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「引っ越しよ」
  夕食の席でミサトさんは唐突にいった。
「引っ越し、ですか」
  どんな反応を示せばいいのかわからず、間抜けに繰り返す。
「そ、お引っ越し」
「引っ越しって?」
「住みかを移すこと」
  誰もそんな辞書的なことは訊いてませんよ。
「なんでですか」
「実はね、あたし、昇進するの」
「そうですか、おめでとうございます」
  ミサトさんがなんで昇進するのかは知らないけど。ひょっとしたら、どこか誰も知らないところで働いているのかもしれない。
「でね、いまの二倍くらい広い部屋がもらえることになったってわけ」
  ずいぶんネルフって太っ腹だな……。
「掃除する面積が二倍になるだけじゃ……」
  掃除する身にもなってほしい。
「あのね」
  ミサトさんはちょっとすねたふりをしたけどすぐに元に戻って、
「で、唐突なんだけど、明日なのよ」
「ずいぶんと急ですね……」
「まあ、きょう、急に決まってね」
  ミサトさんはきょうというところを強調する。
「はあ」
「引っ越しは業者に頼んだから、手伝うことはないわ。間取りもそっくりだし。それでね」
  やけににこにことしながらいう。
「明日は悪いけど、どこかほかに遊びに行っててほしいのよ」
「いいですよ。ちょうど友だちにも誘われてましたし」
  本当だ。ケンスケが港に軍艦が入ったから、トウジと三人で見に行こうと誘われていた。
  船に興味はないけど、海に遊びに行くと思えば、まあ良いんじゃないかというところ。
  人が少ないといいけれど……。
「それじゃあ決まりね。あ、でも、夕方の六時過ぎくらいには帰ってきてね」
「はい」
  これで話はおしまいとばかりに、ミサトさんはビールを一本さらに空けた。
  ミサトさん、肝心なことを言い忘れてますよ。
「どこに引っ越すんですか」
  ミサトさんは天井を指さした。
「この上よ」


NEON GENESIS EVANGELION ANOTHER STORY
砂の果実
EPISODE:4(A)
Three Mothers

  空母《エンタープライズ》の甲板上に少女は寝転がっていた。
  視界にはいるのは見事なまでの満天の星空だった。一片の雲も見あたらず、くわえて月が新月であるおかげだ。
  その彼女を、三十歳くらいの、伸ばした髪を後ろでたばねた、無精ひげの男が優しい瞳で見守っていた。
「星が好きなんだな。毎日ここに来てる」
「うーん。そうでもないわ」
  男の言葉を少女は否定した。
「でも、街のなかじゃ見られない光景でしょ? そう思うともったいなくて」
  少女はため息をもらした。
「あーあ。明日はもう日本なのね……。加持さんともしばらくお別れか……」
「なに。日本にだって男の子はいるさ。サードチルドレンも男の子だぞ……聞いた話だと」
「ふたつも年下のうざったいガキには興味ないわよ。欲望だけ表に出して……気持ち悪い!」
  男はやれやれという感じで苦笑した。
「わたしが好きなのはこの世で加持さんとママだけ! 男の人は加持さんだけなの」
「そいつは光栄だな……」
  男は表情をゆがめた。
  笑うというよりも、苦々しさと憐憫が等分に混じりあった、そんな表情だった。けれど、少女からはそれは見えなかった。
  だから、なにも気にせずに起きあがると、男の腕に無邪気に抱きつくことができた。
「ね、加持さん」
「……ん?」
「ロマンチックな夜だと思わない?」
「そう……そうだな」
「そうでしょ? やっぱりこういう夜には……」
  少女は男の頬に唇を寄せた。
「アスカ……?」
  少女は小さく笑い声をもらした。
「わたしはもう大人よ。いつだって、なんだってオッケーなんだから」
「いや……まだ早いと思うけどな……」
  男の抗弁を聞かずに、
「おやすみなさいっ」
  少女は元気よく船室へと続くドアに駆け込んでいった。
  いささか呆然とした表情で男はそれを見送った。
「まいったな……。見透かされてるのか? それとも……」
  ため息をついた。
「このままだと……」


