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 新世紀エヴァンゲリオン オリジナル エディション

 

 

=悔恨と思慕の狭間で=

 




−第一章 禁忌、覚醒セヨ−

 

 

 ―――それは余りに奇怪と言えば奇怪な光景でもあった。

 あるいは、打ちひしがれた少年の痛々しい傷心が生み出した、業なのか。

 傷心の少年。放心の少女。無心に発される規則的な電子音。

 少女の上着はその年相応の小振りな胸を露にするほどはだけ、その淫靡さには或いは程遠い場違いさが、かえって少年の扇情を招いたのか。

 少年の右掌には、止めどもなく吐き出された白濁が、萎えていく情欲と入れ替えにいそいそと少年の罪悪感をかき集める。

 それとも、ただの自嘲なのか。

 「・・・最低だ、こんなの・・・」

 握りしめることさえ出来ない、汚れきった右手だけが煩わしい。

 救われたい。初めはただそれだけだったのに。ソレダケダッタノニ。

 今は、吐き捨てるだけが、ただ、全て。

 

 

 「約束の刻が来た。ロンギヌスの槍が失われた今、リリスによる補完は出来ぬ。唯一、リリスの分身たるエヴァ初号機による遂行を願うぞ」

 「ゼーレのシナリオとは違いますが」

 最早只の腹のさぐり合い。知り尽くした上での、出任せに塗り固められた抗弁。

 悲願成就の寸前になっても、腹黒い罵り合いが精一杯の、不完全な人間ども。

 あるいはその為の補完計画。

 愚衆共は、ただ出来うるだけ高尚に、穏便に振る舞いたいだけであろうか。

 冬月だけが、ゲンドウに相打つように振る舞いながらも、そんな頭の片隅の自嘲に失笑するだけであった。

 (ゼーレの老人どもを嘲笑うだけの副司令でもあるまいに)

 

 自分はこの日の為に一体どれだけのことが出来たのか。16年前、傍らのこの小気味悪い印象が際だっていただけのこの男に出会った時も。13年前に、愛弟子であり先述の男の妻になった女性の真情を吐露された時にも。

 実は、相重なって打ち明けられた心情と真実の重みに流されるがまま、罪の意識も手伝って私はここまで来てしまったのではないか。私である必要があったのであろうかと。

 (私が無能とは言うまい。だが、有能には程遠い)

 冬月は自分を小さくみることで、逃げ続けていただけなのかも知れない。

 それをもし差し引いたとしても、眼前の光景と、これから起こりうるであろう事は自分一人の力で到底変えうることが出来るほどの小事ではない。

 ただ自分を見失っていただけなのか。15年も。いや、それ以上。

 

 お前はどうなのだ、碇。

 

 

 程なくして、発令所に戻ったゲンドウと冬月を待っていたのは、MAGIが外部からハッキングを受けているという予想範疇内の報告と、慌ただしく動き回るオペレーター達の姿だった。

 程なく、葛城三佐が発令所に姿を現した。日向二尉から大まかな事情を報告されたミサトは、つい数分前まで自分がハッカーであった事など打ち捨てたかのように状況把握に勤しむ。リツコが職場復帰していた事だけがいささか意外だった。

 (いえ、あの司令ならむしろ当然の処置か)

 なりふり構っていられないのは、リツコも司令もなのかも知れない。

 事情はそれぞれだとしても。

 ふと、加持の遺言と遺志にかまけていた自分がおかしくなる。

 構っていられなかったのは、シンジ君。あの、傷心の少年。

 自分に絶望する事も、もう忘れたもの。

 ミサトは自分を嘘ぶいた。

 

 

 「出来るだけ穏便に事を進めたかったのだが致し方あるまい。

  本部施設の直接占拠を行う」

 キールは、ただこの事態が欲しかっただけなのかも知れない。

 だが、そんな連中があと11人揃っている円卓で、今更遠慮もない。

 醜悪だからこそヒトなのだと、キールもまた自己正当化だけが自分の全てであった。無論、他のメンバーも同様なのだろう。

 それもキールの想像の枠を越える思考ではなかったが。

 

 

