ぴんぽーん。 呼び鈴の音に碇シンジは立ち上がると、インターホンに出た。 「はい」 『あたしよ、アスカ』 「アスカ!?」 懐かしい声と名前にシンジはあわてて玄関にいくと、鍵を開けるのももどかしく、急いでドアを開ける。ドアの外にはこの5年間求めてやまなかった女性、アスカが立っていた。 「ひさしぶりね、シンっ」 挨拶を最後まで聞かずにシンジは、アスカをきつく抱きしめ激しく唇を奪う。シンジのいきなりの行動に驚いていたアスカも、そのまま身を任せシンジの背中に腕を回した。 「アスカ、会いたかった……」 「しばらく会わない内にずいぶんと強引になったわね」 「ごめん」 「すぐ謝る癖は相変わらずか」 アスカが艶然と微笑んだ。ほとんど化粧をしていないその顔は少し大人びて、美しさに更に磨きがかかっている。 くい、くいっ。 「ママぁ」 小さな女の子がアスカのスカートを引っ張った。アスカと同じように伸ばした髪の毛はシンジと同じ色だが瞳は青で、どことなくレイと似た感じもあるがアスカによく似てとても可愛らしい。アスカとおそろいの色違いのワンピースを着ている。アスカは情熱的な赤で、少女は淡い桜色のワンピースだった。 「アスカ、結婚したんだ」 シンジは泣きそうな顔になっていた。そんなシンジにアスカは苦笑する。 「これからするのよ。マユカ、ご挨拶なさい」 マユカはアスカに背中を押されて前に出ると、スカートをつまんで軽くかがみ、お辞儀をする。 「はじめまして、パパ。惣流マユカです」 ロリコンでないシンジも思わず抱きしめたくなるぐらいの愛らしさだったが、ある単語が引っかかった。 「パ、パパ?」 シンジがアスカを見ると、微笑みながらうなずく。 「あの時の子よ。あんたとあたしの名前から一字ずつとって、それに自由の由で真由香。いい名前でしょ?」 「う、うん。で、でも、ほんとに僕の子なの?」 「そうよ。あたしはあんたしか知らないんだから。嫌なの?」 アスカは少し悲しそうにシンジを見つめた。シンジは慌てて首を振る。 「い、嫌じゃないよ。ただ、ちょっとびっくりして」 「まあいきなりパパって言われたら普通驚くわね」 「パパはマユカのこといらないの?」 アスカのスカートの後ろに半分隠れて不安そうに言うマユカに、シンジはしゃがみこんで目の高さをあわせる。 「そんな事ないよ。はじめまして、マユカちゃん。碇シンジです」 優しく微笑むシンジにマユカは赤くなってアスカの後ろに隠れた。 「こんなところで立ち話もなんだから上がらせてもらうわよ。さ、マユカ。ここがあたし達の新しいお家よ」 「お邪魔しまぁす」 とてて、と玄関に入っていくマユカ。 「違うでしょ。ここはマユカの家なんだから『ただいま』って言わなきゃ」 「はぁい。ただいまぁ」 「ただいま、シンジ」 「お帰り、アスカ」 アスカはシンジの首に腕をまわしキスをかわす。 「ママぁ」 「はいはい。シンジ、それ持って来てね」 シンジはアスカの巨大な赤いスーツケースを持つと、最後の夜のことを思い出しながら家に入るのだった。 中学校卒業式の晩。シンジはいつものようにベッドに横になって音楽を聴いていた。うとうととし始めたころ、そっとふすまが開き、誰かが入ってくる。 「シンジ」 進入者がアスカだと分かると、シンジは寝たふりを決め込む。アスカはシンジの鼻をつまんだ。シンジが口で息をはじめると、顔を近づけ、口で口をふさぐ。 「なにすんだよ!?」 シンジは堪えきれなくなってアスカを押しのけると抗議の声を上げた。 「やっぱり起きてた。ねえシンジ、セックスしてみない?」 「え……?」 いわれたことが理解できなかったシンジは呆然と聞き返した。 「セックスよ、セックス。したこと無いんでしょ?」 「う、うん。じゃなくって、なんだよいきなり?」 「なんだっていいでしょ。男のくせにしたくないの?」 「そりゃしたいけど……。でもそういうことは好きな人とするもんだろ?」 「あたしはあんたでいいっていってんのよ。それともなに? あたしじゃ嫌だっての?」 「そんな事ないけど……」 「じゃ、決まりね」 アスカは立ちあがると部屋の明かりを点けた。 「なんで電気つけるの? 女の子って普通恥ずかしいからつけないって聞いたけど」 「あたしだって恥ずかしいけどね。お互い初めてなんだから暗いとやりづらいでしょ? ……それにあんたの頭の中にあたしのすべてを焼き付けておきたいし。ほら、脱がして」 「う、うん」 シンジは緊張しながらタンクトップに手をかけた。アスカが万歳したので脱がすと、寝る時はブラジャーをしていないので形のいい胸があらわになる。アスカはさっと右手で隠した。 「次」 「う、うん」 ごくっと生唾を飲み込むと、震える手で短パンに手をかける。そしてそっとおろしていった。アスカはさっと左手で股間を隠す。アスカの白い肌は羞恥に全身桜色に染まっていた。 「パンティ、念入りに選んだんだけどな」 「え、あ、ごめん」 シンジは慌ててパンティを戻す。シルクの純白のパンティで、清楚ながらも男心を刺激するデザインだった。 「どう?」 「え、う、うん」 「もう、うんしか言わないんだから。いいわ、脱がせて」 シンジはふたたびパンティを脱がした。 「それ、あんたにあげるわ。今度はあたしが脱がしてあげる」 「い、いいよ。自分で脱ぐよ」 シンジはアスカに背を向けると、急いで服を脱いだ。ブリーフ一枚になって躊躇していると、アスカが急かす。 「ほら、早く脱ぎなさいよ」 意を決すると一気にブリーフをおろし、両手で股間を隠して振り向いた。アスカはそっぽを向いていた。シンジもうつむいてしまう。 