TOP 】 / 【 めぞん 】 / [SNOW]の部屋 / NEXT

  すがすがしさの残る強い風が、いま供えたばかりの百合の花びらを吹き散らした。
  目の前の墓標には、『Yui Ikari 1977-2004』と、少しそっけなく刻まれている。
  残念なことに、母さんの顔を、面影さえも覚えていなかった。
  写真も残ってなかった。
  《父親》がすべて処分してしまったからだ。
  けれど、ほんの少しだけ。本当に少しだけ、思い出が残っていた。
  《おまえはわたしの誇り》と、くりかえしいってくれたこと。
  それが、生きているただひとつの支えだった。
  この世界で生きることを、母さんが求めてくれたから。
  死ぬことは気にならない。
  死ねば母さんに会えるから。
  胸元に揺れている十字架のペンダントを握りしめた。
「これから、母さんの結婚した人に会いに行かなくちゃいけないんだ」
  会いたいといえば、閻魔大王が地獄から舌を引っこ抜きにくるだろう。
「三年間連絡ひとつよこさないで、いまさら何のようだっていうのかな」
  目を閉じる。
  けれど、《父親》の顔も格好も浮かんではこなかった。
「母さんが選んだ人ってことはわかってるよ。でも……」
  好きにはなれない。
「愛人作って、迎えに来させるつもりみたいだ」
  《父親》がよこした手紙には、二十代後半に見える女の、キスマークつきの写真が同封してあった。
「いい気なもんだよね」
  このままここにいても、結局、愚痴しか出てこないと思う。
  だから、無理に笑顔を浮かべることにした。
「じゃ、また来るよ。母さん」


NEON GENESIS EVANGELION ANOTHER STORY
砂の果実
EPISODE:1
ANGEL ATTACK

  耳にあてた受話器からは、ツー、ツーという発信音しか聞こえてこなかった。
「やっぱり不通か……」
  リニアトレインで順調に第3新東京市までたどり着いたのに、約束の駅よりふたつ前のところで、《特別非常事態宣言》というやつにひっかかって、駅から放り出されたのだ。
  まったく、冗談じゃない。
  それでも、周囲に他人がいないというのはいい。どこへ消えたのかは全く知らないけれど……。
  そんなことを思いながら前に視線を向けると、スカートが見えたから驚いた。
  中学校か高校の制服のような、ブレザーだ。
  当然、スカートだけが脱ぎ散らかされているわけじゃなかった。
  それを着ているのは、銀色の髪と紅い瞳という、ひどく印象的な女の子だった。
  その女の子は、無表情にこちらをじっと睨んでいる。
  耳と頬に血が上っていく。
「や、やあ……」
  ぎこちない笑みを浮かべて、なんとなく片手を振ってみる。
  表情を変えないままこちらを睨み続けていた彼女の頬に、突然雫が流れた。
  涙だった。
「え……?」
  なにがどうなっているのか、さっぱりわからない。
  思わず凝視しかけたときに、強い風が吹きつけた。
  ほこりから護るように手をかざす。
  電線の上から雀かなにかの飛び立つ音がした。
  そして、それを合図にするかのように、少女の姿は消え去っていた。


