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=悔恨と思慕の狭間で=

 




−第二章 優しき聖母の手に抱かれ−

 

 

 「副司令!?」

 ミサトのその声はもはや悲愴でさえあった。

 あれだけシンジを激しておいて、まさかシンジと初号機をむざむざ敵に引き渡すようなことがあってたまるものか、と。

 密かにシゲルとマコトもそれに共感したかのように冬月を振り返る。

 そんな冬月の表情もまた苦悩に塗られていた。

 「・・・・確かに、敵の狙いは初号機との共鳴、アンチATフィールドの形成。あのエヴァシリーズと初号機で発動させるつもりなのだろう。だがしかし、ロンギヌスの槍がなき今、あるいはエヴァシリーズの殲滅もまた、初号機に頼らざるを得ない。だがそれもまた・・・・」

 そこで冬月は言い淀んだ。それ以上は冬月本人にも不確定な部分が多すぎて、正直なるようにならなければ、冬月にもこの先どうなるかは分からなかった。

 碇ゲンドウのこれから成そうとしている事。

 初号機の中の碇ユイの意志。

 それに搭乗する碇シンジの意志と行動。

 ゼーレの目論見。

 どれかが一つでも冬月の想像範疇外の行動に出れば、未来は大きく変動する。

 そしてそれが自分達の望まれる未来である保証は皆無。

 

 ―――いつからか、ミサトの下唇は理不尽な痛覚を訴えていた。

 

 

 初号機を中心に上空を旋回する白色のエヴァシリーズは、それぞれが初号機を見定めるように不可解な視線を無眼の表情から発し、いつしかシンジを取り囲むかのように着地し、ゆっくりと羽を折り畳む。

 シンジはエヴァシリーズの数を6体まで数えた所で止めた。

 それだけいれば十分だった。

 敵の武器はとりあえず、これ見よがしに片手にしているエヴァの等身大ほどもある大剣だけであった。重量はありそうだが、切れ味が良さそうとは言い難い。

 ふとシンジは、「刃物は切れ味が鈍い刃のほうが切った時痛みが大き」かったのかな、などと悠長な感想を抱いた。

 (あんな物で叩き切られたら、痛いだろうな・・・・)

 シンクロ率の高さはそれだけエヴァの操縦をスムーズにし、搭乗者に対する痛覚のフィードバックを増加させる。

 アスカに羨み妬まれたシンジのシンクロ率の高さが、皮肉にもこれからシンジに想像を絶する苦痛を与えるだろう。

 

 またシンジは笑って見せた。

 酷く乾いた笑み。それは「笑み」の本来の意味と著しくかけ離れた、14歳の一介の少年が知りえる物とは到底言い難い物だったが、シンジにとってはそれが今の自分を突き動かす唯一の支え。

 酷く脆く、歪んだ意志だけが今のシンジの全てだった。

 

 ふと、弐号機が隠匿されているらしい地底湖の方に視線を向ける。

 (アスカの事は、ミサトさんに託すしかない)

 だがシンジは、アスカが加持に対する思慕の反動で、薄々だがアスカがミサトに敵意にも似た感情を抱いていた事も知っている。

 その加持の死をアスカに告げたのもシンジ自身であった。

 加持に当てつけられて不器用に唇を重ねた時もあった。

 自分の向こうに加持の面影を重ねているであろうアスカの痛々しさなど当時の自分には皆目思い当たりもしなかった。

 思い当たってしまった今が、成長した自分の姿などとは思いつきもしない。

 むしろそんな自分の欠落がおかしくさえあった。

 

 

 僕は加持さんを憎んでいたんだろうか。

 正直、客観的に見てもあの人に悪意も欠点もなかったはずだ。

 アスカにとっても、ミサトさんにとっても掛け替えのない人だった。

 僕みたいなクズさえ寛容し、励ましてくれるほどの、出来た人だった。

 それでなお僕がアスカの事であの人を恨むというのなら、どう考えたって逆恨みだ。きっと賢いアスカはそんな僕の腹黒い嫉妬を見抜いた上で、僕を罵っていたのだろう。始めは理不尽に思った罵倒も、今では当然の事を言われていただけかと思うと不思議と気が楽になる。

