鮮やかに剣が閃く。まさにその姿は、舞いのようだった。
動きに全く無駄がない。
銃士の中でもえり抜きの『三銃士』である、リョウジ、マコト、シゲルの三人は、鍛え抜かれた枢機卿の兵といえども、
立ち並ぶことはできなかった。
圧倒的な強さで枢機卿の兵を追いつめて行く。
そして一人。
「君に神の御慈悲を・・・」
シゲルが倒した兵士に祈りを捧げた。
「おいおい、まだ生きてるぞ」
マコトが苦笑い気味に呟いたあと、古城の老朽化しつつある髟ヌの上を注視した。
「ほーう」
そこへ剣を鞘え収めながらリョウジが合流する。
「てやぁっ!」
「なかなかやるじゃないか」
片膝ついていたシゲルが、ふふんと鼻を鳴らして言う。
三人が城壁の上に見たのは、枢機卿兵と互角に渡り合う、シンジ・イカリの姿だった。
「どうやらただの少年じゃなさそうですね」
「そりゃそうだ。何せゲンドウ・イカリさんのご子息なんだからな・・・」
腕を組みながら、リョウジは何か反芻するかのような仕草をして、シンジが振るう剣を眺める。
エヴァ三銃士
第四章 「逃亡の先」
一撃、二撃、三撃。
剣と剣とがぶつかり合う音が響く。
(そうさ。僕だって少しは剣に自信があるんだ。母さんが組んでくれた『地獄のシンちゃん強化コース(ハァト)』で、血を吐くほど頑張ったんだから・・・)
ちょっと思い出したくない、シンジの辛い過去の一部である。
攻撃の手を緩めることなく、敵を追いつめてそして・・・。
キーン
「うわぁぁぁぁぁぁっ」
城壁から落ちる歩兵D。シンジの圧勝だった。
しばらくして。
三銃士は馬に鞍を締め直す。
「なかなかやるようだね、シンジ君。若いころの自分を思い出したよ」
マコトは笑いかけて言う。
「おいおい、マコト。幼気な少年をあおるもんじゃないぜ」
「そうだ。我々に手を貸したことで彼も反逆者になってしまったんだぞ」
リョウジの表情は心なしか固い。
「そうですね・・・。でも、今から急いで王都出れば・・・」
「そうだな。十分間に合う」
三人は馬に飛び乗った。
「ちょっと、待って下さいよ!忘れてしまったんですか!?皆は一人の為に、一人は皆の為に!!」
三人は同時に手綱を引く手を止めたが、それも一瞬だった。
「悪いことは言わない。銃士になることは諦めて故郷へ帰るんだ」
とリョウジ。馬が前足を上げて走り出した。
「いっちゃったよ・・・。どうすりゃいいんだよぉ」
再びシンジに、ユイの怒りという世にも恐ろしいものがのし掛かった。 三銃士の背中は、もう見えなくなっていた。
諦めて、シンジは馬に乗る。その時、シンジは聞こえてくる音に、耳を立てる。
馬の蹄が大地を蹴る音。一つ、二つ、三つ、四つ・・・。
林の中から出てきたのは、枢機卿親衛隊。そして中央にはシャノン・サキエル。
「・・・近衛銃士隊・・・万歳!!」
散り際は華々しく。シンジ、辞世の銘であるようだ。
(あの剣は・・・)「私に任せろ」
シンジが剣を抜き馬を走らせるのを確認し、シャノンも剣を抜いた。
縮まる、二人の距離。すれ違う瞬間だった。シャノンの剣がシンジをはじき、彼の体を馬から離した。
「うわっ」
シンジの見上げた空は青かったが、それを遮るように、枢機卿親衛隊が囲んでいた。
拘束されたシンジは、親衛隊本部の地下室に連れていかれた。
腕を縛られ、動くこともままならない。
そして、武器までシャノンに奪われてしまった。
「返せ!それは・・・父さんの形見なんだ!」
鼻で一度だけ笑い、シャノンは剣の品定めをしている。
「いい剣だ。私は剣を集めるのが趣味でな。殺した相手から剣を奪っている。・・・そしてこの剣は私のものだ」
「僕はまだ死んでない!」
シャノンが醜悪な笑みを浮かべて、シンジの顎を柄で持ち上げた。
