ゲンドウのシナリオには、当初ターミナルドグマに初号機が現れる予定はなかった。ゼーレのシナリオでさえ、誤差修正可能な範疇の一環としてゼロチルドレンによる補完、その前提として、「碇ゲンドウの始末(抹殺)」と「ロンギヌスの槍による碇ユイの記憶搾取」があった。
ゲンドウは只の後始末に過ぎない。ゼーレにとって、「碇ゲンドウ」は強力な諸刃の剣であった。そしてその諸刃の剣に使い勝手の良さがあったのもまた事実であり、不都合となれば何時如何とした始末も容易であった筈だった。
だがユイはそうはいかない。碇ユイの知識は豊富だ。
ネルフの前身、人工進化研究所「ゲヒルン」の一員であったユイには、ゼーレの秘密機関の生み出した最高水準の博士という肩書きもあった。
冬月の研究室の一員であったことは、ユイにとっては隠れ蓑であると同時に、居心地の良いアットホームな大学生活の一環でもあったのだ。
そこでゲンドウに出会ったのは必然であり、冬月の存在は偶然の産物である。
だがユイはゲンドウを本心で愛したし、冬月の好意も好ましくあった。
あのかつての忌まわしい「エヴァンゲリオン初起動実験」の結末は、ゲンドウに知らされることのないゼーレのシナリオであった。
ユイは「人類補完計画」の要綱をまとめたものの、その計画が生み出す空虚ささえもゲンドウと二人長い間話し合って辿り着いた真実であった。
―――人類補完計画。
ゼーレがユイ達に強引に押し進め、仕方なくもユイ達が提唱したこの計画は、ゼーレという世界を影から牛耳るこの組織が、「人類の不完全な部分」を受け入れることが出来ず、親の愛を知らずに、心に傷を追ったまま大人になり偶然手に余る権力を有してしまった悲しい人々だという事を露呈した。
少なくともユイにとってはそうだった。
ゲンドウにとってはそれは寛大過ぎた価値観だったが、ユイの慈悲は自分というつまらない男にさえ尽きることの無い愛情を注いでくれる。
そう考えにふけるゲンドウの腕の中には、不器用にあやされて泣きぐずる幼い息子、シンジがいた。
見かねたユイが交代し、あやす。するとあっさりとシンジは泣き止み、慈愛溢れる母親の腕の中で穏やかな吐息で眠りにつく。
(この子にはこんな醜悪な父親などなくても、この「慈愛の女神」であるユイという母親が慈しみ育て続ければ、いずれ未来ある強く優しい青年に育ってくれる)
なおも優しくシンジをあやし続けるユイを後目に、ゲンドウは一人そんな疎外感と孤独感に苛まれている自分がたまらなくおかしかった。
自分はユイとシンジのような人々を知っている。知っている限り、ゼーレのシナリオを完遂させる訳にはいかない。
たぶん自分は全てが終わるその刻までに命を落としているだろう。
だが、それでいい。
自分とゼーレは所詮同類。軋轢あれど、とどのつまりは愛に飢えた荒んだ大人、アダルトチルドレン同士。
ユイに出会えて、彼女のような存在を知ってしまった今、ゼーレと心中するつもりはあっても、あの老人どもの所まで堕ちるつもりはない。
人間は不完全だからこそ足掻いて生きる意味がある。
醜悪なその光景の狭間に、ユイの様な美の部分を知った。
それだけで、人間として生きてきた事に感謝したい。
安直かもしれない。あるいは本当に安直な逃げだったのだろう。
でも今自分は幸せだ。両親の愛も親友も恩師も知る事の無かった「人間」としても不完全な自分にも、こんな幸福があったのか。
シンジにも、いつかこんな慈愛溢れる伴侶に出会える事を祈って。
そう、自分には目的が出来た。
ゼーレとの心中。シンジ達の未来に、こんな歪んだ大人はいらないのだ。
自分はここに居てはならないという強迫観念が、かつては限りない不安であったものを、今となってはユイとシンジの未来の為に役立てるとは。
ユイにさえも絶対にこの話は出来なかった。彼女の事だ。絶対に許しはしまい。
彼女にも人間らしい欠点はある。
「碇ゲンドウ」などを人生の伴侶に選んだ事だ。
それは自分という歪んだ存在の歪んだ心を見透かしきれなかった証し。
だがそれは違った。ユイは私の全てを見透かしてなお私を選んだのだ。
あるいはこの女はただの馬鹿かもしれない。
私にはユイを不幸にしてしまったという下らない自負がある。
彼女には一笑に伏されてしまったが。
「あなた、それは私を馬鹿にしているという事ですよ」
そうだ、やはり君は馬鹿だ。私などに愛を囁くとは。
あの時は聞いた自分の耳を疑った物だ。
だが正直、受け取った「愛」を取り扱い余したというのが本音か。
君は、私が当初利用する為だけに君に近付いた事を知っていてあえてそう言う。
