ゾロ・ガギエルは、闘技場外へ続く暗がりの通路を歩きながら、笑みを浮かべた。
実に楽しげに。
今、この瞬間、彼は確実に人生の面白みを噛みしめていた。
(トウジ・スズハラ・・・シンジ・イカリ・・・。面白い。彼らはまだ強くなる。そのころ当方はまだ衰えずにいられようか?)
彼は臆することなく挑んできた、まだ少年のようなところのある者、そしてその友とおぼしき者を思っていた。二人には類い希なる才能があるとゾロは直感したのだ。
だが二人が剣士として熟する頃、自分でもどうすることもできない『老い』が彼を襲っているのは確かである。
それを考えるとゾロは無念でならなかった。その無念さに足が止まる。
「まさか、こんな形で再会することになろうとは思いませんでしたよ。ゾロ・ガギエル殿」
暗がりの先に、漆黒の衣服を身に纏った男が壁に寄りかかっている。顔はこの位置からでは見えない。
「何者」
「お忘れですか?・・・無理もありませんね。私があなたと出逢ったのは年端もいかぬ少年の頃でしたから」
コツコツと石造りの通路を叩いて、その男が暗がりから近づいてくる。男は仮面を被って顔を隠していた。
今、ゾロとの距離は2メートル。
男はおもむろに仮面を外す。紫色の髪が仮面からこぼれた。
ゾロの眉が一瞬動いた。
「・・・クリストフ、か。微かにあの頃の面影がある」
髪の毛同様の色の、切れ長の瞳をゾロに向ける。
「思い出してくれましたね」
声を立てずにクリストフは笑った。
「・・・ところで、ゾロ殿。あなたは何が目的でこの大会へ?」
「より強き者を求めて。汝は?何が目的なのだ」
「暇つぶし・・・ですかね」
悪びれもせず、彼は言う。
「いかにも汝らしいな。だが・・・あの若き者、甘く見ぬ方がいい。あの太刀筋は、荒削りだが見覚えがある」
「それはそうでしょう。彼はネルフ王国近衛銃士隊、前隊長ゲンドウ・イカリの息子ですよ」
「そうか。ならばせいぜい遅れを取らぬよう、明日は汝も本気を出すことだな。また会うこともあろう」
ゾロは歩き出し、クリストフの横をすり抜ける。
「・・・フェイル王子があなたを捜索していますよ。もう一度、自分に仕えてほしい、と」
その言葉で再びゾロの歩みが止まる。少しだけ後方に頭を向けた。
「今更ラングラン王国へ戻れまい。当方がなした罪は重い。フェイルロード殿に会うことがあれば伝えて頂こう。昔のゾロは・・・死んだとな」
暗がりの中へ、ゾロの姿が吸い込まれていく。どこか淋しげな背中を残しながら。
そして通路にはクリストフだけが残された。
「『クリストフ』・・・ですか・・・。もう捨てた名だと思っていましたが・・・ゾロ殿にしてみれば、私はまだ『クリストフ』なんですね」
彼は再び仮面を被ると、まだ観客のざわめきが鳴り止まぬ闘技場の中を一瞥し、踵をかえして外に向かった。
「明日が楽しみですよ、シンジ・イカリ君」
いまだこの御前試合に仕組まれた『何か』は終わっていなかった・・・。
そして、あたりに夜のとばりが下り始める。
エヴァ三銃士
第七章 「御前試合の中で(後編)」
トウジは小さな船で大海原を進んでいた。波の穏やかな晴天に恵まれた海原を。
辺りには大地も見えない、まさに海のど真ん中だった。
「海はええなぁ・・・・」
トウジがそう呟いたのをきっかけに、天候が急激に変化してゆったりとした波が彼を襲う荒波に変わった。
「何や!?くっそっ」
トウジは必死で船を傾けまいと進めていく。
「沈まんで、絶対に沈まへんでっ!!」
そのうちに、彼は雲の切れ間から光が差し込んでいるに気が付いた。
「あそこへ・・・」
一心に光へ光へと・・・。
やがて彼の船はボロボロになりながらも、穏やかな海にたどり着いた。
「ようやく戻ってきたんやな、この海に」
彼の視線の先には、リリス王国の港が見える。そしてそこで彼は確信した。妹と共にそこで待つ女性が居ることに。
それは幼い日、彼の癖の悪さを注意していた少女だ。
「・・・帰らなあかんのや。二人が待っとるところに」
やがて、彼の船を強い光が包んでいった。
・・・ちゃん、にいちゃん、お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!!
