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[影技]の部屋
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ドスッ、
鈍い衝撃が二人を襲う。
かばったシンジが下になり、地面に叩き付けられた。
「ああびっくりした……」
シンジがかばってくれたおかげで、アスカはそれほど衝撃を受けていなかった。
「痛っつ……」
アスカは身を起こそうとして手をつくと、右手に鈍い痛みを感じた。
どこかで引っかけたのか、右手の甲がざっくりと裂けている。
「結構、深いかな?」
しげしげと自分の怪我を見つめるアスカ。
「でも、さすがに男の子よね。シンジがかばってくれるなんて……」
そこまで言って、下になっているシンジの異変に気がつくアスカ。
シンジの左手が不自然に掲げられている。
「……っ!?し、シンジ、シンジ!?」
シンジの左手は、鉄の柵に串刺しにされていた。
出血のためか、真っ青な顔のシンジ。
「シンジ!?こたえて!しっかりして!シンジ!」
アスカは自分の怪我も忘れて、必死にシンジの名前を呼び続けた。
傷痕の理由
後編
「シンジ……」
シンジの名前を呼ぶのは、今日何度目かわからない。
薄暗く、誰もいない、病院の廊下で、アスカは一人備え付けのソファーに腰掛けていた。
その右手には、真新しい包帯が巻かれている。
縫合のときの麻酔がまだ効いているのか、右手の感覚はまだなく、痺れているような感じだ。
「シンジ……」
そう呟いて、目の前の手術室の扉を見た。
その中では、シンジの命を助けるべく、医師達が奮闘しているはずだ。
あの後、二人は両親の呼んだ救急車で病院へと運ばれた。
アスカは自分が怪我をしているのも構わず、救急車の中で、ずっとシンジの手を握り締めていた。
そして、救急車は病院へと到着し、二人は検査を受けることとなった。
アスカは右手の怪我以外、たいした外傷もなく、無事だった。
しかし……
思っていた以上にシンジの容体は悪かった。
アスカとシンジの二人分の体重を受けたシンジの内蔵は傷つき、肋骨の何本かも折れていた。
そしてなにより、鉄格子に刺さった左腕からの出血で、シンジの体は極度の貧血に陥っていた。
「あたし、あたしの血を使って!全部使ってもいい、シンジを助けて!」
まだ縫合していないため、右手から鮮血が滴り落ちるのもかまわず、泣きながら医師にすがりついたアスカだったが、血液型の違うアスカの血を使うわけにもいかず、ユイが優しくアスカをなだめ、今は少し落ち着いている。
「あたしが……あたしのせいで……」
手術中のランプは消えない。
「あたしが……シンジの気を引こうとして……別のクラブに入ったから……あたしが……シンジに焼き餅焼いて欲しかったから……」
膝の上に置いてぎゅっと握り締めた右手の包帯に、新しい染みがいくつも出来ていく。
傷の痛みではなく、心の痛みに耐え切れず、アスカは涙を流し続ける。
シンジの両親は、医師から説明があるといわれて、別室に連れて行かれている。
アスカは唯一人、廊下でシンジの無事を祈り続けた。
「……ここは?」
気がつくと、シンジは公園の真ん中に立っていた。
ブランコに滑り台、砂場に鉄棒。
なぜかすごく懐かしい。
「……あ、そっか……近所の児童公園じゃないか」
シンジは、なぜか全身に疲れを感じて、近くのベンチに腰を下ろした。
「フゥー……懐かしいなぁ……幼稚園の頃、よくアスカと遊んだっけ」
あの頃は、何も考えなくてよかった。
気がつくと、いつもそばにアスカがいた。
「ひょっとしたら、一番楽しかった時期かもしれないなぁ」
小学校に入って、アスカは急に空手を始めた。
週に三日の習い事。
それにシンジが習い始めたチェロが週に二回。
ちょうどチグハグに入ってしまい、二人が遊ぶ時間は極端に減った。
「でも、結局、夜は一緒に遊んでたんだよなぁ」