・・・・だが、シンジは決して私と同じ轍を踏む事はあるまい。
私の知らなかった「母性」と「家族愛」を知っている。
ならば私は二人の為の礎となろう。その直前まで、ユイにも知られる事のない私だけのシナリオがある。
或いは、それが私の最大の弱点か―――。
先立ったのは、ユイの方だった。あれから3年と経っていない。
ゼーレは私を嘲笑うかのように、私の手からユイだけを取り上げた。
ユイが決して人類補完委員会の連中に知らせる事の無かった人類補完計画の核心部分たる「要綱」を、奴らはユイとエヴァごと取り上げたのだ。
私のシナリオは、留め金が外れたファイルのように根本から四散した。
ユイなしには、計画はおろか私の先少ない未来さえない。
一筋の光明たるサルベージ計画も失敗した。
だが収穫はあった。
「綾波レイ」。不完全なサルベージ技術が生み出した、或いは神の悪戯か。
私には判った。レイはユイの「心」であり、「意志」なのだ。
だがユイの魂はエヴァに残った。ゼーレに拘束されたとも言い換えられる。
ユイの全てはまだ奴らに渡す訳にはいかない。
私にとってレイは最後の希望だった。だからレイは私にとって、くさい言い方をすれば、「女神」そのものだったのだ。
今となっては、ユイとレイに向ける事の出来なかった人間としての「醜」の部分、すなわち性欲衝動を赤木君親子にぶつけた事も、私という人格からすればむしろ当然の事であった。
ユイの前でだけ体裁を取り繕っていた反動だろう。
いつしか私は、やはり以前の自分に戻っていた。
その最大の反動を受けたのは、息子のシンジだった。
私がレイよりシンジを軽んじてた事は否定しない。
純粋なユイの分身である「レイ」と、愚者の血が半分混じった実の息子では、酷い話かける愛情に差も出る。
ユイと居た頃の私は、所詮流行病にかかったような物だろうと思い直した。
だから私は自らに荒療治を課した。
シンジを捨てたのだ。
ユイ以外に、今のシンジを愛する者がいない事を知りつつ。
ユイの親類を私は知らない。憶測だがユイにそれらしい身寄りは見あたらなかった。だから薄情な私の親類に預け・・・・、いや「捨て」ざるを得なかった。
一番薄情なのはそんな私だがな。
あるいは、あの行為が私の最大の罪なのだ。
自分の弱さに背を向けて逃げた報い、その報いは今紫の巨人に姿を変え、碇ゲンドウという咎人に天誅を下すべく咆吼している。
壮絶な光景ではあるが、覚悟はしていた。
今更私は自分の命に価値など見いだせはしない。
だがユイは帰ってきた。レイは「綾波レイの心」と未来を取り戻した。
後は、二人が荒んだシンジをその溢れんばかりの慈愛で包んでくれる事だろう。
ならば、この世界に私の居場所はもうない。未来を知る資格もない。
惜しむらくは、ゼーレの連中か。
断頭台には13の首があるべきなのだから。
ならば私が先に13階段を上る事にしよう。
後にゼーレの老人共が後を追う事を祈って。
冬月先生、ユイを頼みます―――。
意外にもシンジはエントリープラグではなく、露出していた初号機のコアから浮き出るように姿を現す。ゲンドウにとっても意外だったのは、それはすでに「碇シンジ」と呼んでいいものか判断に困る外見の少年だったからだ。
シンジの着用している中学校の制服が一番真実を表していたといってもいいくらい、最後に見たシンジの様相からは大きく逸脱していた。
それはまるでフィフスチルドレン「渚カヲル」の再来のようでもあった。
純血の日本人とは思えぬ紅い瞳に銀髪の髪。
繊細な少年のイメージは、口元の不気味な笑みによって見事に相殺されていた。
内気で内罰的な性格は、その体中から湧き出る異様な気迫からは垣間見る事は出来ない。
所々理解不明な傷と出血があるが、本人はまるで介していない。
右手にはシンジの等身大に縮小されたロンギヌスの槍がある。
ゲンドウはその槍が自分とユイの命を奪う事はすぐに判った。
自分が殺されるのはおそらくゼーレの意志とシンジの意志の合意。
ユイからは、その槍からユイの記憶と思考を取り出し、補完計画の続投をするつもりだろうから。
ロンギヌスの槍には、記憶の吸収と伝達を司る効果もある。
先刻エヴァシリーズの一体が初号機のコアに仕掛けたであろう行為も、記憶の伝達行為に他ならない。
(ゼーレはシンジの閉塞した心を利用して私を殺させ、ユイという母性への魂の回帰をそそのかすはずだ)
シンジがそれを強く願えばこそのサードチルドレンたる適正だった筈だから。
だがゲンドウには、当のシンジが何故かつてのフィフスチルドレンと同じ風体なのかだけが理解出来ない。
(老人共め、シンジに何を吹き込んだ!?)
