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 「・・・は、本日10時より体育館にて行われます。在校生は9時半までに、所定の席に集合して下さい」

 教室に備え付けられたスピーカーから放送が流れている。しかし皆上の空であり、まともに聞いている者は少なかった。

 「・・・後40分か。ちゃっちゃと始めて、はよ終わらさんかい」

 ふーっ、というため息と共に、普段と変わらぬ黒いジャージを着ているトウジが呟いた。

 「なんかまだ実感わかないけど、今日で卒業なんだよね」

 かすかに笑みを浮かべながら、シンジが言った。

 「当たり前でしょ、卒業式に入学する奴なんていないわよ」

 自分の赤い髪を先程からいじっていたアスカが答える。しかしどこか元気ないのは、感傷的になっているからであろうか。

 そして再び言葉がとぎれ、教室の中に沈黙が戻ってきた。教室にはクラスメート全員が集まっているのだが、彼ら7人組以外の者も皆押し黙っていた。

 そんな暗い雰囲気を払うつもりか、ヒカリが努めて明るく言った。

 「でもアスカ凄いよね。卒業生代表スピーチするんだから」

 「卒業するのって、私達が初めてでしょ。お役目重大だね」

 いつもと違い、口数少ないレイも続けた。

 「・・・うん」

 アスカは普段より百倍控えめな答えを返した。

 「・・・トウジ」

 デジタルカメラを磨いた少年が、ふと顔を上げて言った。

 「なんやケンスケ」

 「お前、その格好で卒業式出るの」

 「わいのポリシーやからな。入学からずっとこれやったんや、卒業式だけ変えるなんてできるかい」

 呆れた顔、どうでもいいという顔、馬鹿にした顔を各自が浮かべた。

 「まあ、卒業って言っても皆高校一緒だから良かったよね。アスカも、レイも、委員長も、トウジも、ケンスケも、カヲル君も」

 違う意味で重くなった空気を吹き払うように、シンジが明るく言った。

 「あれ、カヲル君は」

 今まで目の前の机に座っていた少年が、その姿を消していた。

 「シンジ君の制服の第2ボタンをくれないかい」

 突然後ろから抱きしめられ、そう耳元で囁かれた。

 「わーっ、カ、カヲル君」

 ドムウッ、

 「毎回毎回懲りない奴ねアンタは」

 言葉と同時にアスカの右ストレートが、カヲルの顔面に炸裂した。

 「グ、グーで殴ることはないだろう。そんなことじゃあシンジ君がお嫁に」

 「じゃかましいっ」

 グサッ、としか形容できないような見事なボディが、カヲルの下腹部に突き刺さった。

 「おっ始まったぞ」

 にわかに教室の空気が活気づく。

 「さあてチャンピオンいい動きですね相田さん」

 「そうですね、チャンピオン序盤からとばしています。挑戦者立ち上がりからいいのを二つもらってしまいましたね」

 いきなり実況を始めるケンスケとトウジ。

 バッチーン、

 「おぉっと、チャンピオンのラリアット」

 「彼女のラリアットはスピードが違うんですよね」

 ドッコーン、

 「あぁーっ、顔面に延髄蹴り」

 「今のはハイキックです」

 「さあ必勝態勢に入ったチャンピオン。出るか10連コンボ」

 「挑戦者めった打ちですね」

 蹴、

 殴、

 殴、

 張、

 踏、

 蹴、

 肘、

 払、

 膝、

 殴、

 「そして、そして、机の上からの」

 シュタッ、

 「スワーン、ダイブッ」

 ベッターン、

 「そしてそのままフォール」

 「・・・1・・・2・・・」

 すかさずカウントに入るレイ。

 ピンポンパンポーン、

 「おぉっと、ここでゴング。もといチャイム」

 「カウント2.999999999。挑戦者間一髪でした」

 「・・・卒業生の方々は、クラスごとに集合して」

 「やっぱ一日一回はアレ観ないとな」

 「それも今日で最後か」

 どやどやとクラスの人間が廊下へ出ていく。

 「・・・実況は私鈴原。解説は相田ケンスケさんでお送りしました。いやあ相田さん今日は本当ありがとうございました」

 「ありがとうございました」

 「それでは3年A組からさよぉーならー」

 パコッ、パコッ、

