2016年11月25日金曜日。入道雲がもくもくと立ち上り、少し雲行きが怪しくなって来たお昼の事である。お昼休みとなった第三新東京市立第壱中学3−A組の教室では、シンジ、アスカ、レイ、ヒカリ、トウジ、ケンスケが机を寄せ合ってお弁当を広げていた。シンジの右隣にアスカ、左隣にレイ、正面にトウジでその左右にケンスケとヒカリという席になっている。シンジとアスカはアスカの作った愛妻弁当、トウジとヒカリはヒカリの作った愛妻弁当、レイは自分で作ったお弁当だ。ケンスケだけが寂しく購買のパンだった。他の生徒たちも思い思いのグループを作って同じようにお弁当を広げている。 「あのさ、12月4日だけど、みんなあいてるかな? 日曜日なんだけど」 お弁当を食べ始めるとシンジがいった。 「ああ、アスカの誕生日? もちろん大丈夫よ」 ヒカリがにっこりと微笑んでうらやましげに正面に座るアスカを見つめる。アスカはシンジから事前に聞いていたため、すました顔をしてお弁当を食べている。 「わいも大丈夫や」 トウジが掻き込んだご飯を飲み込んでからいった。口の中に物を入れたまま喋るのははしたないと、トウジはヒカリに厳しくしつけられている。 「俺も大丈夫。パーティーやるのか?」 ケンスケは電子手帳で予定を確かめてから答えた。いつもなら週末は軍施設を見に行くか写真を撮りに出かけているところだが、期末試験が近いので何も予定を入れてなかったのだろう。 「うん。レイはどうかな?」 シンジが左隣に座るレイに聞いた。 「……大丈夫」 レイはお箸を口に入れたまま小首をかしげ、少し考えてから答えた。セミロングになった青灰色の髪がさらさらとゆれた。受験が近いという事でネルフの実験等も最近では控えられている。 「でもいいのか? 俺達が邪魔しちゃって。ラブラブ新婚カップルとしては二人っきりでさ」 「そやそや」 ケンスケのいわんとする事が分かったトウジはいったん箸を置いてケンスケと見詰め合う。 「『アスカ、誕生日おめでとう。愛してるよ』」 シンジの口調を真似てトウジが言うと、それに答えてケンスケがアスカの真似をする。 「『ありがとう、シンジ。あたしもよ』」 がばっと抱き合うトウジとケンスケ。 「なぁに馬鹿な事やってんのよ。あんた達は余計な心配しないでこのあたしのバースデーを心から祝えばいいの」 アスカがあきれたように言うと、二人は抱き合うのを止めた。シンジがアスカの言葉に付け足す。 「パーティーは昼間にやって、夜は二人っきりでディナーにいこうと思ってるんだ」 「『アルカンフェル』に予約いれてくれたんだって!」 アスカが嬉しそうにいった。 「聞きましたか、ケンスケはん?」 「聞きましたとも、トウジはん」 トウジとケンスケは目で合図をするといつものせりふを唱和した。 「いや〜んな感じ!」 「ねえ、『アルカンフェル』ってあの『アルカンフェル』?」 ヒカリがアスカに聞いた。 「そうよ、あの『アルカンフェル』よ! 東洋一といわれる三つ星フレンチレストランの!」 アスカは本当に嬉しそうに言った。 「すっごーい! あそこって二ヶ月先まで予約でいっぱいなんでしょ? 碇君、どうやって予約したの?」 「夏休みの終わりにね、予約を入れておいたんだ」 「へー」 そんなに前から計画していたのかとヒカリは感心した。そんなに想われているアスカをうらやましく思う。 「実は加持さんに教えてもらったんだけどね」 シンジは照れて頭を掻いた。加持には女性の喜ばせ方をいろいろと教わっていた。 「お兄ちゃん、私もディナー行きたい」 レイがシンジのシャツを引っ張っておねだりした。最近覚えた「少し膨れて上目遣いでお願い」という技を使っているため反則的に可愛いが、今回はアスカのためにシンジは心を鬼にした。 「ごめんよ、レイ。