ゲンドウは、ふと左後方に寄り添っていたリツコと目で会話する。
(君には分かるか!?)
(いいえ、私にも何がどうなっているのか)
(・・・・そうか)
ずっと自分の解釈と我が儘で事を押し進めてきたからか、自分の知らない事があるというのが何か釈然としない。
この感情はきっと「息子の心配」などではないのだろう。
脆くあろうとも絶たれる事だけは無かったシンジとの親子の絆。
生半可父親ぶった事をするから、こんな事になったのだろうな。
シンジから発せられる膨大な「殺意」にあのゲンドウさえも圧倒されて足がすくむ。ゲンドウとリツコの察した通り、シンジは正にあらん限りの殺意が彼の心にわだかまっていた。
ゼーレもゲンドウもリツコも、その殺意の対象がゲンドウである事に異を感じる事はなかった。
シンジは悪夢から覚めた。
もっとも、目を開いた所で悪夢の続きでしかない。
夢は現実の続き。現実は夢の終わり。
そうだ、もう終わりにしなくてはならない。
シンジの決意はゼロチルドレンとして覚醒してなお強固となった。
殺意も―――。
「シンジ」は死体を見た事がない訳ではなかった。
特に第三新東京市に来てから、あるいは戦自の突入時にも数十人単位の死体、しかも殆どは五体満足とは言えない酷い死体がほとんどだった。
だがそんな物は話にもならなかった。
無造作に転がる数百体の死体とその臓腑、血飛沫、不可解な液体、死臭、暗闇。
その死体は全員が同じ顔立ちをしている。もっともそれが確認できる遺体は半分にも満たないが。
「地獄」という形容詞が生温いのではないかという位。
その虚ろな死体共は一斉に自分の方を睨んでいる。
彼等は「睨む」という言葉を知っていて睨んでいるのではない。
睨まれた本人の悔恨がそう思わせるのだ。
ただ一人その「地獄」にたたずんでいた少年の顔もまた、死体の顔と同型であった。
名前は無かった。
番号か通称があったろうに、少なくともそんな物を知る必要のない場所だった。
『ゼロチルドレン』
その言葉とて、2004年に「綾波レイ」がファーストチルドレンとして、その5年後に「惣流=アスカ=ラングレー」がセカンドチルドレンとして正式認定された後に、便宜上付けられたに過ぎない。
「ファースト」ではなく「ゼロ」。
造り上げたゼーレさえも持て余したその能力は、本来封印される筈であった。
つまり、創造主のゼーレにしても「彼」は不必要な存在であった。
皮肉にも今はシナリオの一端からメインシナリオへと昇格している。
保険として扱うには少々手を焼いたが、ひとたび制御に成功すれば「最高傑作」フィフスチルドレン以上の性能が思いのままだ。
自我と運命に苦悩するだけの自覚があった「失敗作」フィフスチルドレンと違い、ゼロチルドレンの本質はゼーレの連中と同一であったはずだから。
「彼」は弄ばれていた。
出入り口のない透明な試験プラグに閉じこめられ、体中に数十の電極を刺され、濁った液体に浸され、高圧の電気が定期的に苦痛を与え、醜悪な老学者達が歪んだ表情で睨み返す。
(こんなことするのは、ボクが必要だからなの? それともボクが嫌いなの?)