  なんだったんだろう?
  半ば呆然とその場に突っ立っていると、いままでに聞いたことのないうるさい音が、鼓膜をふるわせた。
  強いていえば、飛行機のエンジン音か、ロケットの打ち上げのような音だ。残念ながら、ロケットの打ち上げ音の方は聞いたことがないけれど。
  そんなのんきなことを考えていられたのも、その発生源を見るまでだった。
  ビルすれすれを飛んでいる物体は、巡航ミサイルだった。
「せ……戦争!?」
  別に毎日熱心に新聞を読む、というわけじゃないけれど、日本がどこかの国と戦争寸前までいっているなんて、聞いたことがなかった。
  それだけに、目の前を飛んでいったものが、現実のものなのか疑ってしまう。
  直後には、ずいぶんと低い位置を飛んでいる戦闘機の機影が見えた。
  それに続く爆音、そして爆発音が、目の前の光景が冗談でないことを教えてくれた。
「セカンドインパクトからちょうど十五年……。きりがよすぎるよな」
  シェルターに逃げなきゃと思い、そこではたと気づいた。
  そんなものがどこにあるかなんて、知るはずもなかった。故郷には(セカンドインパクトのあとしばらくはともかく)そんなものはなかった。
  目立つところに看板でもあるのかと周囲を見渡しても、それらしいものもない。この街にもないのかもしれない。
「母さんに会えるのかな……」
  死を覚悟するということは、映画だとさも仰々しく描かれている。でも、現実はあっけない。
  恐怖感さえなかった。
  むしろ落ち着いた気分で、戦闘機の飛んでいった先に視線を向けた。
  そして、母さんに会えるという期待は吹っ飛んだ。
  吹っ飛ばしたのは、戦略自衛隊(つまり日本の軍隊だ)の攻撃目標だった。
  骸骨のなかに黒い全身タイツを着た人間を押し込んで、首だけ胸元に埋め込んだ巨人というとわかってもらえるかもしれない。それこそ、子供向けの特撮映画にでも登場しそうな怪物だった。
  もしテレビで見たなら、着ぐるみと断言したと思う。
  怪物は、蠅のようにたかってミサイルなどを撒き散らしているヘリコプターを殴りつけた。
  超音速で飛んでいる戦闘機も、それこそ無造作にたたき落とした。
  飛んでくるミサイルが、オレンジ色の光の壁に受け止められて爆発した。
「バリア……なのかな」
  冗談のような話だ。
  あんな化け物を作れるだけの科学力がある国が、どこかにあるんだろうか?
  戦自は性懲りもなくミサイルをうち続けていた。
  そのうちの、目標をそれたミサイルが、それこそ目と鼻の先に落ちて爆発した。爆風で飛んできたコンクリート片やらが飛んでくるのがわかった。
  このままなら、死ねるはずだった。
  胸のペンダントを握りしめて、そのときを待った。
  けれど、すさまじい速度で近寄ってきた青いスポーツカーが、目の前でスピンして壁になった。そのせいで、見るからに高価そうなその車の、助手席側がぼこぼこにへこんでしまった。
「おまたせ!」
  運転席に座っていたのは、サングラスをかけてはいるが、確かに写真の女性だった。
  写真とは違って、びしっとしたスーツを着て十字架のペンダントを下げている。
「碇シンジ君ね? 早く乗って!」
「……わかりました」
  答えが遅れたのは、母さんに会えなかったのが残念だったから。
  へこんだ助手席のドアを無理矢理開けて、シートに滑り込む。
  運転席の愛人は、ドアを閉じた瞬間に、猛烈な速度で車を発進させた。無茶苦茶な加速がシートに躰を押しつけた。
  ほとんど速度を落とさないまま交差点に突入して曲がっていく。
  タイヤと路面が仲良く、そして激しく抗議をしている。
  助手席って、一番死ぬ確率が高いんだよな……と思ったけれど、この車には後部座席はなかった。
「しっかり捕まっててね」
  運転席でぺろりと唇を舐めていう。
「いわれなくたって……愛人さん!」
「は?」
「あの男の愛人なんでしょ?」
  唖然とした顔で、運転席の女性はこちらを凝視した。
「よそ見、しないでください。ぼくはまだ死ぬ気はありませんよ」
  慌てて彼女は前に向き直った。
「《あの男》って碇司令のこと? 全然違うわ。わたしは碇司令の部下よ、ネルフの。冗談でもそんなことは言わないでくれるかしら」
  全然というところに妙に力を入れていた。
「ネルフ? あの男の職場ですか?」
「……特務機関ネルフ。国連直属の非公開組織よ。わたしも、碇司令もそこに所属しているの」
「そうですか……。じゃあ何で迎えにきたんです。公私混同ですか」
  自分でもとがったナイフのような声だとわかる。
  彼女はそんな子供っぽい口調に、大人の余裕で微笑んだ。
「公用よ……。そうそう、わたしは葛城ミサト。よろしくね」
「葛城さん、ですか」
「ミサトで良いわ」
「わかりました、ミサトさん」
「よろしい」
  ミサトさんはにっこりと笑った。
「遅くなってごめんね」
  といわれても、約束の時間と場所にいたわけじゃなかったんだけど。
「うちの保安部と諜報部、ただ酒飲むしか能がないんだから」
  保安部? 諜報部? なにか、さっきから映画のなかに飛び込んだような気がする。
「所詮、ネルフも寄せ集め集団ね……」
  そういいながら車の速度を落とし、ミサトさんは遠くの巨人の方を見た。
  気づくと、先ほどまでは群れになって飛んでいた戦闘機が一機も見えなくなっていた。
「……まさか、N2爆雷を使う気!?」
  ミサトさんは再びアクセルを踏み込みながら吐き捨てた。
「無駄なことを!」


 「あーあ、まだローンが33ヶ月も残ってるのに」
  ミサトさんは溜め息をつきながら車を走らせている。時々軋んだように揺れるのは、先ほどのN2爆雷のせいだ。
  ついさっき、ミサイルに対する壁になったときに半分がべこべこになっていたけど、いまのN2爆雷は、残り半分とフロントガラスまでだめにしてくれた。
  正確にいうなら、フロントガラスは傷ついて運転の邪魔になったから、ミサトさんが自分で叩き割っていた。そのなれの果ては、いまも足元に散らばっている。
「何ヶ月ローンだったんですか?」
「36ヶ月よ」
  それは悲惨だ……。
  話を変えた方がいいだろうと思って、さっきの化け物について聞いてみることにした。
「あれ、なんなんですか?」
  ミサトさんはまじめな顔をしてこちらの顔をのぞき込んだ。
「わたしが知ってるとは限らないでしょ」
  その答えが、わたしは知っているといっているようなものだと思う。
「ま、いいわ。シンジ君にも関係あることだし」
  どういう意味なんだろ?
  ミサトさんはひとり勝手に納得すると、
「ネルフでは、あれのことを《使徒》と呼んでいるわ。十五年前に南極で起きた《セカンドインパクト》。あれを引き起こしたのも《使徒》なの。その、十五年ぶりのお出ましよ」
「教科書じゃ、あれは巨大隕石の落下が原因だって……」
  我ながら、説得力に欠ける抗議だった。
  残念なことに、教科書をそのまま信じられるほど、純真でも馬鹿でもなかった。
  あんな嘘を信じられるのは、よっぽど純真で、かつ馬鹿なだけだ。
  そんな心のなかを読んでいるように、ミサトさんはいった。
「信じてないんでしょ、そんなこと」
「……はい」
  世界中の天文台、そして、それこそ星の数ほどいるアマチュア天文家の観察網をくぐり抜けて地球まで辿り着く巨大隕石なんてあるわけがない。
  気づくと、車は地下道に進入していた。その奥にはカートレインがあった。
「IDカードは持ってきてるわね?」
「はい」
「じゃあ、これ、読んでくれるかしら」
  ミサトさんはダッシュボードから《ようこそ、ネルフへ》と書かれた紙が貼ってあるファイルを取り出した。
  それを受け取ったとき、カートレインは開けた場所に出た。
  一瞬、外に出たのかと思ったけど、そうじゃなかった。
  地下に作られた、巨大な球形の穴だった。
「ジオフロント……。ネルフ本部のあるところよ」
「そうですか」
  別に興味はなかった。
  《父親》がいるのかと思うと、むしろ不愉快になるだけだ。
  渡されたファイルを開きもせずに、窓の外を眺めることにした。


