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 何も目に入らなかった。

 何も考えられなかった。

 ただ思いうるのは、怒り。

 何より自分への。

 自分への。

 怒り。

 何を考えていたんだろう。

 何を思い詰めていたんだろう。

 もう間に合わないかもしれない。

 ただ自分が何をしなければいけないのか。

 それだけは理解できた。

 どういう結果を引き起こそうとも、それをしなければ一生後悔することを悟っていた。

 今自分がしなければいけないこと。

 そのためにはまず何をしなければいけないかということ。

 それだけは理解できた。

 失った物を取り戻すために。

 やるべきことがあった。







 待っていた。

 人を待っていた。

 時を待っていた。

 校門の脇。

 人の出入りを一番観察できる場所。

 終業のベルが鳴ってから一時間ぐらいたつ。

 その人と時はもうじきやって来ることを知っていた。

 不思議と心は穏やかだった。

 決意はとっくに定まっていたし、もはや迷うことは何もなかった。

 一人が、二人が三人が、目の前を過ぎていく。

 時の過ぎるのと共に下校者の数が増えていく。

 何かが吹っ切れた。

 そんな表情を浮かべていた。




 人の群を見つめながら、白い息とともに小さく唄を口ずさむ。




 通りゃんせ通りゃんせ




 ここはどこの細道じゃ




 天神様の細道じゃ




 ・・・・・







 あれ、思い出せないや

 幼い少女と手を繋ぎながら一緒に歌った唄。

 あれはいつのことだったか。

 すでに他界している祖母から教わった唄。

 途中で記憶から欠落していた。

 確か終わりは

 終わりは・・・

 どうしても思い出せなかった。




 上に羽織っているピーコートから寒さがしみてくる。

 今まで感じたことのない寒さ。

 温もりが冷めるのは一瞬。

 再び温もりに抱かれるには、エネルギーを必要とする。

 自分で取り戻さなければならなかった。

 その方法は知っていた。




 来た。

 正面玄関を連れ立って歩いてくる。

 寄りそうでもない、離れるでもない微妙な距離。

 男の方が何か話しているようだった。

 どこにでも見られるカップルの姿。

 際だった美を除けば。

 ゆっくりとピーコートを脱いでいく。

 すでに置かれていた鞄と共に、壁際に立てかけた。

 二人がゆっくりと歩いてくる。

 話す方と聞く方では表情が両極の位置にあった。

 男は自信満々に話し笑みを浮かべ、少女の方は無表情に俯いてたまに頷くのみだった。

 男が足を止めるとつられて少女も足を止める。

 晴れ渡った夜空に浮かぶ月のように人を惹き付ける顔で、彼が口を開いた。

 「やあシンジ君」




 アスカが初めて顔を上げ、怪訝な表情を浮かべる。

 口元が動きそうになるのを意志の力で堪えているようであった。

 「自分の馬鹿さ加減に気がついたことがありますか?」

 シンジの言葉にカヲルが首を傾げる。

 「そりゃもう惨めなもんです。本当死にたくなりますよ」

 「話が見えないな」

 カヲルの言葉に構わずシンジは続けた。

 「かといって死んでしまったら本当の馬鹿だし、馬鹿だからどうすればいいのかわからないし、馬鹿なりに色々と考えてみたんです」

 あくまで穏やかな表情を浮かべるシンジの言っていることが、カヲルに困惑の表情を浮かばせる。

 「君が自分を馬鹿だというのはいいけど、思いこむのは良くないと思うよ。僕達はこれから買い物に行くから」

 「馬鹿だからこんな方法しか思いつかなかった」

 カヲルの言葉を遮るようにしてシンジが言った。

 いつの間にか握りしめていたシンジの拳が、カヲルの頬に渾身の力を込めて叩き込まれた。

 「シンジ!?」

















 Both Wings



第拾壱話 Stand by me.





















