その中に割って入るように、乾いた音が響き渡った。
Both Wings
「何でシンジがアタシのベッドで寝てるのよ」
アスカはベッドから転げながら降りた。
「何でって、昨日アスカがうなされてたから」
紅葉の跡がついた頬を押さえながら、シンジがつぶやいた。
「人がうなされてるとアンタはベッドの中に入ってくるの」
シンジの言葉を遮るようにアスカが声を荒げた。
「いくらアタシの寝顔が魅力的だからって、手ぇ出すなんて何考えてるの」
「どこが魅力的なんだよ。いつもだらしなく口を開けて涎たらしながら寝てるくせに」
「信じられない、いつも人の寝顔見てるのね。最低よ」
「だったら人に頼らないで、自分で毎朝目を覚ますようにしろよ」
二枚目の紅葉を押さえながらシンジは言った。
「だいたいいつもアスカはそうなんだよ。自分一人じゃ起きれないくせに毎朝毎朝…あ」
シンジが時計に目をやると、針は遅刻ぎりぎりラインの僅か手前を指していた。
「着替えるから出ていってよ」
覗かないでよ、と最後に一言言ってアスカは、シンジを部屋の外に追い出した。
「僕の着替えっ」
ドアが何センチか開いて、そのすき間から着替えが投げ出された。
リビングを駆け抜けて洗面所に飛び込んだシンジは、歯を磨きながら顔を洗いつつ、更に着替えを始めた。
身支度を整えると台所に飛び込み、冷蔵庫の中から牛乳を取り出して二つのカップに注いだ。
アスカがけたたましい音を立てて台所にやってきた。
「今日はミルクだけだからね」
「ん」
一息で飲み干したアスカは、そのまま洗面所へ走り去った。
ドライヤーの音が響いてきた、と思ったら鳴り止んだ。
シンジは駆け戻ってきたアスカに鞄を渡すと、玄関から飛び出した。
アスカが鍵を締め終わると、二人は学校に向けて猛ダッシュを始めた。
「こういう時、形状記憶ヘアーは楽よね」
「…特異体質」
「何か言った」
「いえ、何でもないです」
そして二人は無駄口をやめて、足を速めた。
並走する二人。
僅かにアスカが遅れていた。
こんなに背中広かったかしら、背中を見つめながらアスカは思った。
いつもの風景、いつもの道。
まだ二人に変化は訪れていなかった。
「セーフ!」
もつれ合う様にして3−1の教室に入ってくる二人。
おはよ、やっほぉ、クラスメートに声を掛けながらそれぞれの席に座る。
もっともシンジの後ろがアスカの席だった。
「今日はどっちが寝坊したの?」
シンジの前の席に座る少女が尋ねてくる。
先天的にメラニン色素が薄いため、肌の色が白人より白い少女。
しかし持ち前の明るさと、その美しさから、クラスの人気を二分する存在であった。
「…どっちがって」
シンジは後ろを振り返った。
「何よ。今日はシンジがアタシの布団の中に潜りこんできたから遅れたんじゃない」
朝の喧騒に包まれていた教室内が、一瞬のうちに静まり返った。
シンジは両手で頭を包みうなだれた。
「あ、違うのよ、いつも一緒に寝てるわけじゃなくて、違う、たまたま、夜が暗かったから」
頭脳明晰、学年トップ、IQ180を超えると噂される彼女だったが、少し言葉が不明瞭だった。
つまり何を言ってるのかさっぱり解らなかい、可哀相な子になっていた。
天使が宙返りしながら通り過ぎた後、教室は怒声で振動し始めた。
ピッ
メールが届きました
ん
差出人:Asuka(31102)
宛先:Shinji(31001)
cc:
件名:今日の御飯
今日の御飯どうする?
ママ今日も帰ってこないんだって。
あ、パパも。
スパゲッティ食べたいな、と。
帰りスーパー行くからちゃんと待ってなさいよ。
P.S.