  目の前を美女が二人、並んで歩いている。
  増えたのは、白衣をまとった金髪の女性だった。
  ただし、金髪という言葉は、必ずしも欧米人種を意味するわけじゃない。単に染めているだけだ。
  眉が黒いままなのがどうにも間抜けに思えたけれど、染めていたとしてもやっぱり間抜けだと思う。
  そんなことを思うのは、保守的な人間である証拠なんだろう。
「遅刻よ、ミサト」
「いやあ、道に迷っちゃって……。ゴメン、リツコ」
  ミサトさんはへらへらと笑って誤魔化した。
「昔から方向音痴だったわね、ミサトは」
  リツコと呼ばれた金髪の女性は、溜め息混じりの苦笑を漏らした。
  それから、こちらに一瞥をくれた。冷たい眼差しだった。
「この子がマルドゥック報告書によるサードチルドレン、碇シンジ君ね」
  なんか、《実験動物三号》と口にするのと同じ口調だった。
  サードチルドレンってどういう意味なんだろう。
「サードチルドレンって……ミサトさん、何ですか?」
  ミサトさんが答えるよりも先にリツコさんがいった。
「すぐにわかるわ」
  そうして連れてこられたのは、薄暗い場所だった。足音の反響などからすると、相当に広い場所のようだった。
「気をつけて歩いてね。落ちるとおぼれるわよ」
「死ぬことはないわ」
  ミサトさんの忠告に、リツコさんは冷たくいった。
「ミサト。明かりをつけて」
「へいへい」
  ミサトさんは少し離れた位置にある制御板に近寄った。
  いきなり周囲が明るくなった。
「うわ!? な……この仮面、何ですか」
  明かりに照らし出されたものを見て、思わず後ずさってしまった。
  鬼を思わせるフォルムの仮面だった。
  ただし、ひどく大きい。ついさっき、街のなかで見た怪物と張りあえそうなほど。
  首から下は、血の色の液体のなかに沈んでいて見えない。
「人が造り出した究極の汎用決戦兵器、《人造人間エヴァンゲリオン初号機》。極秘裏に建造された、我々人類最後の切り札よ」
  あの怪物を見たときから、どうも現実から遠く離れてしまった気がする。
  そういう理由で、どうにも言葉がねじくれてしまう。
「トランプ、ですか」
「あら、よく知ってるわね」
  皮肉をさらりとリツコさんは受け流した。
「それで、この張りぼてで何をするつもりですか」
「ずいぶんないいぐさだな、シンジ」
  どこからともなく、スピーカー越しの音声が響いた。
  ミサトさんとリツコさんの視線を追って頭上を見上げると、そこに髭面の男が立っていた。
  色眼鏡越しの視線は、ひどく冷酷な感じがした。
  三年ぶりに会う《父親》だった。
「きょうおまえを呼んだ理由は他でもない。《エヴァ》に乗れ」
「いやだよ」
  身勝手な言葉は、怒りを誘われるどころか、むしろ滑稽だった。性格に不自由しているこの男に、むしろ憐れみさえ感じた。どうして従わなければいけないんだろう。どうして従うなどと思えるのだろう。
「なに?」
  不愉快げな言葉に、微笑みを浮かべて優しくくりかえした。
「いやだっていったんだよ」
  《父親》は不機嫌な顔を浮かべたようだった。
「父親の命令に従えんのか!」
  その言葉に思わず笑ってしまった。まだ自分が《父親》という言葉の示す立場にいると思っているというのが、理解できなかった。
  そこにミサトさんが口を挟んだ。
「碇司令。そもそも、訓練を受けていないシンジ君が搭乗したからといって、使徒と戦うことは不可能だと思われます。レイでさえ、シンクロするには七ヶ月かかっているんです」
「いまの最優先事項は、使徒の撃退よ。そのためにはエヴァとのシンクロの可能性がわずかでもある人間を乗せるしかない。わかっているはずよ、葛城一尉」
  答えたのはリツコさんだった。そして、数瞬のためらいのあとに、ミサトさんはうなだれた。
「……そうね」
  《父親》は部下の会話が終わったのを聞いてもう一度いった。
「わかったらさっさと説明を受けて乗れ。乗るだけでいい。それ以上は望まん」
  ようやく笑いがおさまった。
「乗るつもりは、ない。そういってるでしょう……六分儀《司令》」
  《父親》には、《碇》という姓を名乗って欲しくはなかった。母さんと結婚するまで《六分儀》だったのだ。
  母さんが死んだ以上、さっさともとの名前に戻して、赤の他人になって欲しい。
「乗るなら早くしろ。でなければ帰れ!」
  いらだたしさが混入された声。
  身勝手なのは、いったいどっちだっていうんだろう。
「そういうことですから、外まで案内してください」
  さっきから黙っていたミサトさんに頼むことにした。
「シンジ君がエヴァに乗らなかったら、人類は滅んでしまうのよ……」
  ミサトさんは必死な顔をしていた。
  銀の十字架を握りしめて、問い返す。
「それがなんだっていうんですか?」
「あなただって、死んじゃうのよ!」
  ああ、そうか……。
  なんでミサトさんがこうも必死なのかが、ようやくわかった。つまり、まだ死にたくないんだ。
  母さんがいないから。
「死ぬのが、怖いんですか」
「あたりまえでしょ」
  ミサトさんの視線が、手でもてあそんでいる銀のペンダントに向けられた。
「死ねば、天国へ行けるなんて思ってるんじゃないでしょうね」
  あたらずとも遠からずだった。
  天国なんてどうでもいいけれど、死ねば母さんに会える。
  黙っていると、
「死ぬのは、精一杯生きて、それからよ!」
  ミサトさんとそんなやりとりをしていると、リツコさんが内線を手に取った。
「赤木よ。レイを呼んでちょうだい。それから、初号機のパーソナルデータをレイに書き換えて」
  馬鹿馬鹿しい。
  他にパイロットがいるのなら、最初からその人を乗せればいい。
  リツコさんが内線を置いたあとすぐに、近くのドアが開いた。
  入ってきたのは、数人の白衣の男たちと、移動式のベッド。そして、ベッドの上の女の子だった。
  なんでベッドの上にいるのかは、一目でわかった。全身にひどい怪我をしている。片腕はギブスで固定されていたし、躰のラインがくっきりとわかる、プラスチック風の服の下にも包帯が巻いてあるみたいだった。
  そんなことよりも驚いたのは、その女の子の髪と瞳の色だ。
  銀色のショートカットと、血のような色の瞳。
  ミサトさんと会う前に街で見かけた女の子とそっくりだった。
「リツコ!」
「赤木博士!」
  人の驚きをよそに、ミサトさんと《父親》の抗議の声が響いたけれど、リツコさんは気にした様子もない。
「早くしなさい、レイ。あなたに予備はいても、人類に代わりはいないのよ」
  ぞっとするほど冷たい声でリツコさんは《レイ》という名の少女を責めた。
  そうやって彼女を苦しめて、間接的に《予備》を傷つけようというんだろうか。
  ちらりとそんなことを思ってリツコさんの目を見た。
  ……怖かった。
  他人のなにもかもを否定して、苦しめようということしか考えてないみたいだった。
「シンジ! さっさと乗れ!」
  そんな叫びは無視して、少女がベッドの上で身を起こすのを見ていた。
  ゆっくりとだが、確実に身を起こしたとき、リツコさんは舌打ちすると少女の手首を引っぱった。
  バランスを崩して、彼女はベッドから転げ落ちた。
「くうっ」
  苦悶の表情を浮かべて、少女は呻いた。
  それを見ても、リツコさんは嗤っているだけだった。
「リツコ!」
  ミサトさんも、床に倒れている彼女そっちのけで、リツコさんにくってかかった。
  スピーカーから垂れ流しにされている罵声を無視して、女の子に駆け寄って助け起こした。
  本当は動かさない方がいいんだろうか。
  背中に回した腕に、ぬるりとした生暖かい液体の感触があった。いま、リツコさんにベッドから引きずり降ろされたせいで、傷口が開いたんだろう。
「大丈夫かい」
  少女のルビー色の瞳が、じろりとこちらを睨んだ。
  馬鹿なことを聞いた。
  これだけ血を流していて平気な人間がいたら見てみたい。
  空いている方の指先で、額に浮いた脂汗を拭った。はりついた前髪を、そっとかきあげる。
  彼女は立ち上がろうと、腕のなかでもがいた。
「無理は、しないほうがいいよ」
  こんな台詞は、自己満足だ。そんなことはわかっている。
「シンジ! このエヴァは、ユイの願いが込められているのだぞ!」
  さっきからわめくしか能がなかった男が、そう叫んでいるのが聞こえた。
  ユイ……!?
「母さんの……!?」
「そうだ。きょう、このときのために、ユイはエヴァを作ったのだ。わかったら、さっさと乗れ!」
  血と汗のついた手で、ペンダントを握りしめた。
「……わかったよ。条件付きで、乗るよ」