「さっさと抜けようや」
  数歩後ろをついて歩きながら全周囲にカメラをまわしているケンスケに一瞥をくれて、トウジはしかめっ面でいった。
  たとえ昼間で、家族連れの方がカップルよりも多いといっても、公園をひとりで歩いてハンディカメラをまわしているケンスケは、単なる変態にしか見えない。知り合いと思われたくなかったから、トウジとふたりで少し離れて歩く。
「そうだね……」
  そういって少し足を早める。
  朝に第3新東京市を出て、ネルフの設立にあわせるように(実際にあわせたらしい)建設された港街に来ていた。
  そして、潮の香りの漂う臨海公園を抜けて、ケンスケの目指す太平洋艦隊の待つ国連管轄下にある軍港へ向かうところだった。
「トウジが軍艦が好きとは知らなかったよ」
「わいがか? そんなことないって。せやけど、日曜日に家でごろごろしとるよりも、まだええやろ」
「そうだね」
  と、前方からねとねととした粘着質の声が聞こえてきた。
  見れば、いかにもがらと頭の悪そうな男の三人組が、サングラスをかけた女性にしつこくまとわりついていた。
「ナンパやな」
  トウジが断言した。
  サングラスの女性は、金髪の西洋系の女性だった。落ち着いた、大人っぽい服装がよく似合っている。ただ、頭の赤い髪飾りが、妙に子供じみていて調和がとれていなかった。 なんにしても、雑誌のグラビアを飾ったことがあるといって通るほどには美人だった。
「ナンパっていうよりさ、本能の赴くままって感じがするんだけど」
「そうやな」
  トウジとそんなことをいいあっていると、公園を甲高い声が突き抜けた。
「うっとうしいわねえ。あんたたちみたいなバカを見てると虫酸が走るのよ!」
  流暢な日本語だ。
  英語の発音で日本語を話す不自然な感じは全くない。もちろん、西欧系の人間が必ずしも英語を話すってわけじゃないけれど、とにかく日本人といっても通じるなめらかさだった。
  明快すぎる拒絶にもしつこく言い寄っていた(ひょっとしたら、理解できなかったという可能性もあるけれど)男たちは、次第に増えていくギャラリーに引っ込みがつかなくなったのかますますしつこくなり、やがて興奮したひとりが彼女の腕をつかもうとした。
「薄汚い手で、さわるんじゃないわよ!」
  彼女の眉間にしわが寄ると、男の手を勢いよく振り払った。そして、
「この」
  以下、英語とは違う感じがする言葉で悪態をつく。
  真っ黒なサングラス越しに膨れ上がっていた怒気が一瞬に消えて、広漠とした無表情に変わった。
  そして、彼女に手を触れたおとこの股間を、すさまじい勢いで蹴り上げた。
「おぐぅ」
  男はなんとも間の抜けたうめき声を上げてうずくまりかけた。すらりとした脚を彼女は信じられないほど高くあげて、男の後頭部にさらにかかと落としを食らわせる。
  男は地面とキスをしたままぴくりとも動かない。
「なんちゅうえげつない……」
  トウジのそんなつぶやきが聞こえた。
  彼女はそのまま残りのふたりに襲いかかった。
  次のひとりは鳩尾にひじ鉄を打ち込まれ、つづいて思いっきり宙に投げられていた。そして、近くに生えている垣根につっこんでいった。落ちた角度が悪かったのか、そのままぴくりとも動かない。
  三人目も、顔面を蹴飛ばされたあげくに、あばらを数回蹴られて悶絶している。ひょっとしたら、何本か折れているのかもしれない。
  ギャラリーは静まりかえっていた。
  大人の男三人を、一瞬で殲滅したのに息も切らさないで、彼女は人形みたいな無表情で周囲を見渡した。
  そして、なにかに気づいたように視線を固定させた。
「トウジ……なんかこっちを見てない?」
  思わず声が震えた。
「シ、シンジもそう思うか」
  たったいま動きを(ひょっとしたら生命活動まで)止めた三人の姿が自分に重なる。
  理由がわからないけれど、怖いものは怖い。
  綾波……母さん……。
  思わずペンダントを握りしめた。
  けど、彼女の視線は微妙に位置を違えた場所に向けられていた。
  リップかルージュかで彩られた彼女の唇から、抑揚のない、ぞっとする声が発せられた。
「そこのカメラオタク」
  ……ひょっとして、ケンスケのことかな?
  背後では、今の一部始終をカメラにおさめていたのか、レンズを彼女に向けたまま立ちつくしているケンスケがいた。
  ケンスケは引きつった笑みを浮かべた。
「な、なにかな」
  少女の方はにこりともしない。
「カメラをよこしなさい」
  ケンスケは後ずさった。
「い、いやあ、虎を捕るより鳥を捕り、鳥をおとりに……」
  なにを錯乱してるんだ、ケンスケ?
  そう思った直後、ケンスケは回れ右して走り出した。
「待ちなさい!」
  そう叫んで、猛然と彼女は追いかけようとした。男子の陸上の短距離選手と比べても遜色のない、とんでもないスピードだ。
  ケンスケは見かけよりも体力があるけれど、相手がこれだったら逃げ切れないだろう。
「捕まるなあ……」
「すまんのう、シンジ」
  そんなささやき声が聞こえたかと思うと、誰かに押されてよろめいていた。
  トウジ!?
  よろめいたのは、ケンスケを追いかけようとしていた彼女のちょうど進行方向だった。
  しかも数十センチ手前。
「な!?」
「うわ?」
  そして、少女と激突した。
  たまらず吹っ飛ばされてしりもちをつく。
  そのまま地面に転がるかというところで、誰かに襟元をつかまれた。そのおかげで頭をぶつけるという事態はまぬがれた。
  が、そのまますぐにぶんぶんと頭を振り回された。
「なにじゃましてるのよ!」
  襟首をつかんだまま、彼女は眉を急角度に上げてにらみつける。ぶつかったときにどこかへいってしまったのか、サングラスがはずれて、青い瞳が露わになっている。その素顔は、最初の印象よりもずっと幼い。
  頭の髪飾りが似合うほどに。
  そして、さっきの仮面のような表情が嘘のように消えて、その直前のような、喜怒哀楽の激しいものに変わっていた。
「え、あ、いや……ごめん」
  至近距離に迫っている怒りに満ちた顔にそう謝罪しながら、なに食わぬ顔でそばに立っているトウジをにらみつける。
「いやあ、すまんのう、連れが迷惑かけて」
  トウジは平然とした顔で謝ってみせた。
  もういちど襟元をつかんでいる少女がこっちを向いたときに、トウジはすまなさそうな顔をした。
  そりゃ、ケンスケのためだってわかってはいるけどね……。
「まったく、あのカメラ小僧、今度見つけたら殺してやるわ」
  冗談にはとても聞こえない物騒なことをいうと、彼女はのびてしまった襟首をようやく離して立ち上がった。
「おーい、アスカぁ」
  ようやく散らばる気配を見せ始めた観客たちの奥から男の声が聞こえた。
「加持さーん」
  いままでのどこか殺気だった表情を一変させて、少女は《わたしは深窓の令嬢よ》という顔に作り替えた。声も、少女漫画ちっくに変わっていた。
  そのままだらしない格好の無精ひげに近づいていった。
「なんちゅう変わり身の早さ……」
  トウジが唖然とした台詞をもらした。
「ずいぶん待ったのよ」
「いやあ、すまんすまん。仕事、なかなか抜けらんなくってさ」
  適当にのばしたあげくに適当にまとめた髪。そして、無精ひげ。
「わたしとデートするより大事な仕事があるの?」
  加持と呼ばれた男の人がソフトクリームを手渡した。
「アスカとデートするのは、仕事じゃなくて趣味だからな」
  デートが仕事っていうのは、いやだと思う。 いろんな意味で。
  少女はくねくねと躰をゆすった。
「さ、行きましょ」
  そういってふたりは歩き出した。
  歩きながら加持という無精ひげはふりむいて、こちらにウィンクをしてみせた。
  なんだろう?