 

 ・・・・ああそうか、コイツは只の馬鹿なんだ。

アスカに馬鹿呼ばわりされる前に気付くべきだったんだ。

 アスカに汚い言葉を吐かせる前に自覚していれば、アスカをあそこまで追いつめる事もなかったんだよ、きっと。

 

 不思議と涙が溢れた。

 (コイツは誰の為に泣いているんだ・・・?)

 アスカを想って。アスカを追いつめた悲しさで。

 (嘘だ嘘だ大嘘だ! コイツは自分が愚かしいのが嫌なだけだ。自分が一番可愛いだけの癖に!!!)

 刹那、シンジは操縦桿を目一杯殴りつけた。

 そんな物しか八つ当たり出来る物はなかった。

 そしてそんな自分がどこまでも情けなかった。

 拳から血が滲み出ていたが、知った事ではない。

 むしろ出血の少なさに、もう2、3発叩き付けてやろうかとさえ思った。

 だがそんな思いさえもう知った事ではなかった。

 

 

 無機的な鈍足歩行で、エヴァシリーズが近づいてくる。

 シンジは何をするでもなく、呆然とその光景を眺めていた。

 視界は、相手との距離感さえおぼついていない。

 

 既に発令所との通信はカットしている。邪魔は入らない。

 しばらく暇なので目でも瞑っていよう。

 

 その程度の事だった。

 

 

 「シンジ君! シンジ君? シンジ君!」

 ミサトは通信の繋がっていない回線に悲痛な声で目一杯叫んでいた。

 シゲルは回線の断線を、そんなミサトに告げるのを躊躇うしかなかった。

 ミサト本人も分かっていて叫ぶしかなかった。

 「どうして動かないの、動けないのシンジ君!?」

 コンソールパネルに表示されている初号機のステータスは全てオールグリーンと表示している。S2機関さえも正常に作動している。

 活動の障害はとりあえず発令所からは見あたらない。

 あるとすれば搭乗者のシンジだ。

 ミサトは自分の伝えたい事は伝えきった。

 それでシンジに動きがなければ、自分は一体自分をどれだけ責めれば、あるいはどれだけ彼に慈悲を注げば彼は立ち直ってくれるのだろうか。

 それともそれはアスカやレイの役目なのだろうか。

 だがそのアスカも自分の至らなさが一因で精神崩壊を招いてしまった―――。

 

 とうとうミサトは罪悪感に耐えきれず膝をついた。そしてそのまま頭を抱えて嗚咽しだす。

 そんなミサトを断罪出来る者は、いま彼女の周囲には存在しない。

 彼等も多かれ少なかれ罪悪感に身を焦がしながら、そんなミサトを見つめ、そんな姿をふと自分に重ねて項垂れた。

 ふとミサトは、自分のそんな姿が数日前の光景の再現であることに思い至った。

 ターミナルドグマの深層部で、「綾波レイ」と呼ばれる生命体を「破壊」し、自分が「女」であった事に泣き暮れていた赤木リツコの姿と全く同じである事に。そして、そんな彼女を理解出来ていなかった自分にも。

 (無二の親友だと思っていたのにね、私達。何時からこうなってしまったのだろう・・・・)

 そんなミサトに立ち上がる気力はもうなかった。

 

 密かに、リツコの行方は誰一人知る者はいなかった。

 第一発令所にその屍がない事だけは確かである。

 

 最初に異変に気付いたのは、意外にもマヤであった。

 「・・・・・・!!」

 だが、マヤの声にならない叫びが冬月達に伝わった時、彼らが目にした光景は、2体のエヴァがそれぞれ初号機の二の腕に噛み付き、残りのエヴァシリーズがその手を取り、一斉に羽ばたき上空に誘導するという物。

