開いた自動ドアをくぐって傘を閉じたアタシは、その店の中へ入った。
「いらっしゃいませ」
その言葉と同時に女の店員がアタシを窓際の席まで案内する。
柔らかなビロード敷きのソファーに身を沈め、店員の目を見ずに一言。
「レモンティー」
そしてもはやなんの興味もないように、持ってきた文庫本をポーチから取りだして読み始める。
雨雲に覆われた町の風景が、建物の二階から見渡せる。
壁のあちこちにはもちろんフェイクだろうが、趣味の良い印象派の絵が吊られていた。
レモンティー、厨房に入っている他の店員に、先程の店員がアタシの注文を告げた。
実はアタシは本なんか読んでいなかった。
横目でちらちらと、アルバイトであろう店員達を見ていた。
特に厨房側の男の店員を。
シンジを。
週三日、月水金。
夕方五時から十一時まで。
時給900円。
ウェイターとして働くはずが、厨房に入ることが多いようだ。
喫茶ムーランルージュ、それが店の名前。
私鉄の駅前にあってなかなか繁盛しているようだった。
学校と家の間でちょうどいいから、自分でお金を稼ぎたいんだ、と言って、アタシに何の相談もせずシンジはアルバイトを始めた。
アタシのことはどうなるのよ。
お金にはお互い困らない生活をしているはずなのに。
もう、知らないから。
とは言いながらもやはり気になるもので、何回かアタシはシンジがバイトの日に店を訪れていた。
最初は迷惑そうな顔をしていたが、そのうち諦めたようで家に帰っても何も言わなくなった。
しかし、しかししかし、・・・何でこの店は女の店員が多いのよ。
従業員の男はシンジ一人、店長は女、残りのバイトも女×五人。
いったいどうなってるのよ。
アタシから見ても綺麗系の女の子ばかりだ。
何か腹立つ。
シンジが浮気なんかできないってことはよく知っている。
心配することない、はずだ。
でも彼女達がシンジにまとわりついているのを見ると・・・。
メキョッ、
あ。
「すいませーん、スプーン取り換えて下さい」
新しく運ばれてきたティースプーンで、二つの角砂糖が入った紅露をかき混ぜる。
白磁のカップを口元にやり、なめるように一口飲み込む。
美味しい。
でもこれ一杯で600円は高いな。
何の葉っぱ使ってるんだろ、ダージリンかな、セイロンかな、シンジにくすねてきてもらおうかな、それでばれたらどうなるんだろ、首になるのかな、給料から差っ引かれるのかな、そんなくだらないことを考えながら、アタシは店員達がかたまる一角を横目で見始めた。
シンジが他の客の注文を次々とさばいていく様が見える。
その合間を縫って洗い物をしているようだ。
また入り口のチャイムが鳴って、新しい客が入ってきた。
今度は結構な人数だ。
店の中がだんだんと慌ただしくなる。
さえずっていた雀達の動きもお仕事モードになったようだ。
夕飯時より少しはやい時間帯。
仕事帰りのサラリーマンや、遊び疲れを癒す学生達で店は埋まり始めた。
コフロアイコラフロツーアイススリーホットミティーレティー、息もつかず店員が呪文を唱える。
シンジは理解できているようで次々とカウンターにオーダーを並べていく。
天職じゃないの。
はまりすぎ、アタシは思った。
戦いに停滞期が訪れたようだ。
溢れかえっていた客の数も1/4程に減っていた。
流石のおしゃべり雀達もシンジにちょっかい出す余裕もないようだった。
安心したアタシは再び本を読み始めた。
休憩入りまーす、の声とともに女の店員が二人ロッカールームへ向かう。
シンジ君も一緒に休憩にしようよ、チラッとアタシを見て女店員壱号が笑顔で言う。
あの女、間違いなくシンジに気があるのね。
シンジはちょっと思案した後、頷いてカウンターから出てきた。
ああああああああ、バカシンジ。
帰ったら折檻フルコースよ。
食事休憩入りまーす、そう言ってシンジはロッカールームへと入って行った。
去り際の女の勝ち誇った笑み。
しばらくテーブルの足を蹴っていたアタシだったが、馬鹿らしくなってきたので帰ることにした。