「……み、見せるわよ」 そっぽ向きながらアスカはそろそろと隠している手をどけた。羞恥で桜色に染まった木目細やかな白い肌、年齢のわりには大きいがそれでも小ぶりな形のいい乳房、桜色の小さな乳首、細くくびれた腰、うっすらと申し分け程度に毛の生えた股間、その均整の取れた美しい体が何も隠すもの無くシンジの前にさらけ出されている。シンジはいつのまにか股間を隠すことも忘れ、言葉を失ってその美しい裸身に見とれた。 「……な、なんとか言いなさいよ」 「きれいだ……」 「それだけ?」 「言葉でなんか言い表せないよ」 シンジはアスカにそっと近づき、抱きしめようと腕を伸ばす。シンジが触れた瞬間、アスカはビクッと震えた。かまわずシンジはアスカを優しく抱きしめる。アスカはおなかに当たる熱く硬いものに真っ赤になった。 「もっとアスカを知りたい……」 「……いいわ。好きにして」 二人はベッドに横たわると、お互い入念に身体検査をはじめた。特にシンジはアスカの秘部を執拗に調べ、指でアスカがまだ誰も受け入れていないことを確かめたのだった。そして気の済むまでお互いの体を確かめた後、長い口付けをかわしてから二人は一つになったのだった。 翌朝、シンジが目覚めるとアスカはいなかった。夢かと思ったが、シーツにはアスカの破瓜の血の跡が残っていた。机の上にはパンティと一通の置き手紙。 『シンジへ パパがキトクらしいのでドイツにいってきます。 浮気したらコロスからね! あんたの未来の妻、アスカより』 シンジはこの時初めて自分がアスカのことを好きだと分かったのだった。だが、一月後に来た一通の手紙を最後に、ふっつりとアスカの音信は途絶えてしまったのだった。 「ふーん。相変わらず小奇麗にしてるわね。なかなかいい部屋じゃない」 アスカが家の中を見回しながらいう声に、シンジは思い出の中から引き戻された。シンジの家は2LDKのマンションで、ミサトが結婚したので高校に入ってからここにすんでいる。 「今冷たい麦茶をいれるね。適当に座っててよ」 アスカ達をリビングに残してシンジはキッチンに引っ込んだ。冷蔵庫から麦茶を取り出し、グラスを用意する。 「いつ日本に?」 麦茶をグラスに注ぎながらシンジが聞いた。 「今朝よ。空港から真っ直ぐここに来たの。あたしたちお昼まだだからなんか食べさせて」 「なんかって、買い物いかないと何も無いけど」 グラスをガラスの机に並べるシンジ。 「待っててあげるからいってきて」 「わかったよ。何が食べたい?」 「そうねぇ……」 頬に人差し指を当てて考えるアスカ。と、マユカが手をあげた。 「ハンバーグ! パパのハンバーグ、とってもおいしいってママいつも言ってたもん!」 シンジがアスカを見ると、少し頬が赤かった。 「じゃあハンバーグにしようか。ちょっと待ってて。すぐいってくるから」 「いってらっしゃぁい!」 シンジは炊飯器をセットしてから寝室に一旦入るとズボンを穿き替え、買い物袋をもつとマユカの声に送られて近所のスーパーに出かけていった。 「マユカ、探検しようか?」 「うん!」 アスカとマユカは家捜しをはじめた。無論アスカは女の痕跡を探すのが目的だ。 「ここは寝室ね」 六畳ほどの部屋にセミダブルのベッドが一つ置いてある。クローゼットを片っ端から開けていくアスカ。 「ねえママぁ、何でパンツが飾ってあるの?」 「え?」 マユカの指差す方を見ると、額に入ってあの時のパンティが飾ってあった。 こんなもん飾って。まったく馬鹿なんだから。 あきれる反面、うれしくもあった。 「これはね、ママがパパの奥さんになったときにはいていたパンツなのよ」 「ふーん。パパはママのこと、愛してるんだね」 「たぶんね」 マユカは怪訝な顔をしたがアスカはかまわず家捜しの続きをはじめた。 「マユカ、いくわよ」 「はぁい」 寝室を元どおりにすると次の部屋を捜索する。やはり六畳弱の部屋で、本棚と机にパソコンが載っていた。本棚の本という本を引き出して調べる。 「マユカ、ほらアルバムがあったわよ。見る?」 「うん、見る!」 マユカにアルバムを渡すとアスカは今度は机を調べ始めた。パソコンをつけてメールのチェックをする。いくつか女からと思われるメールがあった。中にはデートの確認らしいものもあった。 シンジぃ、浮気したわねぇ! メールのチェックを終えると、パソコンの電源を落とし机の引き出しを調べ始める。ある引き出しをあけると、宝石箱が入っていた。箱を開けてみるとダイヤの指輪が入っていた。 あ、指輪の裏になんか彫ってある。 よく見るとそこには「ASUKA」と彫ってあった。アスカはそれを見たとき、うれしくて涙が溢れ出した。 「ママ、どうしたの?」 心配そうに顔を覗き込む娘をアスカはきつく抱きしめた。 「ママぁ、苦しい」 「ごめんね、マユカ。ママうれしくて」 「ただいま」 「パパだ! お帰りなさぁい」 とてててて、とマユカが玄関に走っていく。アスカはハンカチで涙を拭いた。 「何してるの?」 部屋の入り口でシンジが聞く。 「あんたが裏切ってないか調べてたの」 アスカはシンジに背を向けたまま答えた。 「ごめん。でも僕が愛してるのは」 「そのことは後でゆっくり聞かせてもらうわ。それよりこれは何?」 ふりかえって宝石箱を見せる。シンジは頭を掻きながら答えた。 「それは、その……。18になったときに作ったんだ。プロポーズするために」 「今でも気が変わってない?」 「もちろんだよ」 「じゃ、はい」 アスカが宝石箱を差し出す。マユカは瞳を輝かせて成り行きを見守っている。 「い、今?」 「そうよ。今でも気が変わってないんでしょ?」 