今日は2016年6月6日月曜日、シンジ君の15歳の誕生日である。だが平和になったとはいえ日々の家事に追われ、本人はそのことをすっかり忘れていた。意外なことにそのことを覚えていたのはアスカであった。 「あんた、今日誕生日でしょう。今度の土曜日にみんなで祝ってあげるから予定開けときなさいよ」 にやり。 その時のアスカの笑顔は実に邪悪なものであった。シンジの背筋を悪寒が這い登る。 「う、うん。あ、ありがとう」 シンジは冷や汗を流しながらそういうのがやっとだった。アスカはその後ヒカリやトウジ、ケンスケなどにも声をかけ、驚くべき事にレイにまで声をかけていた。 事の起こりは前日にさかのぼる。 「たっだいま〜」 家主ミサトの久しぶりの帰宅。行方不明だった加持が見つかってからやたらと泊りが多い。忙しいというのも本当らしいが。 「おかえり」 リビングでごろごろとスナックを食べながらテレビを見ていたアスカがおざなりに返事をした。 「あ、アスカ、シンジ君は?」 「買い物」 「そう。じゃ、これ渡しといてもらえる?すぐに出かけなきゃならないのよ」 ミサトが懐から奇麗にラッピングされた箱を取り出した。 「いいけど、なにそれ?」 「バースデープレゼント。明日シンジ君の誕生日だから」 誕生日と聞いてアスカが跳ね起きた。 「な!?シンジの誕生日って明日なの!?どうしてそれを早く言わないのよ!」 「あら、アスカ知らなかったの。シンちゃん悲しむでしょうねぇ。アスカからプレゼントもらえないと知ったら」 ミサトは人をからかうときに浮かべるいつものにんまり笑いを浮かべた。 「ま、冗談はともかく日ごろお世話になってるんだから何かプレゼントしてあげた方がいいわよ」 「わかってるわよ!」 アスカはつめをかんで考え込む。 「じゃああたしはいくから。今週はあんまり帰れないと思うけど、二人っきりだからってシンちゃん襲っちゃ駄目よん」 「そんな事するわけないでしょ!」 アスカがクッションを投げつける。ミサトは着替えを持つと出かけていった。 残されたアスカはいらいらと部屋の中を歩きまわった。プレゼントを何にしようか悩む。他の人があげるようなありがちなプレゼントはアスカのプライドが許さなかった。しばらくして彼女の明晰な頭脳はあるアイデアをひらめかせる。 でもあいつにそんな価値あるかしら? アスカは自分のアイデアの検証を始めた。 お金持ちではあるわね。 シンジもアスカもエヴァのパイロットということで経済的には裕福だった。戦闘や実験の危険手当だけでも一流企業のサラリーマンの生涯賃金に相当する額を貰っているはずだ。それに今も実験に付き合ったりしてネルフに所属しているので一般職員と同じくらいの給料を貰っている。 ルックスも今のところ悪くないわね。 シンジは元々美形だったのだが、おどおどとした気弱なところが災いしていまいちぱっとしてなかった。だがエヴァでの戦いを経て最近頭角をあらわしてきている。実際最近のシンジの学校内での人気はかなりのものだ。アスカさえいなければ、と思っている娘もかなりの数いる。出会った頃はアスカより低かった身長も今では5cmほど高い。だがあのヒゲ親父の息子だ。油断は出来ない。アスカは携帯電話を取り出すと電話した。 「もしもし、惣流ですけど副司令をお願いします」 『私だが。何かねアスカ君?』 「あの、つかぬ事をお伺いしますけど、シンジって父親似ですか?それとも母親似ですか?」 『両方に似ているが、どちらかといえば母親似だな』 「それでシンジのお母さんて美人だったんですか?」 『私の教え子の中では一番の美人だったと思うが。それがどうかしたのかね?』 「いえ、失礼しました」 う〜ん、このままいけば美形になりそうね。 性格もちょっとうじうじしたところがあるけど悪くはないわね。優しいし、何といってもあたしに従順なところがいいわ。黙って家事をやってくれる男なんてそうはいないわよね。 頭だって悪くないわよね。成績は使徒が来ていたときこそ悪かったけど最近は学年でも上位だし。 アスカはシンジが掘り出し物の優良物件に思えてきた。これだけの掘り出し物にこれから先巡り合えるかわからない。 なんだかんだ理由をつけているが結局のところアスカはシンジのことが好きなのだ。