 悪ではない、罪なのだ。ゲンドウは自分を割り切るのは巧かった。

 「やはり最後の敵は人間だったな」

 冬月のこんな呟きが、密かにゲンドウを潤していたのか。

 あるいは、それが彼の欲する物だったのか。

 

 

 ―――殺戮が、ゼーレの象徴が、ネルフ内部で蠢きだしたのは、それから間もなくの事である。

 

 

 「そっちの部隊は陽動よ! 本命がエヴァの占拠ならパイロットを狙うわ! 至急シンジ君を初号機に待避させて!」

 こんな時だけのシンジ君なのね、あなたにとっては。

 そして、こんな時のチルドレンだからこそ。

 いっそ悪人になりきれれば楽なのよ。そうすれば、あの子達に負い目を感じる事もないもの。その罪はツケでまとめて受けるわ。

 ミサトは、そう思いこんで今という異常を乗り越える事しか思いつかなかった。

 だから、こうも言ってやる。

 「アスカを弐号機に乗せて地底湖に隠して! 匿うにはそれしかないわ!」

  いっそ、あの娘も。

 「レイの補足急いで! 早くしないと、消されるわよ!」

 自分には、一生エセ保護者の真似以上の事は出来ないもの。

 形だけの心配だけなのよ。そうに違いないわ。

 私のやる事ですもの。

 

 

 次々とディスプレイに打ち出されていく状況は、最悪から一歩も抜け出る事のないような事態ばかり。左肩から画面を覗き込むミサトもしばし忘れて、日向マコトは考えにふける。勿論自分の役職は無意識の手がこなしている。

 このまま自分達が生き残る事はかなり考えにくい。どのみち自分達は死ぬ運命に陥るのだろう。

 

 死ぬって何だろうか!? こんなに静かに受け止められる事だったろうか?

 今更縮こまって震えるような事ではないよな。一度は自爆だって考えた身だし。

 ―――ふと、ミサトの手が肩にかかる。

 「ごめん、後よろしく」

 無愛想で簡素な一言だが、事前に裏付けのなされている言葉であった。

 とりあえず、考えるのはよそう。

 その結論を出すのに随分考え抜いたものだけど。

 この人と一緒ならいいじゃないか。横恋慕なのは知ってたけれど、自分を納得させるだけの結論だったのだろうけど。

 「構いませんよ・・・・。貴女と一緒なら」

 あの一言に悔いを残したつもりはないのだから。

 

 ふと、左横の青葉シゲルが気になった。

 彼は想う人がいない分、マコトよりさばけていた。自分に純粋に打ち込める奴だから、だけどそれを支える存在に飢えていたくせに、そんなそぶりを見せない所が、羨ましかったのかも知れない。

 そんな彼の愚痴が多少多いくらいは大目に見よう。

 そんな事を考えながら、マコトはしばしシゲルと行き場のない愚痴を叩きながら、卓下のハッチから火器の類を分け合う。

 

 シゲルは伊吹マヤを叱咤していた。

 「あたし・・・・、あたし鉄砲なんて撃てません」

 「訓練で何度もやってるだろ!」

 シゲルにしてみれば、訓練の時点で打ち震えていたマヤにそれを実行させるのが酷なのは百も承知だった。人が標的でなければ使える殺傷兵器に意味はない。

 シゲルが激昂していたのはそこではない。

 ならば何故潔癖性の身でこんな組織に身を据えたのか。

 (覚悟がなかったとは言わせないぞ!)

 それも自分勝手な叱咤と自覚しつつ。

 「撃たなきゃ死ぬぞ!」

 生きてやり抜きたい事があるならば、出来るはずだ。

 断定してしまうのは、分かっていないのが自分だからなのか。

 だが、未来は彼女の物だ。彼女が掴み取ればいい。

 そこまでは自分勝手に叱りつけるつもりもない。

 後は、彼女次第なのだから。

 

 ―――いけないな、修羅場で考え事が多すぎる。

 それは彼が、最後まで「青葉シゲル」であり続けたかっただけなのだろう。

 

 

 その頃、傷心の少年は、自己を失っていた。

 