  エヴァのパイロットという仕事に対して正規の給与を支払うこと。
  親権を放棄すること。
  《碇》姓を捨てて《六分儀》姓に戻ること。
  三つの要求が受け入れられたから、エントリープラグという名前のコックピットに座っていた。
  少し冷たくて、血の匂いのする液体が全身を包んでいる。
  L.C.Lという名前で、エヴァを動かすためには必要不可欠な液体だという。
  そして、そのまま呼吸することもできた。
  器用な液体もあるもんだと苦笑するしかなかった。
《主電源接続。全回路動力伝達。A10神経接続異常なし。初期コンタクト、すべて問題ありません》
《双方向回線開きます》
《シンクロ率43.1%。誤差0.3%以内です》
  回線越しになにやらどよめきのようなものが聞こえた。
  繁雑なチェックのあとに、《初号機》の機体が動かされた。
《碇司令、かまいませんね》
  ミサトさんの声だ。ネルフの作戦部長がミサトさんというのを聞いて驚いた。
  そんな重要なポストの人間が、人を迎えに戒厳令下の街をうろつくのか?
《もちろんだ》
  もはや《父親》でさえなくなった男の声が聞こえた。
《使徒の撃退と初号機の確保。これが本作戦の目的だ。サードの命は考慮しなくてよい》
  司令である六分儀ゲンドウがいう。
《発進!》
  一瞬の加速ののちに、地上に立っていた。
「もう、夜か……」
  エヴァの操縦方法についての基本的なレクチャーを受けていたら、ずいぶんと時間をとったようだ。
  戦自の照らす証明に、《使徒》が浮かんでいた。
《いいわね、シンジ君。死なないで》
  戦場に送り込んでおいて、勝手なことをいう。
  返事をするのも煩わしかったから、適当にハイといっておく。
  インダクションレバーに手をかける。
《パイロットが思うようにエヴァは動くわ。操縦桿は飾り。本来なら無くても動くはずよ。ただ、人間っていうのは、自分の体を動かした方がものを操縦しやすいからつけてあるの》
  リツコさんの説明を反芻しながら、エヴァを歩かせることだけを考えた。
《う……動いた!》
  発令所からリツコの歓声が聞こえた。
「動くかどうかわからないものに人を乗せたんですか!?」
《確実に起動しているのは弐号機だけよ》
「だったら、その弐号機に戦わせればいいでしょう!」
《いま、ドイツなの》
「……そうですか」
《肩のウェポンラックからナイフを出して》
  指示に従って、プログレッシヴナイフを抜く。
「他には?」
《武器の研究はドイツで行っているの》
「なんですか、それは?」
  ネルフという組織、本当に《使徒》と戦う気はあるのか?
  そう疑いたくなってくる。
  ナイフを構えると、《使徒》との間合いを詰めた。
  ミサトさんがなにか叫んでいたけれど、そんなことを気にしている余裕はない。
  《使徒》はこちらに気づいたのか、突然ふりむいて片手を伸ばした。手のひらから光が漏れていた。
  ビーム!?
  慌ててその先から身をかわした。
  思ったよりも反応が鈍い。
  バターのようにアスファルトの路面が融けていくのが見えた。
「何で、こんなに反応が鈍いんです!?」
《シンクロ率の問題ね。100%で自分の躰と同じように動かせるようになるわ。いまのあなたのシンクロ率は40%強。半分以下の反応力しか発揮できないの》
  リツコさんがご丁寧に教えてくれた。
  存外と役に立たない。
  パイロットが二人しかいないことも考えると、兵器として使えるものとは思えなかった。
  それを発令所にぶつけると、
《パイロットはもうひとりいるわ》
  だったら、そいつを出せばすむことじゃないのか?
  そう思ったあとに気づく。
「また例のドイツですか」
《ご名答》
  そんなやりとりをしていると、突然左腕が痛んだ。
  《使徒》が接近して、《初号機》の腕をつかんでいたのだ。
  そして、なんの容赦もなしに握りつぶしにかかる。
「うぐぁ!?」
  悲鳴を上げても、なんの解決にもならない。
  発令所の方でも、なにやら騒ぎが起こっていた。もちろん、相手をする余裕なんてない。
「母さん!」
  インダクションレバーから片手を離して、ペンダントを握りしめる。
  《使徒》は今度は頭をつかんだ。
《逃げて、シンジ君!》
  ミサトさんの声が聞こえたような気がした。
  そして、視界一杯に白い光が広がった。