それも他の女に絶対取られたくないほど。自分では認めないだろうが。 シンジだってあたしに気があるわよね。ホワイトデーにお返しくれたし。 律義な性格のシンジはバレンタインデーにチョコレートをくれた娘全員にお返しをしていた。アスカは自分に都合のいいように解釈したようだ。 アスカは思い付きを実行する決心を固めた。その瞬間、スーパーで買い物をしていたシンジの背筋を悪寒が這い登っていた。 あとは演出よね。ファーストもシンジに気があるみたいだし。ここはガツンとやってやらないと。 アスカはカレンダーを見た。土曜日は実験も何もなくあいているはずだ。計画の実行は土曜日ということにして、それまでに準備を進めることにした。マヤがオフの日を調べる。マヤがどこにパスワードをメモしているかぐらいアスカはお見通しだった。そして何日かかけてプログラムを組んでMAGIに隠しタスクで仕込んだのだった。 レイは戸惑っていた。バースデーパーティーなどに誘われるのは初めてのことだ。プレゼントも何にすればいいのか見当もつかなかった。誰かに相談しようと学校の帰りにネルフ本部へと向かった。 「あら、レイじゃない。どうしたの?今日は実験はないはずでしょ?」 ちょうどミサトが休憩所でビールを飲んでいた。少し酔っているようだ。 「……葛城三佐、プレゼントって何をあげたらいいんでしょうか?」 「ああ、シンちゃんのバースデープレゼント?」 「はい」 「う〜ん、心がこもってれば何だっていいんじゃないかな。シンちゃんは何だって喜んでくれると思うわよ」 「でも何をあげたらいいのかわからない。私には何もないから……」 レイは少し寂しげな表情をした。 「レイだったらシンジ君にどうして欲しい?」 ミサトがちょっとだけまじめになって聞いた。酒臭い息と赤い顔がだいなしにしていたが。 「私……。私、碇君と一つになりたい……」 少し頬を赤らめながら言うレイは実に可憐で可愛かった。 「それじゃ、こんなのはどうかしら?一昔前のドラマにあったんだけどね。婚姻届を持ってって『あたしをあげる』なんていうの」 「婚姻届……」 「なんてね。シンジ君はまだ15歳だし冗談だけどねって、レイ?どこいったの?」 すでに休憩所にはレイの姿はなかった。 「まさか本気にしたんじゃ……。ま、いっか。どうせ18歳にならなきゃ結婚できないんだし」 ミサトはぐいっとビールをあおった。そして次の瞬間にはそのことは忘れていた。 そしていよいよシンジのバースデーパーティー当日。シンジは朝8時に叩き起こされた。 「いい、呼ぶまで絶対帰って来るんじゃないわよ!わかったわね!?」 そういってアスカはシンジに携帯電話を渡すと家から追い出した。シンジはアスカが何を企んでいるのかいぶかしんだが、逆らうと恐いので黙って従うことにした。 「ゲーセンにでも行こう……」 とぼとぼとゲーセンに向かって歩いていくシンジであった。 「「「おじゃましまーす」」」 シンジが出かけてすぐにヒカリとトウジ、ケンスケがやってきた。シンジが出て行くのを待っていたのだ。ヒカリはそれなりにおめかししていたがトウジとケンスケは普段着だった。 「ほな、買い出しいこか」 「鈴原、まだお店開いてないわよ」 ヒカリが言う。まだ9時過ぎだ。お店が開く10時まではまだしばらくある。 「アスカ、まずケーキから作りましょ」 「そうね」 アスカは部屋に隠してあったケーキの材料を持ってくる。ヒカリは持ってきた袋からケーキ作りに必要な道具を取り出した。オーブンに火を入れあっためておく。 「まずどうするの?」 ケーキなんか作ったことの無いアスカが珍しそうに道具を見ながら聞いた。 「まず材料を計って。正確に計らないと駄目だからね」 「わかった」 アスカが慎重に材料を計り始める。ヒカリは他の二人にも指示を飛ばした。 「鈴原、バターを湯煎で溶かして40度くらいにしておいて。相田君はアスカが計った小麦粉と砂糖をふるってくれる?」 「わかったわい」 「了解。こんな感じでいいのかな?」 「うん。小麦粉は三回ふるってたっぷりと空気を含ませるようにしてね」 「あたしは?」 材料を計り終えたアスカが聞いた。 「アスカは卵黄と卵白を分けて。卵、割れるわよね?」 ヒカリが焼き型に紙を敷いて、ショートニングを塗りながらこたえた。 