シンジはため息ひとつつくと宝石箱を受け取った。アスカの前に正座すると居住まいを正す。アスカも椅子から降りて床に正座する。 「アスカ」 「はい」 シンジは深呼吸して続ける。 「僕の妻になってくれませんか?」 「……仕方が無い。なってやるか」 そういうアスカの顔は嬉しさでくずれまくっている。 「なんだよそれ。別に無理になってくれなくてもいいよ」 アスカの言い方に少しむっと来たシンジ。それでもやはり顔は嬉しさで崩れている。 「ほんとに?」 「……嘘です。無理にでもなって欲しい」 「正直でよろしい」 アスカはシンジに抱き着いて口付けた。そして耳元でささやく。 「今晩は寝かさないんだから」 シンジも赤くなりながらささやき返す。 「望むところだよ」 抱き合う二人に可愛い声が割込んで来た。 「ママぁ、パパぁ、マユカおなか空いたぁ」 「ごめんごめん。すぐご飯にするね」 立ち上がろうとするシンジをアスカが引き止める。 「シンジ、指輪」 「あ、うん」 箱から指輪を出してアスカの左手を取り、薬指にはめる。 「ちょっと小さいわね」 「ごめん。サイズが分からなかったからミサトさんの指にあわせたんだ」 アスカは今ではミサトより10cmほど背が高い。シンジは更に10cmほど高かった。 「パパぁ」 「はいはい。ちょっと待ってて」 シンジはぱたぱたと部屋を出ていった。アスカはうっとりと左手を見ている。 「よかったね、ママ」 「マユカぁ」 アスカはマユカを抱き上げるとくるくると回る。 「ママぁ、目が回っちゃうよ」 「んふふ、マユカぁ」 まわるのを止めてマユカに頬擦りをするアスカ。うれしくて仕方が無いようだ。 「マユカ、あなたは今日から『碇マユカ』よ。そしてママは『碇アスカ』」 「うん」 アスカはマユカを放すと目線を合わせ頭をなでながら、 「いい子ね。間違えちゃ駄目よ」 「分かってるよ、ママ」 真剣な面持ちでうなずくマユカ。そんなマユカにアスカは思わず抱きしめる。 「ん〜、マユカ可愛いっ! 大好きっ!」 「マユカもママ大好き!」 「パパは?」 「パパも大好き!」 そのあとシンジが呼びに来るまでずっと母娘はじゃれあっていたのだった。 昼食が済むと軽く昼寝をした後、親子揃って外出した。まず大使館によって結婚に必要な書類を作ってもらう。アスカはアメリカ国籍なのでアメリカの婚姻要件具備証明書が必要だった。次に市役所によって戸籍謄本と婚姻届の用紙をもらった。 そのあとはショッピング。布団が無かったので一揃いと、その他必要な生活雑貨を買った。宝石店によって指輪のサイズ直しと結婚指輪の注文も済ませた。 マユカは特にわがままも言わずいい子なのだが、何にでも興味を持って鉄砲弾のようにどこかにいってしまう。シンジは心配で仕方が無かったが、アスカは慣れたもので悠然と構えていた。 「迷子にならないかな?」 「大丈夫よ。あの子は頭のいい子だから」 「でも」 「相変わらず心配性ね。そんなに心配ならついていけばいいじゃない」 「……そうするよ」 シンジは走り回るマユカの後をついてまわるのだった。 帰りにコンフォートマンションに寄った。加持夫妻に結婚の報告と証人になってもらうためだ。ミサトは出産が近いので仕事を休んでいた。 「アスカ! まあずいぶん大きくなって! もう全然連絡つかないから心配したわよ! 元気だった? あら、この子は?」 「あたし達の子よ」 「あんた達の子供って、いつ作ったのよ? シンジ君、本当?」 「はい」 しばし呆然とするミサト。この子はどう見ても4歳ぐらいに見える。ということは中学生のときに……。 まったく保護者失格ね。 ミサトはしゃがみこむとマユカに話し掛けた。 「お嬢ちゃん、お名前は?」 「碇マユカ」 「お姉ちゃんはね、加持ミサトよ。よろしくね」 「おばちゃんが大酒のみで家事がまったく出来ないミサトさん?」 マユカの無邪気な言葉にミサトの笑顔が引きつった。 「ア〜ス〜カ〜! 子供に変なこと吹き込まないでよ!」 「なによ。ほんとのことじゃない。ね、シンジ」 「はは、どうかな?」 「まったくもう。ま、とにかく上がって上がって」 リビングに通されると、3歳ぐらいの男の子がテレビを見ていた。 「あ、シン兄ちゃん!」 シンジに気付くととてててて、と駆け寄ってくる。シンジは男の子を抱き上げた。 「こんばんは、シンジ君」 「ミサトの子供? シンジっていうの?」 「そうよ。可愛いでしょ」 「もうちょっと他の名前はなかったの?」 「いいじゃない。あたしにとってあなたたちは大切な家族だったんだから。次の子供にはアスカってつけるつもりよ」 「女の子なんですか?」 男の子をおろしながらシンジが聞いた。 「ええ」 男の子はアスカ達に気付いてミサトのスカートの後ろに隠れた。どうやら人見知りするらしい。 「はじめまして。碇マユカです」 マユカが挨拶しても男の子はもじもじしている。 「ほら、ご挨拶は?」 ミサトに促されてスカートの後ろから出て来た。 「僕、加持シンジ……」 それだけ言うとふたたびスカートの後ろに隠れてしまった。 「この子、ちょっち人見知りするのよ」 ちょっと困った様子で笑いながらミサト。 リビングに腰を落ち着けるとミサトが切り出した。 「それでアスカ、どうして今まで連絡してくれなかったの? ドイツ支部に問い合わせても連絡先は教えてくれないし、シンジ君なんか何度もドイツまで探しにいったのよ」 「パパのせいよ。シンジには手紙で知らせたけど、パパはガンで手後れ寸前だったの。それでドイツにいったんだけど、ネルフの定期検診であたしがシンジの子供を妊娠していることがパパにわかっちゃってさ。