「いやあ、大変だった」
  ほどなくして、なにもなかったかのようにケンスケが戻ってきた。
  ビデオカメラはしっかりと抱え込んでいる。
「シンジ、トウジ、協力感謝!」
  背を向けてたはずなのに、どうして知ってるんだ?
「おまえ、逃げながらカメラ、まわしとったんかい」
「当然だろ。カメラは俺の魂だからね。しかし汗をかいちゃったよ」
  シャツの胸元をぱたぱたとやって風を送る。
「こっちは冷や汗をかいたよ」
「そうやなあ。あの女、ただもんやないで」
「鬼みたいに強かったからね」
  そういうと、
「それだけやない」
  トウジはどちらかといえばケンスケに似合いそうな戯画めいた仕草で顔の前で指をふって、ちっちっちと舌を鳴らした。
「シンジとぶつかってふたりともよろめくやろ。で、シンジはすっころげたわけや」
  誰のせいだ。
「あの女もころがったんやけど、そのあとやな、シンジが倒れるまでの間に跳ね起きてシンジの襟をつかんどった。あの反射神経、人間やないわ」
「そうなの」
「そうや」
  全然気づかなかった。彼女は転ばなかったとばかり思っていた。
「ありゃ人間やないわ」
  そういいながら、トウジは地面に転がっていたサングラスに気づいて拾い上げた。
「あの女のやつかい」
  しばらく眺めたあと、それをポケットに押し込んだ。
「ま、間違ってどっかであったら返してやるとするか」
  もう一度見かけたときに、近づこうとする気があるだけ偉いよ、トウジ。