「失礼ね。それくらい出来るわよ」 アスカが危なっかしい手付きで卵を割り、卵黄と卵白を分けていく。 「出来たで、委員長」 「それじゃ鈴原は卵白を泡立ててくれる?最初はゆっくりと、段々と早くしていって一気に泡立てないとスポンジが膨らまないからがんばってね」 「よっしゃ」 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか。 必死に卵白を泡立てるトウジ。だんだんと白く泡立ってきた。 「それじゃ相田君、少しずつ砂糖を入れてって」 だんだんとつやのあるメレンゲが出来てくる。 「アスカ、卵黄を入れて」 「はい」 アスカが卵黄を入れるともったりとしたクリーム状の種が出来た。ヒカリが牛乳とバニラオイルを入れて混ぜる。 「相田君、小麦粉を少しずつふりいれてくれる?」 ケンスケが小麦粉をふりいれるとヒカリは木しゃもじで軽く混ぜ合わせた。溶かしバターを加えてすくいあげるように混ぜていく。 「うまいもんねぇ」 アスカが感心したように言う。 「アスカも練習すればこれくらい出来るようになるわよ。たまには碇君に作ってあげたら?」 「そうね」 いつもと違ってアスカは「シンジに作ってあげる」ということを否定しなかった。いつもなら「何であたしがバカシンジに!」といってくるはずなのに。もっともヒカリはケーキ作りに熱中しているためにいつもと違うアスカに気がつかなかったが。 「それじゃ、型に入れてっと」 種を型に流し込む。入れ方にもコツがあるのだがそれは説明しなかった。型に流し込み終わったら二三回型ごと落し、中の空気を抜いた。 「オーブンの温度は大丈夫かしら?」 ヒカリの質問にアスカがオーブンを覗く。 「160度になってるわよ」 「それじゃ、入れるわね」 ヒカリはミトンをしてオーブンから天板を引っ張り出すと、その上にケーキの型をのせた。 「はい、これで30分ぐらい焼けばスポンジは出来上がりよ」 「ケーキ作りも結構大変なんやな」 トウジが汗を拭きながら感心する。泡立てるのは結構な労力を必要とするのだ。 「今のうちに買い物に行かないか?」 ケンスケが提案した。 「そういうわけにもいかないのよ。ケーキって結構デリケートだから。お茶でも飲みながら焼きあがるのを待ちましょ」 「それじゃ紅茶入れるわね」 アスカが紅茶を入れてみんなにふるまった。お茶を飲みながらおしゃべりに興じる。 「ねえ、アスカはなにプレゼントするの?」 ヒカリが興味深そうに尋ねた。 「ひ・み・つ。そういうヒカリは?」 「私はエプロンにしたわ。碇君の趣味って知らないし」 「わいはゲームソフトにしたわ。前にシンジがほしがっとったから」 「俺はこれさ」 ケンスケが奇麗にラッピングされた小さな箱を取り出す。 「なに、それ?」 アスカが怪訝な顔で聞く。 「セカンドインパクト前のクラシックのDAT。名チェリストの演奏した奴さ。手に入れるの、苦労したよ」 おそらく怪しげな人脈を使って手に入れたのだろう。かなりレアな代物に違いない。 「そういえば綾波さんは?」 ヒカリが思い出して聞く。 「ああ、そうね。そろそろ呼んでおいた方がいいわね」 そういうとアスカは電話を取った。 「あ、ファースト?そろそろこっち来て。……何って、シンジのバースデーパーティーでしょうが!……分かってる?分かってんなら聞かないでよ!まったく!え?……そうよ、プレゼント持ってくるの!ちゃんとそれなりの格好してきなさいよ!……持ってない?知らないわよそんな事!ミサトにでも相談してみたら!?……わかったわよ、じゃあ待ってるからね!」 アスカは電話を切るとどすんと椅子に腰掛けた。 「綾波さん、何だって?」 「ちょっと遅くなるみたいよ。早めに連絡しておいて正解だったわね」 しばらくしてオーブンのタイマーが鳴った。ヒカリがミトンをして焼け具合を見る。 「焼けたみたいね。じゃ、こうしてっと」 ケーキを型ごとまな板に伏せる。そしてそのまま2〜3分待って型をはずし、固く絞った濡れ布巾をかぶせた。 「あとは冷ますだけだから買い物にいきましょ」 三人は近くのスーパーへと買い出しに出かけた。 「それじゃ始めましょうか。アスカはケーキをお願い。鈴原と相田君は部屋の飾り付けね」 ヒカリの指示が飛ぶ。