夏休み、夏期講習も終わったある日の事、シンジはミサトに頼まれて繁華街にある郵便局に荷物を取りに行った。今日受け取らないと差出人に送り返されてしまうという事で急に頼まれたのだ。 ミサトさんも困ったもんだよな。ぎりぎりにならないとやらないんだから。 シンジは小包を受け取ると郵便局を出て駅に向かった。しばらく歩くと遠くに見覚えのある金髪を見つけた。 アスカ? 最初、背の高い男の人と腕を組んで歩いているので別人かと思ったが、よく見ると確かにアスカだった。ネルフの赤い制服を着て、栗色の長い髪はポニーテールにしていた。アスカは何かたのしげに男に話し掛けている。 ずきん……。 シンジの胸が痛んだ。どうしようもない不安に襲われる。 その時男が横を向いた。 なんだ、加持さんか。 シンジはほっとした。アスカは以前加持の事が好きだと公言してはばからなかったし、シンジと結婚したいまでも兄のように慕っている事をシンジは知っている。せっかくだから声をかけようと走り出した。 二人はある路地に入っていった。シンジも後を追いかける。角を曲がってシンジは愕然とした。 そんな、アスカ……。 その道はラブホテルへと続いていた。他に入れるような所はなかった。この道に入ったのならラブホテルに入ったとしか考えられない。 ぽつ、ぽつぽつ、ざーーーーー……。 シンジの心の内を象徴するかのように雨が降り出した。シンジはその雨の中をただただ呆然と立ち尽くすのだった。 そのころ二人は喫茶店にいた。シンジが曲がった路地よりちょっと先に入り口があるので、遠目には路地に入ったように見えたのだ。 「今日は付き合ってもらってすまなかったな」 「他ならぬ加持さんの頼みですもん。お安い御用ですよ」 注文を済ませるとくつろぐ。加持はコーヒー、アスカはマロンパフェを頼んだ。 「それで式はいつの予定ですか?」 「おいおい、ずいぶん気が早いな。これからプロポーズするんだぞ」 「なにいってんですか。ミサトも三十路に入って焦ってるんですから絶対OKに決まってますよ」 「だといいんだがな」 加持は懐からたばこを取り出してくわえた。 「加持さん!」 「ん?ああ、すまない。つい習慣でな」 たばこを箱に戻して懐にしまう。 「ついじゃありませんよ。吸わない人間にとってはたばこの煙はとっても不快なんですからね。大体たばこなんて百害あって一利無し、止めた方がいいんじゃないんですか?」 「分かっちゃいるんだがな。なかなか止められないものなんだよ」 「加持さんほどの人でも?」 「ああ」 加持は軽く肩をすくめてみせた。 しばらくするとウェイトレスが注文した品を持ってきた。 「いっただきま〜す」 早速アスカがパフェを食べ始める。 「それにしてもアスカはきれいになったな」 そういって加持はコーヒーを一口すすった。 「またまた〜、加持さんあたし人妻ですよ。人妻口説いてどうしようって言うんですか?」 けらけらと笑うアスカ。 「いや、本当にきれいになったよ。以前はいつもどこか張り詰めていて何かの拍子に壊れてしまいそうな感じだったが、今はずっと落ち着いて自然な感じになった。これもシンジ君のおかげだな」 「うん。シンジのおかげであたし今とっても幸せ」 にっこりと微笑むアスカ。そんなアスカを加持はやさしげなまなざしで見つめる。 「君たちは式はやらないのかい?」 「シンジが高校を卒業するまで待ってくれって。やっぱり世間体が気になるみたい」 「それじゃ子供は?」 「あたしはすぐにでも欲しいんだけど、シンジは学生のうちは作る気はないみたい」 「その方がいい。子供が出来ると何かと不自由だそうだからな」 「それでも子供は早く欲しい。だって二人の愛の結晶だもの」 「ま、その辺は二人でよく話し合うんだな」 「もう話し合ったの。シンジったら『まだ子供をちゃんと育てていく自信が無いし、あまり早く作るとアスカの体にもよくない』の一点張り。まったく頑固なんだから」 「シンジ君の言うとおりだよ。成長期なんだから子供はちゃんと体が出来上がってからの方がいい」 「うん。あたしもシンジがあたしのことを真剣に心配してくれてるから納得したの」 「のろけられちまったな」 笑いながら再びコーヒーに口をつける加持。