  ミサトが悲鳴を上げたとき、使徒の腕から放たれた光に、《初号機》は吹き飛ばされた。直線上に飛んだ《初号機》は、ビルをいくつかなぎ倒して停止した。
「頭部破損! 損害不明!」
「神経回路が断線していきます。シンクログラフ反転、パルスが逆流していきます」
「パイロット、反応ありません。生死不明!」
  オペレーターたちの悲鳴のような報告が発令所を満たした。
「初号機、完全に沈黙」
「プラグの強制射出、急いで!」
  ミサトは、手を当てていたオペレーターの椅子の背を堅く握りしめた。
「信号、拒絶されました」
  悲鳴に近い叫びだった。
「そんな!」
  ミサトは愕然としてモニターを凝視した。
  訓練もしていない子供をエヴァに乗せ、死なせるのか……。
  手近にあったコンソールパネルを殴りつける。皮が破れて、血が滲んだ。
  絶望的な雰囲気が、発令所を包み込んだ。そのとき、オペレーターのひとり、伊吹マヤが手元のモニターを見て叫んだ。
「し……初号機、再起動!」
「そんな、あり得ないわ。シンクログラフは反転したままなのよ……」
  リツコは呆然とした面もちでモニターに映る《初号機》を見つめた。それが、別の光景と重なって見えた。
「まさか、暴走!?」
  モニター内の初号機は、雄叫びを上げた。顎の部分の装甲がはじけ飛ぶ。
  瞳が不気味な光を放った。そして、獲物の姿を捉える。
  《初号機》は立ち上がる勢いのまま宙を舞った。
  司令席についていたゲンドウは、それを見て唇を歪めた。
「目覚めたのか?」
  副司令の冬月が、部下たちには聞こえないようにささやいた。
「いや、まだだ。だが……」
  ゲンドウの言葉のあとを引き取る。
「ああ。勝ったな」
  ディスプレイ上では、暴走した《初号機》と《使徒》が激突していた。
  使徒の方は気圧されるかのように一瞬後退した。それから迎撃に出た。
  使徒は右腕をエヴァに向ける。そこから放たれた光は、しかし、《初号機》の直前ではじかれていた。オレンジ色の干渉光が、空中に波紋を広げる。
「ATフィールド? エヴァも使えたのね……」
  リツコがそう呟きを漏らす。
「左腕復元!」
  折れたはずの左腕が一瞬にして再生した。
「まさか!?」
  《初号機》は使徒に接近し、それを蹴りつけようとする。
  ATフィールドがそれを阻もうとした。
「初号機のATフィールドが、使徒のそれを中和していきます!」
  初号機は使徒に接近し両腕をつかんだ。そして、そのまま蹴りつける。使徒の両腕が不自然にねじ曲がった。
  エヴァは続いて使徒を宙に投げ上げた。それを追い越すように上空に飛び上がると、使徒の表面にある球状の物体を蹴りながら落下した。
  道路やビルが衝撃で破損していく。
  球状物体にひびが入ったのが、モニター越しにもわかる。
  さらに殴りつけようとする初号機に、使徒は抱きついた。
「目標のATフィールド、反転を確認! 収縮していきます!」
  《使徒》の躰が歪みはじめ、つぶれていった。
「まさか、自爆する気!?」
  ミサトの言葉を聞いてか、モニターは爆光にホワイトアウトした。