 もうどうでもいい。僕が生きている理由もない。必要もない。資格もない。

 ―――ふと、右掌をじっと見つめる。

 この手は汚れすぎた。今更拭えるとも思わない。そんなつもりもない。

 トウジを傷つけた。こんな僕を親友と認めてくれた級友を傷つけた。

 彼の左足は二度と戻らない。洞木さんはきっと僕を憎んでいるに違いない。

 トウジも、トウジを想う人も、トウジの家族も傷つけた。

 エヴァに乗る理由もあやふやなまま、間違いきったまま、不甲斐ないまま。

 確固たる意志もなく、あんな危険な兵器に乗り込むべきじゃなかったんだ。

 加持さんに激励されたのをいい事に、自分が可愛くて、自分を見失いたくなくて、なにが正しいのかも分かる前に、父さんの前であんな啖呵を切ったんだ。

 その挙げ句、カヲル君も殺した。今度は純粋に自分の意志で。

 初めて僕を「好きだ」と言ってくれた人、こんな僕に好意を寄せてくれた人。

 でもそれも、カヲル君を介して自分を可愛がりたかっただけなんだ。カヲル君である必要はなかったのかも知れない。僕は僕を可愛がってくれる存在だけが欲しかっただけなのだから。

 だから、裏切られたんだ。愛想をつかされたって、当然だったんだ。

 自分だけが可愛い、身勝手だけが先だった小生意気なガキだったんだ。

 餓鬼か。いい得て妙だ。

 そうだ。見返りのない、ただ自分だけが落ち着ける、自分だけの空間、安らぎ。

 無償の愛、想い。他人の心なんか微塵も気遣った事もないくせに、欲しがる事だけは一丁前だった。

 受け止めるだけに終始勤しんだだけだった。

 他人の温もりを求めて、そのくせ他人を恐れて、誤解して。

 悪いのは彼じゃない、僕なのに。

 使徒とか、そんなのは関係なかったんだ。

 ただの我が儘だったんだから。

 それが分かっていて、あえてカヲル君は僕の手に掛かって死んだのだろうか。

 それは、彼の慈愛だったのか。憐憫だったのか。

 どの道、あの時そんな事は考えやしなかった。

 どの道利己主義の僕に、そんな気遣いは出来やしない。

 そしてミサトさんにも愛想を尽かされたと思いこんで。

 そんな僕に出来た事といったら、僕の向かった先は・・・・。

 

 ふと、自分の脳天に何かが突きつけられた。

 「サード発見、これより排除する。・・・・悪く思うな、坊主」

 事情なんか知りはしない。だけど、「殺される」ことは即座に分かった。

 構いはしない。・・・・もう、生に執着するのは止めたんだ。

 ―――僕が死んだら、地獄にでも堕ちるのかな。カヲル君はきっと天国だろうから、会って、謝ることも出来ないだろうな。

 出来ないだろうな。・・・・きっと、逢えたとしても。

 

 だが、シンジがいつまでも来ない衝撃に耐えかねて虚ろにふと見上げると、自分の代わりに血塗れになって横たわる戦自隊員の骸が三つ。そして、見慣れた赤ジャケット姿のミサトがたたずんでいた。

 「悪く思わないでね。・・・・さあ、行くわよ初号機へ」

 吐き捨てるように言うと、シンジの手を強引に引っ張って行く。

 

 ―――無駄ですよ、ミサトさん。

 今更僕に何を求めているんですか。

 

 

 「・・・・レイ、やはり此処にいたか。さあ行こう、約束の刻だ」

 ・・・・今更、あなたは私に何を求めるの・・・・?

 誰に約束されたわけでもない背徳行為の為の私。

 私、わたし、ワタシ、watasi。 ・・・・私、誰?

 

 

 ミサトは無断拝借した戦自の無線に耳を傾けながら、傍らで崩壊している少年、あるいはその抜け殻にふと横目を流す。

 

 ここで自分を責めていては彼と同じ。今は私は行動をおこすのみ。

 でも、その後に、私はシンジ君以上に罪悪感に身を委ねることが出来るだろうか。きっと無理ね。どの道、彼に依存するしかないのよ。自責の念さえも。

 選ばれた子供、チルドレンであることを忘れれば、一介の中学生に過ぎないのに。

 自分にさえもかつてあんな荒んだ時期があった。だから常識ってはずじゃないのに、本来の14歳なら、こんな非現実と向き合う事もなく穏やかな人生を送れただろうに。傷ついた繊細な心も、時間をかけて癒す事もできたろうに。