アスカもパフェを口に運ぶ。 この後アスカがパフェを食べ終わるまでのろけ話が続いた。加持は幸せそうなアスカの様子に目を細めながら話に付き合った。 「それじゃ、いいかな?」 「はい。ご馳走さまでした」 支払いを終えて店を出ると外は雨だった。 「まいったな」 「あたし傘持ってますから駅まで一緒に行きましょう」 「すまんね」 アスカはショルダーバッグから赤い折り畳み傘を取り出してさした。加持がその傘を持って二人は駅に向かって歩いていった。アスカは駅で加持と別れると真っ直ぐ家に帰った。 「ただいま〜」 いつもならシンジが玄関まで出迎えてくれるのに返事が無い。 「シンジぃ?」 アスカはリビング、二人の寝室、勉強部屋、トイレにお風呂まで覗いてみたがどこにもシンジはいない。 買い物かしら? アスカはシンジの携帯に電話してみた。ところがいくら待ってもシンジは出ない。 まさかもってってないの? 勉強部屋を探すと椅子にかけられたかばんに携帯が入っていた。 もう、出かけるときはいつも持っていきなさいって言ってるのに! すぐに帰ってくるだろうと思ったアスカはキッチンに行くと冷蔵庫を覗き、材料がちゃんとある事を確認すると夕飯の準備をはじめるのだった。 レイは風呂から上がると体を拭くのもそこそこに冷蔵庫を開け、フルーツ牛乳を取り出すとふたを開けて腰に手を当てながらキューっと飲んだ。風呂上がりにフルーツ牛乳を飲むのも飲むとき腰に手を当てるのもみんなミサトに教わったことだ。レイはそういう作法だと聞かされてすっかり信じきっている。 ピンポーン。 呼び鈴が鳴ったのでタオルを肩にかけ、インターホンに出る。 「誰?」 『……僕』 「お兄ちゃん?」 レイはぱたぱたと急いで玄関に向かった。扉を開けるとずぶぬれのシンジが立っていた。 「どうしたの?」 シンジはレイの問い掛けにも答えず、うつろな目をして突っ立っていた。全裸のレイが目の前にいるにもかかわらず、それらしい反応もしない。 「とにかく入って。風邪引くわ」 レイはシンジを家に引きいれた。靴を脱がせて家に上がらせる。シンジはされるがままだった。 「お風呂沸いてるから」 シンジは何も反応しない。レイはシンジを脱衣所まで引っ張っていくと濡れた服を脱がせ、洗濯機に放り込んだ。そしてシンジを風呂場に連れて行き、シャワーをかけて洗ってやる。洗い終わるとシンジを風呂に浸からせた。 「肩まで浸かるのよ。……泣いてるの?」 レイが顔を覗き込むとシンジは顔を背けた。 「ゆっくり暖まって」 レイはそういって風呂場から出ていった。シンジはただ涙を流しつづけるのだった。 シンジが風呂から上がると脱衣所に青いタオルと白いパジャマが用意してあった。体を拭いてパジャマを着る。そのパジャマはレイにはかなり大きいものだったが、それでもシンジには少し小さかった。 脱衣所を出るとレイはキッチンで夕飯の支度をしていた。パンティ一枚の上に水色のTシャツを着ている。シンジが出て来たのに気付くと手を休めて振り返った。 「暖まった?」 「……うん」 「もうすぐお夕飯出来るから座ってて」 レイは夕飯の準備を再開した。シンジは椅子に座ってボーッとその様子を眺めていた。 程なくして夕飯の準備が出来た。お刺し身と根菜の煮物と、豆腐と油揚げのお味噌汁にご飯。レイの料理はシンジやヒカリが教えた。 「いただきます」 「……いただきます」 二人で夕飯を食べ始める。シンジは生気なくただ機械的に口に食べ物を運んでいく。味なんか分からなかった。そんなシンジの様子をレイは辛そうに見つめるのだった。 夕飯が終わると、レイは洗い物をはじめた。 「……今晩泊めて欲しい」 レイの後ろ姿にシンジがぽつりと言った。 「いいの?」 レイは振りかえらずに聞く。 「いいんだ。今はアスカに会いたくない」 「そう……」 ぷるるるる……ぷるるるる……。 その時電話が鳴った。レイはタオルで手を拭くと電話に出る。 「碇です」 『あ、レイ?そっちにシンジ行ってない?』 電話はアスカからだった。レイはちらっとシンジの方を見た。 「来てるわ」 『やっぱりあんたの所だったのね。