「碇君。ネルフとエヴァ、もう少しうまく使えんのかね」
  暗黒の部屋に浮かび上がる六つの人影。だが、そのうちの五つはホログラフにすぎなかった。
  ゼーレと呼ばれる結社の会議である。
  彼らは国際連合も、そしてネルフも操っているのだ。
  幻影のひとつがゲンドウを責める。
「零号機に引き続き、君らが初陣で壊した初号機の修理代。そして兵装ビルの補修。国がひとつ傾くよ」
  無言で机の上で手を組み口元を隠すゲンドウの表情は、濃い色眼鏡もあいまって、まったくわからない。
  そのことが、ホログラフの人物たちを苛立たせているのかもしれない。
「おもちゃに金をつぎ込むのはよいが、肝心なことを忘れて貰っては困る」
  バイザーで視力を補っている男、キール・ローレンツがいう。彼がこの会議の議長だった。
「《人類補完計画》。これこそが君の急務だぞ」
「左様。その計画こそが、この絶望的状況下における唯一の希望なのだ」
  甲高い声がそれに応じた。
「いずれにせよ、使徒再来における計画スケジュールの遅延は認められん。予算については一考しよう」
  キールのその声とともに、ホログラフは一斉に消滅した。
  否。キールのみがまだその場にとどまっている。
「碇、後戻りはできんぞ」
  念を押すその台詞に、ゲンドウは頷いてみせた。
「わかっている。人間には時間がないのだ」


「母さん!」
  ……あれ? エントリープラグじゃない。
  ベッドの上で寝ていた。
  見覚えのない部屋だった。
  周囲に漂っている匂い……。
  消毒? 病院かな?
  足下にスリッパが置いてあった。それをはいて、近くのテーブルにおいてあったペンダントをかけて病室を出る。
  ずいぶんと大きな病院だな……。
  廊下の端から端の距離が随分とある。そのわりに人の気配がないのが奇妙だった。
  だいたい、なんでこんなところにいるんだろう?
  《父親》に呼ばれて第3新東京市に来て、ミサイルや化け物を見て……
  あれは全部夢だった……?
  胸のペンダントに手が伸びる。
  異様な静けさ。
  それを破るように、遠くからキャスターが転がる音が聞こえた。移動用のベッドだ。
  看護婦たちに混じって、髭面の男が付き添っている。
  《父親》だ……。
  こちらの視線に気づいたのか、色眼鏡越しに一瞥をくれ、ベッドに横たわっている誰かにひとことふたこというと、背を向けて去っていった。
  そういえば、もう赤の他人になったんだっけ……。
  少しだけ、思い出した。
  看護婦たちは、ベッドを運んで近づいてきた。
  その上には、例の銀色の髪の女の子がいた。
  誰もいない街のなかで会ったんだっけ。
  違う。
  ベッドで運ばれていたところも見た。
  看護婦たちについてベッドに付きそう。
「元気そうだね」
  包帯に埋もれているような格好に、馬鹿なことをいったなと思う。
  その子は無言で睨みつける。
  まあ、当たり前の反応だろう。
「えっと……あれは、君が倒したの?」
「いいえ、あなたよ」
  抑揚のない声が返ってきた。
  やっぱり嫌われたかな……。そう思いながらも言葉を重ねる。
「覚えがないんだけど」
「葛城一尉に聞いたら」
  視線の先には、ミサトさんが立っていた。
  ちょうどそこが少女の病室だったみたいで、移動式ベッドと看護婦と少女は、その中に消えた。
  プレートには《綾波レイ》と書いてあった。
  綾波っていうのか……。
「やあ、シンジ君。迎えに来たわ」
  プレートを眺めていると、ミサトさんが近づいてきた。
「ミサトさん……」
「迎えに来たわよ」
「迎えに、ですか」
「ええ。本部があなた専用にマンションの個室を用意したそうだから」
「そうですか」
「ひとりでいいの?」
  ミサトさんは顔をのぞき込むような格好をした。ふわりと髪の毛のいい匂いがした。
「他人と一緒に暮らすのは面倒なことばかりですから」
  これは本当だ。
  母さんが死んでから、大学の教授という人に預けられて育ってきた。
  大切に育ててくれた。
  でも、知っている。
  振り込まれる養育費の半分は、その妻という醜いおばさんが、似合いもしないブランド品の服やら装飾品やらにつぎ込んでいることを。
  あのおばさんは醜かった。あれで母親でもあるのだから笑わせてくれる。
  母さんみたいな人間は、そうはいないんだろうか。
  ミサトさんは微笑むと、いきなり腕を絡めてきた。
  たっぷり頭ひとつ背の高いミサトさんがそんなことをすると、引きずられるような格好になる。
「な、なんですか?」
「シンジ君」
  ミサトさんはニヤリとしか形容できないような笑みを浮かべた。
「人と暮らす楽しさ、あたしが教えたる」
「はい?」
  突然の台詞が、わからない。
「あたしと一緒に暮らしなさい」
  なにを言ってるんです?
「これは上司命令よ。いいわね」
  そういったミサトさんの目は、すごく怖かった。
「え、でも……」
  ミサトさんは窓を開けると、病院の外を眺めた。
  引きずられるようにして、一緒に外を見る。ずいぶんと高いところにあるんだなと思っていると、
「一緒に暮らしたいわよね、シンジ君?」
「な、なんでですか」
  ミサトさんは組んでいた腕をほどくと、背後に回って抱え上げた。上半身が窓の外に出る。
「ここから飛び降りたら痛いでしょうねえ」
  《痛い》が《遺体》に聞こえるようなことをいわないでほしい。
「で。一緒に暮らしたいわよね、シンジ君?」
  ミサトさんは耳元で同じことをささやいた。
  女の人の、甘い匂い。脅しなのか誘惑なのか、よくわからない。
「わかりました……」
  この状況で、それ以外のなにかがいえる人がいるだろうか?
  ……いっておくけれど、脅迫されたからであって、誘惑されたんじゃない。
  誓って、本当。
  ミサトさんは窓際から離れると、携帯電話をとりだした。
「あ、リツコ? シンジ君ね、あたしが引き取ることにしたから」
  なにか怒鳴り声のような騒音が聞こえた。
「いやあ、シンジ君、美人のお姉さんと一緒に暮らしたいんだって。男の子のロマンでしょ」
  ミサトさんはうそつきだ。
「大丈夫だって。中学生に手を出すほど飢えちゃいないわよ」
  ……そんなことは考えてもいなかった。
「じゃ、書類の方はよろしくねー」
  一方的にいいたいことだけいうと、ミサトさんは携帯のスイッチを切ってしまった。
「さ、行きましょ」