アスカはヒカリに聞きながらケーキをデコレートしていった。ヒカリも料理の腕を遺憾無く発揮していった。 さっさと部屋の方を終わらせたトウジが隙を見て料理をつまむ。目ざとくそれを見つけたヒカリが怒った。 「ちょっと鈴原、つまみ食いは駄目よ!」 「す、すまん委員長。腹が減ってしもうたんや」 トウジが腹のあたりをさすりながら情けない声で謝った。 「もうすぐだから我慢しなさい!……あ、アスカ、そろそろ碇君呼んだ方がいいんじゃない?」 ケーキと格闘していたアスカが振り向いた。鼻に生クリームがついている。 「そうね。電話してくるわ」 「惣流、鼻に生クリームついとるで」 カシャ! ケンスケがその顔をカメラに収めた。アスカは鼻をぬぐうと咎める。 「ちょっと相田、なに撮ってんのよ!」 「え、いや、後でシンジに見せてやろうと思って……」 ケンスケは冷や汗を流しながら言い訳した。 「あ、そう。ならいいわ」 なぜかあっさり矛を収めるアスカ。そのままシンジに電話する。 「あ、シンジ?もうすぐ準備できるから30分ぐらいしたら帰って来て」 それだけいうと電話を切った。その時呼び鈴が鳴った。 「は〜い」 アスカが玄関に出るとレイが立っていた。白いノースリーブのブラウスに白いミニスカート。ワンポイントで水色のリボンが胸元についている。白いポシェットを下げていた。アスカは値踏みするようにレイを見つめた。 「ふ〜ん。あんたどうしたの?その服」 「伊吹二尉に選んでもらったの」 レイはなれない服に居心地悪そうにしていた。 「ま、いいわ。あがんなさいよ」 無言でアスカの後に続くレイ。 「碇君は?」 シンジがいないことに気がついたレイが聞いた。 「あと30分ぐらいしたら帰って来るわよ」 「そう」 レイはそのままシンジが座る予定の席の隣に腰を下ろした。アスカはレイの行動に幾分むっとしたがヒカリの手伝いへと戻っていった。 「おおっ!普段着の綾波っ!」 ケンスケはレイを撮りまくっていた。無論レイには許可を貰っている。制服姿でないレイは珍しいので高く売れそうだ。 すぐに準備は終わり、あとは主賓のシンジの帰りを待つだけとなった。ケーキもいささか不格好ながらちゃんと出来ていた。アスカはいったん自分の部屋に戻り、日本に来た時のレモンイエローのワンピースに着替えてきた。 「ただいま」 「「「ハッピーバースデー、シンジ!」」」 パンッ!パンッ!パンッ! クラッカーが鳴らされる。シンジは戸惑いながら部屋に入ってきた。ケンスケが三脚にセットしたビデオカメラを回し始める。 「あ、ありがとう」 「さ、シンジ。あんたの席はここよ」 アスカが自分の横の席を示す。シンジの右がレイで左がアスカ、正面がトウジでその隣にケンスケとヒカリが座っている。 「それでは不肖、相田ケンスケ、乾杯の音頭を取らせていただきます!」 そういってケンスケはジュースを持って立ち上がった。みなもそれぞれジュースを手にする。 「碇シンジ君の誕生日を祝して、乾杯!」 「「「乾杯!」」」 「ありがとう、みんな」 シンジが頭を掻きながら照れ笑いを浮かべた。 「さ、さめないうちに食べましょ」 アスカが促す。 「これ、みんな洞木さんが作ったの?」 「ええ。碇君の口に合うといいんだけど。ケーキはアスカが仕上げたのよ」 「アスカが?へぇ、すごいや」 シンジが目を丸くしてアスカを見た。アスカがちょっと赤くなって照れながらも強がる。 「ま、まあね」 ヒカリがケーキを切り分けた。シンジが一口食べる。 「どう?」 アスカが不安な面持ちでシンジに聞く。 「うん、おいしいよ」 にっこりと天使の微笑みをアスカに向ける。アスカはさらに赤くなった。 「あったりまえじゃない。このあたしが仕上げたのよ」 そのころレイは黙々と野菜炒めを食べていた。 宴もたけなわ、みなの腹もふくらんできた頃にケンスケが切り出した。 「それではプレゼントの贈呈を行いたいと思います!」 まずケンスケが例の包みを差し出した。 「ありがとう。開けてもいいかな?」 「ああ」 シンジが包みを開けるとDATのテープが出てきた。ワープロで奇麗にラベルが打ってある。 「すごいや、ケンスケ!こんなのまだ残ってたんだ!」 「探すの苦労したぜ」 「次はわいやな。