ちょっと代わってよ』 レイは受話器の口を押さえるとシンジに聞く。 「お兄ちゃん、アスカからだけど」 アスカと聞いてシンジはびくっと震えた。 「話したくない」 レイは受話器を持ってそっとシンジから離れた。シンジに背を向け、声を潜める。 「出たくないって」 『へ?なんで?』 「わからない。アスカ、お兄ちゃんに何したの?」 知らずレイの口調も刺を含んだものになる。 『何したって言われても。……やっぱり何も心当たりないわよ』 「うそ。お兄ちゃんはかなりショックを受けているわ。アスカには会いたくないって言ってるもの」 『そんな!ちょっと待ちなさいよ!一体どういうことよ!?』 「私が聞いてるの。お兄ちゃんにいったい何したの?」 『本当に何も心当たりないんだってば!いいからシンジ出しなさい!』 「本当に心当たりないのね?」 『ええ。お願いだからシンジに代わって』 「今は駄目。お兄ちゃんが落ち着いたら私がわけを聞いてみるわ。今日はうちに泊めるから」 『そんなの駄目よ!あたしのシンジを返しなさいよ!もういいわ!今からそっちに行くから!首を洗って待ってなさいよ!』 がちゃん! 電話は乱暴に切られた。アスカのあまりの剣幕にレイは思わず受話器を耳から遠ざけていた。 「お兄ちゃん、アスカが今から来るって」 「……今は会いたくない」 「わかったわ」 シンジはリビングのミニコンポの所に行くと、ヘッドホンをつけて音楽を聞き始めた。涙こそ流してなかったが、その背中は泣いていた。レイはそんなシンジを見るのが辛かった。シンジにそんな思いをさせるアスカに少なからず憤りを感じていた。アスカ襲来に備えて玄関に鍵をかける。 ピンポーン。 ミサトのマンションからレイのマンションまでは走って十分ほどである。ところがアスカが電話を切ってからまだ十分たってないのに呼び鈴が鳴った。 「はい」 『あたしよ!』 全速力で走ってきたのかアスカはかなり息が上がっているようだった。 「帰って」 『開けなさい!』 どんどんどん! アスカが扉をたたく。 『シンジ!シンジ!開けろこん畜生!!』 がんがんがん!! アスカが扉を蹴っ飛ばした。 『シンジぃ。お願いだから開けてよぉ。シンジ返してよぉ』 ついにアスカは泣き出した。 「今日は帰って。お兄ちゃんが落ち着いたらちゃんとわけを聞くから今はそっとしといてあげて」 『うっ、うっ、うっ……』 しばらくアスカの嗚咽が聞こえる。 「アスカ」 『ぐすっ、わかったわよ。今日は帰る』 アスカの足音が遠ざかっていくのを確かめると、レイはほっとため息をついてインターホンを切った。今のやり取りはヘッドホンをしていたのでシンジには聞かれなかったようだ。 夜も更けてきたころ、レイはシンジの肩をたたいた。シンジはヘッドホンを外してレイの方を向く。 「お兄ちゃん、もう寝ましょ」 「……僕はここでいいよ」 「駄目。布団が無いもの。風邪を引くわ」 レイはシンジの手を引っ張って立たせると寝室に連れてきた。 「一緒に寝ましょ」 ベッドはセミダブルなので二人でも何とか寝られる。レイはベッドの上でシンジの手を引っ張った。しばしの逡巡の後、シンジはレイの隣に横になった。レイがお互いにタオルケットをかける。 レイはシンジの顔を覗き込むと、チュッとキスした。 「おやすみなさい」 「……おやすみ」 レイがリモコンで明かりを消すと闇が訪れた。 知らない天井だ……。 シンジはボーッと天井を見ていた。しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきた。隣を見るとレイがシンジの方を向いて寝ていた。 母さん……。 レイにはやはり母を感じる。母のクローンだと知る前からそうだった。 母さん、僕はどうしたらいいの? レイを通して母に問い掛ける。思い出の中の母は優しく微笑むだけで何も答えてくれない。 再び天井を見上げた。 アスカ……。 アスカが僕を裏切るなんて……。 シンジには信じられなかった。アスカが浮気したなんて信じたくなった。今アスカに会えば自分でも何をするかわからない。 アスカ……。 アスカとの思い出が走馬灯のように浮かぶ。