「きのうとは車、違うんですね」
「あれはおしゃか。経費で落ちないかな……。あーあ、結局三ヶ月しか乗ってないのに」
「大変ですね」
「ああ、もう、シンちゃん、冷たいわねー」
  いつの間にか、《シンジ君》から《シンちゃん》に変わっている。
  こんな風に呼んだのは、たぶん母さん以外にはいなかった気がする。
「まあ、いいか……」
「ところでシンちゃん、さっきレイと何話してたの?」
  ミサトさんは猫みたいな笑いを浮かべていった。
「え?」
「さては、口説いてたわねえ? 手が早いわね」
「違いますよ。きのうのことを聞いてたんです」
  きっぱりとした口調でいう。
「でも、ミサトさんに聞けって」
  ミサトさんはためらうように口を閉ざした。
  外に出てから、なにをしたんだっけ?
  たしか、《使徒》のビームをよけて、それから……。
「腕や頭をつかまれたことまでは覚えているんですけど……」
  ミサトさんは少し考えるような顔をしていたけど、あっけからんとした笑みを浮かべた。
「初号機が暴走してね。勝手に使徒を殴り倒しちゃった」
「何ですか、それは」
  無責任でいい加減な答えに唖然とするしかなかった。
「さあ? リツコが詳しいデータを集めてるみたいだけど……。技術部の……MAGIの解析待ちね」
「MAGI? ……って、何ですか?」
「第七世代の有機コンピューター。そのなかでも、トップの能力を持つものがネルフ本部にあるわ」
「有能なスーパーコンピューターってところですか?」
「多分。あたしも詳しいことは知らないもの。ただ、あれがネルフ本部の心臓よ」
「……そうですか」
  もう他に聞くことはない。
  しばらくラジオから流れる音楽だけが車内を満たした。


  コンビニで二人分の弁当を買ってから辿り着いたのは、ずいぶんと大きなマンションだった。
  ただ、そのくせして明かりがついている部屋がひとつもないのが不気味だった。
「このマンション、ミサトさんしか住んでいないんですか」
「そうみたい」
  まことにいい加減な返事である。
  コンビニの大きなビニール袋を抱えて、ミサトさんのうしろにくっついていった。
  ミサトさんは自宅の扉の鍵を開けていった。
「さ、入って」
「あ、はい……おじゃまします」
  軽く頭を下げてなかに入ろうとすると、ミサトさんが肩に手をかけて引き留めた。
「違うでしょ。ここはあなたのうちなのよ」
  黙ってミサトさんの方を見ると、
「houseじゃなくてhome。そういうときの挨拶は?」
  houseは家という意味。
  そして、homeは家族のいる、帰るべきところをいう。
  英語の授業でそんなことを聞いた記憶があった。
  家族、か……。
「……た、ただいま」
  ミサトさんは優しく微笑んだ。
「お帰りなさい」


