リリス王国の、年に一度の国を上げた祭りは、あっけない形で幕を閉じた。何十年に一度、あるかないかのことであると、どこかの村の老人が帰り際に呟いたなど、
誰も知ったことではないが。
ともかくも、優勝者であるトウジ・スズハラには金貨1200枚と今年だけの賞品、ヒカリ・ホラキとの婚約権が与えられた。そうした儀礼的な授与式が終了したあと、ホラキ邸へ正式に、トウジと妹のナツミ、そして準優勝者であるシンジ・イカリが迎えられた。
「まぁシンジぃはオマケやな」
と、トウジがカッカカッと笑いながら言ったのをシンジは引きつった笑みで返した。
「しかし大きいのぉぉぉぉぉぉぉっ」
当然である。ホラキ家は言わずと知れた、リリス王国の通商の胴元なのだ。邸宅が大きくなるのも当然だ。
「恥っずかしいわねぇ、ウチのバカ兄貴は」
疲れ切ったような顔でナツミが呟く。
「やかましいわ!」
「はいはい。ホラキおじさんをお待たせしちゃ悪いわ。早く行くわよ」
大股で闊歩するように、ナツミは開いている門をくぐり、邸宅内を目指した。それにトウジ、シンジが続く。
邸宅まではまだ有に40mほどある。その間に池や石膏像などが並べられている。
いかにも金持ち趣味な感じがするが、ホラキ家ほどの名家となればそれも許させる行為と言えよう。
「お!おおっ!おーっ!おお?おおおおおおおお!」
「お兄ちゃんさっきから『お』しか言ってないわよ」
「いやな。こんなもん見るのはじめてやしなぁ。いやぁ、こーいう家に住めるとええんやが」
「まぁお兄ちゃんとヒカリおねえちゃんの仲が行き着くところまで行ければ、ここに住めるようになるわよ。ね、シンジさん」
「えっ?あ、ああ。そうだね」
「どうかした?」
ナツミがシンジの顔をのぞき込んだ。
「別に。さ、早く行こうよ」
言葉を濁して、忙しく頭を動かして唸っているトウジの側へ走る。
(ただ、気になったんだけど、兄妹こんなものなのかな?)
一人子のシンジには分からないことである。ただ言えることはこれが兄妹の典型ではないと言うことだろう。
エヴァ三銃士
第八章 「リリス王国の消える日」
3人は長机のある、いわゆる食卓に案内され、上手(かみて)から順にトウジ、ナツミ、シンジと並んで座らされた。トウジは座っても、きょろきょろともの珍しそうに時に驚嘆している。まさに小さな子供のように。
「お待たせして申し訳なかった、スズハラ君、イカリ君」
上手の扉が開いて、恰幅のいい、デンテツ・ホラキが現れその後ろヒカリとノゾミがついてきた。トウジはナツミに促されて立ち上がり、3人で動きを併せるようにして一礼する。ホラキ家の二人が着席してから、3人も着席する。このあたりは年相応とは言えないほどしっかりした、ナツミが中心になって動いた。
「しかし今回は若手の君たち二人が本当に御前試合を盛り上げてくれた。病床の陛下に代わり、まずは礼を言わせてもらう」
「いえ、そんな。僕たちは自分たちの力を出し切っただけで・・・」
「そうですがな、ホラキ大臣。試合中、ワイらは自分らのことし考えてへんかったんですわ」
「そうか。だがこの大会は既に物欲に駆られた強者の、欲のぶつかり合いでしかなかった。それを君たちが代えてくれたんだよ」
そこでデンテツは一度目を細めて笑い、トウジを見つめた。
「しかし、スズハラの息子である君がここまで立派に成長していようとは。亡くなられたご両親もさぞお喜びのことだろう」
「えっ?ホラキさん、父を知ってらっしゃるんですか?」
とナツミが立ち上がって訊く。
「ああ。私と彼は古くからの親友でね。私が通産大臣の候補に指名されてからはなかなか会う機会が持てなかったが」
「そうだったんですか」
「だからトウジ君、私はこのホラキ家の跡取りとして君を迎えられることを嬉しく思っているよ」
「お、お父様ぁ!」
完熟トマトのようになって、ヒカリが金切り声を上げる。
穏やかに笑って、デンテツは父親らしさを見せた。
「さて、シンジ・イカリ君?」
「は、はい」