  港に並んでいる軍艦の群れは、確かに壮観だった。
  ケンスケが、やたらと入れ込むのもわかる気がした。
「さすが、国連の誇る太平洋艦隊」
  ケンスケは酔ったようにカメラで戦艦やら空母やらを写している。
「この機能美! ……お、あれはソヴリン級の新造空母《エンタープライズ》!」
  《勝手にやっとれ》といわんばかりの表情で、トウジはベンチに腰を下ろした。
「あれ? おかしいな……」
  ふとカメラから眼をはずして、ケンスケは怪訝な表情になった。
「どうしたんや」
「いやね……、情報よりも船の数が少ないんだ」
  軍事情報なんて、どこから調べたんだろう。
「シンガポールを出港したときには、確か全部で十八隻あったはずなんだ。でも、十一隻しか残ってない……」
「地域紛争に巻き込まれたんやないか?」
「そうかなあ……」
  理由は、無論《使徒》との交戦によるものなんだけれど、ケンスケに教えるわけにもいかない。
「それはないと思うけど。シンガポールから先、国連艦隊にそうそう損害を与えるだけの武力を持った国、それで国連に喧嘩を売るところなんかないよ」
「ほかの港に分割して入港したんやないか」
  もっともらしい理由をトウジがあげた。
  けれど、ケンスケは納得できなかったみたいだ。
「じゃあさ、あの《オーバー・ザ・レインボー》の惨状はどうやって説明するのさ」
  そう。《弐号機》が《使徒》を甲板上で解体したために、その体液がところどころにまだこびりついているのだ。乗組員総出で掃除をしたくらいでは修復できなかったみたいだ。
  それに、《弐号機》の足跡が盛大に残っている。
「まるでロボットでも歩いた……」
  ケンスケは言葉の途中で口をつぐんだ。 そして、
「この前の戦自のロボット、とか?」
「わいに聞くな」
「しかし、ケンスケもミリタリーが好きだね」
「そりゃそうさ。この格好よさは男なら誰しもあこがれるだろ?」
  そんなことはない。
  ケンスケは屈託のない表情でカメラを回し続けた。