笑った顔、怒った顔、泣いた顔……。 やっぱりほかの男になんか渡したくない! 目から涙があふれ出る。シンジは思い悩んでいる内に泣きながら眠り込んでしまったのだった。 一方アスカは、泣きながら家に帰ってくるとベッドに倒れ込んだ。 シンジ、いったい何があったの? 何か嫌われるようなことをしたかと一生懸命考えるが、何も思い当たるものはない。今朝出かけた時には何も変わった様子はなかった。 トントン。 「シンジ!?」 アスカはベッドから跳ね起きると急いでふすまを開けた。 「クエー!」 部屋の外にはペンペンがたたずんでいた。 「ペンペンか……」 がっかりしたアスカがふすまを閉めようとすると、ペンペンは部屋に飛び込んできて必死に何かを訴えかけた。 「クエー!クエー!!」 「何よ?今は遊んでやる気分じゃないの。でてってよ」 「クエーー!」 「ああ、ご飯ね。わかったわよ」 アスカはのろのろと部屋から出ると冷蔵庫から魚を何匹か出してペンペンにやった。 「あんたは気楽でいいわね」 嬉しそうに魚を食べるペンペンにアスカはため息を漏らした。 「クエッ?」 不思議そうに首をかしげるペンペン。アスカの様子がいつもと違うことに気付いたらしい。 「クエー」 ペンペンはアスカの足を優しくなでた。つぶらな瞳でアスカを見上げる。 「そうね。こんなのあたしらしくないわよね」 アスカはペンペンの頭をなでてやった。気を取り直してラップをかけておいた夕飯をレンジで暖め、泣きたいのをこらえながら食べる。 夕飯を終えるとシャワーを浴びた。そんな気分じゃなかったがもしかしたらシンジが帰ってくるかもしれない。不潔な体でシンジを迎えたくなかった。 シャワーを終えて体を拭くとピンク色のシルクのパジャマを着た。シンジとおそろいのパジャマでシンジは薄いブルーだ。 寝るにはまだ早い時間だったがアスカは早々にベッドに潜り込んだ。 シンジぃ、寂しいよぉ。 ベッドをならべてから一人で寝るのははじめてだった。心も体もシンジを求めてやまなかった。アスカもまた枕をぬらしながら眠りについたのだった。 目覚めるとアスカは最初に隣のベッドを見た。もしかしたらと思っていたがシンジはいなかった。 のそのそと起きてシャワーを浴びに行く。鏡に映った自分の顔を見て思った。 ひどい顔……。 目は充血してはれぼったい。いくすじもの涙の跡も残っていた。 シャワーを終えるとあまり行きたくなかったがネルフの制服を身につけ、朝食の用意をする。しばらくしてミサトが起きてきた。 「おはよー」 「おはよう」 「あれ、シンちゃんは?」 シンジの名前に泣きたくなるのをこらえながらアスカは答えた。 「レイのとこ」 「何で?喧嘩でもしたの?」 「わかんない。わかんないの」 アスカはこらえきれなくなって涙を流し始めた。声を殺して泣くアスカ。 「なにがあったの?」 ミサトは真顔になって聞いた。 「昨日帰ったら、ひっく、シンジいなくて、ひっく、夕飯の時間になっても、ひっく、帰ってこないから、ううっ、レイの所に電話したら、ひっく、シンジ、あたしとは会いたくないって、シンジ、シンジ、あたしのことが嫌いになったんだ〜!」 ついにアスカは大声を上げて泣き出してしまった。ミサトはそんなアスカを優しく抱きしめ、落ち着くように背中をぽんぽんとたたいた。 「大丈夫よ。シンジ君はアスカのことを嫌いになったりしない。きっと何か誤解があるのよ。誤解が解ければ帰ってくるわ」 「でも、でも、話もしてくれないの」 ぐしぐしと泣きながらアスカ。 「ここはお姉さんに任せなさい。レイの所にいるんでしょ?あたしが電話してわけを聞いてあげるわ。だからほら、涙を拭いて。美人がだいなしよ」 ミサトはアスカを椅子に座らせるとレイの所に電話をかけた。 ぷるるるる……ぷるるるる……ぷるるるる……ぷるるるる……ぷるるるる……。 「おかしいわね。留守かしら?」 ミサトは今度はネルフの保安諜報部にかけた。シンジの居場所を聞く。シンジは今ネルフ本部に向かっているということだった。 「シンジ君は今ネルフ本部に向かっているそうよ。朝ご飯を食べたら一緒にいきましょ」 二人は朝ご飯を食べると車でネルフ本部に向かった。 