「はい」
壇上に少女は登っていく。
背中に突き刺さる目、眼、瞳。
彼女はちらっと後ろを振り向き、一対の眼を探した。
その眼を確認し、彼女は指定の場所まで歩み寄った。
彼女は広い式場を見渡し、ゆっくりと口を開いて言った。
「みんなよろしくねっ」
ウオォォォォォ、
巻き起こる大歓声(一部教師も)、拍手喝采、乱舞するスポットライト。
そして彼女の2秒スピーチは、伝説となった。
「あーあ、代表になんてなるもんじゃないわよね」
机の上に腰掛けたアスカが、高校の制服であるブレザーをいじくりながら言った。
「でも良かったじゃないアスカ。みんな喜んでくれて」
相変わらずの口調でシンジが言った。
「みんなこの女の性根知らんだけや」
「鈴原っ」
ヒカリに耳を摘ままれるトウジ。
「またみんな同じクラスになるなんて凄い偶然よね。パリパリ」
お腹が減ったのか隠し持ってきたポテトチップスを口に入れながら、レイが言った。
神のいたずらか、誰かの御都合主義か、彼ら7人は全員同じクラスだった。
「僕とシンジ君は赤い糸で結ばれているからね。なんびとの存在も間に介在することはないんだよ」
怪しい笑みを浮かべてシンジに右手を伸ばすカヲル。
「殺」
メシィッ、
シンジの右隣に座っていたアスカが、飛びつきざまカヲルの右手を足の間に挟み込んだ。
「おおっと、飛びつき腕ひしぎ十字」
早速実況・解説モードに入る、トウジとケンスケ。
教室の他の生徒は、何が起こっているのかと呆然とするばかりであった。
「入学初日から見せてくれますねチャンピオン。技に磨きが掛かってきました」
「現役女子高生の彼女が、どこでこういった技を拾得してくるのでしょうかね相田さん」
「おそらく自宅で毎夜寝技の攻防が繰り広げられていると私は思います」 バコッ、
アスカが履いていた上履きを器用に脱いで、足でケンスケの顔面に投げつけた。
「挑戦者危ない。右手が伸び切りそうだ」
「伸び切ったらもはや勝負ありですからね」
立ち直りが早いケンスケ。
メキッ、
カヲルの関節がいやな音を立て始めたその時。
「…アスカ。その、ス、スカートが」
アスカは腕を決めている自分のその場所を見た。
「いやぁー、エッチ、馬鹿、変態」
思わず力を込めてしまうアスカ。
メキョッ、
・・・シーン、
一瞬にして教室内が静寂に包まれた。
力が抜けたアスカからするするっと抜け出すカヲル。
そしてクラス中の視線を一身に浴びて、立ち上がりながら言った。
「シンジ君、僕と君は赤い糸で」
パーンッ、
「何かリアクションしろぉ」
トウジとケンスケがどこからか取り出したスリッパで叩いた。
「ああっ、腕が、腕が大変なことになっているよシンジ君」
そう言いつつカヲルはシンジに抱きついた。
「反応が遅いっ」
そう叫んだアスカが延髄げりを叩き込んだ。
どさっ、
カヲルは床に崩れ落ちた。
「ただいまの決まり手は。延髄げり、延髄げりでアスカの勝ち」
「・・・綾波、それじゃ相撲やがな」
「みんなやめなさいよ」
「委員長止めるの遅いって」
「アスカもうやめなよ」
「・・・うん、今度からはもう少し押さえるわ」
「結論出たところでそろそろいいかね」
いつの間に入ってきたのか、クラスの担任らしき老教師が言った。
「き、きりーつ」
委員長と決められてないのに、ヒカリが号令をかけた。
誰も逆らうことはなかったが。
その後ホームルームで自己紹介をしただけで、そのまま解散となった。
トウジ・ケンスケ・ヒカリの三人と別れ、シンジ・アスカ・レイ・カヲルの四人は家路についた。
テクテクテク、 スタスタスタ、 ピョコピョコピョコ、 ヒョイ、ピョーン、シュタ、ペタペタ、
しばらく沈黙のまま歩いていた四人だったが、我慢しきれなくなったアスカが叫んだ。
「もぉカヲル、うっとうしい歩き方しないでよ」
「だってこれから三年間、シンジ君と一緒に帰れるなんて。そう考えると足取り軽く、心ウキウキと」
カヲルはそう言うと、ますます落ち着きなく歩き始めた。
「それはそうとうっとうしいなんて言葉よく知ってるね」
「当たり前でしょ、私に知らない言葉なんてないのよ」
「じゃあ漢字で書いてみて」
「うっ」
「アタシ書けるわよ。こうでしょ。”鬱陶しい”。憂鬱の鬱と同じなのよね。難しい漢字好きなのよアタシ。他にも醤油とか、薔薇とか、蟋蟀、蜻蛉でしょ。紫陽花、蒲公英、柘榴、あとは」
「えーい、うっとうしい」
アスカは隣を歩く少女を突き飛ばした。
「ねえー、お腹減ったぁ、早くー」
アスカが帰宅早々昼御飯を食べたいと言い出し、シンジは着替えもそこそこに台所に立っていた。
「もう少し我慢してよ。すぐできるから」
と言いつつもシンジは、手を休めずフライパンを操っていた。
「じゃあさ、飲み物の用意とチャ−ハンのお皿出しておいてよ」
「はいはい」
見た目は渋々とだったが、心の中では手伝える喜びをアスカは噛みしめていた。
「飲み物は麦茶を出してと、シンジお皿どこ」
「茶箪笥の上から二番目。高いから気を付けて」
「大丈夫よ。この私にそんな心配なんて」
ガチャッ、
アスカは背伸びをしてガラス戸を開けた。
「よ。あれ。っと。この」
ガシャーン、
「アスカ大丈夫。怪我しなかった」
その騒ぎを聞きつけ、シンジが様子を見に来た。
「えへへ。ごめんね。お皿割っちゃった。あ痛っ」
床に散乱した破片を集めていたアスカの指から、血が流れ出ていた。
「ア、アスカ。指。切れてる。血。皿。包帯。いや、バンドエイド」
シンジは、血を流している本人よりもあたふたと慌てていた。
「大丈夫よこれくらいの傷ほっといたって」
そう言うと切れた指先を、シンジの眼前に突きつけた。
「ダメだよ。ほら、血が垂れてる」
そしてシンジは、アスカの切れた指先を自分の口に含んだ。
顔を真っ赤にして俯くアスカ。
その様子を見てシンジは、今自分が何をしているのか気がついて、一緒に真っ赤になった。
「・・・シンジ」
「・・・アスカ」
流れる血のことを忘れ、お互いを見つめ合う二人。
その距離が徐々に縮まっていった。
その時二人の鼻に焦げ臭さが漂ってきた。
「あーっ、チャーハンがっ」
ドタバタと台所にシンジは戻っていった。
一人残されたアスカは自分の指先を眺めた。
「もう、これどうするのよ」
アスカはそう言うと、指先を口に含んだ。
しばらくして指を取り出すと、不思議そうにその先を見つめて言った。
「・・・変ね。甘い味がする」
今回で三作目ということになりますが、完全な続き物というわけではなく、一話完結の独立した話にしていこうと思っています。
一応十話まで作ろうと考えております。
内容はただひたすら彼らの日常を追うといった形です。
今回でいよいよ高校に入学した彼らですが、これからは高校生活を中心に話を進めていこうと思っています。
それでは。