「繰り返すまでもないと思うがね、碇君。世界はいま危機的状況を迎えておるのだよ」
「左様。セカンドインパクト、その後の地域紛争、そしてそれに伴う人口の減少。人類すべての試練のときなのだ。わかっているのかね」
  闇に浮かぶホログラフ映像が、次々にひとりの男を責め立てる。教科書的な知識の羅列であり、誰かに感銘を与えるつもりだとしても、それには明らかに不足だった。
  そして、彼はそれに動じる様子はなかった。
「無論承知しております」
  組んだ手と色眼鏡で表情を隠したまま、ゲンドウは慇懃に応える。
「そのためのネルフ、ゼーレ、そして《人類補完計画》なのですから」
「殊勝な物言いだが……ならば、《ロンギヌスの槍》の回収を行わない理由を聞きたいものだな」
  いささか辛辣な口調で、ひとりが問いただした。
「いまは《使徒》の撃退を最優先しております」
「そのための《弐号機》の招聘かね」
「その件については、すでに結論が出たものと認識しておりますが?」
  ゲンドウを試すような、あるいは嘲るような会議が終わって、その姿がホログラフ映像から消滅した。
  それを待つかのように、ゼーレのメンバーのひとりが議長であるキール・ローレンツの方を向いた。
「議長。鈴を鳴らしてみてはいかがでしょう」
「それは拙速だな」
  にべもなくキールはその提案を却下した。が、なおも食い下がる。
「しかし、碇の忠誠はあてにはなりますまい」
「その通りだ。それゆえに、碇は《裏死海文書》のすべてを知らされてはおらぬ」
  バイザーに交換して失われたはずの眼光が鋭くなった。少なくとも、列席する委員たちにはそう思われた。
「この件はしばらくわたしにあずけてもらいたい……」
「議長がそうおっしゃるならば」
  その言葉を合図にしてすべてのホログラフが消滅し、ひとり残ったキールは唇をゆがめた。
「さて、碇……。わたしを失望させてくれるなよ」