 「いつまで馬鹿やってんの。教室から出なさい」

 「「あらほらさっさー」」

 頭を押さえながら二人は出ていった。

 その脇ではシンジが、倒れてるカヲルに蹴りを入れているアスカを引き離していた。

 「アスカ時間だよ。ほらっ」

 シンジはそう言うと、アスカを廊下へ引っ張っていった。

 「いつもの君ならカウント3まで入ったのに、どこか調子悪いのかい」

 二人の後ろにくっついて出ていくカヲル。彼は復活が早かった。

 「それとも女の子の日な」

 ドゴォーン、

 「ベルリンの赤い雨っ」

 そしてカヲルは星になった。

 「・・・カヲル君、いつも一言多いんだよ」

 シンジはため息混じりにそう言うと、アスカを引っ張って体育館へ向かった。






 式と名のつくものは、語る者の自己陶酔の言葉を聞いてなければならない。それは卒業式も例外ではなかった。

 毎年同じ内容を語っている校長の言葉。やはり同様のPTA会長の言葉。在校生代表の言葉。卒業生は人が変わる度に立ったり座ったりと嫌気がさしていたが、これで最後だ、と思い何とかこらえていた。

 しかし春になれば入学式があることを、彼らは失念していた。

 そして最初の1人だけには証書を読み上げて手渡し、後の者は以下同文で済ませる失礼な卒業証書授与式が始まった。

 「3年A組。碇シンジ」

 爆睡。

 「・・・目標を・・・センターに、あいたっ」

 後ろの席のアスカが蹴飛ばした。

 「シンジ、アンタよ」

 「へ、は、はい」

 間抜けな返事をしてシンジは、ペンギンみたいな歩き方で舞台の上へ向かった。

 プッ、クスクス、

 厳粛なムードだった会場のあちこちから忍び笑いが漏れる。

 同級生の冷やかしの目線と、教師達の白い目線を背に受けながら壇上に立つシンジ。

 「卒業証書。3年A組。碇シンジ。貴方は・・・・・・第三新東京中学校校長、冬月コウジ」

 拍手が鳴り響き、シンジは照れたように元の席に戻った。

 そして、残りは一人一人機械的に繰り返された。

 なぜかレイとアスカの時は、ウェーブが起こったが。

 「卒業生代表。惣流・アスカ・ラングレー」

 歓呼とウェーブ、紙吹雪が舞う中、アスカは壇上に立ちマイクを握った。

 一瞬で静まり返る会場。先程の歓声とは打って変わって、静けさが耳に痛い。

 会場を隅から隅まで見て、アスカは言った。

 「それじゃ、皆。またね」

 巻起こる大歓声。もしアスカが九九を暗唱したとしても、結果は一緒だっただろう。

 こうしてアスカの3秒スピーチは伝説となり、後世に語り継がれたという。






Hellow darkness my old friend

I've come to talk with you again

Because a vision softly creeping

Left its seeds while I was sleeping

And the vision that was planted in my brain

Still remains

Witin The Sound Of Silence



 在校生の合唱を聴きながら次々に会場を後にする生徒達。泣く者、笑う者、証書を捨てる者。

 そして卒業生達は、皆名残を惜しみつつ家路につこうとしていた。

 「さあて、メシやメシや。どこに食いに行こおか」

 「全く鈴原って、ご飯しか頭にないのね」

 「頭の中身も胃袋なんじゃないの」

 「委員長はともかく、綾波おのれまで言うか」

 「あれ、アスカは」

 周りを見渡してシンジが言った。

 「あの娘はほっといて、僕らの将来について語り合わないかい」

 「さっきまでいたのにおかしいな」

 カヲル黙殺。

 「ちょっと探してくる」

 そういうとシンジは校舎に走って引き返していった。

 「シンちゃん“ビックリファンキー”に行ってるからね」

 レイがシンジの背中に向かって叫んだ。

 「見つかる方に300円」

 「愛の力に500円」

 「捜し当てる方に400円」

 「同じく400円」

 「ダメな方に1000円」

 「渚の一人負け決定やな」

 ううっ、シンジ君。僕は信じているよ。

 
 