彼に極度の緊張が走り、背筋が金属棒の様に張りつめる。
「間違いであったら申し訳ないが、君は、ネルフ前近衛銃士隊隊長であられたゲンドウ殿のご子息かね?」
「だ、大臣も父をご存じですか!?」
「もちろんだ。剣の腕なら彼の名は大陸全土に響きわたっている。加えて御前試合でも一度優勝なさったこともあるのだよ。ゲンドウ殿の名はおそらく、海を越えラングランにまで届いているだろう」
海をその国境の一つに持つリリスでは当然のことである。噂話の多くは旅行者や商人から噴出する。そしてそれは海を渡る間に尾鰭や背鰭がつくこともある。よい例がこのゲンドウのことだ。彼はリリスに置いても「傑物」の異名をとるほどの剣の腕前を持ち、彼が参加した大会ではゾロや自由騎士(シュウ・シラカワ)を凌ぐほどの圧勝で優勝した。それがラングランに伝わる頃には、
「相手に全く攻撃する隙を与えず、剣を振る姿も見せず圧勝」となっていた。
そして当時、それを間に受けたある2人青年がまさに血を吐くほどの修練を遂げ、「右剣王」・「左剣王」とまで呼ばれるほどになった。その一人が、ゾロ・ガギエルである。もう一人に関しては機会があれば紹介するとしよう。
・・・ともかく、噂が「泰山鳴動」の元凶になることもしばしばである。
「父さんが・・・」
「シンジ君、君はこれからどうするのかね?」
唐突な質問がシンジに向かってぶつけられた。
「えっ?あ・・・そうですね、とりあえず旅に出てみます。このままじゃトウジにもかないませんから」
「修行を続ける、ということかね?」
「はい」
「そうか。なら私が君の旅支度を準備してあげよう」
「いいんですか?」
「君にも可能性が秘められているのだ。それにトウジ君の親友の君の役に立ちたいしな」
そのトウジ君、の言葉に「跡取り、娘婿」の意味合いが籠もっていることなど、当人以外誰も気がついていない。
「ありがとうございます」
シンジは立ち上がると深々と頭を下げ感謝の意を現した。
「今日は宴を催すとしよう。前途ある若者の旅立ちと、跡取りを迎えたホラキ家の安泰を願って」
「お・と・う・さ・まぁっ!!!」
いよいよヒカリの目が鋭くなり、声に怒りが籠もった。それを見たデンテツはわざとらしく咳払いをしたあと、
「少々先走り過ぎたようだな」
と呟き、跋が悪そうに席を立つ。
翌朝のことである。
朝食のあと、シンジの部屋に運ばれてきた、リリスの「旅のお供七つ道具超豪華版・限定ボックス」の中身を確認したあと、剣を腰に下げた。
「おーい、シンジ、散歩でも・・・ってどないしたん?」
散歩の誘いに来たトウジが素っ頓狂な声を上げた。
「ああ、トウジ。そろそろ旅に出ようと思って」
「そろそろってなぁ、忘れたんかシンジ。大臣閣下が2・3日ゆっくりしてけって言うたやろ?」
「実はそうも行かないんだ」
彼は自分が逃亡者であることを、昨晩まですっかりと忘却していたのだ。
リリスはネルフの友好国である。表面的には逃獄者であるシンジが大臣邸に厄介になるのはホラキ家に迷惑をかけてしまうし、一門の立場を悪くしてしまいかねない。彼は適当に理由をつけて、一刻も早くここを離れようとした。
「どうしてや?なんかあるんか?」
「・・・早く強くなりたいんだ。一刻の時間も惜しい」
「そりゃぁワイとあんだけ力差があって、お前が焦るんもわかるけどな、人の好意には素直に甘えた方がええ」
「でも・・・行くトコもあるし・・・」
「そうなんか。・・・急ぎの用事か?」
「できれば」
複雑な顔を向けて、やはりどこか納得できずにいるトウジだったが、一旦目を閉じて観念すると言った。
「しゃあないな。行く言うてる旅人を無理に引き留めるのも野暮やろ。・・・けんど、ヒカリとヒカリの親父さんには挨拶してけ。それが義理と人情ちゅうもんやぁ」
どこかずれた結論だが、敢えてツッコミしようとは思わなかった。変わりに心の中で、
(なんでやねん)
と呟いてやった。
至れり尽くせりとはこのことだと、シンジは正面出入り口を出た瞬間に思った。