ふと芽生えた「彼」の自我は高電圧で破砕された。
絶叫は、喧しいと無理矢理口を拘束具で塞がれてようやく止まった。
挙げ句、数百体の失敗作。
処理さえもその失敗作が行った。
哀しみの涙など出なかった。
涙腺など作り忘れたそうだ。
失敗作にも性器と排泄器官は形ばかりでも存在した。
「彼」は一部の連中の慰み者になったらしい。
数体がそんな馬鹿げた衝動の犠牲にもなっていた。
それが嫌ならばサンドバックにもなった。
日頃の鬱憤が晴らしたかった者。
貴様を見ていると虫酸が走ると叫んだ者。
理由はないと呟いた者もいた。
問答無用でフルオートマガジンを乱射した者もいたらしい。
厳選された(あるいは一体だけ残った最後の試験体)一体のゼロチルドレンは、DNA情報にまで還元され、「碇ユイ」の卵子と交配させられた。ゲンドウはおろか、母体のユイさえ知らぬ間に行われた極秘行動。
つまり、「母親」はユイであるが、「父親」は不明―――あるいは不特定多数―――である。
ゲンドウとの間に結ばれた本物の受精卵を引きずり下ろしてまでの行為だった。
幸い、母がユイなので本来の「碇シンジ」と大差ない風体の胎児が育成した。
本物の受精卵は、指で弾かれて打ち捨てられ、何処かの路地で枯れ果てた。
ユイの心と意志の生み出した「ファーストチルドレン」
仕組まれた生に繊細な心を弄ばれた悲哀の少女「セカンドチルドレン」
人知れず堕胎した幻の少年「サードチルドレン」
計画の繋ぎとして強引に設定された「フォースチルドレン」
自らの宿命と意志の狭間で苦悩した「フィフスチルドレン」
だが誰より理不尽に生み出されたはずの「ゼロチルドレン」にして見れば、自分などより遥かに彼等の方が苦痛と苦悩に彩られた人生を歩んできたはずだと信じて疑わなかった。
その思いは罪悪感の代価行為。
だがそれでもいい。
不遇な生を受けた彼等はそれでも「人間」だったのだから。
特殊な適正があれど、能力があれど、不思議な瞳と髪を持っていようと、人としての生き方を絶えず模索し、足掻いて生きるその様はまるで「人間」そのものであったのだから。
それがゼロチルドレンには眩しかった。
嫉妬などありはしない。
自分が人外の生物だと知ってしまった今となっては。
自分の代わりに光の中に消えた尊い少女の命。たとえ替わりの体があったとしても。
自分は完膚無きまでにその繊細な少女の心を傷つけた。思慕の名の下に。
自分などの代わりに光を見ることなく絶えた命。本当の碇シンジ。
自分なんかを認めてくれた、代わりに傷つけた。親友と呼べた少年。
自分に好意を持ってくれた、反動が彼を圧殺した。自分のエゴが殺した少年。
彼等が、もしゼーレも自分もいない世界に生まれていたら、明るく眩しい14歳の青春を謳歌していただろうか。
夢は見つかっただろうか。恋する人が出来たかもしれない。
強く、優しい、いつかそんな大人になれただろうか。
ふと訪れた、明るく可愛い転校生の少女。
鈍感な幼なじみにやきもきする、恋する乙女。
その鈍感な幼なじみは繊細で頼りない、でも心優しい少年。
純朴な一少女の思慕に気付かない、一見無骨な、それでも少女に優しい少年。
学園一の人気者になれたかも知れないほど、綺麗で不思議な風体の少年。
―――もしかしたら、そんな未来もあったかも知れない。
全部、俺が潰した。彼等の幸せも、繊細な心も、未来も、可能性も。
何物にも代え難い、掛け替えのない物だったのに。
だが、罪悪感などもう感じない。
それは人間の感情だ。俺にはあり得ない。
俺には「破壊」が全てだ。
「碇シンジ」である必要はもうない。
・・・・いや、まだあるのか。
あの少女の為に、しなくてはならない事がある。
もうこれ以上彼女の心を汚す訳にはいかないのだから。
ゼロチルドレンとして覚醒したシンジにとって、コピーのロンギヌスの槍から伝えられた「ゼロチルドレン覚醒プログラム」というべき本来の忌まわしい記憶以外に、手に入れた情報が二つある。
それはいずれも、「本物の」ロンギヌスの槍から手に入れた記憶だった。
ふと手に取った瞬間、それはとても使い慣れた凶器のような感触だった。
同時に、彼は二人分の絶大なる苦悩を知ってしまったのだ。
第十五使徒アラエル。