 骨と骨がぶつかる鈍い音が、どんよりとした寒空の下を響き渡った。

 周囲がざわめく。

 カヲルは口元から一筋の血を流しながら、片膝をついていた。

 「痛いな」

 血を拭ってカヲルが繰り返す。

 「痛いなシンジ君」

 依然として薄く笑みを浮かべたままカヲルは立ち上がった。

 シンジは今の一撃で拳の骨を痛めたことに気がついていた。

 しかしその痛みを無視してさらに右腕を振るった。

 肉と肉が弾け合う音が再度響き渡る。

 今度はシンジが地面にうずくまった。

 ステップインしてシンジの拳を交わしたカヲルが、そのまま身を反転させて鳩尾にキックを叩き込んだのだった。

 一流のサッカー選手であるカヲル。

 そのキック力は計り知れない。

 あまりの衝撃に、胃液がシンジの口から飛び出す。

 その一撃でシンジの戦闘力は失われていた。




 悲鳴を上げてアスカがシンジにしがみつく。

 「シンジ、シンジ!」

 額を地面に擦り付けていたシンジが、ゆっくりと顔を上げてアスカを押しのける。

 「これでおあいこだよシンジ君」

 再度口元を拭ってカヲルが言った。

 「君が殴りかかってきたんだからしょうがないよね」

 ふらつきながらもシンジが立ち上がって、カヲルの眼を見据えた。

 「・・・・・お前なんかに、お前なんかにアスカは渡さない」

 そしてシンジはゆっくりと拳を振り上げた。




 三度骨の音が響く。

 拳が振り下ろされるより先に、カヲルの右ハイキックがシンジの頭に叩き込まれたのだった。

 文字通りシンジは吹き飛んだ。

 アスカがシンジの名前を連呼して泣き叫ぶ。

 「ハハハハハ!そういうことかいシンジ君。お兄ちゃんはかわいい妹を他の男に取られたくなかったんだ。ハハハ、かわいそうにね、お兄ちゃん嫉妬していたんだ。ハハハ!そういうことだったんだ、シスコンというわけかい?」

