは口に含むものが欲しかったが、状況はそれを許さないよう であった。何せ、周りを見ると同僚の死体が転がっている。 とても、そのような気分になれない。
「なあ青葉、館内施設の状況まとまったか?」
「ん。これだ。」
そう答えると、プリントアウトされた紙の束を渡した。 マコトが目を通す。どうやら、必要最低限の情報は読み取れるらしい。 ペラペラとめくっていく。
『閉鎖および廃棄されたブロック』
と言う項目に目を通す。 ここで、渋い顔をするとモニターに詳しい情報を求めた。 敵は、指揮系統が混乱し組織的な抵抗はなかったが、 追いつめられると強固に抵抗した。また、バリケード代わりに注入した 特殊ベークライトのために、自由に撤退できないようである。
「はあ。L−1、L−2の通路の80%が使えないじゃないか。」
どうやら、敵を逃げ道を与えようにも与えられない。 しかし、ある程度は一段落しかけているようである。
「日向ぁ。シンジ君とアスカちゃんの捜索だが。」
「戦闘が一段落しかけている。今からするのがベストかな?」
「かれこれ、副司令の指示がでて3時間は経つ。急がないと。」
「そうだな。しかし、上の光学観測器機とかはNN爆弾で全滅だぞ。」
「衛星を使うか。外の様子も知りたいし。」
「あとは、足で稼ぐしかないな。保安部員を回そう。」
話を区切り、マコトは手配を始めた。
「マヤちゃん。戦自か国連軍の軍事衛星に割り込める?」
「えー。日向さん手あいてないんですか?」
「無理だ。日向はシンジ君達の捜索の指揮をとっている。」
「解りました。待ってください。もう少しで戦自のメイン
に入り込めますから。」
それを聞くと、シゲルは司令席を見上げた。 冬月がいつものポジションに立っている。 シゲルの頭に疑問が浮かんだ。
『碇司令は何処にいったんだ?』
『副司令は何処まで真実を知っているのか?』
冬月は焦っていた。まず、いまだMAGIによるハッキングが完了
していない。現在、直接的な戦闘は行われていない。再侵攻がないと
言うことは、いまだ戦自上層部に混乱が見られるのだろう。
または、日本政府も混乱しており、戦自また国連軍への圧力が掛けられない
のだろう。今のうちに、情報操作の権利を手中に収めるべきだ。
政治取引の際に圧倒的に有利になる。
ゼーレの老人どもどうだろうか?
冬月は、人には戻っていないと確信している。現に、本部内でもLCL化
したままの者がいる。キール・ローレンツのような奴に人のイメージを
持つことができるだろうか?
ましては、人類補完委員会は唯のゼーレの表看板である。
勢力としては、あと各国政府と各国ネルフ支部がある。
いまだ、コンタクトは取ってこない。混乱半分、様子見半分と言うところ
だろうか。
もう一つは、碇シンジと惣流・アスカ・ラングレーの身柄を保護していない
と言うことである。もし、ネルフ以外の勢力が両名を確保した場合、その勢力
がとる行動は、
1、抹殺
2、政治取引の材料
3、実験体としての利用
と考えられる。シビアに見れば、今更EVAのパイロットに価値はない。
不利となる、政治材料は切り落とすべきである。
しかし、そう考えたとき、冬月の胸には釈然としないものが去来した。
「副司令。・・・副司令!」
「ああ、なんかね? 伊吹君」
冬月は、マヤに声を掛けられ、思索の海より戻ってきた。 マヤの顔を見る。
「戦略自衛隊幕僚情報本部メインコンピュータに侵入しました。
少なくとも、データベースのアクセス権はこちらの独占下にあります。」
「後の2つは?」
「内務省のほうは約30分後。国連軍のほうは約15分後。と言うところです。」
「引き続き作業を。国連軍のほうを完了次第、ドイツ支部、アメリカ支部のMAG
Iにハッキングを掛けてくれたまえ。こちらは、アピールだけでいい。」
「了解しました。」
「それと、弐号機とあれの回収を指揮をお願いする。 こちらは、戦闘の収束後だ
が。」
冬月は、メインモニターの右脇にあるサブモニターの画面に映っている綾波レイの 頭部を差して、淡々と言った。