「使徒」と呼ばれた生命体、人でありながら人と違う可能性を模索して生きようとし、失敗した悲しい存在。
彼等のみが知る無限の暗黒、恐怖、絶望が彼等を戦いに駆り立てた。
そして彼等は彼等なりの安息と相互理解を求めた。
リリスに還ろうとしたのもそう。
「惣流=アスカ=ラングレー」という少女の心を垣間見てみたのもそう。
だがそれは、アスカにとっては忌まわしい回想。仕組まれ利用された少女の過去。
何よりアラエルにとって大きかった収穫。
―――碇シンジ。
彼女の心に深く関わり、それでいてなおひどく憎まれている存在。
自分の居場所を奪った酷い奴。
自分にとって変わった嫌な奴。
自分を越えて認められた憎い奴。
そして自分の存在意義は完全に打ち捨てられた。
あんな冴えない少年一人のせいで。あんな奴に・・・・。
アラエルにとってはここまでで十分だった。
彼女の全てを知った訳でもないのに、「アスカ」という自分に敵対しようとした人間もまた自分に似た感情で生きている、それが認められれば十分だった。
所詮個体同士が理解し合うなど有り得ない話。
アラエルの失望は、直後彼の心の壁を強引に突き抜けた槍によって四散した。
殲滅と同時にアラエルの記憶は槍に吸収されていた。
そして使徒の可能性もまた一つ消えていった。
シンジは慟哭した。
使徒の失われた可能性。それもあったろう。
だが、アラエルの知ったアスカの胸中は、改めてシンジの胸に罪悪感の鋭い刃を突き立てた。
薄々知ってはいた。
だがそんなに俺を、碇シンジを憎んでいたのか。
居場所はいつでもあの家にあったのに。
アスカはアスカ以外の何者でもなかった、とって変ったつもりなんかないのに。
シンクロ率が上がった時は、もう少女達に戦わせる事もないかと思ったのに。
あの明るく眩しいアスカでいてくれればそれだけで十分だったのに。
俺はきっと、君が好きだったんだ。だからだよ。
君を蹂躙(じゅうりん)した。心を強姦したとも言える。
だが、そんな事はもうさせない。
コイツにとってはそれは只の甘ったれた他者依存。
そんな物、お前ごと打ち消してやる!
そう、・・・・俺だ。
最後の決着は、長年寄り添った相棒のような、こいつが付けてくれる。
ロンギヌスの槍。
今は只の使い慣れた凶器に過ぎない。
ただ「一体」を打ち砕く為の。
・・・・自分を「一人」とはもう言えない。
それは孤独を表す言葉でもある。
人間だというニュアンスもある。
どっちも、俺にはもうどうでもいい事だからな。
だが、彼等には未来があるべきだ。まだ俺の役目は終わっていない。
皮肉にも、これは人類補完計画と呼ぶべきなのだろうな。
だがこれは、あのイカレた老人共のような「逃避」には出来ない。
そんな理由で、世界を崩壊させる訳にはいかないのだから。
・・・・違うな。
罪悪感の反動、彼女達に幸せになって欲しいだけだ。
もしも、ゼーレも俺もいない世界・・・・か。
シンジはまた一つ、自分を嘲笑って見せた。
シンジは永遠に知る事はないのだろうか。
少女の本心を。
アラエルも知り得なかった、理解できなかった感情。
きっと持ち得た本人も戸惑った感情のはず。
それはきっと思慕。
第三章をお送りします。
しかし我ながらあっさりとした文章です。本来なら、ゼロの幼少時代やアスカの負の感情ももっと穿って書けたのでしょうが、体験した事もない事を徒然と書けるほどの文才はありませんし、そのせいでしょうが、幸運にも「皆さんに読みやすい文章をお届けする」という大義名分が成り立ちます。
ちなみに彩羽(さいば、です。よく「あやは」とか言われます。辞書次第ではレイになってしまいます)は、医学、科学、情報学、心理学、語学、文学いずれの一つも人並み以上の物を持ち得てないので、その類に関しての深い考察は到底無理です。
また、自分はシンジと違い母も健在ですし、こんな追いつめられた中学時代でもありませんでしたし。
唯一書けそうなのは、今後のシンジの心境に関してです。
勿論私の独自の考察だけの代物ですが。
こんなシンジがいるものか、と言われても仕方ないところなのですが、少なくとも世間一般のエヴァ小説にこんなシンジはいないだろうという自負を抱きつつ、この話は続きます。
これでは今回はここまでで。
彩羽でした。