(なんや、うるさいのぉ。ナツミのヤツぅ。ゆっくり寝かさんかい・・・)
「静かにせぇや、ナツミ・・・」
薄目を開けると、そこには潤んだ瞳を向ける妹と、心配そうに見つめるシンジの姿があった。
「お兄ちゃん!」「トウジ!」
「二人とも、ゆっくり寝かせぇや」
疲れているような、うんざりしているようなそれらが入り交じったような表情でトウジ。
「動ける?」
シンジが声をかける。
「ん?・・・ああ。あんだけ斬られたはずなんやけど・・・。大丈夫や。朝には動けるようになるやろ。そいやワイ、どのぐらい寝とったんや?」
「4・5時間ぐらいよ。・・・準決勝第二試合と決勝は明日だって」
ナツミがそう言うとトウジは安心したように、全身の緊張を解いた。
「あ、トウジ。ゾロさんから伝言だよ」
「なんや?」
「『次にあうときまでさらに強くなれ』だって」
その言葉でシンジを見ていた顔が鋭くなる。そして天井を見つめた。
「次は・・・絶対に圧勝やで、ゾロ」
あきれたようにため息をついたナツミが、トウジの額を軽く叩くとこう言った。
「まったく、お兄ちゃん一応勝ったんだからね?まだ明日の決勝があるんだから!いい?今日はもう休むのよ?」
「ああ、わかっとるがな。・・・なあ、シンジ」
「な、何?」
「ワイはもう大丈夫や。決勝までには回復させたる、意地でもな。だからシンジも負けへんで、決勝に来いや」
ニカリとトウジが笑った。
「うん。勝つよ、僕は。たとえどんな相手でもね・・・そしてトウジにも」
「よお、言うた!期待してるでぇ。・・・ほな、ワイもう寝るわ」
言い終わらないうちにトウジは、堕ちるように眠っていった。
「うん。お休み。トウジ」
二日目。再び空は快晴で、太陽は明るい日差しを闘技場に注ぎ込んでいた。
本日も観客席はリリス王国の国民と、観戦にきた他国の者で満員だった。とくにギレンに生活するリリス国民の占める割合は高い。彼らにしてみれば今回の大会は数十年いや数百年に一度あるかないかのものである。
自分たちの同郷の人間が決勝まで残ったのである。それにトウジはギレンにおいては有名であった。
落ちぶれても元大商人の息子であることもあるが、屈託のない少年のような印象がある彼を好ましく思わない人間は少ない。
トウジの家の大家をはじめとして、近所に住む人々が集まって、決勝を待っていた。
中央の最上段に設けられている特別席に、レイ、そして通産大臣のデンテツ・ホラキ、その娘であるヒカリ、最後にアスカが姿を見せた。
ここに入るとき、デンテツがアスカに対して、
「侍女のお遊びにしては、少々やりすぎですぞ、ソウリュウくん」
と言った。
彼は気が付いていたようだ。アスカは顔を赤らめて一礼した。
「ところで、アスカ」
ヒカリが耳打ちした。
「何?」
「シンジ・イカリさんの次の相手って?」
「えっ?・・・・本名は伏せてるみたいなんだけど、『自由騎士』なんて名乗ってるアヤシイヤツよ」
男装の美剣士を気取っていた女性の言葉とは思えない。彼女は十分自分が怪しかったことには目を向けていなかった。
「あ、始まるみたいね・・・」
二人の目が舞台に集まる。
審判員が立った。
「それでは準決勝第二試合、シンジ・イカリ殿、自由騎士殿!舞台へ」
北側ゲートから、少し緊張した面もちのシンジが、そして南側ゲートから仮面を被った自由騎士が舞台に歩いてくる。
(・・・何だろ?あの人・・・ゾロさんと同じぐらいの威圧感がある)
背格好は、シンジより頭一つ大きいだけであったが、シンジにはとてつもなく巨大な山を相手にしているような気がしていた。
舞台の両端に立つ二人。
「私は考えていました。この御前試合でもっとも私に相応しい相手は・・・あなただと」
「えっ」
仮面の奥から響いてくる声にしてはやけにはっきりした声だった。それに耳に入ってくる音と言うよりも、体全身を触れているような風に感じられる。
それを皮膚や筋肉・骨が感じとっているようだ。