もうかんかん。MAGIを使ってあたしとシンジが連絡取れないようにしたのよ」 「それで?」 ミサトが先を促す。 「あたしはそんなこと知らないから相談したくて電話したんだけどいっつも繋がらなくてさ、手紙も書いたんだけどシンジからは返事はこないし。他に恋人が出来たにせよシンジなら必ず返事をくれるはずだと思ってたからおかしいとは思ってたのよね。だからあたしはシンジを信じて産むことにしたの。パパは猛反対したけど入院してて動けなかったしね。最近になってやっとシンジと連絡取れないのがパパのせいだと分かって大喧嘩して家を飛び出してきちゃった。ちょうど碇司令がドイツ支部の視察に来てたから直談判して本部に移籍させてもらって、ついでに専用機に一緒に乗せてもらって今朝ついたってわけ。碇司令ったらマユカを抱いてね、そりゃもう顔が緩みっぱなしだったんだから。あんた達にも見せてやりたかったわね」 シンジとミサトは顔を見合わせた。 「あの父さんが?」 「信じられないわね」 「本当よ。マユカも『おじいちゃん、おじいちゃん』ってなついてたわ」 マユカは男の子とTVゲームをしている。 「ふーん。ところで今日は夕飯食べてくでしょ?」 「あ、いえ、今日は僕が作るって約束してますので」 「そうそう、マユカもシンジの料理を楽しみにしてるしね」 話を合わせるシンジとアスカ。ミサトの料理の腕は相変わらずだった。 「そう? 久しぶりに腕を振るおうと思ったのに」 「また今度ご馳走してください。それより今日来たのは仲人をお願いしようと思いまして」 「仲人? いいわよ。それで式はいつやるの?」 「6月にやりたいわね」 「6月ってアスカ、あと三ヶ月じゃない。式場の予約は半年前が基本よ」 「ネルフの施設で何とかならない?」 「空いてはいるけどね。でも国賓クラスじゃないと使用許可は下りないんじゃないかしら」 「掛け合ってみてよ」 「わかったわ」 「それでこれもお願いします」 シンジはかばんから婚姻届を出した。 「うちの宿六、出張で帰りは明日の朝なのよ。明日でいい?」 「かまいません。それじゃ、明日の夜取りに伺います」 「シンジ、そろそろ」 「うん。それじゃ僕たちこれでお暇します」 シンジとアスカは席を立った。 「マユカ、帰るわよ」 「はぁい。シンちゃん、バイバイ」 玄関まで見送るミサトと男の子。男の子は相変わらずミサトのスカートに隠れている。 「そうだアスカ、あんたの部屋まだそのままにしてあるわよ。荷物、どうする?」 「うーん、近い内に引き取りに来るわ。思い出もあるし、悪いけどそれまでそのままにしといて」 「それじゃ、お邪魔しました」 シンジたち親子はやっと家路についたのだった。 「やっと寝たわ。憧れの父親にあって少し興奮してたみたい」 アスカがマユカを寝かしつけて寝室から出て来た。シンジはアスカとマユカにベッドを使わせ、自分はリビングで布団を敷いていた。今日買って来たそろいのシルクのパジャマはシンジが青でアスカがピンク。 「そ、そう」 アスカはシンジの隣に腰を下ろすとシンジの赤くなったほっぺたを指で突っつく。 「なに緊張してんのよ」 「だ、だってさ」 「だってなによ?」 「だってこれって初夜みたいなもんだろ?」 いわれてアスカの頬にも朱がさす。 「ま、まあ、そうかもね。それじゃ……」 アスカはシンジの前に正座をして三つ指を突いた。 「不束者ですが、末永くよろしくお願いします」 シンジも慌てて正座する。 「こ、こちらこそよろしくお願いします」 しばし見詰め合う二人。どちらとも無く笑い出す。 「ぷっ、ははは……」 「うふふ……」 ひとしきり笑った後、シンジはアスカを抱き寄せ、口付けた。 「優しくしてね。あの時みたいに乱暴なのは嫌よ」 「わかったよ」 薄明かりの下、二人の影がそっと重なった。 空が少し白んで来たころ。シンジとアスカは寄り添って横になっていた。 「セックスってこんなに気持ちいいもんだったのね」 「あの時はよくなかったの?」 「あん時はあんたと一つになれた満足感みたいなものはあったけど、快感よりも痛みの方が大きかったわね」 「ごめん。僕はあの時自分の欲望を満たすことしか考えてなかった」 「反省してる?」 「うん」 「じゃ、もう一回」 「え〜、もう勘弁してよ」 「何いってんのよ。寝かさないっていったでしょ。あたしはあんたに操を立てて五年ぶりなんだからね」 「僕だってそうだけど、もう腰が動かないよ」 「だらしないわね。じゃあ今度はあたしが上になるわ」 こうして二人は結局徹夜したのだった。 マユカが目覚めると、隣に母親はいなかった。 「ママぁ?」 ベッドの上に起き上がると目をこすって周りを見回す。時計を見るともうお昼近かった。 マユカはベッドから降りると、カーテンを開けた。 シャーッ。 「いいお天気!」 伸びをするととてててて、と部屋を飛び出す。トイレを済ませると顔を洗って歯を磨く。 彼女の両親はリビングで折り重なって寝ていた。 「パパぁ、ママぁ、起きて。マユカおなか空いたよぅ」 ゆさゆさ。 「ん、うぅん……」 「パパ、起きて!」 「マユカちゃん。……ア、アスカ! 起きてよ!」 繋がったままな事に気付いて焦るシンジ。朝の生理現象とあいまって股間のモノはむくむくと大きくなった。 「う〜ん、シンジぃ、もう一回……」 「アスカ! ごめんよ、マユカちゃん。ちょっと部屋にいっててくれないかな」 「どうして? マユカおなか空いたの」 「パパ、ちょっと恥ずかしい状態なんだ。頼むから部屋にいっててよ。すぐご飯にするから」 「うん」 マユカはとことこと寝室の前までいくと振り返る。 