 それでも、私は彼にあの忌まわしい兵器を強要するのね。人類の未来という重く辛い枷をそのか弱い身体に課してまで。

 「だから立ちなさい。しっかり生きて、それから死になさい!」

 でも生きて帰ってきて。そして自分を見つけて、その自分と向き合って、答えを見つけて、そして生き続けて。

 そして、その自分で私達を罰して。そして赦して。

 ・・・・今のは忘れて。私の、只の我が儘だから。

 子供のまま大人にならざるを得なかった、私の我が儘。

 だから、せめてあなただけは・・・・。

 

 ―――だから、今は無理矢理にでも彼を導かなくてはならない。

 

 

 程なくして、第三新東京市直上から、N2兵器が投下される。

 ほとばしる閃光。天地を揺さぶる轟音と衝撃。

 後に残ったのは、巨大な円形の滝壺。歪んだ雄大なパノラマ。

 ネルフ内部がその衝撃を確認した頃、発令所でそれを確認出来たのは、冬月と日向、青葉、伊吹の四人。そしてそれは第一発令所の生存者数と同一であった。

 「ちぃ、言わんこっちゃあない!」

 「奴ら加減ってモノを知らないのか!!」

 知るはずがない。戦自にとって、これは正義の鉄槌に他ならない。

 自分の行為が明らかな悪事ならば、幾ばくの後ろめたさが付きまとう事もあろう。だが、それが正義と自他が認めたのならば、多少の虐殺など物の数ではない。

 何故ならこれは彼等にとっては「粛正」なのだから。

 

 「ねぇ、どうしてそんなにエヴァが欲しいの?」

 マヤが泣き叫ぶ。

 だが、彼女はまだ気が付いていない。

 人の業が生み出した禁忌の兵器、エヴァンゲリオン。

 それを生み出した者、それを強奪しようと企む者。そして、その存在そのもの全てが「人間」と呼ばれる生命体の罪そのものだと言う事に。

 

 

 「サードインパクトを起こすつもりなのよ。使徒ではなく、エヴァシリーズを使ってね。15年前のセカンドインパクトは人間に仕組まれた物だったわ。けどそれは、他の使徒が覚醒する前にアダムを卵にまで還元する事によって、被害を最小限にくい止める為だったの。・・・・シンジ君、私達人間はね、アダムと同じ、リリスと呼ばれる生命体から生まれた、18番目の使徒なのよ。他の使徒たちは別の可能性だったの。人の形を捨てた人類の・・・・。ただ、お互いを拒絶するしかなかった哀しい存在だったけどね。同じ人間同士も・・・・」

 そこまで言ってしまってから、ミサトは今まで自分の復讐の対象だった使徒達さえ同情の余地のある存在だった事を知った。それがもしくは、使徒達さえ巻き込んだ人間の愚行を呪う事と引き替えているとしても。

 「いい、シンジ君? エヴァシリーズを全て消滅させるのよ。生き残る手段はそれしかないわ」

 今更何の為の善後策なのだろうか。人は取り返しのつかない所まで来ているというのに。

 だが、補完計画などという行為は今のミサトにとっては、愚人の安直な自己救済にしか捕らえられない。

 その認識は、自分の感性の視界が狭くなった為か、広くなった為なのかは分からない。

 自分たちの世代は、もう疲れ切ってしまったのかもしれない。

 それが次世代を生み出す子供達さえも巻き込んだ愚行のなれの果て。

 そんな自分さえも。

 

 

 広大なフロアを横切るミサトのアルピーヌ。その向こう側には、かつてのエヴァプロトタイプの亡骸の山が、頭部と脊髄のみで不気味極まりないオブジェと化していた。

 

 「現在、ドグマ第三層と紫の奴は制圧下にあります」

 「赤い奴は?」

 「地底湖の水深70にて発見、専属パイロットの生死は、不明です」

 

 アスカは、打ち震えていた。

 母の胎内で、全てを拒絶し、全てに拒絶されたと思いこんでいた少女は、ただ絶望していた。

 実の母親さえ振り向いてくれない、冷たい胎内だけが彼女の生命を辛うじて保っている。

 闇と恐怖だけが、永遠に。

 