今回はアスカのお祝いだからさ、聞き分けてよ」 シンジが申し分けなさそうに言うと、レイは口を尖らせた。 「……お兄ちゃん、いつもアスカばっかり」 「ほんとにごめん。レイの誕生日にはちゃんと埋め合わせするからさ」 シンジはレイに向かって手を合わせた。 「本当?」 「うん。三人でディナーに行こう」 「二人っきりがいい」 シンジは困った顔をしてアスカの方を見た。アスカは少し考え込むと、首を縦に振った。 「……まあいいわ。誕生日ぐらい許してあげましょ」 「ありがとう、アスカ」 レイはアスカに礼を言った。最近アスカはシンジがらみでもレイに対して譲歩してくれる事が多くなった。これはアスカがシンジの愛を確かに信じられるようになったからと、シンジを板挟みにして困らせたくないからだ。そもそもアスカとレイはシンジさえ絡まなければ非常に仲が良いのだった。 「なあ、綾波の誕生日っていつなんだ?」 ケンスケが電子手帳を見ながら聞いた。めぼしい女子の生年月日が網羅されているケンスケの手帳にも、以前は過去が抹消されていたレイのデータは入っていなかった。 「3月30日」 レイが答えた。データが抹消されていたため、正確な誕生日が分からないのでシンジが言ったその日に決めたのだ。それはシンジの母、ユイの誕生日だった。 「ふーん。……委員長は2月18日生まれだね。トウジ、お前もディナーを予約したらどうだ?」 ケンスケはレイのデータを入力し、ついでにヒカリのデータを呼び出した。 赤くなって見詰め合うトウジとヒカリ。 「わ、私は別に……」 うつむくヒカリにトウジは心を決めた。 「いや、ヒカリにはいろいろと世話になったし、わいも男や! ディナーの一つや二つ、おごったる! まかせとき!」 トウジはドンと胸をたたいて請け合った。トウジはネルフから怪我の補償金を貰っているため、しばらくは困らないほどの蓄えがある。怪我の方はネルフの再生手術のおかげで、ほとんど治っていた。 「す、鈴原、私はいいよ。ものすごく高いんだよ?」 ヒカリは赤い顔をしてぱたぱたと手を振った。 「かまへん、かまへん。それくらい男の甲斐性や! シンジ、飯食い終わったら早速予約や」 「いいけどトウジ、一番安いコースでも5万円ぐらいだよ?」 「ほえ!?」 予想とかけ離れた値段にトウジは間の抜けた声を出した。 「シンジは10万円のコースを予約してくれたのよ!」 アスカが硬直したトウジを見下したように自慢する。 「鈴原、私ほんとにいいから」 「……すまん、ヒカリ」 申し分けなさそうにうな垂れるトウジにヒカリは明るく言った。 「そのかわりデートに誘って欲しいな。受験も終わってるし」 「お、おう、約束するわ」 「忘れちゃ駄目よ。鈴原、すぐ忘れるんだから。はい、指切り」 頬を染めながら念を押すヒカリ。トウジも赤くなって指切りをした。 「はぁ〜……」 二人の仲のよさに当てられて、思いっきりため息をつく一人身のケンスケだった。 アスカの誕生日当日、天気は朝から上々であった。真っ青な空は遠くの方にぽつりぽつりと雲があるだけで、強い日差しがさんさんと降り注いでいる。 午前10時ちょっと前、アスカは心地よいまどろみの中にいた。昨日も激しく愛を交わしたせいでまだ眠い。彼女の夫はすでに起きてリビングの掃除をしているようだ。掃除機の音がどこか意識の隅の方に入って来ている。 掃除機の音が止むとアスカは再び夢の世界に潜り込む。そして彼女の愛すべき夫が、今日という特別な日のために、特別な起こし方をしてくれるのを夢うつつに待つ。 しばらくすると、二人の寝室に彼女の夫が入って来たのを感じた。理屈では説明が付かないが、存在感というか気配のようなもので彼女は目を開けずとも夫と他の人間とを区別する事が出来るのだ。 