シンジが目覚めるとレイはすでに起きていた。寝室を出ると朝ご飯の用意が出来ていた。 「おはよう」 お味噌汁の味を見ていたレイがシンジに気付いて挨拶してきた。 「……おはよう」 「朝ご飯出来てるから。顔を洗ってきて」 「うん」 シンジは顔を洗ってくると席についた。 「いただきます」 「いただきます」 二人で黙々と食べる。食べ終わるとレイがお茶をいれてくれた。お茶のいれ方もなんとなく「お母さん」という感じだった。 「……なにがあったの?」 ポツリとレイが聞いた。シンジはじっと湯飲みを見つめて答えない。レイは辛抱強く待った。 「……昨日、見ちゃったんだ」 シンジが重い口を開いた。レイは無言で先を促す。 「アスカが加持さんとラブホテルに入るところを。アスカが、アスカが僕を裏切ったんだ」 シンジは泣きそうな顔をしていた。 「……本当に見たの?」 「入る瞬間を見たわけじゃないけど、でもあの道にはラブホテル以外他に入れる所はなかったんだ」 「入る瞬間を見たんじゃないのならまだわからないわ。私にはあのアスカがお兄ちゃんを裏切るとは思えない。確かめてみるべきだわ」 「……今はまだアスカに会いたくない。もしアスカが本当に浮気してたら僕はアスカを殺してしまうかもしれない」 「なら加持一尉に確かめてみましょ」 レイはネルフ本部に電話をかけた。加持はまだ出勤していないとのことだった。予定ではもうすぐ出勤してくるらしい。 「私は加持一尉に会いにネルフ本部にいくわ。お兄ちゃんはどうする?」 シンジはしばし思い悩んだ。真実を聞くのは恐いが逃げてばかりもいられない。 「……僕もいく」 レイは立ち上がると脱衣所にはいった。Tシャツは洗濯機にいれたのかパンティ一枚になってシンジの服を持ってくる。シンジは少し赤くなって視線を逸らしながら服を受け取った。レイは着替えるために寝室に入っていった。 シンジが服を着替えて待っているとレイが寝室から出てきた。薄い水色のワンピースを着ている。シンジの初めて見るものだった。 「いきましょ」 二人は連れ立ってネルフ本部へと向かった。 まだ少し早い時間なのでリニアは比較的すいていた。並んで座る。 「もし……」 レイが口を開いた。 「もしアスカが本当に浮気してたらお兄ちゃんどうする?」 シンジは辛そうな顔をして床を見つめていた。レイはシンジの方を向いて続ける。 「アスカと別れて私と暮らしてくれる?」 シンジがレイの方を見た。レイはシンジの辛そうな、悲しそうな表情に目をそらしうつむく。 「……ごめんなさい」 シンジは再び床に視線を戻す。その後二人は何も話さなかった。 ネルフ本部に着くと加持はまだ出勤してきていないとのことだった。二人は正面ゲート入ってすぐにあるベンチに腰掛けて加持を待つことにした。 しばらく待っていると加持が現れた。シンジは立ち上がってうつむいたまま加持に向かっていく。レイもそのあとを追った。 「よお、シンジ君にレイちゃんじゃないか。おはよう」 バキッ!! シンジがいきなり加持を殴り倒した。 「アスカは僕の妻です!たとえ加持さんでも渡せません!!」 加持はきょとんとしてシンジを見上げる。 「ちょっと待ってくれよ。何の事だい?」 「昨日見たんです!加持さんがアスカとラブホテルに入る所を!」 加持は立ち上がった。 「おいおい、落ち着いてくれよ。昨日は確かにアスカに付き合ってもらったが、ラブホテルなんかには入ってないぞ」 「でも見たんです!」 「何時ごろのことだ?」 「わかりません!でも雨が降り始めたころです!」 「そのころなら喫茶店にいたはずだ。そうだ、保安諜報部に聞いてみるといい。アスカをトレースしているはずだから」 「本当ですか?」 「ああ。信じてくれ」 「でも僕たちの権限じゃ保安諜報部には教えてもらえません」 加持はあごに手をやって考えた。 「う〜ん、葛城がいればいいんだが……」 「いるわよん」 横の通路からミサトが現れた。 「葛城、いつからいたんだ?」 「加持君が殴られた所からかしら。ちょっち待ってね。今保安諜報部に電話するから」 ミサトは携帯で電話をかけると二言三言はなしてから受話音量を最大にして前に出した。