彼の目の前に、毛並みも美しい立派な馬がいて、手綱をデンテツが握っていた。
「突然のことで大急ぎで準備した馬だが、走りには問題ない。使ってくれたまえ」
真っ先に駆け寄ったのはトウジだった。
「ええ馬やでぇシンジ!良かったなぁ。踏み込みもしっかりしてて、なかなかええで」
競馬の解説者みたいな台詞でシンジを招くトウジ。もうこの少年のズレには慣れた。
「大臣閣下、本当に何から何まで申し訳ありません。このお礼はいつか必ず!」
「いやいや。君の成長が何よりの謝礼だよ。お父上を越える剣の使い手になってくれたまえ」
そこでヒカリが前に出た。
「アスカに・・・会って行かないの?」
「・・・うん。ヒカリさん、もし彼女に会うことがあったら伝えて。決勝でがんばれたのは君のお陰だ、って」
「分かった。必ず伝えるわ」
シンジは頷く。そしてナツミに視線を移した。
「・・・さびしくなるね。・・・がんばって」
何とか紡げたのはその言葉だけだった。すぐヒカリに抱きついて顔を埋めてしまった。
「じゃぁ、みなさんお元気で」
リリス王都を離れて、数刻の時が流れた。そろそろ山間部に至る道でシンジは振り返る。広がる王都の遙か向こうに、深蒼の海があり微妙の色の差が青空と海を分けていた。内陸の盆地にあるネルフに比べると、その景色は彼に感慨をもたらす。ほんの少し前のやりとりが、もう遠い昔のように思えてしまう。
「今度はいつ戻ってこれるんだろ・・・ハハッ、わかんないや」
自嘲気味に笑って、うつむく。そこで急に彼はある少女のことを思い出した。
アスカ・ソウリュウ。
彼にとってははじめて意識した同年代の女性である。
「彼女とももう逢えないかも知れないな」
先ほどのヒカリの言葉が胸に刺さり、心に翳りがもたらされた。自然と頭の重みに首が負け、うつむいてしまう。
「はーっ、やーっと見つけたぁっ」
シンジは顔を上げた。
だが付近にだれもいない。幻聴でも聞こえたのだろうか。しかし聞き覚えのない声だった。小さな子供の声のようで、キンキンと高い音が鼓膜を刺す。
「上ですよ、上っ!真上を見て」
声の主は上空にいる。シンジはさらに顔を上げる。
そして見つけた。リズムよく定期的に翼をはためかせ浮かんでいる、カラフルな鳥を。
「お、お、お前!しゃ、しゃ、しゃ」
「驚いたぁ?ヒッヒッヒッ。そりゃぁ驚きますよねぇ。しゃべるハズのない鳥がこーんなぁに流暢に、しかもちょーぉ美しい声で喋ってれば」
シンジがデンテツから貰った馬の頭にゆっくりと下りると毛繕いをするような仕草をしてウィンクする。
「私はシュウ様の使い魔、ぷりてぃチカちゃんですぅ♪よろしく」
翼を広げて、お辞儀をするチカ―――と名乗る鳥―――。
「シュウ?あのシュウ・シラカワさんの、使い魔?」
「はいはい。そのシュウ様ですよ。いやぁ、探しちゃいましたよシンジさん」
と翼を器用に動かして言う。その動きはまるで人の手のひらのようだ。
「どうして?」
「シュウ様から手紙を預かってるんですよぉ、あなた宛の。えーえぇっとぉー」
左の翼の中を、右の翼で探る。
「あ、あったあった」
羽根と羽根の間から、白い封筒が出てきた。しかしどう見てもその翼よりも封筒の方が大きかった。
「どうやって持て来たの?」
「そりゃぁシンジさん、秘密に決まってますよっ。トリにもトリの事情ってヤツがありますからねぇ」
知ったこっちゃない。
「ともかく、これ、渡しましたからねぇ。読んで下さい。私は国へ帰りますから」
「あ、ちょっと!」
「何です?」
「シュウさんに、ありがとうって伝えてよ」
「はいはい。言付け、このぷりてぃチカちゃんが確かに預かりましたよ」
羽ばたいて、海の方へいそいそと飛んでいくチカ。だが、急に何かを思い出したようにシンジのところへ戻ってきた。
「あの、運び賃、金貨1枚もらえますか?」
あっけにとられつつも、シンジは袋から金貨1枚を取り出し、チカに差し出す。またもこの鳥は右翼を器用に使い、その金貨を掴むと、左翼の中に入れた。まるで服の中に入れるように。