 「・・・・・・死ぬのは、いやぁ・・・・・・」

 

 

 「・・・・ここね」

 シンジを引き回し、迂回を繰り返す事数回、ミサトは初号機ケイジ入り口近辺にようやく到着していた。

 「・・・・おかしいわね。連中の気配がないわ」

 初号機とシンジの接触を断つのならば、当然警護の戦自隊員が相応に配置されている筈だ。だが、

 「考えている暇はないわ、行くわよ」

 シンジを引きずるようにケイジ前のドアに向かい、スリットに手早く自分のIDカードを差し込む。

 刹那、ミサトは自分の付近の壁が金属音を、はっきり言えば銃弾が自分をそれて壁に衝突する音を感じ取った。

 (マズイ、ひそんでたのね)

 直後開かれたドアに素早く駆け込む。

 引きずっていたシンジもドアをくぐったのを確認して、再び素早くドアを閉めロックする。ドアを破壊して強行突破するにしろ、これで数分はもつ。

 ミサトはその数分を、シンジに全てを託す為に使う覚悟でいた。

 

 「電源は生きてる、行けるわね。・・・・いい、シンジ君。ここから先はもう一人よ。全て一人で決めなさい。誰の助けもなく」

 酷だ。それは今この少年には、酷すぎた。

 「・・・・辛いでしょうけど、でもね、この先あなたにどんな事が起こっても、それに対してあなたがどうしようとも、それがあなたが自分で決めて行動した事なら、それは価値があるのよ。あなた自身の事なのだから、自分を誤魔化さず、自分に出来る事を精一杯して、その償いも自分でするの」

 何故なら、その行為が戦自の虐殺をシンジに無理矢理押し進めているミサトの精一杯の決断と行動と、後悔だから。

 「でもね、今の自分が絶対じゃないわ。後で間違いに気づき、後悔する。あたしはその繰り返しだった。ぬか喜びも、自己嫌悪を重ねるだけ。でも、その度に前に進めた気がする。・・・・いい、シンジ君。もう一度エヴァに乗ってケリを付けなさい。エヴァに乗っていた自分に、何のためにここにきたのか、何のためにここにいるのか、今の自分の答えを見つけなさい。そして、ケリを付けたら、必ず生きて戻って来て。あなた自身の未来を掴む為にも。・・・・約束よ」

 ミサトは、ゆっくりとシンジをエレベーターに乗り込ませ、立てるように担ぎ上げると、

 「・・・・必ず、帰って来るのよ。・・・・アスカも、きっと待ってるから」

 そうして、ミサトはケイジまで直通のエレベーターから身を退き、自分でも気付かないほどの慈愛に満ちた瞳で、上昇していくシンジを見守った。

 だが、自分が「アスカ」と口走った時に、シンジの肩が僅かに震えたことは見逃していた。

 それに、今はただシンジの無事を祈りたいから。それが全てだから。

  「・・・・駄目なんですよ、ミサトさん。駄目なんですよ。人を傷つけてまで、殺してまでエヴァに乗るなんて、そんな資格ないんだ。僕は、エヴァに乗るしかないと思ってた。でもそんなのごまかしだ。なにも分かってない僕にはエヴァに乗る価値もない。僕には人の為に出来る事なんてなにもないんだ・・・・」

 シンジは一人、自嘲していた。乾いた笑みと共に。

 「アスカに酷いことしたんだ。ミサトさんの知らない間に、償いきれないくらい酷いことしたんだ・・・・」

 狂ったように慈愛を求め、それが叶えられなければ、自分だけが自分を慰める。あの傷心の少女の眼前で。

 彼女の悲痛な叫びになど耳も貸さず、そのくせ自分の言い分だけは一丁前に。

 彼女にとっての悲痛な叫びを延々と。

 最低だ・・・・・・・・。

 

 「カヲル君も殺してしまったんだ。僕には優しさなんかかけらもない、ずるくて臆病なだけだ。僕には人を傷つけることしかできないんだ。だったらなにもしない方がいい。そうすれば、きっと・・・・」

 ふとシンジは項垂れていた首を横に振る。

 自分に、自分が苦しめ、殺した人たちのありえない幸せなど願う権利などない。

 そんな資格は僕には・・・・・お前にはないんだよ!!