シンジの部屋とアスカの部屋を行き来して、二人でTVゲームを雑誌を一緒に読んだり、テレビを見たり。
今ではあまりなくなったが、あの頃は、よく一緒にご飯も食べていた。
「でも……どうして急にアスカは空手を始めたんだっけ?」
ぼーっと、流れる雲を眺めつつ、そんなことを考えた。
「アンタバカァ!?」
聞き覚えのある声に思わず、身をすくめる。
……悲しい条件反射というやつだろう。
「?」
声のした方を見ると、5歳くらいの赤毛の女の子が泣いている男の子をしかりつけていた。
「僕と……アスカ?」
シンジは驚いて、二人を見つめた。
そんなシンジを知ってか知らずか、アスカは泣き喚いているシンジ平手を一発。
「アンタ、男だったら、もっとしっかりしなさいよ!なによ、そんなんでいざってときにあたしを守れるの!?」
「ク゛スッ、そんな、ス゛ーッ、こと、ヒック、言ったって……」
「なによ、あんないじめっ子くらい」
「でも……」
「デモもストもなぁーい!」
「ヒッ!?」
大声を上げたアスカに驚いて、思わず泣き止むシンジ。
「よっし、分かったわ。あたし、明日から空手、習う」
「?そ、そんなことしたら、危ないよ?」
「あのねぇ……シンジがあたしのこと守れないっていうんだったら、自分で守るしかないでしょ?」
そう言われては、うつむくしかないシンジ。
「ただし……」
「?」
「あたしが空手をやるのは、シンジがあたしを守れないうちだけね」
「ゴメン……」
「謝るんだったら、とっととあたしより強くなりなさいっての!」
パチンッ
「アアーンッ、アスカが叩いたぁぁぁぁぁ」
「ハァ……これは当分空手、辞められそうもないわね……」
そっか……アスカが空手始めたのって……僕のせいだったんだ。
シンジは、再び泣き出したシンジを慰めるアスカを眺めながらそんなことを考えていた。
「強くなるよ……絶対に強くなる……アスカを守れるように……」
泣きながらそういうシンジを、アスカはぎゅっと抱きしめた。
強く……ならなきゃな……
そして……
シンジの意識は再び暗転した。
「?」
目が覚めると、知らない天井だった。
「……そっか……たしかベランダから落ちて……ん?」
お腹の辺りに重みを感じて、視線を少し下に向ける。
そこには、シンジにかぶさるようにして眠るアスカがいた。
右手に巻いた包帯が痛々しい。
「……」
アスカを起こさないように、シンジは体を起こそうとして……
「痛っ!?」
全身を襲う激痛に、顔をしかめる。
「……?シンジ?」
シンジの声で目が覚めたのか、アスカが起き上がった。
「あ、ゴメン……起こした?」
「えっ?あ、ううん……って!?シンジ!?」
急に大声を上げるアスカ。
思わず顔を引きつらせるシンジ。
「な、なに!?」
「よかった……意識、戻ったんだ……シンジ!」
ぽろぽろと涙を流しつつ、シンジに抱きつくアスカ。
「ア、アスカ!?」
「シンジ、シンジ、シンジ……よかった……もぅ、三日も意識が戻らなくて……」
シンジの首に抱き付いて、泣き続けるアスカ。
シンジはそんなアスカの背中を優しく擦ってあげた。
しばらく泣き続けて、気が治まったのか、アスカは両目を真っ赤にはらしつつ、シンジを解放した。
そして……今度はシンジを怒り始める。
「アンタ馬鹿よ!なんで、どうして自分を犠牲にしてまで、あたしを助けようとするのよ!助かったらか良かったけど、本当なら死んでたかもしれないって、お医者様が……」
「守るって……アスカより強くなるって約束したから……ね」
シンジはそう言って、アスカに微笑みかけた。
「……アスカが、いつでも空手を辞められるように」
「憶えてたの!?」
驚いたように、アスカはシンジを見つめた。
「……アスカも憶えてたんだ?」
「うん……忘れるわけ……ないじゃない……あたしと……シンジの約束だよ?」
「うん……」
「守って……くれたね……」
「うん……でも、アスカに怪我させたから、まだまだだね」
シンジはアスカの手に巻かれた包帯を見つめる。
「フフフ……ねぇ、シンジ。これ、一生傷ですって」