  鍵を開けると、なかは空っぽだった。
「あれ……」
  部屋を間違えたかな……って、そういえば引っ越したんだった。
  思わずひとりで顔を赤くしてしまった。
  誰も見てなくてよかった……。
  階段を駆け上がって、引っ越し先の部屋へ向かうことにする。ただ単にひとつ上の階に移っただけで、部屋番号も同じ。違うのは、隣りに部屋がなくて、そのスペースがなかでつながって巨大な部屋になっていることくらいだ。
  ドアにネルフのIDカードを差し込むと、シュッという音を立ててドアがスライドした。
「ただいま、ミサトさーん」
  返事はない。
  どこかへ出かけてるのかな?
  きょうは休みのはずだし夕食を作らなきゃいけないなとキッチンへ向かおうとしたとき、きのうまでの部屋にはなかった廊下の奥の暗がりにあるふすまが開いて人が出てきた。
  長い髪がシルエットでわかる。
「ミサトさん?」
「違うわよ」
  ミサトさんよりももっと若い女性の声が答えた。女性というよりも、女の子の声だ。
「だいたい、そっちこそ誰なの?」
「誰っていわれても」
  舌打ちとともに、声の主は暗がりからようやく姿を現した。
  金髪に、赤い髪飾りの少女だ。
「名前くらいいえないの!?」
  きつい声が投げかけられたけれど、こっちはそれどころじゃなかった。
  腰こそ抜けなかったけど、躰が勝手に数歩後ずさる。
「なに逃げてるの?」
  昼間、公園で暴れていた彼女が、どうしてこの家に……?
「ったく、こんなのがサードチルドレン?」
  その彼女の言葉でようやく理性を取り戻せた。
「……きみも?」
「そうよ。わたしはセカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレー。《弐号機》の専属パイロットよ」
  《弐号機》という言葉が、洋上でのあの残虐な戦いぶりを思い出させた。確かに、あんな戦い方をする人間と思えば、公園での振る舞いも理解できる。
  面倒な人間関係がひとつ増えたな、としか思わなかった。アスカという少女に対する思いをひとことに集約すれば、ただ単に面倒というだけだ。
  それが母さんの願いだというのなら、エヴァに乗ることは苦痛でもなんでもない。さらにいえば、綾波がパイロットであるなら、一緒にいるのもいい。けれど、そこに面倒な人間関係を持ち込みたくはない。
「……ぼくは碇シンジ」
  だから、《よろしく》なんてつけようとは思わなかった。
  彼女は《冴えないやつ》とでもいいたそうな目つきでため息をもらした。
「ふう……。ま、どうでもいいわ。はじめまして」
「はじめまして……って、昼間に港近くの公園で会った……」
  あれを《会った》と表現するのが適切かはともかく。しかし、
「なんのこと?」
  彼女は怪訝そうに眉をひそめた。
  困惑してセカンドチルドレンの様子をうかがう。単に顔を覚えていないだけなのかな? だとすれば、ケンスケと出くわしても殺されることはないだろうな……。
  そんなことを思っていると、携帯電話のコール音が鳴った。三回目のコールの途中に通話ボタンを押す。知り合いのなかでもっとも威勢のいい声が
耳に飛び込んできた。
《シンジ君? いまどこにいるの》
「ミサトさんですか? マンションに帰ってきていますけど……」
《なら、アスカは一緒にいるわね。悪いけど、一緒に本部まで来てちょうだい。いつもどおり、外に保安部の車がいるわ。急いでね》
「《使徒》ですか」
《んー、そうね……。電話じゃいえないわ》
  それだけをいうと、ミサトさんは電話を切ってしまった。珍しいな、と思った。
  ミサトさんがものをはっきりといわないっていうのは滅多にない。誰かが盗聴でもしてる可能性があるから、とか?
  携帯電話をしまい込むと、セカンドチルドレンは目でうながした。
「ミサトさんが本部に来いって……」
「ミサトが? そう」
  頷いて、彼女は玄関に向けて歩き出した。
  そこでようやく当たり前の疑問が脳裏をかすめた。
  なんでここにセカンドチルドレンがいるんだろう?
  しかも、ミサトさんがいないのに。


NEXT
ver.-1.00 1998+07/12 公開
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あとがき

ずいぶんとお久しぶりのSNOWです。
……これが最長となるという保証はどこにもありませんが(おい)。

ゲーセンアスカ改でしかないところが不満ではありますが、ようやくアスカ登場です。
こんなのはアスカじゃないっていわれそうですけれど。

ところで、シンガポールから日本までの航海時間ってどれくらいかかるんでしょう。
作中だと二週間になってますけど、本当のところは知りません。いい加減ですね。

感想などのメールはこちらまでお願いします。

ではまた。







 SNOWさんの『砂の果実』EPISODE:4 A-part、公開です。





 カメラ野郎ケンスケ(^^)


 いついかなる時もカメラを携え、
 シャッターチャンスを逃さず、
 フィルムは絶対死守。


 素晴らしいぞ。



 この”死守”って所がプロだよね(^^)

 友達を残してでも逃げる・・・プロプロ!



 アスカ大立ち回りの巻−

 うーん、見てみたい(爆)





 さあ、訪問者の皆さん。
 感想メールを質問の応えメールも、SNOWさんへ!




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