「シンジ・イカリ君・・・」
よく通る低音の声。重厚さはないが、外見の印象通りの声。だが、シンジは同時にこの人物の持つ、ゾロとは違う何かに気が付きはじめていた。
歓声がシンジの耳には入らなかった。
「それでは、はじめぇっ!!!!」
ゆっくりと剣を構える黒衣の自由騎士。シンジもそれに合わせるように剣を構えた。
このときシンジは悟った。
殺気だ。
この騎士には殺気というものが全く感じられない。だが、騎士の背後に見えるとてつもなく巨大な何かは、対峙するものに恐怖を植えつける。
これまでの試合、彼はほとんど相手に攻撃させずに勝利している。それもこれなら頷けるものだろう。
シンジには重たい闇を背負っているように見えた。ゾロの殺気が荒れ狂う渦のようなら、彼の放つ気は、もっと禍々しい光をも飲み込んでしまいそうなもの・・・それ以上は上手くたとえられないがそういうものだとシンジは思う。
下手に動けば彼のペースに巻き込まれ、完全な敗北を演じることになるだろう。
「・・・どうしたんです?攻撃して来ないつもりですか?」
落ち着いた声。その声に安心さえ感じてしまう。
今までに闘ったどんなタイプの戦士とも似ていない、不思議な感覚を味あわされている。
「では・・・私から行きましょうか」
言うが早いか、一瞬にしてシンジとの距離を詰めた。
(くそっ!)
体勢を低くして騎士の剣を受け流した。
「聞きたいこといがあります。あなたは何故ここにいるのですか?」
「えっ?」
「私はあなたが何故この御前試合に出場したかを聞いています」
仮面の中から覗く瞳が、シンジに見えた。
「僕は、強くなりたい」
振り下ろされていた剣を払って、逆に攻撃に転じる。だが、寸前でかわされていた。
「強く、ですか。・・・父親を越えて?」
シンジの剣が止まった。
「父さんを知っていらっしゃるんですか!?」
シンジは自然に敬語を用いた。母・ユイのしつけでよほどのことが無い限り、初対面の人間に対しては敬意を払ってきたが、この仮面の騎士にだけは、全く意識せずに敬語を口にしたのである。
彼は威圧感の中に高貴だが、それでいてどこか孤高である一面もかくしているようだ。それをシンジは無意識の部分で悟ったのだろう。
「一度だけ遠くから見たこともあります。あなたは父上によく似ている。おっと、困りますね、休まれては」
騎士は袈裟斬りでシンジを狙う。それを彼は体勢を倒して避けた。
「最近までは凄くイヤだった。母さんが父さんのような銃士にしたがっても・・・。でも今は違う!強くなって、父さんの形見を奪ったシャノンを・・・」
そのとき、牢屋でのシャノンの言葉が急に彼の頭を駆け抜けた。
『いい剣だ。私は剣を集めるのが趣味でな。殺した相手から剣を奪っている。・・・そしてこの剣は私のものだ』
(そうか!父さんは・・・父さんはあいつに殺されたんだ!)
「あいつが、シャノンが父さんをっ」
柄を握る手に力が入る。シンジから鋭い殺気が生まれた。
(・・・怒りで彼の気が大きくなっていますね。なるほど、ゾロ殿が一目置くのも分かります。彼が力をコントロールすることを覚えたなら・・・)
「ちきしょおおおおおおっ!」
シンジの攻撃ラッシュが始まった。騎士は冷静にそれを受け流しまたはやり過ごす。
(・・・シャノン?・・シャノン・サキエル・・。確かネルフの枢機卿・キールの懐刀でしたね。前ネルフ王とゲンドウ殿の死・・・。そして銃士隊の解散。やはり枢機卿が何か企てていますね)
仮面の下の顔が笑った。
『落ち着きなさい、シンジ・イカリ君』
彼は口で喋らずに心に直接語りかけるように、気を飛ばした。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!」
だが彼には届かない。
「仕方がありませんね」
一旦、騎士は距離を置いて、シンジが突進してくるのを狙う。シンジは走り込みながら、剣を振り上げた。
ガッキーン!