 「・・・・始まるのか。初号機を依代にして・・・・」

 あるいは全ての終わりか。

 「・・・・! いや、あるいは碇の奴め・・・・!」

 冬月の瞳に淡い光が宿った。

 

 既にシゲル達は、別次元の光景を眼前に、思考を止めていた。

 もうなるようになるしかならないのか。これが14歳の少年少女に悲愴な戦争を押しつけてまで自分達が望んだ事だったのか。

 彼等もやはり、項垂れるしかなかった。

 

 

 シンジは両腕に噛み付かれている不可思議な感触を感じながらも、相変わらず瞼を閉じて事の動向を見守った。

 殺すなら早くしろというのが本音だった。

 

 

 突如、初号機の眼前に1体のエヴァが羽ばたき迫ってきた。

 そのエヴァの持つ大剣が突如ロンギヌスの槍へと変化する。

 ゼーレが作り上げた本物に限りなく近い性能を保有した物である。

 コピーとは言え、ロンギヌスの槍の本来の使用用途以外の用途なら全てまかなえる。

 この場合、とりあえず初号機のコアに丁重に突き立てる事で用を成す。

 

 シンジにとってはそれは当初ささやかな違和感に過ぎなかった。

 だがそれは突如にして起こった。

 いきなりA10神経接続部分、つまり脳幹部分に異常な負荷が襲ったかと思えば、直後の激しい頭痛。嘔吐感も少しあるが、何よりシンジが感じたのは、自分の脳裏に浮かぶ不可思議な光景、言語、知識。

 まるで赤の他人の心の中を覗いているような感触。

 だが、段々その記憶には違和感と同時に既視感さえ覚え始める。

 「・・・・何だこの感じ・・・・、これって・・・・」

 

 

 ばらまかれたパズルが、唐突に組み合わさる―――。

 

 

 次の瞬間、シンジは発狂した。

 直接的な痛覚を感じたわけではない。

 シンジにとって、組み合わされたパズルは、地獄絵図にも似た光景をシンジに思い起こさせるのだ。

 有り得なかった記憶を無理矢理着床させられた挙げ句、その「記憶」とは、常人が見るに耐えうる代物ではなかったのだ。

 「あああああ、うああああっ、アアアアアアアアァァァァァッッッッ!!!!」

 十本の指と爪が頭皮に食い込む。だがそんな痛覚などはお構いなしに、シンジは悶え、叫び、慟哭した。

 絶望を越えたと感じた。

 発狂して消え去る記憶なら、いつまでもこうしているものを。

 そんなことは有り得ないのにシンジの発狂は止まる所を知らず、エントリープラグの中は数分間、絶叫だけが支配した。

 

 

 突如、遥か上空に一条の光を見た。

 撤退を半ば完了していた戦自隊員の目にも肉眼で見て取れる。

 だがその正体に気付いたのは、戦自隊員常備の双眼鏡よりも、発令所で肉眼で巨大ディスプレイに見入っていた冬月のほうが遥かに早かった。

 それは真紅の螺旋、ロンギヌスの槍。

 「いかん、ロンギヌスの槍か!?」

 冬月は、旗色が悪いのを表すように声に力がない。

 槍は法外な速度で飛来したにも関わらず、初号機の喉元でピタリと静止した。

 

 

 01:「遂に我らの願いが始まる」

 04:「ロンギヌスの槍もオリジナルがその手に返った」

 09:「いささか数が足りぬが、止むを得まい」

 05:「エヴァシリーズを本来の姿に」

 10:「我ら人類に福音をもたらす真の姿に」

 03:「等しき死と祈りをもって、人々を真の姿に」

 01:「ゼロチルドレンの覚醒と決断を以て、我々を魂の安らぎの寝床へと」

 