夫がベッドの横にきたのを感じた。光が遮られたので何かが顔に覆い被さって来ているのが分かった。それはアスカの顔の前でしばらく止まっていた。 突然唇に柔らかくて暖かいものが押し当てられた。アスカの意識がだんだんと現実に戻っていく。それが夫の唇と認識した途端、アスカの唇を夫の舌がおずおずと突っつく。 「んふ」 アスカは鼻にかかった声を漏らすと夫の首に腕をまわし、夫の求めに応じて舌を絡めた。たっぷりと時間をかけてお互いを味わうと、名残惜しそうにそっと離れる。 「おはよう、アスカ。誕生日おめでとう」 いつもの優しい笑顔を少し赤くして夫碇シンジはアスカを見つめる。シンジのそんなはにかむような優しい顔がアスカは大好きだった。 「おはよ。いつもこうやって起こしてくれるとうれしいな」 アスカもまたとっておきの笑顔で応えた。少し頬を染めた大輪のバラのような笑顔は、歳相応の可憐さと人妻ならではの色気とを併せ持ち、いかな朴念仁のシンジでもその暴力的な魅力に翻弄されずにはいられない。 「今日は特別だよ。もうすぐみんなが来るから準備して」 「うん」 いつもはわがままを言ってシンジを困らせるアスカだが、今日の起こし方は満足の行くものだったので素直に起きた。着替えを持ってシャワーを浴びに行く。 アスカがシャワーを終えて着替えてダイニングに行くと、ちょうどトーストが焼きあがったところだった。長年の教育の賜物か、彼女の夫は実にタイミングよく食事を用意してくれる。今日のアスカは結婚指輪を買った時にシンジが買ってくれたマリンブルーのワンピースを着ていた。派手な色の割に落ち着いたデザインでウエストの細いアスカには良く似合っている。 アスカが席に付くと、シンジはミキサーからグラスにミルクセーキを注いでくれた。シンジ特製のミルクセーキは牛乳と新鮮な卵、バナナにバニラエッセンスを少量加えてミキサーにかけてつくる。 食事が終わるとアスカは錠剤を一錠飲んだ。ネルフ特製の経口避妊薬だ。決められた順番で毎日飲む必要がある。シンジはアスカの体を気遣って嫌がったが、副作用が少ないという事と、週平均24回と夫婦生活が多い事から、アスカが説得したのだった。 「ミサトは? まさかまだ寝てんじゃないでしょうね?」 アスカの問いにシンジは笑って答える。 「まさか。アスカが起きるちょっと前に出かけたんだよ。今日のパーティーのメインディッシュを買ってくるって」 「なに?」 「さあ? 奮発するから楽しみにしててね、とは言ってたけど」 「ふーん。まさかステーキとかじゃないでしょうね?」 ミサトのご馳走といえばステーキというイメージがある。 「違うと思うよ。レイも食べられるものにするはずだから」 その時呼び鈴が鳴った。シンジがインターホンに出る。 「はい」 『レイです』 シンジは玄関に向かいドアを開けた。アスカはシンジの後ろから覗いている。ドアの外には白いワンピースを着て、青色のポシェットを下げたレイがたっていた。 「いらっしゃい」 「お邪魔します」 レイは少しヒールの付いた赤い靴を脱ぐと家に上がった。レイも背は伸びているのだが、アスカより5cmほど背が低い。シンジはアスカよりも10cmほど背が高くなっている。 アスカはレイの先に立ってリビングに行くと床に座った。レイはちょうどシンジ一人分のスペースを空けてとなりに座った。 「……お兄ちゃんをたぶらかした女の誕生日を祝うなんて嫌だったけど、お兄ちゃんの悲しませたくないから来てあげたわ」 ぼそりと喧嘩を売るレイ。もっともこれもアスカとレイのスキンシップなのかもしれない。 「ふん。別にあんたに祝ってもらう必要もないわ」 レイはポシェットから市役所の封筒を取り出した。 「プレゼント」 アスカは胡散くさげに受け取ると中身を取り出す。 