「マユカもパパと一緒に寝たかったなぁ」 「じゃ、じゃあこんばん一緒に寝ようか」 「約束だよ!」 マユカは寝室に入り扉を閉めた。 「アスカ! アスカ! しょうがないなぁ」 シンジはアスカの中から抜くと、アスカをゆっくりと自分の上からどかせて横たえた。タオルケットをかけて寝かせておく。自分は裸のまま風呂場にいってシャワーを浴びた。 シャワーを浴び終わると腰にタオルを巻いて着替えを取りに寝室にいく。 「あ、パパぁ」 「さっきはごめんね」 「ううん。ママは?」 「まだ寝てるよ」 「起こしてくる!」 とてててて、と部屋を出ていくマユカ。シンジは起こさなくていいといおうとしたが間に合わなかった。 シンジが服を着て部屋を出ると、アスカはまだ寝ていた。 「ママぁ、ママぁ」 マユカがゆすっても幸せそうな顔で眠っている。 「もう少し寝かせておいてあげて。昨日は徹夜だったから」 「はぁい」 「チーズトーストとスクランブルエッグでいいかな?」 「うん」 シンジはパンにチーズを乗せてトースターにセットすると、スクランブルエッグを作り始めた。 「はい、お待たせ」 「いただきまぁす」 遅い朝食を食べ始めるシンジとマユカ。 「ねえ、パパぁ」 「なんだい?」 「マユカもママみたいに呼んで欲しいな」 「ママみたいって?」 「『マユカちゃん』じゃなくって『マユカ』って呼んで欲しいの」 「わかったよ」 「じゃあ呼んでみて」 小首をかしげて可愛らしくお願いするマユカ。 「それじゃ、マユカ」 「えへへ」 マユカは少し照れて嬉しそうに笑った。 「ごちそうさまぁ」 食べ終わるとマユカは食器を流しに下げた。 「シンジぃ」 シンジが洗い物をしているとアスカがちょっと甘えた調子で呼んだ。手を拭いてからリビングにいくとアスカはまだ布団に横になっていた。 「なに?」 布団の横に膝をついて聞く。 「おはようのキス」 「あ〜、マユカも、マユカも!」 アスカはシンジの首に腕を絡ませた。 「こ、子供の前だよ?」 「ん〜」 アスカはかまわず唇を前に突き出す。シンジは仕方なく軽くキスした。アスカは軽いキスに少し不満そうだったが、子供の前ということで我慢したようだ。 「パパぁ、マユカもぉ」 母親と同じように唇を突き出す娘に、シンジは頬に優しくキスした。 「マユカもママみたいにして!」 「駄目よ、マユカ。パパはママのものなんだから」 「ぶぅ! ママずるぅい!」 膨れる娘にシンジは優しく微笑んで頭をなでてやった。 「大人になって好きな人が出来たらその人にしてもらいな」 「マユカパパ大好きだよ?」 「パパもマユカのこと大好きだけど、ママ以外の人とキスするとママが怒るんだ。ごめんね」 「ママ怒ると恐いもんね。仕方ないから許してあげる」 「シャワー浴びてくるわ」 アスカはタオルケットを胸元で押さえて体を起こした。しみひとつない白く美しい背中にシンジはどぎまぎする。 「おっと」 何やら慌ててティッシュを取ると、アスカはタオルケットの中でごそごそとやった。 「どうしたの?」 シンジが不思議そうに聞くと、アスカは赤い顔をしてシンジの耳を引っ張り、ささやく。 「あんたのがあふれて来たのよ」 赤くなるシンジ。そんな両親をマユカは不思議そうに見比べていた。 昼間の間に一緒に遊んですっかり打ち解けたシンジとマユカは、夕方コンフォートマンションへとやって来た。マユカを肩車したままシンジは呼び鈴を押す。 ぴんぽーん。 『はーい』 「シンジです」 『はいはい。ちょっち待って』 しばらくするとドアが開いた。 「いらっしゃい。こんばんは、マユカちゃん。パパに肩車してもらっていいわねぇ」 「こんばんは、おばちゃん」 「加持さんは?」 マユカをおろしながらシンジが聞いた。 「さっき買い物に出かけたとこ。書類の方は出来てるわよ。アスカは?」 「家です。多分今ごろは夕飯の準備をしてるはずです」 「あらそう。残念ねぇ。今日こそあたしの手料理をご馳走しようと思ったのに」 ミサトは心底残念そうにいった。 「とりあえず上がって上がって」 「いえ、今日はここで」 「そう? じゃあちょっち待ってて」 ミサトは一旦奥に引っ込むと婚姻届を持って戻って来た。 「はいこれ。いつ提出するつもり?」 「明日にでも出すつもりです」 「二人とも、と、今は三人か、幸せになってね」 「はい。ありがとうございました。それじゃ、失礼します」 シンジはミサトに頭を下げた。 「バイバイ、おばちゃん」 「さようなら、マユカちゃん」 手を振るマユカにミサトも笑顔で答えた。 机の上にはビーフシチューがおいしそうな湯気を立てて並んでいた。 「どう? あたしが本気になればざっとこんなもんよ」 「へぇ、すごいや」 シンジは目を丸くした。 「さあ召し上がれ」 「いただきまぁす」 「いただきます」 アスカはじっとシンジが食べるのを見ている。 「どう?」 不安そうに聞くアスカに、シンジはにっこりと笑顔を返した。 「うん、おいしいよ」 「ま、このあたしが作ったんだから当然よね」 アスカはほっとして料理を食べ始めた。まだまだシンジにはかなわないものの、自分でもまずまずの出来だった。 「ママがおいしく作れるのってこれだけなんだよね」 「こらっ、マユカ! 余計なこといわないの!」 「ごめんなさぁい」 ぺろっと可愛く舌を出すマユカ。 「ははは、ママはね、昔っから料理が苦手だったんだよ。中学生のときに一緒にお菓子を作ろうとしたことがあったんだけど……」 「シンジ! もう、昔のことはいいじゃない! それよりお代わりは?」 アスカは赤くなってシンジの昔話を遮った。 