 「エヴァ初号機、拘引されていきます」

 「高度12000、更に上昇中!」

 「ゼーレめ、やはり初号機を依代にするつもりか」

 そうして、一人ごちる。

 「・・・・碇め、間に合うのだろうな・・・・」

 

 

 「・・・・アダムは、既に私と共にある。ユイと再び逢うにはこれしかない。時間がない、ATフィールドがお前の形を保てなくなる。始めるぞ、レイ。ATフィールドを、心の壁を解き放て」

 そうして、ゲンドウはレイの左胸にまるでレイが綿の寄り物の如く容易に腕を沈み込ませ、レイの心臓部にあったコアを一時的に子宮へと移動させる。

 しばし待つと、ゲンドウの引き抜いた手には赤く光る玉が握られていた。

 「レイ」

 「はい」

 「これをリリスの元へ。お前もまた、満たされる為にリリスの元へ」

 「はい」

 レイにとってそれは待ちわびた物でもなければ、それを手にして何の感慨が浮かぶ訳でもない。

 だがそれはとても心温まる、レイにとっては不思議なまでの感触が、血の絆であることは知識として知ってはいても、こうして手に取る事によって改めて心でその絆を感じる。

 (これが碇ユイと呼ばれる人の心。司令の妻、碇君の母。でもどうして。私にもはっきりとした絆を感じるもの・・・・)

 そう、それこそ彼女が「人」でもある事の証し。

 それをレイがはっきりと自覚するのにはもう幾ばくの時を必要としたが。

 

 レイは大事にその光の玉を両掌に包むと、ゆっくりとリリス―――あるいはアダムと欺かれた―――巨大な張り付けの胎内へと、双方の意志の働きによって取り込まれていく。

 それは心と魂の一体化、肉体の生成。

 

 静寂がターミナルドグマを支配する。

 

 次に支配したのは、リリスがLCLの海に崩れ落ちる音と、LCLの水飛沫。

 一瞬後には、リリス、あるいはアダムと呼ばれた白い巨体は四散し、LCLの海には二人の女性の裸体のみが浮かんでいた。

 それまで無言と無表情を一貫して貫いていたゲンドウの表情がにわかに驚愕に彩られる。

 堪えきれずにゲンドウは駆け出していた。

 幾度となくかつての自分の妻の名を叫びながら。

 

 

 ―――同時刻。

 突如初号機が崩れ落ちる。

 一瞬エヴァシリーズと共に不可思議な模様、セフィロトの紋様を空中で描いたかと思えば、それはすぐに消え去り、浮力を失った初号機は重力に任せて自由落下を始めたのだ。

 

 06:「初号機が魂を失ったぞ」

 08:「聖痕を刻んだはずの初号機が」

 12:「碇の仕業か。奴め、ファーストチルドレンの真の用途はこれだったというのか」

 07:「だが碇ユイの奪回に勤しんでいたのは始めから分かっていた筈だぞ」

 02:「それとて補完計画の最中に行うとは」

 01:「焦る事ではない、既にロンギヌスの槍は我らにあるのだ」

 それは勝利宣言と同意義。

 01:「ゼロチルドレンをターミナルドグマに向かわせればよい。そして碇に本当の切り札を所有するのは我等だという事を知らしめればよい。それだけだ」

 キールの自信はあくまで不動であった。

 

 依代を失った筈の初号機が、地面に衝突する数秒前にその光の翼を広げ衝撃を緩和したのはただの偶然だったのか。碇ユイの魂を失ってなお咆吼する初号機。

 それが何を表すのか、ゼーレの面々には想像が付いていた。

 だが、予想は時として想像以上の悲劇をもたらす。

 ゼーレは既に増長し過ぎていたのだ。

 

 12枚の光の翼。

 それは奇しくも堕天使ルシフェルを連想させる。

 その堕天使の周囲に再び舞い降りたエヴァシリーズは、今度はその翼を異形の歯がくわえ、初号機をターミナルドグマへと導く。

 その初号機の右手にはロンギヌスの槍が力強く握りしめられている。

 

 