『離婚届』 中に入っていた紙にはそう書かれていた。さすがにまだ何も記入されていない。 アスカは無言で離婚届の用紙を引き裂くと、部屋の隅のごみ箱に放り込んだ。 「……あんたとは決着をつけなきゃならないようね」 「奇遇ね。私もそう思ってたところよ」 二人は睨み合いながら立ち上がった。がっぷりと手と手を組んで力比べをはじめる。 「レイ、ミルクセーキ飲む? なにやってんの?」 キッチンから顔を覗かせたシンジに二人はさっと手を引くとそっぽを向いて床に座った。 「何でもないわよ」 「飲む」 レイはうっすらと微笑むとシンジからミルクセーキの入ったグラスを受け取った。 「ただぁいま」 「お邪魔しまーす」 ミサトと一緒に加持とトウジ、ケンスケ、ヒカリが現れた。加持とトウジはいつもの格好、すなわち加持がよれよれのスーツでトウジが黒のジャージ姿だ。ケンスケは一応半袖のYシャツに蝶ネクタイを締め、スラックスをサスペンダーで吊っていた。ヒカリは薄い桜色のブラウスに短めのワインレッドのスカートだった。 ミサトは加持から直径40cmほどの丸い器を受け取るとアスカ達の座っている机に置いた。 「じゃーん!」 「何これ?」 アスカが不思議そうに覗き込む。レイも同じように覗き込んでいた。 「アスカは初めてでしょ。これがお寿司よ! それも特上の!」 「へー、これがお寿司かぁ」 アスカとレイは興味深げに覗き込んでいる。 「あら、レイもお寿司初めて?」 「はい」 こくりとうなずくレイ。可愛らしい。 「お肉入ってないからレイも食べれるでしょ?」 「はい」 レイはまた可愛らしくうなずいた。 ミサトは2段になっている寿司の器の上の段を持ち上げ、隣に置いた。一つ5人前の特上寿司が二つで10人前。 「ほー」 「へー」 「わー」 トウジ、ケンスケ、ヒカリが感心の声を上げた。寿司はセカンドインパクト以前よりも高級料理になっており、庶民はなかなか口にする事が出来なくなっている。三人とも一般庶民よりは裕福な家庭に育っているが、回転寿司だって年に一二度食べられればいい方で、ちゃんとしたお寿司は片手で余るほどしか食べた事がない。ましてや特上なんてはじめてだ。 「さ、座って座って。シンちゃんお茶お願いね」 ヒカリ、トウジ、ケンスケの順に奥から席に付いていく。アスカの正面がヒカリだ。 冷蔵庫からペンペンが出てくると、ちゃっかりヒカリの膝の上に収まった。 「シンジくん、ほら湯飲みだ」 加持は一緒に買って来た湯飲みをシンジに渡した。寿司ねたの漢字がいっぱい書いてある湯飲みだった。 「沼津まで行って来たんですか?」 シンジがお茶を注ぎながら聞いた。 「ああ。あいつの運転で寿命が3年縮まったよ」 加持は苦笑を浮かべるとお茶の入った湯飲みをリビングへと持っていった。シンジも残りの湯飲みにお茶を注ぎ、リビングへ持っていく。 「それじゃ、はじめようか」 「シンジ、まずはケーキだろ」 シンジの言葉にしきり屋のケンスケが言った。 「そうだね」 シンジは冷蔵庫から箱を取り出した。アスカもまだどんなケーキか見ていない。ケーキを取り出すと、ろうそくを15本立ててから、リビングに持って来た。 ケーキはパイだった。真ん中がピンク色のババロアのようなもので出来てて丸く盛り上がっており、まわりを生クリームでデコレートしてある。「HappyBirthdayASUKA」と真ん中にチョコレートで書かれていた。 ケーキを机に置くと加持がライターでろうそくに火をつけた。シンジがアスカの隣に座ると歌が始まる。 「はっぴばーすでぇとぅーゆー、はっぴばーすでぇとぅーゆー、はっぴばーすでぇでぃあアスカ、はっぴばーすでぇとぅーゆー」 みんなの合唱が終わるとアスカは息を吸い込んだ。 シンジといつまでも幸せに暮らせますように! 