ほれ、シンジが前から欲しがってたソフトや」 トウジが青い包み紙を差し出す。 「ありがとう、トウジ」 「私からはこれ。エプロンなんだけどよかったら使って」 ヒカリがちょっと大き目の袋を差し出した。 「ありがとう、洞木さん」 「綾波は何もってきたんだ?」 ケンスケがレイに振った。レイはポシェットから市役所の封筒を取り出し、シンジに渡す。 「…………?」 シンジが怪訝な顔でレイを見つめた。 「……私には何もないから」 レイはいつもの表情のままで薄く頬を染めた。シンジはなんとなく嫌な予感がして封筒の中身を取り出した。その紙には『婚姻届』と書いてあった。それを見てしばしシンジが固まる。 「あとは碇君の署名と印鑑があればいいわ」 見ると確かにすべての項目に記入されている。レイの保護者の欄には赤木リツコ、シンジの方はゲンドウになっていた。確かに父の筆跡だった。 父さん、なに考えてるんだよ……。 「……あのね、綾波。日本じゃ男子は18歳未満、女子は16歳未満じゃ結婚できないんだよ」 「そうなの。じゃあ今は記入するだけでいいわ。碇君が18歳になったら提出するから」 レイはじっとシンジを見詰める。 「いや、その、だから……」 シンジがしどろもどろになっているとアスカが肩を叩いた。 「次はあたしね。はい、シンジ」 アスカもレイと同じように市役所の封筒を差し出した。シンジはものすごく嫌な予感がして震える手で封筒から書類を取り出す。 「お、惣流も婚姻届か?」 ケンスケが茶化す。 「名前、違うわよ」 シンジが書類を開いた。とたんに完全に固まる。 「あたしは、碇アスカよ」 それは戸籍謄本の写しだった。シンジの配偶者の欄にアスカの名前のある──。 「プレゼントはあたしよ。もちろん受け取ってくれるわよね?」 にっこり。 実に恐ろしい笑顔だった。 逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、いや逃げなきゃ駄目なのかな?そうだ逃げなきゃ! シンジの頭の中は真っ白になってしまった。精神が現実から逃避する。 「18歳未満は結婚できないんじゃなかったの?」 レイがアスカを睨み付けながら聞いた。 「ところがね、これはちゃんと受理された正式なものなの」 アスカが勝ち誇って宣言する。 「つまりあたしは正式にシンジの妻なわけ。うれしいでしょ、シンジ」 「碇君はがさつなあなたより私を選んでくれるわ。そうでしょ?碇君」 レイとアスカが詰め寄る。がシンジは何も反応しなかった。 「シンジ?」 「碇君?」 シンジは書類を持った状態のまま気絶していた。 シンジは「はっ」と目を覚ました。 「なんだ、夢か……」 寝汗がひどい。シンジは長いため息を吐いた。両手で顔を覆う。と、横で何かがもぞっと動いた。慌てて横を見る。 「わ〜!アスカ!なんで僕のベッドにいるんだよ!?」 アスカが眠そうな顔をしながら起きた。タンクトップにジョギパンといういつもの格好。 「ん〜、おはよう、シンジ」 「何でアスカが僕のベッドにいるんだよ!?」 シンジが重ねて聞く。 「そんなの決まってるじゃない。あたしがシンジの妻だからよ」 そういってアスカは腕を伸ばし机の上から戸籍謄本の写しを取ってシンジに見せた。そこには確かにアスカがシンジの妻として入籍していることが記載されていた。 「幸せにしてよね」 アスカがシンジの首に抱き着く。 「で、でもっ」 「嫌なの?」 アスカは体を少し離し瞳をうるっとさせて上目遣いでシンジを見た。 うっ、可愛い……。 「べ、別に嫌ってわけじゃ……」 「じゃあ一生あたしに尽くしてね」 アスカがまた抱き着く。いつものようにノーブラ。押しつけられる胸の感触にシンジの理性は飛んでしまった。 「う、うん」 赤い顔をしてカクカクとうなずく。こうして二人はめでたく夫婦となった。実際に式を挙げたのは高校を卒業した後であったが。 後日、アスカはチルドレンの超法規特権を使って正式にシンジと入籍していることがわかった。無論アスカがMAGI内の市役所のデータを不正操作したのは言うまでもないが、実に巧妙でその痕跡を見つける事は出来なかった。したがって籍を抜くためには離婚届が必要とのことだった。余談ではあるが、レイはその後しばらくシンジとは口をきいてくれなかった。 おわり |