 


 
 
 
 風が気持ちいい。

 空気が暖かい。

 ここからの景色は好き。

 高見に立って、人を見下せるから。

 ここに始めて立ったときはそう思った。

 ・・・でも今は違う。素直に景色が良いと、空に包まれてる感じが好きとそう思える。

 思えば2年前の私は嫌な女だったと思う。

 あのころは自分の周りにいる大人で、誰を目標にできるのか見つけられなかった。

 大学を優秀な成績で卒業し、スポーツにしろ、勉強にしろわけないことだった。

 自分を誇っていた。

 他の人間を小馬鹿にしていた。

 嫌な女。

 でも今の私は好き。

 何でだろう。

 前はそんなこと思ったこともなかったのに。

 誰にも負けたくないという気持ちでいっぱいだった。

 何に付けてもトップを目指していた。

 生き急いでいた。

 今でも負けたくないという気持ちはあるのに。

 どこが変わったんだろう。

 わからない。

 わかることは。

 この場所が好き。

 お弁当を食べた場所。

 皆で遊んだ場所。

 退屈な授業をさぼったときの場所。

 一人で悩むときの場所。

 悩んでここで考え事してると、最後は決まってアイツが迎えに来た。

 アイツには全てお見通し。

 考え事がまとまったときに迎えに来るタイミングも絶妙だし。

 「アスカ」

 ほらこんな風に。

 「アスカッ」

 あ・・・アイツだ。



 アスカはゆっくりと振り向いた。

 「シンジ」

 「やっぱりここだと思った」

 シンジは軽く笑顔を作り言った。

 「なんでここだとわかったの」

 手すりにもたれ空を見上げながらアスカは尋ねた。

 「なんとなくここかなって。アスカの好きな場所だから」

 「何でもお見通しってわけね」

 半分からかいの口調でアスカが言った。

 「そういうわけじゃないけど。よくここで考え事してたじゃない。だから、ここかなって」

 その考え事の大半は少年のことだったのが思い起こされ、アスカは少し赤面した。

 「み、みんなは」

 「先にお昼食べに行ったよ」

 「そう」

 そして、しばらく会話が無くなったが、気まずい空気とは無縁だった。

 「私ね」

 景色を眺めながら、アスカがポツリと言った。

 「スピーチ、もっと言いたいこといっぱいあったの。この学校に来て本当楽しかったって」

 シンジは黙って聞いていた。

 「今まで生きてきた中で、いちばん楽しかったって。ありがとうって・・・言いたかったの」

 「知っていたよ」

 驚いたようにアスカがシンジを見る。

 「たった一言だったけど、アスカの思いが全部込められていたもの。僕にはわかったよ」

 今度はシンジが手すりの外に目線を移して言った。

 「自惚れかもしれないけど。僕にはわかったんだ」

 「・・・シンジ」

 その時アスカは、自分の手がシンジに握られていることに気がついた。そして軽く握り返して言った。

 「あの歌知ってる?」

 「あの歌?」

 「卒業式の最後に歌ってた歌」

 シンジは頭を振った。

 「あの歌ね、”卒業”っていう古い映画の主題歌なの」

 「20世紀の映画」

 「そう。内容はあまり覚えてないんだけど、ラストシーンはしっかりと頭に焼き付いてるの」

 シンジと正面に向き合いながらアスカは話した。

 「二人の恋人がいてね。二人は好き合ってるのに別れちゃうの。で、女の人が他の男と結婚しそうになるんだけど、別れた恋人が結婚式場に飛び込んできて、彼女をさらって手に手を取って逃げるっていう映画。そのシーンで流れていた歌なのよ。私の好きな歌」