願いを込めてろうそくを吹き消す。ろうそくは見事一息で吹き消された。 拍手と共にみな口々に祝福の言葉を言った。アスカは照れながらそれに応える。 「ありがと、みんな」 アスカはシンジの方を見るとチュッと口付けた。 「ありがと、シンジ」 シンジがケーキを冷蔵庫にしまって戻ってくるとミサトが言った。 「それじゃみんな食べましょ!」 いっせいに寿司を食べ始める子供たち。 寿司がだいぶ無くなって来たころ、アスカがいわしに箸を伸ばすと横からきた箸がそのいわしをつかんだ。 「ちょっとあんた、あたしの寿司に何手を出してんのよ」 「あなたのと決まってたわけじゃないわ」 アスカとレイはいわしの寿司をつかんだまま睨み合う。 「放しなさいよ」 「いや。このお寿司は私のお腹に入るさだめなの」 二人の間に火花が散る。見かねたシンジが口を開く前にミサトが仲裁した。 「もう、二人ともうら若き乙女が意地汚いわね。レイ、今日はアスカの誕生日だから譲ってあげれば?」 しぶしぶと箸を引っ込めるレイ。アスカはいわしにちょっと醤油を垂らすと、箸でつかんで持ち上げる。その様子をレイが未練がましく見つめていた。 「……アスカ、ずるい」 ぽつりと呟いたレイの一言に、口の直前でアスカの箸が止まった。 「ああもう! わかったわよ、あんたにあげるわ!」 アスカはいわしを乱暴にレイの前に置いた。 「いいの?」 「いいわよ! その代わりあたしの事を今まで以上に義姉として敬いなさいよ!」 レイはさっといわしを頬張るともぐもぐごっくん。そして一言。 「それは嫌」 「きーっ! あんたって奴はぁ!」 青筋立てるアスカ。レイは素知らぬ顔でお寿司を食べている。 「ま、まあまあアスカ。ここは僕に免じてさ?」 なだめるシンジにアスカは矛を収めた。 「まったくもう!」 雰囲気を変えようとヒカリが口を開いた。 「あ、あの、葛城さんの結婚式は洋式ですか、神前式ですか?」 「神前式よ」 ミサトはにっこりと微笑んで答えた。 「ミサトさんの白無垢は奇麗でっしゃろなぁ」 トウジがその姿を想像してボーッとなった。 「でもウェディングドレス姿も捨て難いと思うな」 ケンスケも何やら想像してボーッとなった。 「披露宴ではウェディングドレスを着るから期待しててねん」 ウインクするミサトに赤くなるトウジとケンスケ。 「シンジったらね、今から緊張してるのよ」 「23日だっけ? 結婚式。仲人なんだから仕方ないわよ」 ヒカリが苦笑しながら言った。 「その『仲人』ってのがよく分からないよのね」 アスカが首をひねる。 「仲人って言うのはね、二人の間を取り持って結婚の橋渡しをする人の事よ。お世話になった人にお願いするものなの」 ミサトが説明するがアスカは納得できない。 「じゃあ司令か副司令に頼めば良かったじゃない」 「二人とも独り身でしょ。仲人は夫婦じゃないといけないのよ」 「日本の習慣ってよく分からないわ」 アスカは肩をすくめて見せた。 お寿司が平らげられると、みんなでお茶をすする。 「ケーキ、切ろうか?」 シンジが聞いた。 「あとにしましょ。あたし、お腹いっぱい」 アスカがずずっとお茶をすする。みんなもアスカの意見と同じようだ。 「じゃあ、プレゼントの贈呈といきますか」 ケンスケの言葉に皆の視線がシンジに集まる。みなシンジがアスカに何をプレゼントするのか興味津々だった。 「僕の、僕とレイからのプレゼントはここにはないんだ」 「レイのプレゼントってあれじゃないの?」 アスカがごみ箱を指差した。 「え? レイから何かもらったの?」 「離婚届」 シンジはレイの方を振り向いた。レイはすました顔をしている。 「可愛いジョークよ」 「どこが可愛いのよ!」 腰を浮かせたアスカをヒカリがなだめる。 「まあまあ、じゃあ私から。