「もらうよ」 「マユカも!」 「まだまだあるからどんどん食べてね」 二人の食欲にアスカは嬉しそうに二人の皿にビーフシチューを盛るのだった。 夕食が終わると次はお風呂。シンジべったりになっているマユカはシンジと一緒に入った。 「ふーん」 「な、なに?」 マユカに股間をじっと見詰められて思わず隠すシンジ。 「マユカ、おちんちんはじめてみたの。パパぁ、もっと見せてよぅ」 「女の子がこういうところをじろじろ見ちゃ駄目だよ。さ、肩まで浸かって」 「ぶぅ。パパのけちぃ」 膨れてみせるマユカにシンジは思わず微笑む。 「百まで数えるんだよ」 マユカがお湯に浸かっている間にシンジは髪を洗う。 「いーち、にーい、さーん、……」 髪を洗い終えたシンジはマユカを膝に乗せて湯に浸かった。 「……、きゅうじゅきゅっ、ひゃーくっ」 マユカが百まで数え終わると二人とも湯から上がり、シンジはマユカの髪と体を洗ってやった。 「パパ、お背中流してあげる」 マユカはスポンジに石鹸をつけるとシンジの背中を洗い始めた。 「パパのお背中、ひろぉい」 んしょ、んしょと一生懸命スポンジを動かすマユカ。 なんか、いいなぁ。 娘に背中を流されてシンジは幸せを感じていた。 何時まで一緒に入れるかなぁ? 中学に入ったらもう一緒には入ってくれないだろうなぁ。 シンジはそんなことを考えていた。余談ではあるが、マユカは立派なファザコン娘に成長し、年頃になってもまだシンジと一緒にお風呂に入る事があった。それでいてお風呂以外では恥じらうので乙女心は複雑である。 「パパ、終わったよ」 「ありがとう、マユカ。それじゃ、肩まで浸かって百数えたら上がっていいよ」 「はぁい。いーち、にーい、さーん、……」 体を洗うシンジ。終わるとまたマユカを膝に乗せ、湯に浸かる。 「……、きゅうじゅきゅっ、ひゃーくっ」 ざぶっとお湯から上がるマユカ。そのまま椅子に腰掛け、シンジを見ている。 「どうしたの? 早く体拭かないと風邪引くよ」 「パパと一緒に出る」 「しょうがないなぁ」 シンジはもうちょっと浸かっていたい気もしたが、湯から上がりマユカと一緒に風呂場を出た。自分は腰にタオルを巻き、マユカを拭いてやる。パジャマは自分で着れるようなので、マユカがパジャマを着ている間に自分も体を拭いてパジャマを着た。 「アスカ、お風呂どうぞ」 「ん。マユカの髪、乾かしてブラシ当ててやって」 リビングでごろごろとテレビを見ていたアスカは着替えを持つと風呂場へと消えた。シンジはドライヤーでマユカの髪を乾かし、念入りにブラシを通してやる。気持ちいいのか、マユカはうつらうつらし始めた。 「もう寝ようか」 「うん」 シンジはマユカをベッドに寝かせてやる。 「パパもぉ」 「はいはい」 シンジはマユカの隣に横たわった。しばらくするとマユカは規則正しい寝息を立て始める。マユカはシンジの腕を枕にして、シンジのパジャマを握り締めて寝入っていた。 「可愛いな……」 マユカの寝顔を見つめながらシンジはつぶやいた。まだ自分の娘だという実感は湧かないが、それでもいとおしく思う。 しばらくすると風呂から上がったアスカが顔を覗かせた。 「シンジ」 「なに?」 「しよ」 アスカのストレートな物言いに赤くなるシンジ。 「え、えーと、その……」 「なによ、したくないの?」 「そうじゃなくて、ほら」 シンジはマユカを指差した。 「大丈夫よ。この娘、一度寝たら朝まで絶対起きないから」 「でも約束だし」 シンジが困った顔をしているとアスカはベッドの横までやって来た。 「終わったら戻ってくればいいでしょ」 そういうとアスカはそっとマユカの頭を持ち上げ、シンジの腕を抜いて代わりに枕を入れた。 「パパぁ……」 握り締められていたパジャマを抜くとマユカが寝言を言った。 「ごめんね」 シンジは優しくマユカの頭をなでると、そっとベッドを抜け出したのだった。 一戦交えた後、落ち着くのを待ってシンジは口を開いた。 「マユカってさ、もしかして頭いいのかな?」 「いいわよ。あの娘、もう小学校卒業程度の知識は持ってるし、日本語のほかにドイツ語と英語も使いこなすもの。どうして?」 「お風呂でさ、何の気無しに百まで数えさせたんだけど、よくよく考えたらマユカってまだ4歳なんだよね。すごいのかなって思って」 「あの娘は多分あたしより優秀よ。あたしは一番になりたくて、早く大人になりたくてがんばったけど、あの娘は勉強が好きで楽しくて仕方が無いみたいだから」 「そうなんだ。学校とかどうするの?」 「ドイツにいたころはネルフの英才教育プログラムを受けさせてたんだけど。それとは別に普通の学校にも通わせて友達を作らせてやりたいわね」 「アスカもお母さんなんだね。ちゃんと考えてるんだ」 「あったりまえでしょ。……ね、シンジ、もう一回」 「はいはい」 シンジはアスカの求めに応じて再び体を重ねるのだった。 再会から数日たった4月のある日の事。 「それじゃいってくるわね。マユカ、パパをちゃんと見張ってるのよ」 「うん、まかして。いってらっしゃい、ママ」 「いってらっしゃい」 アスカはシンジとキスをすると、さっそうと出かけていった。今日からネルフで仕事なのだ。 シンジはアスカを見送ると洗濯と掃除をはじめる。マユカはパソコンに向かってお勉強。最近は数学がお気に入りだ。 「マユカ、おやつだよ」 「はぁい」 10時になると一休みして、マユカの相手をする。マユカはドイツでのこと、最近出来た友達のこと、近所の猫のことなど、いろんな事をシンジに話す。シンジもちゃんとまじめに相手をしてやっていた。