耳を切られるような激しい音が、闘技場に響く。次の瞬間、射抜くようなシンジの殺気が、少しずつ和らいだ。
「・・・あなたは強くなる素質を持っています。でも感情のコントロールが上手くできていない。そんなことでは早死にしますよ」
シンジは無言で俯いた。
「強くなりなさい、シンジ・イカリ君。あなたが強くなることで、ネルフの未来が大きく変わるかも知れません」
驚き顔を上げるシンジ。
「私も楽しみになりましたよ。今日はここまでにしておきましょう。・・・いつかの再会を願って」
騎士は剣を鞘に収める、自由騎士。そして彼は目を白黒させているシンジの横に立ち、彼だけに聞こえるような声で囁いた。
「あなたにだけは私の名を告げておきましょう。私の名は・・・・」
言い終えた彼は舞台を下りる。その背中がシンジの目に映るように。
闘技場から音が消えた。誰も事態を把握できなかった。
一進一退の攻防が演じられていたはずの舞台には力無く剣を持つシンジがいるだけだ。
「じょ、場外!よって・・・勝者はシンジ・イカリ殿!!」
審判員がそう宣言しても、まだ会場が静かだった。
「何が・・・あったんですか?」
マコト・ヒュウガは、なんとか口を開いて、誰にともなく尋ねた。
「全然わからん。どうしたんだ、あの仮面の男は・・・」
とはシゲル・アオバ。
そんな中、リョウジ・カジだけは目を閉じて、息を吐いた。
(自由騎士、か。・・・まさかとは思ったが、彼だと考えるならそれも説明しやすいな)
「勝ったんだよ、シンジ君が」
「のようですね」
「納得はいかないっスけど」
そしてその瞬間、シンジの勝利を称える声が会場を駆けめぐった。
人気のない、闘技場の外から続く道を、自由騎士が歩いていた。彼は、被っていた仮面を外し投げ捨てた。
「どうしたんですか?シュウ様!?」
真っ赤な髪を揺らせて、一人の女性が、仮面を外したクリストフに近づいた。
「ああ、サフィーネですか。どうやら面白いことになりそうです」
彼はサフィーネと呼んだ女性には視線を送らず、遠くを見ながらそう言った。
「面白いこと?」
「そうです。・・・まずは一度ラングランへ戻りましょう。そろそろテリウスやモニカも退屈しているでしょうから。・・・それにフェイルやマサキの顔を見に行くのも悪くないでしょう」
彼は、ライバルと呼ぶには到底役不足なある男の顔を思い浮かべて、少しだけ表情を和らげる。誰にも分からないほど極わずかに。
歩き出すクリストフ、いやシュウ・シラカワ。彼は今そう名乗っている。 ある意味冷淡な表情は、彼の真意を隠しているようだ。
あっけに取られたサフィーネ・グレイスが彼の4歩後ろ素早く追い掛ける。 「紅蓮」と形容される彼女も、シュウの前では子猫のようにおとなしい。
「お、お待ち下さい!シュウ様ぁ」
「しばらくは・・・あなたのやり方を見せて貰いますよ、シンジ・イカリ君」
「あの、シュウ様、詳しく教えて頂けません?その面白いこと」
「いいでしょう。道すがらサフィーネにも教えましょう。これから起こるであろう、この国を巻き込んだ内乱について」
二人の姿が闘技場から離れていく。
そして地平線の風景と同化して行き、もう見えなくなってしまった。
「シンジィ!!」
ようやく剣をおさめたシンジに、背後から名を呼ぶ人物がいた。彼はゆっくりと振り返った。
そこには腕に包帯を撒いた、トウジ・スズハラが立っていた。そしてその半歩後ろをナツミ・スズハラが心配そうに歩いて来る。
「トウジ・・・」
「どうやら勝ったようやな」
「みたいだね。全然実感ないけど」
「ま、何にしても決勝は、ワイとシンジの闘いになったんや。・・・一時間後、きっちりどっちが強いか決めたる!」
拳を握りしめるトウジ。シンジも舞台を下りながら、そのトウジの拳に自分の拳を軽くぶつけた。
「望むところさ!」
視線をかわしあい、二人は同時に微笑んだ。決勝まであと一時間である。
二人ともそれまでは互いを干渉する気はなかった。トウジは闘技場の隅で壁により掛かって眠り、シンジは集中力が四散しないように闘技場外周を歩いている。
どれくらい歩いたのか、シンジは覚えていなかった。ただ心にあった一つの迷いを振り払うために歩いていた。
アスカには「勝つ」と宣言しトウジには「望むところ」と大口を叩いたものの、いざ対戦相手が彼であるということを認識してしまうとその決断も揺らぐ。
何度自問しただろうか?