「はい、まいどっ。それじゃ頑張って下さい、シンジさん。私ぃ密かにあなたのこと応援してますからぁ」
人間よりも人間くさい、珍妙な使い魔は、忙しく飛び立っていった。
残された彼は、もう何も言えなかった。「世の中には理解に苦しむことが多すぎる。」それこそリリスに来て彼が学んだ、大きな人生哲学であった。頭を振って、改めてその手紙を見つめ、封を切った。
『親愛なるシンジ・イカリ殿
先刻、私はあなたに重要なことを伝え忘れていました。
今のあなたはただがむしゃらに突き進むだけでは強くなることはできません。
あなたには道標が必要でしょう。
老婆心、と言うとはなはだ失礼かも知れませんが、あなたに一人の剣豪を紹介しましょう。
教えを請う、請わないはあなたの自由です。』
文面はそれだけだった。二枚目にリリスの地図らしきものがあり、ある山に丸がつけられている。そして地図の下にはその「剣豪」であろう人物の名が、文面と同じ筆跡で書かれていた。
「ガルマ山・・・ここからそれほど離れてないところみたいだ・・・。行くだけ・・・行ってみるか」
地図の示す方向に目線を向けると、ガイナ大陸中でも五指に数えられるであろうほど巨大な山がそびえている。名をガルマ山。裾野から頂上まで、突き上げられた剣のごとき姿をしている。決して登山には向かない山だろう。どちらかと言えば、登るよりも這い上がるの方が適した表現だろう。
地図と手紙をしまうと、手綱を引いて山の方角に馬を向ける。
しばらく行くと、道が狭まってきた。勾配も急になったが、ホラキ家からもらい受けた馬は全く動じて居ない様子だ。
「偉いな、お前は」
馬の首を撫でてやろうとしたその時だった。背後から微妙な殺気の流れを感じた。
「おい、お前、この先に何か用か?」
声。若い男の声だ。微風にのる殺気を計算に入れると、どう考えてもその声の位置と同じだ。シンジは手綱をゆっくりと下ろすと、なるべくゆっくりと右手を動かし、左の脇にかかった剣の握りに手をかけた。
「この先に何があるのか、知っててここまで登って来たのか?答えろよ、剣士の兄ちゃん」
「ある剣豪に・・・会いに来た」
「ほぉー、知ってるじゃねぇか。フン、先生に会いたいヤツなんてぇのは大体が暗殺者だ。・・・先生の手を煩わすまでもねぇ。テメェみたいな若造、この俺が始末してやるよっ!」
殺気が風を伴って動き始めた。
「違うんだけどなぁ・・・」
仕方が無く右手を勢いよく動かし、剣を抜き鞍に登って飛び上がる!
その瞬間、馬に頭を下げさせる。たぶん相手の目には馬の上にあるはずの物がすべて消えたように見えるはずだ。
軽い身のこなしで背後に回ろうとした。だが、相手は予想に反して、馬の手前で足を止めて振り返ろうとしていた。
(えっ!?)
「甘メェぜ、兄ちゃん!」
不思議な形状の剣だった。別にネルフ王国の銃士・兵士に限ったことではないが一般的に流通している剣は鍔(つば)から剣先までの太刀身が、全体的に細い。いわゆる佩剣(はいけん)型のものだ。
が、このシンジをねらった人物が手にしていた剣は、太刀身が太くそして長かった。凄い腕力で振り回すんだろうな、と思うシンジ。
おおよそそこまでの思考時間、おおよそ0.5秒。
しかしそのすぐ、まさにすぐ後だ。その剣が着地したシンジの肩をかすめた。
「こりゃ!やめんかァ!!ケイタ!!」
一瞬、何なのかシンジは理解に苦しんだ。状況を表現するのに「声が飛んできた」という言葉以外ありえないのだが、それは言葉の額面通りでまさに「飛んできた」のである。半分ほど枯れかけた老人の声であった。だが、その声は肌を切り裂くような鋭利な牙のように彼の頬をかすめて、太刀を止めさせた。
「ちっ。先生!何故止める?」
「お主は、敵意・悪意・殺気というものを感じようとはせんのか?この少年からそういった類の物騒なモンが感じられんじゃろうが」
「・・・関係ねぇよ。近づくモノはすべて敵!!立ちふさがるモノもすべて敵ィ!!」
ばきっ!