マユカの疑問にも、分からないことでも分からないで済まさずにちゃんと調べて答えてやった。 マユカは誉めながら頭をなでてやると「えへへ」といいながら照れるのだ。その様子がシンジは可愛くて可愛くて仕方が無く、すっかり親馬鹿になってことある毎に頭をなでてやっていた。 「ねぇ、パパぁ」 「うん?」 「マユカお昼食べたらキミエちゃんちで遊ぶ約束してるの。パパ、一人でも大丈夫?」 マユカは心配そうにシンジの顔を覗き込む。そんな娘にシンジは優しく微笑み頭をなでてやった。 「大丈夫だよ。暗くならない内に帰ってくるんだよ。心配するからね」 「うん!」 ぴんぽーん。 呼び鈴が鳴ったのでシンジは立ち上がってインターホンに出る。 「はい」 『篠原です』 「篠原さん? ちょっとまって」 「だぁれ?」 「パパのお友達だよ」 シンジはマユカの頭をなでると玄関に向かった。玄関を開けると白いブラウスに若草色のスカートをはいた、日本人形のような女性が立っていた。篠原サユリ。黒い髪をセミロングにした縁無しの眼鏡をかけた純和風の美人で、アスカよりも少し背が低くてスタイルも細身だった。高校一年のとき同じクラスになっていらいの付き合いで、シンジに気があるのだがシンジはまったく気付いていない。 「シンジ君、久しぶり」 「うん。今日はなに?」 「またお昼作ってあげようと思って」 サユリはスーパーの袋を上げてみせる。 「そんな、悪いよ」 「いいからいいから」 サユリは強引に家に上がり込んだ。シンジはサユリのこういう押しの強いところが苦手だった。 「あら、可愛い娘ね。シンジ君の親戚?」 マユカのそばにしゃがみこむサユリ。 「いや、その……」 「こんにちは、おばちゃん」 「おば……。せめてお姉さんって言ってくれないかな。お嬢ちゃん、お名前は?」 「碇マユカ」 「マユカちゃんか。お姉さんはね、篠原サユリっていうの。よろしくね」 サユリはマユカの頭をなでた。 「よろしく、お姉ちゃん」 「お姉さんがおいしい料理を作ってあげるからね。ちょっと待っててね」 「いいってば、篠原さん」 「遠慮しないで。私とシンジ君の仲じゃない」 どういう仲なんだよ、とシンジは声に出さずに突っ込んだ。サユリは持って来たエプロンを着けると早速料理に取り掛かる。料理教室に通っているのでなかなかの手際だった。 「麻婆豆腐?」 「うん。こないだ習ったんだ」 程なくして料理が出来上がった。 「さあどうぞ」 「いただきまぁす」 「いただきます」 食べ始めるシンジとマユカ。 「どうかな? マユカちゃんにはちょっと辛かったかな?」 「うん。ちょっと辛い。でもおいしい。お姉ちゃんお料理上手なんだね。パパもお料理上手なんだよ。ね、パパ」 「はは……」 マユカにいわれててれるシンジ。 「パパって……、シンジ君パパって呼ばせてるの?」 サユリにはシンジにこんな大きな娘がいるとは思えなかったらしい。 「いや、ほんとに僕の子なんだ」 衝撃を受けるサユリ。 「だってマユカちゃんてどう見ても4歳か5歳……」 「マユカ4歳だよ」 「シンジ君、結婚したの?」 「うん、実は」 「連れ子なの?」 「いや、僕の実子だよ」 「いつ結婚したの?」 「先月末だよ。そうだ、6月に式を挙げるんだけど篠原さんも出てくれるよね。招待状送るよ」 「こないだ会った時はそんなこと一言も言ってなかったじゃない……」 かすかに震えるサユリの声。だがシンジはそんなサユリの変化に気付かない。 「急に決まったもんだから」 「相手はもしかしていつも言ってた『瞼の君』?」 「そうなんだ」 「そ、そう。おめでとう、シンジ君」 サユリの目から知らず涙が零れ出た。 「お姉ちゃん、どうしたの? 泣いてるの?」 「め、目にごみが入っちゃって。洗面所借りるね」 洗面所に逃げ出したサユリ。鏡を見ながらポツリとつぶやいた。 「馬鹿みたい……」 初めて会ったときはちょっとかっこいいかなぐらいにしか思わなかった。でもクラスメートとして接しているうちにその優しさと他の男には無いなにかに惹かれ始め、気付いたときには好きになっていた。持ち前の行動力で何とか一番親しい女友達にまではなれたけど、そこから一歩踏み出す勇気が出せなかった。 眼鏡を外すとざぶざぶと顔を洗う。タオルで顔を拭くと両手で顔をたたき、自分を奮い立たせてから眼鏡をかけた。 よし。目は少し赤いけど大丈夫。 サユリは口紅を塗り直すと洗面所を出た。 「お姉ちゃん、大丈夫?」 「ええ、もう大丈夫よ」 心配そうに聞くマユカにサユリは笑顔で答えることが出来た。席につくと昼食の続きを食べ始める。 「ごちそうさまぁ」 「ごちそうさま」 「お粗末様でした」 「マユカ、キミエちゃんちにいってくるね」 「いってらっしゃい」 マユカは一人で出かけていった。キミエちゃんの家は同じマンションの二階上なので一人でも大丈夫だろう。 「……私ね、失恋したんだ」 シンジが洗い物をしてるとぽつりとサユリが言った。 「そ、そうなんだ。篠原さんみたいないい女を振るなんて、その男も見る目無いね」 シンジの下手な慰めにサユリは寂しげな笑みを浮かべると続けた。 「5年も付き合ってさ、一人暮らししてたからまめにご飯とか作ってあげてたのにいつのまにか結婚しててその上子供までいるのよ。ひどいと思わない?」 「お、思うよ」 「そりゃあね、他に好きな人がいることは知ってたし私も告白しなかったけどさ、普通5年も付き合えば察してもいいもんじゃない?」 「そ、そうだね」 「キスを求めてもぜんぜん気付かないし、それどころか二人っきりになっても指一本触れないんだから。女として自信なくしちゃうわ」 「それは他に好きな人がいたからじゃないかな」 「いーえ、鈍いのよ。