「いっそ、棄権するかわざと負けてしまおうか?」と。
そうしてしまえば、ヒカリとのことはトウジに任せられるし、アスカへの言い訳もなんとかなる。
だがそれで失うものは大きいだろう。
アスカの信頼。そして深まったトウジとの友情。
失いたくないものだ。だが、舞台に上ったとき、自分は本気でトウジに剣を向けられるだろうか。
ふとシンジの足が止まった。これも何度目か分からない。
「ちょっと!」
その声に、たれていた頭をもたげる。そこには、赤いドレス風の服装に身を包んだアスカが立っていた。
「ソウリュウさん・・・」
「ちょっと、そこに座りなさい!」
アスカは、二人から少し離れたところに、噴水の端を指さした。
「う、うん」
シンジが腰を下ろした横に、アスカが座る。
沈黙だけが二人の距離を埋めていた。しばらく何も口にしない時間が続いて、急に言葉を発したのはアスカだった。
「アンタ・・・決勝どうするつもり?」
シンジの眉を寄せた横顔を怪訝そうに見つめるアスカ。
「どうだろう・・・。分からない。『はじめ』の合図がかかる瞬間までは・・・」
眉にいっそう力が入る。
「・・・こんなときにこういうこと、アンタに言うのはよくないかも知れないけど・・・。ヒカリはね、あのトウジのことが好きなのよ」
急に顔をアスカの方に向けるシンジ。
「え・・・じゃぁ、まさか・・・僕が負ければ」
「そ。丸く収まるってことよ」
しかし、アスカはそのあと「でもね」とつけて、真摯な瞳でシンジの顔を見る。そしてすぐに反らした。
「アンタにわざと負けろ、なんて今は言えない。いいえ、逆に本気でやれないようなら、アタシはアンタを軽蔑するわ」
シンジは答えなかった。ただ彼女が紡ぎ出す言葉をくみ取っていた。
「いい?シンジ。後のことなんて考えなくていいわ。ただアイツとめいっぱいの勝負をしなさい!手抜くようなことしたら、ホント許さないわよっ」
アスカが立ち上がる。
「ソウ・・・リュウさん?」
「・・・あの、さ。そのソウリュウさんての、やめてくれない?アンタにそう言われるのしっくりこないのよね。アスカって呼んで。分かった?」
そして少し噴水から離振り返って、しっくりしない表情をした彼の顔を見ながら、彼女は軽くため息をつきそう言った。
「分かったよ。ソ・・・アスカ・・・」
シンジも立ち上がった。 彼女は一度頷いて、再び蒼い瞳に力を入れる。
「たぶん・・・、ヒカリもレイ王妃もトウジの応援をするわ。でも・・・アタシだけはアンタを応援してあげるから」
「ありがとう」
「じゃ、がんばんなさいよ!」
振り返ることなく彼女は闘技場の方へと走っていった。
幾分、胸の支えが取れた気がする。そしてシンジは天を仰ぎ見ると、大きく深呼吸をして両手で自分の顔を叩く。
「よしっ!」
シンジは確実に一歩を踏み出す。石畳の廊下を闘技場の中を目指して、一定のリズムで歩く。目の前からは強い光と歓声が溢れ出しそうになっている。
それらは考えられないほど心地よく彼の心は高揚感に満ちていった。
強い光が視界を潰す。目を強張らせていたが、少しすると慣れてきて徐々にその景色が見えてきた。
360度、彼を囲む観客席は隙間なく人が入り込んでいる。老若男女、それこそすべての年齢の人間がいる。
正方形の舞台が、午後の日差しを照り返している。それを挟んだ向こう側には、やはり壁によりかかり上空を見つめる、トウジの姿があった。
「トウジ・・・」
数分後死闘を演じるであろう相手をまっすぐに、ただまっすぐに見つめる。
彼はゆっくりと頭を落とした。そして、同じようにこちらを見る。舞台の中央あたりで二人の視線がぶつかった。