「どうしたの、シンちゃん。まあ、ちょっちちらかってるけど、気にしないで」
  自分の家のことを、少し散らかっているというのはありふれた謙遜だ。
  けど、どこをどうすれば、この惨状を"ちょっち"と表現できるんだろう?
  リビングの床には、コンビニ弁当の空き袋やら、カップラーメンやら、ビールの空き缶やらが、雲海のように広がっていた。
「さ、遠慮しないで座って」
  座るところなんてない。ソファーの上さえもごみで埋まってる。
「あの、ミサトさん?」
「なに?」
「掃除っていう単語、知ってます?」
「知ってるわよ」
  動じる様子もない。
  これからの生活は大変だろうな……。
  溜め息をついてしまう。
「だったら、食事の前にまず実行しましょう」
「そんなに汚いかしらねえ」
  ミサトさんは気にならないんですか!?
「ま、シンちゃんがいうならしょうがないか」
  そういってゴミ袋を出してくる。
  ふたりで居間のすべてのごみを袋に押し込み、掃除機をかけ終えたのは二時間後だった。
「あー、疲れた」
「普段の不精のせいですよ」
「まあまあ、そういわずに」
  ミサトさんは冷蔵庫からビールの缶を半ダースほど取り出すと、でんとテーブルに置いた。
  その冷蔵庫の中身が気になった。
「……ミサトさん」
「なあに?」
「いま、冷蔵庫のなか……」
  ミサトは冷蔵庫をもう一度開けた。
  なかに入っているのはビールの缶だけである。
「なんか、おかしい?」
  心底不思議そうにミサトさんはいった。
「他の段には何が入ってるんですか」
「つまみと氷!」
「じゃあ、そっちの冷蔵庫は?」
「ペンペン!」
「何ですか、それは?」
「温泉ペンギンよ。前いたところで実験に使われててね。廃棄処分になるところを貰ってきたの」
「……それで、食料品はどこにあるんですか」
「だから、ビールとつまみと氷!」
  疲れてしまう。
「さ、乾杯、乾杯」
  ミサトさんはコップを持ってきてビールを注いで手渡した。
「僕、未成年ですけど……」
「堅いことはいいっこなしって」
  いい加減な人だ……。
  ま、一杯くらいならいいか。
「じゃ、新しい家族に乾杯!」
「乾杯」
  ミサトさんはのどを鳴らして一本目を一気に飲み干した。
「ぷはーっ。やっぱ人生このためにあるわよねえ」
  こちらは一口舐めてみる。
「……苦いですね」
「大人の味ってものよ」
  そういいながら、ミサトさんは早くも二本目を空けている。
  ネギやわさびと同じかな……。
  そう思ってもう一口飲んだ。


  なんだかふわふわと浮いているような気がする。
  これが《酔う》という感覚なんだろう。
  なんだかんだとミサトさんに押しつけられて、結局缶二本分もビールを飲まされていた。
  ひょっとすると、《宿酔》というのも経験できるかもしれない。
  ……ちょっといやだけど。
  もう寝よう。
  そう思って目を閉じると、瞼の裏側に、包帯に包まれた無表情な少女の顔が浮かんだ。
  銀色の髪、そして深紅の瞳。
  そして、その一挙一動。
  わずかに交わした、決して友好的とは思えないやりとり。
  なんでこんなに他人のことが気になるんだろう。たかが、これから同じエヴァのパイロットになるだけの少女なのに……。
「酔ってるんだな……」
  そうとしか思えない。
「綾波、レイか……」


NEXT
ver.-1.20 1998+11/10
ver.-1.10 1998+05/11 修正
ver.-1.00 1998+04/16 公開
感想・質問・誤字情報などはRXY05111@nifty.ne.jpまで!

あとがき

  どうも初めまして。SNOWと申します。
  エヴァの小説なんて初めて書くんですけど(そんなことが免罪符になるか!)、どうだったでしょうか。
  実力ある方の投稿のなかに、このような作品を発表するのは無謀といえなくもないのですが、まあ、枯れ木も山のにぎわいということで(火はつけないでね)。
  しかし、オリジナリティが薄いですね。
  これは本編ものの宿命か!?
  感想、御意見はRXY05111@nifty.ne.jpまでお願いします。でも、かみそり入りのメール、ウィルスはご勘弁を……。


  SNOWです。
  修正しました。
  <B></B>で太字になっている部分は三人称。
  そうでないところはシンジの一人称です(一人称がないところに無理があるような気がする)。
  どっかであったような手法ですが。
  こんなことをすると、やっぱり読みにくいかな……。
  しかし、世界を守るという自覚のある人間の少ないこと。
  ネルフってどういう組織なんでしょうか(自分でいうな!)。
  ではまた。




 本日・・・えーっと何人目でしたっけ?(^^;


 めぞん通算121人目となる新住人、
 SNOWさん、うぇるかうん♪


 第1作、『砂の果実』EPISODE:1、公開です。



 シンジの性格以外は、ほとんど一緒なのかな、本編と。


 もうずいぶん長い間、
 ビデオとか見ていないから、

 大分忘れてきているかもしれない・・・・

 よし、よし。

 これで、いずれ見直したときには新鮮な気分が味わえるぞ(爆)

 いや、マジでそういうつもりもあって、
 見ないようにしていた部分も有るんですよ。


 でも、EVA小説を読んでいるので、
 なかなか「忘れる」は出来ないよ (;;)


 この小説でも、復習をしてしまうかもしれないね(^^)



 さあ、訪問者の皆さん。
 感想メールでSNOWさんを出迎えましょう!



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