「えっ!?」
驚いたシンジは、思わずアスカの手を取った。
「痛いっ」
「アッ、ゴメン!?」
「痛いじゃない!?もぉ……そうそう、言っとくけど……」
急に顔を赤くして、うつむくアスカ。
「?」
「お、女の子に一生傷つけたんだから、き、きちんと責任とってよね!」
ボンッ、
そこまで言って、アスカが熟れたトマトになる。
対抗する、シンジも唐辛子か。
「ア、アスカ……」
「な、なによ……」
「あの時の言葉、もう一度言うね」
「えっ?」
顔をあげたアスカに見えたのは、月明かりに照らされたシンジの顔だった。
青白い光に神秘的に映し出されるシンジの顔。
黒い瞳がまっすぐにアスカを見つめる。
「……強くなるよ……絶対に強くなる……アスカを守れるように……」
一言一言、大切に言葉を紡ぐシンジ。
そう言ったシンジの顔は、誰よりも、そして、なによりも力強く感じる事が出来た。
「うん」
キーンコーンカーンコーン
終業を告げるベルが校内に響き、教壇にいた教師が教科書をかたづけはじめた。
「ううーん……終わったぁ」
アスカは大きく伸びをすると、机の上のパソコンのOSを終了させる。
「シンジ、今日の部活、何時までだっけ?」
隣の席で、ノートパソコンを机にかたづけていたシンジにさっそく声を掛けた。
「確か……今日は加持さんが遅くまで残れるはずだから……九時までじゃない?」
「ゲェッ?そんなにやるの?」
「仕方ないよ……試合だって近いんだし……」
シンジはそう言うと、かばんを持って、席を立つ。
「あ、これ、洗濯しておいたから」
「あ、ありがとう」
自分の鞄から真っ白に洗い上げた道着を取り出し、シンジに手渡す。
別に部室に着いてから渡せばいいようなものなのだが、一応、つきあっていることが秘密……ということになっていると本人達は思い込んでいるため、教室で渡すことにしている。
「あとは、今日使うタオルと水筒と……シンジ、今度こそ、優勝しなさいよ?」
「はいはい……出来たらね……」
アスカから渡されたものを鞄に詰めつつ、生返事を返すシンジ。
「アンタバカァ!?最初っからそんな気持ちでどうするのよ!?昔っからいうじゃない『なせばなる、なさねばならぬ、ホトトギス』ってね?」
「……いや、それってかなり言わないと思うけど……」
「とにかく、せっかくあたしがマネージャーやってあげてるんだから、一回くらい、優勝して見せなさいよね!」
そう言ってシンジの背中を思いっきり叩くアスカ。
「わかったよ……もぉ、アスカは乱暴なんだから……」
「なによ?文句あるっての?」
腰に手をあて、お決まりのポーズですごむアスカ。
「わかったよ……アスカを守るために、強くならなきゃいけないしね。責任とるためにも」
責任という言葉を聞いて、ボンッと音を立てて赤くなるアスカ。
「あ、と、その、忘れなさい!あれは事故なのよ!気の迷いよ!妄想よ!忘れて、お願い!思い出さないで!ていうか、思い出すな!」
「ハハハッ、それじゃあ、お先、アスカ!」
真っ赤になったアスカを残して、教室を出て行くシンジ。
……少しは強くなったのかもしれない。
おまけ
「どうした?シンジ君。頬が真っ赤にはれてるぞ?」
「いや、いいんです……」
「ほんっとに馬鹿なんだから……もぉ!」
……やっぱり、弱いみたいだね(^^;
ども(^^)影技です
いやぁ……永らくお待たせいたしました(^−^)
えっ?待ってない?それ以前に、こんな話、知らない?(^−^;
・・・・たしかに、すんげぇ時間たってるしなぁ(^−^;
と、とにかく、約半年かけて、ついに完結いたしました(^−^)
もぉ、踊っちゃうような気分ですヘ(^^ヘ)(ノ^^)ノヘ(^^ヘ)(ノ^^)ノ
これもひとえに、皆様方の感想と催促のおかげと感謝しております(^−^)
・・・・作者本人も忘れていた作品を憶えていてくださった読者の皆さん。ありがとうございました(^−^)
・・・・今度からは、忘れないようにしますね(^^;
ではでは(^−^)