昨日のアスカのネルフを出てからの行動が読み上げられる。アスカがラブホテルに入ったという事実はなかった。それを聞いたとき、シンジはへたり込んだ。 「……よかった、アスカ」 「わかってくれたかな?」 「はい。すみませんでした、加持さん」 シンジは立ち上がって深々と頭を下げた。 「シンちゃん、謝る必要なんて無いわよ。大体こいつ、日ごろの行いが悪すぎるんだから。……アスカ、出てらっしゃい」 アスカは泣き腫らした目をしてつかつかとやってきたかと思うとシンジの頬を思いっきりはたいた。 「どうしてあたしのこと信じてくれなかったの!?」 「……ごめん。でもアスカは一度も僕のことを好きだっていってくれなかったじゃないか。僕はずっと不安だったんだ。アスカは本当に僕のことを愛してくれているんだろうかって」 アスカはシンジに抱き着いて口付けた。 「愛してるわ。世界中の誰よりも。だからもうあたしを独りにしないで」 「……うん。本当にごめん」 シンジは強くアスカを抱きしめた。 「ところでか〜じ〜、人妻連れて宝石店で何してたのかなぁ?」 ミサトが加持に詰め寄った。 「それは、だな」 「それはぁ?」 「本当は指輪が出来てから言おうと思ってたんだが……」 加持は言葉を切って居住まいを正した。 「葛城、俺と結婚してくれ」 「へ?」 ミサトは焦って視線をさまよわせる。シンジ、アスカ、レイが固唾を飲んで見守っていた。 「や、や〜ね、からかわないでよ」 「俺は本気だ。結婚して欲しい」 「い、今更何いってんのよ。さんざんあたしを裏切ってきたくせに」 「悪かったと思ってる。幸せにするとは約束できないが、不幸にだけはしない。だから俺と結婚してくれ」 「こんな家事も出来ない大酒のみの女でいいの?」 「出来れば直して欲しいが……それでもいい」 「でもあたしシンちゃん達の面倒見なくちゃならないし……」 「僕たちは大丈夫です。ミサトさんは自分の幸せをつかんでください」 「そうよ。大体面倒見てるのはあたし達の方じゃない」 痛い所をつかれたミサト。実際家に帰ると何もしていない。 「返事を聞かせてくれないか」 加持が真剣な表情でミサトに迫った。 「……他の女に手を出さない、命を粗末にしないって約束してくれる?」 「約束する」 「ならいいわ。結婚してあげる」 「ありがとう」 加持はミサトを抱きしめ、そっと口付けた。 「おめでとうございます、ミサトさん」 「おめでとう、ミサト」 「おめでとうございます」 「ありがとう、みんな」 シンジ、アスカ、レイの祝福にミサトはにじむ涙を拭った。 こうしてアスカの浮気疑惑は解決し、加持とミサトは婚約したのだった。 ミサト達を別れた後、三人は休憩室に来ていた。 「シンジ、ヤキモチ妬いてくれるのはうれしいけど家出はしないで。昨日はとっても寂しかったんだから」 アスカがシンジの腕を抱いて甘える。 「ごめん。でもアスカに会ったら嫉妬のあまり自分が何をするかわからなくて恐かったんだ」 「尻軽女、今度お兄ちゃんを泣かしたら許さない」 「誰が尻軽女よ!」 レイはツン、と無視する。 「また一緒に寝ようね、お兄ちゃん」 「またって、まさか寝たの!?」 アスカがシンジを睨み付ける。腕を抱かれているのでシンジは逃げられない。 「それだけじゃないわ。一緒にお風呂にも入ったんだから」 「本当!?」 「う、うん」 「あたしが不安でいっぱいだったときにあんたは妹といちゃいちゃしてたっての!?きぃぃ!!悔しぃぃ!!」 アスカはシンジの首をギュウーっと絞めた。 「ごめん。ぐ、ぐるじい……」 「お兄ちゃんに何するの?」 レイがアスカの手をほどきにかかる。アスカは今度はレイの伸ばし始めている髪の毛を引っ張った。 「この泥棒猫!」 「尻軽女」 レイも負けじとアスカの長い髪を引っ張る。美少女二人がシンジを挟んで髪を引っ張り合っていた。 「二人とも止めてよ」 シンジは何とか二人をなだめてその場は事無きを得た。シンジは久しぶりにアスカに折檻フルコースを言い渡された。そしてその夜、折檻フルコースが実施され二人はいつもよりも激しく愛し合ったのだった。 おわり |