今だってぜんっぜん気付いてないんだから」 「え……?」 「私はシンジ君が好きなの! 気付いてなかったでしょ? あ〜あ、いつか『瞼の君』の事を忘れて私に振り向いてくれると思ってたのになぁ」 「……ごめん」 いつのまにかサユリはシンジの後ろに立ち、シンジをそっと抱きしめた。 「ね、シンジ君。お願いがあるの」 「……なに?」 「私を……抱いて」 シンジは水道を止めると手を拭いて振り返り、サユリを抱きしめる。 「……これでいい?」 「……ほんとに鈍いんだから。違うわ。私の処女を貰って欲しいの」 「それは……できないよ」 「絶対に誰にもいわないからお願い。たとえ子供が出来たって認知してくれなんて言わない。後腐れ無しの一回きりだから……私を抱いて」 「僕はアスカを、妻を裏切れないよ」 「黙っていれば分からないわ」 「でも自分は誤魔化せないじゃないか。そんなことしたら僕はきっとアスカの顔をまともに見れなくなる」 「まじめなんだから。シンジ君のそういうところ、好きだけどこういう時は悲しい」 「ごめん」 サユリはシンジから離れると、泣き笑いの顔を見せた。 「もう帰るね。これからも友達でいてくれる?」 「うん」 玄関まで送るとサユリは靴を履いてから振り返った。 「新婚さんに浮気をすすめても無理な話よね。他の女が抱きたくなったら私を呼んで。シンジ君のために処女、取っておくから。さよなら。今度奥さん紹介してね」 「うん」 サユリが帰った後、シンジはほっとため息をついた。口ではかっこいい事を言っていても、理性が危うく誘惑に負けるところだった。シンジだって男だからアスカ以外の女性にも興味あるし抱いても見たい。アスカ以外の女性を知らないからなお更だ。でも浮気をしたら絶対にアスカにばれる。そのことにシンジは確信を持っている。シンジが嘘をつけないというのもあるが、こういう事に対するアスカの勘はすさまじく鋭いからだ。 案の定、その晩の事。 「ただいま〜」 「おかえりなさぁい」 「おかえり」 アスカはシンジとキスをかわした後怪訝な顔をした。 「……女の匂い」 じろりとシンジをにらみつける。サユリは香水などつけてなかったはずなのになぜ分かるんだろうとシンジは感心しながら冷や汗を流した。 「あのね、パパのお友達のお姉ちゃんがね、お昼に来てね、ご飯作ってくれたんだよ」 「それで?」 「マユカご飯の後、キミエちゃんちにいったからわかんない。……ママぁ、なに怒ってるの?」 「マユカ、ママちょーっとパパとお話があるから」 アスカはシンジの耳をつかむと寝室へと引っ張っていく。 「いたいよ、アスカ!」 寝室の扉を閉めるとシンジを正座させ、アスカは腰に手を当て仁王立ちした。 「で!?」 「ただの友達だよ。篠原サユリさんていってね、高校のときのクラスメートなんだけど、僕が一人暮らしをしてるからって時々ご飯を作りに来てくれてたんだ。今日もお昼を作りに来てくれただけだよ」 「本当でしょうね!?」 アスカがシンジの目を覗き込む。 「本当だよ」 シンジはアスカから目をそらすことなく答えた。 「……いいわ。信じてあげる」 ほっとため息をつくシンジ。 「ただし! 今度からそういうのは断りなさい。あんたの気を惹こうって下心があるんだから」 「う、うん。今度から気をつけるよ」 まったく、自分がどんだけいい男か自覚が無いんだから。 アスカはため息をついた。 「夕飯は? あたしおなかぺこぺこ」 「出来てるよ」 寝室の扉を開けるとマユカが飛びのいた。 「こら、マユカ! 盗み聞きなんてはしたない!」 「ごめんなさぁい」 ぺろっと可愛く舌を出すマユカ。 「さあさあ、ご飯にするよ。席について」 「はぁい」 そして親子三人楽しい夕食となったのだった。 2022年6月5日大安吉日。シンジとアスカの華燭の典が盛大に執り行われた。世界を救ったチルドレン二人の結婚式という事で非公式ながら各国首相なども参列した。下手な芸能人の結婚よりも話題性に富んだこの式はしかし、本人達の希望によりネルフによる厳重な報道管制が敷かれたのだった。 ウエディングドレス姿のアスカには男性陣ばかりでなく女性陣からもため息が漏れた。特にプラチナが織り込まれたという特製のウエディングドレスは、アスカの美貌とあいまってシンプルなデザインながらすべての参列者を魅了したのだった。 シンジもまた、アスカの美貌に負けることなく凛々しかった。その整った凛とした表情は、アスカの夫にふさわしいと誰もが納得させられるものだった。 「汝、碇シンジ。そなたは病めるときも健やかなる時もこの者を愛しつづける事を誓いますか?」 「誓います」 凛とした声が静まり返ったホールに響く。 「汝、アスカ・惣流・ラングレー。そなたは病めるときも健やかなる時もこの者を愛しつづける事を誓いますか?」 「誓います」 「では指輪の交換の後、誓いの口付けを」 指輪を交換した後、シンジはアスカのヴェールを持ち上げると顔を近づけ、ささやいた。 「アスカ、愛してるよ」 「あたしもよ」 シンジはそっとアスカに口付ける。 二人が離れたとき、割れんばかりの祝福の拍手が巻き起こった。ヴァージンロードを歩き、ホールを出るとライスシャワーが降り注ぐ。 アスカがブーケをなげた。 ブーケは一人の女性の手に収まった。碇レイ。今ではシンジの妹になっているかつての戦友。きょとんと手の中のブーケを見つめる彼女もまた、いずれ祝福されるのだろう。 チルドレンに祝福を。そしてその未来に幸あれ。 ジオフロントにウエディングベルが高らかに鳴り響くのだった。 おわり |