「考えを改めよ、この馬鹿弟子が」
気がつくと、ケイタの顔に石がめり込んでいた。
「い、いてぇ・・・」
「ささ、お客人、我が家へきなさい。話は家で訊こう」
シンジはこの人がシュウの言う剣豪なのだと、その瞬間に納得する。
「は、はい」
昏倒した「ケイタ」と呼ばれる青年が復活したのは二人が去ったあとのことである。
それから数日後のことである。シンジの行方はやはりガルマ山付近で消息を断って、目撃されていない。心なしかアスカの元気がないことを、ヒカリやレイが心配して今日は3人でレイの部屋に集まっていた。
口では「あんなヤツ関係ないわ!!」と強がってはいたものの、ガルマ山での目撃情報を最後に消息不明と知るや、目に見えて落ち込んでいた。
ほぼ四六時中一緒にいるレイには痛々しく見えた。加えて、リリス国王の容態もこの所芳しくなく現在意識不明でリリスの名医に付き添われている。レイの心労も徐々に蓄積しつつあった。
そしてその日は突然訪れたのだ。
アスカの個人部屋に、次週の一人が駆け込んできた。
「王妹君!陛下のお命、危のうございます!!」
ふさぎ込んでいたアスカですらその言葉に顔を上げた。
人の命というのは蝋燭の炎のようだと、リリス王国の名医である人物は唱えている。まさに昏睡状態から目覚めたリリス王は「非常に気分がいい」と安らかな笑みを浮かべた。
蝋燭はその最後の時を迎えたとき、最後の輝きを放ちそして消え落ちる。人の命も一瞬の輝きでそれまでの苦しみから解放されやがて死に至るのである。連日の夜を徹した治療で疲れ切った青白い顔を下げ、側近の一人にレイと通産大臣の緊急召還を依頼した。
「どうやら・・・最後らしい」
レイ、デンテツ、アスカ、ヒカリ。4人の顔をゆっくり見てから天上を見つめて、リリス王は弱々しく呟く。
「お兄さま・・・」
「レイ、お前はもうネルフの王妃だ。今後も・・・カヲル殿を補佐しネルフの反映につとめよ」
レイはただもう、流れ落ちる涙に任せ、頷くしかできなかった。
「ホラキ大臣。・・・後は・・・頼んだ」
「はっ」
デンテツの肩がふるえる。彼も言葉に詰まる。リリス王は再び天井を仰ぐ。
「どうやら・・・迎えが来たようだ。父上、母上・・・。私は・・・」
その続きは永久に紡がれることはなかった。
第6代リリス王、永眠。享年、29歳。
王の寝室にアスカとヒカリのすすり泣きが響き、レイは兄の胸に顔を埋めて声を出さずに泣いた。
そしてそれを見たデンテツは、その涙をこらえる。今後事を託されたのは他でもない、彼なのだ。
「急ぎネルフに書状を使わせ。リリス王崩御とな。国内全域にもだ。崩御の典の準備を急ぎすすめよ!」
気丈に振る舞うしかない。後にも先にも彼が泣くのは、リリス王の墓前だけである。
「キール枢機卿!リリス王がお隠れになられたようです」
ネルフに知らせが伝わったのは翌夕刻である。バルコニーで鷹と戯れていたキールは、その場で報告を受ける。
「ようやくか・・・。長かったな。で、リリスには王の死因を怪しむ気配はないのだな?」
「はい。皆葬儀の準備で忙しく動いており、そのような気配はありません」
伝令はそれを伝えると、深々と一礼し、その場を離れた。
「さすがは枢機卿ですな」
部屋の隅に控えていた、現近衛衛兵長兼副将軍、シャノン・サキエルが軽い拍手を送りながら褒め称える。
「よせ、シャノン。ここで疑いを持たれるような発言は控えろ」
「そう仰いますな。今やこの王宮で卿に反旗する者などおりますまい。それに不穏な動きをする者には、刺客を差し向けております」
と、彼は出入り口付近に控えている手足の細長い、血色だけは非常に良い男を見る。
「ウィッテン・マトリエル・・・彼らを始めとして、私の育てました部下達がやってくれます」
「貴様の部下には多大な信頼を寄せているつもりだ。・・・それよりもヤツはどうしている?」
「仰せの通り仮面をかぶせ、地下牢に幽閉してあります」
「適当に痛めつけて構わん。だが、殺すなよ」