はい、アスカ」 ヒカリが赤い袋をアスカに差し出した。 「ありがとう、ヒカリ。なあに?」 「開けてみて」 アスカが袋をあけると中からシンジとアスカのぬいぐるみが出てきた。もちろん手作りでアスカとシンジの手はしっかりと結ばれている。 「きゃあ、可愛い! これ、あたしとシンジ?」 アスカはぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。 「うん。なかなかの出来でしょ?」 控えめなヒカリがこういうくらいだから会心の出来なのだろう。確かに良く出来ていた。 「うん! ありがと!」 「ほなわいからはこれ」 トウジは赤い包装紙に包まれた小さな小箱を差し出した。 「なに? あけてもいい?」 「おう」 アスカが包みを開けると中からアンティークのオルゴールが出てきた。蓋を開けると音が鳴る。曲名は分からないが、古い曲のようだ。 「へぇ、あんたにしちゃいいセンスしてるじゃない」 「ナツミに選んでもろたんや。わいはおなごの喜ぶもんなんて分からへんから」 頭を掻くトウジ。トウジの妹ナツミは小学3年生ながら結構なおませさんでしっかり者だった。 「やっぱりね。ナツミちゃんはあんたと違ってセンスいいもの。ありがたく貰っておくわ」 「俺からはこれ」 ケンスケは赤いリボンを巻いたデジタルビデオテープを差し出した。 「なにこれ?」 アスカはテープの裏表を見た。 「テープ整理してたら出てきたんだ。惣流の転校してくる前に、シンジが俺達にチェロを弾いてくれたのを撮った奴だよ」 「へ〜、ありがと」 「俺と葛城からはこれ」 加持が白い包装紙に赤いリボンの包みを差し出した。結構大きい包みだった。 「何ですか?」 「モーニングセットよ。ほら、ティーカップとかお皿とかがセットになった奴。前にアスカが欲しがってたロイヤルコペンハーゲンよ」 「わあ、ありがとう、加持さん、ミサト」 「で、シンジのプレゼントはなんなんだ?」 ケンスケがシンジにふるとシンジはにっこりと微笑んだ。 「ケーキ食べたら出かけようと思うんだけど、みんなも来る?」 「おう。シンジのプレゼントがなにか興味津々や」 アスカ、ケンスケ、ヒカリ、ミサトも同じ気持ちのようだ。 「じゃあさっさとケーキ食べましょ」 アスカの提案にみんな首を縦に振るのだった。 「アスカ、これつけて」 車に乗るとシンジは目隠しを差し出した。トウジ、ヒカリ、ケンスケは加持の車、シンジ、アスカ、レイはミサトの車に分乗している。 アスカは目隠しを受け取ると素直につけた。 「ミサトさん、加持さんの車に付いていって下さい」 「わかったわ」 車は静かに走り出し、市街地の方に向かっていった。 「ねえ、まだ?」 10分ほどするとアスカがシンジに聞いた。二人はずっと手を握り合っている。 「もうすぐだよ」 車は閑静な住宅地のひときわ大きな家の前に滑り込んだ。 「着いたよ。あ、目隠しはまだ外さないで」 シンジはアスカをエスコートして車からおろした。そっと手を引いて歩かせる。 「目隠しをとってもいいよ」 アスカは目隠しを取って前を見た。しばらく眩しくて目をしばたかせる。 目が光になれると、目の前に大きな家が建っていた。黒いハイブリットソーラーパネルの屋根の白い家だ。 「これが僕とレイからのプレゼントだよ」 シンジは照れながら家の方をさした。 「え……?」 しばらくアスカは何を言っているのか理解できなかった。シンジの顔を家とを交互に見る。 「う……そ……」 「本当だよ。これが僕たちの新居だ」 アスカは感極まって泣き出してしまった。シンジは優しくアスカを抱きしめる。 「喜んでくれたかな?」 シンジの胸の中でアスカはこくりとうなずいた。 「アスカは僕の誕生日にアスカの人生を預けてくれた。