 これ以上の面白さは無いというように、カヲルが爆笑する。

 「危なかったねアスカちゃん。もう少しで変態兄貴の毒牙にかかっていたというわけか。危ない危ない。ハハハ、それにしても・・・ハハ。ま、わからないでもないけど」

 チラリとアスカを見つめてカヲルが笑う。

 「近親相姦はちょっとね」

 カヲルが哄笑する。

 嘲る。

 嘲笑は果てしなく続くと思われた。

 その時、乾いた音が曇天にぶつかって跳ね返った。

 カヲルが頬を押さえてその音源の指揮者を睨み付けた。

 「・・・・・アンタなんかに、アタシ達のことわかってたまるものですか!」

 カヲルの表情が急速に硬化する。

 「・・・なんだそういうことか」

 悲鳴と共にアスカが地面にはいつくばる。

 カヲルの平手がアスカを襲ったのだった。

 その時カヲルの足に何かがまとわりついた。

 アスカに手を出すな、と舌をもつれさせながらシンジがしがみつこうとしていた。




 変態、と吐き捨てると、カヲルは蹴りを叩き込んだ。

 一発。

 二発。

 三発。

 四発。

 五発。

 身体のあらゆる部位に足が襲いかかる。

 シンジは身体を丸くしてただひたすら受けていた。

 すでにシンジの意識は数回飛んでいた。

 飛ぶ度に次の激痛が意識を醒ました。













 通りゃんせ通りゃんせ




 ここはどこの細道じゃ




 天神様の細道じゃ




 ・・・・・







 ああ、おもい、思い出した







 十年くらい前だ













 ・・・ここを通してくだしゃんせ







 御用のないもの通りゃせん







 この子の七つのお祝いに







 お札を納めに参ります








 行きは良い良い帰りは怖い

















 後ろの正面だあれ













 十数発を数えて流石に蹴り足が鈍り、更に蹴りが飛ぼうとしたとき、残された軸足にシンジがしがみついて、思い切り引っ張った。

 後ろに倒れ込んだカヲルにシンジが最後の力で飛びかかった。




 僕はあの時逃げたんだ

 この男が現れてから

 とてもかなわないと思って逃げたんだ

 自分の心を偽って

 理由を作って逃げた

 逃げた

 逃げた

 逃げた

 この男から

 自分から

 そして、アスカから







 マウントポジションの体勢。

 転がっている相手の上に馬乗りになり、シンジは上から拳を狂ったように振るった。

 当たる。

 ガードされる。

 当たる。

 当たる。

 ガードされる。

 当たる。

 当たる。

 当たる。

 ガードの上から、隙間から。

 ガードで防がれても当たる拳の方が多い。

 カヲルの顔に一発二発と叩き込まれる。

 「好きになって何が悪い。愛して何が悪い。欲しいものを欲しいと言って何が悪い」

 シンジは号泣していた。

 ボロボロの姿で殴り続けた。

 逃げたことを打ち消すかのように。

 戻ってきたことを刻むかのように。

 誰も止めなかった。

 止められなかった。
















 ・・・怖いながらも通りゃんせ・・・













 もう一度やり直せるのなら




 彼女が許してくれるのなら




 もう、何も望まない




 本当だよ




 正直な気持ちなんだ
















 駆けつけた教師達に取り押さえられたとき、カヲルはすでに気絶していたが、ダメージはシンジの方が大きかった。

 放心したように座り込むシンジ。

 重力に引かれた両の拳から、紅の流れに紛れて白いモノが僅かに見えていた。

 眼一杯に涙を溢れさせたアスカが近寄り、ボロボロのシンジの頬を思い切り叩いた。

 「馬鹿シンジ!」

 アスカはそう言うとシンジの胸の中で泣き崩れた。

 「・・・その言葉がずっと聞きたかったんだ」

 シンジは傷ついた腕をアスカの背中に回してそっと抱きしめた。

 「もう誰にも渡さない。ずっと僕の側にいて」

 アスカの顔を上げさせ、眼を見つめながらシンジは囁いた。

 そのまま見つめ合う二人。

 アスカが瞳の奥を覗き込んでくる。

 心がそこに映っているかのように。

 時が過ぎる。

 誰かが何かを話しかけてくるが、雑音でしかなかった。

 その雑音も聞こえなくなる。

 見えるのは互いの想い。

 聞こえるのは互いの心の叫び。

 世界は二人だけになった。

























 アスカはそっと唇を合わせた。





つづく
ver.-1.00 1999_01/20 公開
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 第拾壱話”Stand by me.”をお送りいたしました。

 題名で展開バレバレ。

 ま、お約束って事で。

 やっと元のさやに収まりました。

 壊すのは簡単、戻すのは困難。

 修復完了。

 やれやれ。

 まだ続きます。

 次回は事件後の話。

 その次から新展開、かな。

 後はもう痛いことは、あり・・・ません。

 たぶん。

 もしかすると、ちょっとだけ。

 次回第拾弐話”My little lover.”でお会いしましょう。

 でわ。




 更新予定は今月中に”Sweet〜”終わらせる予定です。

 ・・・・・予定は未定。



 ZEROさんの『Both Wings』第拾壱話、公開です。






 あぁ、、よかったぁです。。

  アスカちゃんが無事で−−

 ここのカヲル君はとんでもないヤツだったぁ
 間に合って良かったよぅ


  元のさやに収まって、

 アスカもシンジも
 互いが必要で。。



 シンジが動けて、ホントに良かった。。



 この先厳しいこともあるでしょうけど、
 二人で乗り越えていって欲しいですよね・・

 きっと、間違いなく、大丈夫でしょう。うんうん!




 さあ、訪問者のみなさん。
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