「まっとったでぇ、シンジぃ」
包帯を撒いた右腕を使わず、左手を地面についてトウジが立ち上がった。
審判員が、舞台に上がる。中央に立ちリリス城の方角に一礼し、そしてレイの方に向かって一礼すると、高らかに宣言する。
「只今より、御前試合決勝を行う!!シンジ・イカリ殿、トウジ・スズハラ殿!舞台へ!」
二人は合わせたような動きで舞台に上がる。
「ここで一つ二人に申しておきたいことがある!」
デンテツ・ホラキが立ち上がったのは、二人が動きを止めたときである。
「この決勝の勝者には我がホラキ家の跡取りになってもらう。我が愛娘、ヒカリと一緒になってな」
「なっ、なんやとぉっ!!」
トウジは目を大きく見開き、デンテツを見た。
「お、お父様!!」
「そ、そないなことになったんかいな!・・・そか・・・」
ゆっくりと一度だけ瞬きをして、シンジを睨んだ。
「悪いな、シンジ。ワイには負けられん理由が一つ増えてもぉたわ」
「?・・・どんな理由か知らないけど、僕だって負けるつもりはないよ。もっともその腕じゃハンデがいると思うけどね・・・」
「この腕か?」
トウジは一笑し腕を少しだけ上げた。そして、包帯に手をかけると、破り捨てた!
「どや?」
差し出したトウジの腕を、シンジは初めて凝視した。
彼の腕は「海の男」と呼ぶに相応しかった。鋼を皮膚の下に隠しているような質感がある。そしてその腕には、昨日、ゾロによって付けられた傷がある・・・はずだった。だがそのほとんどがふさがっていた。
「えっ?」
「驚いたようやな。ワイの回復力は半端じゃあれへんのや。あれぐらいの傷ならすぐやで」
白い歯を見せてトウジは満面の笑みだ。
「じゃあ・・・ハンデなんて全然いらないわけだ」
さっきまで心を満たしていた高揚感が、押さえられない抗戦心を生み出す。
シンジは今、はやくこの武骨な男と刃を交えたかった。
「それでは、はじめぇっ!!」
二人は同時に剣を抜き、邪魔になる鞘を舞台の外へ投げ捨てる。
「どっちが勝っても文句なしやで」
「あたりまえだ、よっ!」
最初に仕掛けたのはシンジだ。駆け出して、右肩への一撃を狙った。
「そう来ると思ったわっ」
足を肩幅より少し広めに開いて、その攻撃を受け流さずにそのまま受け止めた。
手に痺れが走る。
「くっ。やるやないけ!さすがシンジや。けんど『剛』ならワイの方が上やっ!!」
そのままトウジは、シンジを押し返した。力任せではあるが、身を引くことなくそのまま腕力で押し返したのである。
「くそっ」
飛ばされそうになったシンジはなんとか踏ん張って止まった。
「これで終わりやないでぇっ」
さらに上段で振り下ろす!全身を柔軟にして、それを受け流す。
「受けとるだけじゃ、勝てへんのやで!」
連続してトウジの攻撃が、シンジをうつ。
一撃、
一撃、
一撃。
少しずつ押されていく。
重い。全身を走る圧力が剣を握る力が抜けてしまいそうだ。
「くっそぉっ!!」
シンジの剣が虚しく空を斬った。
「押されてますね、シンジくん」
眉をしかめて、マコト・ヒュウガ。
「正確にはトウジ君が押してる、といった方がいいんじゃないか?」
とはシゲル・アオバ。
「なるほど。微妙に意味の差があるな」
「それほどゾロ・ガギエルの存在が彼に与えた精神的な影響が大きかったということだろうな」
リョウジ・カジかろうじて防ぐシンジと、攻撃の手を緩めないトウジを交互に見ながら言う。
「何にせよ、このままではどう転んでもシンジ君は不利っスね」
時折反撃するシンジだったが、それもトウジには疲労を与えるほどのものではない。