「あれをですか?」
マヤの目には、かつての綾波レイでなく、 ただ不気味な物としか写っていない。
「そうだ、あれをだ。恐らくあれの中に、コアが埋もれているはずだ。最悪、それ だけでも、回収してくれたまえ。」
マヤは、何か釈然としないまま、命令に従った。
「副司令。」
「何かね? 青葉君。」
「戦略自衛隊の方から、回線を開くようにと。」
「司令席の画面へ。」
「解りました。」
冬月はそのように言い終えると、司令席に腰掛けた。 一つウィンドウが開いた。しかし、そこには「SOUND ONLY」と表示される。 誰にも聞かれたくはないのか、受話器を手に取った。
「幕僚本部 小手川陸将です。 碇司令をお願いする。」
「すまんが、この混乱で司令は行方不明で。 私が司令代行と言うことで。」
「あなたは?」
「冬月コウゾウです。」
「あなたが、冬月副司令ですか。
とりあえず、こちらのコンピュータから、撤退してもらいたい
と言うのは無理な話でしょうな。」
この男、一応話しは分かるらしい。と、冬月は考えた。
「確かに、それは無理な相談ですな。」
「では、そちらの要求は?」
「そちらが、第三東京市の展開中の部隊に即時停戦命令を。その後できれば撤退を
。」
小手川は、1分ほど間を置き
「それは、私の権限で責任を持って実行しましょう。」
「撤退もですか?」
「無論そうですよ。そうしないと、交渉のテーブルについてくれないでしょう。」
これ以上の直接戦闘は無駄と言うことを理解しているらしい。
「よく分かってらっしゃる。とりあえず、ネルフ本部内でも散発的な抵抗がありま
す。
小手川陸将の名で停戦の宣言と投降を進める旨を言ってもらいまえんかね?」
「承知しました。次の交渉は?」
「とりあえず、一時間後にこちらから。」
「分かりました。こちらも、これ以上のことは確約しかねますので。」
どうやら、小手川と言う男は陸将と言えどもすべてを把握してるとはいえないようだ。
「青葉君。 この回線の内容を館内放送に回してくれたまえ。」
「了解しました。」
「では、お願いします。」
「セカンド、サードの両名の身柄を保護しました。」
冬月は、胸をなで下ろした。
「中央病院の方に収容した・・・。 との事です。」
「そうか。」
「あと現在、第三東京市内での戦闘は起こっていません。
衛星からの映像と保安部からの報告では、戦略自衛隊は撤退した模様です。」
「日向君、今何時かね?」
「3時半を過ぎた所ですが。そろそろ、戦自へ連絡をした方がよろしいのでは?」
冬月とマコトは、顔を見合わせた。 そして、冬月は、マコトから目を逸らしメインモニターのほうに顔を向けた。 モニターには、高く上っている太陽が見える。どうやら、季節は夏のままのようだ。 考えをまとめると、次のように答えた。
「48時間後に、交渉の席に付くと伝えてくれたまえ。
おそらく、了解されるだろう。その際、内務省の方も同時にと。」
「了解しました。内務省の方にも伝えておきます。しかし、48時間
も待つことを了承するでしょうか?」
「するさ。これでも足らないぐらいだろう。
もしも、更なる延長を打診した場合72時間までが限度としてくれ。」
「はい。」
「日向君、作戦部を率いてこれから一週間の世界状況のシュミレーション
を24時間以内に提出してくれ。すまんな、休みを与える事ができなくて。」
「いえ。生き残るためですから。」
「そうだな、生き残るためか。」
最後の部分は、半分独白であった。 マコトは、それを聞き終えないうちに、作戦司令室のほうに向かった。
「青葉君、施設状況のレポートをこちらにくれるか?」
「了解しました。」
「あと、手の空いている職員をすべてこちらに。」
「どうするおつもりで?」
「遺体の処理、館内の掃除だよ。」
「ああ。」
シゲルは、先生に意外な返答をされた生徒のような相づちを打った。
「伊吹君は?」
「シンジ君達の様子を見に。」
「そうか。」
マヤは、作業が終了した段階で席を離れたようだ。
「司令執務室にいる。」
そういうと、冬月は執務室に向かった。