「三銃士に荷担したお前は死罪だ。・・・だが・・・三銃士の居場所を吐いたら、罪を許してやる。それに親父の形見も返してやろう」
(嫌なヤツだ)「誰がお前なんかに言うもんか!」
シャノンはシンジの後ろに回ると、彼の首筋を柄で殴りつける。
シンジは倒れこんだ。
「父親にそっくりだな、そのバカさ加減が」
歯ぎしりをして、シンジを見下しシャノンは地下室を出る。
「あいつを牢屋にでもぶち込んでおけ。私は枢機卿に報告してくる」
命令された牢番が、地下室に入った。ぐったりとしているシンジの腕をつかんで持ち上げようとした。
「でい!」
捕まれた腕をそのままに、シンジは牢番の頭を蹴り上げる。
「ぐわっ!」
「くそっ。死罪なんて・・・まっぴらだよ。それにあの人・・・父さんのことを知ってるみたいだった・・・。・・・でも、とにかく逃げなきゃ」
あたりに親衛隊がいないことを確認しながら、シンジは地上に上がる。
扉を開けると、そこから外の光が差し込む。
もうその光は、赤い光を帯びていた。隙間から見える太陽が赤々としている。その色はまさに情熱的で、あの気の強い侍女、アスカをあらわしているようだった。
「そういえば、アスカって子の髪もあんな色してたな・・・」
外に親衛隊はいなかった。チャンスは今しかない。そう思ったシンジは走り出した。
的確な判断が働く。これもユイがたたき込んだプログラムの一つだ。普段外へ向かない内向的な性格なため、シンジの能力はさほど目立たなかった。村でも本当なら剣に置いて右に出るものはいないはずなのだが、彼自身、争いごとは好きじゃなかったので、『宝の持ち腐れ』していたのである。
「よし、あそこに馬がある!」
愛馬は静かにそこに繋がれていた。
「早くここを離れた方が良さそうだな・・・」
手綱を引っ張ると、シンジは方向を定めずに走り出した。
「なるほど・・・。それで一度里帰りをしたい、そうおっしゃられるのですな?」
王城の一室に、カヲル、レイ、キール、そして各大臣が集まっている。事の始まりは、今朝たどり着いた伝書鳩がきっかけであった。
それはレイの故郷、リリス王国から飛んできた鳩である。彼が運んできた書の内容はおおむね以下の通りだった。
レイの兄であるリリス王は、病床に伏せっていたのだが、ここ二三日の様態が思わしくなく、
至急レイに会いたいと言っている。ついてはレイ王妃に里帰りを許していただきたい。とのことだった。
「陛下はどうお考えですか?」
大臣の一人が進言した。
「ボクはいますぐにでもレイを一度里へ返したいと思う。リリス王には何度もお世話になっているからね。本当はボクも随伴したいけど、今ボクが国を離れるのは良くない。そうだね、枢機卿」
「はい。そうでございます。このキール、陛下のご英断を賞賛いたします。では早速に出立の準備を」
枢機卿の言葉に一同が同意し、会議は解散となった。
それから数分後の枢機卿の個人室。
「よろしかったのですか?あの小僧を一緒に行かせなくて」
とシャノン・サキエルがバルコニーから外を見ているキールに言った。
「よいのだ、今は。これでリリス王が崩御ともなれば、リリスの領土も確実にネルフ王国のものとなる。今あの忌々しいカヲルにとどめを刺し、リリスとの関係を悪くするよりも、しばらく時をおいてネルフが拡大してから暗殺しても遅くはないはずだ」
「さすがは枢機卿」
「今は、静かにときを待て」
「失礼いたします」
一人の親衛隊員が、取り乱し部屋に入ってきた。
「枢機卿の御前なるぞ、無礼者が!」
「失礼いたしました!シャノン様、あの小僧が脱走しました・・・」
「何だと!?」
キールの視線が動いた。
「馬鹿者。すぐに追え!ヤツは三銃士をおびき出すいい人質になる」