「スズハラ君が押してるようだな、ヒカリ」
後ろに控えている自分の愛娘に声をかけた。
「の、ようですね」
「・・・彼なら安心ですね。通産大臣」
「恐れながら、レイ様。私としましてはヒカリには、イカリ君のような男が相応しいかと思いますが?」
「そ、そんなことはありません!ヒカリ・・・いえお嬢様にはトウジ・スズハラのような男が相応しいです!」
突然発言したのはアスカである。その顔は紅潮していた。
「どうしたのかね?ソウリュウ君。君がそんなに熱弁するなど珍しいではないか」
目を丸くした、デンテツ。
「い、いえ、別に・・・」
俯いてアスカは囁いた。
「まぁ、スズハラ家には借りがある。彼はまさにスズハラ家の跡取りだったのだからな」
デンテツは、真剣に相手と向き合うそのトウジの顔に、かつての親友の顔を重ねて見ていた。細部では彼の母親に似ていたが、その輪郭や仕草は親友とうり二つである。
「おとう・・・様・・・」
ヒカリは何とも言えない表情で舞台を見つめるデンテツの顔を見ながら呟く。
(シンジ・・・頑張って)
腹部の前で握った手に力を込めるアスカ。
試合はいまだトウジ優勢のままで進んでいる。
心臓が、肩が、激しく脈打っていた。呼吸が荒い。頬を伝う汗が鬱陶しかったが、それを拭う余裕すら今のシンジにはなかった。
トウジも少なからず疲労を感じているようだが、シンジの比ではない。すでに一時間近くシンジは攻にも防にも動き続けている。
明らかに無駄な動きが多かった。
対してトウジの動きは、昨日よりも数段よくなっている。リョウジが言う通りゾロの影響である。
「なんや、シンジ。もうお疲れか?こらワイの勝ちやな」
口の端をつり上げて笑うトウジ。うっすら浮かんだ額の汗が光っていた。
「まだ・・まだ・・・だよ・・・。僕だって負けられないんだ」
言葉もとぎれとぎれになる。柄を握る手の力も抜けかかっている。頭がガンガンしていた。
「なぁ、シンジ。ワイにはな、絶対負けられん理由ができてもうたんや」
剣を右手に持ち、下段に構える。
「ホラキは・・ヒカリは・・誰にも渡せへん!!」
「まさか・・・好きなの?彼女が・・・」
膝に力が入りずらい。何とか今の体勢を維持して訊ねた。
「ああ。ワイはずっと前から好いとった。ガキん時からな」
奥目もなくトウジ。
「でもこの勝負とは・・・関係ないよ」
「そうかも知れへん。けどな、あいつはきっと親父さんの言うことに従うやろ。あいつはそういうオナゴや」
「よくわかってるじゃないか」
「ずっと見とったからな、ずっと。おしゃべりはここまでや。次で決めようや、シンジッ!!」
剣の柄に左手を添え、右足を少しだけ後ろに引いた。
会場は静まり返り、風すらもやんだ。今この瞬間、無音状態が二人を包む。
「てやっ!」
コンマ何秒かの差でシンジの方が出遅れた。
二人の距離はゼロに近い。
トウジの刃先は正確にシンジの喉元数センチで止まっている。
シンジの刃先はトウジの肩をかすめただけだ。
つまり、この状態でトウジが本気ならば、シンジは確実に死線をこえさせられていたはずだ。
顎から首筋にたれようとする汗が、刃先をぬらす。それがシンジの視界にも入った。
強く奥歯を噛みしめたあと、シンジは呟くように言った。
「参った・・・」
素早く瞳を閉じ、剣を落とす。
その瞬間、止まっていた時が動きだし、大地を揺らすような歓声が上がった。
「勝者、トウジ・スズハラっ!!」
審判員がそう宣言し、御前試合が終了したことを知らしめる。
「参ったよ、トウジ。まさかゾロさんと闘っただけであんな強くなるなんて」