さっきはごめんね。
From Asuka
カチャカチャカチャ…
ピッ
メールが届きました
ん
差出人:Shinji(31001)
宛先:Asuka(31102)
cc:
件名:Re:今日の御飯
了解。
スパゲッティでもハンバーグでも、お好きな物をどうぞ。
父さんも母さんも今追い込みだからとか何とか言ってた。
今日はトウジとケンスケ用事あるみたいだったから、丁度良いや。
P.S.
…今日何の夢見たか覚えてる?
From Shinji
シンジは後ろを振り返ると、アスカと目が合った。
アスカは首を横に振っていた。
ピッ
メールが届きました
あれ?
差出人:Rei(31101)
宛先:Shinji(31002)
cc:
件名:今日…
暇?
買い物行きたいんだけど、シンジ君にも一緒に来て欲しいな、なんて。
どうかな。
ダメ?
レイちゃんより
ピッ
差出人:Shinji(31001)
宛先:Rei(31101)
cc:
件名:Re:今日…
ごめん。m(___)m
今日アスカと買い物行く約束しちゃったんだ。
また誘ってくれるかな?
From Shinji
ピッ
差出人:Rei(31101)
宛先:Shinji(31002)
cc:
件名:Re:今日…
ふーん、そうなんだ。
相変わらず仲の良いことで。
もしかして禁断の愛の道を突き進んでたりして。
わかりました。
また今度ね。
レイちゃんでした。
ピッ
あ?そういう目で見られてるのか
普通だと思うんだけどな
ん〜
さっきのが響いてるのかな
軽くため息を吐いた後、シンジはようやく授業へと意識を戻し始めた。
「ねえアスカ」
シンジはスーパーの袋を両手にぶら下げながら、横を歩く少女に語りかけた。
「ん」
アスカはシンジの分の鞄も持って、爪先を見つめながら歩いていた。
「昨夜、何の夢を見てたのか本当に覚えていないの」
授業中に投げた疑問を再び問いかけた。
「・・・・・・気になる?」
「…うん。結構うなされてたから、何なのかなって」
しばらく二人は無言のまま歩きつづけた。
「恐い夢」
ぼそっとアスカは呟いた。
「重い空気がアタシを取り巻いて、…孤独、に、押しつぶされそうだった」
シンジが怪訝そうにアスカを見つめた。
「恐い夢」
同じ言葉を繰り返し、アスカはそれきり黙り込んだ。
「ごちそおさま」
「でした」
二人は同時に食べ終わると、食器を台所に運んでいった。
今日のTV番組の話をしながら、手慣れた手つきで食器を洗う二人。
次第に会話が途切れ途切れになって、いつしか皿のこすれ合う音と、水のほとばしる音だけが台所に鳴り響いていた。
すべての皿を洗い終えて、蛇口を閉めた体勢のままアスカが固まった。
「…シンジ」
「何」
「…ありがと」
アスカはくるっとシンジの方に向きを変えて、胸に額だけを押し付けた。
「大丈夫、僕がついてるから」
「ん」
シンジはそっとアスカの背中に手を回した。
「今日は大丈夫だよ。きっと。だから安心してお休み」
「ん」
そして二人は、TVを見始めるために、リビングへと戻っていった。
「だめ、夏を抱きしめてを見るの」
「トリプルキャストだって、今日が山場なんだから」
「今日から始まるのに、一発目を見ないでどうするのよ」
「犯人がわからなくなっちゃうから、今日は見ないと」
いつものチャンネル争いが、それまでの静かな夜を一瞬にして打ち砕いた。
まだ夜は、始まったばかりだった。
うーん、これまでを取り戻すかのような速さ。
このペースはいつまで続くのか。
次はいつになるのか。
それは作者も知らない。
二人の関係は、もうお気づきですね。
それです。
禁断、
の愛。
ん〜、
どうなるのかな。
どうしようかな、と。
って、だいたいの流れはもう決まってるんですけどね。
取りあえず、痛い話はZEROが耐えられないんで、
あまりしない様にしようかな、と。
でも避けられない。
ああ、どうしよう。
どうしよう。
悩むぅ。
取りあえずコンセプトは、
シリアス×ラブコメ÷2、
の予定。
では次回でまた。