 二人の握り合った手に少し力が加わった。

 少しの時間アスカは俯いていたが、勇を決するように頭を上げ、言った。

 「・・・あのね。もし私が、好きでもない男と結婚しそうになったら、その時は飛び込んできてくれる?」

 アスカは顔中真っ赤にしていたが、眼は真剣そのものだった。

 しかしシンジはゆっくりと頭を横に振った。

 アスカの瞳の奥が、一瞬で絶望に包まれる。

 その様子を察したシンジが慌てて言った。

 「ごめん。そうじゃなくて。つまり、その」

 シンジの顔が先程のアスカよりも紅に包まれていき、握っている手にもう片方の手を添えた。

 そしてアスカと目を合わせて、消え入りそうな声でシンジが言った。

 「・・・僕は、どんなことがあっても、アスカをこの手から、離さないから」

 それを聞いたアスカは、涙があふれてくるのを止めることができず、そのままシンジに抱きついた。

 「シンジ・・・」

 抱き合ったまま二人は、そのまま動きを止めた。

 しばらくしてお互い照れたように身体を離したが、手はしっかりと繋いだままだった。

 「そろそろ行こうか。みんなが待っているよ」

 「うん」

 そしてお互いを感じながら、ゆっくりと校内へ続くドアに向かって行った。



In restless dreams I walked alone

Narrow streets of cobblestone

Neath the halo of a street lamp

I turned my collor to the cold and damp

When my eyes were stabbed by the flash of neon light

That split the night

And touch The Sound Of Silence

And in the naked light I saw

Ten thousand people may be more

People talking without speaking

Peaple talking without listening

Peaple writing songs that voices never share

And no one dare

Disturb The Sound Of Silence

"Fools" said I "You don't know

Silence like a cancer grows

Hear my words that I might teach you

Take my arms that Imight reach you"

But my words like silent raindrops fell

And echoed

In the wells of silence

And the peaple bowed and praved

To the neon god they maid

And the sigh flashed out its warning

In the words that it was forming

And the sighs said "The words of the prophets are written on the subway walls

And tenement halls"

And whisper 'd in The Sounds Of Silence

1964 Paul Simon "The Sounds Of Silence"

 


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ver.-1.00 1998+03/20公開
感想・質問・誤字情報などは rkplanet@geocities.co.jp まで!
 ZEROです。

 よく卒業式帰りの人を最近見かけ、それで思いつきました。

 卒業式、もうする事はないんだろうな。

 ちょっと寂しいです。

 さて、作品中に出てくる歌ですが、これは”サイモン&ガーファンクル”の

 ”サウンド・オブ・サイレンス”という歌です。どなたも一回は聞いたことがあるくらい、

 結構知られている歌だと思います。また作品中の映画は、ダスティン・ホフマン主演の映画、

 ”卒業”です。(まんまやないか)

 本当は歌を尾崎豊の”卒業”にしようかと思ったのですが、雰囲気からこちらを選びました。

 LASでなく、ゲンドウとユイで書こうとも思ったのですが、ゲンドウには似合わないかなって思って

      書き換えました。

 次回は二人の高校編スタートや。(大嘘)

 それではまた。





 (おまけ)



 「いえーい」

 「よっしゃぁー」

 「ごちそうさま」

 「やったぁー」

 「あんた達何浮かれてるのよ」

 「カヲルの一人負けやぁ」

 「え、カヲル君が、どうしたの」

 「シンジ君の」

 「え」

 「シンジ君の裏切り者ぉぉぉぉぉ」

 「こら金払わんかい」

 「カヲル・・・って、逃げられた」



おしまい

     


 ZEROさんの『THE GRADUATE』、公開です。



 卒業するアスカ達。

 2年間で大きくなったアスカ達。


    ”アスカ達”で括るな?
     いいやん、私、[そう]なんだもん(爆)
     主役はアスカだし〜  ←バカっぽい(^^;



 アスカの成長を支えた存在。
 アスカを見守った彼。


 高校でも、
 その先も、

 ずっとずっと・・・


 うん、きっとそう! 間違いない!! 決まっている!!! そうじゃなきゃ泣いちゃう(^^;



 さあ、訪問者の皆さん。
 私を壊れモードの突入させた♪ZEROさんに感想メールを送りましょう!


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