 そう心の中で誰かが叫ぶ。

 彼であり、彼でない者が叫ぶ。

 それもまた、彼の業―――。

 

 何時しかシンジは、「自己嫌悪」という感覚よりむしろ、それに取って代わって「自己憎悪」という感覚が沸き起こる。シンジにとっては、自分の身の回りの親しい人たちの不幸を全て自分が作り上げたような錯覚にさえ陥り始める。

 その全てに対する激しい憎悪を自分自身に一心に叩きつける。

 「・・・・そうだ。こんな奴が、こんな奴さえいなければ・・・・」

 シンジには、目的が出来た。

 だが、皮肉にもそれは自己破壊衝動。

 

 

 ―――今、崩壊の序曲が静かに奏でられ始めた。

 

 

 一方その頃。

 ミサトは数年間必要のなかった愛銃とその射撃テクニックをいかんなく発揮し、第一発令所までの突破口を開いていった。

 しかし既にネルフから撤退行動に出ていた戦自隊員数人を相手にしただけで、ミサトの想像以上に抵抗は少なかった。

 だがそれは逆に戦自隊員を撤退させるほどの行動がなされる前兆と予測する。

 ミサトが再び発令所まで辿り着くと、再びコンソールに向き合っているマコト、シゲルと、その傍らでいまだ縮こまっているマヤ、そしてその後方で陣頭指揮する冬月、と言ってもマコトとシゲルだけがまともに機能するだけの発令所で出来ることと言えば、ただディスプレイに映る映像の解析だけが精一杯であった。先刻まではネルフ最後の戦力として銃撃戦を繰り広げていた二人でもある。

 「日向君!」

 「葛城三佐! ご無事でしたか!」

 マコトが場違いに喜んだ。死に対する恐怖など、先刻の銃撃戦を凌ぎきったマコトにすれば、既に麻痺して感じる所はない。

 「状況は!?」

 ミサトはそんなマコトをたしなめるように促すと、

 「あれを見てください」

 シゲルがあくまで平静として、メイン大型ディスプレイを目で追った。

 ミサト、マコトもそれに習う。

 冬月に至っては、その光景にただ唖然とする。

 「S2機関搭載型を9体、全機投入とはな。まさか、ここで起こすつもりか!?」

 そう、僅かに生き残った監視カメラの一部が、上空を旋回する9体の白い鳥を捕らえていた。

 だがこの状況下、あれを鳥と見間違える者はここには誰もいない。

 あれこそゼーレの生み出した業の果て、エヴァンゲリオン量産型シリーズ。

 永久機関と飛行能力、そして「kaworu」の名を冠したダミープラグを搭載した、まさに「決戦兵器」。

 「狙いは初号機か」

 その冬月の一言に、ミサトは愕然とする。

 「まさか!? シンジ君!」

 だがそれは、初号機の射出動作を終えた直後のマコトには、ただシンジを危惧するだけの言葉にとれた。

あるいは、知らぬが幸せということか。

 

 いまだ戦自のVTOLが旋回する芦ノ湖付近に、初号機はその姿を現す。

 だが、既に完全撤退を始めていた戦自は、初号機と、爆破作業中だった弐号機の殲滅をゼーレのエヴァシリーズに委託し、直接初号機を狙撃するような行動は起こさなかった。

 どのみち、12000枚の特殊装甲とATフィールドに阻まれ、通常兵器など物ともしないエヴァンゲリオンの性能は知っていたし、アンビリカルケーブルも繋がっていない初号機相手に出来ることはない。

 

 

 シンジは、制服のまま初号機に搭乗していた。

 勿論この緊急時にプラグスーツに着替えるような暇はないし、何より、それに伴う多少のシンクロ率の低下など今のシンジにはどうでもいい事だ。

 これから始まるのは、贖罪という名の只の虐殺。

 シンジの口は笑っていた。だが決して精神が崩壊したわけでも、勝利を確信したが故でもない。

 これから始まるのは、「碇シンジの虐殺」なのだ。

 これが楽しくない筈がない。

 