殺す。
マウントを取って、顔面殴打。
腕ひしぎ十字。
三角絞め。
ドラゴンスリーパー。
パロスペシャル。
タワーブリッジ。
アタシは想像の世界で、シンジをけちょんけちょんに伸ばした。
「600円デース」
営業スマイルを浮かべた女店員参号が会計を求めてくる。
うっさいわボケ、とは言わずに(一応シンジのことを考えて)ポーチから財布を取り出そうとした。
「僕が払うよ」
誰かがレシートをアタシの手から取って言った。
振り返ると、制服の上にジャケットを羽織ったシンジが立っていた。
反応できないでいるアタシを尻目に、さっさと代金を払い終えたシンジはアタシの手を握り締めて出口へと誘った。
「まだ降っているみたいだね」
シンジはいったんアタシの手を放すと傘を開いた。
アタシは開こうとしていた傘を閉じて、シンジの塞がっていない手を握り締めた。
そっと振り返ると、おーおー睨んでる睨んでる。
一億万年早いのよ。
必要以上に体を寄せてアタシは言った。
「ハンバーガー食べたーい」
笑いながらシンジが答えた。
「あまり時間内からね」
「わかってますって」
雨の雫の中をアタシ達は身を寄せ合い、歩み始めた。
「ねえ」
食べ終わったアタシは、必殺の上目遣いで正面のシンジを見る。
「ん?」
ポテトを口に放り込みながらシンジが首を傾げた。
「食後の紅茶が飲みたいな、と」
ゴホッゴッホゴホ、
「汚いわね、むせないでよ」
紙ナプキンでテーブルを拭きながら言った。
「さっきもここもおごったのに」
ちょっと涙目になっている。
かわいいかも。
「シンジ、いい言葉教えてあげるわ。どんな正論も無に帰する言葉よ」
ピッと人差し指を突きつけてアタシは言った。
「何だよ」
むくれてる。
これはこれでかわいいかも。
息を大きく吸ってアタシは告げた。
「それがどうした、よ」
アタシの言葉に感動したのかシンジは何も言わなかった。
テーブルとキスしていたし。
「アタシとの貴重な時間を割いているんだもの、それくらいはしたってバチ当たんないわよ」
顔を上げたシンジに微笑みかけた。
その代りこの身をシンジに捧げているんだから、とは思うだけにしておいた。
いつか、ね。
「ほら行くわよ、休憩時間なくなっちゃうから」
腕を引っ張ってシンジを立ち上がらせる。
やれやれといった表情をしていたが、アタシの耳元に口を寄せてシンジが言った。
「今度は砂糖入れなくていいからね」
シンジは自分の言葉に照れたのか顔を背けて、トレイをごみ箱へ持って行った。
その言葉の真意を悟ったアタシはその場で立ち尽くすだけだった。
気を取り直して再びシンジの手に指を絡める。
そして言い返してやった。
「家に帰ったらアタシがサービスしてあげるね」
そして二人のゆでダコは、雨の中喫茶店へ引き返していった。
やっぱだめね、シンジといるとただの女の子になる。
かわいいアタシ。
女の子してる。
愛してる。
シンジも自分も。
もう邪魔しないから、邪魔されないでね。
それを信じるのではなく、その事実を知ってるから、アタシはもう大丈夫。
だけど最後一杯許してね。
美容と健康と二人のために、食後に一杯の紅茶よ。
三ヶ月ぶりの”Sweet〜”更新。
あやや、ご無沙汰しました。
昔のバイトを思って書いちゃいました。
落ちは甘い二人に砂糖はいらないって事でした。
今回のタイトルはあれです。
銀河ヒデオ伝説からでした。
ついでにアスカの決め言葉も。
それでは近いうちにまた。
次は”Both Wings”かな。 そいでわ。
そおねえ飲んでみる?
加持は人生やり直しがきかないからとかなんとか言ったっきり飲もうとしないけど。
午後ティーを、ぐらぐらに沸かして、シロップ入れて、ブライト入れて、ミロ入れて、タバスコで味つけて、栄養考えて青汁混ぜて完成。
どお?
え?いらない?
ちょおっと、遠慮しないのほら。
ウゲッ、
あ、好き嫌いは良くないわよほら。
ウップ、
二人の少年少女は天で結ばれるところだった。