だから僕も相応のプレゼントをしたかったんだ。お金で解決するのは間違っているかもしれないけど、僕には他に思い付かなかったから」 アスカは一旦シンジから体を離し涙を拭うと再びシンジに抱き着いて熱烈なキスをした。 「……ありがとう、シンジ。最高のプレゼントよ」 「さ、僕たちの新居に入ろう。ほら、これが鍵だよ」 シンジはアスカにカードキーを渡した。 「それはアスカ専用だからなくさないでね」 アスカは鍵を大事そうに持つと、門にあるスリットに差し込んだ。がちゃん、という音とともに門が開く。 門の左右には地下駐車場が二台と一台分あり、門を入ると右に折れて階段になっている。階段を上りきると左に曲がり、緑の芝生の庭を通って玄関だ。 家は上から見るとL字型をしており三階建てだった。 「へー、免震構造だ。すごいな」 ケンスケが家の土台を見て感心した。どうやら地下室も付いているようだ。 「ごっつうでかいのぉ。わいの家が三つはいりそうや」 トウジの家も二世代同居なので実は結構大きい。 ヒカリとミサトは完全に言葉を失っていた。加持は車に残っている。 アスカがカードキーを玄関のスロットに入れ、ドアを開けようとした。 「あ、アスカ、そこのパネルに手を置いて」 アスカがスロットの下のパネルに手を置くとカチッと鍵の開いた音がした。ドアを開け、中に入る。 『お帰りなさいませ、奥様。お帰りなさいませ、だんな様。お帰りなさいませ、レイ様。お客様ですか?』 玄関に入るとどこからともなく声がかけられた。少し機械的な感じのある女性の声だ。 「ああ、僕たちの友人だよ。みんな、セキュリティコンピュータのMIYUKIだよ。自己紹介してやってくれないかな」 「俺は相田ケンスケ」 『相田ケンスケ様。だんな様のご友人。登録完了。いらっしゃいませ』 「わいは鈴原トウジ」 『鈴原トウジ様。だんな様のご友人。登録完了。いらっしゃいませ』 「わ、私は洞木ヒカリです」 『洞木ヒカリ様。奥様とレイ様のご友人。登録完了。いらっしゃいませ』 「あたしは葛城ミサトよん」 『葛城ミサト様。だんな様と奥様の保護者兼上司、レイ様の上司。登録完了。いらっしゃいませ』 「みんな、あがって」 シンジに勧められて靴を脱ぎ家に上がる一同。 「ねえシンちゃん、ここのコンピュータってもしかしてリツコが作ったの?」 「ええ、この家自体がネルフの技術部が作った物ですから。なんでも特A級のセキュリティと防弾耐爆仕様が自慢とか言ってましたけど。使い道のなくなったエヴァの特殊装甲材とかを使ったそうです。おかげで安くしてもらえました」 シンジは苦笑しながら答えた。 「わあ、ひろーい……」 ヒカリが感嘆の声を上げた。リビングは25畳ほどの広さだった。吹き抜けになっていて天井が高い。螺旋階段が上へと続いている。 みんなアスカについていろいろと見てまわる。部屋をめぐるたびに女性陣からため息が漏れた。特にお風呂はミサトを羨ましがらせた。総桧造りで温泉が引いてあったのだ。湯船は三人余裕で浸かれる大きさだった。 エレベータに乗って二階に行く。 「ここが僕たちの寝室だよ」 そこは12畳ほどの部屋だった。奥に衣装部屋と書斎が付いていた。 シンジたちの寝室から家の反対側の部屋にきた。10畳ほどの部屋だ。 「ここはレイの部屋なんだ」 「ちょっと、何でレイの部屋もあんのよ?」 アスカがシンジに詰め寄る。 「何でってレイは僕の妹だし……。それにこの家を買うお金、3分の1出してもらったから。だからこの家の名義は僕とアスカとレイになってるんだ」 レイがじっとアスカを見つめる。アスカも見つめ返す。しばらくしてアスカはため息をついた。 「ま、仕方ないわね」 「……ありがとう、アスカ」 レイはシンジ以外にはめったに見せない笑顔をアスカに見せた。 