 発令所の5人に、エヴァシリーズがメインシャフトを降下していくのを食い止める術はない。

 ただ冬月だけが、或いはという淡い期待と多大な絶望を併せ持ったような苦い表情をしていた。

 マコトはミサトをようやくなだめると、自分の椅子に落ち着かせた。

 一方のシゲルはマヤの介護に回り、同様に椅子に落ち着かせていた。

 

 

 碇ユイは11年振りの現世に未だ目覚める事なく、司令用の上着にくるまれてかつての夫の胸元ですうすうと暢気な寝息を立てていた。

 その表情は今の事態がまるで無関係であるかのように、ゲンドウの記憶そのままの、27歳の若さそのままの穏やかな微笑みを浮かべている。

 一方のレイも先刻とさほど相違なく、ゲンドウの傍らに寝かされこちらも年相応に安堵に包まれたような寝顔を垣間見せる。

 途端ゲンドウは久方振りに、「家族の絆」を身に染みて感じる。

 かつてユイを事故で失い、多大な失意と自己嫌悪の果てに、息子を捨てた。

 罪悪感より、喪失感に悩まされた11年だった。

 自分が人から愛されているという自覚を持った事もなく、ただひたすらに逃げていた。ユイの優しさにつけ込んだだけだったのだろう。シンジのそばにいる事がシンジを傷つける、そう思いこんで逃げただけだったのだろう。

 所詮自分が傷つく事だけが怖かったのだ。そう自戒する男の、冷徹な仮面の下にあった素顔は、ひどくやつれ、逃げる事に憔悴しきった哀れな男の顔に他ならなかった。

 それでも、ユイとともにあろうとした自分。

 成長ではない。所詮逃避の続きなのだ。

 誤魔化しだった。見せかけだけだった。自分勝手な思いこみに過ぎなかった。

 いつかは裏切られる。

 ただそれだけが恐怖だった・・・・。

 

 ゲンドウは意識のない妻と娘同然の少女に淡々と自白を重ねていた。

 ゲンドウは気付いていただろうか。

 彼のはるか後方で、力無く拳銃をこぼれ落とし嗚咽する女性がいた事を。

 彼女もまた、捨てられる事だけを恐れて生きた女性。

 名を、赤木リツコと言った。

 

 一緒に死のうと思った。それで最後には彼を自分に縛り付けようとした。

 そうすれば、捨てられずに済む。高慢なあの男を、最後には自分一人だけを見つめさせる事ができると。

 だがそれも幻想だった。

 彼も所詮自分と同じ脆弱な人間だという事を知ってしまったから。

 それが、彼と自分の何よりの絆に感じてしまったから。

 

 

 だが、静寂は突然にして崩壊する。

 ヘヴンズドアの向こうから、何か巨大な物体が落下し、地面に叩き付けられる轟音が轟いた。

 リツコとゲンドウはそれぞれ別々に異常を感じ取り、ヘヴンズドアに視線を向ける。

 「来たか」

 ゲンドウは、覚悟した。

 それが「融合」か「離別」かはシンジ次第だ。

 何を言うか、あいつが他人との調和を望めない、閉塞した孤独に追い込んだのは何を隠そうこの私だ。私は自分の恐怖感の余り、自分とユイとの子供にさえ自分と同じ運命を辿らせてしまった。

 もしもユイが生きていてくれればなとど吹いてみても、シンジに接する事の出来ない言い訳がましくて、結局努めて冷酷に振る舞うしか出来なかった。

 

 ・・・・憎まれ呪われ恨まれようと、自業自得だ。

 だが、せめてユイとレイだけは。

 自分が弄んだ二つの命に罪はない。

 せめてこれからは、安息の日々をこの二人に・・・・。

 