負けて悔しくはなかった。いや、刃先が喉にあったのをみたあの瞬間に、勝利へのこだわりはなくなっていた。
剣をおさめて二人は、互いに握手を求めた。
「ゾロとの闘いだけやないで、シンジ」
「他にもあるの、強さの秘密が」
手を離しながら、シンジはトウジに訊ねる。彼は鼻を指で少しだけこする。
「愛や」
「は?」
「だからワイのヒカリに対する愛が、ワイを強うしたんや」
「あ、愛ね・・・ああ、そうか」
シンジはそれからそう呟きながら、壊れたラジオのように乾ききった笑いをしていた。
三銃士の三人は、トウジの勝利を見届けると、会場を離れようと出口の方向へ歩き出した。
「やはりトウジ・スズハラ君の勝ちか・・・」
マコトが残念そうに呟く。
「ま、仕方ないだろ。シンジ君よりも彼の方が少しだけ成長していたってことさ」
「・・・いつかシンジ君が追い越すさ、彼を」
「どういうことですか?リョウジさん」
「何か確信でも?」
「まぁ、な」
微笑んで、リョウジは会場をあとにした。
こうして今回の御前試合は幕を閉じた。
しかし、とてつもなく巨大な存在がこのリリスより姿を消すのはそれから13日後のことである。それは同時に静かに息を潜めていた者たちへの、行動開始の合図でもあった。
すべての人々が駒を一つ進めることになる事態なのだが、
それはまた、
別の話。
そしたら変なこと口走る始末・・・。
これじゃトウジじゃねぇよ<自分
つっこまないで下さい。いい加減にトウジとヒカリを昔から好き合っていたことにしたことは、始末書でも書きますから(爆)
さて、冒頭からいきなり彼が登場しました。シュウ・シラカワことクリストフが登場しました。
実は前回からの隠していたのは彼なんです。
ホントは彼に関する解説は、彩羽さんかGirさんにお願いしたいところなのですが、それではあまりに無責任なので、つたない解説ではありますが、簡単に僕がします。
あ、「それは解釈違いだぜ」というツッコミお待ちしてますよ>彩羽さん、Girさん、その他同属性の読者皆様
まず、シュウの登場する「スーパーロボット大戦シリーズ」での扱いは、
1:物語の暗躍者、もしくはトリックスター
2:おいしいところを持っていく
3:後半まであまり姿を見せない
などありますが、彼はグランゾンの研究者であります。
しかしながら、彼の正体は地球の空洞に存在する、魔法と科学の混在する世界『ラ・ギアス』の住人、そしてその世界の『ラングラン王国』の第三王位継承者です。
『F』で俗に『ラ・ギアス事件』とされているのは、この国で起こっています。
さて、「エヴァ三銃士」の中でのラングランの位置づけですが、これは海を隔てた大陸に所在する国とお考え下さい。
また『魔装機神』やら『グランゾン』といった兵器のたぐいは一切存在しないことも加えておきます。
現在、ラングラン王国はフェイルロード・ビルセイア王によって統治されています。
今後、ラングランも物語に少なからず絡ませて行く予定ですが、シュウがどの程度出刃ってくるかは分かりません。
是非ともそちらもお楽しみに。
さて、少し尻切れ気味な終わり方の第七章ですが、リリス王国編は次回第八章冒頭〜中盤で終了します。
あのあとトウジとヒカリがどうしたかなどは、次章に持ち越しです。
いよいよ本線復帰と行きたいところですが、まだ脱線しそうな気配があります。
たぶん次章執筆までに『仮面の男』を観に行くことができれば、それは確実になりますね(笑)
それでは少し長めの執筆期間を頂くことを宣言しつつ、退場いたします。
第八章「リリス王国の消える日」にてお会いしましょう。