一同は三階の部屋を見てまわると、再びリビングにやって来た。家の大きさの割には部屋数は少ないが、それでも二十前後あった。 「どう? アスカ」 「最高よ、シンジ!」 アスカはシンジに抱き着いて頬擦りする。 『だんな様、加持様がお見えですが』 「つないで」 シンジの前の空間にスクリーンが開いた。 『シンジくん、そろそろ時間じゃないか?』 シンジはアスカを抱いたまま腕時計を見た。 「あ、ほんとだ。ごめんみんな、そろそろレストランに行く準備をしなくちゃいけないんだ」 「じゃあ今日はこれで解散だな」 ケンスケが言うとみんなそれぞれ立ち上がる。 「さ、アスカ、僕たちも」 「うん」 門の前でトウジ、ケンスケ、ヒカリと別れた。三人は加持の車で家まで送ってもらう。 ミサトは車を走らせるとシンジに話し掛けた。 「あたしに出て行かなくていいって言ったのはこういう訳だったのね」 「はい。夏休みに加持さんが家を探してたんですけど、だったら僕たちが出ていくのが筋だと思いまして。アスカのプレゼントのお返しの事もありましたから家を買う事にしたんです」 「まったくこぉんなおっきな家を買ってもらえるなんてアスカったら幸せものね」 「えへへ、いいでしょう」 心底嬉しそうに言うアスカ。 「レイも良かったわね。シンジくんと一緒に住めるようになって」 「はい」 レイも嬉しそうだ。 「……お父さんとは一緒に住まないの?」 「誘ったんですけど父さんは舅がいるとアスカが嫌がるだろうって言ってました。そんなことより早く孫の顔を見せろって。あれでも気を遣ってくれてるみたいです」 「そう。ところでいつ引っ越すの?」 「冬休みの間に引っ越そうと思ってます」 「ふーん。あたし達の旅行中か。日向君たちに手伝ってもらいなさいね。言っといてあげるから」 「はい」 車はコンフォートマンションの前に滑り込んだ。シンジとアスカは降りる。 「じゃ、レイを送ってくるから」 「お兄ちゃん、ちょっと来て」 レイが助手席の窓を開けてシンジを呼んだ。 「なに?」 シンジが顔を近づけるとレイは両手を伸ばしシンジを掴まえて唇を奪った。アスカの髪が逆立つ。 「またね」 レイはにっこり微笑んで窓を閉める。 「二度と現れんなぁ!!」 アスカの怒声を背に車は走り出したのだった。 レストラン『アルカンフェル』の中庭側の窓際の席。中庭には人工雪が降っている。12月の間だけのサービスだ。 「君の誕生日に乾杯」 澄んだ高い音を立てて、ワイングラスをあわせるシンジとアスカ。未成年という事でグラスの中身はぶどうジュースだ。 「ありがとう、シンジ。今日は最高のバースデーだったわ」 真っ赤なイブニングドレスに身を包んだアスカはとても大人びて見えた。 「喜んでもらえてうれしいよ」 タキシードに身を包んだシンジもとても凛々しい。 「クリスマスはどういう風に喜ばしてくれる?」 アスカは両手で頬杖を突いていたずらっぽい顔でシンジを見つめる。 「……ごめん。クリスマスは考えてなかった」 「馬鹿ね。冗談よ。もう十分喜ばせてもらったわ。クリスマスはみんなでわっと騒ぎましょ」 「うん」 くすりと笑うとアスカは顔を前に出し、キスを求める。シンジはそれに応えてそっと口付けた。 「お待たせしました。オードブルでございます」 キスを終えて見詰め合っているとウエイターが料理を持って来た。料理の名前を言っていたがさっぱり分からなかった。 「さ、食べましょ。せっかくだから楽しまなくっちゃ」 アスカがナイフとフォークを持つ。料理ごとに外側から使うのが基本だ。 「そうだね」 シンジはアスカの大好きな優しい笑顔を浮かべると、アスカにならって料理を食べ始めた。 愛する人と共に最高の料理に舌鼓を打つ。その晩は二人にとって最高の夜になったのだった。 おわり |