「心得ております」
「いよいよ我が野望の道が開けるときが来たのだ、シャノンよ・・・」
キールの高笑いが、暮れかかる空に響きわたった。
瞬く間の2週間であった。リリスでは国を上げた崩御の典が執り行われ、国事態が1週間、喪に服した。
その日、宰相の号令で、各大臣、そして王妹であるレイが円卓の間に集められた。
上座に着席したレイに、覇気は感じられなかった。
「では、先王第六代のお言葉通り、今この場にて遺言状を読み上げる」
「宰相!そのようなものがあったのか?」
とデンテツ。
「うむ。兼ねてより私がお預かり申し上げていた」
「・・・この書はリリス王国政府、全大臣出席のもと、宰相により読み上げてほしい。
我死した後、通例に従い、3ヶ月間の崩御の典を済ませよ。
その間の国家運営は、各大臣の主導で進めてほしい。
崩御の典の終了したのち、リリスの国権をしべてネルフに譲渡せよ。
すでにその準備は前々より整えてある。
大臣は引き続き自治政権として機能を残すことをネルフ王カヲル・ナギサ十三世と取り決めてある。
なお、王家の持つ財産は半分を王族で、残り半分を国家運営資金として役立ててほしい。
・・・以上です」
すべてはもう終わっていた。何もかも見越した上での往生だったと言えよう。レイは改めて実兄の偉大さを思い知らされた。
「・・・レイ様、念のため書状の筆跡をご確認下さい」
宰相は彼女に遺言状を手渡した。
「確かに・・・陛下の筆跡に間違いありません」
間違えようがない。少し弱い筆圧の書状だったが、字の癖は確かに兄のものだった。
「・・・会議するまでもあるまい。我々はリリス王のもと、この国を運営してきた。その陛下の御遺言なのだ。従うのが義というもの。そうではないか、ご一同?」
長い沈黙のあと、デンテツが立ち上がり進言した。宰相をはじめ、全大臣が頷く。そして彼も頷き、視線をレイに移す。
彼女は一同に視線を巡らしたあと、軽く目を閉じてゆっくりと頷いた。
「宰相殿、急ぎネルフへ使いを」
そしてその日、この世界からリリス王国が消えてしまった。
悲しみに暮れる、ネルフ領リリスの3ヶ月は瞬く間に過ぎていく―――。
本当にご無沙汰でした。超絶遅筆作家・平岡誠一です。
ようやく、というかやっとの思いで、第八章をお送りすることができます。
題名の割にはリリスに関する描写が少なかったことを反省していますが、崩御の典なんぞという実在しない葬式の描写をするのは、
どうも気が引けましたので、尻窄みではありますが、ここで第八章を終了致します。
さて、シュウ・シラカワの助言で、「師」と仰ぐべき老人と出会った、シンジ。
今後、しばらく彼の出番はありません。
シンジの修行編は先に第九章を公開したのちに、番外編として投稿します。
ちょっとだけそのあたりに触れますと、この老人、その昔は「不敗の剣神」とまで呼び称された人物で、今もその威勢は衰えていません。
しかしながら、性格は何処かズレていておかなしなところがあり、またドスケベです。そりゃぁもう、亀仙●と互角に渡り合えるほど(爆)
現在彼の元にはケイタ・アサリという騒がしい少年と物静かなムサシ・ミヤモトという二人の弟子、世話役のマナ・キリシマという女性の三人がいます。
彼らがシンジとそう絡んでいくかは番外編にて。
それでは次回について。
次回より数章(一応十一章までを予定)の主人公はアスカと三銃士に移ります。まぁ多少三銃士の出番が、リリス国内に居たときより増えるだけですが。
葬儀が終わり、レイと共にどこか気重にネルフへ戻るアスカ。
だが二人はそれまで知らなかった、大きな事実に直面する。変わり果てた麗しのネルフ王都。
そして何処か様子のおかしいカヲル。
3ヶ月の間に何が起こったと言うのでしょう?第九章「題名未定」で、再びお会いしましょう。
な、なるべく早く書きますよ。なるべく・・・。
一応、ミラディに相当するキャラにミサトを考えてるんですが、いつになったら登場させられるんでしょうねぇ・・・。