 「司令・・・・」

 ゲンドウの独白を聞きながら、そっとリツコが寄り添う。

 自分以上に不器用だった男を、今更どうして憎めようか。

 そっと寄り添い、しゃがんでいたゲンドウの左肩に手をそえ、傍らに佇む。

 「・・・・赤木君。君ももう自由だ。どうせ私に未来はないからな、今更その腕を汚す必要もない」

 「私が司令を殺すとでも?」

 「違うのか」

 「いいえ、先程までそのつもりでした」

 かぶりを振って答える。

 「でももういいのです。貴方は殺すにも値しない男だと分かりましたから」

 「謝罪するつもりはない」

 「そんな言葉は聞き入れませんわ」

 二人はフッ、と自嘲気味に微笑むと、

 「すべて私が巻いた種だ。私だけが行こう」

 と言い、ユイを静かに床に寝かせ、ヘヴンズドアに向かって一人歩み始めた。

 ふと気付くとリツコが寄り添うように後を付けていた。

 「君が付き合う必要はない。これは私の禊ぎなのだから」

 「嫌と言ってもご一緒しますわ。私も、シンジ君達に許し難い罪を犯した女なのですから」

 「・・・・好きにするといい」

 そう言ってきびすを返し、ヘヴンズドアに再び歩み寄る。

 リツコは、自分はこんな死に方を求めていたのかと、人知れず陶酔していた。

 

 

 だがそんな二人を嘲笑うかのように、ヘヴンズドアから現れたのは、全身血みどろの初号機と、おそらくその血の提供先であろうエヴァシリーズが、一つ残らず五肢をバラバラにされた状態で原型を止めず初号機の足下に山積みになっていた。

 ダミープラグは強制排出され一つ残らず握り潰されていた。

 かつて参号機を倒すのを躊躇い、エントリープラグを握りつぶすダミープラグとそれを実行したゲンドウに憤っていた少年の仕業とも思えない。

 だがユイが初号機のコアに存在しない今、シンジの自我以外の意志が働いたとも思えない。

 

 ゲンドウとリツコは、人知れず畏怖していた。

 初号機が、そんな二人を嘲笑うかのように吼え立てる。

 ターミナルドグマに木霊する咆吼は酷く耳障りで、まるで畏怖の象徴として二人の心を抉る。

 深く、鋭利に。

 

 だがそれは、その咆吼の発声者の心境には遠く及ぶべくもない。

 

 

 

 

 終末が、只一人の足元だけに歩み寄っている事は、まだ誰も知る由はない―――。

 


TO BE CONTINUED・・・
ver.-1.00 1998+02/04 公開
感想・質問・誤字情報などは こちらまで!

 第二章をお送りしました。

 タイトルは殆どフィーリングで付けているので、あまり深く言及しないでください。

 この話ではゲンドウの補完計画を自分なりに解釈していた物を書きました。

 彩羽が映画で見た時は、心臓を子宮に移動させたイメージがあったんです。

 真相は分かりませんが。

 ゲンドウを善意的に解釈しないと話が進まなかったので、彼に関しては今後そういう風に描いて行きます。

 次回からはユイも動き出します。実はこの二人の掛け合いが一番筆が進むんです。

 アスカ自身の出番は当分ありませんが、気長にお待ちください。

 話の鍵を握る存在には違いないので。

 シンジに関しては、今後当分苦しんでもらう羽目になります。

 14歳の少年を悲愴に書くのに抵抗がないわけでは当然ないのですが・・・・。

 

 では、第三章へ続きます。

 彩羽でした。


 彩羽さんの『悔恨と思慕の狭間で』第2章、公開です。



 ユイさんが無事復活(^^)

 ”復活”は確かですけど、
 ”無事”かどうかはまだ不明?!


 ゲンドウオヤジの心情を鑑みると、
 ここはやっぱり”無事”でいて欲しいですよね。


 ここのゲンドウ、
 チャンとしていますし・・・


 ユイさんが帰ってきて、
 リツコさんもゲンドウを許して−−

 先が怖いかも?!



 さあ、訪問者の皆さん。
 あなたが感じたことを彩羽さんにメールしましょう!


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