 シンジは、映画の開幕を待ち受ける子供のように、嬉々としてただその瞬間だけを待ちわびていた。

 

 

 04:「エヴァ初号機が、遂にその姿をあらわしたか」

 09:「我ら人類に福音をもたらす、その真の姿へと」

 11:「だが、我らの悲願成就に欠けている物がある」

 03:「ロンギヌスの槍、その回収はどうしたものか」

 

 直後、キールが重い口を開いた。

 それは、碇ゲンドウに対する抗議の為か。

 01:「ならば致し方あるまい。碇の息子を覚醒させよ」

 06:「エヴァ初号機パイロット、サードチルドレン」

 09:「だが、それは碇ゲンドウを欺く仮の姿」

 08:「碇ユイに仕込みし人の業」

 11:「フィフス亡き今となっては、止むを得まい」

 04:「奴は細部制御がきかぬ。操るのは容易ではあるまい」

 01:「ならばこそ、槍の回収は奴にしか出来ぬ」

 

 キールには確信があるのか。

 半信半疑なゼーレの面々が無言で抗議する。

 

 闇に静寂がしばし―――。

 

 01:「時間がない。碇の息子・・・・、いや、『ゼロチルドレン』の覚醒を」

 12:「我らが願いの象徴、ゼロチルドレン」

 05:「閉塞と恐怖にまみれた心とともに」

 07:「今再び、ゼロチルドレンの開放を」

 01:「それは魂の安らぎでもある。・・・・では儀式を始めよう」

 

 

 考えようによっては、愚かな連中である。

 少なくとも、彼等は今まで自分達の足跡をほとんど省みる事はなく、当然それがどんな人災を招いていたかなどに目を向ける事はいっさい無かった。

 行為自体でなく、行為の後に訪れる寂寞。

 それに対する罪悪感がないからこそ、そして彼等を諫める存在がなかったからこそ。

 その暴走を止めるには、あえて強大な力が必要なのだろう。

 

 

 ならは、彼等の行為は自殺行為である。

 





TO BE CONTINUED・・・
ver.-1.01 1998+02/06 公開
ver.-1.00 1998+02/01 公開
感想・質問・誤字情報などは こちらまで!
−後書き−

彩羽という稚作小説家です。どうかお見知り置きを。

今時映画補完物か? とおっしゃるでしょうが、これは私が昨年の夏から暖めていた・・・んですねぇこんな駄作を、という物ですので、よろしければ一読の程を。

彩羽は日頃はほのぼのLASなどを読みあさるだけの一読者ですが、今回めぞんEVAの「一時入居者募集」のコメントを聞きつけて、急いで編集し直してお届けした次第です。もしこれが掲載される事になれば、今後とも管理者の神田さんにはご苦労をおかけする事になりますが、どうぞこんな作品でよければ、善処してやって下さい。

プロットは一応最後まで出来ているので、後は書き上げるだけになっております。週一ペースでお届けするつもりですが、全二十数話(!)の予定です。

同時期に映画補完小説をお書きになっている方の多いめぞんで、しかも後発で何処まで健闘できるかが不安ですが、なるべく早い完結目指して頑張ります。

掲載して頂いて今後からは、後書きでは補足などを付け加える予定です。

後書きで補足しなければならない作品というのも悲しいですが。

ちなみに上記していますが、私は日頃はいわゆるLAS人です。

こんなシリアス小説を手がけていてLASも何もないのですが。

チルドレン達の結末は、どうぞ最後までお読みになってお確かめを。

それでは今回はここまでにします。

彩羽でした。


 めぞん通算108人目の御入居者です(^^)

 1998年2月最初の新住人、
 彩羽さんWELCOME〜
 

 108・・・・・煩悩の数です(^^;
 めぞんも大きくなったもんですね−−

 カウンタも50万を数え、
 感涙です〜♪
 

 

 

 第1作『悔恨と思慕の狭間で』、公開です。
 

 シリアスです。

 迫り来る死に
 打ちふるえる者、
 あらがう者。
 

 ゼーレの老人どもの願い。
 

 嬉々とした顔を見せるシンジ。
 

 何が始まるのか・・
 

 

 さあ、訪問者の皆さん。
 感想メールで彩羽さんを迎えましょう!


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