シャノンはその親衛隊員に命じると、自分もそあとを追った。
シンジが脱走したのと時を同じくして、警護を強化された馬車が、王城を出発する。
その中にはレイとアスカの姿があった。
「久しぶりになりますわね。リリスに帰るの」
物憂げに外を見つめるレイに、アスカがそう語りかけた。
「・・・二人の時はいつもの調子で話して。堅苦しいのは嫌よ」
「ごめんレイ。でもお兄さまを心配する気持ちも解るけど、思い詰めると体に良くないわよ」
彼女なりの気遣いだった。
「ありがと。アスカ。・・・そういえばヒカリとも華燭の典以来会ってないわ」
「ヒカリか・・・。元気なのかな?」
二人は共通の友人のことを思い浮かべていた。
ヒカリ・ホラキ。
広大な海を北側に備え、商業都市として発展を遂げてきたリリス王国の名家の一人娘である。今や彼女の父は、リリス王国の通産大臣の地位を賜っていた。リリス王国は、親族政治のネルフとは違い、実力のあるものが政治を動かせる。そうした意味では、非常に現代的な物の考え方が成り立っていると言えるだろう。彼女は、レイ、アスカと幼なじみであり王城で三人集まってよく遊んでいた。
リリスまでは馬車で約半日。もう夜が来そうなので、二人は眠ることにした・・・。
さて、シンジと別れ国境の酒場に退去していた三銃士は、今後の対策会議と称して、酒を囲んでいた。
「で、どうするんですか、リョウジさん?」
とマコト。
「陛下をお守りするにも、こう枢機卿に目の敵にされてたんじゃ、動くに動けないッスよ」
「しばらくは枢機卿も陛下に手を下そうなどとは考えないだろうさ」
「その根拠は?」
「簡単だ。今国内外で、ヤツの地盤は安定しているとは言えない。ようやく目の上の瘤だった俺たち銃士隊を解散に追い込めたばかりだしな。外にはリリス王国がある。今陛下に手を下せば友好国であるリリスが黙っちゃいないさ」
「なるほど。ですが、リリス王はかなり重病だと聴きましたが?」
「リリス王がなくなると、跡継ぎのいないリリスは・・・」
「当然ネルフに吸収されるだろうな・・・」
「じゃあ、どうします?」
「とりあえずリリスに行ってみますか?」
シゲルが言う。
「そうだな。ここでこうしていたずらに時間を過ごすよりはいいな。こちらよりも向こうの方が安全だし、協力者も多いはずだ」
リョウジが立ち上がり、二人も立った。
「では、リリスへ・・・」
三銃士はすぐに出発した。
また馬で走っている。どのぐらいの逃避行なのか、彼自身もうどうでもいいことだった。武器も奪われて、彼はまさに身一つで駆けている。
相当の疲労が、シンジ・イカリの撫で気味の両肩に重くのしかかっていた。だが、彼を乗せていた愛馬は、未だ元気である。彼の母、ユイの調教の賜物とでも言おうか。
陽は、当然暮れていた。
「どこなんだろ・・・ここ?」
暗い林の中を進む彼にとって、夜空で輝く満月だけが頼りだった。だがこう暗くては話しにならない。
もう数時間もすれば朝がやってくるのだが。
「・・・明かり?」
シンジは道の先に見える、微かな光に目を懲らす。
「とにかく行ってみよう」
馬足が早くなる。ここからは月明かりに照らされた一本道である。
その道は、リリス王国に続く道。だが、彼はまだそのことを理解していない。
「眠くなってきた・・・」
睡魔に耐えながら、シンジはその明かりを目指した。
さて、シンジ・三銃士・レイ・アスカが、レイの故郷リリスに集結します。
しばらくカヲル、枢機卿、シャノンは出てきません。そして次章では3人、
新キャラを出したいと思ってます。一人はもう今回出演しました、ヒカリ嬢。
あと二人は・・・次章をお楽しみに。
かなり突飛な展開になる可能性大ですが、
よろしくおつき合い下さい。
では。